神奈川県川崎市川崎区にて、古伊万里や火鉢、明治期の七宝蓋、銀口の鉄銚子、桐たんす。

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神奈川県川崎市川崎区にて、古伊万里や火鉢、明治期の七宝蓋、銀口の鉄銚子、桐箪笥を買受けました。

蔵の整理でお呼びいただきました。古伊万里や香炉など片付けの仕分けをしながら買い取りをしていきました。時代箱に入った鉄銚子があり、七宝蓋、銀口と素晴らしいお品でしたので、高価査定で買取することができました。久々の蔵整理で、楽しかったです!ご遺品整理・生前整理・お引越し・家の解体・蔵の整理・断捨離などで、お品物を片づけなくてはならない場合はぜひご一報ください。著名な作家の作品や高価だった物だけが買取り対象とは限りません。古くて汚れていて一見ガラクタにしか見えないものでも、価値のあるものがたくさんございます。できるだけ何もお捨てにならず、とにかく何でもお見せ下さい! 六角堂が様々な物から価値を見出し、お客様の要望に応えられるよう努力致します。時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

神奈川県川崎市麻生区にて籔内佐斗司のブロンズ像「無邪鬼」、チークの食器棚。

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神奈川県川崎市麻生区にて籔内佐斗司のブロンズ像「無邪鬼」、チークの食器棚、アンティーク家具を買取させていただきました!
旧家解体前の整理にてお呼びいただきました。他にもロッキングチェアやアンティーク家具などをお売りいただきました。有難うございました。

ブロンズ彫刻の査定・買取は六角堂にお任せください。骨董品、現代美術品など幅広い作品をお取り扱いしており、できる限り市場の相場に沿った買取価格をご提示させていただきます。まずは一度ご相談くださいませ。現在の強化買取彫刻作家は、以下となります。

秋山信子(あきやま のぶこ)朝倉響子(あさくら きょうこ) 朝倉文夫(あさくら ふみお)市橋とし子(いちはし としこ) 圓鍔勝三(えんつば かつぞう)岡本太郎(おかもと たろう) 荻原碌山(守衛)(おぎわら ろくざん(もりえ)) 鹿児島寿蔵(かごしま じゅぞう)加納銕哉(かのう てっさい) 北村西望(きたむら せいぼう)木内克(きのうち よし)後藤貞行(ごとう さだゆき) 佐藤忠良(さとう ちゅうりょう)佐藤朝山(さとう ちょうざん) 澤田政廣(さわだ せいこう)清水多嘉示(しみず たかし)高田博厚(たかた ひろあつ)高村光雲(たかむら こううん) 高村光太郎(たかむら こうたろう)富永直樹(とみなが なおき) 中原悌二郎(なかはら ていじろう)野口園生(のぐち そのお)林駒夫(はやし こまお)平櫛田中(ひらくし(ひらぐし) でんちゅう) 平田郷陽(ひらた ごうよう)平野富山(ひらの ふざん) 舟越桂(ふなこし かつら)舟越保武(ふなこし やすたけ)堀柳女(ほりりゅうじょ) 松本喜三郎(まつもと きさぶろう)宮本理三郎(みやもと りさぶろう) 安本亀八(やすもと かめはち)柳原義達(やなぎはら よしたつ) 籔内佐斗司(やぶうち さとし)

籔内 佐斗司(ヤブウチ サトシ)1953~

1953年、大阪府大阪市にて生まれる。大阪府立三国丘高等学校を経て、1978年、東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。1980年、東京芸術大学大学院美術研究科澄川喜一研究室で彫刻を専攻し、修了する。1982年から1987年まで、東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究室の非常勤講師を勤める。仏像などの古美術の古典技法とその修復技術を研究、新薬師寺地蔵菩薩立像(奈良市)、平林寺十六羅漢像(新座市)などで東京芸術大学が中心となって行った、保存修復に参加する。1987年、彫刻家として活動を開始する。作品には、横浜ビジネスパークの「犬も歩けば」(1990年)など、パブリック・アートも多い。2004年、東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室教授に就任する。

1953 大阪に生まれる
1978 東京芸術大学美術学部彫刻科卒業
1980 同大学院美術研究科修了
1984 現代のユーモア展出品
1990 『籔内佐斗司作品集 大博物誌』刊行
1996 『The World of Satoshi Yabuuchi-scuiptor』展N.Yにて
1999 パリ三越にて個展
2000 個展『新世紀に向けて 籔内佐斗司の世界展』

茨城県つくば市にて、桐たんす、お着物や人間国宝角谷一圭の鉄瓶をお譲りいただきました。

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茨城県つくば市にて、桐箪笥やお着物、人間国宝で角谷一圭の鉄瓶をお売りいただきました。遺品整理にてお呼びいただきました。人気の作品ですので、お客様にご満足いただける査定、買い取りができました。お忙しい中、当社をご指名いただき有難うございました。鉄瓶は、まだまだ人気です。南部鉄瓶、京鉄瓶、作家物から無名のものまで、六角堂では幅広く買取りしております。ご不要のお茶道具、鉄瓶や茶釜などがございましたら、六角堂までお問い合わせください。心よりお待ちしております。

角谷一圭(かくたにいっけい) 人間国宝(茶の湯釜) 1904年(明治37)~1999年(平成11) 大阪府出身

釜師であった父巳之助より茶の湯釜技法を習得した。後、大国藤兵衛、香取秀眞の指導を得て 茶釜制作から鋳金全般を学んだ。 また、茶の湯釜の研究者である細見古香庵から豊富な知識と多大な影響を受けた。 終戦直後、名釜の補修や修復に携わりたくさんの古釜に触れた経験をもとに、釜の形態・地紋・鉄味をさらに調査・研究して筑前芦屋系の釜に範を求めた。 1952年 日展出品後、1958年日本伝統工芸展で高松宮総裁賞、1961年同展朝日新聞社賞を受賞。1962年からは同展の監査委員を歴任した。 また 1973年には伊勢神宮式年遷宮用の御神宝鏡を制作、1974年には著作「釜師―茶の湯釜のできるまで」を刊行。

角谷一圭 略歴

1917年 父より茶の湯釜の技法を習得 1958年 日本伝統工芸展で高松宮総裁賞 1961年 同展朝日新聞社賞 1976年 勲四等瑞宝章 1978年 重要無形文化財「茶の湯釜」保持者に認定。

六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

千葉県習志野市にて、ルイ・イカールの銅版画「煙草」、アンティークランプをお譲りいただきました。

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千葉県習志野市にて、ルイ・イカールの銅版画「煙草」、アンティークランプをお譲りいただきました。遺品整理にて、お呼びいただきました。お忙しい中、有難うございました。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

ルイ・イカール(Louis Icart)1888~1950 洋画|外国人 絵葉書の工房などで働きながら、絵画の修行を積み、18世紀のロココ美術やルネサンス期の古典絵画を反映させた、繊細かつモダンな画風で、華やかで優美な女性を魅惑的に描いた。また第一次世界大戦を生き抜いた独自の戦争観でエッチング作品を多く生み出し、1950年に62才で没するまでに、数々の名作を世に送り出した、アールデコを代表する画家。

1888 フランスのトゥールーズに生まれる
1912 バルセロナのギャラリーで最初の個展
1914 作品のモデルとなるファニー・ヴォルメールに出会う。
1922 アメリカを訪問、ワナメーカー百貨店で個展
1923 フランスに戻り、マニュエル・ロブのスタジオでエッチングの制作を続ける
1950 12月30日没

習志野市出張地域は、茜浜、秋津、泉町、大久保、香澄、奏の杜、鷺沼、芝園、新栄、袖ケ浦、津田沼、花咲、東習志野、藤崎、実籾、本大久保、屋敷、谷津

神奈川県藤沢市にて、桐たんす、釣り竿、絵画や贈答品など。

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神奈川県藤沢市にて、桐タンス、釣り竿、絵画や贈答品をお譲りいただきました。お引越しの整理にて、お呼びいただきました。最近遠方の出張買取りの帰りに、街を眺めたり地元の名産を食べて帰るのが楽しみです。今回もお客様のおすすめのお店に行ったのですが、残念ながら準備中でした。若い頃よく遊びに行きました、サザンビーチ(当時は茅ケ崎中央海岸でした)へより、湘南浜焼きセンター海女小屋というお店へ寄りました。雑誌などでは有名のお店のようです。笑顔の素敵な海女ちゃんや焼き方や素材の産地を親切に教えてくれる店長さん?が迎えてくれました。わたしが選んだのは、海鮮バーべキュー80分食べ放題!サザエ・ハマグリ・イカ・アジ・パーナ貝・イイタコ・赤海老・マグロスペアリブ・金目鯛干物・ホッケなどを浜焼きで食べたあと、あまちゃんが作る土鍋飯・海鮮炊き込みご飯が出てきました!湯気がボワっと!しらすやあおさをたっぷりかけて混ぜて食べました。とっても美味しかったです!買取、小旅行と充実した一日でした。お客様、ありがとうございました!遠方の皆様、是非六角堂をご指名ください。遠いからと気になさらないでください。小旅行して帰りますので、ご安心ください。

桐たんす、和たんすなどの和家具をはじめ、骨董品、お茶道具、掛け軸、絵画、お着物などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。ぜひご利用ください。

神奈川県鎌倉市にて、紀州御庭焼 偕楽園製 向獅子香炉、掛け軸、桐たんす、古家具の買い取り。

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神奈川県鎌倉市にて、紀州御庭焼 偕楽園製 向獅子香炉、掛け軸、桐タンス、古家具をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。今回お売りいただきましたお品は、紀州御庭焼 偕楽園製のもので、鮮やかな紫交趾に愛嬌ある向獅子の大振りな香炉になります。紀州御庭焼 偕楽園製のお品は、当方個人的に好きで、ほぼ儲けなしのギリギリ価格で買い取らせていただきました。紀州御庭焼 偕楽園製のお品をお売りの際には、是非六角堂をご指名ください!少しでも高く買えるよう頑張ります!

偕楽園焼:江戸時代末期に紀州徳川家10代藩主治宝(はるとみ)の指示によって始まった御庭焼。
10代藩主治宝が別邸西浜御殿内の偕楽園で、京都の楽焼の陶工などに焼かせたのに始まり、治宝自身が表流茶道を究めたことからも御茶道具の制作が盛んだったと言われてます。

偕楽園焼は、楽焼系統と磁器系統の二種類に大別されます。当時楽園焼の制作や指導には、京都から表千家9代の了々斎や、表千家10代の吸江斎をはじめ、楽旦入、永楽保全などの著名な陶工が招かれています。偕楽園焼の作風としては、楽焼や中国陶器の写しが多く残っており、中でも交趾写が多いと言われてます。偕楽園焼は不明な点が多く、磁器系の作品は、文政10年に招かれた保全が制作を指導した可能性があるとされておりますが、磁器系の偕楽園焼が実際にどのような窯で焼かれたかなどについては、よくわかっていません。

鎌倉市出張地域は、稲村ガ崎、今泉、岩瀬、植木、扇ガ谷、大船、大町、岡本、御成町、梶原、鎌倉山、上町屋、極楽寺、腰越、小袋谷、小町、材木座、坂ノ下、笹目町、佐助、七里ガ浜、十二所、浄明寺、城廻、関谷、台、、高野、玉縄、津、手広、寺分、常盤、二階堂、西鎌倉、西御門、長谷、笛田、山崎、山ノ内、由比ガ浜、雪ノ下

 

埼玉県狭山市にて、和箪笥や着物たんすなど岩手の民芸家具、北海道民芸家具の鏡台、関東火鉢。

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埼玉県狭山市にて、和タンスや着物たんすなど岩手の民芸家具、北海道民芸家具の鏡台、関東火鉢をお売りいただきました。

引越後の荷物整理にて、お呼びいただきました。色々とお気遣い頂き親切にしていただき、有難うございました。お引越しのシーズンのためか、家具の買取が続いております。お客様のご期待に答えられるよう、六角堂は頑張ってまいります。引越しに伴ってご不要になりました桐タンス、和たんすなどの和家具をはじめ、骨董品、お茶道具、掛け軸、絵画、お着物などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。ぜひご利用ください。

神奈川県横浜市神奈川区にて、古い陶磁器や掛け軸、中国の古銅製観音仏像、桐たんすの買い取り。

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神奈川県横浜市神奈川区にて、古い陶磁器や掛け軸、中国の古銅製観音仏像、桐タンスをお譲りいただきました。六角堂では、ブロンズなど金属でできた仏像や木彫りの仏像などをはじめ、仏具や仏画などの仏教美術の買取りを行っております。仏像は仏の姿を表現した像の事で、釈迦如来、阿弥陀如来などの如来像の事を指し、菩薩像、天部像、明王像、祖師像などの仏教関連の像全般も「仏像」と呼んでいます。仏像は骨董品や美術品としての価値も高く、素材も金属、石、木、彫塑、乾漆など様々な仏像がございます。 仏像、仏具や仏画などの仏教美術のご売却をお考えでしたら、まずは六角堂までお気軽にご相談下さい。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。ぜひご利用ください。

東京都新宿区若松町にて、中国家具や書棚、中華民国の古い手紙や切手など。

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東京都新宿区若松町にて、中国家具や書棚、中華民国の古い手紙や切手をお譲りいただきました。解体前の処分にてお呼びいただきました。六角堂では、花梨や紫檀、黒檀やタガヤサンなどの唐木で出来た中国家具を強化買取りしております。唐木で出来たキャビネット、飾り棚、テーブル、椅子、文机、花台、香炉台などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。「これは中国家具かな?買取りしてもらえるかな?」と疑問に思う家具がございましたら、お気軽にお問合せ下さい。中国家具以外にも、桐タンスや古い和家具、英国アンティーク家具や北欧家具など、幅広く買取を行っております。出張費などの費用を頂く事は一切行っておらず、買い取り不成立の場合でも、査定料などの費用を頂く事は一切ございません。安心して六角堂までお問い合わせください♪

六角堂出張地域

東京都23区の買い取り 世田谷区・港区・中央区・渋谷区・杉並区・目黒区・千代田区・大田区・品川区・新宿区・文京区・豊島区・中野区・練馬区・足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・葛飾区・北区・江東区・墨田区・台東区

市部の買い取り 武蔵野市・昭島市・小金井市・三鷹市・あきる野市・日野市・調布市・府中市・小平市・国分寺市・国立市・武蔵村山市・清瀬市・東村山市・西東京市・福生市・青梅市・東大和市・羽村市・立川市・町田市・多摩市・稲城市・狛江市・八王子市・東久留米市

神奈川県の買い取り 横浜市(鶴見区・中区・緑区・港北区・戸塚区・神奈川区・西区・栄区・泉区・旭区・南区・保土ヶ谷区・港南区・筑紫区・金沢区・瀬谷区・磯子区・青葉区)・川崎市(多摩区・川崎区・中原区・幸区・高津区・宮前区・麻生区)・相模原市(緑区・中央区・南区)・小田原市・平塚市・横須賀市・藤沢市・厚木市・大和市・秦野市・鎌倉市・茅ヶ崎市・伊勢原市・座間市・三浦市・海老名市・綾瀬市・逗子市・南足柄市

千葉県の買い取り 千葉市(稲毛区・中央区・緑区・花見川区・美浜区・若葉区)・我孫子市・市川市・市原市・印西市・浦安市・柏市・香取市・鎌ヶ谷市・木更津市・君津市・佐倉市・山武市・白井市・匝瑳市・袖ヶ浦市・東金市・富里市・流山市・習志野市・成田市・野田市・富津市・船橋市・松戸市・茂原市・八街市・八千代市・四街道市・八潮市・大網白里市・神崎町・栄町・酒々井町・芝山町・長生村・長南町・長柄町・睦沢町・横芝光町

埼玉県の買い取り さいたま市(大宮区・南区・西区・北区・中央区・見沼区・岩槻区・浦和区・桜区・緑区)・川口市・越谷市・川越市・所沢市・熊谷市・草加市・春日部市・東松山市・狭山市・三郷市・上尾市・深谷市・富士見市・入間市・朝霞市・鳩ヶ谷市・本庄市・坂戸市・戸田市・飯能市・ふじみ野市・加須市・鴻巣市・鶴ヶ島市・新座市・桶川市・北本市・久喜市・行田市・蓮田市・羽生市・幸手市・蕨市・秩父市・日高市・志木市・八潮市・和光市・吉川市・比企郡・北葛飾郡・大里郡・児玉郡・入間郡・南埼玉郡・北埼玉郡・秩父郡・北足立郡

山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県 その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。骨董品類に関しては全国出張致します。お気軽にご相談ください。

東京都八王子市にて、桐たんす、12代酒井田柿右衛門謹製(角福銘) 鳥の置物をお譲りいただきました。

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東京都八王子市にて、桐タンス、12代酒井田柿右衛門謹製(角福銘) 鳥の置物をお売りいただきました。

引越し整理にて、お呼びいただきました。あまり出回っていない12代酒井田柿右衛門謹製(角福銘)のお品でしたので、お客様にご満足いただける高額査定で買い取りさせていただきました。他にも,掛け軸や古銅の花瓶、置物などを買い受けいたしました。有難うございました。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。ぜひご利用ください。

12代 酒井田柿右衛門 1878(明治11)年~1963(昭和38)年

12代酒井田柿右衛門は11代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれました。
本名を正次といいます。
1917(大正6)年、12代酒井田柿右衛門を襲名しました。
1919(大正8)年、実業家・小畑秀吉と柿右衛門焼合資会社を設立しました。
1921(大正10)年、九州沖縄一府八県連合共進会で銀牌を受賞しました。
1926(大正15)年、実業功労者として表彰を受けました。
1927(昭和2)年、御大典の際に置物を献上しました。
1928(昭和3)年に柿右衛門焼合資会社を脱退し、
「角福(渦福)」銘を奪われた柿右衛門家は新たに「柿右衛門作」という銘に切り替えました。
1940(昭和15)年、工芸技術保存作家の指定を受けました。
1953(昭和28)年、長男・渋雄(13代酒井田柿右衛門)と濁手素地の復興に成功しました。
1954(昭和29)年、佐賀県重要無形文化財に認定されました。
1955(昭和30)年に「柿右衛門」の製陶技術が文化財保護委員会より、
記録作成等の措置を構ずべき無形文化財として選択を受けました。
日本工芸会会長賞を受賞しました。
1957(昭和32)年、文化財保護委員長賞を受賞しました。
1958(昭和33)年、ブラッセル万国博覧会でグランプリを受賞しました。
1962(昭和37)年、勲四等瑞宝章を受章しました。
11代から引き続く困難な世相と厳しい経済状態の中で、
「角福」銘を譲り渡すという苦難を経験しながらも頑固な職人気質と高い志を持って、
地道な制作活動と熱心な研究により近代柿右衛門復興の祖として絶大な功績を残しました。
11代の遺志を受け継いで柿右衛門窯の復興に情熱を注ぎましが、
困難な世相と厳しい経済状態の中で転業を決断する寸前にまで追い込まれ、
1919(大正8)年に実業家の小畑秀吉(帝国窯業等を経営)と共同経営の契約を交わし、
小畑が出資、柿右衛門が「角福」銘と技術を提供して柿右衛門焼合資会社を設立しました。
会社代表となった小畑は丸山に築窯し、取締役に就任した12代の柿右衛門窯と二つの窯で作品を制作する事になりました。
しかし、量産重視の小畑と優れた美術品を制作したい職人気質の12代の間に確執が生まれ、
僅か数年という短期間で12代は1928(昭和3)年に柿右衛門焼合資会社を脱退しました。
合資会社で使用していた「角福」銘は法理上、契約期間の満50年は会社所有権として残り、
「角福」銘を奪われた柿右衛門家は新たに「柿右衛門作」という銘に切り替えました。
一方の合資会社も柿右衛門窯に倣って、「角福」の隣に「柿右衛門謹製」と付加する事で、
柿右衛門窯に対抗すると共に共同経営解消後の明確な区別を図りました。
満50年の契約期間を終え、1969(昭和44)年に「角福」銘は柿右衛門家に返還されましたが、
既に「柿右衛門作」銘で定着している為、後に使用される事はありませんでした。
合資会社は1969(昭和44)年に窯号を「仁和窯」に変更するまで「角福」銘を使用した為、
1969(昭和44)年まで合資会社と柿右衛門窯による二つの柿右衛門が併存しました。