カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

埼玉県桶川市にて、桐箪笥、お着物、お茶道具、作家物備前焼など。

 

埼玉県桶川市にて、桐箪笥、着物、茶道具、備前焼作家吉本正の備前窯変徳利、小西陶古の備前徳利、泰山窯の備前花入など、備前焼をたくさんをお譲りいただきました。

遺品整理の買取にてお呼びいただきました。納屋の倉庫から、お爺様の集めていらっしゃった備前焼を多数出していただきましたので、精一杯の査定額にて全て買い受けました。備前焼は日本国の六古窯といわれている瀬戸・常滑・丹波・越前・信楽・備前の中でも、もっとも古い窯で窯変で作られるため、同じ作品は二度と出来ないといわれています。備前焼は、六角堂でも買い取りを強化しております。仕事帰りに倉庫そばにある中華料理「磨味坊」さんへと寄り、麻婆豆腐ランチをいただきました。倉庫へ戻ろうとしたら、倉庫前でチャボが散歩をしておりました・・・道路の真ん中をうろちょろしてましたので、クラクションを鳴らしましたがなかなか移動してくれなず、そのままずっと眺めておりました。不思議とずっと眺めているとどんどんかわいく見えてきてしまいました。倉庫を借りたての頃は毎日タヌキが遊びにきて、去年は野良猫が赤ちゃんを産んで倉庫周りで暴れまわっておりました。そんな飽きない倉庫で毎日買い取ってきたお品の仕分け作業をしております。こうした突然の来客者達に日々癒されております。

六角堂では人間国宝、有名作家はもちろん、作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。六角堂ではただいま金重陶陽、伊勢崎淳、藤原啓、 藤原雄、山本陶秀、安倍安人、森陶岳、中村六郎、中村真、原田拾六、隠﨑隆一、藤原楽山、金重道明、金重素山、伊勢崎満、伊勢崎陽山 など備前焼作家物を強化買取りしております。備前焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

小西陶古(こにしとうこ)主な作品は、ろくろによる花器、壷のほか、薄いへらで表面を磨いた上手の鶴首一輪挿しなど。細工物は干支の置物をはじめ、獅子、布袋などの七福神を手がける。「桟切の陶古」「細工物の陶古」として知られ、伝統の技を大切に引き継いでいる。土は水簸土を使用。松割木だけの伝統焼成にこだわる。代々作家の家系で、明治初期の細工の名工といわれた永見陶楽(本名・駒造)の孫にあたる初代小西陶古(同・陶一郎)が1926(昭和元)年に窯元を設立。初代陶古は桟切の考案者として知られ、三村陶景と共同窯を経営する。現当主は、初代の二女で、54(同29)年に二代目を襲名し、経営に当たっている。

吉本正(よしもとただし)
1943年 備前市閑谷で生まれる
1964年 藤原啓(人間国宝)の内弟子となる
1975年 備前市閑谷に築窯、たたら造りにて岡山県文化奨励賞受賞、中日国際陶芸展愛知県知事賞受賞、金重陶陽賞受賞
1997年 山陽新聞賞(文化功労)受賞 、焼締め陶公募展準大賞受賞、日本伝統工芸展入選
2007年 岡山県指定重要無形文化財保持者に指定される
岡山県指定重要無形文化財保持者日本工芸会正会員日本伝統工芸中国支部幹事・審査員

 

 

東京都杉並区天沼にて、アンティーク家具、ペルシャ絨毯、古い洋酒、中国切手、桃色枝珊瑚の置物。

東京都杉並区天沼にて、アンティーク家具、ペルシャ絨毯、古い洋酒、中国切手、桃色枝珊瑚の置物をお売りいただきました。

遺品整理の買取にてお呼びいただきました。枝の先端に僅かにカケがございましたが、六角堂の買い取り強化商品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。ガラスケース、保証書などの付属品も揃っておりましたので、買取査定額を上乗せさせていただきました。このような付属品がある場合、買い取り査定額が上乗せされますので、ご売却の際には併せてご用意ください。

桃珊瑚は、血赤珊瑚と同じ、日本近海で採取されます。色合いは、赤に近い色から白っぽいピンク色まで幅広くあります。桃珊瑚の中でも、薄いピンク色で単一な色合いのものは高く評価され、海外では「エンジェルスキン」、日本では「本ボケ、ボケ珊瑚」などと呼ばれています。昨今では、採取することができず、幻の珊瑚といわれています。桃珊瑚の原木は、宝石珊瑚の中でも、最も大きく最長し、粘り気のある材質から、彫刻が施されたブローチや、帯留め、置物、仏像などに、多く用いられる種類です。

現在珊瑚の加工品の生産は世界的に非常に限られており、その流通量は減少し ていますが、経済発展が目覚しい東南アジアや中国、台湾の富裕層を中心として、珊瑚の需要は拡大しています。成長の遅い珊瑚は”長寿”と結びつく風習があり、縁起物として高値にて取引されているようです。買取市場では人気のアカサンゴの指輪、首飾 り、置物、骨董品などが高価買取価格で取引が行われており、六角堂でも赤珊瑚の買取を強化しております。珊瑚の色合いは、深い赤色から、可愛らしいピンク色まで、幅広くありますが、中でも赤の濃い血赤珊瑚は価格が高騰しております。血赤珊瑚の原木の根本は直径3cmほど。そのため、1cm以上の綺麗な、真円をした丸玉は大変希少価値の高い逸品といえます。

原木、置物、帯留め、ネックレス、リング、念珠、彫刻美術品など血赤珊瑚・桃珊瑚製品がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。象牙製品、べっ甲製品、翡翠なども高価買取中でございます。

東京都江戸川区東瑞江にて、桐たんす、座卓、書棚、衝立などの和家具、書道具、絵画、佐賀の陶芸家小野次郎(師小野珀子)作釉裏金彩香炉をお売りいただきました。

東京都江戸川区東瑞江にて、桐たんす、座卓、書棚、衝立などの和家具、書道具、絵画、小野次郎作釉裏金彩香炉をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。本日お買い上げしました香炉は、金襴手(きんらんで)、釉裏金彩(ゆうりきんさい)という技法を操り、優美な金色世界を表出する小野次郎の釉裏金彩香炉。母親は金襴手、釉裏金彩を独自に編み出し世に知られた小野珀子。祖父は琥山窯を開いた小野琥山。摘みの箇所に接着による直しがございましたが、良い作品でしたので買い受けさせていただきました。六角堂では、吉田美統、小野珀子、小野次郎の釉裏金彩作品を強化買取しております。ご不要の作品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。本日も、仕事帰りに志木市場近くの「小池さんらーめん」へと寄りました。小池さんらーめんは、ニンニクがたっぷり。明日も暑さに負けず、頑張ります!

釉裏金彩(ゆうりきんさい)は素焼きした素地に金箔(きんぱく)を貼りつけ、透明釉をかけて低火度焼成する技法です。高温で焼くと金箔が変形するため1,000℃未満の低温で焼成することになります。金箔や金泥(きんでい)で装飾する金彩は、一般的に釉薬の上に施されます。これを釉上彩(ゆうじょうさい)といいますが、釉裏金彩は釉薬の下(裏側)に施されるため釉下彩(ゆうかさい)の一種でもあります。釉裏金彩の利点としては金が釉薬に守られている点が挙げられます。そのため釉上彩のような金箔が剥がれるようなこともなく耐久性に優れています。また、作品として完成したあとは汚れもつかないうえ色合いも変わりにくいものです。しかし金箔に釉薬をかけて焼成するため、釉との反応によって金箔が変色したり、釉との兼ね合いで意図する金色に発色しないことがあります。このように美しさと耐久性を兼ね備える反面、繊細な金箔を扱うきわめて高い技術と経験を要します。現代における釉裏金彩の第一人者としては人間国宝の吉田美統(よした みのり 1932年~)が挙げられます。

小野次郎(おのじろう)
小野次郎は小野珀子の次男として東京都に生まれました。
1979(昭和54)年、九州山口陶磁展で二席を受賞しました。
1980(昭和55)年、日本工芸会西部工芸展で朝日新聞社金賞を受賞しました。
佐賀県美術協会展で受賞しました。
1981(昭和56)年、九州山口陶磁展でNHK賞を受賞しました。
日本工芸会西部工芸展でKBC賞を受賞しました。
1982(昭和57)年、九州山口陶磁展でNHK賞を受賞しました。
日本工芸会西部工芸展で日本工芸会賞を受賞しました。
日本工芸会正会員となりました。
1983(昭和58)年、西日本陶芸美術展で優秀賞を受賞しました。
1984(昭和59)年、九州山口陶磁展で三席を受賞しました。
1985(昭和60)年、西日本陶芸美術展で優秀賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、西日本陶芸美術展で奨励賞を受賞しました。
1987(昭和62)年、西日本陶芸美術展で奨励賞を受賞しました。
1988(昭和63)年、西日本陶芸美術展で奨励賞を受賞しました。
1996(平成8)年、釉裏金彩、金襴手の制作を始めます。
2001(平成13)年、作品が大英博物館に収蔵されました。
2002(平成14)年、琥珀陶芸舎を開窯しました。

 

神奈川県横浜市鶴見区にて、絵画、お茶道具、水月焼好川恒方作天神蟹彫花瓶をお売りいただきました。

神奈川県横浜市鶴見区にて、絵画、お茶道具、水月焼の天神蟹彫り花瓶をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。お茶道具がたくさんありましたので、一点一点査定し、お客様にご満足いただける査定額にて全て買い受けさせていただきました。大事にされていたお道具をきちんと次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、ご指名くださり有難うございました。帰宅時、首都高速平和島PAへと寄りました。ウコンサイダーなる珍品を見かけましたので、思わず購入しました。サービスエリアや道の駅に行くと、よく変わったサイダーを見かけるのですが、これもそのうちのひとつでしょうか。見た感じはオレンジジュースのような感じですが、ウコンの苦味がほんのりとあり。柑橘風味も付いているのですが味はさっぱりめ、かつ甘さも控えめです。今日もとても暑い一日でしたが、ウコンで栄養補給をし、無事帰宅しました。

水月焼(水月の名は松山城の堀に映る月影に得たと云われております)
創始者好川恒方は明治16年5月6日、伊予松山の通町、狩野派の画家好川馬骨(号)の長男として出生、幼少より画道に精進しておりましたが、陶芸にも深い愛着を持っていました。二十才の頃、松山の西郊衣山に良質の陶土を発見し「絵を立体的に表現したい」と本格的に庭へ窯を造り、趣味の窯水月焼を創始しました。当時公開されなかった釉薬の秘密を独自の力で研究し、あらゆる辛酸をなめつつ独特の色を焼きつけるのに長の年月を要しました。然して水月焼の生き生きとしたカニを発表したのは大正10年頃のこと、庭内にハサミと甲羅の赤い天神蟹を飼って生態観察研究の後、この作品を完成させました。また常々彫塑の研究に情熱をたぎらせた結果、さらに観音、不動、羅漢などの仏像。寒山拾得、ガマ仙人などの人物をはじめ、動植物など種々の対象と取り組み、その卓越した技法と芸域は数多くの名陶を生むに至りました。殊に、壷や渇呑に見る山水には樹木、谷川、そま道を深く彫り込み、深山幽谷を偲ばせる作品は「全く他の追随を許さぬものがある」″水月焼″それは絵と彫刻と焼物の三位一体のものであると云えます。今日まで師事することなく、感覚のままに土を練り、形態を作り、色彩を出して独創の境地を進んで来たのであります。故にその作品には独特の香気と味わいがあり、人の心を魅了するものがあるのは当然のことと思われます。明治、大正、昭和の三代に亙り七十有余年、只ひたすら斯道に精進し、昭和53年8月16日、95才と3ヶ月の天寿を全うしました。恒方亡き後、恒方の唯一の弟子として、又晩年の伴侶として十年間恒方と起居を共にしつつ、手をとって朝に夕に教え込まれた恒悦が二代を継承しました。一つひとつ真心こめて丹念に良いものをつくるという初代恒方の意志、ゆき方を尊重しつつ懸命に水月焼と取組んで作品を造ってきたが、老齢により釜は閉釜しました。現在は下所にて作品の展示・販売を続けております。

東京都武蔵野市緑町にて、和たんす、お着物、掛け軸、十二代今泉今右衛門本人作色鍋島更紗文花瓶をお売りいただきました。

 

東京都武蔵野市緑町にて、和たんす、お着物、掛軸、十二代今泉今右衛門本人作色鍋島更紗文花瓶をお譲りいただきました。

遺品整理の買取でお呼びいただきました。掛軸やたくさんの作家物陶磁器をお売りいただきました。今右衛門作品は当社で買い取りを強化しておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。本日も大変暑く、たくさん汗をかきましたので、仕事帰りに骨董屋仲間たちと合流し、埼玉県川越市にある「小江戸はつかり温泉 川越店」へと行きました。仕事終わりの温泉はとても気持ちよかったです。夏休みに向けてサウナも頑張って入りました。入浴後の食事も美味しかったです!

今泉今右衛門(いまいずみいまえもん)は、肥前有田の窯家。焼物の三右衛門(柿右衛門、今右衛門、太郎右衛門)の一つ。
赤絵屋十六軒の一つで江戸期は鍋島藩の御用赤絵師。後期以降は藩の勢力と同様に衰退の道を辿る。
明治維新の窯業の自由化を機会に、かつて作風を取り戻そうと作陶を始めたのが十代今右衛門。当代は十四代。

十二代 今泉今右衛門(1897〜1975)
昭和23年(1948)襲名。本名は今泉平兵衛。
祖父である十代、父である十一代のもと専ら家業に打ち込み、近代色鍋島の復興に生涯を捧げる。 昭和27年に無形文化財の指定を受け、昭和46年には色鍋島技術保存会代表として、国重要無形文化財総合指定を受ける。
1967年、紫綬褒章
1968年、今右衛門古陶磁参考館を設立。
1972年、勲四等旭日小綬章

色鍋島(いろなべしま)鍋島焼のうち上絵付けの施されたものをいいます。色鍋島の色は、染付けの藍色と上絵の赤・緑・黄色の4色が基本となってます。染付の段階で主要な文様が描かれ、上絵付けの赤の文様の部分にも薄い染付で輪郭が施されます。その上から赤の線が引かれ、その線描きの中が赤で塗られます。緑や黄色は赤の様に輪郭線がはっきりとは出ないため、染付け線で枠取りされ内側に緑・黄色が塗られます。4色の配分は標準的作品では染付の藍色が面積が広く、次に上絵の赤、次に緑です。黄色は最も少ない配分です。(中には配分が異なるものもあります)文様が変わっても同じような印象があるのはこのようなルール化された配色が大きく関係していると思われます。

東京都世田谷区太子堂にて、和たんす、座卓、衝立、屏風、掛け軸、人気作家加守田章二作灰釉花瓶をお売りいただきました。

東京都世田谷区太子堂にて、和たんす、座卓、衝立、屏風、掛軸、人気作家加守田章二作灰釉花瓶をお譲りいただきました。

旧家解体前のお荷物整理にてお呼びいただきました。骨董品のコレクターであるお客様で、たくさんの古きよき品々を拝見させていただきました。どれもとても素晴らしい品々でした。今でも骨董品を探し買っていらっしゃるとのこと、今後も骨董品、古美術品を大事にされてください。お譲りいただいたお道具、大切にしていただける愛好家の方々や次の世代の収集家へ引き継いでいくお手伝いをさせていただきます。 有難うございました!

加守田章二のような人気有名作家はもちろん、六角堂では作家の無い陶芸作品も買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・各務満・加藤渓山・加藤十右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透・河井久・河合紀・川瀬竹春・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・浜田昇児・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・八木一夫・和太守卑良

加守田章二—(かもだしょうじ)
昭和8年(1933)〜昭和58年(1983) 49才没。
加守田章二は、父加守田貞臣、母八重子の長男として大阪府岸和田市に生まれる。
高校時代から美術の才能を発揮し、京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)工芸科陶磁器専攻に進み、富本憲吉、近藤悠三に師事する。
卒業後、茨城県日立市の日立製作所関連の製陶所を経て、 昭和34年(1959)、栃木県益子町に窯を借りて独立し、本格的な作陶生活を始める。
昭和36年(1961)、鉄釉作品で日本伝統工芸展に初入選したのを皮切りに、 昭和42年(1967)には陶芸家として唯一第10回高村光太郎賞を受賞する。
また、同じ年に、伝統的な作風からの脱却を考えて日本伝統工芸展への出品をやめ、 岩手県遠野市で新しい陶房と単窯で修行僧のように制作に励み、曲線彫文、彩陶など新境地を次々と発表し、遠野時代を確立した。
昭和49年(1974)には、40歳の若さで陶芸家初の芸術選奨文部大臣新人賞(美術部門)を受賞している。
デザインを研究し、独創的な器形を広く展開した加守田の作品は、高い評価を受けていたが、昭和56年(1981)白血病を発症し、昭和58年(1983)50歳を前に夭逝。

東京都台東区鳥越にて、桐箪笥、お着物、掛け軸、木彫りの人形、高岡銅器の名工大峰作銅製鳳凰大香炉をお売りいただきました。

東京都台東区鳥越にて、桐箪笥、お着物、掛軸、木彫の人形、高岡銅器の名工大峰作銅製鳳凰大香炉をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。多数お売りいただきましたが、中でも高岡銅器の名工である大峰作の香炉は高さ60㎝近くある大振りの香炉は見事なお品でした。これだけのサイズがあると香炉としてだけでなく置物としても見栄えがあります。良い作品をお売りいただき有難うございました。

ただいま六角堂では、金工作家のお品を探しております。
飴谷有珉、石黒光南、初代魚住為楽、内島青鳳、海野盛寿(凌雲斎)、海野勝珉、二代海野美盛、海野清、圓鍔勝三、大澤光民、大島如雲、大森雪峰英友、奥山峰石、香川勝広、鹿島一谷、鹿島秀広、桂盛仁、加藤忠三郎(紫金堂)、香取秀真、香取正彦、門脇喜平、金森映井智、金谷五郎三郎、加納夏雄、鴨下春明、菊池政光、北村静香、黒川栄勝、黒瀬宗康、高玉斎一久、小林親光、駒井音次郎、齋藤明、佐々木象堂、澤田宗味、正阿弥勝義、須賀松園、須賀月真、関谷四郎、紹美栄祐、鈴木長翁、鈴木盛久、高村豊周、田口壽恒、玉川宣夫、帖佐美行、塚田秀鏡、豊田勝秋、内藤四郎、中川衛、中杉与七、二橋衡、根来実三、野上龍起、般若勘渓、羽原秋芳、本間琢斎、蓮田修吾郎、増田三男、丸谷瑞堂、三好三治、村田整珉、米光光正、和田美之助、山田宗美
などのお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。

高岡銅器(たかおかどうき)1611年二代目加賀藩主前田利長が、高岡築城に際し、城下の繁栄をはかる産業政策として鋳物師を招き、鋳物工場を開設した事が始まりです。
花器、仏具等の鋳物に彫金を主体とする唐金鋳物を作り出したことにより発展し、明治期にはパリ万国博覧会などで世界的に名を馳せました。
昭和50年には、日本で最初に国の伝統工芸品産地の指定を受け、新商品の開発・需要の開発・人材の養成に努めています。製品は卓上置物から、ブロンズ像、大仏にまで及び全国の生産量の90%以上を占めています。
素材のバリュエーションも豊富で、現在、高岡は日本唯一の青銅器の産地として、茶器・花器・香炉・仏具・梵鐘・銅像・置物まで幅広く製造しております。

高岡銅器の金工作家
麻生三郎、荒井寿斎、有栖美津雄、池田満寿夫、大角勲、大森孝志、可西泰三、門脇喜平、金森映井智、北光生、北村西望、熊谷友児、米治一、斉藤尤鶴、三枝惣太郎、二代須賀松園、須賀月真、須賀月芳、関源司、内免紫峰、長田晴山、中山春山、名取川雅司、蓮田修吾郎、長谷川栄作、畠春斎、般若勘渓、般若純一郎、般若昭三、平井昇、二上元威、本江好彦、村田宏、八島望舟、横山一夢、分部順治

東京都国分寺市にて、和たんす、お着物、掛け軸、清水信生作 象牙彫刻 布袋の置物、小針雅生作 象牙彫刻 金蒔絵松文香炉をお売りいただきました。

東京都国分寺市にて、和箪笥、着物、掛軸、清水信生作 象牙彫刻 布袋の置物、小針雅生作 象牙彫刻 金蒔絵松文香炉をお譲りいただきました。

解体屋さんのご紹介で、旧家解体前の片付け処分にてお呼びいただきました。いつもお呼びいただきありがとうございます。象牙製品のお品が多く、全て買い受けさせていただきました。素晴らしいお品をお売りいただき、有難うございます。

六角堂では、象牙彫刻や細工物・置物・根付・印鑑・香炉・麻雀牌・帯留・天球・三味線撥・糸巻・琴柱・仏像・宝船・茶杓・軸先・花生など、象牙製品を探しております。象牙製品かどうかの見分け方は、基本的にはプロが判断したほうが確実ですが、まず最初に確認したいのは、「縞目」です。象牙には縞目がありますが、人工象牙や樹脂製品は素材を練って圧縮して型によって製作しているため、基本的には縞目がございません。まれに、より似せるために人工的な縞目加工を施したものもありますが、等間隔すぎたり、見た目にも人工的な処理とわかったりするものが多いので、気をつけてチェックしてみてください。光の透過性や、装飾の繊細さで判断することもできます。練り物は象牙よりも透過性が悪いため、細工の薄い部分を光に通してある程度の透過性を認めることができれば、象牙である確率が高いことになります。象牙製品かどうかわからない場合は、六角堂の鑑定士にお任せください!

ご不要の象牙製品がございましたら、当社までお問い合わせください。象牙製品が多数ある場合、他にも骨董品などが多くある場合は、全国出張買取させていただきます。もちろん、出張料、査定料は無料で承ります。
北海道、青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、埼玉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、長野県、山梨県、静岡県、岐阜県、愛知県、三重県、石川県、福井県、滋賀県、奈良県、京都府、大阪府、和歌山県、兵庫県、岡山県、鳥取県、島根県、広島県、山口県、香川県、徳島県、愛媛県、高知県、福岡県、大分県、佐賀県、長崎県、熊本県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県

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東京都中野区松が丘にて、古い和家具、掛け軸、古い陶磁器、茶道具、時代人形、沼田一雅作 鋳銅置物「狆」をお売りいただきました。

   

東京都中野区松が丘にて、古い和家具、掛け軸、古い陶磁器、茶道具、時代人形、沼田一雅作 鋳銅置物「狆」をお譲りいただきました。

お引越しによるご不要品の買い取りの依頼を頂きお伺いさせて頂きました。骨董品のコレクターであるお客様で、たくさんの素晴らしいお品を拝見させていただきました。今も骨董品が好きで探し買っていらっしゃるとのこと、今後も骨董品、古美術品を大事にされてください。息子が、オオクワガタを友達からもらってきました。繁殖に成功して生まれた子のようです。オオクワガタとてもでかいですね。わたしの住む三芳町では、カブトムシやクワガタ(コクワガタ、ノコギリクワガタ)がたくさんとれます。わたしの生まれ育った練馬区でも昔はちょこちょことれたのですが、今では全く取れないようです。三芳町にはまだ森が残っておりますので、このまま自然を大事にしていってほしいです。

六角堂では、沼田一雅をはじめ、彫刻作家の作品を探しております。現在買取り強化している彫刻作家は以下となります。
秋山信子(あきやま のぶこ)朝倉響子(あさくら きょうこ) 雨宮敬子(あめのみや けいこ)朝倉文夫(あさくら ふみお)市橋とし子(いちはし としこ) 圓鍔勝三(えんつば かつぞう)岡本太郎(おかもと たろう) 荻原碌山(守衛)(おぎわら ろくざん(もりえ)) 鹿児島寿蔵(かごしま じゅぞう)加納銕哉(かのう てっさい) 北村西望(きたむら せいぼう)木内克(きのうち よし)後藤貞行(ごとう さだゆき) 佐藤忠良(さとう ちゅうりょう)佐藤朝山(さとう ちょうざん) 澤田政廣(さわだ せいこう)清水多嘉示(しみず たかし)高田博厚(たかた ひろあつ)高村光雲(たかむら こううん) 高村光太郎(たかむら こうたろう)富永直樹(とみなが なおき) 中原悌二郎(なかはら ていじろう)野口園生(のぐち そのお)林駒夫(はやし こまお)平櫛田中(ひらくし(ひらぐし) でんちゅう) 平田郷陽(ひらた ごうよう)平野富山(ひらの ふざん) 舟越桂(ふなこし かつら)舟越保武(ふなこし やすたけ)堀柳女(ほり りゅうじょ) 松本喜三郎(まつもと きさぶろう)宮本理三郎(みやもと りさぶろう) 安本亀八(やすもと かめはち)柳原義達(やなぎはら よしたつ) 籔内佐斗司(やぶうち さとし)
作家不詳、無名の作品も買取しております。ご不要のブロンズ・彫刻作品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

沼田一雅(ぬまたいちが)
本名 沼田勇次郎 明治6年福井松平藩祐筆の生まれ(福井市木田新町)
東京美術学校教授 竹内久一に師事
日本陶彫の父であり、日本陶彫会の創始者である沼田一雅は、フランスのセーヴル陶磁器製造所で働くことを許された最初の日本人です。
初め彫刻の竹内久一に師事し、彫刻家として生計を立てていたが、農商務省海外窯業練習生として、1903年(明治38年)にセーヴルへ赴いた沼田は、日本に当時なかった、彫刻の技法を応用した陶磁彫刻を多く目にすることになります。これに刺激された沼田は帰国後この分野の啓蒙につとめ、日本に陶彫芸術の種をまきました。官展を中心に陶彫の作品を出品し陶芸界に新たなジャンルをもたらしました。
作品のほとんどが、関東大震災時に焼失されており、現存が少なく希少価値は高い。

明治6年 5月5日福井市に生る。
明治15年 大阪府立北野学院卒業。
明治24年 彫刻修業のため上京、美術学校教授故竹内久一に師事。
明治27年 東京美術学校鋳造科蝋型助手。
明治29年 4月、東京美術学校助教授。
明治34年 1900年仏国巴里開催の万国大博覧会の鋳銅の「猿廻し置物」を出品、1等金牌受領。
明治36年 海外窯業練習生として渡仏、6月巴里市アカデミー・ヂュリアンに入所、11月国立セーヴル陶磁器製作所に入所、同所の彫刻家サンドーズ氏の指導を受け、原形より石膏形成法、押型法仕上げ法、窯詰法、焼成法を研究、同所の希望により純日本風俗等の彫刻原型数種製作、記念として寄贈。
明治38年 8月、彫刻並に陶磁彫刻研究のため、白、和、独、伊4ケ国を旅行、9月再度セーヴル製作所に入所、引続き陶磁器彫刻研究。同所技芸員に石膏薄肉彫刻の指導を受け、ドワット氏にパートアップレカションの手法を習い、同時にロダンにつき彫刻研究。
明治39年 5月、仏国出帆。7月帰国、9月東京美術学校雇員となる。
明治42年 東京美術学校教授、農商務省工業試験所陶磁器部嘱託。
明治43年 仏国政府より「アカデミー・ドゥ・オフィシヱ」勲章授与。
大正10年 3月再度渡仏、セーヴル製作所に入所、彫刻物焼成法と釉薬調合法につき研究、同年5月摂政宮殿下(今上陛下)御外遊中同所へ御成り、奨励のお言葉を賜る。彫刻陶磁製作技法研究のため、英国、デンマーク、コペンハーゲン、独のハンブルグ、ローゼンタール、ベルリン等各製陶所を1ケ月にわたり見学、帰仏後セーヴル製陶所の極秘法「パート・ドゥ・ヴェール」の製作法を探知。
大正11年 8月帰朝。
昭和2年 仏国政府よりセーヴル製陶所にて製作の原型に対し「オフィシエ・ドゥ・ランストリュクシヨン・レピュブリック」勲章受領。
昭和3年 11月大礼記念章授与せらる(表面、高御座の図彫刻)仏国政府より「シュバリェ・ドゥ・ラ・レジヨン・ドゥヌール」勲章受領。10月、帝展第三部、第四部推薦。
昭和3年 11月、京都高等工芸学校講師嘱託。
昭和7年 勅任教授。
昭和8年 9月帝展審査員、10月正4位勲4等、東京美術学校教授退官、講師を命ぜらる、11月奉職在勤41年により感謝状受領。
昭和9年 大阪府立工芸展審査員。
昭和12年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和13年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和14年~16年 東京美術学校、京都高等工芸学校、商工省京都陶磁器試験所の彫刻指導。
昭和21年 10月愛知県瀬戸市に陶彫研究所創設、所長となる。
昭和26年 4月日本陶彫会結成、会長となる。10月神奈川県工芸協会第一部会長となる。
昭和29年 5月恩賜賞授与せらる。6月5日没。

新潟県新潟市中央区、秋葉区にて、加茂桐箪笥、お着物、お茶道具、書道具、掛け軸、絵画、へら竿、玉川堂の銅器や赤水窯の茶器などを多数買い取らせていただきました。

                

新潟県新潟市中央区、秋葉区にて、加茂桐箪笥、お着物、茶道具、書道具、掛け軸、絵画、へら竿、玉川堂の銅器や赤水窯の茶器などを多数お譲りいただきました。

26日より、新潟県新潟市へと出張買取に行ってまいりました。26日は中央区へ27日は秋葉区へと出張しました。中央区では、美術本や置物、花台など、秋葉区では、加茂桐箪笥、お着物、茶道具、書道具、掛け軸、絵画、へら竿、玉川堂の銅器や赤水窯の茶器、花器などを買い受けました。現代ガラスの最高峰と呼ばれる黒木国昭の花器は人気作品ですが、残念ながら耳の箇所にカケがございました。加茂桐箪笥は、比較的状態も良く、その他のお道具も問題なくまとめて買い受けさせていただきました。お客様から新潟県のお話をたくさん聞かせていただきました。恥ずかしながら、わたしは上越と下越が逆だと思っておりました。京に近い南側を上越、北側を下越というんですね。色々と教えていただき有難うございました。新潟県は関東と比べると気温が低く、夜に街を歩くとTシャツ姿はわたししかおりませんでした。やはり新潟県、お米やお魚が美味しく、お酒も大変美味しかったです。新潟県には、人間国宝になられた作家や人気作家がたくさんおり、銅器や堆朱など伝統工芸品もたくさんございます。
新潟県はご飯も美味しく、景色も良く、大変良い出張が出来ました。六角堂では、春から秋限定で新潟県への出張を強化しておりますので、何かございましたら是非またお呼びください。また、次回の新潟県出張を楽しみにしております。
画像は、上から黒木国昭の作品。他に買い受けしたお品の一部。往路関越自動車道赤木高原SAでいただいたひもかわうどん。新潟市の古町にある旬魚酒菜 五郎 古町店でいただいたのどぐろなどの刺身や海ソーメン。宿泊した古町のホテルディアモント、ホテルの朝食。果てしなく広がるお米たち。壮大な日本海。帰路越後川口SAでいただいたとんとろ丼。家族や友人たちへ新潟土産。

新潟出身の作家
石塚 仙堂(上越市) 市橋 太郎(新潟市) 伊藤 剰(柏崎市) 伊藤 赤水 五代(佐渡市) 岩田 正巳(三条市) 薄田 東仙 浦上 義昭(長岡市) 大矢 十四彦(長岡市) 大矢 紀(長岡市) 尾竹 竹坡(新潟市) 小野 末(新潟市横七番町) 金井 正(糸魚川市) 河内 文夫(柏崎市) 神蔵 翠甫(佐渡市) 小出 蒐(東蒲原郡阿賀町) 小菅 吼月(長岡市)小林 古径(上越市高田) 小林 哲夫(佐渡市) 駒林 修(新潟市) 近藤 幸夫(新潟市) 斎藤 満栄(新潟市) 笹岡 了一(新潟市) 笹川 弘三(新発田市) 柴田 長俊(上越市西城町) 渋谷 和之 清水 伸(佐渡市) 蕉風 道人(新潟市) 髙井 進(妙高市) 高橋 信一(佐渡市浜梅津) 高橋 美則(新発田市) 高橋 力平 田中 清(長岡市) 近松 一雄(佐渡市) 月形 那比古(糸魚川市)土田 麦僊(佐渡市) 東洋 越陳人(上越市) 中野 松葉 萩野 由之(佐渡市) 長谷川 健司(新潟市) 林 昭三(佐渡市) 早津 剛(南魚沼市) 番場 春雄(加茂市) 番場 三雄(加茂市) 穂苅 春雄(燕市) 細野 実(村上市) 本間 一秋(佐渡市) 本間 哲郎(佐渡) 牧野 虎雄(上越市) 丸山 正三(阿賀野市) 三浦 小平二(佐渡市) 三浦 文治(阿賀野市) 三輪 晁勢(長岡市) 村山 徑(柏崎市) 村山 陽(新潟市) 茂木 弘行 山﨑 隆夫(新潟市) 横山 操(燕市) 良寛(三島郡出雲崎町) 渡辺 富栄(新潟市) 渡辺 秀英(新潟市)

黒木国昭(くろきくにあき)
ガラス工芸分野では初めてとなる「現代の名工」に選ばれ、日本を代表する現代ガラス工芸家。
黒木国昭のガラス工芸作品は作品の魅力に取りつかれたファンが多く、中古市場でも人気が高い作家です。
1945年 宮崎県生まれ
1963年 山谷硝子入社
1977年 国家ガラス技能一級取得
1989年 グラスアート宮崎工房創設
1991年 国の卓越技能「現代の名工」受賞
1993年 ’93日仏芸術文化賞受賞
1994年 ’94国際芸術文化賞受賞
1995年 フランスパリ芸術祭大賞受賞
1996年 ローマ国際美術博覧会ローマ大賞受賞
1997年 アメリカ・ロサンゼルス国際美術芸術祭招待参加
1998年 デンマークグラスミュージアム永久収蔵
1999年 アジア芸術博覧会「アジア芸術栄華勲章」受賞
2001年 アメリカ・ラスベガス国際交流美術展ONE大賞受賞
2002年 ロサンゼルス「ジャパンエキスポ2002」世界文化功労賞受賞
2004年 天皇皇后両陛下御視察
2005年 イタリア国立シチリア美術館開館招待出品
2006年 黄綬褒章受章