東京都目黒区八雲にて、伝統工芸春日部桐箪笥、お着物、掛け軸、人間国宝近藤悠三の柘榴文染付壷をお売りいただきました。

東京都目黒区八雲にて、伝統工芸春日部桐箪笥、お着物、掛け軸、人間国宝近藤悠三の柘榴文染付壷をお譲りいただきました。

解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。染付の技法で人間国宝になられた近藤悠三さんの作品をお譲りいただきました。共箱などはありませんでしたが、当社で買い取りを強化している作家のお品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。素敵な作品をお売りいただき有難うございました。仕事帰りに志木の市場の仲間たちと朝霞市にあるがってん食堂 大島屋さんへと寄りました。春の新メニューでうな重にタコチジミ、白エビと桜エビのかき揚げ天ぷらをいただきました。いつもお世話になっているT橋社長のおごりとのことでしたので、がっつりと頂いてしまいました・・・ごちそうさまでした!

ただいま人間国宝、作家物の陶芸作品を強化買取りしております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。
たくさんの御見積お待ちしております。

陶芸(人間国宝)  色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清、民芸陶器 - 濱田庄司、志野 - 荒川豊蔵、萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)、備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵、染付 – 近藤悠三、白磁・青白磁 -塚本快示、琉球陶器 - 金城次郎、鉄絵 - 田村耕一、練上手 - 松井康成、白磁 - 井上萬二、三彩 - 加藤卓男、民芸陶器- 島岡達三、青磁 – 三浦小平二、中島宏、彩釉磁器 - 三代徳田八十吉、常滑焼(急須)-三代山田常山、釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統、無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

近藤悠三(こんどうゆうぞう)明治35年(1902)2月8日~昭和60年(1985)2月25日 83才没。は日本の陶芸家。1977年に人間国宝に認定。本名は近藤雄三。
1914年、京都市立陶磁器試験場付属伝習所轆轤科に入所。同試験場で勤務。当時、河井寛次郎と濱田庄司が東京高等工業を卒業して技手として陶磁を研究しており、近藤は濱田から窯業科学などを学んだ。
1928年の第9回帝展で初入選を果たし、以後13回連続で入選する。
1956年、「山水染付壺」が第3回日本伝統工芸展で日本伝統工芸会賞を受賞。
1956年には岐阜県多治見市にて志野焼の研究し、ザクロや梅などをモチーフとして絵画的な表現。 1960年以降、呉須染付に併用して赤絵や金彩の技法を用いる様になり、更に独特の作風を確立した。
1970年、紫綬褒章。
1973年、勲三等瑞宝章、京都市文化功労者章。
1977年、重要無形文化財「染付」の保持者に認定。
1985年、歿、83才。

東京都世田谷区三宿にて、桐箪笥、お着物、火鉢、掛け軸、茶道具、南部盛岡三厳堂名人星山直正の鉄瓶、南部岩鋳 清末作 桜花尽文砂鉄急須 をお売りいただきました。

東京都世田谷区三宿にて、桐箪笥、お着物、火鉢、掛け軸、茶道具、南部盛岡三厳堂名人星山直正の鉄瓶、南部岩鋳 清末作 桜花尽文砂鉄急須 を買取させていただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。人気の鉄瓶ですが、ごく一部のものに砂鉄を原料として造られている砂鉄鉄瓶があます。砂鉄は素材自体が高価なうえ、とても硬い素材のため加工も難しく、非常に希少なものとなり骨董的価値がございます。お売りいただきました急須は、砂鉄製の物でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。桜花尽文が素敵ですね。砂鉄の場合、炭素の含有量が低くそれ故に、構造がより緻密です。緻密ゆえに、叩くと、チーーーンと高い音がします。またお湯が沸くと、チンチンチンとがしてとても素敵ですよ。

現在六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。
龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門、佐藤清光、菊池政光

六角堂出張買取地域
東京都
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神奈川県
横浜市(鶴見区・中区・緑区・港北区・戸塚区・神奈川区・西区・栄区・泉区・旭区・南区・保土ヶ谷区・港南区・筑紫区・金沢区・瀬谷区・磯子区・青葉区)・川崎市(多摩区・川崎区・中原区・幸区・高津区・宮前区・麻生区)・相模原市(緑区・中央区・南区)・小田原市・平塚市・横須賀市・藤沢市・厚木市・大和市・秦野市・鎌倉市・茅ヶ崎市・伊勢原市・座間市・三浦市・海老名市・綾瀬市・逗子市・南足柄市
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千葉市(稲毛区・中央区・緑区・花見川区・美浜区・若葉区)・我孫子市・市川市・市原市・印西市・浦安市・柏市・香取市・鎌ヶ谷市・木更津市・君津市・佐倉市・山武市・白井市・匝瑳市・袖ヶ浦市・東金市・富里市・流山市・習志野市・成田市・野田市・富津市・船橋市・松戸市・茂原市・八街市・八千代市・四街道市・八潮市・大網白里市・神崎町・栄町・酒々井町・芝山町・長生村・長南町・長柄町・睦沢町・横芝光町・白子町
埼玉県
さいたま市(大宮区・南区・西区・北区・中央区・見沼区・岩槻区・浦和区・桜区・緑区)・川口市・越谷市・川越市・所沢市・熊谷市・草加市・春日部市・東松山市・狭山市・三郷市・上尾市・深谷市・富士見市・入間市・朝霞市・鳩ヶ谷市・本庄市・坂戸市・戸田市・飯能市・ふじみ野市・加須市・鴻巣市・鶴ヶ島市・新座市・桶川市・北本市・久喜市・行田市・蓮田市・羽生市・幸手市・蕨市・秩父市・日高市・志木市・八潮市・和光市・吉川市・比企郡・北葛飾郡・大里郡・児玉郡・入間郡・南埼玉郡・北埼玉郡・秩父郡・北足立郡
山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。骨董品類に関しては全国出張買取致します。お気軽にご相談ください。

世田谷区出張地域は、赤堤 池尻 宇奈根 梅丘 大蔵 大原 岡本 奥沢 尾山台 粕谷 鎌田 上馬 上北沢 上祖師谷 上野毛 上用賀 北烏山 北沢 喜多見 砧 砧公園 給田 経堂 豪徳寺 駒沢 駒沢公園 桜 桜丘 桜新町 桜上水 三軒茶屋 下馬 新町 成城 瀬田 世田谷 祖師谷 太子堂 代沢 代田 玉川 玉川台 玉川田園調布 玉堤 千歳台 弦巻 等々力 中町 野毛 野沢 八幡山 羽根木 東玉川 深沢 船橋 松原 三宿 南烏山 宮坂 用賀 若林

東京都町田市にて、お着物、絵画、掛け軸、お茶道具、金工師 鶴岡鉦次郎の錫製ぐい呑みをお売りいただきました。

東京都町田市にて、お着物、絵画、掛け軸、お茶道具、金工師 鶴岡鉦次郎の錫製ぐい呑みをお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。ジュエリーデザイナーでもある鶴岡鉦次郎氏の錫製ぐい吞み、とてもお洒落ですね。こんな素敵なぐい呑みでわたしも一杯やりたいものです。
錫は金・銀に次ぐ高価な金属として知られています。 起源は古く、紀元前の3000年頃にはすでに銅と錫との合金である「青銅」が使われるなどし、紀元前1500年頃の中国殷王朝では錫が使用されていたと言われています。 長く日本各地でも採掘されていた錫ですが、昭和40年代を最後に国内での採掘がなくなってしまった為、古い錫製品は希少となっています。 茶道具においては「茶筒」「茶釜」「茶壺」「香合」「水指」などにも使われています。

六角堂では、金工作家の作品を探しております。買取り強化している金工作家は以下となります。

荒木東明 一宮長常 飴谷有珉 石黒光南 初代魚住為楽 内島青鳳 海野盛寿(凌雲斎) 海野勝珉 二代海野美盛 海野清 圓鍔勝三 大澤光民 大島如雲 大森雪峰英友 岡崎雪声 奥山峰石 香川勝広 鹿島一谷 鹿島秀広 桂盛仁 加藤忠三郎 香取秀真 香取正彦 門脇喜平 金森映井智 金谷五郎三郎 加納夏雄 鴨下春明 菊池政光 北村静香 黒川栄勝 黒瀬宗康 黒瀬宗世 高玉斎一久 後藤一乗 小林親光 駒井音次郎 齋藤明 佐々木象堂 澤田宗味 正阿弥勝義 須賀松園 須賀月真 関谷四郎 紹美栄祐 鈴木長翁 鈴木盛久 高村豊周 田口壽恒 玉川宣夫 帖佐美行 塚田秀鏡 豊田勝秋 内藤四郎 中川衛 中杉与三七 二橋美衡 根来実三 野上龍起 般若勘渓 羽原秋芳 本間琢斎 蓮田修吾郎 増田三男 丸谷瑞堂 三好三治 村田整珉 米光光正 和田美之助 山田宗美 角谷一圭 角谷沙村 角谷与斎 宮崎寒雉 吉羽與兵衛 高橋敬典 大西清右衛門 中川浄益 金森浄栄 一之瀬宗辰 秦蔵六 長野垤志 西村道仁 西村道也 金谷五郎三郎 金谷浄雲 門脇喜平 畠春斎 和田美之助 佐藤清光 菊池正直

お品をひとつひとつ丁寧に拝見し、お話させていただきます。
その上でご納得いただけた場合のみお買取りさせていただきます。お気軽にご相談くださいませ。

鶴岡鉦次郎(つるおかしょうじろう)金工家 1936年生れ。1958年・東京芸術大学彫金部卒業。1960年東京芸術大学鍛金部副手。生活工芸展協会賞他受賞2回。1961年・雑貨デザインコンクール通産大臣賞他受賞2回。1975年クラフト展・‘75賞受賞。1976年~日本創作七宝展出品。1990年・銀座松屋個展。1994年。金沢、富山個展。1995年銀座個展。1997年・銀座 銀と漆の文具展。2000年・銀座個展・金工この道50年記念展。

東京都品川区南品川にて、古い和家具、関西長火鉢、鉄瓶、お茶道具、岩田藤七の銀製コンポートをお売りいただきました。

東京都品川区南品川にて、古い和家具、関西長火鉢、鉄瓶、お茶道具、岩田藤七の銀製コンポートをお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。たくさんの古道具や骨董品をお売りいただきましたが、中でも岩田藤七の銀製コンポートは大変珍しく、いっぱいいっぱいの頑張り査定額にてお譲りいただきました。岩田藤七はガラス工芸の一人者ですが、このような金工作品が出てくるのは本当に稀でございます。藤七は東京美術学校(現東京芸術大学)金工科にいた経歴がありますので、このような作品をつくられたのでしょうね。お客様にもご満足いただけて良かったです。最近体の疲れがたまってますので、帰りに埼玉スポーツセンター内にある、彩の湯へと寄りました。入浴前にがっつりと石焼ビビンバなどを食べてしまったので、サウナで絞ろうと頑張りました。約一時間ほどでしょうか、水風呂と繰り返しサウナへと入りました。疲れを取りに行くつもりが逆に疲れてしまったようです・・・明日も三件の出張買取や見積もりが入っておりますので、すぐに爆睡しますZzz

六角堂では「岩田藤七」の作品を探しております。
ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、
即金で高価買取りさせていただきます。
岩田藤七作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非出張買取専門店六角堂までお問い合わせください!

六角堂では、ガラス工芸作品の買い取りを強化しております。岩田藤七、その長男・岩田久利、その妻・岩田糸子、孫・ガラス造形家イワタルリなどの岩田ガラスをはじめ、藤田喬平や黒木国昭の作品をご売却の際には、是非六角堂をご指名ください。専門の鑑定士が、査定、買取をさせていただきます。また、ルネ・ラリックやバカラ、エミール・ガレ、ドーム・ナンシーなど海外のガラス工芸作品も随時買い受けさせていただきます。

岩田藤七(いわたとうしち)
1893年 宮内庁御用達呉服商・初代岩田藤七の長男として生まれる
1900年 父藤七死去。二代目藤七を襲名
1909年 四条派日本画家稲垣雲隣からつけ立てを習う
1911年 白馬会洋画研究所にて岡田三郎助に師事
1912年 東京美術学校(現東京芸術大学)金工科入学
彫金を海野勝、平田重幸などに学び、漆芸は六角紫水に薫陶を受ける
1918年 東京美術学校金工科卒業。西洋画科に再入学
1922年 建畠大夢に師事し、彫刻を学ぶ
第4回帝展「深き空」(彫刻)を初出品
1923年 東京美術学校西洋画科卒業
橘ガラス工場社長今村繁三にガラス製法の手ほどきを受ける。
1925年 商工省第12回工芸展(金工)褒状
長男久利生まれる
1926年 商工省第13回工芸展(金工)3等賞
1927年 葛飾区小菅町に工房を設置
第8回帝展からガラスを出品
1928年 第9回帝展より連続3回特選
以後帝展、文展、日展へ毎年 出品
1929年 帝展無鑑査出品者となる
1931年 岩田硝子製作所を設立
1935年 第1回個展開催
以後毎年 個展開催
1936年 昭和11年 文部省美術展覧会・招待展出品
1937年 第1回新文展審査員、出品作政府買上
1938年 パリ万国工芸展銀賞受賞
1940年 紀元2600年 奉祝美術展出品
1941年 東京府芸術保存審議会委員、東京工芸総合展美術工芸部展審査員
1943年 商工省の重要工芸技術保存資格者として、硝子製造残留工場に指定される
1944年 第10回個展、戦争激化のため以後個展を一時中断
戦時特別文展出品、政府買上
1946年 第2回日展審査員。以後審査員を続ける
1947年 戦後初の個展(第11回)開催
1951年 日展出品作「光りの美」が対象となって25年 度日本芸術院賞受賞
1954年 日本芸術院会員
1957年 高村豊周、山﨑覚太郎、楠部彌弌らと葵洸会創設
1958年 ブリュッセル万博出品、グランプリ
草月会館玄関ホールのシャンデリアをつくる
脳梗塞また胃の手術で闘病生活に入る
1961年 個展第25回の記念展
「岩田ガラスのコロラート展-ガラス工芸の近代建築への発展-」開催
近代建築でのガラス造形の展開をめざす前衛的な試みとして
新作「コロラート」製作
横浜髙島屋食堂大壁面に「コロラート」を製作
1962年 ホテル・オークラの建設時に照明装飾プランに参加
日本伝統工芸展受賞選考委員、以後も続ける
ローマに開館した日本アカデミーに作品が展示される
1963年 日本生命ビル内日生劇場入口正面壁面に「コロラート」を製作
1964年 千葉・扇屋百貨店に「コロラート」製作
1965年 「新しい工芸の茶会展」開催。
ガラスによる茶碗、茶入、水指類を出品、独自の新分野を開く
ロイヤル・ホテル正面入口にガラス・オブジェ「光瀑」を製作
1966年 千代田生命ビル(現目黒区総合庁舎)に「コロラート」を製作
1967年 宝塚カソリック教会にステンド・グラスを製作
第2回日本芸術祭に「神話」が選ばれる
1968年 大回顧展「ガラスとともに40年 ・岩田藤七展」開催
皇居新宮殿にコロラート壁面「大八洲」を製作
1969年 第10回毎日芸術賞受賞
1971年 文化功労者に選ばれる
1972年 日本ガラス工芸協会が設立され、名誉会員となる
1975年 この頃から「貝」をモチーフとした作品を数多く発表
1980年 8月23日87歳で死去

埼玉県上尾市にて、時代箪笥、古い和家具、アンティーク着物、市松人形、古い唐銅製金銀象嵌入り瓶掛火鉢をお売りいただきました。

埼玉県上尾市にて、時代箪笥、古い和家具、アンティーク着物、市松人形、古い唐銅製金銀象嵌入り瓶掛火鉢をお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。富士山や古民家など、金銀象嵌が入った瓶掛火鉢は経年の割に状態も良く、長い間大事にされてきたのでしょうね。古くより大事に使われていた古民具やお道具、大事に次へと橋渡しさせていただきます。GW明けでお忙しい中、当社をご指名いただき、有難うございました。

六角堂の取り扱い買取商品は多数ございます。桐箪笥・古家具・民芸家具・茶道具・書道具・掛軸・絵画油絵・リトグラフ・骨董品・中国骨董・李朝骨董・西洋アンティーク・屏風・仏像・仏具・香木・置物・古道具・陶磁器・漆器類・甲冑・火鉢・軍服・勲章・古絵葉書・古書・着物・和装小物・かんざし・花瓶・人形・こけし・ブロンズ・彫刻・三味線・琴・尺八・レトロおもちゃ・蓄音機・キセル・金銀製品・印籠・古時計・剥製・バッグ・腕時計・オーディオ・ギター・楽器・ミシン・レコード・釣具・贈答品・貴金属・毛皮・絨毯・香水・化粧品・古酒・中古・新品・ジャンク品等々、ご不要のお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

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東京都中野区江古田にて、唐木家具、明治期の人気金工師永田富次郎(一鶴斎)の望月形鎚目純銀湯沸。

  

東京都中野区江古田にて、唐木の座卓、違い棚、明治期の金工作家永田富次郎(一鶴斎)の望月形鎚目純銀湯沸をお譲りいただきました。

先日お呼びいただきましたお客様より、再度出張買取にてお呼びいただきました。前回絵画やお茶道具などをお売りいただきましたが、片付けをしているとまたお道具が出てきたようです。今回は銀瓶や唐木の家具、古書などをお譲りいただきました。若干変色がございましたが、人気製品ですのでお客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。今回もまた、当社をご指名いただき有難うございました。次はチークの家具一式の買い取りでお呼びいただきます。次回もまた、宜しくお願い致します。仕事帰りに近所にある三十一代目 哲麺 三芳店へと寄り、哲辛ラーメンをいただきました。豚骨系のラーメンですが、豚骨の臭みもなく、醤油、塩、味噌から味を選べ、濃さや脂の量も選べます。わたしは味噌が好きですので、味噌ラーメンにしました。替え玉は50円ととても安く、細麺ですので何杯でもいけちゃいそうです。メタボが心配な私は本日は替え玉一杯に抑えておきました。夏前ですので、今夜も熱めのお風呂に入って引き締めます!

茶道や煎茶道で使用する銀瓶はその名の通り、銀で出来た湯沸しの事で、やかんと同じ役割を持っています。銀瓶には純銀製のものから銀メッキをほどこした黄銅製のものなどがございます。
茶道での銀瓶は、茶箱の点前やお盆点前、千歳盆点前などに使用し、煎茶道ではボーフラの代りにお湯を沸かすために使用します。銀はとても高価な素材ですが、お湯の味を変える事がないため、特に香りを楽しむ煎茶には最高で最適な道具とされております。

六角堂では、純銀・銀製品の茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を高価買い取り致します。
価値ある銀製茶道具、銀細工置物、銀食器などを潰し価格で処分するのは、非常に惜しいです。銀瓶などを潰し価格で買取る業者が多く見られますが、当社は潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、是非六角堂へご相談ください。霰打ち銀瓶、鳳凰口銀瓶、鉄砲口銀瓶、宝珠形銀瓶、南瓜形銀瓶、翡翠摘み銀瓶、鎚目銀瓶、秦蔵六、中川浄益、石黒光南、名越弥五郎、木村清雲、北村静香、一鶴斎、尚美堂などの銀瓶は高価買い取りいたします!また、鉄瓶も強化買取中ですので、あわせてお問い合わせください。内容や量にもよりますが、銀瓶などの骨董品類の買取に関しては、全国出張します。もちろん出張料、査定料は無料で行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
和家具・古美術・骨董品・茶道具・美術品・古道具・諸道具類のご処分をお考えのお客様は、お気軽に六角堂までご相談くださいませ。

東京都杉並区善福寺にて、桐たんす、お茶道具、お煎茶道具、油彩画、掛け軸、仏具、越南産シャム沈香をお売りいただきました。

東京都杉並区善福寺にて、桐たんす、お茶道具、お煎茶道具、油彩画、掛け軸、仏具、越南産シャム沈香をお譲りいただきました。

不動産業者さまのご紹介で、お引越し前のお道具処分にてお呼びいただきました。いつも素敵なお客様をご紹介くださり有難うございます。現在当社で買い取りを強化している香木ですので、精一杯頑張らせていただきました。お客様にもご満足いただけたようで、とても良かったです。倉庫に戻る途中、大好きな山田うどんさんへ寄りました。新メニューが出ていましたので、早速注文、あおさとあさりのかき揚げ天ぷらうどんに玉子を乗せました。あおさの風味がたまりません。美味しかったです!

お売りいただいた香揃えは越南産の沈香を天然の形そのままと使いやすいように刻んだものとセットになっています。越南(えつなん)とはベトナムのことで、越南産の沈香はシャム沈香と呼ばれます。古くは羅国と呼ばれておりました。甘みのある香気にさわやかな酸味があるのが特徴です。香木の使い道としまして基本的に香りを楽しむ事が多いのですが、中国では数珠や彫刻にも使用したり致します。ここ数年、中国人の方々が大量の香木を日本に買いに来ていることもあり価格が高騰しています。中国からの買い付けが減ってしまえば価格が落ち着くかと思いますので、ご売却を考えている方は、今が売り時ではないかと思います。

六角堂では、伽羅・沈香・白檀など、香木を強化買取りしております。香木の他、香道具や仏具なども探しております。また、松栄堂や鳩居堂、日本香堂など香の老舗のお線香も買取しております。ご不要のお道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。香木・香道具に詳しいスタッフがお伺い、査定、高価買取させていただきます。

沈香(じんこう)・・・ジンチョウゲ科の樹高の高い常緑樹の樹皮が菌に感染したり傷がつくと、それを治すために植物自身が樹液を出します。この樹液が固まって樹脂となり、長い時間をかけ胞子やバクテリアの働きによって樹脂の成分が変質し、特有の香りを放つようになったものを沈香(じんこう)といいます。沈香という名前は「沈水香木」、つまり普通の木よりも比重が重いため「水に沈む」ことに由来しています。沈香のもとになる木は、大人の木になるまでに約20年かかり、沈香ができるまでに50年、高品質の沈香になるには100~150年かかると言われています。沈香ができるメカニズムには現在でも謎が多く、また偶然性に左右される面が大きいことから、人工的に生成することは極めて難しく、とても貴重なものとして扱われています。沈香は産地によって「シャム沈香」、「タニ沈香」と分類されることもあります。シャム沈香は、インドシナ半島(タイ、カンボジア、ベトナムなど)で産出される沈香で香りの甘みが特徴、タニ沈香はインドネシアの島々で産出される沈香のことで香りの苦みが特徴です。なお、香道では産地(木所(きどころ))を手掛かりにして沈香を六種類に分類した「六国(りっこく)」というものもあります。伽羅(きゃら)ベトナム産。五味に通ずる。羅国(らこく)タイ産。甘味。真那賀(まなか)マラッカ産。無味。真南蛮(まなばん)インド東海岸のマラバル産。酸味、苦味。寸聞多羅(すもたら)インドネシアのスマトラ産。苦味、鹹味。佐曾羅(さそら)インドのサッソール産。鹹味。この六国については、現在では国名や地名などがいろいろ変化していて、実際の正確な産地名などははっきりしていないようです。さらに香りを味に置き換えた「五味(ごみ)」に分けられます。五味とは甘(かん)・酸(さん)・辛(しん)・鹹(かん)・苦(く)の五種類の味を指し、この五味が何種含まれるか、組み合わせはどうかを判断します。以上を香道における分類として「六国五味(りっこくごみ)」と呼ばれる方法が編み出されました。

埼玉県さいたま市岩槻区にて、和箪笥、お着物、お茶道具、人気陶芸作家玉置保夫の織部蓋置。

埼玉県さいたま市岩槻区にて、和箪笥、お着物、お茶道具、人気陶芸作家玉置保夫の織部蓋置を買取させていただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。玉置保夫をはじめ、人気陶芸作家や当社で強化買取りしている陶芸作家の物があり、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。仕事帰り、いつもお世話になっている志木の市場の仲間たちと埼玉県新座市にある韓国料理 長今(チャングム)さんへ寄りました。こちらはお値段もお手頃、ボリュームもたっぷりでよく寄らせていただいております。今はやりのダッカルビ、海鮮鍋、のり巻きに海鮮チジミをいただきました。食後のデザートで、韓国のお菓子ホットクに特別にバニラアイスをのせていただきました。青唐辛子がのっかってますが、これは友人のいたずらです。ホットクは、シナモン入りの黒砂糖をパン生地で包んで焼いたスイーツで、新大久保などでは屋台スイーツとして有名です。もちもちしてとっても美味しいですよ!

玉置保夫(たまおきやすお)は、岐阜県多治見市市之蔵町で、玉置謙一氏の六男として生まれました。玉置家は代々続いている窯元です。県立多治見工業高校図案化を卒業しました。長男では無いので家を継ぐつもりはありませんでした。高校では図案科でグラフィックデザイナーを目指し、美術大学を目標にしました。しかし浪人していまいます。その浪人中に東京の展覧会に行き、そこで桃山時代の美濃の織部に出会っています。織部に感動して、翌年に県の陶磁器試験場に入所しました。試験場の場長であった五代加藤幸兵衛、技師の加藤孝造に師事します。
「現代を生きる者として平成の織部をやる使命がある」
玉置は自由で斬新な織部の精神を継承しています。しかし作品は従来の桃山時代の織部と違う現代的なデザインと色の今織部です。織部以外にも、志野や黄瀬戸も独自の物を追求しました。
美麗なグラディーション、曲線、図形の革新的な作品を作り出しています。ただ、根底には、きちんとした織部の伝統が入っています。
「これが織部なのかと見ている人に驚かれれば成功したなと思う」玉置は同時にこうも述べています。
「伝統を吸収しなければ、新しい物は作れない」日々、新しい技法の開発を追求しています。

玉置保夫(たまおきやすお)略歴
1941年 岐阜県で代々続く窯元の家に生まれる
1951年 多治見工業高等学校図案科を卒業する
1961年 岐阜県陶磁器試験場に入所する
1963年 多治見市美術展で志野花器で最高の市展賞を受けてデビュー
1965年 第十二回日本伝統工芸展で鉄釉花器で初入選
1968年 日本工芸会正会員となる
1977年 東海伝統工芸展で最高賞を受賞する
1980年 日本陶磁協会賞を受賞する
1985年 第3回幸兵衛賞を受賞する
1986年 第1回国際陶磁器フェスティバルで美濃審査員特別賞を受賞する
1995年 多治見市芸術文化部門功労表彰を受ける
2002年 多治見市無形文化財保持者となる
2008年 岐阜県無形文化財保持者となる

埼玉県朝霞市にて、岩谷堂箪笥、ペルシャ絨毯、リトグラフ、織田広喜の油彩画「少女」をお売りいただきました。

埼玉県朝霞市にて、岩谷堂箪笥、ペルシャ絨毯、リトグラフ、織田広喜の油彩画「少女」をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。当社強化買取り中の画家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。お忙しい中、六角堂をご指名いただき有難うございました。本日はGW最終日ですので、家族や友人たちと秋ヶ瀬公園でバーベキューをしました。本日は近場の買い取りでしたので、GW最後の日に家族一緒に過ごすことが出来ました。子供たちも喜んでくれました。バーベキューでお肉や野菜をたくさん食べた後に、みんなで富士見市にあるららぽーとへ寄り、なぜかわたしだけまた食事。実はバーベキュー中に疲れで眠ってしまってわたしだけほとんど食べれなかったのです。マルハのカルビ丼で冷やし牛めんをいただきました。ローストビーフにキムチ、冷やし麺の組み合わせが合っていてとても美味しかったです。あと三杯は食べれそうでしたが、夏前ですのでここは我慢。また仕事が早く終わった時にでも寄ります。

六角堂では「織田広喜」の作品を探しております。
ご所蔵の作品(版画、陶額も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
織田広喜作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
六角堂では、日本人洋画家作品の買い取りを強化しております。強化作家は以下となります。

靉光 青木繁 青木敏郎 朝井閑右衛門 浅井忠 麻生三郎 有元利夫 安食慎太郎 畦地梅太郎 青島千穂 足立源一郎 有島生馬 荒谷直之介 荒木義太郎 相原求一郎 青山義雄 足立真一郎 安食一雄 安達博文 五百城文哉 石川寅治 伊藤清永 糸園和三郎 猪熊弦一郎 今井俊満 池田満寿夫 稲垣久治 稲垣考二 今井幸子 井上覚造 伊牟田経正 いわさきちひろ 五百住乙人 石垣定哉 石川滋彦 石川茂男 石井柏亭 池田清明 伊勢崎勝人 井堂雅夫 岩戸敏彦 井口由多可 岩田専太郎 石坂春生 伊藤悌三 伊藤廉 井上長三郎 入江観 梅原龍三郎 浮田克躬 牛島憲之 内田晃 上尚司 魚谷洋 梅沢岳臣 瑛九 海老原喜之助 栄永大治良 江成一郎 遠藤彰子 大森運夫 大藪雅孝 大沼映夫 岡鹿之助 岡田謙三 岡田三郎助 岡本太郎 荻須高徳 奥谷博 刑部人 織田広喜 小野里利信 奥津国道 尾崎良二 織田広比古 小田和典 大津英敏 おおた慶文 小田切訓 小野末 大矢英雄 荻太郎 奥龍之介 大槌隆 小川以久男 越智紀久張 小木曽誠 大畑稔浩 大貫松三 大沢昌助 岡野浩二 葛西四雄 彼末宏 香月泰男 金山平三 金子國義 鴨居玲 筧本生 河原温 加納光於 鹿子木孟郎 笠井誠一 金子東日和 狩野守 風分六抄 河村純一郎 河合美江 開田風童 柏本龍太 金森良泰 亀井秀行 北川民次 木田金次郎 鬼頭鍋三郎 絹谷幸二 木原和敏 木村荘八 木村忠太 清原啓一 岸田劉生 岸本和子 木澤定一 木下孝則 木下敏彦 木津文哉 北村脩 城戸久務 北久美子 桐野江節雄 草間彌生 国吉康雄 熊谷守一 黒田清輝 工藤静香 工藤和男 栗原喜依子 黒田重太郎 久保博孝 黒澤信男 小磯良平 小出楢重 小絲源太郎 古賀春江 国領經郎 児島善三郎 児島虎次郎 小杉小二郎 児玉幸雄 小林和作 駒井哲郎 小松崎邦雄 五味悌四郎 小山敬三 小暮真望 五味文彦 斎藤三郎 斉藤真一 斉藤義重 斎藤清 坂本繁二郎 佐伯祐三 里見勝蔵 佐藤忠良 桜井孝美 坂口紀良 佐藤あつ子 佐間田敏夫 佐々木信平 笹岡了一 佐々木豊 佐藤照雄 桜田晴義 白髪一雄 清水登之 芝田米三 城景都 島田章三 清水悦男 島田三郎 塩田満男 庄司守 庄司栄吉 城康夫 上代誠 菅井汲 杉本健吉 鈴木信太郎 須田剋太 須田国太郎 杉本博司 鈴木マサハル 鈴木政輝 鈴木千久馬 諏訪敦 清宮質文 芹沢銈介 曽宮一念 高塚省吾 高畠達四郎 鷹山宇一 田崎広助 田村一男 高島常雄 田辺三重松 谷本ためひろ 高沢圭一 タカノ綾 高橋由一 田中敦子 田中阿喜良 谷内六郎 田村孝之介 高島野十郎 高田明義 谷川泰宏 玉川信一 田村能里子 玉有万範 高田保雄 田染幸雄 武井清 武本春根 田中保 高梨芳実 立川広己 竹内康行 高石国夫 智内兄助 鎮西直秀 鳥海青児 椿貞雄 鶴岡義雄 辻真砂 弦田英太郎 月形那比古 塚越仁慈 都竹伸政 寺内萬治郎 寺井力三郎 寺井重三 寺島龍一 東郷青児 東郷たまみ 徳田宏行 中川一政 中根寛 中畑艸人 中村彝 中村清治 中村直人 中山忠彦 鍋井克之 南城一夫 難波田龍起 奈良美智 中島潔 中島義行 楢原健三 名取明徳 中西繁 中原脩 中上誠章 中村琢二 成田禎介 奈良岡正夫 中島健太 中西勝 長沼貴美代 西村龍介 西村計雄 西村公義 西村功 西村正次 西房浩二 塗師祥一郎 額賀加津己 野口謙蔵 野口弥太郎 野田英夫 野田弘志 野間仁根 ノネ・藤沢 長谷川潔 長谷川利行 羽田裕 浜口陽三 浜田泰介 浜田知明 林武 塙賢三 林喜市郎 原精一 早川義孝 長谷川潾二郎 原田泰治 長谷川昇 萩谷巌 浜辺順 半澤満 原雅幸 広瀬功 平野遼 平賀亀祐 人見友紀 開光一 広田稔 樋口治平 樋口洋 日高康志 福井良之助 福岡通男 福沢一郎 藤井勉 藤島武二 藤田嗣治 藤田吉香 深沢孝哉 藤岡心象 フジヨシブラザーズ 藤井路夫 藤岡しんたろう 深沢邦朗 藤田西洋 福井欧夏 藤田忠夫 福田建之 古沢岩美 藤原秀一 二重作龍夫 藤飯治平 星襄一 堀研 前田寛治 牧野邦夫 牧野虎雄 松本竣介 松任谷國子 松井敏郎 松尾洋明 増田誠 松樹路人 松沢茂雄 松田環 牧野宗則 増田常徳 松井豊 三岸好太郎 三岸節子 満谷国四郎 宮永岳彦 宮本三郎 宮崎進 耳野卯三郎 三輪良平 三栖右嗣 ミズ・テツオ 宮田雅之 宮本秋風 宮本豊蔵 三嶋哲也 宮崎万平 三原它休身 南桂子 向井潤吉 村上隆 村山槐多 室越健美 村田省蔵 森芳雄 森万里子 森内敬子 元永定正 森田茂 森本草介 森秀雄 百瀬智宏 安井曾太郎 山口薫 山口長男 山下清 山田正亮 山本鼎 山羽斌士 山本彪一 山本容子 山下大五郎 柳沢淑郎 山田嘉彦 山中雅彦 山本貞 山本文彦 八代亜紀 山下徹 山口正人 吉岡一 吉原治良 萬鉄五郎 吉井淳二 吉野谷幸重 吉田伊佐 ラグーザ・玉 若尾和呂 和気史郎 和田英作 脇田和 和田義彦 若井良一

絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。他にもアンティーク家具、絵画、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

織田広喜(おだひろき)1914年-2012年
1914年 福岡県嘉穂郡千手村に生まれる
1933年 日本美術学校絵画科入学
1939年 日本美術学校西洋画科卒業。
1940年 第27回二科美術展に『未完成(室内)』が初入選。
1946年 第31回二科美術展で『黒装』が二科賞受賞。
1950年 二科会会員に推挙さる。
1951年 萬宮リラと結婚。2年後に長男広比古誕生
1967年 第6回国際形象展の招待出品作で愛知県美術館賞を受賞。
1968年 第53回二科展で文部省買上げとなり、内閣総理大臣賞を受賞。
1971年 第56回二科展で東郷青児賞受賞。
1980年 二科会常務理事となる。
1992年 勲4等瑞宝章を受章。
1994年 ミュゼ・オダ開館。
1995年 恩賜賞・第51回芸術院賞受賞。芸術院会員に就任。
1996年 碓井町立織田廣喜美術館開館。
2006年 二科会理事長就任
2012年 逝去

神奈川県相模原市中央区にて、桐箪笥、お茶道具、薬師寺管長橋本凝胤(白鳳庵)書付の唐津筒茶碗(銘:冬こもり)、蓋置、16代 永樂善五郎(即全)御本写茶碗(銘:瑞雪)をお売りいただきました。

神奈川県相模原市中央区にて、桐箪笥、お着物、お茶道具、薬師寺管長橋本凝胤(白鳳庵)書付の唐津筒茶碗(銘:冬こもり)、蓋置、16代 永樂善五郎(即全)御本写茶碗(銘:瑞雪)をご売却いただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お茶の師範をされていらっしゃたようで、素晴らしいお茶道具がたくさんありました。一点一点きちんと査定し、全て買い受けさせていただきました。お母様が大事にされていたお道具を次へと繋げてほしいと仰っていただきましたので、当社できちんと責任を果たさせていただきます!

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

薬師寺管長の橋本凝胤老師(はしもと ぎょういん、1897年 – 1978年)号、白鳳庵法相宗の僧侶で仏教学者。奈良・薬師寺123代管主、法相宗管長。「20世紀最後の怪僧」「昭和の怪僧」の異名を持つ。高田好胤の師
1904年、法隆寺に入山。出家。
1905年、薬師寺に移住。東京帝国大学文学部印度哲学科卒。
1939年、薬師寺管主。
1940年、法相宗管長。
1967年、管主を引退し、薬師寺長老。高田好胤が後を継ぎ、共に金堂や西塔の再建に取り組む。
1978年、遷化。

16代 永樂善五郎(即全)1917(大正6)年~1998(平成10)年
16代永樂善五郎は15代永樂善五郎(正全)の長男として京都に生まれました。
名を茂一、通称を善五郎、号を即全といいます。
1930(昭和5)年に京都市立美術工芸学校に入学しましたが、
1932(昭和7)年の父の死去に伴って、
1933(昭和8)年に退学しました。
1935(昭和10)年、16代永樂善五郎を襲名しました。
1936(昭和11)年に三井高棟の大磯城山荘内に城山窯を築窯し、
1945(昭和20)年まで作陶に出向きました。
1958(昭和33)年、源氏物語五四帖に因んだ連作を発表しました。
1960(昭和35)年、京都伝統陶芸家協会の結成に参加して会長に就任しました。
1971(昭和46)年、表千家13代即中斎宗匠より「陶然軒」の席号を授かりました。
1983(昭和58)年、京都府文化功労賞を受賞しました。
1985(昭和60)年、文部省より地域文化功労者として表彰を受けました。
1986(昭和61)年、京都市文化功労者として表彰を受けました。
1990(平成2)年、勲五等瑞宝章を受章しました。
1992(平成4)年、京都府文化賞特別功労賞を受賞しました。
1998(平成10)年、長男・紘一に家督を譲って隠居し、「即全」と号しました。
千家十職による千松会等を開催し、茶陶界において精力的に活動しました。
作品は染付、色絵、金襴手、交趾、祥瑞等、華麗で伝統的な茶陶を中心としました。