カテゴリー別アーカイブ: 着物

千葉県市川市にて北村武資、羽田登喜男、輝衣雅人の帯、都喜ヱ門の大島紬。

千葉県市川市にて北村武資の袋帯、羽田登喜男の名古屋帯、輝衣雅人の明つづれ帯、都喜ヱ門(金ラベル)の藤白泥大島紬をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物を数点ご整理されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お伺いする前に数社が見積もりに入っており、相見積もりでありましたが、査定を頑張らせていただき当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいたお品は、人間国宝 北村武資の袋帯、人間国宝 羽田登喜男の名古屋帯、都喜ヱ門(金ラベル)の藤白泥大島紬、輝衣雅人の明つづれ袋帯など。いずれも素晴らしいお着物ばかりでございました。多少の汚れ、使用感あるものの、全体的に状態が良かったです。当社の買取強化作家作品でしたので、高価査定となり、買取させていただくこととなりました。またお着物をご処分される際にはお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。大切にされていたお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、誠に有難うございました。

北村武資(きたむらたけし)
1935年~ 昭和後期~平成時代の染織家。
昭和10年8月18日生まれ。上代織の一種である羅(薄絹),経錦(たてにしき)の伝統技法を体得。菱文,唐花文などの複雑な文様をおりだす。昭和40年日本伝統工芸染織展初入選。以来同展で受賞をかさね,平成7年羅で,12年経錦で人間国宝。京都出身。

羽田登喜男(はたときお)
1911~2008年 昭和~平成時代の染色家。
明治44年1月14日生まれ。南野耕月に加賀友禅(ゆうぜん)を,曲子(まげし)光峰に京友禅をまなぶ。昭和12年京都で独立。30年日本伝統工芸展初入選。祇園(ぎおん)祭の蟷螂山(とうろうやま)の胴掛けなども手がけた。63年友禅で人間国宝。平成8年フランスのリヨンで京友禅展をひらいた。平成20年2月10日死去。97歳。石川県出身。

都喜ヱ門(ときえもん)
「紬一つをわが命とぞする」を人生哲学として、七十有余年を大島紬と共に歩む。
本場大島紬の伝統技法をベースに、新しい図柄・技法を求め、絣や染色技法を開発する。
時代を先取りする作品創りに打ち込まれ、1973年には『都喜ヱ門』ブランドを展開する。
都喜ヱ門の作り出す、色彩豊かで美しく、豪華絢爛な大島紬は「ペルシャ絨毯をしのぐ」とも言われております。

東京都国立市にて吉澤与市、南部幸雄など作家物の着物、たつむらの帯、反物。

 

東京都国立市にて吉澤与市、南部幸雄など作家物の着物、たつむらの帯、反物、和装小物、桐箪笥をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物を多数ご処分されたいとお問い合わせいただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、吉澤与市のお着物、漢方草木染の訪問着、伝統工芸士・小林茂徳の江戸小紋、伝統工芸伝承者彫刻・南部幸雄の型染鬼しぼ縮緬、赤塚次男の本場奄美大島泥染 道行コート、作家物の友禅黒留袖、龍村美術織物(たつむら)の名古屋帯、服部綴工房 峯陽作 本つづれ帯の他、たくさんの着物、反物、和装小物をお売りいただきました。数が多く査定に時間が掛かってしまいましたが、一点一点丁寧に査定し、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。当社で買い取りを強化している証紙付きの着物や作家物のお着物なども多く有り、高価査定に繋がりました。多少シミ汚れ等あるものもございましたが、全て買い受けさせていただきました。桐箪笥は伝統工芸品である名古屋桐箪笥。砥粉落ちやシミなどございましたが、こちらも買取させていただきました。お茶道具や陶器などをご処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日はたくさんのお着物をお売りいただき、有難うございました。

東京都渋谷区広尾にて初代 久保田一竹の訪問着、帯、東山魁夷の木版画。

東京都渋谷区広尾にて初代 久保田一竹のぼかし染め訪問着、辻が花帯、東山魁夷の木版画「青い峡」をお売りいただきました。

お着物をご処分されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は初代 久保田一竹のぼかし染め訪問着、辻が花帯、作家物のお着物、東山魁夷の木版画「青い峡」など。初代久保田一竹は20歳の時に東京国立博物館で辻が花と出会い、感銘を受け生涯をその研究にささげることを決意されました。太平洋戦時での召集などの困難を乗り越え、手描き友禅を生活の糧としながら、研究を続け、60歳にして初めて「辻ヶ花」を完成させます。これが「一竹辻ヶ花」と命名された逸品の始まりです。一竹の着物はファンも多く、特に初代のアイテムは非常に高値で取引をされているため、高額査定で買い取らせていただくことが出来ました。残念ながら若干ヤケやシミが出てしまってはおりましたが、当社で買い取り強化している初代久保田一竹作品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。他のお着物もシミ汚れの出てしまっているものもございましたが、当社で買取強化している作家作品もあり、全て買い取らせていただきました。絵画は日本画の巨匠「東山魁夷」の木版画「青い峡」。京都の山をモチーフにされた作品です。こちらもまた社で買取強化している作家作品、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。お客様の大切にされていたお着物、絵画など、大切に次へと繋げさせていただきます。良いお品を多数お売りいただき有難うございました。

初代 久保田一竹(くぼたいっちく)1917年(大正6年)10月7日~2003年(平成15年)4月26日
1916年 10月7日 神田に生れる
1931年 友禅師小林清師に入門
1948年 辻が花の研究に着手
1961年 独自の染色法一竹染を創業
1983年 パリ・チェルニスキー美術館にて「一竹辻が花展」
1984年 ニューヨーク・ダラスにて「一竹辻が花 光・風・音展」
1985年 ベルギー・ブリュッセルにて「一竹辻が花 光・風・音展」
1988年 バチカン宮殿にて上演された創作能「イエズスの洗礼」の衣装制作
1989年 ヨーロッパ主要都市にて個展
1990年 フランスよりフランス芸術文化勲章シェヴァリエ章を受賞
1993年 文化庁長官賞受賞
1994年 久保田一竹美術館(河口湖町)開館
1996年 ワシントンD.C.スミソニアン国立自然史博物館にて個展
2003年 逝去(享年86歳)

東山魁夷(ひがしやまかいい)1908~1999年
1908年 横浜市に生まれる。
1929年 第10回帝展に「三国の秋」を出品し初入選。
1931年 東京日本美術学校日本画科卒業。結城素明に師事し、魁夷と号する。
1934年 第1回独文化交換学生としてベルリン大学入学。
1939年 第1回日本画院展で「冬日」が日本画院賞第一席となる。
1969年 文化勲章受章。文化功労者として顕彰される。
1979年 「日本東山魁夷絵画展覧会」が開催され訪独。
1980年 「第二期唐招提寺障壁画展」が開催される。
1995年 米寿記念「唐招提寺障壁画と画業60年の歩み、東山魁夷展」開催
1999年 死去。勲一等瑞宝章受章。
2005年 ⾹川県に「東⼭魁夷せとうち美術館」が開館

栃木県栃木市にて結城紬や大島紬、紅型などの反物、帯など。

 

栃木県栃木市にて結城紬や大島紬、紅型などの反物、帯などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。結城紬の反物を多数ご処分されたいとご連絡いただき、出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は結城紬や古代草木結城の反物、正絹大島男物亀甲絣の反物、琉球紅型やちりめんの反物、帯など。反物は全て未仕立てもの。帯は西陣織など。締めているものでしたが良い状態でした。お問い合わせいただいていたように結城紬の反物が多くございました。お売りいただいた結城紬は、通称”紬”マークと呼ばれる、証紙のものです。本場結城紬の「結」印ではなく、「紬」印のこちらは本場結城紬と名乗ることができない結城紬になります。結城紬は旧結城藩の地域(結城市内とは異なる)で織られたものだけで、産地の他に①糸は全て真綿より手紡ぎされたもの。②模様(絣)をつける場合は手括りによるもの。③地機で織られたもの。という3つの条件があります。この条件を満たし検査に合格すると「本場結城紬 地機」というラベルが付きます。残念ながら「紬」印の結城紬はこの3つの条件をクリアできていないものとなります。「紬」印のものは本場のものに比べ、どうしても査定額も低くなってしまいます。全て「紬」印のものでしたが、木箱に納められ状態の良い反物でしたので、精一杯の査定額で全て買い取らせていただきました。まとめてのご売却、有難うございました。
栃木県に来たらやはり宇都宮の餃子を食べて帰りたくなります。いつも行く宇都宮の餃子店は現在テイクアウトのみとなってましたので、美味しい餃子店をネットで検索し「平塚ラーメン 二代目 」へ向かいました。ラーメンと餃子を注文しましたが、ラーメンのチャーシューと餃子のボリュームがなんともすごかったです。極厚の肩ロースチャーシューが絶品でした。また寄らせていただきます。

山梨県富士吉田市にて作家物のお着物や帯、洋食器、木彫り雛人形など。

昨年お着物や茶道具などのご処分でお呼びいただいたお客様から、残りにお着物などをご処分されたいとご連絡いただき、山梨県富士吉田市へ出張買取させていただきました。遠距離出張でしたので、昨夜より近くのビジネスホテルへ泊まり、本日お伺いさせていただきました。お売りいただいたお品は、おだに武士(天才)の友禅、大脇一心の西洞院辻が花名古屋帯、正倉院模様裂訪問着、置賜紬 紅泥染の袋帯、久保田一竹工房の和装バッグ、松尾春海の木彫り雛人形、ロイヤルコペンハーゲン フローラダニカのピクルスディッシュオーバル、クリストフルのカトラリーセットなど。今回もまたたくさんのお品をお売りいただきました。お着物はシミや汚れなど出てしまっているものもございましたが、全て買い取らせていただきました。お昼の休憩で、炊き込みご飯にけんちん汁をわたしたちにご用意してくださいました。前回お呼びいただいた時には、おいなりさんを作っていただきました。お料理が上手なお客様で、とっても美味しかったです。ご馳走様でした。来年もまた、加茂桐箪笥のご処分でお呼びいただくこととなり、楽しみにしております。お怪我された足が早く治るよう祈ってます。お体を大切に、健康でいてくださいね。
画像は昨夜夕飯で寄った「冨士天ぷら いだ天」さんの吉田のうどん。吉田のうどんはとても硬く、非常にコシが強いのが特徴です。この硬さがクセになります。天ぷらも揚げたてで美味しかったです。帰りにはふじやま温泉へ寄り、ほうとうをいただきました。野菜やキノコがたくさん入っており、美味しかったです。温泉もとても気持ちよく、疲れがとりました。

大脇一心(おおわきいっしん)
1939年 名古屋で生まれる。
1958年 吉村春吉に師事し、染色の世界に入る。
1971年 より高次元の創造的活動を求め、同社を退社。
1971年 「西洞院辻が花」を発表。
(渡米し、約5年間ニューヨークに在住)
1981年 東京歌舞伎座大緞帳「辻が花賛歌」製作。
1987年 全国日本学士会より「アカデミア文化賞」を受賞。
1990年 歌舞伎座大緞帳「高山麗花」制作。

東京都国分寺市にて着物、今右衛門の額皿、東久留米市にて沢野ひとしのエッチング。

   

東京都国分寺市にて和田光正の金彩友禅黒留袖、作家物のお着物、帯、反物、12代今泉今右衛門の額皿など、東久留米市にて沢野ひとしのエッチング、着物、和装小物などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は国分寺市へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は和田光正の金彩友禅黒留袖、作家物のお着物、帯、反物、12代今泉今右衛門の額皿など。お着物はシミ汚れの出てしまっているものもございましたが、当社で買取強化している作家作品もあり、お客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。今右衛門は共箱なく窯作品ではありますが、珍しい絵柄の作品でしたのでこちらも高価査定で買い取らせていただきました。お忙しい中、お呼びいただき有難うございました。二件目は東久留米市へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、沢野ひとしのエッチング、着物、和装小物など。お着物に数点シミなどございましたが、全て買取させていただきました。また、帯締めなどの和装小物も併せてお売りいただきました。イラストレーターである沢野ひとしさんのエッチングの他、大徳寺の短冊なども買い取らせていただきました。ご家族の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。

和田光正(わだみつまさ)
昭和15年京都市に生まれ、見習い終了後、昭和37年独立して工房を持つ。 昭和45年光映工芸株式会社設立。昭和56年に社団法人日本染織作家協会正会員となる。 以後作品発表会や競技会などにおいて、多数の賞を受賞する。 横綱千代の富士関や横綱貴乃花関などの金彩友禅化粧廻しを制作する。 昭和62年に伝統工芸士に認定され、世界で活躍されています。
昭和60年 ドイツ・オルデンブルグより栄誉賞受賞
平成13年 京都府伝統産業優秀技術者「京の名工」 表彰
平成15年 京都手描友禅協同組合設立。顧問に就任、現在に至る。
平成15年 厚生労働省より「現代の名工」 表彰
平成24年 秋の叙勲に際し、瑞宝単光賞 受賞 など

十二代 今泉今右衛門(1897〜1975)
昭和23年(1948)襲名。本名は今泉平兵衛。
祖父である十代、父である十一代のもと専ら家業に打ち込み、近代色鍋島の復興に生涯を捧げる。 昭和27年に無形文化財の指定を受け、昭和46年には色鍋島技術保存会代表として、国重要無形文化財総合指定を受ける。
1967年、紫綬褒章
1968年、今右衛門古陶磁参考館を設立。
1972年、勲四等旭日小綬章

さわのひとし (沢野ひとし 本名、沢野 公)
イラストレーター、エッセイスト、絵本作家。
1944年12月18日 愛知県名古屋市生まれ。
児童出版社勤務を経て、イラストレーターとして独立。
書評誌「本の雑誌」の表紙、イラストを創刊号より担当。
椎名誠の著書の挿絵を担当。
児童書のさし絵の仕事に「なつのしっぽ」「きんいろの木」(以上講談社)、「みちこのダラダラ日記」(理論社)がある。
絵本の仕事は「だんごむしのダディダンダン」「みんな なにが すき?」(以上福音館書店)がある。
第22回講談社出版文化賞さし絵賞受賞。

東京都東久留米市にて加茂桐箪笥、読谷山花織、紬、木屋太、あらいそ帯など

東京都東久留米市にて加茂桐箪笥、読谷山花織、大島紬、結城紬、木屋太、あらいその袋帯などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。桐たんすやお着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、加茂桐箪笥 二竿、読谷山花織、大島紬、結城紬、木屋太、あらいその袋帯など。お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、胴丸下三大洋和箪笥、胴丸昇り箪笥という形のたんすで、当社で数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには、久光刻の銘有り。所々に砥粉落ち、小傷などございましたが、買取強化中のタンスですので買取させていただきました。お着物は数が多く、査定に時間が掛かってしまいましたが、一点一点丁寧に査定させていただきました。数点シミ汚れの出てしまっているものもございましたが、仕付け糸の付いたものや状態の良いものが多くございました。読谷山花織(よみたんざんはなおり)は、沖縄県中頭郡読谷村で作られている織物。織り地に先染めされた糸で花のような幾何学模様の文様を織り込んでます。大変手間のかかる織物なので、貴重な織物であります。お売りいただいた花織は単衣のお着物でした。大島紬は男物の本場大島紬。都喜エ門 金ラベルの証紙がございましたが、こちらは以前処分されてしまったようで見つけることが出来ませんでした。結城紬は奧順謹製の本場結城紬など。魚柄の袋帯は今河織物の人気ブランド、木屋太の袋帯でございます。木屋太の他にはない独自の切り口でデザインされる帯は、着物好きから多くの支持を受けています。あらいそは古代裂(名物裂)の復元に力を入れておられる機屋。名物裂以外、他の織物は一切創らないというこだわりと、舶載された当時の織味そのままに復元する技術に裏打ちされ、 他社のものとは風合いが違います。二つ並ぶ、タツノオトシゴのマークが、名物裂の復元をライフワークとする匠の印であります。この他にもたくさんのお着物や帯、和装小物などをお売りいただきました。搬出時に運び出しようにとご協力いただき、スムーズに終えることが出来ました。お客様の大切にされていたお着物、桐箪笥、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

千葉県船橋市にて城間栄順の紅型作り帯、越後屋の着物や作り帯、琉球絣など

千葉県船橋市にて城間栄順の紅型作り帯、銀座越後屋の着物や作り帯、琉球絣などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、城間栄順の紅型作り帯、銀座越後屋の作り帯、琉球絣など。城間栄順は琉球紅型の復興に力を注いだ父・城間栄喜(人間国宝)から受け継いだ技術を、父譲りの職人気質と情熱で磨き上げ、現代に生きる紅型の創作活動に取り組まれています。海と魚、自然をこよなく愛し、綺麗な沖縄の海をモチーフにした作品を作られてます。妥協を許さない精緻な手仕事でありながら、作品全体に感じられる大自然のおおらかさとあたたかさに魅了されます。お売りいただいたお品は沖縄の魚をモチーフにした紅型作り帯。名古屋帯を切って、二部式の作り帯にされたようです。こちらの帯はほとんどが作り帯となっておりました。他にも大島紬や琉球絣などもお売りいただきました。呉服の老舗 銀座越後屋さんで購入されたお着物がほとんどで、良いお着物が多くございました。残念ながらシミの出てしまっているものが多かったですが、良いお着物ですので全て買い取らせていただきました。ご家族が大切にされていたお着物、大切に次へと繋げさせていただきます。帰りにいただきましたソルティライチというジュース、とっても美味しかったです。熱中症予防にと、お気遣いくださり有難うございました。

城間栄順(しろまえいじゅん)
昭和 9年 沖縄県首里市(現・那覇市)で父栄喜(城間紅型宗家14代)、母ウシの長男として生まれる
昭和34年 首里高等学校卒業 人間国宝である父、城間栄喜とともに家業の紅型に従事
昭和45年 沖展会員に推挙
昭和52年 沖縄産業展県知事賞受賞
昭和59年 沖縄三越において「城間栄喜・栄順親子展」を開催
昭和60年 琉球新報産業活動賞受賞
昭和63年 沖縄三越において「古琉球紅型と城間家の技」を開催
平成 3年 沖縄タイムス芸術選賞大賞受賞
平成 5年 第40回日本伝統工芸展初出品、初入選
平成 8年 日本工芸会正会員認定
平成14年 日本伝統工芸展 NHK会員賞受賞
平成18年 銀座時事通信ホールにて「城間栄順 琉球紅型展 宝布に華咲かち」を開催

東京都中野区中野にて振袖、着物、練馬区向山で犬山焼や坂高麗左衛門の茶碗など。

東京都中野区中野にて振袖のセット、着物、練馬区向山で犬山焼赤絵四方皿や十代坂高麗左衛門の萩俵手茶碗など茶道具をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は中野区中野へお着物の処分整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお着物は振袖のセットなど。ちりめん地の振り袖で、柄も良く大変状態の良いものでした。振袖の帯や襦袢なども併せてお売りいただきました。また、草履や帯締めなどの和装小物も併せてお売りいただきました。お客様の思い出のお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。大切なお着物の整理に当社をご指名いただき、誠に有難うございました。本日二件目は練馬区向山へ、茶道具の整理でお呼びいただきました。数年前に茶道をやめて、保管されていた茶道具を徐々にご処分していきたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。たくさんのお道具がございましたが、少しずつ整理されたいとのことでしたので、本日は茶碗三点、水指二点、茶釜、香合のみお売りいただきました。十代坂高麗左衛門の萩俵手茶碗は十一代坂高麗左衛門の識箱、仕覆に納められておりました。高台脇に印銘「韓峯」がございます。俵形(楕円形)の俵手茶碗、側底部に窯キズ、見込みに窯キズがあるものの、大変素晴らしい茶碗でございます。坂高麗左衛門は当社で買取強化中の作家でありますので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。次回ご処分される際にもまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、六角堂をご指名いただき、有難うございました。

犬山焼(いぬやまやき)
江戸元禄年間、今井村(現在の犬山市今井)において、郷士奥村伝三郎が今井窯を築き、焼物を作ったのが始まりとされています。犬山城主成瀬正寿が文化7年(1810年)丸山に開窯、文政年間(19世紀)には、犬山藩お庭焼として発展しました。中国明時代の呉州赤絵を手本とする呉州風赤絵・成瀬正寿の意匠による光琳風の桜と紅葉をとりあわせた文様「雲錦手」が特徴で、素朴で優雅な陶器として愛用されています。

十代  坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)1890年~1958年
秀輔、号:韓峯
1890年 山口県で生まれる。
1909年 山口県立萩中学校を中退し、父9代・坂高麗左衛門に師事する。
1914年 大正博覧会に出品したガマ仙人置物が宮内省買い上げとなる。
1915年 大正天皇御即位奉祝品として萩町献上の花瓶一対を制作する。大正天皇御大典記念京都博覧会に出品した菓子鉢が宮内省買い上げとなる。
1916年 福禄寿置物が宮内省買い上げとなる。
1920年 李王世子殿下御婚儀奉祝品として山口県献上の高砂尉と姥置物を制作する。
1921年 10代坂高麗左衛門を襲名する。
1922年 皇太后陛下が香椎御参宮の際に置物が買い上げとなる。平和記念東京博覧会に出品した水指が宮内省に買い上げとなる。
1924年 今上天皇御成婚奉祝品として萩町献上の高砂尉と姥置物を制作する。北白川宮大妃殿下が萩町行啓の際に番茶器と湯沸と水注を買い上げとなる。
1925年 秩父宮殿下が山口県行啓の際に萩町献上の抹茶碗一対を制作する。万国装飾美術工芸パリ博覧会で銀牌を受賞する。伏見宮博義王殿下が萩港入港御上陸の際に萩町献上の花瓶を制作する。
1926年 摂政宮殿下が萩町行啓の際に萩町献上の大花瓶を制作する。聖徳太子展覧会委員を委嘱され、総裁久邇宮より香合を授かる。
1928年 天皇陛下御即位御大典奉祝として個人献上を許される。
1931年 梨本宮殿下が山口県行啓の際に武徳会山口支部献上の大花瓶を制作する。
1938年 竹田宮大妃殿下が山口陸軍病院戦傷病将士御見舞の際に、山口県献上の大花瓶を制作する。
1939年 朝香宮殿下が県下軍需工場巡視の際に山口県献上の大花瓶を制作する。
1943年 工芸技術保存資格者として選定される。
1946年 高松宮殿下が萩市行啓の際に萩市献上の抹茶碗を制作する。
1947年 天皇陛下が山口県行啓の際に山口県献上の天人風炉と富士形釜を制作する。
1958年 逝去

東京都新宿区戸山にて小森久の博多帯、祥園の袋帯、本場大島紬の着物や反物、辻村寿三郎の訪問着など。

東京都新宿区戸山にて小森久の博多織 本草木染 名古屋帯、祥園の袋帯、本場大島紬の着物や反物、辻村寿三郎(ジュサブロー)の訪問着などをお売りいただきました。

先日お呼びいただきましたお客様からご連絡いただき、お着物の見積もりで本日出張させていただきました。当社がお呼びいただく前にすでに三社が査定されていたようで、私どもも査定を頑張らせていただきました。四社の相見積もりでございましたが、査定の上、全て当社にお売りいただくこととなりました。お着物の数は約200点、一点一点丁寧に査定させていただきました。古いものから新しい作家物まで数多くございました。当社で買い取りを強化している作家作品もあり、高価査定と繋がりました。
本場博多織の帯は小森草木染工房 小森久の作品。四季折々、刻一刻と表情を変える自然の色に魅了され、「自然を染めたい」と、茜、藍、栗、蓬、梅、葛の葉などの草木を染料に、自然の色を一本一本の糸に再現しております。草木染で染めた博多織帯は、唯一無二(同じ色は二度染められない)ということで、大変人気がございます。お売りいただいたお品は網代の名古屋帯。状態も良く当社の買取強化商品ですので、高額査定となりました。
本場大島紬は純泥染、武島織物の訪問着、池田絹織物の反物など。こちらは証紙付きで保管状態も良かったです。日本を代表する人形作家でアーティストとして有名な辻村寿三郎氏は、和服の世界でも人気がございます。お売りいただいたお着物は辻村寿三郎氏による「ジュサブロー」ブランドの訪問着でございます。ジュサブローらしいお色使いが素敵な訪問着であります。
以上のお着物や帯の他にも、たくさんのお着物や和装小物などをお売りいただきました。ご家族の大切にされていたお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二度にわたり、六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。また何かございましたら、お申し付けください。

小森久(こもりひさし)1928年~
1928年(昭和3年)、筑前秋月(福岡県甘木市)生まれ。博多織職人である父親と同じ道へ進む。
自らの手で生み出した『本・草木染』の独創性と高い技術が評価され、昭和50年には甘木市無形文化財に指定される。博多織求評会や全国織物大会などで、文部大臣賞、厚生大臣賞、東京都知事賞、全国百貨店賞といった大賞を次々に受賞。自然由来の材料で生地を染める草木染の研究と創作活動にその生涯を捧げました。薬草に関する研究も高い評価を受けております。