月別アーカイブ: 2017年3月

東京都中央区日本橋馬喰町にて、古い和たんすや掛け軸、油彩画、七宝花瓶、四世秦蔵六の純錫圓式茶托(五客)をお売りいただきました。

東京都中央区日本橋馬喰町にて、古い和たんすや掛け軸、油彩画、七宝花瓶、四世秦蔵六の純錫圓式茶托(五客)をお譲りいただきました。

解体前の処分整理にてお呼びいただきました。共箱などございませんでしたが、、人気の秦蔵六作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。このたびは当社をご用命いただきありがとうございました。即日のご依頼の場合でも、近くを回っている時にはすぐにお伺いすることも可能です。急な出張依頼でも、まずは一度お問い合わせください。東京都内に限らず、関東県内であればすぐ側にいるかもしれません・・・

六角堂では、秦蔵六をはじめ、金工作家の作品を探しております。現在買取り強化している金工作家は以下となります。

荒木東明 一宮長常 飴谷有珉 石黒光南 初代魚住為楽 内島青鳳 海野盛寿(凌雲斎) 海野勝珉 二代海野美盛 海野清 圓鍔勝三 大澤光民 大島如雲 大森雪峰英友 岡崎雪声 奥山峰石 香川勝広 鹿島一谷 鹿島秀広 桂盛仁 加藤忠三郎 香取秀真 香取正彦 門脇喜平 金森映井智 金谷五郎三郎 加納夏雄 鴨下春明 菊池政光 北村静香 黒川栄勝 黒瀬宗康 黒瀬宗世 高玉斎一久 後藤一乗 小林親光 駒井音次郎 齋藤明 佐々木象堂 澤田宗味 正阿弥勝義 須賀松園 須賀月真 関谷四郎 紹美栄祐 鈴木長翁 鈴木盛久 高村豊周 田口壽恒 玉川宣夫 帖佐美行 塚田秀鏡 豊田勝秋 内藤四郎 中川衛 中杉与三七 二橋美衡 根来実三 野上龍起 般若勘渓 羽原秋芳 本間琢斎 蓮田修吾郎 増田三男 丸谷瑞堂 三好三治 村田整珉 米光光正 和田美之助 山田宗美 角谷一圭 角谷沙村 角谷与斎 宮崎寒雉 吉羽與兵衛 高橋敬典 大西清右衛門 中川浄益 金森浄栄 一之瀬宗辰 秦蔵六 長野垤志 西村道仁 西村道也 金谷五郎三郎 金谷浄雲 門脇喜平 畠春斎 和田美之助 佐藤清光 菊池正直

お品をひとつひとつ丁寧に拝見し、お話させていただきます。
その上でご納得いただけた場合のみお買取りさせていただきます。お気軽にご相談くださいませ。

明日は山梨県への出張買い取りですので、これから甲府市へと前乗りします。安全運転で行ってきます♪

四代 秦蔵六(はたぞうろく)
明治31年〜昭和59年(1898〜1984)京都生まれ。二世蔵六に師事し、四世を襲名する。
東京、大阪で個展開催。技術保存資格者、京都金属工芸協会長をつとめる。昭和59年(1984)12月1日歿、87歳。

東京都江東区亀戸にて、水屋箪笥、掛け軸、仏具、人間国宝金城次郎の壺屋焼魚文ぐい吞、大谷司朗の信楽ぐいのみをお売りいただきました。

東京都江東区亀戸にて、水屋箪笥、掛け軸、仏具、人間国宝金城次郎の壺屋焼魚文ぐい吞、大谷司朗の信楽ぐいのみをお譲りいただきました。

ぐい吞みや盃コレクター様の在庫処分整理にてお呼びいただきました。人間国宝や作家物、古いものまで数多く集めていらっしゃいました。ぐい呑みとは、日本酒を一口に飲むために杯として作られた陶芸品の事です。基本的には、日本酒を飲むためのお猪口なのですが、他の猪口とは違い、少し大きく酒を多く注いで一気に飲む干せるような形になっています。ぐい呑みは種類が多くあり、葡萄焼、志野焼、萩焼、角館焼、秀山焼、高田焼など、日本全国の陶工達が必ず作っています。 自分だけのかたちを手に入れることができ、日本酒をより美味しくしてくれることで、コレクターが数多いるアイテムとなっております。六角堂では、盃、銚子、徳利、ぐいのみ、お猪口などの酒器を探しております。陶器の他にも漆器や金工のものも買取しております。ご不要の酒器がございましたら、ご連絡ください。

本日はいつもお世話になっている市場の開催日で、帰りに寄らせていただきました。終了後、市場の会主さんに焼肉へ連れて行ってもらいました。朝霞市にある成城苑というお店で、たまに連れて行ってもらってます。画像はA4カルビ、チゲ鍋、海老焼。どれも美味しかったです。T橋さん、いつも有難うございます。

金城次郎(きんじょうじろう)
1912年(大正元年)12月3日 – 2004年(平成16年)12月24日)は那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1925年(大正12)新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。濱田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壺屋焼を守り発展に努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。

大谷司朗(おおたに しろう)
1936年 滋賀県信楽町に生まれる
1960年 京都市立工芸指導所入所。清水九丘衛、松風栄一、内田邦夫各氏の指導を受ける。
1969年 日本伝統工芸展入選、以後入選を重ねる
1976年 第二十回日本伝統工芸展に入選 。重要無形文化財保持者(人間国宝)陶芸家清水卯一氏の指導を受け始める。
1980年 文化庁在外研修員として1年間アメリカ現代陶芸を研鑽
1990年 信楽町信楽焼無形文化財保持者の指定を受ける。
公募展 入選・入賞多数
滋賀県工芸美術協会会長 日本工芸会正会員

東京都目黒区東が丘にて、加茂総桐箪笥、お着物、掛軸、お茶道具、風炉師飴谷義長の砂張銅鑼をお売りいただきました。

東京都目黒区東が丘にて、加茂総桐箪笥、お着物、掛軸、お茶道具、風炉師飴谷義長の砂張銅鑼をお譲りいただきました。

遺品整理にて買い受けました。こちらの銅鑼でも使われている「砂張」(さはり)とは銅にスズ、鉛などを加えた合金のことを指します。茶道では花入やこぼしで使われます。茶道における砂張は少なからず「見立て物」と呼ばれる元々は茶道具でなかったものを茶道具として使いだしたものもあります。合金独特の色合いは炉よりも風炉向きであり、特に舟型の花入は室町時代より将軍家の東山御物にも見られるほど高い評価を受けていました。状態の良い銅鑼、お茶道具をお売りいただきありがとうございました。大事に次へと繋げさせていただきます。本日も出張帰りに埼玉県のソウルフード山田うどんへ寄りました。肉とうふ丼、磯辺焼き、コロッケをいただきました。昨夜より炭水化物ダイエットをはじめましたが、この有様です・・・サウナへ行ってきます。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。
お茶道具の強化買い取り作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸家 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、加藤忠三朗、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、黒田辰秋、音丸耕堂、北村昭斎、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、堆朱楊成、渡辺喜三郎、金城一国斎

飴谷義長・・・大正五年生まれ

初代義正に長年に亘り師事し、独立して現在に至っております。師の影響により作家というよりは、職人で満足し茶道具類及び花器類に関らず、その良心的な作品はひろく業界の認める所となって居ります。したがって日展や伝統工芸展等には出品せず職人に徹して居ります。

東京都杉並区上井草にて、掛軸、書道具、鐵斎翁書画寶墨などをお売りいただきました。

東京都杉並区上井草にて、掛軸、硯や画仙紙などの書道具、鐵斎翁書画寶墨などをお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お父様が生前大事にされておりました御道具、次の方へと大事に橋渡しさせていただきます。出張帰りに、いつもお邪魔する山田うどんへ寄り、人気のかき揚げ丼とかけそばセットをいただきました。山田うどんは埼玉県を地盤とするうどん屋のチェーン店で、埼玉県民のソウルフードともいえる人気店です。東京都民から埼玉県民となってもう20年、山田うどんはわたしにとってもソウルフードです!

鐵斎翁書画寶墨の「鐵斎翁」は、日本の文人画家、冨岡鉄斎のことで、富岡鉄斎の要請を受けて、1912年頃に中国に、特注され、その後、日本への輸出用として、大量に造られ始めました。もう100年以上も長く作られている人気の墨ですので、よくお客様宅でも見かける墨です。1970年代の「上海墨庁出品」のものからは、裏に「国華第一」と記載されなくなっていますので、こちらは、1970年以前の墨になります。20世紀の初頭、1912年頃(富岡鉄斎が75歳)から製造が始められたこの唐墨ですが、当初は、上海にあった「曹素功堯千氏」で作られていたと思われます。その後、1970年代の初めに、胡開文などの主な墨廠を、曹素功が統合して、「上海墨廠」として、一本化しました。この上海墨廠は、1980年代後半には、解体されて、元の、胡開文や、曹素功のブランドを使う幾つかの墨廠に戻っています。現在、売られている「鐵斎翁書画寶墨」の多くは、「上海墨廠 徽歙曹素功堯千氏精製」となっているものですが、稀に、「徽州胡開文製」のものもあるようです。上海墨廠統合前の高級油煙墨は、五石漆烟、超貢烟(超貢漆烟)、貢烟、頂烟の四等級に分けられていましたが、上海墨廠に統合された際に、この四等級は、油煙一〇一、油煙一〇二、油煙一〇三、油煙一〇四に名称変更されています。この鐵斎翁書画寶墨は油煙一〇一ですので、とても上質な墨といえます。

六角堂では、鐵斎翁書画寶墨をはじめ、乾隆御墨(文遡閣詩)(彩墨)、敬勝斎蔵墨、胡開文、龍鳳呈祥(程君房製)、百子図(程君房製)などの古墨を探しております。また、端渓硯、端石硯、歙州硯、洮河緑石硯、澄泥硯、魯硯、太史硯などの硯、曹素功、汪近聖、汪節庵、胡開文、古梅園、墨運堂、玄林堂、鳩居堂などの墨、紅星牌、三星牌などの中国画仙紙、古筆をはじめ、拓本、硯箱、硯屏、水滴、墨床、筆架、筆筒、水印などの書道具を探しております。また、寿山石、青田石、田黄石、鶏血石などの希少な印材も探しております。書道具は、使用済みのものや状態の良くないものでも査定が付く場合が数多くあります。ご売却をお考えの際は、是非六角堂までご相談ください。

書道具の他、時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

 

東京都西東京市にて、桐箪笥、お着物、勲章、陸軍の軍服、荊渓南孟臣製の朱泥急須をお売りいただきました。

東京都西東京市にて、桐箪笥、お着物、勲章、陸軍の軍服、荊渓南孟臣製の朱泥急須をお譲りいただきました。

お引越し前の整理処分でお呼びいただきました。今回買取致しましたのは、中国茶を飲む際に使用される茶具の茶壷(茶壺)です。 茶壷は、日本でいうと急須の役割をするもので、実用と鑑賞の両方を楽しめる中国茶器として、中国だけでなく、日本でも人気が高いお品物です。 篆書の字体で「荊渓恵孟臣製」という長方印がみられますが、荊渓とは宜興の昔の名前で、孟臣とは、明の時代の恵孟臣という名家の名前になります。
お譲りいただいた貴重なお品、大切にしていただける愛好家の方々や次の世代の収集家へ引き継いでいくお手伝いをさせていただきます。 有難うございました!

ご不要になりました中国骨董・工芸品がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。ただいま中国骨董・美術品・工芸品を強化買取しております!

中国陶磁器・青花(元染・萬暦・大明年製)・唐三彩・琺瑯彩 粉彩・五彩・粉彩・青磁・白磁・辰砂・七宝・天目・青花・豆彩・五彩 赤絵・金襴手・法花・芙蓉手・琺瑯・釉裡紅・越州窯・景徳鎮窯・汝窯・定窯・鈞窯・哥窯・耀州窯・越州窯・龍泉窯・景徳鎮窯・建窯・吉州窯・磁州窯・官窯・徳化窯・宜興紫砂・鉄画軒(鐵画軒)・文賓軒・古月軒・荊渓恵孟臣・宋・元・明・清・硯・端渓・古墨・筆・印材・田黄・白玉・鶏血石・玉・珊瑚・犀角・金瓶・銀瓶・鉄瓶・鼻煙壷・麻雀牌・硯屏・紫砂・竹彫・鍍金仏・金銅仏・如意・紅木・紫檀・花梨・青銅器・翡翠工芸・香炉・金銅仏・漆器・堆朱・堆黒・印材・犀角・竹根・銅器・ガラス古唐木家具・古書・中国古銭・中国切手・中国酒などございましたら、六角堂までお問い合わせください!中国の骨董、美術品に詳しい鑑定士が見積もり査定させていただきます。他にも時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

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その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。骨董品類に関しては全国出張致します。お気軽にご相談ください。

荊渓南孟臣製・・・荊渓とは,宜興の昔の名前。孟臣とは,明の頃の恵孟臣という名家の名前です。

千葉県千葉市若葉区にて、総桐箪笥、お着物、岩田藤七本人作のペルシアガラス一輪挿しをお売りいただきました。

千葉県千葉市若葉区にて、総桐箪笥、お着物、岩田藤七本人作のペルシアガラス一輪挿しをお譲りいただきました。

遺品整理にて、お呼びいただきました。六角堂では、ガラス工芸作品の買取りを強化しております。岩田藤七、その長男・岩田久利、その妻・岩田糸子、孫・ガラス造形家イワタルリなどの岩田ガラスなどをはじめ、藤田喬平や黒木国昭の作品をご売却の際には、是非六角堂をご指名ください。専門の鑑定士が、査定、買取をさせていただきます。また、ルネ・ラリックやバカラ、エミール・ガレ、ドーム・ナンシーなど海外のガラス工芸作品も随時買い受けさせていただきます。

出張帰りに、京葉道路幕張PAにある「九十九里片貝波乗り食堂」さんへ寄り、片貝波乗り定食(数量限定)、あさりのかき揚げをいただきました。お米は千葉特産米の「ふさおとめ」を使用。ふっくらつややかもっちもちの美味しご飯でした。あさりのかき揚げも磯部風味でとっても美味しかったです。天つゆなしでいただいちゃいました!

岩田藤七(いわたとうしち)

明治26年、日本橋の呉服商に生また岩田藤七は、東京美術学校(現東京藝術大学)で彫金・洋画・彫刻を学んだ後、 アールヌーボーに啓発され、ガラスの道を志しました。 昭和初期、ガラスといえば実用的な工業製品が主だった時代、独力で色ガラスの製法を学び、工場を開き、工芸品を作り始めました。 制作に必須な職人を育てるとともに、様々な色のガラス作り、独創的な成形の技術を研鑽・探求し、「日本の色ガラス工芸」という新たな世界を創出しました。
色彩豊かで流動的な形、そして暖かみのある藤七作品は、透明や切子ばかりのガラス界に衝撃を与え、高い評価を受けました。 制作意欲と情熱に溢れる藤七は、日本人の美意識に基づく「日本独自の」ガラス芸術を目指し、花器・食器の他、茶器の制作も始めました。 また、色ガラスによる装飾壁面「コロラート」を生み出し、ガラスの近代建築への応用という新しい分野を築きました。
岩田藤七は、日本のガラス芸術の開拓者であるとともに、世界のガラス芸術にも先進的な役割を果たし、現在のガラス作家にも多大な影響を与えています。

1893年 [明治26年] 宮内庁御用達呉服商・初代岩田藤七の長男として東京日本橋本町に生まれる。幼名、東次郎。
1900年 [明治33年] 父藤七死去。二代目藤七を襲名。
1909年 [明治42年] 四条派日本画家稲垣雲隣からつけ立てを習う。
1911年 [明治44年] 白馬会洋画研究所にて岡田三郎助に師事。
1912年 [明治45年] 東京美術学校(現東京芸術大学)金工科入学。彫金を海野勝珉(眠)(うんの しょうみん、天保15年5月15日(1844年6月30日) – 大正4年(1915年)10月5日または8日)、平田重光(1855~1926  安政2~大正15年没)などに学び、漆芸は六角紫水に薫陶を受ける。
1918年 [大正 7年] 東京美術学校金工科卒業。西洋画科に再入学。
1922年 [大正11年] 建畠大夢に師事し、彫刻を学ぶ。第4回帝展「深き空」(彫刻)を初出品。
1923年 [大正12年] 東京美術学校西洋画科卒業。橘ガラス工場社長今村繁三に知己を得、ガラス製法の手ほどきを受ける。
1925年 [大正14年] 商工省第12回工芸展(金工)褒状。長男久利生まれる。
1926年 [大正15年] 商工省第13回工芸展(金工)3等賞。
1927年 [昭和 2年] 葛飾区小菅町に工房を設置。第8回帝展からガラスを出品。
1928年 [昭和 3年] 第9回帝展より連続3回特選。以後帝展、文展、日展へ毎年 出品。
1929年 [昭和 4年] 帝展無鑑査出品者となる。
1931年 [昭和 6年] 岩田硝子製作所を設立。
1935年 [昭和10年] 第1回個展開催。以後毎年 個展開催。
1936年 [昭和11年] 昭和11年 文部省美術展覧会・招待展出品。
1937年 [昭和12年] 第1回新文展審査員、出品作政府買上。
1938年 [昭和13年] パリ万国工芸展銀賞受賞。
1940年 [昭和15年] 紀元2600年 奉祝美術展出品。
1941年 [昭和16年] 東京府芸術保存審議会委員、東京工芸総合展美術工芸部展審査員。
1943年 [昭和18年] 商工省の重要工芸技術保存資格者として、硝子製造残留工場に指定される。
1944年 [昭和19年] 第10回個展、戦争激化のため以後個展を一時中断。戦時特別文展出品、政府買上。
1946年 [昭和21年] 第2回日展審査員。以後審査員を続ける。
1947年 [昭和22年] 戦後初の個展(第11回)開催。
1951年 [昭和26年] 日展出品作「光りの美」が対象となって25年 度日本芸術院賞受賞。
1954年 [昭和29年] 日本芸術院会員。
1957年 [昭和32年] 高村豊周、山﨑覚太郎、楠部彌弌らと葵洸会創設。
1958年 [昭和33年] ブリュッセル万博出品、グランプリ。草月会館玄関ホールのシャンデリアをつくる。脳梗塞また胃の手術で闘病生活に入る。
1961年 [昭和36年] 個展第25回の記念展「岩田ガラスのコロラート展-ガラス工芸の近代建築への発展-」開催。近代建築でのガラス造形の展開をめざす前衛的な試みとして、新作「コロラート」製作。横浜髙島屋食堂大壁面に「コロラート」を製作。
1962年 [昭和37年] ホテル・オークラの建設時に照明装飾プランに参加。日本伝統工芸展受賞選考委員、以後も続ける。ローマに開館した日本アカデミーに作品が展示される。
1963年 [昭和38年] 日本生命ビル内日生劇場入口正面壁面に「コロラート」を製作。
1964年 [昭和39年] 千葉・扇屋百貨店に「コロラート」製作。
1965年 [昭和40年] 「新しい工芸の茶会展」開催、ガラスによる茶碗、茶入、水指類を出品、独自の新分野を開く。ロイヤル・ホテル正面入口にガラス・オブジェ「光瀑」を製作。
1966年 [昭和41年] 千代田生命ビル(現目黒区総合庁舎)に「コロラート」を製作。
1967年 [昭和42年] 宝塚カソリック教会にステンド・グラスを製作。第2回日本芸術祭に「神話」が選ばれる。
1968年 [昭和43年] 大回顧展「ガラスとともに40年 ・岩田藤七展」開催。皇居新宮殿にコロラート壁面「大八洲」を製作。
1969年 [昭和44年] 第10回毎日芸術賞受賞。
1971年 [昭和46年] 文化功労者に選ばれる。
1972年 [昭和47年] 日本ガラス工芸協会が設立され、名誉会員となる。
1975年 [昭和50年] この頃から「貝」をモチーフとした作品を数多く発表。
1980年 [昭和55年] 8月23日死去。 87歳。

 

 

東京都足立区舎人公園にて、古家具や掛け軸、仏具、鳩居堂製 頂上 沈香 上品 香木をお売りいただきました。

東京都足立区舎人公園にて、古家具や掛け軸、仏具、鳩居堂製 頂上 沈香 上品 香木をお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。角割の小さいものですが、人気の沈香香木です。お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。帰りに、戸田市にある柳明館という中華料理屋さんへ寄りました。国道17号を使って帰るときには、よく寄らせてもらっております。今日は大好きなラーメンを我慢して、チャーハンと餃子をいただきました。こちらの店、すごいのは漫画の量です。壁一面に並んでいて、漫画目当てで通ってる人もいそうなくらい充実してます。漫画だけでなくメニューもかなりの量があるので、何度来ても飽きません。

香は「聞く」といいます。さまざまな香を組み合わせ香炉に焚いた香りを聞き種類を当てる。優雅な香りとともに文学的雰囲気をも楽しむ艶やかな「道」であります。香道は、室町時代に生まれた日本の伝統文化です。仏教と共に日本に伝えられた香は、平安時代になって、個人の趣好、知的感覚により薫物煉香が作られました。室町時代・東山文化隆盛の頃には、香木(沈香・伽羅)を使用する聞香形式が整いました。香木には、沈香と白檀があります。沈香はインドシナなどの南方諸国の産で、数百年土中に埋もれていた木。そして、沈香の中でも最上級の伽羅は格別に扱われます。
白檀はインド産の生木。
六角堂では、沈香・伽羅・白檀などの香木をはじめ松栄堂や鳩居堂、日本香堂など香の老舗の線香など香道具を買取しております。ご不要の御道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

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山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。

足立区出張地域は、青井 足立 綾瀬 伊興 伊興本町 入谷 入谷町 梅島 梅田 扇 大谷田 興野 小台 加賀 加平 北加平町 栗原 弘道 江北 古千谷 古千谷本町 佐野 皿沼 鹿浜 島根 新田 神明 神明南 関原 千住 千住曙町 千住旭町 千住東 千住大川町 千住河原町 千住寿町 千住桜木 千住関屋町 千住龍田町 千住中居町 千住仲町 千住橋戸町 千住緑町 千住宮元町 千住元町 千住柳町 竹の塚 辰沼 中央本町 椿 東和 舎人 舎人公園 舎人町 中川 西綾瀬 西新井 西新井栄町 西新井本町 西伊興 西伊興町 西加平 西竹の塚 西保木間 花畑 東綾瀬 東伊興 東保木間 東六月町 一ツ家 日ノ出町 平野 保木間 保塚町 堀之内 南花畑 宮城 六木 本木 本木東町 本木西町 本木南町 本木北町 谷在家 谷中 柳原 六月 六町

 

群馬県前橋市へ、桐箪笥や和たんす、平安堂造の龍田川蒔絵 脇取盆、お茶道具、千家十職12代 土田友湖作の入子菱吉祥紋金襴出帛紗をお売りいただきました。

群馬県前橋市へ、桐箪笥や和たんす、平安堂造の龍田川蒔絵 脇取盆、お茶道具、千家十職12代 土田友湖作の入子菱吉祥紋金襴出帛紗をお譲りいただきました。

京都から出張明け最初の出張買い取りは、不動産屋さんのご紹介で、群馬県前橋市へと遺品整理にてお呼びいただきました。今回が初めてですが、当社をお呼びいただき有難うございます。六角堂では、不動産、解体、引越し、介護関連、遺品整理等の業者様より、随時買取や処分を受け付けております。残置物が少ない場合でも、気になるお品がございましたら、六角堂までメール、またはお電話にてお問い合わせください。当社で、出来る限りの対応をさせていただきます。本日はホワイトデーですので、昨日の京都帰りに、濃姫いちごのチョコくりーむ大福を買って娘にお返ししました。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。
お茶道具の強化買い取り作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸家 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、加藤忠三朗、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、黒田辰秋、音丸耕堂、北村昭斎、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、堆朱楊成、渡辺喜三郎、金城一国斎

土田友湖(つちだ ゆうこ)

土田友湖は千家の正統的な茶道具を制作する千家十職の一家(袋師)です。当代の十二代(1965年に襲名)は、11代が身体をこわしたため、昭和29年中学卒業と同時に表千家の内弟子に入り家元へ通うようになります。昭和35年からは、父親の代理で十職の一員として家元に出入りするようになりました。ご本人も「弟子と職家の二足のわらじを履いてた」と話しているように、作る側・使う側の二つの目をもって袋師としての伝統の技の継承に努めていらっしゃいます。

土田家の祖先は近江国蒲生郡土田村の出身の侍・土田七大夫と言われています。その子孫・半平は京都に出て商人となり西陣の仲買いをしていましたが、手先が器用だったため、近隣に住む袋物師亀岡宗理に袋作りの技術を教わりました。宗理は茶道に熱心で、藤堂家の茶頭に就任するにあたり、家業の全てを土田半平に譲ります。半平は、それより袋師となりました。初代半平は、表千家七代如心斎と俳諧を通じて深い交友がありました。如心斎が大津の石山寺へ参詣した際、半平はお供をしますが、琵琶湖に船を浮かべて観月の遊びをしていたときに、何か感じるところのあり船上で剃髪しました。その際に如心斎より「友湖」の号を賜ったそうです。琵琶湖の船上で、「湖の友」という名前を頂くとは、何ともいえず風流な感じがしますね。その後、代々、友湖の名前は当主に伝わっていくこととなりました。

 

京都府京都市へ出張。ただいま帰宅しました。

10日の夜より京都へと出張へ行き、先程埼玉へと帰省しました。今回の出張は、道具屋さん仲間たちとお茶道具や骨董品などの勉強に行ってまいりました。ここ数年は京都への出張が多く、いつも茶道具商や骨董屋さんの先輩方に勉強を兼ねて食事に連れて行ってもらったりしてます。今回の出張でも、多くのことを教わり、たくさん勉強させていただきました。わたくし自身を含め、六角堂では日々勉強して成長していきたいと思います。いつもお世話いただき、とても感謝しております。画像は、京都タワー、いつも良く行く木屋町にある「馬野郎」さんの馬刺し盛りに桜納豆です。12日は朝から商売繁盛の神様、えびす神社へと行き、商売繁盛を祈願してきました。夜は河原町にある「和彩たか」さんへ先輩方に連れてっていただき、海鮮盛り合わせや、白えびの刺身、麻婆豆腐ではない和婆豆腐なるものをいただきました。海鮮料理をはじめ、創作和食料理どれも大変おいしかったです。店内でWBCの日本対オランダ戦を見ながらお食事をいただきましたが、あまりの熱戦にみんな興奮しておりました。最後に日本が勝てて良かったです!今日はビジネスホテルを10時にチェックアウトして、途中滋賀県にある新名神高速道路の土山SAㇸとお土産を買いに寄り、そのまま休憩なしで埼玉へと帰省しました。土山サービスエリアでは、毎回画像のステーキ丼を頂いております。今回の出張では、行きも帰りも同じものを食べてしまいました。すごく美味しくて、土山へお寄りの際にはとてもお勧めでございます。最近お腹周りが気になり、サウナへ行ったりしておりますが、今回の出張でまた少しメタボになってしまった気がします・・・明日からまた出張買取の日々が続きますので、お腹と気を引き締めて頑張ります!!京都の皆さん、有難うございました!

東京都立川市にて、木彫りの如来像、菩薩像、不動明王像、七福神など古いものから新しい仏像など。

東京都立川市にて、木彫りの如来像、菩薩像、不動明王像、七福神など古いものから新しい仏像までたくさんお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。仏像を集めるのが好きだったとのことで、木彫りの如来像、菩薩像、不動明王像、七福神など古いものから新しい仏像までたくさんございました。画像の他にも、仏具や、お香などをお譲りいただきました。お父様が大事にされていた御道具、当社で責任もって次に大事にして頂ける様に繋げていきます。お忙しい中、ありがとうございました。

今回お譲りいただきましたのは木彫り仏像でしたが、当社が仏像鑑定で最初に見るのは、仏像の作られているその素材です。「仏像」というと立体的に表された彫像を指すことが多いのですが、彫像の材質は、金属製、石造、木造、塑造、乾漆造など様々なものがございます。使われている素材の産地や希少さによっても仏像の価値は大きく違ってきます。六角堂ではどのような素材の仏像も幅広く取り扱っておりますので、何かございましたらお問い合わせください。

六角堂では、仏像彫刻を探しております。
如来 釈迦如来、大日如来、阿弥陀如来、薬師如来
菩薩 観音菩薩、文殊菩薩、弥勒菩薩、地蔵菩薩
明王 不動明王、孔雀明王、愛染明王
天部 持国天、増長天、広目天、多聞天、帝釈天、吉祥天、阿修羅、金剛力士
七福神 恵比寿天、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋

仏像は骨董品や美術品としての価値も高く、素材も金属、石、木、彫塑、乾漆など様々な仏像がございます。 古い時代の仏像には骨董品としての価値があったり、作家物であればその作家の評価も買受け額に影響してきます。ご自宅にお持ちの仏像・仏画・曼荼羅・仏教彫刻など仏教美術について、売却をお考えの際は六角堂までお気軽にご相談下さい。仏像などの仏教美術に詳しい専門家が出張査定し、高価買取させていただきます!

これから京都へとお茶道具の勉強を兼ねて、出張してまいります。皆様からお譲り頂くお茶道具や骨董品など、諸道具をきちんと扱えるよう、頑張って成長してきます!!14日より出張買取を再開させていただきます。ご予約は随時承っておりますので、何かございましたらご連絡ください。