東京都台東区千束にて時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画。

東京都台東区千束にて時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画をお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。古い和家具や桐箪笥、絵画などを処分したいとお問い合わせいただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、時代水屋箪笥、桐箪笥、宮田雅之の切り絵、木版画など。水屋箪笥は明治期の時代箪笥で、二段重ねのものでしたが上段と下段を分けて使用されておりました。下段にはガメ戸や引き出しの渋みを増した装飾金具など時代を重ねた風合いがございます。水屋は今でいう台所で、水屋箪笥とは食器棚のことをいいます。衣装箪笥と違い、いくつかの引出しや戸棚がついているのが特徴で、昔は食器や調理道具等、台所用具を水屋箪笥に収納していました。大切にされておりましたので、良い状態の箪笥でした。桐箪笥も明治期の時代箪笥で、金具装飾が多く入った素晴らしい箪笥です。他にもお父様が集めていらっしゃった、宮田雅之の切り絵や木版画なども併せてお売りいただきました。以前、骨董商よりまとめて購入されたようです。切り絵が16点、木版画が2点、額装されていなかった為、多少傷みやシミの出てしまっているものもございましたが、当社で買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。お客様が生まれる前より前からあったご家族思い出の箪笥、お父様が大切にされていたコレクション、当社で責任もって次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、誠に有難うございました。

宮田雅之(みやたまさゆき)1926~1997年
ブックデザイナーをしていた宮田雅之は、文豪 谷崎潤一郎に見出され挿絵画家となります。刀勢画と呼ばれる独自の技法を確立し、繊細、力強く美しい作品は国内外で注目を集めます。1995年には日本人初の国連公式認定画家となります。
1926年 東京生まれ。
1960年 全米ブックジャケットコンテスト入賞。
1972年 講談社出版文化賞。
1973年 ハワイ日米文化センター主催「紙による日本の芸術展」特別出品。
1974年 ギリシャで「The World of Masayuki Miyata」開催。
1975年 ブラジルで「The World of Masayuki Miyata」開催。
1976年~各地で個展開催。
1991年 パリ・ビェンナーレ100年展特別出品。
1995年 日本人初の国連公式認定画家
1996年 北京中央工芸美術学院、上海大学、上海師範大学客員教授。
1997年 上海からの帰国の途中、機内において急性脳梗塞に見舞われ逝去。
2003年 北京・故宮博物院にて日中平和友好条約締結25周年記念「刀勢画・宮田雅之芸術展」を開催。

東京都千代田区にて加茂桐箪笥、帯、和装小物、八代亜紀の油彩画など。

東京都千代田区平河町にて伝統工芸士 中沢和夫の加茂桐箪笥、西陣 小森織物や北尾織物匠の袋帯、道明新兵衛の帯締め、八代亜紀の油彩画「まなざし」、家具、贈答品などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。桐たんすをご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、伝統工芸士 中沢和夫の加茂桐箪笥、西陣 小森織物や北尾織物匠の袋帯、道明新兵衛の帯締め、八代亜紀の油彩画「まなざし」、家具、贈答品など。本日お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、胴丸下六大洋和箪笥という形のたんすで、当社で数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには、峯生刀の銘あり。伝統工芸士である中沢和夫の作。多少の傷みはありましたが、全体的に状態良くまだまだ次へと繋げていける箪笥でございます。また、西陣の名門織匠やである小森織物の「古綾錦 縫箔全通袋帯」や北尾織物匠の「道長彩懐紙文 袋帯」、未使用の道明新兵衛の帯締めも併せてお売りいただきました。帯に多少の使用感があるものの、まだまだ次へと繋がるお品でございます。八代亜紀の油彩画は人気の猫をモチーフにした作品「まなざし」。八代亜紀は、永年にわたり歌手として活躍してまいりました。 余技としてはじめた絵画を、感性豊かな繊細な筆到と独特の超現実主義の表現で、画家としての世界も着実につくりあげてきました。フランス画壇の登竜門「ル・サロン」展へも5年連続入賞を果たし、永久会員となっております。アーティストとしての活動も積極的に行っております。他にも北谷家具のチェストや贈答品など、たくさんのお品をお売りいただきました。点数が多くお時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合いいただき有難うございます。ご親戚の大切にされていたお品々、大切に次へ繋げさせていただきます。本日は六角堂のご指名、有難うございました。

東京都江戸川区一之江にて円能斎書付香合、堆黒香合、藤原雄の茶碗など。

 

東京都江戸川区一之江にて円能斎書付ぶりぶり香合、堆黒俱利彫香合、人間国宝 藤原雄の備前茶碗など裏千家茶道具やお着物をお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、江戸川区へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物やお茶道具をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。裏千家茶道の師範をされていたお客様で、たくさんのお道具がございました。思い出のお道具はまだ残されたいとのことで、お客様とご処分されるもの、残されるものを一点一点分けながら査定させていただき、20点ほどのお道具をお売りいただきました。お売りいただいた茶道具は、円能斎書付ぶりぶり香合、堆黒俱利彫香合、人間国宝 藤原雄の備前茶碗など。ぶりぶり香合には円能斎の書付があり、共箱には淡々斎の極め、底には小斎とあります。ぶりぶり香合(振り振り香合)とはお正月に良く使われる香合。江戸時代の子供の玩具で、八角形の槌(つち)に似た形で、鶴と亀、尉と姥などを描き、小さな車をつけて引きずって遊びました。また、平安時代に「振り振り毬杖(ぶいぶりぎっきょ)」「玉ぶりぶり」毬を打つ遊びがあり、振り振りに紐をつけて、打つ遊びとして使われていた玩具からきているとも言われています。溝があるものは紐を付けた穴の名残といわれてます。堆黒の香合は中国製の唐物であります。堆朱や堆黒のものは中国での人気があります。こちらは新しいものでしたが、古いものには100万円を超える高額のものもございます。藤原雄は人間国宝の父・藤原啓のもとで備前焼を修業。世界各地で作陶や個展をつづけ、伝統に近代的な感覚をとりいれた作品で知られております。親子揃って人間国宝(備前焼)となられた作家であります。他にも水指や棗、茶入れなどたくさんのお茶道具、紬や訪問着などのお着物をお売りいただきました。また次にご処分される際にもお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は六角堂のご指名、ありがとうございました。
今日は中秋の名月。満月は明日のようですが、今夜のお月様も丸く輝いておりました。

圓能斎(えんのうさい)鉄中宗室 1872~1924 
圓能斎は1872年に裏千家12代直叟玄室の長男として生まれました。直叟玄室が周囲からの風当たりが強いのが原因で早くに隠居したために、圓能斎は家督を13歳で継ぎます。その後多くの実力者からの支援を受け、現在の茶道へ通じる道筋を作り、裏千家の隆盛の礎を築いたとされています。明治29年まで6年にわたって東京に居を移して協力者を求め、京都に戻ってからも教本の出版や機関誌 「今日庵月報」などの発行を通して一般への茶道普及に尽力しました。また女学校教育の中に茶道を取り入れ、かつ教授方針の一致をはかる講習会を催すなど裏千家茶道の組織化にも力を注ぎました。その他、三友式の創始や、流し点や大円点の復興などの功績がある。

十四代 碩叟宗室 淡々斎(たんたんさい)1893年(明治26)~1964年(昭和39)
本名は政之助(幼名)、永世、宗叔、宗室  裏千家14世家元 碩叟宗室
13世円能斎宗室の長男として生まれる。30歳のときに、父の没に伴い家元を継承。
この間、書画を日本画の奥谷秋石に学んで、玄石と号して日本画を制作。
そのほか長唄、謡曲、能などに親しみ文化人としての自我の研鑽に努めている。
主な業績としては伊勢神宮を始め、各地の寺、神社においての献茶式をこなし、
また茶道文化の海外進出にも視野を広げてヨーロッパ、アメリカなどを外遊。
さらに、1940年には裏千家統一の為に「淡交会」を結成、49年には「財団法人・今日庵」を結成、
また、その後国際茶道文化協会を設立するなど、日本全国及び海外に支部を設けて
益々の隆盛につなげ、近代裏千家中興の祖として、1957年に茶道界として最初となる紺綬褒章、
紫綬褒章を受章、没後、征四位勲三等旭日中綬章を下賜されている。

藤原雄(ふじわらゆう)1932~2001年
1932 岡山県備前市にて藤原啓の長男として生まれる
1955 明治大学文学部卒業。父啓のもとで備前焼の製陶技法を学ぶ
1963 バルセロナ国際陶芸展グランプリ受賞
1967 日本陶磁協会賞受賞
1973 金重陶陽賞受賞
1975 岡山県文化奨励賞受賞
1980 岡山県重要無形文化財認定
1984 山陽新聞社文化賞受賞
1985 岡山県文化賞受賞。紺綬褒章受章
1986 日日新聞社芸術文化功労賞受賞。中国新聞社文化賞受賞
1988 日本工芸会理事就任
1990 芸術選奨文部大臣賞受賞
1996 重要無形文化財保持者認定。日本工芸会参与就任
1997 明治大学特別功労賞受賞。備前陶友会名誉会長就任。三木記念賞受賞
2001 逝去

東京都品川区にて唐木蒔絵蓋の硯、世田谷区にて下村観山の掛軸など。

   

東京都品川区東五反田にて唐木蒔絵蓋の硯、ダイニングセット、アンティーク家具、陶器など、世田谷区深沢にて下村観山、中村不折、藤井達吉の掛軸をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は先日お呼びいただいた品川区のお客様宅へ、前回積み残した家具などの買取でお呼びいただきました。お売りいただいたお品はドローリーフテーブルのダイニングセット、大正期のアンティーク箪笥、唐木蒔絵蓋の硯、陶器など。唐木蒔絵蓋の硯は小学校の卒業記念で、大正時代に天皇家よりいただいた御下賜品。天皇家とのお付き合いがあるお客様で、ボンボニエールなど多くの御下賜品がございました。陶器はヨーロッパ各地の古陶磁器など。ヨーロッパに住んでいらっしゃる時に骨董市などで集められたお品です。大変貴重なお品や思い出のお品を当社にお売りいただきました。二度にわたりご指名いただき有難うございました。また、お客様をご紹介いただいた不動産業者様、今回もまたお付き添いいただき有難うございました。梱包までお手伝いいただき、とても助かりました。本日二件目の世田谷区のお客様は品川区のお客様のご友人で、お荷物を整理されたいとのことでご紹介いただきました。絵画や陶器などたくさんの美術品がございましたが、本日お売りいただいたお品は掛け軸。下村観山の対幅「双鶴」、中村不折の「鍾馗」、藤井達吉の「富士」など、たくさんの掛軸をお売りいただきました。下村観山は横山大観とともに、近代日本画の発展に尽力した画家。狩野派に学び、大和絵の流麗な線描と色彩を熱心に研究、そこにさらに欧州での西洋画の見聞成果を加え、穏やかで優美な作品を描きました。お売りいただいた作品は「双鶴」。共箱、二重箱。所々にシミが出てしまっておりますが、当社で買い取りを強化しているですので、高価査定で買い取らせていただきました。他にも素晴らしい作品を併せてお売りいただきました。お客様の思い出のお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日はお荷物の整理に当社をお呼びいただき、誠に有難うございました。

下村観山(しもむらかんざん)明治6年(1873)~ 昭和5年(1930)
明治6年 和歌山県和歌山市で生まれる。本名は晴三郎。
明治13年 上京する。
明治13年 狩野芳崖に師事する。
明治18年 橋本雅邦に師事する。
明治21年 東京美術学校日本画科に一期生として入学する。
明治26年 卒業と同時に助教授となる。
明治28年 日本絵画協会第1回共進会で下村観山『仏誕』が銀牌を受賞する。
明治30年 日本美術院創立に参加する。正員となる。
明治34年 東京美術学校に教授として復職する。
明治35年 文部省留学生としてイギリスで水彩画などを研究する。
明治38年 横山大観、菱田春草、木村武山らと北茨城の五浦に移住する。
明治39年 第1回文展に下村観山『木の間の秋』を出品する。
大正3年 日本美術院の再興に参加する。
大正4年 第2回再興院展に下村観山『弱法師』を出品する。
大正6年 帝室技芸員となる。
大正8年 帝国美術院会員に推されるが辞退する。
昭和3年 フランス政府からコマンドール・カムボージュ勲章を受章する。
昭和5年 神奈川県横浜市で歿。

中村不折(なかむらふせつ)慶応2年(1866)〜昭和18年(1943)
慶応2年 東京に京橋生まれる。
明治20年 上京し、高橋是清の館に住み込みながら小山正太郎に師事し絵を学ぶ。
明治29年 正岡子規とともに日清戦争に記者として従軍して中国に渡り、書に興味を持つ。
明治34年 渡仏して、ラファエル・コランやジャン・ポール・ローランスらから絵の指導を受ける。
明治38年 帰国後、明治美術会の後身である「太平洋画会」に所属し主に歴史画の分野で活躍する。
昭和9年 太平洋美術学校校長に就任。
昭和11年 中国の書を収集し、台東区根岸の旧宅跡に書道博物館を開館。
昭和18年 脳溢血の為、死去。

東京都中野区にて桐箪笥、三代徳田八十吉(正彦)の香炉、藤倉守正の訪問着。

 

東京都中野区野方にて桐たんす、人間国宝 三代徳田八十吉(正彦)の彩釉香炉、藤倉守正の本塩沢お召訪問着やお着物、帯など、新宿区西新宿にてお着物、毛皮、柿右衛門窯の花入、贈答品などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は中野区野方へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、桐たんす、三代徳田八十吉(正彦)の彩釉香炉、藤倉守正の訪問着やお着物、帯など。桐箪笥は当社で買取強化中の伝統工芸品 名古屋桐箪笥。徳田正彦の香炉は人間国宝になる前の作品ですが、大変状態良く当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。藤倉守正の訪問着は本塩沢になります。本塩沢は緯糸に強撚糸を使い、さらりとしたシボを演出したお召織物です。他にも大島紬や牛首紬のお着物、作家物の袋帯なども併せてお売りいただきました。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。二件目は新宿区西新宿へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでお売りいただいたお品は、ブランド洋食器、13代柿右衛門窯の花入、和食器などの贈答品、お着物、ミンクの毛皮など。贈答品は箱と中の違う物などございましたが、良いお品もあり全て買い取らせていただきました。お着物はシミ汚れなどございましたが、こちらも全て買い受けさせていただきました。毛皮も現在は買取が厳しくなっておりますが、ミンクで良い状態のお品でしたので、こちらも買い取らせていただきました。まとめてのご売却、誠に有難うございました。大切に次へと繋げさせていただきます。
最後の画像は、帰宅途中に埼玉県朝霞市で見た夕日。真っ赤に染まる空がきれいでした。

三代徳田八十吉(とくだやそきち)1933年(昭和8)~2009年(平成21)
1933年 石川県小松市で生まれる
1954年 祖父について絵付けなどの修業をはじめる
1963年 日展初入選
1971年 日本伝統工芸展NHK会長賞
1977年 同展で日本工芸会総裁賞
1986年 日本伝統工芸展で保持者選賞
1986年 三代徳田八十吉を襲名
1991年 日本陶芸展秩父宮賜杯
1993年 紫綬褒章
1994年 日本工芸会理事
1997年 重要無形文化財「彩釉磁器」保持者に認定
2009年 8月26日逝去。従五位に叙位される。

東京都国分寺市にて着物、今右衛門の額皿、東久留米市にて沢野ひとしのエッチング。

   

東京都国分寺市にて和田光正の金彩友禅黒留袖、作家物のお着物、帯、反物、12代今泉今右衛門の額皿など、東久留米市にて沢野ひとしのエッチング、着物、和装小物などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は国分寺市へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は和田光正の金彩友禅黒留袖、作家物のお着物、帯、反物、12代今泉今右衛門の額皿など。お着物はシミ汚れの出てしまっているものもございましたが、当社で買取強化している作家作品もあり、お客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。今右衛門は共箱なく窯作品ではありますが、珍しい絵柄の作品でしたのでこちらも高価査定で買い取らせていただきました。お忙しい中、お呼びいただき有難うございました。二件目は東久留米市へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、沢野ひとしのエッチング、着物、和装小物など。お着物に数点シミなどございましたが、全て買取させていただきました。また、帯締めなどの和装小物も併せてお売りいただきました。イラストレーターである沢野ひとしさんのエッチングの他、大徳寺の短冊なども買い取らせていただきました。ご家族の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。

和田光正(わだみつまさ)
昭和15年京都市に生まれ、見習い終了後、昭和37年独立して工房を持つ。 昭和45年光映工芸株式会社設立。昭和56年に社団法人日本染織作家協会正会員となる。 以後作品発表会や競技会などにおいて、多数の賞を受賞する。 横綱千代の富士関や横綱貴乃花関などの金彩友禅化粧廻しを制作する。 昭和62年に伝統工芸士に認定され、世界で活躍されています。
昭和60年 ドイツ・オルデンブルグより栄誉賞受賞
平成13年 京都府伝統産業優秀技術者「京の名工」 表彰
平成15年 京都手描友禅協同組合設立。顧問に就任、現在に至る。
平成15年 厚生労働省より「現代の名工」 表彰
平成24年 秋の叙勲に際し、瑞宝単光賞 受賞 など

十二代 今泉今右衛門(1897〜1975)
昭和23年(1948)襲名。本名は今泉平兵衛。
祖父である十代、父である十一代のもと専ら家業に打ち込み、近代色鍋島の復興に生涯を捧げる。 昭和27年に無形文化財の指定を受け、昭和46年には色鍋島技術保存会代表として、国重要無形文化財総合指定を受ける。
1967年、紫綬褒章
1968年、今右衛門古陶磁参考館を設立。
1972年、勲四等旭日小綬章

さわのひとし (沢野ひとし 本名、沢野 公)
イラストレーター、エッセイスト、絵本作家。
1944年12月18日 愛知県名古屋市生まれ。
児童出版社勤務を経て、イラストレーターとして独立。
書評誌「本の雑誌」の表紙、イラストを創刊号より担当。
椎名誠の著書の挿絵を担当。
児童書のさし絵の仕事に「なつのしっぽ」「きんいろの木」(以上講談社)、「みちこのダラダラ日記」(理論社)がある。
絵本の仕事は「だんごむしのダディダンダン」「みんな なにが すき?」(以上福音館書店)がある。
第22回講談社出版文化賞さし絵賞受賞。

東京都江東区にて岩谷堂箪笥、チーク家具、板橋区にて松尾敏男のリトグラフなど

  

東京都江東区白河にて岩谷堂箪笥、チーク家具、着物など、豊島区上池袋にて松尾敏男のリトグラフ「春輝」、反物など、埼玉県富士見市にて掛軸をお売りいただきました。

本日は三件の出張買取。一件目は先日お呼びいただいた江東区白河のお客様のお宅へ、前回積み残した家具や着物などを買取にお伺いしました。岩谷堂箪笥は岩手県の伝統工芸品であり、こちらは三段の横長整理箪笥になります。欅材に南部鉄器の飾りと、とても雰囲気の良いたんすになります。残念ながら数か所にヤケによる変色、引き出し部にインク汚れなど汚れなどございましたが、大変素晴らしい箪笥ですので、買い取らせていただきました。他にもチーク製のドレッサーやワゴンなどもお売りいただきました。また、お着物や道明の帯締めなども併せてお売りいただきました。二度にわたり当社をお呼びいただき有難うございました。また、ご紹介いただいた不動産業者様、今回もお付き添いいただき誠に有難うございました。二件目は豊島区上池袋へ、遺品整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、松尾敏男のリトグラフ「春輝」、大島紬や結城紬、ちりめんなどの反物。反物は何点かシミの出てしまっているものがありましたが、証紙もあり良い反物でしたので買い受けさせていただきました。松尾敏男のリトグラフにも数か所シミが出てしまっておりましたが、六角堂の買取強化作家作品ですので、買取させていただきました。お母様の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。三件目は埼玉県富士見市へ、掛け軸のご処分でお呼びいただきました。以前にもご連絡いただきましたが予定が合わず、ようやくお伺いすることが出来ました。お時間をご調整いただき、有難うございました。お売りいただいた掛け軸は日本画や書のものなど。シミ汚れの出てしまっているものが多くございましたが、まだまだ次へと繋げることのできる作品、買取させていただきました。ご家族の大切に保管されていた掛軸、大切に次へと繋げさせていただきます。お呼びいただき有難うございました。本日は三件の出張買取で忙しい一日でありましたが、良いお客様に、お品に出会えて素晴らしい一日でした。明日からも出張買取、頑張ってまいります!

松尾敏男(まつおとしお)大正15(1926)年3月9日~平成28(2016)年8月4日
1926 長崎県長崎市に生まれる。
1943 堅山南風に師事。
1949 『埴輪』が院展初入選。
1962 院展奨励賞(以後4年連続)・白寿賞受賞。
1966 日本美術院賞(大観賞)受賞(同68,70年)。
1971 日本美術院同人に推挙。
1975 第60院展にて文部大臣賞受賞。
1978 日本美術院評議員に任命される。
1979 日本芸術院賞受賞。
1988 多摩美術大学教授に就任。
1994 日本芸術院会員推挙。
2009 平山郁夫の後任として日本美術院理事長。
2000 文化功労者となる。
2012 文化勲章受章。
2016 逝去。
「花の松尾敏男」とも称されるほど、花鳥画に定評がある。

東京都目黒区東山にて岡本太郎のブロンズ像「若い夢」、洋銀製の馬置物。

東京都目黒区東山にて岡本太郎のブロンズ像「若い夢」、洋銀製の馬置物をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お家に閉まったままの置物や絵画などをご処分したいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、岡本太郎のブロンズ像「若い夢」、洋銀製の馬置物、リトグラフなど。「芸術は爆発だ!」の名言で知られている岡本太郎さんの作品「若い夢」は、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。付属品も全て揃っており、状態の良いお品でした。「若い夢」は日本青年館新館建設基金募集のため、多くの芸術家に呼びかけを行った際、第1回を担当した岡本太郎が制作した作品であります。「人生は夢だ。夢見るものは永遠に若い。にっこり笑ってこの世のすべての空しさと闘い、挑みそれをのり越える。その瞬間にこそ若い夢がひらくのだ。」頬杖をつき、無邪気な笑顔を浮かべ未来を見つめるその眼差しは、私たちに明日を生きる前向きな活力を与えてくれるような気がします。佐賀県にある「川崎電気」という配電盤メーカーの工場の敷地内に作品が置かれております。馬の置物は洋銀製のもの。馬の置物はブロンズ製、木彫りのものなど多々ございますが、人気がありますので高額査定で買取させていただきました。素晴らしい作品をお売りいただき、有難うございました。
当社では岡本太郎の油彩画や、リトグラフ、シルクスクリーンなどの版画作品、オブジェなどの立体作品を幅広く買取しております。ご不要の作品がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。高額査定で買取させていただきます。

岡本太郎(おかもとたろう)明治44(1911)年2月26日~平成8(1996年)1月7日
1911年 2月26日、母の実家である神奈川県橘樹郡高津村二子/現在の川崎市高津区二子に生まれる。
1929年 慶應義塾普通部を卒業、東京美術学校(現・東京藝術大学)洋画科入学半年後中退。父のロンドン軍縮会議取材に伴い渡欧。
1931年 ソルボンヌ大学哲学科で、哲学・心理学・民俗学を学ぶ。
1940年 パリ陥落に伴い帰国。
1942年 海外に在住していたために延期されていた徴兵検査を31歳にして受け甲種合格。召集され、中国にて自動車隊の輜重兵として軍隊生活を送る。
1946年 復員、東京都世田谷区上野毛にアトリエを構える。
1947年 後に養女となる平野(旧姓)敏子と出会う。
1948年 花田清輝、埴谷雄高らと「夜の会」結成。
1954年 アトリエを青山に移し「現代芸術研究所」を設立、「今日の芸術」初版刊行。
1956年 旧東京都庁舎(丹下健三設計)に「日の壁」「月の壁」など11の陶板レリーフを制作。
1970年 大阪の日本万国博覧会のシンボル「太陽の塔」制作。
1973年 岡本太郎デザインの飛行船レインボー号が空を飛んだ。スポンサーは積水ハウス。
1984年 芸術文化勲章受章(フランス)。
1989年 芸術文化勲章受章(フランス)。
1996年 1月7日逝去、享年84歳。
マスコミ出演も多く、「芸術は爆発だ!」の名言で知られております。

東京都江東区にて森田曠平、中山正のリトグラフ、板橋区にて高村光雲の銀製置物。

    

東京都江東区白河にて森田曠平の銅版画(エッチング、アクアチント)「舞い子(弥生)」、中山正の木版画「絵馬」、北欧家具、板橋区小茂根にて高村光雲の銀製置物「恵比寿大黒天」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は不動産業者様のご紹介で江東区白河へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、森田曠平の銅版画「舞い子(弥生)」、中山正の木版画「絵馬」、ノルウェー製のレザーソファなど。絵画はタトウ箱などの付属品はありませんが、状態の良い作品でした。ノルウェー製のレザーソファは使用感があり状態に難がございましたが、人気の北欧家具ですので買取させていただきました。処分しようと諦めていた家具がリサイクルされることとなり、お客様にお喜びいただきました。修復され次に大切にしていただける方へ繋がると思います。他にも岩谷堂家具など素晴らしい家具がございましたが、積みきれず来週またお呼びいただくこととなりました。来週もまた、よろしくお願い致します。本日は良いお品をお売りいただき有難うございました。また、お客様をご紹介いただいた業者様、誠に有難うございました。本日二件目は板橋区小茂根へ遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは高村光雲の銀製置物「恵比寿大黒天」、木彫りの仏像などをお売りいただきました。高村光雲の銀製置物「恵比寿大黒天」は大変状態良く、付属品も全て揃っておりました。銀900の刻印あり。現在銀の価格が上がっており、高価査定となりました。仏像は近年のものですが、造りの良い木彫り仏でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。お父様が大切にされていた仏像など、大切に次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。

森田曠平(もりたこうへい)1916年~1994年
1916年 京都に生まれる。
1932年 関西美術院で伊谷賢蔵に師事。石膏と人体素描、油絵を学ぶ。
1935年 第1回京都市展に洋画で入選。
1940年 小林柯白に師事し、日本画を学ぶ。
1943年 第30回院展に初入選。小林柯白が死去。
1944年 安田靫彦に師事。
1956年 第41回院展で奨励賞受賞。
1965年 第50回院展で日本美術院賞受賞。
1968年 第53回院展で日本美術院賞受賞。院展同人に推挙される。
1973年 第58回院展で内閣総理大臣賞受賞。
1982年 第67回院展で文部大臣賞受賞。国立能楽堂鏡板の「松」が完成。
1994年 死去。享年78才。

中山正(なかやまただし)1927年~
1927年 新潟県に生まれる。
1947年 多摩美術大学油絵科中退
1951年 日本美術会アンテパンダン展出品、アメリカ、イタリアで木版画展
1958年 第1回東京国際版画ビエンナーレ出品(第3回まで)
1959年 リトグラフ画集『ラッパ手』限定自家出版
1962年 ヨーロッパ、ギリシャ、トルコ、インド旅行、ミラノに滞在(翌年まで)
1963年 リトグラフ集『騎士のない馬』限定出版(パガーニ画廊/ミラノ)
1964年 バース・アカデミー・オブ・アート(イギリス)で木版画の講師を務める
1982年 木版画集『Tadashi Nakayama,His Life and Work』刊行(ヘンドリックス・アート・コレクション)
2000年 6月30日~7月6日、銀座和光ホールにて中山正木版画自選集展
東京国際版画ビエンナーレ、クラコウ国際版画ビエンナーレ、ノースウェスト国際版画展、日本アンテパンダン展などに出品。

高村光雲(たかむらこううん)1851年~1934年
1851 江戸・浅草北清島町に生まれる。
1863 仏師・高村東雲の弟子入りする。
1874 11年間の修行を終え、東雲より光雲の号を授かる。
1877 第1回内国勧業博覧会において「白衣観音」で龍紋賞を受賞する
1889 「矮鶏」が天覧に浴し、お買い上げとなり金賞を受賞する。
1890 東京美術学校の教授を務める。帝室技芸員拝命
1893 「老猿」をシカゴ万博に出品。
1900 「山霊訶護」をパリ万博に出品。
1908 文展審査員を務める
1919 帝国美術院会員
1925 聖観音菩薩製作をする。
1926 東京美術学校を退職し、名誉教授。
1929 国宝保存会委員
1934 東京で死去。享年83歳

東京都渋谷区にて桐箪笥、加藤卓男の酒杯、品川区にて唐木家具、銀製品など。

東京都渋谷区大山町にて桐たんす、人間国宝 加藤卓男の赤絵酒杯、ボンボニエール、勲章、反物など、品川区東五反田にて花梨製高足卓、純銀香炉やボンボニエール、瑪瑙銀製文鎮などの銀製品、イタリア家具などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は渋谷区へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。昨日ご連絡いただき、お引越しで時間がないとのことでしたので、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は桐たんす、加藤卓男の赤絵酒杯、ボンボニエール、勲章、反物など。桐箪笥は当社で買取強化中の加茂桐箪笥。赤絵の酒杯は人間国宝である加藤卓男の作品。当社でも買い取りを強化している作家作品です。銀製丸形鳳凰文ボンボニエールは上皇陛下が平成2(1990)年11月に即位された時に配られた引出物のボンボニエールです。ボンボニエールは金平糖を入れる器であります。もともとはヨーロッパで子供の誕生や結婚式などの祝事の際に砂糖菓子(bonbon)が配られ、その砂糖菓子を入れる容器をボンボニエール(Bonbonnière)と呼ぶことから、日本の皇室の引出物も「ボンボニエール」と称されるようになりました。ボンボニエールはコレクターの方が多く、中には100万円近くするものもございます。銀製特有の変色はございましたが、当社の買取強化商品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。本日二件目は、不動産業者様のご紹介で品川区東五反田へお呼びいただきました。お売りいただいたお品は花梨製高足卓、純銀香炉やボンボニエール、瑪瑙銀製文鎮などの銀製品、イタリア家具など。高足卓は中国唐木の花梨製。天部には葡萄杢がくっきりと出ており、大変造りの良い唐木家具でしたので10万円で買取をさせていただきました。純銀製の香炉は戦前の山縣製のもので彫りの素晴らしい香炉であります。本日二つ目のボンボニエールやシガレットケース、瑪瑙のついた銀製の文鎮など銀製品を多くお売りいただきました。イタリア家具は象嵌のワゴンやキャビネット。他にもたくさんのお品がありましたが、トラックに積み切れず。近日またお呼びいただくこととなりました。本日は素晴らしいお品々をお売りいただき、誠に有難うございました。次回もまたよろしくお願い致します。

加藤 卓男(かとう たくお)1917年~2005年
1917年 岐阜県多治見市に生まれる。家は江戸時代から続く窯元幸兵衛
1935年 多治見工業学校を卒業する
1954年 第10回日展に入選
1961年 フィンランド政府の招聘で、フィンランド工芸美術学校へ留学
1963年 第6回新日展で特選・北斗賞受賞
1964年 「美濃陶芸協会」設立、初代会長に就任。岐阜県芸術文化顕彰受賞
1965年 第8回新日展にて北斗賞受賞
1976年 東京大学イラン・イラク遺跡発掘調査団に参加
1980年 イラク文化省よりバクダッド大学に客員教授として招聘を受ける
1983年 多治見市無形文化財保持者認定、同岐阜県重要無形文化財保持者認定
1988年 紫綬褒章受章
1989年 正倉院に二彩鉢の復元作品を納める
1991年 美濃陶芸協会名誉会長となる
1995年 重要無形文化財「三彩」保持者認定
1996年 岐阜県名誉県民となる
2005年 1月11日死去