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山梨県富士吉田市にて、久保田一竹の辻が花袋帯、茶道具、漆器、書道具など

山梨県富士吉田市にて、初代久保田一竹の辻が花袋帯、茶道具、漆器、書道具、洋食器などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。遠距離の出張買取でしたので、昨日より山梨県に入り本日朝からお伺いしました。中央道河口湖インターで降りて、築150年の古民家を飛騨から移築して営業しているという炉端焼き屋「山麓園」さんに行ってきました。囲炉裏でうずらや川魚、野菜など色々な具材を自分で焼きながら食べるスタイルのお店で、わたしたち骨董屋好みのお店でした。最後にはほうとうも食べられ大満足でした。そのまま河口湖近くにあるホテルで宿泊しました。ホテルからお客様宅までは近かったので、朝方のんびりと河口湖を眺めていましたが残念ながら曇り空で富士山は見えませんでした。帰宅時には見えるか期待をしながらお客様宅へ向かいました。
本日お売りいただいたお品は、初代久保田一竹(くぼたいっちく)の辻が花袋帯の他、作家物のお着物や帯、茶道具、輪島塗の名工、慶塚(けいづか)の屠蘇器、四段重などの漆器、硯や墨、筆などの書道具、リチャードジノリの洋食器など。辻ヶ花といえば久保田一竹(くぼたいっちく)。初代久保田一竹は20歳の時に東京国立博物館で辻が花と出会い、感銘を受け生涯をその研究にささげることを決意されました。太平洋戦時での召集などの困難を乗り越え、手描き友禅を生活の糧としながら、研究を続け、60歳にして初めて「辻ヶ花」を完成させます。これが「一竹辻ヶ花」と命名された逸品の始まりです。一竹の着物はファンも多く、特に初代のアイテムは非常に高値で取引をされているため、高額査定で買い取らせていただくことが出来ました。残念ながら所々にシミが出てしまってはおりましたが、当社で買い取り強化している初代久保田一竹作品、あまり減額せずにお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。まだまだお売りいただけるお品がたくさんあり、またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お昼にお客様がお稲荷さんを作ってくださいました。とても美味しかったです。お茶やコーヒーを入れていただいたりお気遣いくださり有難うございました。
帰りには、ほうとうで有名なお店「甲州ほうとう 小作 河口湖店」へ行きました。こちらには何度もほうとうを食べに足を運んでおります。色々な種類のほうとうがありますが、本日は「猪肉ほうとう」をいただきました。猪肉特有の臭みなど気になるかと思ったのですが、全く気になりませんでした。歯ごたえがあり、とっても美味しかったです。ほうとうは、味噌と多くの野菜類が使われているので美容・健康にはもちろん、ガンの予防にも効果がとのことです。栄養価もあり、腹持ちも良く、いいこと尽くめですね。また次回お呼びいただいた時にも、ほうとうを食べて帰りたいと思います。帰りには富士山も顔を出してくれました^^

久保田一竹(くぼたいっちく)1917年(大正6年)10月7日~2003年(平成15年)4月26日
1916年 10月7日 神田に生れる
1931年 友禅師小林清師に入門
1948年 辻が花の研究に着手
1961年 独自の染色法一竹染を創業
1983年 パリ・チェルニスキー美術館にて「一竹辻が花展」
1984年 ニューヨーク・ダラスにて「一竹辻が花 光・風・音展」
1985年 ベルギー・ブリュッセルにて「一竹辻が花 光・風・音展」
1988年 バチカン宮殿にて上演された創作能「イエズスの洗礼」の衣装制作
1989年 ヨーロッパ主要都市にて個展
1990年 フランスよりフランス芸術文化勲章シェヴァリエ章を受賞
1993年 文化庁長官賞受賞
1994年 久保田一竹美術館(河口湖町)開館
1996年 ワシントンD.C.スミソニアン国立自然史博物館にて個展
2003年 逝去(享年86歳)

静岡県富士市にて、木彫り仏像、石仏、仏頭、チベット仏、ボンボニエール小箱など。

静岡県富士市にて、木彫り仏像、石仏、仏頭、懐中仏、チベット仏などの仏像、ボンボニエール御紋章純銀製小箱などをお売りいただきました。

仏像のご処分でお呼びいただきました。遠距離出張でしたので、朝一番に出発をして休憩をとりながら静岡県富士市へと向かいました。お父様が骨董品をたくさん集めていらっしゃったようで、たくさんのお品がございました。今回は仏像の処分でお呼びいただきましたので、他のものはまた次回お呼びいただくこととなりました。お売りいただいた仏像は、古銅のものや石製、木彫りのものなどで日本の仏像の他、チベットやネパールのものがございました。形も立像、坐像、懐中仏、仏頭など様々。全て買い取らせていただきました。また、仏像の他にも、ボンボニエール(御紋章箱)を見せてもらい、こちらは20万円の査定でお売りいただくこととなりました。こちらは、某有名な方が学習院の院長に就任された際にいただいたという素晴らしいお品になります。裏には純銀服部製の刻印があります。大変素晴らしい作品をお売りいただきました。次回は日本の作家物の陶器や中国の陶器などをお売りいただくこととなりました。楽しみにしております。昼食のご用意をしていただいたりお気遣いいただき有難うございました。
わたしの母親が富士市の出身で、近所に祖母や親戚のお墓があるので墓参りへ寄りました。帰りには「魚河岸丸天 富士店」さんへ寄り、テレビでよく紹介されている「海鮮かき揚げ丼」や駿河湾の幸が詰まった「わいわい丼」をいただきました。タワー状になったかき揚げの海鮮かき揚げ丼はとてもサクサクで美味しかったです。ボリュームがすごく40代のわたしには少しおもかったですが、今日は見習いの若者が同伴しておりましたので、残さず全て完食出来ました。次回来た時も寄りたいと思います。

ただいま六角堂では、仏像の他、仏教美術、密教美術なども強化買取しております。
チベット仏、金銅仏、鍍金仏、銅仏像、古銅仏像、鋳銅仏像、石仏像、木彫仏像、珊瑚仏像、白磁仏像、香木仏像、乾漆仏像、象嵌仏像、インド密教仏、ガンダーラ石仏、アカンサス装飾、スコッタ ストッコ像(ストゥッコ像)、テラコッタ像、タンカ、マンダラ、仏画、中国仏画、チベット仏画、高麗仏画、朝鮮仏画、仏教彫刻、宝塔彫刻、仏舎利(ぶっしゃり)彫刻、舎利塔(しゃりとう)彫刻、多宝塔(たほうとう)彫刻、仏具、厨子、線香、香木、数珠、如意(にょい)、金剛杵(こんごうしょ)、釣鐘、香炉、宝珠、経典、経巻、経箱、石彫レリーフなどがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。仏教美術、密教美術に詳しい鑑定士が、見積もりにお伺いします。

東京都練馬区西大泉にて、十四代酒井田柿右衛門の濁手牡丹文皿、お着物など

東京都練馬区西大泉にて、十四代酒井田柿右衛門の濁手牡丹文皿、お着物などをお売りいただきました。

東北地方、岐阜県、関西方面など遠距離の出張が続いており、買取事例の更新が滞ってしまいました。徐々に更新をしていきたいと思います。本日は業者様のご紹介で、東京都練馬区西大泉へ遺品整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、人間国宝である十四代酒井田柿右衛門の本人作「濁手牡丹文皿」やお着物、反物など。お着物は創業260年を誇る老舗呉服店「銀座越後屋」さんで購入された素晴らしいお着物ばかりでした。若干シミや汚れなどございましたが、全て買い受けさせていただきました。柿右衛門は久々の濁手作品でしたので、ギリギリまで頑張って査定させていただきました。「濁手(にごしで)」とは米の研ぎ汁のようにやわらかみのあるミルキーホワイトの色をした白磁素地。一般の有田焼の白磁素地は、やや青みを帯びていますが、「濁手」は青みがなく、純白。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では酒井田柿右衛門作品の高価買取、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(濁手など本人作品はもちろん柿右衛門窯のお品も高額買受致します。)がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買い取りさせていただきます。
酒井田柿右衛門作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください。陶芸作品に詳しい鑑定士が査定させていただきます。
戻る途中、山田うどん食堂さんへと寄りました。今日は期間限定メニューである「香り野菜の海老天ざるそば」をいただきました。本日も暑い一日でしたので、こちらのお蕎麦はあっさりしていてとても美味しかったです。

14代 酒井田柿右衛門 さかいだかきえもん
1934年佐賀県有田町に生まれる。
1958年多摩美術大学日本画科卒業。
作陶技術を十二代、十三代柿右衛門に師事。
十四代を襲名するまで「酒井田 正」として各公募展への出品、個展等を行う。
1982年十四代柿右衛門を襲名。
2001年国指定重要無形文化財「色絵磁器」保持者(人間国宝)に認定される。
2005年旭日中綬章受章
2006年有田名誉町民の称号を受ける
2007年西日本文化賞受賞
2013年6月15日逝去(享年78)

千葉県市川市にて、人間国宝松井康成の花壷、十三代柿右衛門の花瓶、とんぼ玉など。

千葉県市川市行徳駅前にて、人間国宝松井康成の練上面取花壷、十三代酒井田柿右衛門の錦花牡丹文花瓶、江戸期のとんぼ玉、掛軸、陶器などの骨董品をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。以前骨董屋さんの知り合いがおり、少しずつ骨董品を集めていらっしゃったお客様。たくさんの骨董品がございました。まとめて処分されたいとのことで、一点一点査定し、全て買い受けさせていただきました。とんぼ玉とは、穴の開いたガラス玉のこと。とんぼ玉の歴史は深く、古墳時代の副葬品として勾玉とともに出土しております。お売りいただいたとんぼ玉は恐らく江戸期のもので、瑠璃色のものや翡翠色のものなどございました。掛け軸は十点ほど、陶器がたくさんございました。中には、人間国宝である松井康成や十三代酒井田柿右衛門の作品もございました。松井康成(まついこうせい)は異なる色の土を組み合わせて陶器の文様を生み出す「練上手」の技法を工夫し独創的な世界を築き上げました。重要無形文化財「練上手」の保持者に認定されております。十三代柿右衛門は全国各地の山や草原でスケットを描き続け、そのスケッチをもとに図案化されています。 色彩鮮やかで上品な花牡丹文花瓶の色構成と配置が素晴らしい作品です。良いお品をまとめてお売りいただき有難うございました。
帰りに「かつや千葉行徳店」さんへ寄りました。いつもはカツ丼にしますが、今日はおろしカツ定食にしました。サクサクのとんかつに大根おろし、とても美味しかったです。

松井康成(まついこうせい)
1927年 長野県北佐久郡に生まれる。
1946年 笠間・奥田製陶所で作陶技術を学ぶ。
1947年 明治大学専門部文科文芸科に入学。
1953年 木村武山の弟子、海老沢東丘に日本画を師事。
1957年 茨城県笠間市月崇寺住職に就任。
1960年 堂境内に築窯。練土技法を施策研究する。
1968年 田村耕一に師事。
1969年 第9回伝統工芸新作展に初出品。
1988年 紫綬褒章受章。
1990年 (社)日本工芸会常任理事に就任。
1993年 重要無形文化財(練上手)保持者に認定。
2000年 勲四等旭日小綬章を受章。
2003年 75歳で死去。

13代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)
1906年 12代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれる。本名、渋雄。
1924年 有田工業学校製陶科を卒業。
1953年 父とともに濁手素地の復興に成功。
1963年 13代酒井田柿右衛門を襲名。
1972年 紫綬褒章を受章。
1978年 勲四等旭日小綬章を受章。
1982年 死去。

埼玉県さいたま市見沼区にて石本武士の木彫菩薩像、喚鐘など。

埼玉県さいたま市見沼区にて京仏師石本武士の木彫り観音菩薩像、喚鐘(かんしょう)などをお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は仏像や仏具など。石本武士は京都生まれの人気彫刻家。創型会で長く活躍した後、公募展からは一線を置いて個展活動を中心に活躍しております。日本橋三越の「木彫秀作展」で高村光雲や平櫛田中などそうそうたる作品と共に出品推挙された実力を誇る彫刻家です。お売りいただいた仏像は木曽産の檜(ひのき)を使って彫られた観音菩薩立像。柔らかな表情、華奢で繊細な立ち姿、愛嬌の溢れるあどけなさ、愛に満ちた作品となっております。残念ながら共箱などの付属品は処分されてしまってました。喚鐘(かんしょう)は、梵鐘(ぼんしょう)を小型にしたものをいいます。 床脇の天井などや喚鐘枠と呼ばれる木製の枠に吊り下げたりして、木槌のような撞木(しゅもく)で打ち鳴らして、主に亭主が客に茶席の準備がととのったことを知らせるためのものです。いずれも六角堂の買取強化商品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良い作品をお売りいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、近所にあるとんこつラーメン屋さん「鶴亀堂」さんで食事をしました。博多とんこつにキクラゲをトッピング。とても美味しかったです。

石本武士(いしもとたけし)
1942年 京都に生まれる。
1966年~仏師・佐野克州師に師事する。
1976年~京都伝統彫刻家協会展、京都知事賞受賞5回
1981年 信州穂高へ転居する。
1982年~創型会展(都立美術館)選奨受賞(5回)
1990年 創型会展、文部大臣賞受賞
1992年 創型会賞受賞
1998年 創型会同人優秀賞受賞
2008年 創型会同人を退く。
現在 日本美術家連盟会員、穂高市在住

岐阜県高山市にて、仏像、仏具、中国家具や書道具など。

先日出張買取しましたお客様のお宅へ、三度目の出張買取へ向かいました。今回で三度目、今回の出張で最終となります。六日に京都へ向かい、今回もまたレンタカーでその日のうちに高山市へと向かいました。七日は朝からの作業となりました。七日はスタッフ二人とわたしの三人で三トンのトラックへと目一杯積み、午後は明日積み込む準備をしました。八日には四トントラックでプロの配送業者が来てくれますので、すぐに詰めるよう段ボール箱へ入るものは全て梱包し、積めないものは毛布などで養生をしました。今回は陶器製の仏像や石製の置物、水晶の観音像、翡翠の香炉、仏具、木彫りなど小型のものも多くあり、こちらは四トントラックへ。中国唐木の家具や衝立、火鉢、時代箪笥などの大型のものは三トントラックへ積み込みました。二日間早朝より作業し、プロの配送業者さんが大きいトラックで助っ人出来てくれましたので、なんとか無事に全ての積み込み作業を終えることが出来ました。大きいトラックの保管場所は困るからと、駐車スペースを用意していただき、高山市内のホテルへ送迎していただいたり、今回もまた二日間にわたり人数分の食事を用意していただいたりとお気遣いくださり本当に有難うございました。高山市内のホテルへ向かう途中、高山市を案内していただいたり、ちょっとした観光気分も味わえました。三度にわたり、とても親切にしていただきましたので、本当に気持ちの良い出張買取を終えることが出来ました。心より感謝いたします。七日に作業を終えた後、京都へと戻り一泊して先程帰ることが出来ました。今回も移動が多くハードな出張となりましたが、素敵なお客様、お品との出会いが出来て、とても良かったです。またいつの日か、高山市へと寄らせていただきます。
画像は六日の午後、京都へ向かう途中に新東名高速道路にの浜松SAへ寄りました。こちらではいつもの静岡おでんを食べました。新商品の富士の白雪は中に肉団子が入っており、もちっとした食感で美味しかったです。京都から高山市へ向かう途中、ラーメン魁力屋本店さんへ行きました。ラーメンに炒飯、七日に備えてがっつり食べました。七日のお昼にいただいたお食事。たくさんいただきましたが、どれも美味しかったです。高山市で宿泊したビジネスホテルは、みたらし団子が食べ放題です。高山市で有名なさるぼぼ人形。さるぼぼは、飛騨高山など岐阜県飛騨地方で昔から作られる人形。飛騨弁では、赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言い、「さるぼぼ」は「猿の赤ん坊」のことです。お土産として飛騨地方の観光地で多く見られます。高山市でのディナーはお客様にお勧めいただいた高山市の人気店「炭焼きレストラン dining BULL」BULLさんへ行きました。店主のお勧め飛騨牛のイチボステーキは格別でした。馬レバーにサラダもとても美味しかったです。料理一つ一つに手が込んでいて、素材の良さが生きてます。お値段もこの味にしてリーズナブル。五つ星ですね。七日は朝から作業に入りました。朝はマクドナルド、お昼には富山の新鮮なお刺身にお赤飯、常に人数分の食事を用意して下さりました。食後のスイカも美味しかったです。スーパー配送ドライバーのTさんは一点一点大切に梱包してくれました。高山市の風景はとても長閑で空気も美味しいです。京都へ向かう途中、東海北陸自動車道にある関SAで休憩。こちらで「黒からあげ」という黒い唐揚げを買いました。焦げているわけではなく、なぜ黒いのかというと「椎茸」と「ひじき」を使用しているからのようです。椎茸とひじきの味が絡み合って、「和」な味を楽しめます。京都に到着後、祇園にある鶏がららーめん屋「門扇 祇園本店」さんへ行きました。今回は酒粕らーめんをいただきました。クリーミーなスープでとてもやさしいお味でした。美味しかったです。京都で一泊して帰りの途中、新名神高速道路にある土山SAへ寄りました。こちらではいつも食べるステーキ丼をいただきました。今回もまた移動が多くとてもハードな三日間でしたが、美味しいものもたくさん食べれて、素敵なお客様、お品と出会えとても良い出張でした!