カテゴリー別アーカイブ: 仏像

東京都豊島区にて先崎栄伸の大日如来像、晝間弘の弘法大師、木彫の仏像。

東京都豊島区要町にて先崎栄伸のブロンズ彫刻「大日如来」、晝間弘のブロンズ彫刻「弘法大師」、木彫の仏像、仏画などの掛け軸をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。仏像や掛け軸などをご処分されたいとご連絡いただき、出張買取させていただきました。お売りいただきましたお品は先崎栄伸のブロンズ彫刻「大日如来像」、晝間弘のブロンズ彫刻「弘法大師」、木彫の仏像、仏画などの掛け軸など。先崎栄伸は弱冠18歳にして帝展入選という歴史的大記録を打ち立てました。その後、文展、日展、正統木彫家協会展など、数々の受賞歴を重ねていきます。寺社に納められているものも多く、總持寺(説法釈迦)や大圓寺(聖観音、千手観音)を手掛けるなど、数々の作品が各地の寺院に存在します。お売りいただいたお品は、大日如来像のブロンズ彫刻。共箱などの付属品はございませんでしたが、六角堂の強化買取中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。晝間弘(昼間弘)は昭和に活躍した彫刻家。初期の頃は木彫を中心に制作活動を行っていましたが、塑像、ブロンズ像へと領域を広げていき、堅実な写実力で独自の造形力を追い求めました。北村西望に師事し、日展で受賞を重ねます。日展理事、常務理事に就任し、日展の重鎮として活躍しました。また、朝倉文夫・加藤顕清・本郷新らが中心となり結成された日本彫刻家連盟の後身である日本彫塑会の理事にも就任されております。お売りいただいたお品は弘法大師のブロンズ彫刻。高さ67センチの堂々たる造りの作品です。共箱あり、状態も良いです。他にも木彫りの観音菩薩や地蔵菩薩、大黒天、仏画などたくさんのお品をお売りいただきました。ご家族が大切にされていた仏像など、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

先崎栄伸(せんざきえいしん)1917(大正6)-1986(昭和61)
1917年 福島県に生まれる。
1931年 阿井瑞岑に師事。
1935年 18歳の若さで帝展に初入選。
1954年 仏教美術協会の設立にも携わる。
1976年 文部大臣賞受賞。
1985年 第一回彫玄会展を主催。
1986年 逝去。

晝間弘(ひるまひろし)1916(大正5)-1984(昭和59)
1916年 東京都で生まれる。
1939年 東京美術学校彫刻科木彫部を卒業。
1947年 東邦彫塑院展で特選。
1952年 日展審査員となる。
1958年 日展会員となる。
1962年 日展評議員となる。
1964年 日展で文部大臣賞を受賞。
1970年 日本芸術院賞を受賞。
1972年 日本彫塑会理事となる。
1976年 筑波大学教授となる。
1977年 日展理事となる。
1980年 日展常務理事、日本芸術院会員となる。
1984年 逝去。

埼玉県ふじみ野市にて仏像、こけしなど、狭山市にて金重晃介の備前花器。

  

埼玉県ふじみ野市にて木彫りの千手観音や金属製、陶器製の仏像、こけしなど、狭山市にて桐箪笥や金重晃介の備前花器、反物などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県ふじみ野市へ遺品整理でお呼びいただきました。仏像や木彫りなどをご処分されたいとお電話いただき、出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は木彫りの如来や菩薩像、陶製、金属製の仏像、こけしや木彫りの民芸品など。たくさんのお品をお売りいただきました。中でも木彫の千手観音像は彩色が施され、大変造りの良い仏像でございました。石製の地蔵菩薩など、本日積み残したお品を来年またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご主人様が生前大切にされていた仏像など、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、有難うございました。本日二件目は、業者様のご紹介で狭山市へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、新潟県の伝統工芸品 加茂桐箪笥、金重晃介の花器、他陶器など。加茂桐箪笥は35年ほど前の桐たんすで所々に砥粉落ち、傷みがございましたが、買取強化しているお品ですので買い取らせていただきました。金重晃介は人間国宝である金重陶陽の三男。金重道明の弟であります。受け継がれてきた伝統を尊重しながらも、伝統の重みと技法にとらわれることなく、土の特性を生かした独自の備前焼を発表、抽象花器を得意とする作家であります。お売りいただいたお品もまた素晴らしい花器でございます。付属品もあり、保管状態も良かったのでお客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。他にも備前焼や九谷焼など、たくさんの陶器をお売りいただきました。搬出時に手伝っていただいたりお気遣いいただき有難うございました。

金重晃介(かねしげこうすけ)
1943年 金重陶陽の三男として、岡山県備前市伊部に生まれる。
1970年 東京藝術大学大学院彫刻科修了
1975年 陶芸作品を発表し始める
1982年 築窯
1988年 田部美術館「茶の湯の造形展」優秀賞 (1990年同賞受賞)
1994年 日本陶磁協会賞受賞
1999年 山陽新聞社賞受賞
2005年 岡山日日新聞社賞受賞
現代日本の陶芸(ボストン美術館)
2012年 岡山県重要無形文化財保持者 認定
2014年 岡山県文化賞

東京都足立区にてクメール美術古銅仏頭、村上華岳の木版画、茶葉末釉の水盤。

東京都足立区にてクメール美術カンボジアの古銅仏頭、村上華岳の木版画「観世音菩薩像」、茶葉末釉の水盤をお売りいただきました。

業者様にご紹介いただき、遺品整理でお呼びいただきました。仏像や絵画などをご処分されたいとご連絡頂き、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、クメール美術カンボジアの古銅仏頭、木彫りの仏像、村上華岳の木版画「観世音菩薩像」、茶葉末釉の水盤など。お父様がご趣味で集めていらっしゃったお品になります。クメール王朝とは9世紀から15世紀ごろまで現在のカンボジア王国からタイにまで及ぶ一帯にあった王朝国家です。お売りいただきましたお品は、クメール王朝期につくられた銅製の仏頭。古い仏像ですので所々に破損がございますが、当社で買取強化中の仏像ですのでお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。村上華岳は、大正から昭和期にかけて活躍された、日本を代表する画家のひとりであります。初期は写生風と洋風の交じり合った画風で、油彩画にも挑戦されました。独学で仏教美術・ルネサンス絵画・インド美術を学び、生涯のモチーフとなった山水や仏画を主題とした作品を多く描き、東西の様式を吸収。次第に神秘的要素から宗教的要素へと移行しました。お売りいただいたお品は、木版画の「観世音菩薩像」。タトウ箱に納められ、大変状態の良い作品でしたので、高額査定となりました。茶葉末釉(ちゃようまつゆう)は中国の陶磁器で、茶葉の粉末の色のように見えるため、その名が付いたといわれております。緑色と黄色が混ざった釉薬は蕎麦の実のようにも見えるため、日本では蕎麦釉(そばゆう)と呼ばれております。高台にカケがございましたが、人気の中国美術ですのでこちらも買い取らせていただきました。お父様の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、誠に有難うございました。

村上華岳(むらかみかがく)明治21(1888)年7月3日~昭和14(1939)年11月11日
1888年 7月3日、大阪天満松ヶ枝町に生まれる。本姓武田、甲州武田氏の末裔。本名震一。
1895年 神戸市神戸尋常小学校に入学。叔母村上千鶴子の婚家、村上五郎兵衛方に寄居する。
1903年 京都市立美術工芸学校へ入学。
1904年 村上家を嗣ぐ。
1907年 京都市立美術工芸学校卒業。
1911年 京都市立絵画専門学校卒業。
1916年 京都市東山高台寺円徳院に住む。
1917年 洛北衣笠に転居。この頃仏画に筆を染め、静物、風景等を多く描く。
1918年 土田麦僊・小野竹喬らと、国画創作協会(国展)を結成する。
1923年 京都を去り、神戸に帰り、芦屋に隠棲。
1925年 タゴール翁と識する。「タゴール像」を素描す。国展第五回に「松巒雲煙」出品。
1926年 久邇宮家の献上画を制作。
1927年 神戸花隈の旧居に帰る。この頃より画壇を遠ざかる。
1934年 華岳作品の憧憬者が集り、各自その収蔵作品を持より東京永楽倶楽部に於て展列を行う。
1935年 帝国美術院第一部無鑑査となる。
1936年 京都美術倶楽部に於て、友人達が作品百余点を展示する。
1939年 11月11日、永眠。享年51才。

千葉県柏市にて帝室技芸員 香取秀真の金銅仏具、仏像、仏画。

千葉県柏市にて帝室技芸員 香取秀真の金銅仏具、仏像、仏画をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。仏像や仏具などを処分したいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、江戸期の木彫り仏像六体、仏画掛軸、金工師 香取秀真の三具足、金銅供物器 二面、金銅飲食具 二対、金銅三具足。
香取秀真(かとりほつま)は学問としての金工史を確立し、日本における美術の工芸家として初の文化勲章を受章しました。古代鋳金の研究を進め、「日本金工史」「金工史談」「茶の湯釜」など優れた学術著作を残されております。正岡子規門下の歌人としても知られ、根岸短歌会に参加し、アララギ派の歌人として「秀真歌集」や「天之真榊」の歌集があります。東京美術学校(現在の東京芸術大学)教授、芸術院会員。帝室博物館(現在の東京国立博物館)技芸員を歴任。金工の人間国宝である香取正彦は長男であります。
三具足とは仏具の呼称の一つで、香炉・燭台・花立 各一つずつで一組となる仏具をいいます。供物器、三具足はいずれも底に「秀真」の印あり。飲食具に銘はありませんが、こちらも間違いなく香取秀真の作品であります。全てに共箱あり。経年のイタミや汚れはございますが、当社で買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。

香取秀真(かとりほつま)1874~1954
本名、秀治郎。別号に六斎、梅花亭。
1874年 千葉県印旛郡船穂村に生まれる。
1891年 東京美術学校(現在の東京藝術大学)に首席で合格、鋳金科へ進む。鋳金家大島如雲に、東美校では岡崎雪声に学ぶ。
1896年 卒業。卒業制作は『上古婦人立像』。
1898年 「日本美術協会展」で「獅子置物」が褒状1等となる。
1900年 パリ万国博覧会で銀賞碑を受けるなど国際的に活躍。
1908年 同志と鋳金会を創立。
1914年 東京鋳金会を発展させた青壺会を津田信夫らと結成する。
1929年 国宝保存会委員
1933年 東京美術学校教授となり、学問として母校で「鋳金史」「彫金史」などを講義、多くの後進を育てた。
1934年 帝室技芸員となる。
1953年 功績を認められ文化勲章を叙勲される。文化功労者としても顕彰。
1954年 1月31日死去。80歳。

東京都品川区戸越にて古銅観音菩薩立像、博古堂の茶托、桐箪笥など。

東京都品川区戸越にて古銅観音菩薩立像、博古堂の茶托、桐たんすなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。仏像や桐たんすをご処分されたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、古銅観音菩薩立像、博古堂の茶托、桐たんすなど。桐たんすは大正時代のもので、厚みある金具に飾り金具が見事な時代箪笥。状態の良い総桐たんすでございました。古銅観音菩薩立像は高さ70㎝と大振りの仏像。首周りにヒビがありありましたが、当社で買取を強化している仏像作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。
鎌倉彫の茶托は鎌倉彫の名門博古堂のもの。五客組、共箱無し。博古堂は明治33年(1900年)、鎌倉市にある鶴岡八幡宮鳥居脇に店舗を構える老舗。明治初頭に神仏分離から暴走した廃仏毀釈を背景に、仏像制作は止まり鎌倉仏師の多くは廃業に追いやられました。そのような中、博古堂の創始者である後藤斎宮・運久親子は大胆な方向転換を決め、仏師の確かな伝統技術を活かす漆芸工芸品へ注力し、現在の鎌倉彫への道を拓きます。万国博覧会への出品と、横須賀線の開通で増えた観光客で顧客の幅も広がり、鎌倉彫は広く知られるようになります。大正・昭和と新技法や新たな意匠も加えられ、伝統を保持しながら現代の生活にも映える鎌倉彫は昭和52年に通産省の伝統的工芸品指定産地の認定を受けました。博古堂は鎌倉彫を代表する名門になります。
ご家族が大切にされていたお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。本日はお忙しい中、六角堂をご指名いただき誠に有難うございました。

東京都武蔵野市にて岸田陸象の阿弥陀如来座像、木彫り仏像、桐たんす。

  

東京都武蔵野市にて岸田陸象の阿弥陀如来座像、仏像、桐箪笥をお売りいただきました。

解体業者様のご紹介で、お片付け整理でお呼びいただきました。仏像や桐たんすをご処分されたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、岸田陸象の阿弥陀如来座像、木彫り仏像、桐箪笥など。桐たんすは明治期のもので、厚みある金具の時代箪笥。状態の良い総桐でございました。木彫りの仏像は江戸期の大黒天、観音菩薩像など。状態の悪いものもございましたが、全て買取させていただきました。仏像彫刻家岸田陸象(きしだりくぞう)の阿弥陀如来座像は、高さ65㎝と大振りのブロンズ像。共箱あり。こちらは当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。お喜びいただけて良かったです。お父様やお母様が大切にされていたお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。本日はお忙しい中、六角堂をご指名いただき誠に有難うございました。

岸田陸象(きしだりくぞう)1919年~2002年
1919年、長野県下水内郡旭村生まれ。本名は陸蔵といいます。1937年、中村實のもとで農民美術工芸の指導を受ける。20歳で入隊、7年間の軍隊生活を経て復員。1947年、長野県展に木彫作品が初入選。1949年、中村直人に師事。1953年に中村直人が渡仏のため、新海竹蔵に師事し第38回院展初入選。以後連続入選して1957年、日本美術院院友となる。1962年、院展彫刻部解散に伴い創造美術会に彫刻部を新設して同展に出品を続け「瞑想の曲」が東京都知事賞など受賞を重ねる。運営委員も務めるが退会。1976年、日本美術家連盟会員。1984年、コンクール連展で埼玉県知事賞。1985年、長野県立信濃美術館で個展。日本現代美術家連盟理事。木彫、ブロンズを並行して制作、仏像、裸婦、オブジェと幅広い。2002年、永眠。享年83歳。

東京都板橋区小豆沢にて木彫りや銅製の仏像、古銅葡萄彫細工花瓶、掛軸。

東京都板橋区小豆沢にて木彫りや銅製の仏像、古銅葡萄彫り細工の花瓶、掛け軸をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、遺品整理、仏像のご処分でお呼びいただきました。お父様が骨董品をたくさん集めていらっしゃったようで、たくさんのお品がございました。お売りいただきましたのは、木彫りや銅製の仏像、古銅葡萄彫り細工の花瓶、掛け軸など。仏像は、古銅のものや木彫りのものなどで日本の仏像の他、チベットのものなどがございました。古銅葡萄細工花瓶は、昭和初期頃のもので、葡萄模様を盛上げ細工で造られております。桐箱に納められ、保管状態も良かったです。掛け軸は日本画、仏画、書など様々でした。たくさんのお品をお売りいただき、有難うございました。お父様の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。
ただいま六角堂では、仏像の他、仏教美術、密教美術なども強化買取しております。
チベット仏、金銅仏、鍍金仏、銅仏像、古銅仏像、鋳銅仏像、石仏像、木彫仏像、珊瑚仏像、白磁仏像、香木仏像、乾漆仏像、象嵌仏像、インド密教仏、ガンダーラ石仏、アカンサス装飾、スコッタ ストッコ像(ストゥッコ像)、テラコッタ像、タンカ、マンダラ、仏画、中国仏画、チベット仏画、高麗仏画、朝鮮仏画、仏教彫刻、宝塔彫刻、仏舎利(ぶっしゃり)彫刻、舎利塔(しゃりとう)彫刻、多宝塔(たほうとう)彫刻、仏具、厨子、線香、香木、数珠、如意(にょい)、金剛杵(こんごうしょ)、釣鐘、香炉、宝珠、経典、経巻、経箱、石彫レリーフなどがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。仏教美術、密教美術に詳しい鑑定士が、見積もりにお伺いします。

東京都三鷹市下連雀にて木彫大黒天、古銅人物香炉、香木(伽羅)など。

 

東京都三鷹市下連雀にて時代木彫彩色大黒天像、古銅人物香炉、香木(伽羅)などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、遺品整理でお呼びいただきました。お父様が生前集めていらっしゃったという仏像、仏具、掛軸などの骨董品をご処分されたいとのことでお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、時代木彫大黒天像、古銅人物香炉、香木(伽羅)など。木彫りの時代大黒天像は黒漆に彩色の施されている時代ある仏像。明治期頃のものでしょうか、良い表情の大黒さんです。所々色剥げや傷みなどございましたが、買取強化中のお品ですので買取させていただきました。古銅製の香炉は和尚に童子、猫が寄り添う姿でとても造りの良い香炉となってます。表情が豊かで見ているととても癒される香炉となっております。猫もとても幸せそうなお顔をしていますね。あまり見かけない面白い香炉です。香木は伽羅で5g~10gのもの、合わせて57gございました。そのままの状態でもほんのりと香りが残っており、重みのある香木です。他にも仏像や仏画なども併せてお売りいただきました。どのお品も銘などはありませんでしたが、当社の買取強化商品になりますので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただくことが出来ました。処分しようか迷われていたお品にも査定が付き、お喜びいただきました。お父様の大切にされていたお品々、大事に次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠にありがとうございました。
本日は一件のみの出張買取でしたので、帰宅後倉庫で一日仕分け作業をしました。夕飯は川越市にある「山田うどん食堂 下赤坂店」へ行きました。今日は麻辣ラーメンにカレーコロッケ。カレーコロッケは先日無料券をいただいたのでトッピングしました。外に出ると駐車場には夜桜がライトアップされており、とてもきれいでした。色々と大変な時期ではありますが、サクラは綺麗に咲いておりました。車の中から一人しばらく見入ってしまいました。

東京都武蔵野市にて喜多敏勝の音声菩薩像、神保豊の大黒天尊像など。

 

東京都武蔵野市にて喜多敏勝の音声菩薩像(天上の音色)、神保豊の大黒天尊像などブロンズ像、桐箪笥、反物などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お父様が集めていた仏像の他、桐箪笥や反物などをご処分されたいとのことでご連絡いただきました。お売りいただいた仏像は喜多敏勝の音声菩薩像(天上の音色)、神保豊の恵比寿尊像。いずれも高岡銅器のブロンズ製品でございます。名工 喜多敏勝の横笛を奏でる観音様は音声菩薩像。東大寺の大仏殿。その前庭の回廊に構える国宝「金銅八角燈籠」にはすばらしい4人の音声菩薩が表現されています。八面の火袋の四面に浮き彫りにされている音声菩薩像は、笙(しょう)・横笛・銅跋子・尺八などをそれぞれ奏でています。本品は横笛を奏でる音声菩薩をモチーフに天上の音色”と題しブロンズ像で復刻されております。蝋型青銅製で緻密に鋳造し、一品一品手仕上げによる漆着色を施した逸品です。ふくよかな容姿で、衣のなびきは、爽やかな風を、横笛を奏でる表情は、素敵な音色を感じ取れるように制作されてます。彫刻家神保豊の作品は鍍金の大黒天尊像。共箱と思われておりましたが、箱書きを見ると恵比寿尊像。残念ながら箱と本体が入れ替わったまま、一点は紛失されてしまったようです。恵比寿尊像、大黒天尊像はともに七福神の一つで、大黒天は福徳や財宝を与える神とされ、低い頭巾(ずきん)をかぶって、右手に打ち出の小槌(こづち)を握り、左肩に大きな袋を背負って米俵の上に立っている。恵比寿の方は烏帽子(えぼし)に狩衣(かりぎぬ)、指貫(さしぬき)のいでたちで、通常鯛を釣り上げる姿に作られる。二神は商家の福の神として祀(まつ)られることが多く、七福神の中で最も親しまれております。合わせ箱となってしまいましたが、こちらも買い受けさせていただきました。桐箪笥は相徳のもの。ややシミが出てしまってましたが、こちらも買い取りしました。反物は紬や帯反など。全て買取させていただきました。お引越しで泣く泣くのご処分とのこと、大事にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。
本日は市場開催の日でしたので、出張買取の後に市場へ寄り、仲間達と夕食に行きました。大宮駅の側にある「3匹のひつじ」さんでジンギスカンの食べ放題。ラム肉はとてもヘルシーですので、たくさん食べるわたしにはもってこいです。とはいえ食べ放題でとても美味しかったので、お腹いっぱい食べてしまいました。ジンギスカンの味が染みたもやしに塩むすびがとても美味しかったです。

喜多敏勝(きたとしかつ)
昭和29年9月、勅許御鋳物師 藤原朝臣喜多家三十代目 万右衛門の三男として富山県高岡市金屋本町にて生まれる。喜多家は12世紀半ばに近衛天皇への御代鋳物燈炉献上の侯により、朝廷から鋳物制作に対しての特権を与えられた許可状を受け、藤原の姓を賜りその鋳物の技を今日に継承する朝廷ゆかりの系譜を持ちます。
幼少の頃より絵画、彫刻に興味あり家業美術 工芸品製造に手伝いの為明治の巨匠 高村光雲先生より薫陶をうけられた昭和の巨匠 米治一先生に師事。
富山県展連続入選・高岡市展・高岡伝統物産創作振興展並びに加工技術展に最優秀賞や優秀賞の連続受賞。現在、日展を含む各界で活躍。

神保豊(じんぼゆたか)
大正12年(1923)、東京都生まれの彫刻家。
高橋丈雲に師事し、木彫を学びます。
文部大臣賞や創型会賞同人優秀賞など数多くの賞を受賞します。
息子の神保雅・琢磨も彫刻家で東京三越本店などで父子三人展を開催するようになります。
成田山新勝寺明王を制作。
創型会同人・顧問。

高岡銅器は高岡の開祖 加賀藩第二藩主前田利長公が、慶長14年 (1609年) 高岡城に入城され、翌々年の慶長16年 (1611年) 城下の興隆繁栄の為、鋳物発祥の地 河内国丹南郡の技術を継承する7人の鋳物師達を招聘して、金屋町に鋳物工場を開かせた事に始まります。
当初は鉄鋳物が中心であったが、江戸時代中頃から銅鋳物も盛んになり、明治期に入ると技術力は更に向上し、万国博覧会を通して世界にも紹介され、輸出品としても美術銅器は確固たる地位を築きました。

東京都豊島区東池袋にて、木彫り観音、水晶観音や布袋像、薩摩切子など。

     

東京都豊島区東池袋にて、厨子入り木彫り観音、本水晶観音菩薩や黄水晶布袋像、薩摩切子、仏像、天然石置物、数珠などをお売りいただきました。

解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。ご家族が集めていらっしゃったという仏像や水晶、天然石などをご処分されたいとのことでご連絡いただき、出張買取させていただきました。お売りいただいたのは、厨子入り木彫り観音、本水晶観音菩薩や黄水晶布袋像、薩摩切子、仏像、天然石置物、数珠など。厨子に埋められた観音菩薩立像は時代ある造りの良い木彫り仏でした。本水晶の観音菩薩や黄水晶(シトリン)の布袋像は近年造られた工芸品でありますが、唐木の台付きで造りの良いものでした。桐箱に納められた天然石は、紫水晶(アメジスト)や茶水晶、瑪瑙など様々で、枝珊瑚(赤珊瑚)などもございました。画像の他、ラピスや琥珀、トルコ石、孔雀石、虎目石など、多数の置物、数珠などの工芸品をお売りいただきました。薩摩切子はカメイガラスのもので、籠目切子洗鉢。たくさんのお品を併せてお売りいただきました。たくさんのお品数でしたので、査定・搬出に時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。ご家族の集めていらっしゃった仏像などのお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠にありがとうございました。
帰宅途中、埼玉県新座市にある「大村庵」さんで、かき玉うどんをいただきました。とろっとしたあんかけ玉子のスープが癖になります。美味しかったです。