カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都豊島区にて藤本能道の花壷、和太鼓、桐箪笥、着物など。

    

東京都豊島区駒込にて藤本能道の花壷、和太鼓、桐箪笥、着物などをお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。桐たんすや着物、和太鼓などをご処分されたいとご連絡いただき、出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、人間国宝 藤本能道の花壷、和太鼓、桐箪笥、着物など。桐箪笥は伝統工芸品 春日部桐箪笥。砥粉落ちや傷などあるものの、まだまだリサイクル可能なタンスでございました。着物は紬や訪問着、帯、和装小物など。シミの出てしまっているものもございましたが、全て買い取らせていただきました。太鼓はやや小ぶりの和太鼓(長胴太鼓)。太鼓の山慶のもので、欅材のしっかりとした和太鼓であります。撥や台などの付属品も併せてお売りいただきました。また、人間国宝 藤本能道の赤絵面取り花壷など陶器や贈答品などもお売りいただきました。藤本能道は富本憲吉、加藤土師萌に師事(共に重要無形文化財「色絵磁器」保持者)し、二人の色絵技術を継承し写実的で情緒ある独自の表現を追求し続けた色絵磁器の巨匠。本人もまた重要無形文化財「色絵磁器」保持者(人間国宝)となりました。本作は赤絵面取り花壷。お引越し先に飾る場所がなく、今回泣く泣くのご売却とのこと。査定を頑張らせていただきました。大切にされていたお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂のご指名、たくさんのお品をお売りいただき有難うございました。

藤本能道(ふじもとよしみち)大正8年(1919)1月10日〜平成4年(1992)5月16日
1919年 東京に生まれる。
1931年 東京美術学校工芸科図案部を卒業。文部省技術講習所に入所。
1938年 技術講習所の臨時職員として富本憲吉の助手を務める。
1946年 日展・国展にて初入選。
1956年 日本陶磁協会賞受賞。京都市立美術大学講師に就任。
1965年 ジュネーブ国際陶芸展にて銀賞を受賞。
1970年 東京芸術大学助教授に就任。
1985年 東京藝術大学学長に就任。
1986年 重要無形文化財「色絵磁器」保持者に認定。
1992年 死去。

東京都品川区にて反物、服部製純銀花瓶、山田宝生、小西洋平など茶注(急須)。

   

東京都品川区旗の台にて反物、服部製純銀花瓶、山田宝生、小西洋平など茶注(急須)をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都大田区南馬込へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は掛け軸や茶道具など。掛け軸は日本画二本。茶道具はお稽古用のものでしたが、全て買い取らせていただきました。ご家族の大切にされていたお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。二件目は品川区旗の台へ業者様のご紹介で出張買取させていただきました。お父様のご遺品をご処分されたいとご連絡いただき、出張査定させていただきました。お売りいただいたお品は結城紬などの反物、服部製純銀花瓶、山田宝生、小西洋平など茶注を多数。純銀花瓶は服部製のもので大変重厚感ある花瓶。松竹梅が彫られており、美幸刻と銘がございます。共箱の欠品、スレ、変色などございましたが素晴らしい作品ですのでお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。また常滑焼や萬古焼などの煎茶道具をたくさん集められていたようで、茶注(急須)や宝瓶、湯呑などございました。徐々にご処分されるとのことで、本日は20点ほどご売却いただきました。人気作家の山田宝生の他、小西洋平、村越風月、村田益規、二代 間野舜園、間野弥平などたくさんの作家作品をお譲りいただきました。来月か三月に残りの煎茶道具をお売りいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日はお忙しい中、六角堂をご指名くださり誠に有難うございました。
六角堂では常滑焼の山田常山・山田宝生・吉川雪堂・吉川壺堂・沢田昭邨・吉川房夫(壺堂)・白道・吉川秀樹・間野舜園・岩瀬弘二・伊奈長三・杉江寿門・磯村白斎、萬古焼の笹岡秦山・山本広巳・堀友直・川村又助・山中忠左衛門・人見洞永・水谷寅次郎(碧山)・大塚斉家(香悦)・田中徳松(東錦堂)・岸園山・笹岡春山など煎茶道具の作家作品を強化買取しております。ご不要の作品がございましたら、是非お問い合わせください。

山田宝生(やまだほうしょう)1950年~2016年
山田宝生は端整でこだわりを持ったもの造りをすることでも有名な作家で、その作品は主に急須が多くございます。柔らかな曲線のフォルムに非常に精緻に彫刻をされています。完成度の高い、洗練された気品漂う美しい作品が多くございます。
1950年 愛知県常滑市生まれ。
1969年 愛知県立常滑高校窯業科卒業。
1971年 宝生陶房設立。
1977年 第一回現代煎茶具展出品。以後数回出品。
1983年 陶業振興展市長賞。
1984年 陶業振興展議長賞。
1986年 東海伝統工芸展入選。長三賞工芸展入選。長三賞陶業展奨励賞。
1987年 第一回日本煎茶工芸展文部科学大臣奨励賞。第二回国民文化祭出品。第三賞陶芸展入選。
2001年 世界陶磁器エキスポ2001大韓民国出品。
2016年 逝去。

東京都練馬区桜台にて伊勢崎淳の備前四方花生、桐箪笥、着物、反物。

  

東京都練馬区桜台にて人間国宝 伊勢崎淳の備前四方花生、桐箪笥、着物、反物をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。桐箪笥、お着物などをご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、人間国宝 伊勢崎淳の備前四方花生、桐箪笥、着物、反物など。桐箪笥は伝統工芸品春日部桐箪笥で、厚みのあるたんすであります。着物は振袖や留袖、作家物の訪問着など。反物は大島紬、友禅など。状態に難あるものもございましたが、全て買い取らせていただきました。他にも信楽焼や備前焼など。備前焼は人間国宝である伊勢崎淳の四方花生。剽げた形姿と黒備前や陶壁を手掛けられている作者ならではの鮮やかな窯変が調和した現代備前の秀逸な花生。伊勢崎淳らしい制作に手間をかけた作品であります。こちらは買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。お客様の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日はお忙しい中、当社をご指名くださり誠に有難うございました。
六角堂ではただいま金重陶陽、伊勢崎淳、藤原啓、 藤原雄、山本陶秀、安倍安人、森陶岳、中村六郎、中村真、原田拾六、隠﨑隆一、藤原楽山、金重道明、金重素山、山本雄一、伊勢崎満、伊勢崎陽山など、備前焼、の作家作品を強化買取りしております。備前焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

伊勢崎淳(いせさきじゅん)1936年(昭和11)~(現在)
1936年 岡山県で生まれる。
1959年 岡山大学特設美術科を卒業。
1960年 兄とともに姑耶山古窯跡に中世の半地下式穴窯を復元。
1966年 日本工芸会正会員となる。
1978年 岡山大学特設美術科の講師をつとめる。
1981年 金重陶陽賞を受賞。
1987年 田部美術館茶の湯の造形展優秀賞を受賞。
1993年 岡山県文化奨励賞を受賞。
1996年 山陽新聞文化功労賞を受賞。
1997年 フランスの備前焼千年の伝統展に出品。
1998年 岡山県重要無形文化財保持者に認定される。
日本工芸会理事、日本工芸会中国市支部幹事長に就任。
2002年 新首相官邸の陶壁を作成。
2003年 岡山大学創立50周年記念の陶壁を作成。
2004年 重要無形文化財(人間国宝)に認定される。
三木記念賞を受賞。
2006年 アメリカのボストンで「一門展」を開催。
2007年 イギリス大英博物館の展覧会に出品。
2013年 県重要無形文化財保持者5人による秀作展に出品。

東京都渋谷区上原にて李朝白磁筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、和家具。

東京都渋谷区上原にて李朝白磁笹文筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、時代箪笥、桐たんすなどをお売りいただきました。

解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。骨董品や時代家具などを御処分されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は李朝白磁笹文筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、時代箪笥、桐たんすなど。李朝陶磁器は白磁の筆筒。笹の透かし彫りでやや大振りな筆筒であります。口縁にソゲなど多少の傷みはありますが全体的に状態の良い筆筒です。1392年、高麗に代わり李成桂が立てた国号が「朝鮮」であり、その時代の王朝を日本では李朝と呼んでおります。朝鮮半島では古くから仏教が主流をなしていましたが、儒教(朱子学)の伝来により次第に宗教的世界観が変化し、生活にも浸透していくことで、陶器の好みにも変化がみられるようになりました。清楚さ・潔癖さ・純粋さをイメージする白が宗教的にも重要視されるようになり、陶磁器においても白磁が隆盛をみるようになりました。李朝陶磁器は戦国時代からすでに日本人の間で人気が高く、現在も収集家が多く存在します。私達美術商の間でも人気は高く、六角堂でも李朝陶磁器の買取を強化しております。熊の木彫りは八雲熊の代表的作家「柴崎重行 」の作品。ガラス目が可愛らしい小振りの熊です。スレなど多少の傷みはあるものの、全体的に良い状態です。熊の木彫りは厳しいと思われておりますが、本品のような八雲系のものや旭川アイヌ系のものは大変人気が高く、高価査定となる作品が多くございます。作家では、柴崎重行の他、伊藤政雄、十倉金之(兼行)、松井梅太郎、茂木多喜治、引間二郎、鈴木吉次、上村信光、根本勲、藤戸竹喜などが高価査定となる作家であります。時代家具は仙台箪笥、明治期の桐たんすなど。傷みが全体的にありましたが、全て買取させていただきました。ご家族が大切にされてきたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、素晴らしい骨董品などをお売りいただき有難うございました。

柴崎重行(しばざきしげゆき)1905年~1991年
号:他化志 別号:志化雪
1905年 八雲町鉛川で生まれる。
1930年 東京に於いて、帝国工芸会主催、観光地土産品展覧会が開催。出品した作品で、根本勲(画号土龍、一陽会彫刻部会員)に見いだされる。
1932年春、家業の酪農を父と弟にまかせて、彫刻の本質を探究するべく、手斧を背に根本氏と共に放浪の旅に出た。旅の途中、詩人・更科源蔵の庵を訪ね生涯忘れ得ぬもてなしを受ける。旅の途中で「手斧による一刀彫り柴崎熊」の方向性を決定づけた。柴崎重行には一般的にいうアトリエはなく、住家の近くの樹間で、切り株を制作台として彫る。
1981年 NHK「原野に彫る」が北海道一円に放映。全国的にファンが拡大し、「幻の熊」と呼ばれるようになる。
1991年10月17日 逝去。
民芸運動で著名な陶芸家、バーナード・リーチも柴崎熊を愛し、セント・アイビスにある工房に所蔵される。

東京都台東区柳橋にて沼田一雅、葛明祥製、安藤七宝の花瓶、鬼の木彫など。

 

東京都台東区柳橋にて沼田一雅の鋳銅猿花瓶、葛明祥製の海鼠釉花瓶、安藤七宝の枝垂桜文花瓶、鬼の時代木彫像、古い陶磁器、能面などをお売りいただきました。

先日お呼びいただきましたお客様から、再度出張買取でお呼びいただきました。今回は前回積みきれなかったお品が多くあり、車両二台でお伺いしました。お売りいただいたお品は、沼田一雅の鋳銅猿花瓶、葛明祥製の海鼠釉花瓶、安藤七宝の枝垂桜文花瓶、鬼の時代木彫像、古い陶磁器、能面など。本日もたくさんのお品をお売りいただきました。沼田一雅は、フランスのセーヴル陶磁器製造所で働くことを許された最初の日本人です。日本陶彫の父であり、日本陶彫会の創始者であります。作品のほとんどが、関東大震災時に焼失されており、現存が少なく希少価値は高くなっております。葛明祥造の陶器は中国から日本に数多く輸入されていました。旧家や骨董を趣味で収集されているお客様の家からよく出てきます。中国骨董の人気が高まっている現在、こちらも注目されているお品の一つであります。安藤七宝の花瓶は昭和七年、帝都復興完成記念の際に造られたお品。枝垂桜の見事な七宝花瓶。永田青嵐の和歌も彫り込まれております。鬼の木彫り像は昭和初期のもので、「鬼面仏心」とあります。鬼面仏心(きめんぶっしん)とは表面は怖そうだが、内心はとてもやさしいこと。鬼面とは鬼の顔、または鬼の様な面構えを意味し、仏心は仏の慈悲心のことをあらわしています。大変造りの良い木彫り像です。他にも古伊万里など古い陶磁器、能面などをお売りいただきました。二度にわたり当社をお呼びいただき、誠に有難うございました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。
帰りに台東区にある「洋食 大吉」さんで食事をしました。あの松坂牛が格安で食べれるとのことで寄らせていただきました。初めて食べる松坂牛のビフテキはなんとも絶品でした。ハンバーグも美味しいお店のようですので、また寄りたいと思います。

沼田一雅(ぬまたいちが)1873~1954年
本名 沼田勇次郎
明治6年 5月5日福井市木田新町に生る。
明治15年 大阪府立北野学院卒業。
明治24年 彫刻修業のため上京、美術学校教授故竹内久一に師事。
明治27年 東京美術学校鋳造科蝋型助手。
明治29年 4月、東京美術学校助教授。
明治34年 1900年仏国巴里開催の万国大博覧会の鋳銅の「猿廻し置物」を出品、1等金牌受領。
明治36年 海外窯業練習生として渡仏、6月巴里市アカデミー・ヂュリアンに入所、11月国立セーヴル陶磁器製作所に入所、同所の彫刻家サンドーズ氏の指導を受け、原形より石膏形成法、押型法仕上げ法、窯詰法、焼成法を研究、同所の希望により純日本風俗等の彫刻原型数種製作、記念として寄贈。
明治38年 8月、彫刻並に陶磁彫刻研究のため、白、和、独、伊4ケ国を旅行、9月再度セーヴル製作所に入所、引続き陶磁器彫刻研究。同所技芸員に石膏薄肉彫刻の指導を受け、ドワット氏にパートアップレカションの手法を習い、同時にロダンにつき彫刻研究。
明治39年 5月、仏国出帆。7月帰国、9月東京美術学校雇員となる。
明治42年 東京美術学校教授、農商務省工業試験所陶磁器部嘱託。
明治43年 仏国政府より「アカデミー・ドゥ・オフィシヱ」勲章授与。
大正10年 3月再度渡仏、セーヴル製作所に入所、彫刻物焼成法と釉薬調合法につき研究、同年5月摂政宮殿下(今上陛下)御外遊中同所へ御成り、奨励のお言葉を賜る。彫刻陶磁製作技法研究のため、英国、デンマーク、コペンハーゲン、独のハンブルグ、ローゼンタール、ベルリン等各製陶所を1ケ月にわたり見学、帰仏後セーヴル製陶所の極秘法「パート・ドゥ・ヴェール」の製作法を探知。
大正11年 8月帰朝。
昭和2年 仏国政府よりセーヴル製陶所にて製作の原型に対し「オフィシエ・ドゥ・ランストリュクシヨン・レピュブリック」勲章受領。
昭和3年 11月大礼記念章授与せらる(表面、高御座の図彫刻)仏国政府より「シュバリェ・ドゥ・ラ・レジヨン・ドゥヌール」勲章受領。10月、帝展第三部、第四部推薦。
昭和3年 11月、京都高等工芸学校講師嘱託。
昭和7年 勅任教授。
昭和8年 9月帝展審査員、10月正4位勲4等、東京美術学校教授退官、講師を命ぜらる、11月奉職在勤41年により感謝状受領。
昭和9年 大阪府立工芸展審査員。
昭和12年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和13年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和14年~16年 東京美術学校、京都高等工芸学校、商工省京都陶磁器試験所の彫刻指導。
昭和21年 10月愛知県瀬戸市に陶彫研究所創設、所長となる。
昭和26年 4月日本陶彫会結成、会長となる。10月神奈川県工芸協会第一部会長となる。
昭和29年 5月恩賜賞授与せらる。6月5日没。

埼玉県鶴ヶ島市にてボンボニエール、勲章、蒔絵硯箱、銀瓶、茶道具、掛軸など。

 

埼玉県鶴ヶ島市にてボンボニエール、海外勲章、太刀掛、漆器、蒔絵硯箱、銀瓶、茶道具、掛軸などをお売りいただきました。

ボンボニエールや茶道具、骨董品などを御処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、昭和天皇御成婚記念の紫檀六角形ボンボニエール三点、天賞堂の櫃形ボンボニエール、日英同盟記念ボンボニエール(宮本謹製)、玉屋謹製の八稜鏡形鳳凰文ボンボニエール、服部製の香合形ボンボニエール、雅楽兜形のボンボニエール(三越製)、雅楽大太鼓形のボンボニエール(服部製)、天皇家御下賜品菊紋入り蒔絵硯箱、皇室御用金工師【吉岡宗雲斎】の桐紋銀製三重盃、大禮記念の桜橘蒔絵会席膳、蒔絵の入った太刀掛、松林桂月など掛軸、尚美堂の純銀製湯沸(銀瓶)、茶道具、海外勲章など。たくさんのお品をお売りいただきました。「ボンボニエール」は、フランス語でボンボンと呼ばれる小さな砂糖菓子を入れる器。 日本では明治時代から、天皇のご即位をはじめ、お子様のご誕生やご結婚式などの皇室・宮家の慶事の度、金平糖が詰められたボンボニエールが祝宴の記念品として招待された人々に贈られてきました。ボンボニエールは、今なおコレクターさんが多く存在し、市場でも高額で取引されるものが多くございます。パーツの欠品や傷み、銀製品特有の変色などございましたが、ボンボニエールは当社で買い取りを強化しているため、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。昭和天皇御成婚記念の紫檀六角形ボンボニエールは付属品もあり、状態も良かったので高額査定となりました。蒔絵の硯箱は残念なことに目立つ蒔絵の剥がれがあり、状態に難がございました。状態良ければ数十万の買取となったお品だけに、大変残念でした。掛軸は日本画や書など。松林桂月の山水画は大幅の良い作でした。銀瓶は尚美堂の作品。共箱などはございませんでしたが、良い状態でした。他にも時代の茶道具や陶器、海外の勲章などたくさん買取させていただくことが出来ました。ご家族の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

松林桂月(まつばやしけいげつ)1876年(明治9年)~1963年(昭和38年)
1876年 山口県生まれ。
1893年 上京し、野口幽谷に師事する。
1898年 松林家の養子となる。
1902年 環翠会画塾(後の天香画塾)を設立する。
1906年 山岡米華らと日本南宗画会を結成。
1907年 文展開設にあたり旧派の正派同士会に評議員として参加する。
1919年 帝展審査員となる。
1932年 帝国美術院会員となる。
1937年 帝国芸術院会員となる。
1939年 ニューヨーク万博へ「春宵花影」を出品。
1944年 帝室技芸員となる。
1947年 日中文化協会理事となる。
1948年 日本美術協会理事となる。
1949年 日展運営会常任理事となる。
1958年 文化勲章受章。文化功労者、日展顧問。
1960年 日本南画院の設立にあたり会長に就任する。
1963年 死去。死後従三位勲二等旭日重光章受章。

東京都台東区にてバーナードリーチの合子、唐木家具、中国陶磁器など。

  

東京都台東区柳橋にてバーナードリーチの合子、炉均釉灰皿や茶葉末釉水盤など中国陶磁器、蒔絵入鼈甲小箱、網代扉の唐木家具、パイプなどの喫煙具、オーディオなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お家にある不要品をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、陶芸家バーナード・リーチの合子、炉均釉灰皿や茶葉末釉水盤など中国陶磁器、蒔絵入鼈甲小箱、網代扉の唐木家具、パイプなどの喫煙具、オーディオなど。たくさんのお品をお売りいただきました。現在人気の中国家具や中国陶磁器、バーナードリーチなど当社で買い取りを強化している人気作家の作品もあり、高価査定で買取させていただくことが出来ました。バーナードリーチといえば民芸運動に参加されたことで有名でございます。大正末期、柳宗悦が一般庶民の日常生活に必要な雑器の中に美しさがあると唱え、この思想に浜田庄司、河井寛次郎、バーナードリーチら陶芸家が賛同し大きな民芸運動に発展しました。日本民芸館を設立する際、バーナードリーチは柳宗悦に協力をしています。作品は1920年、セント・アイヴス窯にて作られた合子。共箱などはありませんでしたが、バーナードリーチらしい良い作品です。パイプは汚れ等使用感がありましたが、ダンヒルなど人気のパイプがたくさんございました。たくさんのお品があり、車に積みきれない為、来週またお呼びいただくこととなりました。来週は二台でお伺いさせていただきます。本日は六角堂のご指名、良い作品をお売りいただき有難うございました。
帰りに台東区にある「リトルヤミー」さんで食事をしました。欧風カレーとオムライスでテレビにも数多く紹介されている人気店でございます。わたしがいただいたのは人気メニューの牛すじチーズオムカレー。トロトロの卵に牛すじをじっくり煮込んだスープから作られたカレーは絶品でした。また寄りたいと思います。

バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach)1887~1979年
1887年、香港に生まれ日本で幼少期を過ごす。1903年、ロンドンのスレード美術学校に入学、1907年からロンドン美術学校でエッチングの技法を学ぶ。その頃、高村光太郎と出会う。1909年、日本に戻り東京・上野に居を構える。生涯の友となる柳宗悦をはじめ白樺派の青年達と知り合い、1917年、我孫子にて版画指導を行う。陶芸家の富本憲吉の影響で茶道具に惹かれ、1912年に6代尾形乾山に陶芸を学び、1917年、我孫子の柳の家に窯を開いて陶芸家としての一歩を踏み出す。後に7代乾山の名を免許された。陶芸家の濱田庄司と友人になり、1920年に濱田庄司とともにイギリスのセント・アイヴスに移り日本の伝統的な登り窯を開き、1922年には「リーチ・ポタリー」(Leach Pottery)という名の窯を開いた。1963年に大英帝国勲章(Order of CBE)を受章し、1974年、に国際交流基金賞を受賞する。1979年5月6日、没。

東京都中野区にて桐箪笥、三代徳田八十吉(正彦)の香炉、藤倉守正の訪問着。

 

東京都中野区野方にて桐たんす、人間国宝 三代徳田八十吉(正彦)の彩釉香炉、藤倉守正の本塩沢お召訪問着やお着物、帯など、新宿区西新宿にてお着物、毛皮、柿右衛門窯の花入、贈答品などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は中野区野方へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、桐たんす、三代徳田八十吉(正彦)の彩釉香炉、藤倉守正の訪問着やお着物、帯など。桐箪笥は当社で買取強化中の伝統工芸品 名古屋桐箪笥。徳田正彦の香炉は人間国宝になる前の作品ですが、大変状態良く当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。藤倉守正の訪問着は本塩沢になります。本塩沢は緯糸に強撚糸を使い、さらりとしたシボを演出したお召織物です。他にも大島紬や牛首紬のお着物、作家物の袋帯なども併せてお売りいただきました。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。二件目は新宿区西新宿へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでお売りいただいたお品は、ブランド洋食器、13代柿右衛門窯の花入、和食器などの贈答品、お着物、ミンクの毛皮など。贈答品は箱と中の違う物などございましたが、良いお品もあり全て買い取らせていただきました。お着物はシミ汚れなどございましたが、こちらも全て買い受けさせていただきました。毛皮も現在は買取が厳しくなっておりますが、ミンクで良い状態のお品でしたので、こちらも買い取らせていただきました。まとめてのご売却、誠に有難うございました。大切に次へと繋げさせていただきます。
最後の画像は、帰宅途中に埼玉県朝霞市で見た夕日。真っ赤に染まる空がきれいでした。

三代徳田八十吉(とくだやそきち)1933年(昭和8)~2009年(平成21)
1933年 石川県小松市で生まれる
1954年 祖父について絵付けなどの修業をはじめる
1963年 日展初入選
1971年 日本伝統工芸展NHK会長賞
1977年 同展で日本工芸会総裁賞
1986年 日本伝統工芸展で保持者選賞
1986年 三代徳田八十吉を襲名
1991年 日本陶芸展秩父宮賜杯
1993年 紫綬褒章
1994年 日本工芸会理事
1997年 重要無形文化財「彩釉磁器」保持者に認定
2009年 8月26日逝去。従五位に叙位される。

東京都渋谷区にて桐箪笥、加藤卓男の酒杯、品川区にて唐木家具、銀製品など。

東京都渋谷区大山町にて桐たんす、人間国宝 加藤卓男の赤絵酒杯、ボンボニエール、勲章、反物など、品川区東五反田にて花梨製高足卓、純銀香炉やボンボニエール、瑪瑙銀製文鎮などの銀製品、イタリア家具などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は渋谷区へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。昨日ご連絡いただき、お引越しで時間がないとのことでしたので、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は桐たんす、加藤卓男の赤絵酒杯、ボンボニエール、勲章、反物など。桐箪笥は当社で買取強化中の加茂桐箪笥。赤絵の酒杯は人間国宝である加藤卓男の作品。当社でも買い取りを強化している作家作品です。銀製丸形鳳凰文ボンボニエールは上皇陛下が平成2(1990)年11月に即位された時に配られた引出物のボンボニエールです。ボンボニエールは金平糖を入れる器であります。もともとはヨーロッパで子供の誕生や結婚式などの祝事の際に砂糖菓子(bonbon)が配られ、その砂糖菓子を入れる容器をボンボニエール(Bonbonnière)と呼ぶことから、日本の皇室の引出物も「ボンボニエール」と称されるようになりました。ボンボニエールはコレクターの方が多く、中には100万円近くするものもございます。銀製特有の変色はございましたが、当社の買取強化商品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。本日二件目は、不動産業者様のご紹介で品川区東五反田へお呼びいただきました。お売りいただいたお品は花梨製高足卓、純銀香炉やボンボニエール、瑪瑙銀製文鎮などの銀製品、イタリア家具など。高足卓は中国唐木の花梨製。天部には葡萄杢がくっきりと出ており、大変造りの良い唐木家具でしたので10万円で買取をさせていただきました。純銀製の香炉は戦前の山縣製のもので彫りの素晴らしい香炉であります。本日二つ目のボンボニエールやシガレットケース、瑪瑙のついた銀製の文鎮など銀製品を多くお売りいただきました。イタリア家具は象嵌のワゴンやキャビネット。他にもたくさんのお品がありましたが、トラックに積み切れず。近日またお呼びいただくこととなりました。本日は素晴らしいお品々をお売りいただき、誠に有難うございました。次回もまたよろしくお願い致します。

加藤 卓男(かとう たくお)1917年~2005年
1917年 岐阜県多治見市に生まれる。家は江戸時代から続く窯元幸兵衛
1935年 多治見工業学校を卒業する
1954年 第10回日展に入選
1961年 フィンランド政府の招聘で、フィンランド工芸美術学校へ留学
1963年 第6回新日展で特選・北斗賞受賞
1964年 「美濃陶芸協会」設立、初代会長に就任。岐阜県芸術文化顕彰受賞
1965年 第8回新日展にて北斗賞受賞
1976年 東京大学イラン・イラク遺跡発掘調査団に参加
1980年 イラク文化省よりバクダッド大学に客員教授として招聘を受ける
1983年 多治見市無形文化財保持者認定、同岐阜県重要無形文化財保持者認定
1988年 紫綬褒章受章
1989年 正倉院に二彩鉢の復元作品を納める
1991年 美濃陶芸協会名誉会長となる
1995年 重要無形文化財「三彩」保持者認定
1996年 岐阜県名誉県民となる
2005年 1月11日死去

神奈川県川崎市中原区にて長谷川栄作の木彫「乃木大将像」、犀の香炉、仏像など。

  

神奈川県川崎市中原区にて帝展審査員 長谷川栄作の木彫「乃木大将像」、犀の香炉、仏像などをお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。仏像や置物などをご処分されたいとのことでお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、彫刻家 長谷川栄作の木彫「乃木大将像」、犀の香炉、仏像など。長谷川栄作は吉田芳明に木彫を師事し、大正3年文展で「夢」で初入選。官展を中心に作品を発表し、栴檀社・東邦彫塑院を結成するなど活躍しました。お売りいただいた作品は氏の伯父にあたる長州藩士であり明治時代の軍人、陸軍大将「乃木希典(1849-1912)」の肖像彫刻です。軍人としての伯父ではなく、休日の優しい伯父の姿が忠実に再現されています。共箱の欠品、所々にシミがありましたが、当社で買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。ほかにも銅製 犀の香炉や明治期の木彫り仏像、銅製の観音菩薩像などをお売りいただきました。良いお品をまとめてお売りいただき、ありがとうございました。

長谷川栄作(はせがわえいさく)1894年~1944年
1894年 長谷川勝太郎の長男として浅草区小島町に生まれる。母イネは乃木希典の妹。
1892年 品川小学校入学。家庭の都合により、吉田芳名に師事し象牙彫刻を学ぶ。
1905年 東京商工会に出品するが、他人の銘で出品され、好評を博したことに憤慨する。伯父の乃木希典に、彫刻を志すなら私を作れと命じられ、これが作品の第一号となる。
1913年 山口県長府に希典像を残すこととなり、其の事業の続きとして希典少年が両親の訓話を聞いている像を旧邸内に制作することとなる。
1914年 秋の文展に出品した「夢」で初入選。
1917年 「栴檀社」を創設。秋の文展十一回に「引接」を出品、特選主席となる。
1918年 矢野君江と結婚。栴檀社展に「白輝」「羽衣」を出品、秋の文展には「地上にある誇り」を出品、つづいて特選となる。
1924年 北村西望の彫刻団体昿原社に参加し、9月には帝展審査員を任命される。「母性禮讃」などを制作。その後「坪内逍遥」「原敬」などを制作する。
1927年 乃木神社の獅子狛犬を制作、「彫塑の手ほどき」を博文舘より出版。
1928年 「華」を制作。
1930年 「童形地蔵菩薩像」を古河家の依頼により制作。吉田松陰像、「双柿舎における逍遥」、徳富蘇峰像、大日如来像、薬師如来像、晩年に漁師像などを制作をしました。
1944年 10月6日死去。享年55