カテゴリー別アーカイブ: 仏像

神奈川県横浜市港南区にて、花梨(瘤付)の敷板、花台、パイプ、仏像など。

神奈川県横浜市港南区にて、立派な瘤のついた花梨の敷板や花台、パイプ、江戸期の日蓮上人木彫り座像、銀製の観音菩薩、大黒天、恵比寿天などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。ご実家の解体前に伴い、ご家族みんながお集まりになられており、色々なものを懐かしんでおられてました。ご家族皆さんのご期待に応えられるようにと、一点一点頑張って査定させていただきました。本日お売りいただいたのは、花梨(瘤付)の敷板や花台、パイプ、仏像、碁盤、置物、水盤など。たくさんのお品をお売りいただきました。花梨の敷板や花台は、立派な瘤付きのものでした。六角堂では、花梨や紫檀、黒檀やタガヤサンなどの唐木で出来た中国家具を強化買取りしております。唐木には花梨の他、紫檀・黒檀、鉄刀木(タガヤサン)や黄花梨などの木材がございます。遣唐使が唐から持ち込んだことから唐木と呼ばれるようになりました。数100年前もの古い唐木作品は制作に大変な時間と手間がかかっているため、中国骨董の中でも高い値で売買されているようです。ご不要になった唐木で出来たキャビネット、飾り棚、テーブル、椅子、文机、花台、香炉台などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。また、ダンヒル(dunhill )や、スタンウェル(STANNWELL)、シャコム(CHACOM)などのパイプもたくさんお売りいただきました。当社では、パイプの買い取りもしております。パイプ、煙管などの中古喫煙具は、昔から古物業界で人気がございます。パイプスタンドや、パイプ収納ラックなども併せてお売りいただきました。仏像は、江戸期の日蓮上人木彫り座像、銀製の観音菩薩、大黒天、恵比寿天など。日蓮上人像は、僧網襟の僧衣に袈裟、横被を着け、右手に笏、左手に経巻を執る日蓮聖人にいわゆる説法像であります。玉眼を篏入しており、時代ある古い仏像です。大黒天、恵比寿天像は、底裏に銀製の刻印があります。観音菩薩には刻印がありませんでしたが、恐らく銀製のものと思われます。数多くのお道具をお売りいただき有難うございました。本日二件目は、厚木市へ見積もりへ向かいました。こちらでは、作家物のお着物や帯などを査定させていただきました。ご縁がありましたら、よろしくお願い致します。帰りに圏央道厚木PAへ寄り、B-1グランプリで駒ケ根ソースカツ丼をいただきました。駒ヶ根ソースかつ丼はご飯の上に千切りキャベツを敷き、その上に秘伝のソースにくぐらせたカツを載せた丼です。とても美味しかったです。

東京都港区赤坂にて、クメール美術木彫り仏陀立像の出張買取。

東京都港区赤坂にて、クメール美術木彫り仏陀立像を出張買取させていただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。ご主人様が数十年前にアンコールワットへ旅行された時に、骨董屋さんで一目惚れされて日本まで持ち帰られた、木彫の仏陀立像をお売りいただきました。アンコールワットはカンボジア北部、アンコールにある石造寺院遺跡。12世紀の初め、クメール王朝スールヤバルマン2世の治下に建立されました。1992年には、アンコールの他の遺跡とともに世界遺産(文化遺産)に登録されております。こちらは数百年前といわれる仏像ですので、所々割れやカケ、背面にひび割れなどございましたが、それも一つの味となっており、日本のものとはまた違った雰囲気の良い仏像でした。両手を前に差し出している姿が特徴的ですね。
現在のタイ国ロッブリーからコラート地方は、11世紀~13世紀末にかけてクメール王国の統治下であり、この地域で製作または出土されたクメール美術作品をロッブリー様式(派)の作品としております。この作品は、ドヴァーラヴァティー美術の後継者であり、その伝統的な仏像様式は両手を胸の前に上げ、掌を正面に向けた印で、「恐れなくてよい」と衆生(しゅじょう)の恐れの心を取り去って救う施無畏印(せむいいん)を結んでいます。仏陀は通常装身具を一切身に付けない姿で表現されておりますが、クメールでは装身具で荘厳された仏陀を王と重ね合わせた独自の信仰から、この作品では肉髻に円錐形のムクタ(宝冠)を被せ、美しく宝飾された帯飾りで荘厳しております。
素敵な仏像をお売りいただき有難うございました。お客様からいただいた紅茶、とっても美味しかったです。ご馳走様でした。お客様の思い出の仏像、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は有難うございました。帰宅途中、志木市にある「らーめんの小池さん」へ寄り、小池さんらーめんをいただきました。志木の市場から近いので、よく寄らせていただいておりますが、ニンニクの効いたスープが癖になります。しっかりスタミナ付けて、明日からも出張買取頑張ります!

埼玉県さいたま市大宮区にて、古銅製観音菩薩立像、木彫りの仏像、香木など。

埼玉県さいたま市大宮区にて、古銅製観音菩薩立像、木彫りの仏像、沈香香木などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、仏像や仏具、香木など。古銅製の仏像は、水瓶を持った観音菩薩立像。合わせ箱にしまわれて保管されておりました。また、袋に入ったものがあり、中を開けてみると沈香香木が入っておりました。お客様は香木の存在を知らず、査定させていただくとこのようなものにも価格がつくのと驚いていらっしゃいました。香木は近年、中国の方々から大変人気があり、六角堂でももちろん買い取りを強化しております。お客様にもお喜びいただけて良かったです。当社をご指名いただき有難うございました。倉庫へ戻る途中、さいたま市にある「一風堂」さんへ寄りました。始めてきましたが、とても有名店のようですね。わたしは「赤丸新味」、N尾氏は「白丸元味」をいただきました。豚骨のスープがとても美味しかったです。

六角堂では、伽羅・沈香・白檀など、香木を強化買取りしております。香木の他、香道具や仏具なども探しております。ご不要のお道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。香木・香道具に詳しいスタッフがお伺い、査定、高価買取させていただきます。

沈香(じんこう)
ジンチョウゲ科の樹高の高い常緑樹の樹皮が菌に感染したり傷がつくと、それを治すために植物自身が樹液を出します。この樹液が固まって樹脂となり、長い時間をかけ胞子やバクテリアの働きによって樹脂の成分が変質し、特有の香りを放つようになったものを沈香(じんこう)といいます。沈香という名前は「沈水香木」、つまり普通の木よりも比重が重いため「水に沈む」ことに由来しています。沈香のもとになる木は、大人の木になるまでに約20年かかり、沈香ができるまでに50年、高品質の沈香になるには100~150年かかると言われています。沈香ができるメカニズムには現在でも謎が多く、また偶然性に左右される面が大きいことから、人工的に生成することは極めて難しく、とても貴重なものとして扱われています。沈香は産地によって「シャム沈香」、「タニ沈香」と分類されることもあります。シャム沈香は、インドシナ半島(タイ、カンボジア、ベトナムなど)で産出される沈香で香りの甘みが特徴、タニ沈香はインドネシアの島々で産出される沈香のことで香りの苦みが特徴です。なお、香道では産地(木所(きどころ))を手掛かりにして沈香を六種類に分類した「六国(りっこく)」というものもあります。伽羅(きゃら)ベトナム産。五味に通ずる。羅国(らこく)タイ産。甘味。真那賀(まなか)マラッカ産。無味。真南蛮(まなばん)インド東海岸のマラバル産。酸味、苦味。寸聞多羅(すもたら)インドネシアのスマトラ産。苦味、鹹味。佐曾羅(さそら)インドのサッソール産。鹹味。この六国については、現在では国名や地名などがいろいろ変化していて、実際の正確な産地名などははっきりしていないようです。さらに香りを味に置き換えた「五味(ごみ)」に分けられます。五味とは甘(かん)・酸(さん)・辛(しん)・鹹(かん)・苦(く)の五種類の味を指し、この五味が何種含まれるか、組み合わせはどうかを判断します。以上を香道における分類として「六国五味(りっこくごみ)」と呼ばれる方法が編み出されました。

東京都杉並区高円寺北にて、木彫り仏像、鉄瓶、火鉢、紫檀のネストテーブルなど。

東京都杉並区高円寺北にて、南部白雲の弘法大師立像、木彫り大黒天、鉄瓶、火鉢、紫檀のネストテーブルなどをお売りいただきました。

先日お呼びいただいたお客様より再度ご連絡いただき、旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。先日お呼びいただいた時には、掛け軸や三味線、贈答品などをお売りいただきましたが、今回もまた数多くのお品をお売りいただきました。今回お売りいただいたのは、屏風、古唐木の座卓、紫檀のネストテーブル、火鉢、鉄瓶、茶道具、銀製のトロフィー、お着物など。屏風は東郷平八郎などの書、火鉢は関東長火鉢に欅のくり抜き火鉢、鉄瓶は斑紫銅蓋の尾垂型京鉄瓶など。茶道具は、茶碗、水指、釜などがございました。木彫りの大黒天は三津男作とあります。弘法大師立像は井波彫刻の名工である南部白雲のもの。共箱などはありませんでしたが、厨子に納められて保管されておりました。井波彫刻(いなみちょうこく)は富山県南砺市井波地区(旧井波町)を中心に生産される木彫工芸品。井波地区は日本一の木彫りの町として知られております。高い技術を持っていた井波の大工が、18世紀の中頃に焼失した寺の本堂を建て直した時、京都から派遣された御用彫刻師に彫刻の技術を伝えられたのが始まりとされております。初期の頃は大工と彫刻を兼業し、寺院彫刻が仕事の大半を占めていました。明治時代になると彫刻を専業とするようになり、欄間等の一般向けの製品が考え出されました。二百本以上のノミや彫刻刀を駆使する高度な技術を持つ伝統的な木彫刻です。南部白雲もまた三代続く名工として、国指定伝統工芸「井波彫刻」を生業としております。弘法大師とは平安前期の真言宗の開祖。幼名は真魚、諱は空海、号は遍照金剛。留学僧として渡唐、青竜寺の恵果和尚より真言密教の秘法を受け、帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し、また東寺を真言密教の道場としました。大僧都に進み、綜芸種智院を創立。詩文にも通じ、三筆の一人。承和2年(835)寂、62才。
ご家族の思い出のお品が解体とともに処分されず、次へと繋げられお客さまにお喜びいただきました。思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二度にわたり当社をご指名くださり有難うございました。現在六角堂では、弘法大師像や大黒天などの仏像の買い取りを強化しております。木彫りのものから金属製、石製のものまで幅広く買い取りしております。また、中国やチベットなど海外の仏像も買い取りしておりますので、ご不要の仏像がございましたら六角堂までお問い合わせください。
今日は志木市場の開催日でしたので、市場へ向かう途中、吉野家さんで牛丼をいただきました。市場終了後に、池袋にある「つけ麺屋 のぶなが」へ仲間たちと食事をしに行きました。味噌ラーメンをいただきましたが、濃厚スープがとても美味しかったです。つけ麺で有名なお店のようですので、次回はつけ麺をいただきたいと思います。

東京都品川区にて、唐木・玉製の観音像、唐木花台、ぺこちゃんこけしなど。

東京都品川区旗の台にて、唐木・玉観音像、唐木花台、ぺこちゃんこけし、古いアニメのレコードなどをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、新宿区西早稲田にて、お着物の買取でお呼びいただきました。古めのお着物でしたが、大切にされていたようで保管状態の良いお着物が多くございました。帯締めや草履なども併せ、全て買い取らせていただきました。お亡くなりになられた叔母様のご遺品でしたが、次に着ていただける方へ大切に繋げさせていただきます。二件目は業者様のご紹介で、品川区旗の台へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。子供の頃に住んでいらっしゃった三姉妹の方々が揃ってお迎えくださいました。お売りいただいたのは、お父様が昔香港へ仕事で行かれた際にいただいたという唐木や玉製の観音像、仏画などの掛け軸やまくり、唐木の花台の他、ご姉妹の方々が子供の頃に聞いていらっしゃったアニメのレコード、ブリキのおもちゃ、古いソフビ、ペコちゃんこけしなど。玉製観音は寿山石で彫られたもの。赤みのある凍石が混ざっており雰囲気がいいです。唐木の観音は時代物の為、ひび割れなどございましたが、仏像は当社で買い取りを強化しておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。唐木の花台は、小振りなもので、木目が綺麗なものでした。古いレコードは昔懐かしいアニメのもの。ペコちゃんこけしはレトロで可愛いですね。他にもおもちゃや雑貨などたくさんお売りいただきました。ご家族皆様の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。終始、丁寧にしていただき、有難うございました。倉庫へ戻る途中、知人のリサイクル業者のところへ、日本画家河合玉堂の掛軸を査定しに行ってまいりました。残念ながら、工芸画でした。倉庫へと戻り、市場の仲間たちと「らーめんの小池さん」へ行きました。今日はスタミナラーメンに爆弾チャーハン。爆弾チャーハンとても辛いです!汗だくだくでいただきました。皆さんも是非ご挑戦ください。明日は、世田谷区成城、港区赤坂、大田区東糀谷へ出張買取。ハードスケジュールですが、頑張ります!

群馬県高崎市にて、在銘阿弥陀如来像、小野珀子の金襴手ぐい吞、宣徳銅の手炉など。

   

群馬県高崎市にて、刀田村在銘阿弥陀如来像、小野珀子の金襴手ぐい吞、大明宣徳年製銘の宣徳銅の手炉、軽井沢彫りのブックエンドをお売りいただきました。

お荷物整理にてお呼びいただきました。本日は久々の群馬県出張買取。関越道三芳PAから乗り、上信越道藤岡IC経由で向かいました。作者は不詳でしたが、阿弥陀如来像は円空仏のような姿で雰囲気の良い仏像でした。大明宣徳年製銘の手炉は、時代ある宣徳銅製のもの、当社で強化買取り中のお品になります。宣徳銅器(せんとくどうき)は明王朝最盛期に宣徳帝がシャム(現在のタイ)から真鍮を、日本から赤銅を輸入して作られたもの。こちらは近年造られた写し物になりますが、頑張り査定で買い取らせていただきました。小野珀子は、女性では2人目となる日本陶磁協会賞を受賞している陶芸家。金彩による煌びやかな装飾を施す釉裏金彩(ゆうりきんさい)や金襴手(きんらんて)などを得意とし、数多くの美しい作品を世に残された人気作家です。もちろんこちらも当社で強化買取り中のお品となってます。他にも、堆黒の印籠(こちらも近年造られたものでした)、蒔絵の入った時代琴、掛け軸や額などございましたが、こちらはまた後日お呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしてます。帰りにお客様にこの地域で有名なお食事をお聞きした所、藤岡ラーメンというラーメンが近年人気が出ているとの事でしたので、早速ネットで検索。藤岡市にある「みやご食堂」さんというお店が有名なようでしたので、早速向かいました。しばらく走ってようやく到着すると、なんと準備中。とても残念でした。こちらはまたお呼びいただいた時に必ず寄りたいと思います。藤岡らーめんを諦め、関越道にのり上里SAへ寄りました。以前寄った際にも食事をした「上州ぽ~く亭」さんで上州豚のカツ丼をいただきました。サクサクのカツにとろとろ玉子がとても美味しかったです。今日はひな祭りでしたので、娘に桜あられなどのお土産を買って帰りました。長男はフットサルの試合で優勝してきたようです。明日は埼玉県川口市へ出張買取、夕食は家族で祝い飯をします。

小野珀子(おのはくこ)1925(大正14)年~1996(平成8)年
日本を代表する女流作家で金箔を大胆かつ繊細に使った釉裏金彩や金襴手を得意とし、その華麗な手法と現代的感覚を複合させた豪華絢爛で幽玄な世界観を展開しています。
釉裏金彩とは焼成した磁器の表面に金箔を低温で焼き付け、更に金箔を安定させる為に上から低温で熔ける釉薬を掛けて再び低火度焼成する技法です。
図案構成された金箔が青や黄色の色釉の下から艶やかで幻想的な光彩を放っています。
1925年小野珀子は小野琥山の長女として愛知県に生まれました。
1931年に父が勤務していた名古屋製陶所を辞職し、福島県大沼郡会津美里町瀬戸町に琥山製陶所を設立して一家は移住しました。
不況な時代であった事も重なって父の経営は困難を極めますが、1939年に佐賀県嬉野市嬉野町下宿に小規模ながら琥山製陶所を移設しました。
珀子だけは福島県に残って女学校卒業まで叔父の許に預けられました。
1943年、会津若松高等女学校を卒業後、嬉野に戻って家業に従事しました。
その頃の琥山製陶所は有田の問屋が盛んに買い付けるようになって活気を帯びていました。
1948年に東京の大串家に嫁いだのですが、1960年に協議離婚して嬉野に戻り、父の琥山製陶所デザイン室に勤務しました。
1964年 現代国際陶芸展での加藤土師萌の釉裏金彩作品を見て感激し、自身も釉裏金彩の研究を始める。
1970年 九州山口陶磁展で第一席、日本工芸会西部工芸展朝日銅賞、九州毎日陶芸展準大賞
1971年 日本工芸会西部工芸展朝日金賞、佐賀県展第一席
1973年 日本陶芸展第一部優秀作品賞など受賞し
1981年 女性陶芸家としては2人目となる日本陶磁協会賞を受賞
1970年 日本伝統工芸展初入選以来同展に入選を重ねている(日本工芸会正会員)。
1992年 佐賀県指定無形文化財の認定

東京都練馬区南大泉にて、木彫りの釈迦如来坐像、佐野宏采の菊華香炉。

本日は二件の出張買取。一件目、練馬区南大泉へお荷物整理でお呼びいただきました。画像の木彫り釈迦如来坐像、佐野宏采の菊華香炉の他、家具やオーディオ、贈答品などを買い取らせていただきました。佐野宏采の白銅製香炉は高岡銅器のもの。佐野宏采は昭和19年、高岡市に生まれ、昭和43第15回日本伝統工芸展初入賞。その後昭和45年から日本伝統工芸金工新作展に13回連続入賞という輝かしい実績をあげている金工師です。残念ながら底に記念が入ってしまっておりましたが、細密細工が素晴らしい作品でした。他にもお父様が生前仏像を彫っていらっしゃったようで、大切にされていた彫刻刀をお譲りくださりました。木彫りの仏頭が数点ありましたが、とても立派な作品でした。大事にされていた彫刻刀をはじめ、たくさんお売りいただき有難うございました。ご家族皆様の思い出のお品、大切に次へと繋げさせていただきます。二件目は、目黒区洗足へとお伺いさせていただきました。こちらでは、たくさんのお着物、掛け軸(茶掛け)、盆などを買い取らせていただきました。お着物は、残念がらシミが出てしまっておりましたが、ウールや喪服を含め全て買い取らせていただきました。掛軸は茶掛け、盆は鎌倉彫のもの。お母様が大切にされていたお着物、お道具、大切に次へと橋渡しさせていただきます。この度は当社のご指名ありがとうございました。帰りに洗足駅のそばにある中華料理屋「高楽」さんへと寄りました。地元に根付くアットホームな中華料理屋さんといった感じのお店で、わたしは大好きです。ワンタンメンに餃子をいただきましたが、昔ながらのシンプルなお味で、餃子がとても美味しかったです。また近くへ来た時には寄りたいと思います。

佐野宏采(さのこうさい)
昭和42年 伝統工芸富山展支部賞受賞
昭和43年 日本伝統工芸展初入選 以後28回入選
昭和45年 日本伝統工芸金工展入選 以後13回入選
昭和46年 伝統工芸富山展 北日本新聞社賞受賞
昭和49年 伝統工芸富山展 日本工芸会賞受賞
昭和49年 日本工芸会 正会員認定
平成 4年 日本伝統工芸富山展芳春賞受賞
平成 9年 高岡物産振興協会表彰
平成13年 日本伝統工芸富山展 高岡市長賞受賞
平成17年 伝統工芸高岡銅器振興協同組合表彰
平成18年 伝統工芸富山展 日本伝統工芸会賞受賞
平成22年 高岡市民功労者賞受賞

東京都品川区上大崎にて、江戸期の木彫り仏像、春画の戦前絵葉書など。

 

東京都品川区上大崎にて、江戸期の木彫り仏像、春画の戦前絵葉書などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で旧家解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。古いものがたくさん残っており、画像の木彫り仏像や戦前絵葉書の他、時代家具、勲章、火鉢などを買い受けさせていただきました。買い取らせていただいた仏像は恐らく江戸時代のもの。厨子の扉に破損、仏像にも一部欠けなどございましたが、当社で買取りの強化りのをしているものですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。仏像は骨董品や美術品としての価値も高く、素材も金属、石、木、彫塑、乾漆など様々な仏像がございます。木彫仏には、石や金属製のもの以上にぬくもりがあるとされており、コレクターの方も数多くございます。一本の木材を彫刻して作り上げるものもあれば、複数の木材を組み合わせて完成させる仏像もございます。前者を一木造りといい、後者を寄木造りといい、昔は一木造りによる手法が用いられておりましたが、平安時代の末期頃から寄木造りの手法が登場してきました。木彫り仏で有名な仏師では、江戸時代の円空さんが有おります。全国各地を行脚しながら夥しい数の神仏像を刻んだ僧です。生涯で12万体の像を彫り上げたといわれる伝説の仏師です。古い時代の仏像には骨董品としての価値があったり、作家物であればその作家の評価も買受け額に影響してきます。ご自宅にお持ちの仏像・仏具・仏画・曼荼羅・仏教彫刻など仏教美術について、売却をお考えの際は六角堂までお気軽にご相談下さい。仏像などの仏教美術に詳しい専門家が出張査定し、高価買取させていただきます!また、春画(枕絵)作品や、戦前絵葉書、古書なども強化買取り中ですので、併せてお問い合わせください。古き良きお道具達をお売りいただき有難うございました。大切に次へと繋げさせていただきます。
帰宅時に先日も行った「とんでん」へと寄りました。いつもは「さざんか」というセットをいただくのですが、本日は北海道豚丼をいただきました。また、白子フェアなるものをしておりましたので、白子の天ぷらも追加しました。熱熱の衣にとろける白子、とっても美味しかったです。明日は大雪とのこと、朝からスタッドレスタイヤに交換してまいります。わたしは仕事の影響に心配しておりますが、子供たちは喜んでおります・・・。

東京都荒川区西尾久にて、桐たんす、座卓、煙管、ガンダーラ仏の仏頭をお売りいただきました。

東京都荒川区西尾久にて、桐たんす、座卓、煙管、ガンダーラ仏の仏頭をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。家具をはじめ、お爺様の思い出のお品などをまとめて買取させていただきました。お忙しい中、お時間を合わせていただいたりお気遣いくださり有難うございました。本日は一件のみの買い取りでしたので、午後は倉庫整理をしてきました。台風が近づいてきておりますので、倉庫周りを念入りに片付けてきました。仕事帰り、仲間たちとスシローさんへと行き、大好物の茶碗蒸し、お寿司、デザートをいただきお腹いっぱいになりました。
ガンダーラは現在のアフガニスタンの北部にあり、古代の交通の要衝にあたります。紀元前四世紀のアレキサンダー大王の東方遠征以来、ギリシア文化やインド文化など、東西文明の交流がさかんな土地となりました。もともと仏教徒は偶像崇拝をせず、仏像を作らなかったのですが、ガンダーラにて神像を作るギリシア人に影響を受け、歴史上初めて仏像が作られたといわれています。そのため、ガンダーラの仏像はミロのヴィーナスを代表とする西洋彫刻的な、顔の彫りが深く、髪型もギリシア風の巻き毛などの姿をしているものが一般的です。こちらは小振りのサイズですが、ガンダーラ仏は美術品としての価値も高く、同じものは二つとありません。貴重なものをお売りいただきありがとうございました。
六角堂では、仏教美術、密教美術を探しております。
チベット仏、金銅仏、鍍金仏、銅仏像、古銅仏像、鋳銅仏像、石仏像、木彫仏像、珊瑚仏像、白磁仏像、香木仏像、乾漆仏像、象嵌仏像、インド密教仏、ガンダーラ石仏、アカンサス装飾、スコッタ ストッコ像(ストゥッコ像)、テラコッタ像、仏頭、タンカ、マンダラ、仏画、中国仏画、チベット仏画、高麗仏画、朝鮮仏画、仏教彫刻、宝塔彫刻、仏舎利(ぶっしゃり)彫刻、舎利塔(しゃりとう)彫刻、多宝塔(たほうとう)彫刻、仏具、厨子、線香、香木、数珠、如意(にょい)、金剛杵(こんごうしょ)、釣鐘、香炉、宝珠、経典、経巻、経箱、石彫レリーフ、愛染明王、阿弥陀如来、韋駄天、観音菩薩、地蔵菩薩、釈迦三尊象、釈迦如来、十一面千手観音、十二神将、千手観音、大黒天、毘沙門天、不動明王、弥勒菩薩、薬師如来などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。仏教美術、密教美術に詳しい鑑定士が、見積もりにお伺いします。

栃木県足利市にて、陶磁器、仏像、ブロンズ像、線香、絵画、壁掛など。

 

栃木県足利市にて、陶磁器や絵画、総白檀彫聖観音像、北村西望のブロンズ像「天女の笛」、大道寺光弘のブロンズ像「藍色の風」、国産や中国線香、徳斎の立体古民家壁掛け、ビリケンのブロンズ置物など、多数お売りいただきました。

お家の建て替え前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日は栃木県足利市への長距離出張、関越道、北関東道で向かいました。雨の中での作業となりましたが、お客様が駐車スペースを用意してくださりましたので、スムーズに作業を進めることが出来ました。お爺様が生前、絵画、仏像、彫刻、陶磁器などの骨董品を集めるのがお好きだったとの事で、数多くのお品をお売りいただきました。北村西望や大道寺光弘のブロンズ像、白檀の一刀彫の聖観音像などを買い受けました。聖観音の白毫(びゃくごう)には、ダイヤモンドが付いており、大変珍しいものでした。白毫とは、仏像の額の箇所にある点のことで、こちらは巻き毛を表したもので仏の知恵を示し、光を放って人々を救われたようです。白毫があるのは、釈迦や観音の如来、菩薩像のみで、四天王や不動明王などの天部、明王像にはついておりません。また、木材には、香木である白檀が使われております。状態も良く、共箱、鑑定書も付いておりました。大仏師である、松本明慶の大日如来像の共箱もございましたが、こちらは肝心の仏像が見当たらなかったので、また次回見つかり次第お売りいただくこととなりました。線香は、日本のものの他、中国で購入されたものなどがあり、竜涎香の線香など面白いものもございました。古民家を立体的に彫った徳斎作の壁掛けなども買い受けさせていただきました。壺、花器、茶碗、香炉、大皿などの陶磁器も、多数お売りいただきました。たくさんのお道具をお売りいただき有難うございました。お爺様の集められていた思い出の品々、大切に次へと繋げさせていただきます。お家が広く、お品も多かったので、だいぶ時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。また、途中お茶をいただいたり、お気遣いありがとうございました。帰りに近場でお勧めの食事処をお聞きしましたが、水曜日は定休日との事で残念。北関東道のPAへ寄るもこちらはコンビニしかなく、関越道上里SAで食事をしました。足利市へ向かうときの食事も、上里SAでした。行きは姫豚ミックス丼、帰りは溶岩焼ロース・バラ丼でどちらも豚丼。残念ながら栃木の地元料理は食べれませんでしたが、どちらの豚丼もとても美味しかったです。また次回お呼びいただいた時には、足利市、または栃木県の地元料理をいただきたいと思います。

北村西望(きたむらせいぼう)1884(明治17) – 1987(昭和62)
京都工芸学校、東京美術学校を卒業。1915年初期代表作『怒濤』で文展2等賞を受賞。
1955年、5年がかりで長崎『平和祈念像』を完成させたことで知られている。
1958年文化勲章、文化功労者顕彰。1969年紺綬褒賞、日展会長就任。

大道寺光弘(だいどうじみつひろ)北海道出身の彫刻家
1985年に単身アメリカニューヨークへ渡り、独学で彫刻を学び、1987年にインターナショナル・アート・コンペティションのゴールドメダルを受賞したアメリカで認められた実力派。現在はニューヨークと富山県高岡市のアトリエを拠点に活動を続けています。
インターナショナル・アート・コンペティションは新進芸術家の登竜門として美術界に威光を放つもので、歴代受賞者はいずれも世界をまたにかけて活躍を見せております。
大道寺光弘の作品に流れる清らかな透明感、ひときわ優れたしなやかな技量、そして何より慈しみ深い優しい視点が絶大な人気を博し、「Daidoji」の名でアメリカをはじめ海外でも広く知れ渡っており、多くの企業が作品の買い上げを行っております。