埼玉県越谷市にて、ペルシャ絨毯、イタリア製FranzHermle(フランツ・ヘルムレ )のアンティーク置き時計をお売りいただきました。

埼玉県越谷市にて、ペルシャ絨毯、イタリア製FranzHermle(フランツ・ヘルムレ )のアンティーク置き時計をお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。ガラス蓋の欠品、ゼンマイの欠品、傷などございましたが、人気のヘルムレ製ロココ調時計でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。出張帰りに、いつも市場でお世話になっているT橋さん、O橋さんと朝霞市にあるがってん食堂 大島屋さんへと寄らせていただきました。冬限定の海鮮丼をはじめ、カキフライ、あん肝、ほっけの開きなどをご馳走してもらいました!いつも有難うございます。

六角堂では、掛時計・振子時計・置時計・懐中時計・腕時計など今人気のブランド時計をはじめ、アンティーク、古時計の買い取りを強化しております。古時計は日常的に使う家具でありながら、その作りの美しさや技術など芸術、美術品、またアンティークであれば骨董品としての価値もあり、コレクターも多いです。時計の歴史は長く、芸術的な観点だけでなく、歴史的な価値を持っている古時計も数多くございます。古いので動作するか分からない、状態が悪いからといって諦めずに、まずは六角堂までお問い合わせください。国内、舶来物、今のブランドもの、古いアンティーク物、どんなものでも対応させていただきます。他にもアンティーク家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

六角堂出張地域
東京都
世田谷区・港区・中央区・渋谷区・杉並区・目黒区・千代田区・大田区・品川区・新宿区・文京区・豊島区・中野区・練馬区・足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・葛飾区・北区・江東区・墨田区・台東区・武蔵野市・昭島市・小金井市・三鷹市・あきる野市・日野市・調布市・府中市・小平市・国分寺市・国立市・武蔵村山市・清瀬市・東村山市・西東京市・福生市・青梅市・東大和市・羽村市・立川市・町田市・多摩市・稲城市・狛江市・八王子市・東久留米市
神奈川県
横浜市(鶴見区・中区・緑区・港北区・戸塚区・神奈川区・西区・栄区・泉区・旭区・南区・保土ヶ谷区・港南区・筑紫区・金沢区・瀬谷区・磯子区・青葉区)・川崎市(多摩区・川崎区・中原区・幸区・高津区・宮前区・麻生区)・相模原市(緑区・中央区・南区)・小田原市・平塚市・横須賀市・藤沢市・厚木市・大和市・秦野市・鎌倉市・茅ヶ崎市・伊勢原市・座間市・三浦市・海老名市・綾瀬市・逗子市・南足柄市
千葉県
千葉市(稲毛区・中央区・緑区・花見川区・美浜区・若葉区)・我孫子市・市川市・市原市・印西市・浦安市・柏市・香取市・鎌ヶ谷市・木更津市・君津市・佐倉市・山武市・白井市・匝瑳市・袖ヶ浦市・東金市・富里市・流山市・習志野市・成田市・野田市・富津市・船橋市・松戸市・茂原市・八街市・八千代市・四街道市・八潮市・大網白里市・神崎町・栄町・酒々井町・芝山町・長生村・長南町・長柄町・睦沢町・横芝光町
埼玉県
さいたま市(大宮区・南区・西区・北区・中央区・見沼区・岩槻区・浦和区・桜区・緑区)・川口市・越谷市・川越市・所沢市・熊谷市・草加市・春日部市・東松山市・狭山市・三郷市・上尾市・深谷市・富士見市・入間市・朝霞市・鳩ヶ谷市・本庄市・坂戸市・戸田市・飯能市・ふじみ野市・加須市・鴻巣市・鶴ヶ島市・新座市・桶川市・北本市・久喜市・行田市・蓮田市・羽生市・幸手市・蕨市・秩父市・日高市・志木市・八潮市・和光市・吉川市・比企郡・北葛飾郡・大里郡・児玉郡・入間郡・南埼玉郡・北埼玉郡・秩父郡・北足立郡
山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。

千葉県柏市にて、桐箪笥、古い市松人形、木目込み人形、茶道具、益子焼の名工坂田甚内の灰釉波状文皿。

千葉県柏市にて、桐箪笥、古い市松人形、木目込み人形、茶道具、益子焼の名工坂田甚内(師加守田章二)の灰釉波状文皿をお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきいただきました。お忙しい中、当社をご指名くださり有難うございました。最近、出張帰りにラーメンを食べることが多く、メタボが心配になり、コンビニで肉まん、ヘルシア緑茶を購入しました。サンクスへ寄ったはずなのにファミマのプレミアム肉まんがあったのでびっくりしましたが、サンクスとファミリーマートは合併されていたのですね。今日はひな祭りですので、娘にプチケーキを買って帰りました。ディズニーの女の子キャラクターがケーキになっており、可愛いと娘が喜んでくれました^^わたしにもバナナクリームのケーキをくれましたので、これからヘルシアと一緒に食べます。

益子焼は栃木県芳賀郡益子町周辺で生産される陶器。1979年に通商産業省により、伝統的工芸品に指定されております。六角堂ではご不用の民芸陶器・益子焼の買い取りをしています。陶芸家作品から窯元作品まで幅広く取り扱いしています。ご処分をお考えの益子焼がございましたらお気軽にご相談くださいませ。益子焼の査定経験の豊富な専門スタッフが細かく丁寧に査定させていただきます。濱田庄司、佐久間藤太郎、木村一郎、村田元、島岡達三、田村耕一、濱田晋作、坂田甚内、須藤武雄、秋山一夫、濱田友緒は、益子焼きの強化買取作家です。

坂田甚内(さかたじんない)

世界を股にかけて精力的に活動する姿は、まさに陶芸界の巨人。大胆な着想と緻密な技術、さらに“平成の魯山人” と言われるほど多彩な料理の腕と広範にわたる博識ぶりなど、異色の陶芸家。

1943年 東京都に生まれる
1964年 加守田章二に師事
1966年 益子町上大羽に築窯
1971年 赤坂グリーン・ギャラリーにて個展開催(99年まで隔年)
1976年 池袋西武百貨店にて個展開催(86年まで)
1977年 宇都宮西武百貨店にて個展開催(86年まで)
1987年 日本橋髙島屋にて個展開催(隔年開催)
1992年 柏髙島屋、横浜髙島屋にて個展開催
新たに桜杜工房を作り制作の拠点にする
1994年 「大地に聴く-共存する日常と非日常-展」
ニューヨーク・アートギャラリー高島屋 オープニングエキジビジョン
日本橋髙島屋、大阪なんば髙島屋、アトリエ・スズキ(銀座)にて帰国展
1995年 和紙制作開始 「黒陶と和紙によるコンポジション」赤坂グリーン・ギャラリー
1997年 器と食のコラボレーション開始 「楽膳会席」in宇都宮
1998年 器と食のコラボレーション「楽膳会席」in名古屋・東京
1999年 「黒陶と焼締展」ギャラリー遊(パレスホテル内)
「坂田甚内の黒陶」TODAY’S GALLERY (愛媛県八幡浜)
2000年 硝子制作開始「陶・硝・紙」日本橋髙島屋
「お正月にも使える硝子の器」京都市指定有形文化財 駒井邸
「Xmasとお正月に使えるガラスと黒陶による器展」抖擻庵(名古屋)
2001年 「坂田甚内 陶業35周年展in早稲田」會津八一記念博物館(早稲田大学構内)
「クリスマスとお正月に使えるガラスと黒陶による器展」
ヴェール エ ブランギャラリー(日本橋)
2002年 「瓦器大小と色箔硝子の器展」ギャラリー遊(パレスホテル内)
2003年 「瓦器大小と色箔硝子の器展」かよう亭(石川県山中温泉)
LEDを使った照明制作開始 「硝子・灯展」日本橋髙島屋
「大皿をつくりたい展」
北野カルチュアルセンター北野美術館別館(長野市善光寺)
2004年 「瓦器大小と箔貼硝子の器たち」NOBUKO ISHIKAWA 市川サロン
「瓦器・小品展」アトリエ・スズキ(銀座)
「箔貼硝子展」 ジェイアール名古屋髙島屋
2005年 「Xmasの花と器展」大阪リーガロイヤルホテル
フラワーデザイナー 丸本池鶴女史とのコラボレーション
2006年 「平成桜花の宴」大阪リーガロイヤルホテル
歌舞伎俳優 市川右近氏とのトークショウ
ハイパワードローイング制作開始「時を彫る・静寂のシンフォニー展」
八重洲ブックセンター本店
2007年 「時を彫る・静寂のシンフォニー」モエレ沼公園(札幌市)
「ハイパワードローイングと箔玻璃硝子の世界展」
京都高台寺、玉川髙島屋 同時個展開催
盆栽鉢制作開始「躍動する波状文 静と動」日本橋髙島屋
2008年 「北極星の眼差し展」丸栄画廊(名古屋)
伊佐ホームズ・ギャラリー櫟(目黒区)にて「瑞穂の祈り展」
2009年 チャリテイ―アートイベント「花伝」に参加(ウェステインホテル東京)
「第一回 上海国際陶磁生活芸術博覧会」に招待作家として出品(中国・上海)
2011年 中国西安文理学院大学、気仙沼鹿折小学校、那須トラピスト修道院にて黒陶深甚丸制作の指導と講演を行う。
西安世界園芸博覧会(中国)に出展
2012年 クールジャパン経済産業省クリエイティブ産業政策海外プロジェクトに参加(上海)
月刊誌『MOKU』6月号に特集記事「字歌深甚」が掲載さる。
2013年 3月、出雲大社60年に一度の「平成の大遷宮」に、深甚文箔
葉玻璃勾玉大皿「生命の輝き」が奉納される。
季刊誌「ハーモニー」春号に特集記事が掲載される。
日本橋髙島屋開店80周年記念「坂田甚内展~私の中のビックバン―出会いの妙・縄文記憶~」を開催
伊勢神宮20年に一度の式年遷宮に合わせて伊勢神宮内宮に黒陶深甚文箔押大皿「太陽へのオマージュ」を奉納。
2014年 熱田神宮に深甚文箔玻璃オブジェ「倭安寧」を奉納
亀岡八幡宮(益子町)に黒陶刻印文箔押陶筥一対「長寿」を奉納
椿近代画廊にて個展

埼玉県川越市にて、十四代坂倉新兵衛造萩水指、三重県指定無形文化財加賀瑞山トルコ釉荒磯皆具などたくさんのお茶道具、クラシックレコードをお売りいただきました。

埼玉県川越市にて、十四代坂倉新兵衛造萩水指、三重県指定無形文化財加賀瑞山トルコ釉荒磯皆具などたくさんのお茶道具、クラシックレコードをご売却いただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。画像の他にもたくさんのお茶道具をお譲りいただきました。お亡くなりになられたお母様の大事にされていた表千家茶道の御道具、大事に次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、当社をお呼びいただき有難うございました。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。
お茶道具の強化買い取り作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸家 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、加藤忠三朗、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、黒田辰秋、音丸耕堂、北村昭斎、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、堆朱楊成、渡辺喜三郎、金城一国斎

十四代 坂倉新兵衛(さかくらしんべえ)1917(大正6)年~1975(昭和50)年

14代坂倉新兵衛は12代坂倉新兵衛の三男として山口県に生まれました。
本名を治平、号を宗治といいます。
1934(昭和9)年に山口県立萩商業学校を卒業後、
神戸市の海産物問屋に就職していましたが、
健康を損ねた為に1935(昭和10)年に退社して帰郷しました。
1936(昭和11)年、健康を回復して神戸市のモロゾフ製菓株式会社に入社しました。
1946(昭和21)年、長兄・光太郎の戦死が確認され、モロゾフ製菓を退社して帰郷しました。
父に師事し、これより本格的な作陶の道に入ります。
1960(昭和35)年、14代坂倉新兵衛を襲名しました。
尚、13代坂倉新兵衛は戦死した長兄に追贈されています。
1966(昭和41)年、日本工芸会正会員となりました。
1967(昭和42)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1971(昭和46)年、中国文化賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
1974(昭和49)年、山口県選奨(芸術文化功労)を受賞しました。
作風は父の確立した茶に適う温和で品のあるものに近代性を付加したもので、
それまで萩焼ではあまり造られなかったものにも意欲的に取り組みました。

加賀瑞山 かがずいざん(桑名)

三重県で生まれた陶芸家です。
「桑名萬古(赤絵)」で三重県無形文化財技術保持者として認定されている作家です。
一度は衰退してしまった萬古焼を復興させた祖父の教えを受け継ぎ、古萬古の伝統技法をもとに創作活動を行っています。
明治29年(1896) 桑名市に生まれる。伯父 寅次郎の教えを受け、陶芸を志す。
大正  6年(1917) 独力で開窯。桑名萬古の再興を目指す。
昭和17年(1942) 工芸技術保存資格者選定。
昭和54年(1979) 桑名市無形文化財に指定を受ける。
昭和57年(1982) 86歳で没。

 

東京都江戸川区一之江にて、掛け軸、仏画、仏具、大仏師松久宗琳『聖観世音菩薩像』ブロンズ像、在銘鋳銅観音菩薩立像 をお売りいただきました。

東京都江戸川区一之江にて、掛け軸、仏画、仏具、大仏師松久宗琳『聖観世音菩薩像』ブロンズ像、在銘鋳銅観音菩薩立像 をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お亡くなりになられたお爺様が集めていらしゃった御道具、大事に次へと橋渡しさせていただきます。お忙しい中、有難うございました。今日は早く仕事が終わりましたので、子供を連れて近所のスーパー銭湯「真名井の湯」へと行ってまいりました。疲れがたまると必ず銭湯へと行く年になりました。こちらの銭湯では、蒸し風呂(ミストサウナ)で塩もみが出来ます。メタボ対策でお腹を集中攻撃しました。また、電気風呂で腰を療養しました。ダイエットを兼ねて行きましたので、サウナも頑張りました。で、風呂上がりに生姜焼き定食、ミニかき揚げ丼、なんこつの唐揚げ、ジュースをいただきました・・・子供が呆れておりました。

当社では、彫刻作家物のブロンズ像や木彫り、仏像を探しております。家にある古い像を処分したいけれど神様、仏様の像を捨ててしまうのは・・・とお悩みの方、当社へ仏像をお売りください。六角堂では以下の作家はもちろん、無名の彫刻物も買い取りしてますので、まずはお問い合わせください。
松久 朋琳、松久宗琳、平櫛田中、荻原守衛、高村光雲、佐藤朝山、高村光太郎、北村西望、澤田政廣、石川光明、中原悌二郎、圓鍔勝三、富永直樹、淀井敏夫、山崎朝雲、舟越保武、戸張狐雁、朝倉文夫、木内 克、新海竹太郎、古賀忠雄、本郷 新、建畠大夢、清水多嘉示、北村治禧、柳原義達、中村晋也、 野々村一男、雨宮敬子、橋本堅太郎、雨宮 淳、澄川喜一、佐藤忠良、向井良吉、流 政之、大須賀力、西常雄、市村緑郎、伊藤傀、浦山一雄、木村健次郎、田辺光彰、朝倉響子、薮内佐斗司、城田孝一郎、奥田小由女、野口晴朗

松久宗琳 (まつひさそうりん)1926-1992 昭和-平成時代の仏師。
大正15年 仏師・朋琳の長男として京都に生まれる
昭和14年 仏画師を志し日本画を学ぶ
昭和16年 父・朋琳の薫陶により仏像彫刻の道に進む
昭和37年 父・朋琳と相携え京都仏像彫刻研究所を創設
昭和38年 大阪・四天王寺の仁王像制作
昭和39年 第1回宗教美術展を開催、現在も継続開催
昭和44年 滋賀・延暦寺及び京都・鞍馬寺の三尊仏制作
昭和48年 宗教芸術院を創設
昭和50年 京都・大覚寺の五大明王像、愛媛・香園寺の三尊仏制作
昭和51年 京都・金閣寺の岩屋観音・四天王像、奈良・法華寺の十一面観音像を制作
昭和53年 大阪・四天王寺大講堂の阿弥陀仏制作
昭和54年 大阪・四天王寺太子奥殿の聖徳太子像・四天王像、滋賀・延暦寺総持院の五智如来像を制作
昭和59年 香川・善通寺に不動明王と弘法大師の屏風画奉納
昭和61年 京都・金閣寺の足利義満像制作
平成元年 青森県恐山の仁王像と石川県那谷寺丈六仏・十一面千手観音像を制作
平成3年  京都仏像彫刻研究所長、松久仏像彫刻会館館長、宗教芸術院院長、四天王寺大仏師、成田山大仏師、この他著書に『仏像彫刻のすすめ』、『新しい仏画教室など』多数平成4年  三月逝去

江戸川区出張地域は、一之江 一之江町 宇喜田町 江戸川 大杉 興宮町 上一色 上篠崎 北葛西 北小岩 北篠崎 小松川 鹿骨 鹿骨町 篠崎町 下篠崎町 清新町 中央 中葛西 新堀 西一之江 西葛西 西小岩 西小松川町 西篠崎 西瑞江 二之江町 春江町 東葛西 東小岩 東小松川 東篠崎 東篠崎町 東松本 東瑞江 平井 船堀 本一色 松江 松島 松本 瑞江 南葛西 南小岩 南篠崎町 谷河内 臨海町

埼玉県所沢市にて、桔梗屋仁常作総桐箪笥(和たんす)や着物、和装小物、松本民芸家具の文机など。

埼玉県所沢市にて、桔梗屋仁常作総桐たんす(和箪笥)や着物、和装小物、松本民芸家具の文机などをお譲りいただきました。

お引越し前のお荷物整理にてお呼びいただきました。正面にシミ汚れがございましたが、人気の和たんすでしたのでお客様にご満足いただける価格にて買い受けさせていただきました。こちらは天丸の下三大洋というスタンダードのタイプのもので六角堂でも数多く取り扱う桐たんすになります。

六角堂では、桐箪笥の買取りを強化しております。桐タンスには、和たんす(衣装たんす)、洋服たんす、整理たんす(昇りたんす)、小袖たんす、チェストなどがございますが、六角堂では全て買取対象となっております。また、新潟県の加茂桐たんす、埼玉県の春日部桐箪笥、愛知県の名古屋桐タンス、大阪府の泉州桐箪笥、和歌山県の紀州桐たんすなどのブランド桐タンスを強化買い取りしております。ブランド桐タンスに関しましては、高価買い受けさせていただきますので、お早めにご相談ください。他にも和家具、民芸家具をはじめ、デザイナーズ家具、各種ブランド家具まで、幅広く買い取りしておりますので、ご売却をお考えの際には、六角堂をご指名ください。

六角堂出張買取地域
東京都23区
世田谷区・港区・中央区・渋谷区・杉並区・目黒区・千代田区・大田区・品川区・新宿区・文京区・豊島区・中野区・練馬区・足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・葛飾区・北区・江東区・墨田区・台東区
東京都市部
武蔵野市・昭島市・小金井市・三鷹市・あきる野市・日野市・調布市・府中市・小平市・国分寺市・国立市・武蔵村山市・清瀬市・東村山市・西東京市・福生市・青梅市・東大和市・羽村市・立川市・町田市・多摩市・稲城市・狛江市・八王子市・東久留米市
神奈川県
横浜市(鶴見区・中区・緑区・港北区・戸塚区・神奈川区・西区・栄区・泉区・旭区・南区・保土ヶ谷区・港南区・筑紫区・金沢区・瀬谷区・磯子区・青葉区)・川崎市(多摩区・川崎区・中原区・幸区・高津区・宮前区・麻生区)・相模原市(緑区・中央区・南区)・小田原市・平塚市・横須賀市・藤沢市・厚木市・大和市・秦野市・鎌倉市・茅ヶ崎市・伊勢原市・座間市・三浦市・海老名市・綾瀬市・逗子市・南足柄市
千葉県
千葉市(稲毛区・中央区・緑区・花見川区・美浜区・若葉区)・我孫子市・市川市・市原市・印西市・浦安市・柏市・香取市・鎌ヶ谷市・木更津市・君津市・佐倉市・山武市・白井市・匝瑳市・袖ヶ浦市・東金市・富里市・流山市・習志野市・成田市・野田市・富津市・船橋市・松戸市・茂原市・八街市・八千代市・四街道市・八潮市・大網白里市・神崎町・栄町・酒々井町・芝山町・長生村・長南町・長柄町・睦沢町・横芝光町
埼玉県
さいたま市(大宮区・南区・西区・北区・中央区・見沼区・岩槻区・浦和区・桜区・緑区)・川口市・越谷市・川越市・所沢市・熊谷市・草加市・春日部市・東松山市・狭山市・三郷市・上尾市・深谷市・富士見市・入間市・朝霞市・鳩ヶ谷市・本庄市・坂戸市・戸田市・飯能市・ふじみ野市・加須市・鴻巣市・鶴ヶ島市・新座市・桶川市・北本市・久喜市・行田市・蓮田市・羽生市・幸手市・蕨市・秩父市・日高市・志木市・八潮市・和光市・吉川市・比企郡・北葛飾郡・大里郡・児玉郡・入間郡・南埼玉郡・北埼玉郡・秩父郡・北足立郡
山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。お茶道具や骨董品に関しては全国出張致します。お気軽にご相談ください。

東京都世田谷区玉川田園調布にて、ペルシャ絨毯、ラリックの花瓶、萄雅彦の油彩画「闘牛士」。

東京都世田谷区玉川田園調布にて、ペルシャ絨毯、ラリックのフラワーベース、萄雅彦の油彩画「闘牛士」をお譲りいただきました。

お荷物を断捨離されるとのことでお呼びいただきました。今回ははじめてのお取引でしたので、数ある美術品の中から、ペルシャ絨毯、ラリックのフラワーベース、萄雅彦の油彩画「闘牛士」をお譲りいただきました。徐々に絵画などをご処分されるとの事で、また何かございましたら、お呼びください。本日二件目の杉並区へ向かう途中、甲州街道沿いにある麵屋参壱さんというお店へ寄りました。いつもは隣にある長浜らーめんさんへ寄らせて頂いておりますが、ずっと前より気になっておりましたので、寄らせていただくことにしました。豚骨ねぎ味噌ラーメンをいただくことにしました。こちらのお店、一般的な街の中華屋さんの作り方で違うのは、刻んだニンニクが大量に入っていることです。ニンニク好きの方にはたまらないお店です。わたしも替え玉してしまいました!!

六角堂では「萄雅彦」の作品を探しております。
ご所蔵の作品(版画、陶額も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
萄雅彦作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。他にもアンティーク家具、絵画、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

萄雅彦(どう・まさひこ)
1930年 東京都青山に生まれる。
1960年 レリーフ創作に入る。
1975年 木版画創作に入る。
1976年 渡欧。
1977年 新日本美術院展特賞受賞。
1981年 日仏現代美術展入選、 パリ、グランパレ国立美術館出品。
1982年 個展開催、  国際アジア現代美術展版画部入賞、  国際芸術文化振興会、会長賞受賞、  亜細亜美術展海外選抜賞。
1983年 スペイン美術賞展トリエンナーレ入選、 パリ・サロン・ド・メ選考委員会賞。
1984年 オーストラリア美術展最優秀賞受賞。
1985年 パリインターナショナルサロン招待出品。  講談社より萄雅彦版画集出版。
1986年 東京大学に作品収蔵(版画・レリーフ) モントリオール日本芸術祭参加、 カナダ首相ブライアン・マローニ功労賞受賞。
1987年 サロン・インターナショナル・ド・パリ  グランプリ受賞。
≪作品収蔵≫
スペイン近代美術館、 クイーンズランド芸術大学、東京大学など。

東京都目黒区祐天寺にて、和たんす、掛け軸、華道具、二代徳田八十吉の九谷焼 干支 甲寅 酒盃。

東京都目黒区祐天寺にて、和たんす、掛け軸、薄端などの華道具、二代徳田八十吉の九谷焼 干支 甲寅 酒盃を買取させていただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。画像の盃は代々九谷焼を守り続けているその名工、徳田八十吉、二代目の作品です。当社では徳田八十吉の陶芸作品を探しております。人間国宝をはじめ、作家物の陶器工芸品を中心に取り扱いしてますので自信があります! 作家物の壷、花瓶、茶碗、皿、鉢、香炉、ぐい呑、徳利、湯呑、水滴、急須、盃などはおまかせください!

帰りにいつもお世話になっている杉並区の画商の方に、高円寺駅にある串揚げ屋さんに連れて行っていただき、大好物のカツ丼をいただきました。いつもご馳走様です。

代 徳田八十吉(とくだやそきち) 1907(明治40)年~1997(平成9)年

2代徳田八十吉は石川県に生まれました。
本名を雲戸外次、号を魁星・百吉といいます。
1923(大正12)年、初代徳田八十吉の養子となり陶技の修業を始め、「魁星」と号しました。
1926(大正15)年、石川県工芸奨励会会員となりました。
1927(昭和2)年、石川県立小松中学校を卒業しました。
1929(昭和4)年、小松町産業研究生として京都国立陶磁器試験場に派遣されました。
1938(昭和13)年より富本憲吉の指導を受けました。
1951(昭和26)年、日展で特選および朝倉賞を受賞しました。
1956(昭和31)年、2代徳田八十吉を襲名しました。
1958(昭和33)年、ブリュッセル万国博覧会でグランプリを受賞しました。
1976(昭和46)年、石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会の相談役・名誉理事に就任しました。
1978(昭和48)年、小松上絵工業組合顧問に就任しました。
1982(昭和57)年、九谷焼技術保存会の会長に就任しました。
1988(昭和63)年、長男・正彦に家督を譲って隠居し、「百吉」と号しました。
初代の伝統的な九谷焼の上絵付け技法を継承する一方で、
異なる二種類の色粘土を練り込んで轆轤成形した後に上絵付けを施す「涌象」等、
新技法の開発にも尽力して堅実さと斬新さを兼ね備えた独自の作風を展開しました。
石川県指定無形文化財に認定され、
日展会員、日本窯業協会評議員、小松市美術文化協会理事等を歴任しました。

千葉県匝瑳市にて、掛け軸やアンティーク置時計、火鉢、唐木の玉獅子置物、船橋市にて石川泰行作ナマハゲのお面。

千葉県匝瑳市にて、掛け軸やアンティーク置時計、火鉢、唐木の玉獅子置物、船橋市にて石川泰行作ナマハゲのお面をご売却いただきました。

本日は千葉県匝瑳市への出張で、遠距離でしたので、前日より富里市の漫画喫茶へと前乗り致しました。匝瑳市では、掛け軸やアンティーク置時計、唐木の玉獅子置物などを買い受けさせていただきました。玉獅子の置物は、足が折れてしまってましたが、人気の唐木を使っているお品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。査定中に、ジュースを頂いたり、お品を運んでいただいたりとお気遣いいただき有難うございました。お客様のお家から歩いて30秒くらいの場所が九十九里浜でしたので、海を眺めに寄らせていただきました。まだ寒かったですが、サーファーがたくさん波乗りしておりました。釣りをしている方もおり、羨ましかったです。お昼を食べに九十九里でお店を探しているときに急遽船橋市へと出張のご依頼をいただきましたので、食事は船橋市へ向かう途中でいただくことにしました。寄らせていただきましたのは、千葉市にある「食事処よかった」です。はじめ名前につられて入りましたが、入ってみると午後3時半にも関わらず満席でした。注文して納得、こちらの海鮮丼、このボリューム、ネタの多さで980円、小アジのから揚げはこの大きさで350円。安いしとっても美味しかったです。ここに寄って「よかった」、また寄りたいお店リストに登録しました。船橋市では、油彩画、絨毯、お面などをお譲りいただきました。秋田県男鹿市の生はげ面彫師の石川泰行(いしかわたいこう)作ナマハゲ面は迫力と威厳に満ちた作品で、お客様の思い入れのあるお品でしたので、頑張り査定額で買い受けしました。石川泰行さんは石川なまはげ工房の初代で、現在は息子さんで二代目の石川千秋(いしかわ せんしゅう)さんが継いでおられます。平成25年10月に地域伝統芸能大賞支援賞を受賞されております。なまはげは秋田県で大晦日に行われる伝統行事で、登場する神の使いで、「悪い子はいねがー」「泣ぐコはいねがー」と奇声を発しながら街を練り歩き、家に入って怠け者、子供や初嫁を探して暴れ、家の主が家族がその年一年間にしでかした日常の悪事を釈明するなどした後、酒やご馳走などを振舞って、送り返す伝統的行事です。こちらのお面を見てうちの子達も怖がってました。少しは大人しくなるかな・・・

六角堂では、お面や木彫りのお着物、火鉢などの古道具や、古民具などを探しております。ご不要の際は、是非お問い合わせください。

東京都荒川区東尾久にて、水屋箪笥、時代和家具、お茶道具、田中柏陰筆楓画、十二代坂倉新兵衛造の萩茶碗。

東京都荒川区東尾久にて、水屋箪笥、時代和家具、お茶道具、日本画家田中柏陰筆楓画、十二代坂倉新兵衛造の萩茶碗をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。こちらのお茶碗は、日本画家田中柏陰が絵付けし、十二代坂倉新兵衛の窯で焼いた萩茶碗となっており、割高台と大変珍しい萩茶碗になります。当社でも強化買取り作家のお品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。出張帰りに、くるまやラーメン新座野火止店へと寄らせていただきました。こちらではいつも野火止店限定のごまみそネギらーめんを頂いております。濃い目の味噌スープがたまらなく美味しく、10年以上前から時々寄らせていただいております!本日、千葉県柏市のお客様よりお電話をいただきました。わたしの買取事例を見て頂いてるとの事、とても嬉しいです。残念ながら、今回はお伺いに行けませんでしたが、また何かありましたら是非ご連絡ください。同じ2月生まれのようで、大変光栄です!今日はこれから九十九里の方へ前乗りします。眠いですが、安全運転で行ってきます!明日は美味しい海鮮丼食べれるかな??

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取りしております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。

田中柏陰 (たなかはくいん)生:慶応2年(1866年)4月2日、駿河国(現静岡県)生まれ 没:昭和9年(1934年)、享年69歳

本姓は中川、通称は啓三郎。別名を馨、字を淑明、号は柏陰・静麓(せいろく)・柏舎主人・柏樹子・弧立・空相居士。 明治16年(1941年)、17歳のとき京都に出て田能村直入に師事し、田能村竹田系の南画の画風を受け継ぎ、濃彩の山水画を得意とした。 京都では田能村直入が開いた「私立南宗画学校」で校員として後進の指導にあたった。 明治33年(1900年)結婚後、妻の実家である山口県防府市右田の田中家へ養子として入って田中柏陰を名乗り、画塾・画禅堂を開き多くの弟子を教授した。 のち関西南画界の重鎮となった。 主な弟子に、長松秀鳳(ながまつ・しゅうほう)・植木華城(うえき・がじょう)・藤本木田(ふじもと・ぼくでん)・大庭学僊(おおば・がくせん)・藤井小陰(ふじい・しょういん)などがいる。 同時に田能村竹田系作品鑑定の第一人者でもあった。 昭和9年(1934年)6月3日、療養先の静岡県興津において亡くなった。享年69歳。

坂倉新兵衛(12代) さかくら-しんべえ 1881-1960 明治-昭和時代の陶芸家。

明治14年9月1日生まれ。11代坂倉新兵衛の長男。明治30年12代をつぐ。31年から9代高麗左衛門(こうらいざえもん)に萩(はぎ)焼をまなび,家業を復興。昭和23年萩焼美術陶芸協会会長。32年選択無形文化財保持者。萩焼の販路拡大に尽力し,萩焼中興の祖とされる。昭和35年12月3日死去。79歳。山口県出身。幼名は平吉。

神奈川県川崎市川崎区にて、濱田庄司の鉄絵湯呑、福原達朗の柿天目茶碗、成良仁の鉄絵ぐい吞など、益子焼多数。

神奈川県川崎市川崎区にて、浜田庄司の鉄絵湯呑、月江窯 福原達朗の柿天目茶碗、成良仁の鉄絵ぐい吞など、益子焼をたくさん買い受けさせていただきました。

益子焼は栃木県芳賀郡益子町周辺で生産される陶器。1979年に通商産業省により、伝統的工芸品に指定されております。六角堂ではご不用の民芸陶器・益子焼の買い取りをしています。陶芸家作品から窯元作品まで幅広く取り扱いしています。ご処分をお考えの益子焼がございましたらお気軽にご相談くださいませ。益子焼の査定経験の豊富な専門スタッフが細かく丁寧に査定させていただきます。濱田庄司、佐久間藤太郎、木村一郎、村田元、島岡達三、田村耕一、濱田晋作、須藤武雄、秋山一夫、濱田友緒は、益子焼きの強化買取作家です。

浜田庄司 (はまだしょうじ)1894(明治27)神奈川~1978(昭和53)

神奈川県橘樹郡高津村(現在の川崎市)溝ノ口の母の実家で生まれる。東京府立一中(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1913年(大正2年)、東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科に入学、板谷波山に師事し窯業の基礎科学面を学ぶ。1916年(大正5年)同学校を卒業後は、学校が2年先輩の河井寛次郎と共に京都市立陶芸試験場にて主に釉薬の研究を行う。またこの頃柳宗悦、富本憲吉やバーナード・リーチの知遇を得る。 1920年(大正9年)、イギリスに帰国するリーチに同行、共同してコーンウォール州セント・アイヴスに築窯する。1923年(大正12年)にはロンドンで個展を開催、成功する。 1924年(大正13年)帰国、しばらくは沖縄・壺屋窯などで学び、1930年(昭和5年)からは、それまでも深い関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子町で作陶を開始する。 殆ど手轆轤のみを使用するシンプルな造形と、釉薬の流描による大胆な模様を得意とした。戦後、1955年(昭和30年)2月15日には第1回の重要無形文化財「民芸陶器」保持者(人間国宝)に認定。また1964年(昭和39年)に紫綬褒章、1968年(昭和43年)には文化勲章を受章する。 柳宗悦の流れをうけて民芸運動に熱心であり、1961年(昭和36年)の柳の没後は日本民藝館の第2代館長にも就任する。また1977年(昭和52年)には自ら蒐集した日本国内外の民芸品を展示する益子参考館を開館。1978年(昭和53年)益子にて没。享年83。

1894 神奈川県川崎市で生まれる。生家は東京で文房具店経営。本名象二
1916 東京高等工業学校(現、東京工業大学)窯業科卒
1918  河井寛次郎と沖縄へ、壷屋を訪問
1920 バーナード・リーチに同行し、渡英。
1937 日本民芸館の理事に就任
1942 益子に大型登窯築窯
1949 第1回栃木県文化功労賞受賞
1953 昭和27年度芸術選奨文部大臣賞受賞
1956 民芸陶器で重要無形文化財保持者認定
1964 紫綬褒章受章
1968 沖縄タイムス賞受賞。文化勲章受章
1969 益子名誉町民となる
1974 日本民芸協会会長就任
1976 川崎市文化賞受賞
1977 益子参考館開館 館長に就任
1978 死去