東京都葛飾区柴又にて、須賀月芳作 蝋型鋳銅 獅子香炉、日本人形、茶箪笥、煎茶道具をお譲りいただきました。

 

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東京都葛飾区柴又にて、須賀月芳作 蝋型鋳銅 獅子香炉、日本人形、水屋箪笥、煎茶道具をお譲りいただきました。

香炉は香を焚く時に使用する道具ですが、茶席においても七事式の且座之式・唱和之式・仙遊之式・三友之式・香付花月などに用いられ、茶道では香を焚く事を「聞く」と表現します。
香炉には玉、青磁、焼物、金属など様々な種類が存在しますが、中でも青磁の香炉は8代・将軍足利義政の時代、中国から伝来したものの中にありました。
そのため、室町時代では香道が確立し、蓋のない香炉が使われていましたが、桃山時代に入り、千利休によって侘び寂びの茶道が発展した事によりあまり香炉が使われなくなり、江戸時代に入ると武家の茶道が発達し、それにともなって香炉も復活し、現在に至ります。

六角堂では、ご不要となりました香炉の買い取りを強化しております。東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

蝋型彫塑家 須賀月芳 高岡市在住 昭和10年1月1日生

須賀月芳先生は、蝋型鋳物師初代松園須賀亥子蔵(幕末の名工村田整眠より系統)を祖父に持ち、三代に渉り其の技法を受継ぎ、研鑽に努め、蝋型鋳物を以って市展・県展にも数回受賞されて居ります。
現在は、兄須賀月真先生と共に、月真工房を主管し、其の卓越した技能は、識者間に於て隠れたる名工として夙に知られて居られます。
月芳師は通産省認定伝統工芸高岡銅器の枠の蝋型の須賀一門秘伝の技法の継承者でございます。

千葉県船橋市にて、人間国宝原清の鈞窯釉花瓶、桐箪笥、木彫りなどの置物をお譲りいただきました。

 

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千葉県船橋市にて、人間国宝原清の鈞窯釉花瓶、桐たんす、木彫りなどの置物をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。数十年にわたり集めていらっしゃったようで、多数の骨董品がございました。今回は、人間国宝原清の鈞窯釉花瓶、家具や置物、掛軸・巻物を多数買い取りさせていただきました。ご遺族の方が徐々に骨董品をご処分されるとのこと、またのご依頼お待ちしております。

ただいま人間国宝、作家物の作品を強化買取りしております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。
六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

陶芸(人間国宝) 

色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門

鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清

民芸陶器 - 濱田庄司、 島岡達三

志野 - 荒川豊蔵

萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)

備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳

唐津焼 – 中里無庵

染付 – 近藤悠三

白磁・青白磁 -塚本快示

琉球陶器 - 金城次郎

鉄絵 - 田村耕一

練上手 - 松井康成

白磁 - 井上萬二

三彩 - 加藤卓男

青磁 – 三浦小平二、中島宏

彩釉磁器 - 三代徳田八十吉

常滑焼(急須)-三代山田常山

釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統

無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

原清 (はら きよし、1936年(昭和11)~(現在))鳥取県出身。
陶芸家を志し1954年に石黒宗麿の内弟子となりその後宗麿門下筆頭の清水卯一に師事。
1965年に東京世田谷に開窯し独立する。
1958年の日本伝統工芸展に初入選。
1961年には日本工芸会正会員に就任。
独立後は1969年に日本伝統工芸展で会長賞を受賞、1976年日本陶磁会賞、
1997年日本伝統工芸展東京都知事賞を受賞。
また日本橋三越を中心に個展活動や国内外の招待出品など幅広い制作活動を展開。
作風は制作当初からの鉄釉を研究し褐色釉を施した器に鉄絵にて草花、鳥、動物などが
氏の個性溢れるタッチで繊細に描かれた作品を展開。
また1980年ごろから澄んだ青色の発色が特徴的な鈞釉の作品も展開する。
2001年、日本伝統工芸展特待者。
2005年、色絵磁器で国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。

 

千葉県市川市にて、南部盛岡砂鉄製鉄瓶、黒柿で出来た長火鉢、日本人形の買い取り。

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千葉県市川市にて、南部盛岡砂鉄製鉄瓶、黒柿で出来た長火鉢、日本人形の買い取り。

ただいま鉄瓶強化買取中です!強化買取り中の鉄瓶は、以下となります。

龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門

南部鉄瓶、京鉄瓶、作家物から無名のものまで、六角堂では幅広く買取りしております。もちろん鉄瓶のみではなく、全体に金や銀を用いた金瓶、銀瓶も高価買取しております。もちろん錆びていても構いません。当社では錆びているから安くなります、というような買い取りはしません。古いのに錆びていない鉄瓶の方が 珍しいのですから、気になさらずにご相談ください。ご不要になりましたお茶道具や鉄瓶、茶釜などがございましたら、六角堂までお問い合わせください。心よりお待ちしております。

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その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。骨董品類に関しては全国出張買取致します。お気軽にご相談ください。

 

東京都武蔵野市桜堤にて、古九谷青手唐人図なます皿や、古伊万里、古い染付の花瓶や壷、掛軸をお譲りいただきました。

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東京都武蔵野市桜堤にて、古九谷青手唐人図なます皿や、古伊万里、古い染付の花瓶や壷、掛け軸をお売りいただきました。

古九谷焼の買い取りなら六角堂にお任せ下さい! 古九谷は、赤や緑の華麗な色使いや、大胆な絵柄が特徴です。 有田の初期色絵とも言われ、日本でも有数の艶やかな焼物です。 歴史を感じる古九谷は、どんな古いお品でもお値打ちがあります!飾らなくなってしまった古九谷や古備前などの焼き物、押入れにしまったままの作品がございませんか。蔵や物置にしまったままで価値の分からないものの処分にお困りの方、コレクションの整理に際して買取り店を探している方より多くのご相談をいただき、古九谷、古伊万里といった作品など古陶磁買い取りは幅広いジャンルに対応しております。 六角堂は、豊富な知識と鑑定経験をもつ鑑定士が、一品一品を丁寧に評価し高価でお引取りさせていただいております。少しでも高く売るなら当社に一度ご連絡くださいませ。お気軽に、ご相談ください!!

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東京都豊島区駒込にて、桐箪笥、人間国宝十代三輪休雪(休和)萩茶碗などお茶道具をお売りいただきました。

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東京都豊島区駒込にて、桐たんす、人間国宝十代三輪休雪(休和)萩茶碗などお茶道具をお譲りいただきました。

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。

三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚

三輪休雪(みわ きゅうせつ)は山口県萩市の萩焼窯元・三輪窯の当主が代々襲名している名跡。当代は第12代。三輪窯は江戸時代に起こったと言われ由緒ある窯元。三輪窯の当主の時は休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での号を名乗る。10代三輪休和、11代三輪壽雪は人間国宝である。

六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

三輪休和[10代休雪] 明治28年生。昭和56年没。山口県出身。

15歳の時から、祖父雪山および父雪堂(9代休雪)について、厳しい作陶修行に入る。昭和2年、父の隠居に伴い三輪釜を継承して10代休雪を襲名。昭和31年、山口県無形文化財「萩焼」の保持者に認定。同年、第3回日本伝統工芸展初入選。昭和32年、記録作成等の措置を講ずべき無形文化財の技術者として選択され、伝統の萩焼の技法を継承。昭和42年、三輪窯を弟(11代休雪)に譲り休和と号した。昭和45年、重要無形文化財(人間国宝)「萩焼」の保持者に認定。昭和48年、勲四等旭日小綬章。

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東京都目黒区中目黒にて、アンティーク家具、佐藤忠良のブロンズレリーフ『アカンサス』をお譲りいただきました。

 

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東京都目黒区中目黒にて、アンティーク家具、佐藤忠良のブロンズレリーフ『アカンサス』、桐たんす(桐箪笥)をお譲りいただきました。

お引越し整理にてお呼びいただきました。他にも尺八や三味線などの和楽器などをお売りいただきました。有難うございました。

ブロンズ彫刻の査定・買い取りは六角堂にお任せください。東洋彫刻、西洋美術品、現代美術品など幅広い作品をお取り扱いしており、できる限り市場に相場に沿った買取り価格をご提示させていただきます。まずは一度ご相談くださいませ。現在の強化買取彫刻作家は、以下となります。

秋山信子(あきやま のぶこ)朝倉響子(あさくら きょうこ) 雨宮敬子(あめのみや けいこ)朝倉文夫(あさくら ふみお)市橋とし子(いちはし としこ) 圓鍔勝三(えんつば かつぞう)岡本太郎(おかもと たろう) 荻原碌山(守衛)(おぎわら ろくざん(もりえ)) 鹿児島寿蔵(かごしま じゅぞう)加納銕哉(かのう てっさい) 北村西望(きたむら せいぼう)木内克(きのうち よし)後藤貞行(ごとう さだゆき) 佐藤忠良(さとう ちゅうりょう)佐藤朝山(さとう ちょうざん) 澤田政廣(さわだ せいこう)清水多嘉示(しみず たかし)高田博厚(たかた ひろあつ)高村光雲(たかむら こううん) 高村光太郎(たかむら こうたろう)富永直樹(とみなが なおき) 中原悌二郎(なかはら ていじろう)野口園生(のぐち そのお)林駒夫(はやし こまお)平櫛田中(ひらくし(ひらぐし) でんちゅう) 平田郷陽(ひらた ごうよう)平野富山(ひらの ふざん) 舟越桂(ふなこし かつら)舟越保武(ふなこし やすたけ)堀柳女(ほり りゅうじょ) 松本喜三郎(まつもと きさぶろう)宮本理三郎(みやもと りさぶろう) 安本亀八(やすもと かめはち)柳原義達(やなぎはら よしたつ) 籔内佐斗司(やぶうち さとし)

佐藤忠良(さとうちゅうりょう)明治45年(1912)~平成23年(2011)

宮城県黒川郡で生まれる。 大正8年に北海道夕張町に移る。 昭和9年に東京美術学校彫刻科に入学した同期に舟越保武等がいる。 3年生の時先輩の柳原義達の勧誘で国画会に舟越保武と出品し二人とも入選し受賞する。 この事が忠良の方向を決める事となった。その後、戦争になりソ連での捕虜生活を余儀無くされた。復員後、千葉の夫人の実家に滞在していたが、単身上京し彫刻の制作を始めた。 忠良は、対象を深く観察し、その人間性格まで写し取る様な的確な表現をしている。 言い換えれば、生活感情まで含めて対象の個人を練達した造型力で捉えるが、そればかりでなく、より抽象的なもの、典型的なものを強く求めている。

昭和20年 東京美術学校彫刻科卒。同41年 第3回高村光太郎賞受賞。同49年 第15回毎日芸術賞受賞。芸術選奨文部大臣賞受賞。同50年 第6回中原悌二郎賞受賞。同56年 パリのロダン美術館で個展開催。フランスの美術アカデミーの客員会員に推挙される。同59年 イタリア、サン・ルカ美術アカデミー会員に推挙される。

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東京都世田谷区豪徳寺にて、千家十職大西清右衛門の唐銅袋形建水、李朝期の会寧茶碗、桐たんす、長火鉢の買い取り。

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東京都世田谷区豪徳寺にて、千家十職大西清右衛門の唐銅袋形建水、李朝期の会寧茶碗、桐箪笥、長火鉢をお譲りいただきました。

会寧とは:朝鮮半島咸鏡北道会寧郡にある古窯。豆満江を隔てて中国と接しており、その創始期には中国陶窯の影響が強いのではないかと推測されているが、李朝時代になって独特の形式を備えた。灰釉を中心とした海鼠釉を好んで用い、朝鮮半島で藁灰釉を使った唯一の窯といわれる。

大西清右衛門(おおにし せいえもん)は、千家十職の釜師。大西家は、室町時代後期から400年以上続く京釜師の家。四代目当主が清右衛門をなのり、六代目以降九代目をのぞき、代々の当主は清右衛門という名を継いだ。京都市中京区の三条釜座(かまんざ)に工房があり、「大西清右衛門美術館」も併設されている。現在は十六代清右衛門が当主。十五代の長男として京都に生まれ、大阪芸術大学美術学部彫金科卒業。父が隠居の後、1993年に十六代清右衛門を襲名した。      1590~1663年 初代・浄林、1594~1682年 2代・浄清、1630~1684年 3代・浄玄、1645~1700年 4代・浄頓、1647~1716年 5代・浄入、1689~1762年 6代・浄元、1720~1783年 7代・浄玄、1747~1785年 8代・浄本、1749~1881年 9代・浄元、1777~1852年 10第・浄雪、1808~1875年 11代・浄寿、1841~1869年 12代・浄典、1866~1943年 13代・浄長、1888~1960年 14代・浄中、1924~2002年 15代・浄心、1961~ 16代・大西清右衛門

当社では、千家十職をはじめ、作家物のお茶道具からお稽古用のお茶道具まで幅広く買い取りさせて頂いております。千家十職は 表千家、裏千家、武者小路千家の茶道三千家で使う茶道具を作ることを業とした職方の事であります。茶碗師 楽吉左衛門 釜師 大西清右衛門 塗師 中村宗哲 指物師 駒沢利斎 金物師 中川浄益 袋師土田友湖 表具師 奥村吉兵衛 一閑張細工師 飛来一閑 竹細工柄杓師 黒田正玄 土風炉焼物師 永楽善五郎の各家が千家の道具をまかなっています。 沢山のご依頼お待ちしております。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

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栃木県宇都宮市にて、青木龍山作天目酒器、桐たんす、日本人形、ちゃぶ台や座卓などの古家具をお譲りいただきました。

 

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栃木県宇都宮市にて、青木龍山作天目酒器、桐箪笥、日本人形、ちゃぶ台や座卓などの古家具をお譲りいただきました。

青木龍山の作品売却は買い取り実績多数の弊社にお任せくださいませ。壺、花瓶、花器 、茶碗、茶器、香合、皿、鉢、酒器、ぐいのみ、徳利、懐石道具他。天目釉の大型作品は特に買い取りを強化しております。
時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!
青木龍山(あおきりゅうざん)
佐賀県出身の昭和~平成時代に活躍した日本の陶芸家です。
染付や色絵の焼物として知られる有田の地で、一貫して広口の磁器の張りのある豊かなフォルムを追求し続け、漆黒の天目釉に鉄砂、銀砂、青、翠などで条線文様を施したモダンなデザインで、花器を中心に新境地を展開した有田焼の代表的作家として知られています。
1926年 佐賀県で生まれる
1951年 多摩美術大学日本画科を卒業する
1954年 日展で入選する
1971年 日展で特選を受賞する
1972年 第1回佐賀県芸術文化賞を受賞する
1973年 日本現代工芸美術展で開院賞、
文部大臣賞を受賞する
有田町文化功労章を受章する
1981年 日本現代工芸美術家協会理事に就任する
1982年 日展会員となる
日本伝統工芸展展で入選する
1988年 日本現代工芸美術展で文部大臣賞を受賞する
日展評議員に就任する
1991年 日展で日本芸術院賞を受賞する
日展理事に就任する
1992年 日本芸術院会員となる
1993年 西日本文化賞を受賞する
日本現代工芸美術家協会副会長、
日展常務理事に就任する
1999年 文化功労者となる
2000年 佐賀大学美術歌の客員教授となる
2005年 文化勲章を受章する
2008年 4月23日逝去

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東京都渋谷区広尾にて、人間国宝加藤卓男、三代徳田八十吉(正彦銘)の花生、桐たんすをお譲りいただきました。

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東京都渋谷区広尾にて、人間国宝加藤卓男、三代徳田八十吉(正彦在銘)の花生、桐タンスをお譲りいただきました。

数年前に骨董品の買取りでお呼びいただいた時からお付き合いのある骨董のコレクター様より、在庫処分にてお呼びいただきました。今回で四度目の買取りとなります。何度も在庫処分とのことでお呼びいただいておりますが、伺う度に骨董品・美術品が増えている気がします…今回お売りいただきましたのは、人間国宝加藤卓男の青釉金彩花生、同じく人間国宝三代徳田八十吉(正彦銘)の彩釉花生、春日部総桐箪笥、お着物の買い取りをさせていただきました。次回は掛け軸のご処分とのこと、またのご依頼お待ちしております!

加藤卓男 1917(大正6)年~2005(平成17)年
加藤卓男は5代加藤幸兵衛の長男として岐阜県に生まれました。
1934(昭和9)年に岐阜県多治見工業学校を卒業後、
京都国立陶磁器試験所陶芸科へ入所しました。
1945(昭和20)年に徴兵された広島市で残留放射能に侵され、
約10年間の闘病生活を送りました。
1949(昭和24)年、父の岐阜県陶磁器試験場長就任に伴い、幸兵衛窯の運営を務めました。
1961(昭和36)年にフィンランド政府より招聘を受け、
意匠と技術交流の為にフィンランド工芸美術学校に留学しました。
留学中にイラン古窯跡やイラン国立考古博物館を歴訪した事を機とし、
幻の名陶と呼ばれたペルシア・ラスター彩の復元を決意しました。
1962(昭和37)年、日展で特選北斗賞を受賞しました。
朝日陶芸展で朝日陶芸賞を受賞しました。
岐阜県芸術文化顕彰に推奨されました。
1963(昭和38)年、現代工芸美術展で工芸賞を受賞しました。
美濃陶芸協会初代会長、朝日陶芸展審査員に就任しました。
日展で特選北斗賞を受賞しました。
1965(昭和40)年、日展で特選北斗賞を受賞しました。
1966(昭和41)年、日展審査員、現代工芸美術展審査員、現代工芸美術家協会評議員に就任。
1967(昭和42)年、日展審査員に就任しました。
1968(昭和43)年、日展会員となりました。
1969(昭和44)年、東京・帝国ホテルのメインロビーに志野陶壁を制作しました。
1970(昭和45)年、中京競馬場のシンボルタワーに陶壁を制作しました。
1972(昭和47)年、古代ペルシア陶器研究により東海テレビ文化賞を受賞しました。
朝日陶芸展審査委員長に就任しました。
1973(昭和48)年にイラン王立パーラヴィ大学附属アジア研究所に留学し、
イラン国立考古博物館の発掘調査に参加しました。
この発掘調査で織部に似た陶片を発見して織部の源流をペルシアに探る調査を進めます。
中日国際陶芸展審査員、愛知県陶磁資料館準備委員に就任しました。
1974(昭和49)年、多治見市役所新庁舎貴賓室に陶壁を制作しました。
中日国際陶芸展の海外作品選定委嘱を受け、欧州8ヶ国を歴訪して作品を選定しました。
1975(昭和50)年、ペルシア釉の研究と美濃陶芸展の指導育成により中日文化賞を受賞しました。
美濃焼卸団地会館に陶壁を制作しました。
日本オリエント学会より三笠宮殿下に贈るラスター彩兎文方壷を制作しました。
日展審査員、現代工芸美術展審査主任に就任しました。
1976(昭和51)年、東京大学イラン・イラク遺跡発掘調査団の現地発掘調査に参加しました。
1978(昭和53)年、外務省より委嘱され、ラスター彩鶏冠壷を制作しました。
1980(昭和55)年にイラン文化省より招聘を受け、
バグダッド大学で客員教授として陶芸指導を行いました。
宮内庁正倉院より正倉院三彩の復元制作を委嘱され、三彩を本格的に手掛けます。
1983(昭和58)年、岐阜県重要無形文化財に認定されました。
1986(昭和61)年、駐日トルコ大使館、イスタンブール国立トプカプ宮殿博物館で個展開催しました。
1988(昭和63)年、正倉院事務所に三彩鼓胴を納入しました。
新工芸展で文部大臣賞を受賞しました。
紫綬褒章を受章しました。
1989(平成元)年、正倉院事務所に二彩鉢を納入しました。
1990(平成2)年、日本工芸会正会員となりました。
1991(平成3)年、美濃陶芸協会名誉会長に就任しました。
1992(平成4)年、伊勢神宮の御神宝「陶猿頭形御硯」を制作しました。
1995(平成7)年、重要無形文化財「三彩」の保持者(人間国宝)に認定されました。
1996(平成8)年、岐阜県名誉県民の称号を受けました。
2005(平成17)年、故人として織部賞の特別賞を受賞しました。
加藤卓男は江戸時代から続く名門窯の跡継ぎとして生まれ、
当初は志野、織部、瀬戸、油滴天目等の伝統的技法に基づいた作品制作に取り組みました。
世界的陶器であるペルシア古陶の斬新な色彩や独創的造形に魅了され、
ラスター彩、青釉、色絵、三彩等を現代に再現したペルシア陶器の第一人者です。

3代 徳田八十吉 1933(昭和8)年~2009(平成21)年
3代徳田八十吉は2代徳田八十吉の長男として石川県に生まれました。
本名を正彦といいます。
1954(昭和29)年に金沢美術工芸大学を中退し、
祖父・初代徳田八十吉に釉薬の調合や上絵付け技法を学び、
父より九谷焼の上絵付け等に対する現代陶芸の革新的な創造精神を受け継ぎました。
1966(昭和41)年、一水会委員に就任しました。
1967(昭和42)年に小松市立博物館で開催された「九谷古陶磁名品展」を契機とし、
青手古九谷に範を求めて各色釉の微妙な濃淡の変化を追及する表現技法に取り組みます。
1971(昭和46)年、NHK会長賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、日本工芸会正会員となりました。
1977(昭和52)年、日本工芸会総裁賞を受賞しました。
1979(昭和54)年、日本伝統工芸展鑑査員に就任しました。
1984(昭和59)年、日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
1985(昭和60)年、北国文化賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、日本陶磁協会賞を受賞しました。
石川県九谷焼無形文化財資格保持者に認定されました。
日本伝統工芸展の出品作品が重要無形文化財資格保持者選賞を受賞しました。
1988(昭和63)年、藤原啓記念賞を受賞しました。
日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
3代徳田八十吉を襲名しました。
1990(平成2)年、高円宮殿下に御来窯御台臨を賜りました。
’90国際陶芸展グランプリー、小松市文化賞を受賞しました。
1991(平成3)年に日本陶芸展の出品作品が秩父宮賜杯を受賞し、
近代美術館に買い上げられました。
外務大臣表彰を受けました。
1992(平成4)年、日本伝統工芸展監査主任・審査員に就任しました。
一水会陶芸部運営委員に就任しました。
1993(平成5)年、大英博物館に碧明燿彩花瓶等が収蔵されました。
紫綬褒章を受章しました。
スミソニアン・サックラー美術館に作品が収蔵されました。
1994(平成6)年、日本工芸会理事に就任しました。
1996(平成8)年、石川県陶芸協会会長に就任しました。
1997(平成9)年、MOA岡田茂吉賞大賞を受賞しました。
重要無形文化財「彩釉磁器」の保持者(人間国宝)に認定されました。
小松市名誉市民の称号を受けました。
1998(平成10)年、メトロポリタン美術館に燿彩線文壷が収蔵されました。
彩釉磁器は初代以来の伝統的技法を基盤に独自の創意工夫を加え、
色釉の濃淡や対比によって煌びやかで濃艶な美しさを表現するところに特色があり、
国内のみならず海外においても高い評価を受けています。

 

東京都品川区戸越にて、北大路魯山人の志野鉢、お茶道具や桐たんすの買い取り。

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東京都品川区戸越にて、北大路魯山人の志野鉢、お茶道具や桐たんすの買い取り。

遺品整理にてお呼びいただきました。某百貨店の美術部で働いていた方のようで、多数の骨董品がございました。今回は、魯山人の鉢、お茶道具を多数買取りさせていただきました。徐々に骨董品をご処分されるとのこと、またのご依頼お待ちしております。

北大路魯山人  (きたおおじろさんじん) 1883(明治16)~1959(昭和34)

北大路魯山人は上賀茂神社の社家・北大路清操の次男として京都府に生まれました。 本名を房次郎といいます。生後すぐに養子に出されて養家を転々とする逆境に生い立ちました。後に陶芸家、書家、美食家、料理家。初め書家として名声を博す。 1888(明治21)年、木版師・福田武造の養子となりました。 1893(明治26)年に梅屋尋常小学校を卒業後、 京都の漢方薬専門店「千坂わやくや」の丁稚奉公に出ました。 ここで三年間勤めますが、竹内栖鳳の絵に啓発されて日本画家を志望します。 1903(明治36)年、書を本格的に勉強する為に上京しました。 1904(明治37)年に日本美術展覧会で一等賞を受賞し、 受賞作品が宮内大臣・田中光顕子爵に買い上げられました。 1905(明治38)年、岡本可亭に師事しました。 日本美術展覧会に「福田可逸」の名で入選しました。 1907(明治40)年、書道教授として独立し、「福田鴨亭」と名乗りました。 1909(明治42)年、韓国統監府(後の朝鮮総督府)印刷局に勤務しました。 1910(明治43)年、朝鮮総督府の設置に伴い、書記として勤務しました。 東京に戻ってからは雑誌の題字書きに携わり、 滋賀県長浜の紙問屋・河路豊吉にその力量を見出されて同地に赴きます。 柴田源七や近隣豪商の食客となりながら、 「福田大観」と名乗って書を揮毫し、篆刻看板、印章等を彫って評判を高めます。 1911(明治44)年、柴田家で竹内栖鳳と親交し、栖鳳の落印を彫るきっかけを掴みます。 1915(大正4)年、長男・桜一に福田家の家督を譲り、自らは北大路姓に復しました。 金沢の文人・細野燕台の世話となり、 石川県加賀市山代温泉の須田菁華窯で作陶への興味を覚えます。 1919(大正8)年、東京京橋に中村竹四郎と共同で大雅堂芸術店を開業しました。 1920(大正9)年、大雅堂芸術店を大雅堂美術店と改称しました。 1921(大正10)年、大雅堂美術店の二階で会員制の美食倶楽部を発足しました。 自ら厨房に立ち、店の古陶磁に手造りの料理を盛って出したところ評判を呼びました。 1922(大正11)年、正式に北大路家の家督を相続し、「北大路魯山人」と名乗りました。 1923(大正12)年、須田菁華窯で美食倶楽部用の食器を制作しました。 関東大震災で大雅堂美術店が焼失し、芝公園内の花の茶屋で美食倶楽部を再開しました。 1924(大正13)年に京都の初代宮永東山の指導で青磁を制作し、 東山窯にて荒川豊蔵と知り合いました。 東京の日枝神社境内にあった星岡茶寮を借り、料亭に改築して会員を募りました。 1925(大正14)年、会員制料亭・星岡茶寮を開始しました。 中村竹四郎が社長、魯山人は顧問として料理、接待、器に対する卓抜な演出で評判を取り、 官、財、政界の社交場として急激に会員を増やしていきます。 1926(大正15)年、神奈川県北鎌倉山崎に星岡窯と邸宅を築きました。 1927(昭和2)年、荒川豊蔵を窯場主任に迎え、魯山人窯芸研究所の看板を揚げました。 「坐辺師友」をモットーに織部、志野、黄瀬戸等の美濃焼系を始め、 乾山、仁清、道八等の京焼系の物にまで造形の理想を求めた幅広い作陶を展開しました。 1928(昭和3)年、久邇宮両殿下に御来窯御台臨を賜りました。 1930(昭和5)年、荒川豊蔵の美濃古窯跡調査を援助し、月刊誌『星岡』に成果を掲載します。 1935(昭和10)年、大阪に星岡茶寮を開業し、関西の食通人に好評を博しました。 しかし、理想に走り過ぎて経営は放漫化し、社長・中村竹四郎との間に溝を生じます。 1936(昭和11)年、放漫経営を理由に星岡茶寮の顧問を免ぜられました。 以後は星岡窯を拠点に作陶一本で進む決意を固めます。 1939(昭和14)年、東京白木屋本店地階食料品部に特選食料館・山海倶楽部を開業しました。 1942(昭和17)年、金沢の遊部外次郎、山中の辻石斎達と専ら磁器制作に専念しました。 1945(昭和20)年、空爆にて星岡茶寮が焼失しました。 1946(昭和21)年、東京銀座に魯山人工芸処・火土火土美房を開業しました。 魯山人窯芸研究所を魯山人雅陶研究所に改称しました。 1951(昭和26)年にパリのチェルヌスキー美術館で現代日本陶芸展が開催され、 この展覧会はヴァロリスに巡回され、ピカソも魯山人の作品を賞讃したといわれます。 1952(昭和27)年、イサム・ノグチ達と備前焼の金重陶陽を訪ね、作陶を行いました。 1953(昭和28)年、金重陶陽に依頼して備前焼の窯を魯山人雅陶研究所内に築窯しました。 1955(昭和30)年、重要無形文化財「織部焼」の保持者(人間国宝)に勧告を受けるも辞退しました。 画家、篆刻家、書道家、料理家、陶芸家、漆芸家として幅広く独自の美の世界を追求し、 各方面において優れた実績を残しました。 焼物本来の実用性を重視した見識が近年の食や器への関心に導いた功績は多大です。