カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都国立市にて、人間国宝14代酒井田柿右衛門の濁手梅花文皿、茶道具など。

東京都国立市にて、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の濁手梅花文皿、茶道具などをお売りいただきました。

骨董品や茶道具の処分整理でお呼びいただきました。趣味で集めていらっしゃったお道具を処分するとのことでご連絡いただき、お伺いしました。すでに二社がお見積りに来られたようでしたが、高額査定で頑張りましたので、当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいたお品は、人間国宝である14代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)の濁手梅花文皿や茶道具など。久々の濁手作品でしたので、ギリギリまで頑張って査定させていただきました。人間国宝に認定されるなど多大なる功績を残した重鎮「14代酒井田柿右衛門」の本人作。「濁手(にごしで)」とは米の研ぎ汁のようにやわらかみのあるミルキーホワイトの色をした白磁素地。一般の有田焼の白磁素地は、やや青みを帯びていますが、「濁手」は青みがなく、純白。江戸時代の後半には濁手素地づくりは途絶えてしまいましたが、昭和28年(1953)、12代酒井田柿右衛門(1878~1963)と13代酒井田柿右衛門(1906~1982)の尽力によって復元されました。乳白色の濁手素地に、軽やかで伸びやかな筆遣いと嫌味のないすっきりとした配色表現で描かれた「梅花文」は人気の画題の一つ。均整の取れた造形や色鮮やかで写実的な絵付けなど実に素晴らしい出来栄えです。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では酒井田柿右衛門作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(濁手など本人作品はもちろん柿右衛門窯のお品も高額買受致します。)がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買い取りさせていただきます。
酒井田柿右衛門作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!詳しい鑑定士が査定させていただきます。
市場へ戻る途中、いつも寄っているラーメンの小池さんへ寄りました。新商品が出ましたので早速新商品の「宗岡トマトらーめん」 をいただきました。こちらは先日行われた志木市ご当地グルメ王決定戦で見事グルメ王に輝いたラーメンです。トマトにセロリ・人参・玉ネギをすりおろしてつくるミルポワも使った鶏白湯スープが絶品です。冬限定商品ですので、また近日寄ります。

十四代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1934(昭和9)年~2013(平成25)年
14代酒井田柿右衛門は13代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれました。本名を正といいます。
1958(昭和33)年、多摩美術大学日本画家を卒業後、帰郷して12代と13代に師事しました。
1967(昭和42)年、一水会会長賞を受賞しました。
1971(昭和46)年、日本工芸会正会員となりました。
1982(昭和57)年、14代酒井田柿右衛門を襲名しました。
日本工芸会理事、柿右衛門製陶技術保存会会長に就任しました。
1983(昭和58)年、アメリカ・サンフランシスコ市より名誉市民の称号を受けました。
1984(昭和59)年、日本陶磁協会賞、佐賀県知事賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、日本工芸会奨励賞を受賞しました。
1992(平成4)年、一水会陶芸部運営委員に就任しました。
日本工芸会奨励賞を受賞しました。
1993(平成5)年、国際陶芸アカデミー(IAC)名誉会員に就任しました。
1994(平成6)年、日本伝統工芸展監査委員に就任しました。
1997(平成9)年、佐賀県陶芸協会会長に就任しました。
1998(平成10)年、外務大臣表彰を受けました。
1999(平成11)年、九州産業大学大学院芸術研究科専任教授に就任しました。
文部大臣表彰を受けました。
2000(平成12)年、有田陶芸協会会長に就任しました。
2001(平成13)年、佐賀県立有田窯業大学校長に就任しました。
重要無形文化財「色絵磁器」の保持者(人間国宝)に認定されました。
佐賀新聞文化賞を受賞しました。
2005(平成17)年、旭日中授賞を受賞しました。
有田町名誉町民の称号を受けました。
2006(平成18)年、日本工芸会副理事長に就任しました。
2007(平成19)年、西日本文化賞を受賞しました。
2013(平成25)年、6月15日逝去(享年78)。

東京都杉並区久我山にて、人間国宝金城次郎の魚文花瓶や作家物の陶器。

東京都杉並区久我山にて、人間国宝金城次郎の魚文花瓶や作家物の陶芸作品をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理にてお呼びいただきました。作家物の陶器などを処分されたいとのことでお呼びいただきました。作家などの詳細が分からないとの事でしたので、一点一点説明させていただきながら、買い受けさせていただきました。中でも金城次郎は人間国宝となられた陶芸家で、こちらの作品は当社でも強化買取り作家のものですのでお客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。他にも唐津焼の中里重利や太郎右衛門窯のものなども併せてお売りいただきました。お客様にお喜びいただけて良かったです。
当社では金城次郎の陶芸作品を探しております。人間国宝をはじめ、作家物の陶器工芸品を中心に取り扱いしてますので自信があります! 作家物の壷、花瓶、茶碗、皿、鉢、香炉、ぐい呑、徳利、湯呑、水滴、急須、抱瓶などはおまかせください!作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
本日も市場の仲間のT橋氏とW氏から電話があり、食事をすることとなりました。先日寄らせていただいた「しゃぶ食べ 高円寺南口駅前店」へ行くこととなり、高円寺駅で合流しました。お腹周りが気になってきましたので、わたしは野菜を中心にしゃぶしゃぶでいただきました。種類も多く、バランスの良い食事が出来ました。

金城次郎 (きんじょうじろう)1912年(大正元年)~2004年(平成16年)
伝統の琉球陶器の再現を目指す中で浮彫技法による抽象化された魚、海老などの意匠を用いた独自の温かみある陶芸を創始、用と美を兼ね揃えた作品を展開し現代沖縄陶芸の先駆者として高い評価を持つ。 子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1912年 沖縄県那覇市与儀に生まれる。
1924年 壺屋の名工 新垣栄徳の製陶所に従事。
1945年 6月 沖縄戦終結。10月頃壺屋の開放、窯業の復興がはじまる。
1946年 那覇市壺屋に窯場を開く。
1954年 第6回沖展に工芸部門の新設により出品。(以後連続出品)
1955年 国展初入選。
1956年 第30回国展において新人賞受賞。12月 龍門司窯、益子窯を視察。
1958年 ルーマニア国立民芸博物館に「抱瓶」と「魚文大皿」の2点永久保存される。
1962年 沖縄民芸展に出品。12月丹波の窯を視察。
1963年 沖展創立15周年にあたり感謝状を受ける。
1965年 12月小鹿田、小石原の窯場を視察。
1966年 明治神宮例大祭奉祝第4回全国特産物奉献式に「長型花瓶」献納。
1967年 第1回沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞。
1968年 本民芸館同人選現代沖縄民芸展に出品。
1969年 第43回国展において会友優作賞受賞。日本の名匠「神々の器」壺屋の陶器‐金城次郎 撮影。日本民芸館賞受賞。
1971年 第1回日本陶芸展「白掛魚文線大皿」入選 海外巡回展。
1972年 10月1日 読谷村座喜味に窯を開く。沖縄県無形文化財(技能保持者)に認定される。
1973年 読谷村壺屋窯初窯展開催。国展会員となる。
1974年 日本陶芸巨匠大展に「双魚文大皿」「海老大花瓶」「三彩蓋物」三点出品。沖縄県指定無形文化財工芸展に「海老文大皿」他5点出品。
1976年 現代の陶芸本発行外9名。秩父宮妃殿下、読谷御来島。
1977年 現代の名工労働大臣賞に表彰される。ギリシャ展、パリ、オランダ見学。
1978年 文化シリーズ東京NHK美をさぐる。焼物紀行第6回沖縄の器放映。
1985年 重要無形文化財「琉球陶器」(人間国宝)に認定される。
1993年 勲四等瑞宝章受賞。
2004年 逝去。享年92。

茨城県水戸市~東海村~那珂市へ出張へ行ってきました。

 

不動産業者様のご紹介で、茨城県東海村へ出張見積もりへ行ってまいりました。24日の昼頃に埼玉を出発し、宿泊先の水戸市へ向かいました。圏央道菖蒲PAで食事休憩を入れ、夕方頃水戸市へ到着しました。宿泊先は水戸駅の近くにあるアパホテル。最近出張の時は大体アパホテルさんを利用しております。ホテルで少し休憩を取り、夕食探しで水戸市内を散歩しました。アンコウ鍋を食べたかったのですが、近くにお店がなかったので途中見つけた「みと楽横丁」へ入ることにしました。色々なお店がありましたが、おでんやもつ煮の名前につられて「煮丁」さんというお店へ入ることにしました。もつ煮や肉豆腐、静岡風おでんなど、どれも美味しかったです。次の日の仕事がある為、一杯のみですが久々にN尾氏とお酒を飲みました。ホテルへ早めに帰宅し、この日は寝ました。朝はアパホテルについているビストロエンドウさんで朝食をいただきました。バイキング形式ですが、イクラやカニ、明太子などの海鮮も充実していてなんと料金は600円。美味しくて朝からたくさん食べてしまいました。ホテルを出発して目的地の東海村へと向かいました。30分くらいで到着し、お客様と待ち合わせをしました。一か月以上前でしょうか最初にご連絡いただいて、本日ようやくお会いすることが出来ました。旧家を片付ける際のご処分とのことで、コンテナの方にお荷物を全て移動していただいてましたので、こちらで早速査定をさせていただきました。掛け軸の数が約100本、他には古い陶磁器や漆器、茶道具、刀装具、印籠、根付、書道具、ブロンズ像、銀製品など。数百点の見積もりでしたので少々時間が掛かってしましましたが、N尾氏と一点一点全て査定させていただきました。ご家族と相談の上お売りいただくこととなっておりますので、本日は見積りのみで帰宅することになりました。次回またお呼びいただく際には、よろしくお願い致します。帰りにお土産やお菓子をいただいたりと、お気遣いいただき有難うございました。帰宅途中、那珂市にある「なか健康センター」さんへ寄りました。お風呂の種類が多く、サウナも充実しておりました。昨夜、今朝と食べ過ぎてしまいましたので、塩サウナで体を引き締めようと長時間頑張りました。が、風呂後にまた食事。麻婆ラーメンに揚げニンニク、とても美味しかったです。最近の出張疲れを取り、先程無事帰宅しました。明日からも出張が続きますので、頑張ります!

東京都目黒区目黒本町にて、十四代今泉今右衛門(本人作)のぐい呑、作家物の陶器など。

東京都目黒区目黒本町にて、十四代今泉今右衛門(本人作)のぐい呑、作家物の陶器などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。陶器をまとめてご処分されたいとのことでお伺いしましたが、その数50点弱とたくさんのお品をお売りいただきました。奥川忠衛門などの作家物が多くございましたが、中でも「色絵磁器」の人間国宝である十四代今泉今右衛門の作品は大変素晴らしい作品でした。お売りいただいたお品は、色絵藍色墨はじき椿文ぐい吞、色絵墨色墨はじき椿文ぐい吞の二客。墨はじきとは江戸期から鍋島ではよく使われた白抜きの技法で、技法の手順としては、まず墨で文様を描きその上を染付で塗る。すると墨に入っている膠分が撥水剤の役目をし、墨で描いた部分が染付の絵具をはじく。その後、素焼の窯で焼くと墨が焼き飛び白抜きの文様が現われるという、染織のろうけつとよく似た技法であります。墨はじきによって描かれた個所は、染付の線描きされた個所と比べるとやさしい控えめな印象を与えます。14代今泉今右衛門は江戸期からある技法「墨はじき」や「雪花墨はじき」など、新しい技法に挑戦し世界的にも高い評価を受けております。大変素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、近所にある珍来さんでカレーらーめんをいただきました。熱々のスープがとてもスパイシーで体が温まりました。

14代今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)
1962年 佐賀県有田町に13代今泉今右衛門の次男として生まれる。本名を雅登といいます。
1985年 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科(金工専攻)を卒業。
1988年 京都・鈴木治先生に師事する。
1990年 父、13代今右衛門に師事。
1996年 佐賀県美術展で知事賞を受賞。財団法人今右衛門古陶磁美術館の学芸員に就任。
1998年 日本伝統工芸展で工芸会会長賞を受賞。日本工芸会正会員となる。
2002年 14代今泉今右衛門を襲名。
2004年 日本伝統工芸展で東京都知事賞を受賞。
2009年 紫綬褒章を受章。
2010年 日本工芸会理事に就任。
2014年 重要無形文化財「色絵磁器」の保持者(人間国宝)に認定される。

埼玉県さいたま市中央区にて、九谷焼の名工福島武山のカップ&ソーサーなど。

埼玉県さいたま市中央区にて、九谷焼の名工福島武山のカップ&ソーサーなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介いただく不動産屋業者の方からご連絡いただき、お客様が贈答品などをご処分されたいとのことでご紹介いただきました。お売りいただいた贈答品は、洋食器などの陶器や漆器、ガラス工芸品、置物など。古いものから新しい物まで、たくさんのお品をお売りいただきました。福島武山のカップ&ソーサーは、九谷アートコレクションで食器メーカーNIKKO(ニッコー)とコラボしたお品。1915年の発売以来約100年、今なお愛され続けるニッコーのベストセラー「山水」と九谷焼の中でも特に緻密な「赤絵」を描く職人である福島武山の貴重なコラボ作品になります。福島武山は1968年に九谷焼赤絵と出会い、独学で築いた赤絵細描は緻密さを極め、淀みのない筆致は圧巻です。六角堂で買取を強化している作家作品をお売りいただき有難うございました。
本日は一件のみの出張買取で早く帰宅出来ましたので、家族で近所のとんQさんで食事をしました。明日は娘が高校受験、カツ丼を食べさせました。明日は入学試験頑張って!!!

福島武山(ふくしまぶざん)昭和19年(1944年)生まれ
1963年 石川県立工業高校デザイン科卒
1981年 日本伝統工芸展初入選
1982年 全国伝統的工芸品展にて奨励賞受賞
1983年 創造美術展にて朝日新聞新聞社特別賞受賞
1986年 創造美術展にて北華賞受賞
1987年 日本工芸会正会員となる
1989年 九谷焼産業デザインコンクールにて名古屋通商産業局長賞受賞
1990年 九谷焼産業デザインコンクールにて石川県知事賞受賞
1995年 創造美術展にて東京都知事賞受賞
1996年 天皇・皇后両陛下ご来県のみぎり、ご使用のお茶碗謹作
1997年 日本工芸の世界巡回展(五か年)に国際交流基金より選抜される
1999年 第23回全国伝統的工芸品公募展にて第1席グランプリ内閣総理大臣賞受賞
2000年 第24回全国伝統的工芸品公募展にて伝統工芸士会会長賞受賞
2002年 第25回伝統九谷焼工芸展にて大賞受賞、石川県立美術館買い上げ
2003年 第17回日本陶芸展入選
2004年 第27回伝統九谷焼工芸展にて優秀賞受賞、石川県立美術館買い上げ
2004年 石川県指定無形文化財保持団体九谷焼技術保存会会員となる
2007年 石川の伝統工芸展にて優秀賞受賞
2008年 九谷焼伝統工芸士会会長就任
2012年 第65回記念創造展 創造美術大賞受賞

東京都練馬区石神井台にて、人間国宝前田昭博の白瓷壷、桐箪笥、着物など。

東京都練馬区石神井台にて、人間国宝前田昭博の白瓷壷、桐箪笥、着物などをお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。桐箪笥やお着物の他、作家物の陶器などを処分されたいとのことでお呼びいただきました。作家などの詳細が分からないとの事でしたので、一点一点説明させていただきながら、買い受けさせていただきました。中でも前田昭博は人間国宝となられた陶芸家で、こちらの作品は当社でも強化買取り作家のものですのでお客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。
前田昭博(まえたあきひろ)は、鳥取県出身の陶芸家で、昭和から今現在に至るまで、郷里・簗瀬山(やなせやま)山麓での作陶を続けています。ほぼ独学で白磁製作に取り組み、白一色で表現する柔らかで存在感ある作風を確立し、重要無形文化財(人間国宝)に認定されました。前田氏の白磁作品は「白瓷(はくじ)」と表記されます。本来、胎土に磁土を使ったものは白磁、陶土を使ったものは白瓷と記されますが、昭博は陶器のように温もりある白磁を目指した為、あえてそう表記しております。
良いお品をお売りいただき有難うございました。倉庫へ戻る途中、所沢市にある味噌らーめん専門店「麺場 壱歩」さんへ寄りました。わたしは九州麦味噌らーめんをいただきました。ちぢれ麺に甘めの味噌スープが絡んでとても美味しかったです。

ただいま人間国宝、作家物の陶芸作品を強化買取りしております。作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。たくさんの御見積お待ちしております。陶芸(人間国宝) 色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清、民芸陶器 - 濱田庄司、志野 - 荒川豊蔵、萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)、備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵、染付 – 近藤悠三、白磁・青白磁 -塚本快示、琉球陶器 - 金城次郎、鉄絵 - 田村耕一、練上手 - 松井康成、白磁 - 井上萬二、白磁 - 前田昭博、三彩 - 加藤卓男、民芸陶器- 島岡達三、青磁 – 三浦小平二、中島宏、彩釉磁器 - 三代徳田八十吉、常滑焼(急須)-三代山田常山、釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統、無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

前田昭博(まえたあきひろ)1954年(昭和29年)5月1日~現在
1954年 鳥取県八頭郡河原町本鹿(現鳥取市河原町本鹿)に生まれる。
1977年 大阪芸術大学工芸科陶芸専攻卒業。
1991年 第11回日本陶芸展「毎日新聞社賞」受賞。
1993年 第48回新匠工芸展「富本賞」受賞
1999年 「日本の工芸(今)100選」展招待出品「パリ」
1999年 鳥取市文化賞受賞
2000年 第47回日本伝統工芸展「朝日新聞社賞」受賞
2003年 20回記念田部美術館大賞「茶の湯の造形」展大賞受賞
2003年 第2回京畿道世界陶磁ピエンナーレ銅賞受賞「韓国」
2003年 第50回日本伝統工芸展「第50回展記念賞」受賞
2004年 日本陶磁協会賞受賞
2005年 第60回新匠工芸展「60回記念大賞」受賞
2007年 紫綬褒章受章
2010年 鳥取県文化功労賞受賞
2012年 鳥取県指定無形文化財(陶芸)認定
2013年 国の重要無形文化財「白磁」保持者に認定(人間国宝)

東京都世田谷区豪徳寺にて、人間国宝平田郷陽の衣装人形、古伊万里など。

 

東京都世田谷区豪徳寺にて、人間国宝平田郷陽の衣装人形(嬉戯、熟柿、遊魚、凧上げ)、古伊万里などをお売りいただきました。

旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。新年早々、六角堂にとって大変嬉しい出張買取となりました。当社でずっと探しておりました人間国宝平田郷陽(ひらたごうよう)の作品をお売りいただきました。しかも四体まとめてでございます。平田郷陽の作る人形は「生き人形」とまでいわれ、中でもこの度お売りいただいた子どもの無邪気なしぐさの一瞬をとらえた作品は平田郷陽の代表作となっております。愛好家が多く、一生のうち郷陽の作品を一度は持ちたいという熱意を持っているファンが多い昭和を代表する人形作家です。1955年には、人形界初の国指定重要無形文化財(人間国宝)に認定されており、木目込みの技法を用いた衣裳人形を多数手掛けています。残念ながら一点共箱の欠品、三体に髪の毛の欠品や指の破損、欠品などございました。しかしながら六角堂で最も強化買取りしている作家作品、お客様にお喜びいただける査定額にて買い取らせていただくことが出来ました。古伊万里も初期伊万里の皿一点、鉢や大皿など多数お売りいただきました。新年早々、素晴らしい作品の数々をお売りいただき有難うございました。
本日は志木市場の仲間たちと荻窪駅のそばにある「すし屋の源」で新年会をしました。大好物のなまこや生牡蠣、美味しいお寿司をいただきました。明日からも仕事がたまっておりますので、お酒は我慢しました。良い買取にお食事と大変嬉しい一日となりました。T橋社長、ご馳走様でした!

平田郷陽(ひらたごうよう)1903年(明治36)~1981年(昭和56)
1903年 松本喜三郎・安本亀八 系統の活き人形師であった初代平田郷陽(恒次郎)の長男として、東京浅草に生まれる。
1917年 14歳の時、父のもとで人形製作の修行を始める。
1924年 父の跡を継ぎ二代卿陽を襲名。
1927年 市松人形を製作。
1928年 岡本玉水・久保佐四郎・名川春山・吉田永光らとともに、創作人形の研究団体「白沢会」を結成する。
1935年 日本人形社を立ち上げる。
1936年 第1回帝国美術院展に初入選。
1937年 パリ万国博覧会に出品し、金賞受賞。
1955年 重要無形文化財「衣裳人形」保持者(人間国宝)に認定される。
1959年 皇后宮殿に「瑞鳥」製作。
1968年 紫綬褒章を受賞。
1974年 勲四等瑞宝章を受賞。
1981年 逝去。享年77歳。

東京都大田区田園調布にて、雨宮敬子のブロンズ裸婦像の買取。

     

東京都大田区田園調布にて、雨宮敬子のブロンズ裸婦像、洋画をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、人気彫刻家雨宮敬子の作品。裸婦のブロンズ像になります。共箱がなくお客様が作家が分からないとのことでしたが、足元のにあるKeikoのサインやお顔の表情ですぐに雨宮敬子のものと分かりました。雨宮敬子は、女性像の中でも、特に裸婦像を一貫して作り続けており、外観的な女性美を表現するだけでなく、内面的・精神的な美を表出させることによって、女性ならではの清楚な作風となっています。 多少スレや傷みがございましたが、六角堂で買取強化中の作家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。ブロンズの他、洋画やリトグラフなども併せてお売りいただきました。良いお品をまとめてお売りいただき有難うございました。
帰りに市場の仲間たちと食事をすることになりました。荻窪駅にあるインド料理屋「ナタラジ 荻窪店」さんへと行きました。店内は広く、とても良い雰囲気の場所でした。こちらのカレーは肉を使わず野菜や豆類のみで作られており、とてもヘルシーです。カレーはもちろん、天然酵母のナンやラッシーもとても美味しかったです。

雨宮敬子(あめみやけいこ)
父・雨宮治郎、弟・雨宮淳も日本芸術院会員として活躍した彫刻一家で育つ。日本大学芸術学部を卒業し、北村西望、富永直樹に師事する。裸婦を中心とした作品を展開しています。
1931 東京に生まれる
1956 第12回日展初入選(以後連続入選)
1958 第1回新日展「薫風に望む」特選(以後1回)
1969 総合美術展「湖」参加
1972 第26回新樹会展招待出品(’77まで)
1980 第1回現代女流美術展出品(以後連続出品)
1982 第10回長野市野外彫刻賞受賞
1985 第17回日展「道」内閣総理大臣賞受賞
1994 日本芸術院会員となる
1996 個展(日本橋・三越)
1998 日本彫刻会常務理事となる
2002 日刊現代美術展実行委員をつとめる
2005 国民文化祭美術展で審査員となる
2017 旭日中綬章受章、文化功労者となる

東京都中野区弥生町にて、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、ペルシャ藍釉壷。

 

東京都中野区弥生町にて、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、12世紀のペルシャ藍釉壷をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、東京都青梅市へ伺いました。こちらは既に二度来ているお客様で、お売りいただいた点数が大変多く、本日はトラック二台で向かわせていただきました。陶器の買取でしたが数の多さにトラック二台パンパンに埋まってしまいました。それでもなお積みきれず、もう一度お伺いさせていただくこととなりました。搬出にお客様の会社の従業員の方も手伝いに来てくださり、スムーズに終えることが出来ました。お気遣いくださり有難うございました。また次回もトラック二台でお邪魔させていただきます。本日二件目は、中野区弥生町へ遺品整理でお呼びいただきました。生前お爺様が集めていらっしゃったという骨董品などをお売りいただきました。お売りいただいたのは、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、12世紀のペルシャ藍釉壷の他、掛軸や書道具など。二世秦蔵六(生没年不詳)は一説に1854年生~1932年没ともありますが詳しくは不明。文久年間から続く鋳金家で、初代は孝明天皇の御印、明治天皇御璽、大日本国璽、徳川慶喜の黄金印を鋳造されました。その後は代々「蔵六」を名乗り鋳金技法を継承しております。青銅器の創作で名高い京都の金工師。署名や落款などから判断した二世の本姓は橘氏であろうといわれております。秦蔵六の作品は、中国からの人気もあり、六角堂でも買取を強化している人気作家であります。波斯(ペルシャ)藍釉壷はおおよそ12世紀のものと思われます。銀化され雰囲気の良い小壺となっております。残念ながらカケや直しなど状態はいまいちでございました。査定に担当したN尾氏がペルシャ陶器が好きな為、わたくしの想像以上の高査定をしておりました。査定額にお喜びいただけたので良かったです。お爺様の大切にされていたお道具、大切に次へと繋げさせていただきます。良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日も市場の仲間たちから連絡があり、高円寺で食事をすることとなりました。まずは「らーめん一蔵」さんで赤鬼ラーメンをいただきました。辛味噌のスープですが、追加で油唐辛子を入れるととても美味しいです。そしてそのまま歩いて10秒くらいの場所にある「すてーき亭」さんへまさかのはしご。こちらのステーキですが、ボリュームがあって料金が千円程度。しかもご飯がお代わりし放題のようです。さすがにわたしはご飯を食べれませんでしたが、ステーキは完食。少し体を動かします。

東京都中央区日本橋人形町にて、今泉今右衛門の浮立面、時代置き時計、贈答品など。

東京都中央区日本橋人形町にて、人間国宝十二代今泉今右衛門の浮立面、絵画、時代置時計、贈答品などをお売りいただきました。

いつもお世話になっている着物屋さんのご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お客様をご紹介いただき有難うございます。知人の着物屋さんがお着物の買取でお伺いした時に、他にも骨董品があるとのことでご紹介いただきました。今泉今右衛門の浮立面、絵画、時代置時計、贈答品などを査定し、全てお売りいただきました。古時計は明治期のものでしょうか、とても素晴らしい置時計でした。使わずに仕舞ったままにされていた贈答品はシミや汚れなどございましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。陶製の浮立面は有田焼の名工「十二代今泉今右衛門」の作。佐賀県の南西部に伝わる「面浮立」は、鬼面を被り、笛や太鼓、鉦のリズムに合わせて勇壮に踊る伝統芸能です。五穀豊穣祈願や雨乞祈願、奉納神事には欠かすことのできない踊りであり、この面浮立を踊る際に使う面を浮立面と言います。浮立面は地区によって表情が微妙に違いますが、いずれも阿吽の面相を一対とします。角が長く口を閉じて上歯で下唇を噛んだ「吽」の面相が雄、角が短く口を大きく開けている雌の面です。お売りいただいた浮立面は角が短く口を大きく開けているので、雌の面になります。今泉今右衛門は当社で買取を強化している作家のため、頑張って査定させていただきました。時代家具や民芸家具の買い取りでまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は有難うございました。
本日は中央区へ来ましたので、帰りに築地で食事をすることにしました。まもなく築地市場は豊洲へ移転してしまいますが、移転前に寄ることが出来ました。築地を散歩しながら向かったお店は「又こい家築地店」さん。「天然まぐろ」の専門店。わたしはまぐろうに丼に希少部位セットをいただきました。丼はもちろん、まぐろの頭肉、ほほ肉、あご肉の希少部位もとても美味しかったです。築地はとても活気がありました。豊洲へ市場が移転しても、この活気が残っていてほしいものです。

十二代 今泉今右衛門(1897〜1975)
昭和23年(1948)襲名。本名は今泉平兵衛。
祖父である十代、父である十一代のもと専ら家業に打ち込み、近代色鍋島の復興に生涯を捧げる。 昭和27年に無形文化財の指定を受け、昭和46年には色鍋島技術保存会代表として、国重要無形文化財総合指定を受ける。
1967年、紫綬褒章
1968年、今右衛門古陶磁参考館を設立。
1972年、勲四等旭日小綬章