茨城県牛久市にて、エルテ、トーマスマックナイト、ラッセンのシルクスクリーン。

茨城県牛久市にて、エルテのシルクスクリーン、トーマスマックナイトのシルクスクリーン「リバディ」、ラッセンのミクスドメディア「インフィニットウェイ」、切手などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。十数年前にたくさん絵画を購入されるも、飾る機会がなく保管されていたのでご処分されたいとのことでした。ラッセンはハワイで購入されたようで証明書がありませんでしたが、エルテ、トーマスマックナイトは証明書が一緒に保管されておりました。特に目立つ痛みもなく状態の良いものでしたので、精一杯査定を頑張らせていただきました。他にも切手、反物を買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。帰りに常磐自動車道守谷サービスエリアへ寄り、茨城もりの市場食堂さんで海鮮丼を食べました。茨城県内の漁港で水揚げされた魚介で作られているようで、とても美味しかったです。茨城県の出張買取のは久々でしたので、お土産をたくさん買いました。茨城県に来ると必ず買うのが納豆のスナック菓子、家族みんな大好きなお菓子です!

エルテ(Erte)1892~1990
本名はロマン・ド・ティルトク。18歳の時、パリへ渡りポール・ポワレに認められ、デザイン画やファッションデザインを学び、アール・デコ様式の代表的作家となる。 アメリカで、ファッション及びハリウッドMGMでの映画セットの製作で活躍するが、第二次世界大戦で一時中断、その後76歳の時、最初の石版画やリトグラフを制作、発表する。
1892 ロシアのぺテルスブルクに生まれる
1912 パリに移る。ペンネームをエルテと命名
1919 ムーランルージュをはじめとし、数十年にわたり舞台セットのデザイン・衣装を手掛ける
1968 76歳の時、最初の石版画やリトグラフを制作
1976 フランス政府より文芸士賞を授与
1982 パリ市賞の銅メダルを授与、グラフィックの大展示会が開催される
1983 アメリカ、フランスで大回顧展開催
1990 パリの病院で死去

トーマス・マックナイト(Mcknight Thomas )1941~
世界中の都市やリゾート地をモチーフに描かれている。パステル調のカラフルな色彩と、それぞれ特色のあるインテリアの部屋から見える海や空など、トロピカルな明るく開放的なイメージの作品が多い。
1941 米国カンザス州ローレンス市に生まれる
1973 アメリカ、ヨーロッパで展覧会多数開催
1981 ホワイトハウスで開催される展覧会への出展アーティスト30人に選ばれた
1988 オーストリアン・ガーデンが、メトロポリタン美術館の永久保存作品の1点に加えられる
1990 3冊目の本「Windows On Paradise」出版
1991 アーバンリゾートフェア神戸 ’93のイメージアーティストに選ばれる
1993 神戸市博物館にて個展開催
1995 神戸市復興のために、美しい神戸の街並みを再度描き、神戸市に寄贈。
1996 三年連続で、オフィシャルクリスマスカードの制作を依頼される
1997 各地で来日展開催。リマーク入りの『スウィート・ルーム・スイート』を発表

クリスチャン リース ラッセン(Lassen Christian Riese)
1956年、3月11日アメリカ カリフォルニア生まれ。4歳の頃からすでに絵画に親しむほど、幼少の頃から才能に恵まれる。’66年ハワイ・マウイ島へ家族で移住。海の魅力に魅せられ、様々な試行錯誤の末に水面の上下で宇宙と海底を表現する2WORLDの画風を確立させる。’76年より作品を発表しつつ、プロサーファーとして世界的なランク入りを果たす。’83年、国連<クリーンオーシャンキャンペーン>のイメージアート「サンクチュアリ」を制作。’89年、ホノルルマラソン公式アーティストに選定される。 ’90年、海に対する恩返しの気持ちから環境保護団体<シービジョン財団>設立。’92年、「サンクチュアリ」が国連記念切手となる。’96年、映画「フリッパー」の公式ポスター制作。’98年、「国際海洋年1998」の公式ポスターを制作するとともにN.G.O.組織<F.U.N.>の親善大使に任命される。さらに自身が作曲・ボーカルを担当した「TURN THE TIDE」を発表。マリンアートの第一人者として日本での人気は絶大である。

東京都板橋区常盤台にて、青木木米造の染付茶碗、伊万里錦手香炉。

    

東京都板橋区常盤台にて、桐箪笥、掛軸、青木木米造の百老人物語染付茶碗、伊万里錦手四つ足双耳香炉などをお売りいただきました。

本日は三件の出張買取。一件目は墨田区墨田区墨田へ、ペルシャ絨毯のご処分でお呼びいただきました。多少状態に問題ございましたが、ナイン産の良い絨毯でしたので、買い受けさせていただきました。二件目は埼玉県戸田市へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらではオーディオや獅子の石製置物などをお売りいただきました。三件目は板橋区常盤台へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらは不動産業者様のご紹介で、ご指名いただきました。いつもお客様をご紹介くださり、有難うございます。桐箪笥、掛軸の他、古伊万里や古陶磁器など、古き良きお品々を買い取らせていただきました。青木木米の染付茶碗の底には、聾米造とございます。聾米という号に関しては、木米は窯の中の温度を確かめるために窯に耳を近づけて、炎の燃える音で焼きの状況を判断していたため、木米の耳はいつも赤く腫れあがっており、ついには耳が聞こえなくなってしまい、そこから聾米と名乗るようになられたようです。青木木米造の百老人物語染付茶碗、伊万里錦手四つ足双耳香炉どちらもきちんと合わせ箱に収めて保管されておりましたので、状態も良くお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお道具をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、花月らーめんさんへ寄り、新メニュー「嵐げんこつらあめんぐらんキャニオン」をいただきました。大判チャーシューに刻み生ニンニクと、とてもパワフルな一杯でした。明日は一日お休みをいただきます。

青木木米(あおきもくべい)明和4年(1767)〜天保4年(1833年7月2日)
京都生まれ。幼名八十八。字は佐平。別号に青来、百六散人、古器観、亭雲楼、九九鱗、聾米。
高芙蓉に書を学び、後に作陶に目覚めると30歳を境に京都粟田口に窯を開き評判を得る。
加賀藩前田家の招聘を受け、絶えていた加賀九谷焼の再生に尽力した。
陶工としては煎茶器を主に制作。白磁、青磁、赤絵、染付など幅広い作品を手掛けた。
永樂保全、仁阿弥道八とともに京焼の幕末三名人とされる。

横浜市中区にて、茶道具、金城次郎の魚文花瓶、永楽善五郎(即全)の瓢酒瓶。

神奈川県横浜市中区にて、茶道具、人間国宝金城次郎の魚文小花瓶、千家十職永楽善五郎(即全)の交趾瓢酒瓶一対をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、東京都北区西ヶ原へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、贈答品、置物などを買い取らせていただきました。古く痛みやシミの出てしまっているものも多くございましたが、捨ててしまうのはもったいないお品、全て買い受けさせていただきました。数多くお売りいただき有難うございました。二件目は、神奈川県横浜市中区へお茶道具や骨董品の整理でお呼びいただきました。数年前に茶道をやめられてしまい、思い切ってすべて処分したいとのご依頼でした。茶道具は、永楽善五郎をはじめ千家十職のものなど、骨董品は、金城次郎など人間国宝のものから作家のない窯ものなど幅広くお売りいただきました。陶器の他、掛軸や時代人形なども併せてお売りいただきました。思い出のある大切なお品だった為、大切に次へと橋渡ししてほしいとのこと、責任もって次へと繋げさせていただきます。良いお道具をお売りいただき有難うございました。中華街が近かったので、帰りに「龍海飯店」というお店に行きました。こちらは142品食べ放題とのことで、今夜もまた暴食してしまいました。こちらのお店お勧めの小籠包はもちろん、大根餅などとても美味しかったです。今晩は腹筋してから寝るようにします。

十六代永樂即全(えいらくそくぜん) (本名:茂一)1917年-1998年
1917年 「十五代:永樂善五郎(正全)」の長男として生れる
1935年 「十六代:永樂善五郎」を襲名
1936年  大磯城山荘内に城山窯を築窯
1971年  表千家「十三代:即中斎宗匠」より「陶然軒」の席号を授かる
1983年  京都府文化功労賞受賞
1990年  勲五等瑞宝章受章
1998年  長男・紘一に家督を譲り「即全」と号す

金城次郎(きんじょうじろう)1912年(大正元年)– 2004年(平成16年)
那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。
1925年(大正12)新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。濱田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壺屋焼を守り努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。

千葉県八千代市にて頓所芳男の加茂桐箪笥、江戸川区にて桐屋田中の総桐チェスト

  

本日は三件の出張買取。千葉県八千代市、東京都江戸川区、新宿区を回りました。一件目は業者様のご紹介で、千葉県八千代市へお引越しによるお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、伝統工芸士頓所芳男の加茂桐箪笥、香炉などをお売りいただきました。こちらの桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、四方丸の下三大洋和箪笥という形のたんすで、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには、光彦刻の銘がございます。砥粉落ち、シミなどはございましたが、当社で買い取りを強化しているタンスですので、買い受けさせていただきました。帰りにお茶をいただきました。冷えた生茶、とても美味しかったです。ご馳走様でした。本日二件目は、江戸川区東葛西へ向かいました。桐屋田中さんの加茂桐箪笥との事ででお呼びいただきましたが、こちらは新潟県加茂市で造られた黒漆塗り総桐チェスト。はじめて見る形のもので始め驚きましたが、まだ新しくとても状態の良いものでしたので買い取らせていただきました。桐屋田中さんは明治創業の桐箪笥専門店で伝統があり大変信頼できるお店です。たくさんの桐製品を扱っており、こちらのチェストもまた時代の変化に合わせてつくられたのでしょう。今後こういった新しい形の桐たんすが出てくると思うと、中古桐箪笥を扱うわたしとしては楽しみでございます。チェストの他、ブランドバッグなども買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。三件目は以前お邪魔した新宿区左門町へ日本刀の買取でお呼びいただきました。お売りいただいた刀剣は「兼元」銘のもの。お引越しで邪魔になってしまう為、なくなくのご売却でした。大切にされていたお品、大切に次へと繋げさせていただきます。三度にわたりお呼びいただき有難うございました。
本日のランチは、東関東自動車道にある湾岸幕張パーキングエリアで「パワーランチ」をいただきました。前に寄ったときにもいただきましたが、780円でこのボリューム。大振りのアジフライ、豚ロースにニンニクチップ、とても美味しくてパワー充電出来ました。また寄りたいと思います。今日は久々三件の出張買取でしたが、とても充実した一日となりました。明日もニ件の出張買取、頑張ります。

さいたま市浦和区にて、徳力富吉郎の木版画、ウィルハイムの油彩画。

埼玉県さいたま市浦和区にて、創作木版画家である徳力富吉郎の木版画集「京の四季」、オランダの女流画家ウィルハイムの油彩画「丘で」であるをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。先日お電話いただき、青森県のご実家から小館善四郎の絵画を持って帰るので出張するようご依頼いただきました。青森県からさいたま市浦和区までお持ち帰りくださり有難うございました。小館善四郎の絵画は残念ながら印刷ものでございました。油彩画もあるようですが、こちらはお父様がまだ残したいとのことで青森に残されるようです。他にお売りいただいた絵画は、オランダの女流画家ウィルハイムの油彩画「丘で」や刺繍額、書の額など。また、創作木版画家である徳力富吉郎の木版画集「京の四季」も併せてお売りいただきました。木版画集は既に額装されているものを含め、三枚のみ。四季のものですので、一枚の欠品でしょうか。欠品、シミなどはございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、買い受けさせていただきました。この度は六角堂をご指名いただき有難うございました。
今日は近所のふじみ野市で「おおい祭り」が行われておりました。昨年も寄ったのですが、活気のあるお祭りでした。息子たちは山車囃子が気に入ったようで、長い間見とれておりました。今夜はお団子やお好み焼きなどで夕食を済ませました。

徳力富吉郎(とくりきとみきちろう)
版画界の第一人者として活躍した木版画家。
1902 3月22日、京都市下京区に生まれる。代々画家の家系で、本願寺絵所を預かる旧家で十二代目に当る。
1924 京都市立美術工芸学校、及び、絵画専門学校を首席で卒業。山元春挙、土田麦僊、鹿子木盂郎に日本画、洋画を日野慶吉、大岩徳蔵に師事して版画を学び、国画創作協会第六回展で日本画「人形」を出品、樗牛賞を受賞する。
1928 平塚運一、棟方志功ら版画家と同人雑誌「版」を刊行。
1929 土田杏村氏などの推薦により、版画雑誌「大衆版画」を発行。春陽会に創作版画出品発表(以降、10年間連続出品)。
1946 終戦と同時に版画製作所「版元まつ九」を設立し、幾多の従弟を養成する。産業的版画の量産を始め、木版手摺の絵葉書を製作、全日本絵葉書コンクールに出品受賞する。
1962 米国、及び、欧州各国の古美術見学やスケッチ旅行にて約2ヶ月ほど渡る。
1964 米・英・独各地にて、デモンストレーションを行い、好評を得る。
1965 東京銀座いとう画廊にて、第一回個展開催。
1968 米クリーブランド市メーカーカンパニー百貨店で、棟方志功らと同時個展を開催。
1978 4月29日、勲四等瑞宝章を受賞。
1980 京都市文化功労賞を受賞。
1985 本願寺名誉総裁賞を受賞。
1990 京都仁和時国宝「孔雀明王」(千三百度摺)の復元、摺刷を監修。
1992 京都府特別文化功労賞を受賞。
1996 日本浮世絵協会より、浮世絵奨励賞を受賞。
2000 7月1日、京都市左京区の病院で死去、享年98歳。

東京都青梅市にて、欅材小箪笥や小引出し、刀剣、刀装具など。

 

東京都青梅市にて、欅材小箪笥や小引出し、刀、脇差、短刀、薙刀などの刀剣、鍔など刀装具をお売りいただきました。

先日お邪魔した青梅市のお客様宅へ再度出張させていただきました。先日お邪魔した際にはお茶道具などを買い取らせていただきましたが、本日は刀剣類などを買い取らせていただきました。こちらのお客様はお売りいただくお品が多く、この後二回、合計四回に分けて出張させていただきます。本日お売りいただいた刀剣は四件の相見積もりでしたが、当社が全て買い取らせていただくこととなりました。先日お見積りした後、短刀が数本増えましたので、追加査定で買い取らせていただきました。お売りいただいた刀剣や刀装具には、日本美術刀剣保存協会が発行している特別貴重刀剣の認定書が付属されているものもございました。状態の悪いものも多くございましたが、銘のあるものが多くございました。お父様が大切にされていた刀剣類、当社で大切に次へと残していけるよう頑張ります。また、欅材小箪笥や小引出などの和家具も今回買い取らせていただきました。運び出しにご協力いただき有難うございました。次回買い取らせていただく陶器の数が多く、仕分けをしながら箱詰めさせていただきました。途中休憩をいただきましたが、お客様に食事の差し入れをしていただきました。本日も暑かった為、冷やしおろしうどん、とても美味しかったです。ご馳走様でした。次回はトラック二台でお邪魔し、家具や陶器を買い取らせていただきます。本日はありがとうございました。帰宅途中に青梅駅の近くでしょうか、昭和レトロ商品博物館というところを通りました。わたしたち古物商好みの古き良き時代の雰囲気があふれる博物館でした。こちらの並びには懐かしい映画の看板などが飾られており、とても雰囲気の良い場所でした。いずれ寄りたいと思います。

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、須田青華の徳利、江戸中期の古瀬戸香炉

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、お茶道具、須田青華の祥瑞瓢形徳利、江戸中期の古瀬戸香炉(紫野大徳寺11代管長小田雪窓極め箱)をお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お母様が生前、茶道をされておりお道具を処分されたいとのことでお呼びくださりました。茶道具はお稽古用のものから作家物など多数ございました。一点一点査定させていただき、全て買い取らせていただきました。茶道具の他、明治期の時代桐箪笥、須田青華の徳利や時代香炉をお譲りいただきました。須田青華は北大路魯山人とも造詣が深い九谷焼の名門。江戸中期の古瀬戸香炉は古瀬戸に銀製火屋が付いており、合わせ箱の蓋裏には紫野大徳寺11代管長小田雪窓の極めがございます。若干カケがございましたが、当社の買取強化商品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお道具を多数お売りいただき有難うございました。帰宅途中に天下一品さんへ寄り、こってりラーメンをいただきました。このこってり感は癖になってしまいますね。明日は青梅市へ出張買取、頑張ってきます!

須田菁華(すだせいか)
初代 須田菁華  (1862~1927)は、文久2年(1862)金沢の商家に生まれる。初名与三郎。
染付・祥瑞・安南・伊賀・万暦・古赤絵・古九谷などの彷古品に妙技を振るう。
大正4年(1915) 北大路魯山人(当時福田大観)が訪れ魯山人に陶芸の手ほどきをする。
江沼郡九谷陶器同業組合長。昭和2年(1927) 没。
二代 菁華    明治25年(1892)~昭和46年(1971)初代菁華の子。本名吉次。
三代 菁華    大正5年(1916)~昭和56年(1981)
四代 菁華    昭和15年(1940)~
三代菁華の子。金沢美術工芸大学洋画科卒業後、家業を継承するべく父、祖父に就いて陶法を修行。昭和56年(1981)三代菁華の死去に伴い、四代を襲名。

小田雪窓(おだせっそう)
臨済宗の僧。大徳寺五百六世。姓は小田、雪窓は道号、諱は宗甫、室号は蔵暉。五百三世後藤瑞巌の法を嗣ぐ。僧堂師家となり、昭和30年十一代管長に就任、のち開堂した。龍翔寺に住した。昭和41年(1966)寂、65才。

葛飾区東金町にて、横山一夢の木彫「菅公」、阿部誠の「利休居士像」

東京都葛飾区東金町にて、井波彫刻家横山一夢の木彫像「菅公」、山形県の彫刻家阿部誠の「利休居士像」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は文京区小石川へ、業者様のご紹介でお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、不要となった置物や贈答品、銀製の置物などをお売りいただきました。捨てるのはもったいなく、なるべくリサイクルしてほしいとのお客様のご要望、精一杯頑張らせていただきました。きちんと次へと繋げさせていただきます。本日二件目は、葛飾区東金町へ遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは、生前お爺様が大切にされていた彫刻や書道具、陶磁器などを買い取らせていただきました。山形県の彫刻家阿部誠の「利休居士像」は白檀(びゃくだん)製のもので、大変良い香りがします。大振りの像で、とても雰囲気の良いものでした。井波彫刻で有名な木彫り工芸家横山一夢の作品は菅原道真をモチーフにした「菅公」。平安時代に活躍した菅原道真は文筆の才能に恵まれ、学者出身の政治家としても類まれなる才能を発揮し、右大臣へとのぼりつめましたが、無実の罪により左遷された九州の太宰府で悲運の生涯を閉じています。その後、菅原道真公は天神として京都 北野の地に祀られ、長い時間を掛け、天神信仰は広く民衆の間へと広がり、学問、文芸、書道の神「 天神さま 」として今でも親しまれています。 菅原道真(菅公)を題材にした彫刻作品は数多くつくられております。どちらの作品も共箱できちんと保管されており、とても状態の良いものでした。良い作品をお売りいただき有難うございました。
夜となってしまいましたが、帰宅途中くるまやラーメンさんへ寄り、大好物の「ごま味噌ねぎらーめん」を食べて帰宅しました。仕事後のラーメンは格別美味しいです。

横山一夢(よこやま いちむ)1911年(明治44)~2000年(平成12)
富山県井波町出身。本名は善作。号は一夢。
国内でも有数の木彫工芸の町、井波の名門の家に生まれ、幼少期より父の下で技術の研鑽を積み制作を続ける。
1941年、第4回文展にて初入選し、以来文展や戦後からは日展に出品。
入選を重ねて53年第9回日展で北斗賞、58年第1回新日展においては特選を受賞。
63年に日展会員に推挙され、翌年には日展のほかにも現代工芸美術家協会の会員に推挙される。
日展、現代工芸展での中心的作家として活躍し、個展においても国内各地の百貨店などで多数開催した。
伝統の木彫技術を継承する傍らで彩色を多く用いた装飾的な作品を展開し、特に鯉、鶴など魚類、鳥類の造形や獅子頭などに秀でた。

群馬県北群馬郡吉岡町にて、田澤謙介の加茂桐箪笥、北海道民芸家具など。

 

群馬県北群馬郡吉岡町にて、田澤謙介の加茂桐箪笥、北海道民芸家具のライティングビューロやチェストなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、遺品整理でお呼びいただきました。群馬県のご実家を整理することとなり、千葉県から来てくださいました。家具が多くあるとの事で、本日は2トントラックで出張させていただきました。今日はとても暑く、こまめに水分補給をとりながら作業させていただきました。本日お売りいただいたのは、お着物や和装小物、田澤謙介の加茂桐箪笥、北海道民芸家具のライティングビューロやチェスト、輪島塗の座卓など。本日お売りいただいた桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、四方丸の下三大洋和箪笥というタイプのもので、当社でも多く取り扱う高級桐たんすになります。上部・下部の四方角が丸い桐たんす「四方丸」という桐たんすになります。伝統工芸士である田澤謙介氏の作、前飾りには、光保刀と銘がございます。田澤謙介氏は、加茂桐箪笥伝統工芸士の第一人者であり、たくさんの素晴らしいたんすを作られた方でございます。多少シミ汚れがございましたが、当社の買取強化作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。お母様の思い出の桐たんす、お着物など、大切に次へと繋げさせていただきます。本日はわたくしたちの時間に合わせ、千葉県から遠路お越しくださり有難うございました。
本日の昼食は、関越自動車道にある駒寄PAへ寄りました。駒寄PAは、赤城山や榛名山などの上州の名峰が間近に見ることが出来ます。天玉うどんを注文しましたが、生玉子がなかったので、代わりに温泉卵でいただきました。O橋氏は上州麦豚のカツ定食を食べておりましたが、柔らかくてとても美味しかったようです。天玉うどんもとても美味しかったです。

東京都杉並区西荻南にて、東郷平八郎書刻竹筆筒、墨林珍賞刻端渓硯。

東京都杉並区西荻南にて、東郷平八郎書刻竹筆筒、墨林珍賞刻端渓硯など書道具をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お爺様の遺品整理でお呼びいただきました。生前お爺様が書道をされていて、使用されていたものや集めていらっしゃったお道具をまとめて買い取らせていただきました。竹の筆筒には東郷平八郎の書「萬古清風」と彫られております。萬古清風(ばんこせいふう)とは、古来伝承の精神を重んじ、新風の清々しい風のように清らかで永遠に持続するという意味がございます。ひび割れなどございましたが、大変面白い筆筒でしたので、買い取らせていただきました。端渓硯の裏には、墨林珍賞とございます。葉文に鼠の浮彫が可愛く、こちらも面白い硯となってます。他にも筆や墨、半紙などの書道具を一式買い取らせていただきました。良いお道具をお売りいただき有難うございました。ただいま六角堂では、端渓硯、端石硯、歙州硯、洮河緑石硯、澄泥硯、魯硯、太史硯などの硯、曹素功、汪近聖、汪節庵、胡開文、古梅園、墨運堂、玄林堂、鳩居堂などの墨、紅星牌、三星牌などの中国画仙紙、古筆をはじめ、拓本、硯箱、硯屏、水滴、墨床、筆架、筆筒、水印、などの書道具を強化買取しております。また、寿山石、青田石、田黄石、鶏血石などの希少な印材も探しております。書道具は、使用済みのものや状態の良くないものでも査定が付く場合があります。ご売却をお考えの際はご相談ください。
本日はランチにマクドナルド、ディナーはすき家さんへ行きました。マクドナルドのカルピスシェイク、すき屋のうな重、どちらも美味しかったです。外食続きで栄養のバランスが心配ですので、これから青汁を飲んで寝ます。明日は群馬県へ出張買取、頑張ってきます!

東郷平八郎(とうごうへいはちろう)
海軍軍人。薩摩生。名は実良。維新後英国に留学。
日清戦争に浪速艦長として出撃、豊島沖、黄海、威海衛海戦で武功をあげた他、日露戦争では連合艦隊司令長官として日本海海戦等を指揮。バルチック艦隊を撃滅した。
日露戦争後、功績が認められ大勲位菊花大綬章と功一級金鵄勲章が授与され、後に大勲位菊花章頸飾が授与されました。
昭和9年(1934)歿、88歳。