カテゴリー別アーカイブ: 桐たんす・和家具

東京都立川市にて岩谷堂箪笥、十四代柿右衛門の珈琲碗、贈答品など。

東京都立川市にて岩谷堂箪笥、十四代柿右衛門の珈琲碗、贈答品などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。和箪笥をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は岩手県の民芸家具「岩谷堂箪笥」の整理箪笥と小箪笥、十四代酒井田柿右衛門の錦花鳥文珈琲碗、深川製磁や香蘭社などの贈答品。岩谷堂箪笥は縦長総抽斗の整理箪笥と船金庫のような形をした小箪笥の二点。多少のヤケがあるものの、目立つダメージなく全体的に状態の良いたんすであります。一人の職人が木取りから一貫して行う木地造り。欅の木目を美しく引き出す漆、南部鉄の豪華な金具が特徴の岩谷堂箪笥。堅牢さと重厚さの中にも、華麗な繊細さを秘めた岩谷堂箪笥は現代の住空間の中でも、強烈な存在感を保っています。岩谷堂箪笥の他、贈答品もご処分されたいとのことで、併せて買取させていただきました。当社で買い取りを強化している十四代柿右衛門窯のお品などもあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取りさせていただくことが出来ました。本日はお忙しい中、六角堂をご指名いただき有難うございました。

十四代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)
1934年佐賀県有田町に生まれる。
1958年多摩美術大学日本画科卒業。
作陶技術を十二代、十三代柿右衛門に師事。
十四代を襲名するまで「酒井田 正」として各公募展への出品、個展等を行う。
1982年十四代柿右衛門を襲名。
2001年国指定重要無形文化財「色絵磁器」保持者(人間国宝)に認定される。
2005年旭日中綬章受章
2006年有田名誉町民の称号を受ける
2007年西日本文化賞受賞
2013年6月15日逝去(享年78)

埼玉県さいたま市北区にて岩谷堂箪笥、志木市にて竹久夢二の版画。

 

埼玉県さいたま市北区にて岩谷堂箪笥、志木市にて桐箪笥、竹久夢二の木版画「黒船屋」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県さいたま市北区へ岩谷堂箪笥、民芸家具の出張買取でお伺いしました。昨日岩谷堂箪笥(和箪笥)の買取をさせていただきましたが、追加の箪笥がございましたので本日も出張させていただきました。お売りいただいたお品は、岩手県の伝統工芸品、岩谷堂箪笥の和箪笥(衣装箪笥)、書棚、民芸家具の箪笥。岩谷堂箪笥特有の色ヤケやアタリ傷などございましたが、当社で買取強化中のタンスになりますので、全て買い取らせていただきました。搬出をお手伝いいただき有難うございました。二件目は志木市へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は竹久夢二の木版画「黒船屋」、工芸の掛け軸、桐たんすなど。竹久夢二は大正浪漫を代表する画家で、「大正の浮世絵師」などと呼ばれております。数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人画」などと呼ばれております。黒船屋は夢二の代表作であり、今なお人気がございます。多少ヤケなどございましたが当社の査定にご満足いただき、買取させていただきました。他にも掛け軸、桐箪笥とたくさんのお品をお売りいただきました。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。

竹久夢二(たけひさゆめじ)明治17年(1884年)~ 昭和9年(1934年)
1884年 岡山県の酒屋に生まれる。
1899年 早稲田実業学校に入学。
1905年 在学中に「中学世界」のコマ絵「筒井筒」が一等入選。
1906年 学校を中退し童話雑誌「少年文庫」の挿絵を描く。
1907年 岸たまきと結婚。翌年長男・虹之助が誕生する。
1910年 絵葉書「月刊夢二カード」第一集発行。
1912年 雑誌「少女」に「宵待草」発表。
1914年 雑誌「子供之友」「新少女」(婦人之友社)に挿絵を描き始める。
1918年 京都府立図書館で個展を開く。菊富士ホテルにて「黒船屋」を制作する。
1931年 アメリカへ出航。展覧会など行う。その後欧州へ渡る。
1933年 滞欧中に病気が悪化して帰国。
1934年 信州富士見高原療養所へ入院。当地にて永眠。享年50歳。

東京都西多摩郡日の出町にて岩谷堂箪笥(小箪笥)の出張買取。

東京都西多摩郡日の出町にて岩谷堂箪笥(小箪笥)をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。和箪笥をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたタンスは岩手県の民芸家具「岩谷堂箪笥」の小箪笥。多少のヤケがあるものの、目立つダメージなく全体的に状態の良いたんすであります。欅の木目を美しく引き出す漆、南部鉄の豪華な金具が特徴の岩谷堂箪笥。堅牢さと重厚さの中にも、華麗な繊細さを秘めた岩谷堂箪笥は現代の住空間の中でも、強烈な存在感を保っています。ご家族が大切にされていたタンス、当社で大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、誠に有難うございました。帰りに西多摩郡日の出町にある「そば処 朝日屋」さんで食事をしました。カリカリ感のある衣が美味しいカツ丼と山菜そばのセット、とても美味しかったです。店内は綺麗で、ホールの方の接客も気持ち良く、地域に根付いた良いお店です。また寄らせていただきます。
岩谷堂箪笥は当社が長年買い取り続けている買取強化中の箪笥です。岩谷堂をお売りの際は、和家具・骨董品の専門店「六角堂」をご指名ください。

千葉県鎌ケ谷市にて岩谷堂箪笥(和箪笥・小箪笥)の出張買取。

千葉県鎌ケ谷市にて岩谷堂箪笥(和箪笥・小箪笥)をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。和箪笥をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきましたお売りいただいたタンスは岩手県の民芸家具「岩谷堂箪笥」の下四大洋和箪笥、小箪笥の二点。和箪笥に目立つ色ヤケがございましたが、強化買取中のお品ですので、買取させていただきました。大変素晴らしい箪笥、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。
岩谷堂箪笥は欅の木目を美しく引き出す漆、南部鉄の豪華な金具が特徴です。堅牢さと重厚さの中にも、華麗な繊細さを秘めた岩谷堂箪笥は現代の住空間の中でも、強烈な存在感を保っています。岩谷堂箪笥は永い年月を経て多くの職人たちの手によって研究・開発されてきました。江戸時代後期の岩谷堂箪笥を現在の岩谷堂箪笥のデザインと比較すると質素な印象を受けます。岩谷堂の種類は、三尺、三.五尺の整理たんすを基本としていますが現在では、洋服・衣裳・整理タンスの三点セット、茶箪笥、書棚、小箪笥、座卓など多くの箪笥が生産されております。珍しいたんすとしては、階段にも利用されたという上面が段々になった階段箪笥、船に積み込んで金庫の代わりを果たしたという頑丈な舟箪笥、火事などの非常時に移動しやすいように車がついている車箪笥などその種類は多く、見るだけでも興味のそそられるタンスがあります。モダンなデザインの家具が多くなった今、200年の伝統を誇る岩谷堂の持つ温もりと存在感は、大変魅力的です。当社でも岩谷堂箪笥は長年買い取り続けている買取強化中のタンスです。岩谷堂をお売りの際は、和家具・骨董品の専門店「六角堂」をご指名ください!

東京都荒川区南千住にて熊倉由蔵の加茂桐箪笥、着物、西田明史の木彫像。

東京都荒川区南千住にて伝統工芸士 熊倉由蔵の加茂桐箪笥、お着物、西田明史の木彫彩色鍾馗像などお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。桐たんすや着物などをご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、伝統工芸士 熊倉由蔵の加茂桐箪笥、着物、西田明史の木彫彩色鍾馗像など。お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、胴丸下三大洋和箪笥という形のたんすで、当社で数多く取り扱う高級桐たんすになります。伝統工芸士である熊倉由蔵の作。前飾りには、一光刻の銘あり。所々に砥粉落ち、小傷などございましたが、買取強化中のタンスですのでお客様にご満足いただける査定額で買い取りさせていただきました。お着物は本場結城紬の他、小紋や色留袖、訪問着など。当社がお呼びいただく前に他社を買取に呼ばれていたようで、シミが有ったため残されたお着物でした。所々にシミが出てしまっておりましたが、証紙付きのものや良いお着物も残されておりましたので、当社で全て買い受けさせていただきました。彫刻家 西田明史(にしだめいし)の作品は木彫りの鍾馗像。元々は右手に剣を備えておりましたが、破損して処分されてしまったようです。欠品あるものの、買取強化中の作家作品ですので、こちらも買い取らせていただきました。お客様の大切にされていた桐箪笥やお着物など、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

西田明史(にしだめいし)1908(明治41年)~1999(平成11年)
明治41年、島根県安来市に生まれる。大正14年彫刻家を志し上する。内藤伸(島根県出身の木彫家)の内弟子として6年間師事し、昭和6年に独立作家となる。昭和2年第8回帝展に「初秋」で初入選し、以来帝展6回、文展(無審査3回)、聖徳太子奉賛会展、日本木彫会展へ出品する。第1回文展に「相倚」、第2回文展に「朝」を出品し、共に特選。昭和14年第3回文展「真昼]以降、昭和17年まで無審査出品。第2次世界大戦後は日展、二科展に発表。昭和35年から昭和42年まで同志により「朋人会」を結成し「丸善」で木彫を主体に発表する。「藤門会」および「日本木彫会」の主要作家として活躍されました。

東京都武蔵野市にて和家具、三鷹市にてジャックデペルトの絵画、小鼓。

    

東京都武蔵野市にて欅の小引出し、三鷹市にてジャックデペルトのリトグラフ「ジュネーブのゴルフ場 16番ホール」、蝶に桜の蒔絵小鼓をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都武蔵野市へお引越しによる和家具のお片付け整理でお呼びいただきました。加茂桐箪笥の出張買取でお呼びいただきましたが、残念ながら搬出が出来ない状態でしたので断念しました。桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、伝統工芸士 吉沢昭次の作で、四方丸の総盆和箪笥というタイプのものになります。他の桐箪笥は数段に分かれるので搬出しやすいのですが、こちらは分かれない形になりますので搬出が難しいたんすになります。階段を回すことも出来ず、吊り作業も出来ない環境でしたので、お客様も私どもも大変残念でした。まだ状態も良く、人気の形になりますので、本当に残念です。桐たんすは残念でしたが、欅材の小引出しをお売りいただきました。お売りいただきましたお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日二件目は、東京都三鷹市へ、絵画、和楽器の買取でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、ジャックデペルトのリトグラフ「ジュネーブのゴルフ場16番ホール」、蝶に桜の蒔絵小鼓、お琴など。ジャック・デペルトは整然とした画面構成とデリケートな描線による静謐な作風が世界的に高く評価されております。本作品は凛とした空気の漂う田園風景が繊細かつ秩序整然と描かれており見る人に静寂の緊張感とともに何故かしら郷愁の念を抱かせ、画家独自の詩的世界に導いてゆきます。本作のように世界各地のゴルフ場を描く画家として知られております。和楽器は小鼓や琴など。お琴はお稽古用のものでしたが、買い取りを強化している小鼓もあり全て買い取らせていただきました。また絵画をご処分される際にはお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日はお忙しい中、当社をご指名いただき有難うございました。

ジャック・デペルト (Jacques Deperthes)
1936年  フランス、シューレンヌに生まれる。
1954年 サント・エティエンヌ国立芸術大学、およびジュネーブ装飾美術学校に学ぶ。
1960年  ジュネーヴのユニオン・ド・バンク・スイスの壁画制作。
1961年  この頃から、ジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴ、東京などで個展を開催。
国際的に作家活動を展開する。
1965年  フランス政府給費留学生としてイタリアに滞在。
1976年  来日し、東京・大阪にて個展。
1984年  11月、ビジョンヌーベルの招きで来日。
1986年  二度目の来日。

東京都墨田区吾妻橋にて渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の加茂桐箪笥。

  

東京都墨田区吾妻橋にて伝統工芸士 渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の加茂桐箪笥をお売りいただきました。

桐箪笥をご処分されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お伺いするとお客様宅にはたくさんの素晴らしい桐たんすがございました。本日お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥。伝統工芸士である渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の作品。渡辺秀紀の加茂桐箪笥は天丸の帯箪笥。帯箪笥とは、帯専用の桐たんすで、出し入れがしやすく機能的な作りが特徴です。通常の和たんすとの大きな違いは、横幅。帯の幅に合わせて制作するため、和たんすよりも狭く無駄のない作りです。引き出しには帯締め・帯揚げなどの小物が収納出来るよう作られております。横山松雄の加茂桐箪笥は四方丸下三大洋和箪笥という形のタンスになります。四方丸は箪笥の四方(四つの角)を丸める加工で、最高級のタンスによく見られます。天と地を丸めるので天地丸とも呼ばれ、天地丸はその佇まいから「四方全て丸くおさまる」と言われ縁起の良い箪笥といわれております。前飾りには金石 刀の銘があります。長谷川進之介のたんすは天丸下三大洋和箪笥という形のタンスになります。前飾りには秀鳳 刻の銘があります。お売りいただきました三竿の桐箪笥、多少の砥粉落ちや汚れ、小さなアタリなどはございますが、中の状態も良くまだまだ次へと繋げていける桐箪笥でございます。また、お着物も数点見させていただきました。南部紫根染のお着物など、当社で買い取りを強化している着物などあり、こちらは次回査定させていただくこととなりました。またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お売りいただきました桐箪笥、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。

加茂桐箪笥(かもきりたんす)新潟県加茂市で作られる最高級の桐たんす。六角堂でも探し求めている桐箪笥の一つになります。加茂市で「桐たんす」が作られるようになったのは、およそ200年以上前(天明年間)と言われており、現在では日本全国の約70%の桐たんすが加茂で作られています。桐たんすと言えば「加茂」と言われるほど、その技術と品質は全国的に高い評価を受けています。数々の逸品を生み出してきたその技は脈々と受け継がれ、その伝統と優れた品質が評価され、1976(昭和51)年、通商産業大臣から伝統的工芸品「加茂桐箪笥」の指定を受けました。木肌のぬくもり、絹に例えられる白い艶や、柾目の色合いは、家具の最高級品の名にふさわしいものです。
『加茂桐箪笥伝統工芸士』(物故作家含む) 石川鬼千 田澤謙介 東樹義明 吉沢昭次 頓所芳男 皆川新司 番場堅介 中山昌二 坪谷哲男 三本和好 山本隆 鈴木浩市 水科政明 皆川繁之 横山松雄 番場堅 大橋勉 金井国男 鈴木進 神保良雄 石井克彦 高橋浩人 高橋聡 高橋研二 野本光男 藤田隆二 坂井昭兵 阿部健 斉藤敬二  江部雅之 大関正 堀正和 小柳幸太郎 小池茂次 坂内純一 長谷川進之助 渡辺秀紀

埼玉県志木市にて岩谷堂箪笥、川口市にて長田晴山、佐藤助雄の銅製仏像。

 

埼玉県志木市にて岩谷堂箪笥、川口市にて長田晴山の聖観音菩薩像、佐藤助雄の不動明王像など銅製仏像をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県志木市へ岩谷堂箪笥の出張買取でお呼びいただきました。数社相見積でしたが、査定を頑張らせていただき当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいた整理箪笥は岩手県の伝統工芸品である岩谷堂箪笥(いわやどうだんす)。欅材に南部鉄器の飾りと、とても雰囲気の良いたんすになります。お客様にご満足いただける査定額で買い取りすることが出来、良かったです。二件目は埼玉県川口市へ、仏像の買取でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、大仏師 長田晴山の聖観音菩薩像、佐藤助雄の不動明王像などブロンズ製の仏像、木彫りの仏像など多数。共箱などの付属品はございませんでしたが、仏像は六角堂の強化買取り商品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。掛軸や陶器などの骨董品をご処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は当社をご指名いただき、誠に有難うございました。

長田晴山(ながたせいざん)1920年~2010
師・彫刻家日本芸術院会員(物故)佐藤朝山(佐藤玄々)に師事(木彫)、京都芸術大学名誉教授 山本恪二に師事(彫塑)。
大正9年 兵庫県姫路市にて生まれる。
昭和35年 日本美術研究所 創設(京都市にて)、常盤工房 開設始動
昭和42年 鳴滝工房 開設始動
昭和55年5月、総本山仁和寺門跡 立部瑞祐、総本山金剛華寺阿含宗管長 桐山靖雄により、大仏師の称号授与さる。
昭和61年 山内工房 開設始動
平成22年 永眠
代表作に、長崎観音(長崎市・福済寺)、京都大仏(京都市山科区・金剛華寺)、金剛華菩薩(京都市右京区・仁和寺)、名古屋大仏(名古屋市・桃厳寺)、北海道大観音(芦別市)がございます。

佐藤助雄(さとうすけお)1919年~1987年
山形県出身の日本の彫刻家。大正八年、仏師の子として生まれる。昭和11年、後藤良の内弟子となり木彫を学び、後に北村西望、富永直樹に師事しブロンズに転じた。昭和16年新文展に初入選、18年特選。51年日展で文部大臣賞。55年芸術院賞。57年日本彫刻会委員長。62年歿。

東京都杉並区で松本民芸家具、着物、古道具、中野区で田崎広助のリトグラフ。

   

東京都杉並区久我山にて松本民芸家具のローテーブル、着物、黄八丈の反物、和装小物、古書、一刀彫人形など、中野区沼袋にて桐箪笥、田崎広助のリトグラフ「朱富士」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は杉並区久我山へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、松本民芸家具のローテーブル、着物、黄八丈の反物、和装小物、古書、一刀彫人形など。松本民芸家具はミズメザクラを主原料としてます。ミズメザクラは日本にしか生えてない日本固有の木で生産量が少なく入手も困難ですが、堅く、粘り強く、狂いにくい木材のため長年の使用に耐え、強くて丈夫で美しいミズメザクラに職人たちはこだわっております。裏面に「六」の刻印がございます。松本民芸家具は、作品の裏に職人の銘を刻みこみます。裏に刻まれる銘は、その職人の『長く使ってほしい』という想いと『仕事に責任を持つ』という誓いの証だそうです。お着物は全体的にシミ汚れの出てしまっているものが多くございましたが、全て買い受けさせていただきました。反物は本場ではありませんが、黄八丈のものなどございました。和装小物は帯留めや櫛、簪など。帯留めは陶製のものや螺鈿のものなどあり、櫛、簪には蒔絵が施されていて素敵なお品でございます。簪には「玉芳」の銘あり。古書は浮世絵のものなど、一刀彫人形は奈良人形や朝鮮風俗人形など。風鎮は緑石のものや陶製のものなど様々。たくさんのお品をお売りいただきました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、六角堂をご指名いただき有難うございました。本日二件目は、業者様のご紹介で中野区沼袋へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、伝統工芸に指定されている春日部桐箪笥、田崎広助のリトグラフ「朱富士」。桐箪笥は数か所砥粉落ち、側面にアタリなどございましたが、当社の買取強化商品ですので買取させていただきました。人気洋画家 田崎広助(たさきひろすけ)の作品も当社の買取強化商品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。お喜びいただけて良かったです。良いお品をお売りいただき有難うございました。

田崎広助(たさきひろすけ)明治31年(1898)~昭和59年(1984)
1898年 福岡県に生まれる。本名は廣次。坂本繁二郎、安井曾太郎に師事。
1920年 画家を志して上京。本郷駒本小学校の図画教師となる。
1926年 第13回二科展に「森の道」「山百合」「京都吉田山」3点が初入選。
1937年 練馬区豊玉にアトリエを構える。第一回一水会展に出品入選。
1949年 日展審査員となる。
1958年 改組日展の評議員、審査員となる。東京都美術館参与となる。
1967年 芸術院会員となる 日展常任理事となる。
1968年 勲三等瑞宝章受章。
1971年 文化庁買上作品選考委員を委嘱される。
1973年 東郷青児、田崎廣助らが中心となり、日伯現代美術展を開催ブラジル政府から、グラン・クルーズ賞、コメンダドール・オフィシアール賞(最高名誉文化賞)を受ける。
1975年 日本橋高島屋にて初の回顧展開催。文化勲章受章。
1984年 死去。享年85歳。

東京都台東区千束にて時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画。

東京都台東区千束にて時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画をお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。古い和家具や桐箪笥、絵画などを処分したいとお問い合わせいただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画など。水屋箪笥は明治期の時代箪笥で、二段重ねのものでしたが上段と下段を分けて使用されておりました。下段にはガメ戸や引き出しの渋みを増した装飾金具など時代を重ねた風合いがございます。水屋は今でいう台所で、水屋箪笥とは食器棚のことをいいます。衣装箪笥と違い、いくつかの引出しや戸棚がついているのが特徴で、昔は食器や調理道具等、台所用具を水屋箪笥に収納していました。大切にされておりましたので、良い状態の箪笥でした。桐箪笥も明治期の時代箪笥で、金具装飾が多く入った素晴らしい箪笥です。他にもお父様が集めていらっしゃった、宮田雅之の切り絵や木版画なども併せてお売りいただきました。以前、骨董商よりまとめて購入されたようです。切り絵が16点、木版画が2点、額装されていなかった為、多少傷みやシミの出てしまっているものもございましたが、当社で買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。お客様が生まれる前より前からあったご家族思い出の箪笥、お父様が大切にされていたコレクション、当社で責任もって次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、誠に有難うございました。

宮田雅之(みやたまさゆき)1926~1997年
ブックデザイナーをしていた宮田雅之は、文豪 谷崎潤一郎に見出され挿絵画家となります。刀勢画と呼ばれる独自の技法を確立し、繊細、力強く美しい作品は国内外で注目を集めます。1995年には日本人初の国連公式認定画家となります。
1926年 東京生まれ。
1960年 全米ブックジャケットコンテスト入賞。
1972年 講談社出版文化賞。
1973年 ハワイ日米文化センター主催「紙による日本の芸術展」特別出品。
1974年 ギリシャで「The World of Masayuki Miyata」開催。
1975年 ブラジルで「The World of Masayuki Miyata」開催。
1976年~各地で個展開催。
1991年 パリ・ビェンナーレ100年展特別出品。
1995年 日本人初の国連公式認定画家
1996年 北京中央工芸美術学院、上海大学、上海師範大学客員教授。
1997年 上海からの帰国の途中、機内において急性脳梗塞に見舞われ逝去。
2003年 北京・故宮博物院にて日中平和友好条約締結25周年記念「刀勢画・宮田雅之芸術展」を開催。