東京都世田谷区祖師谷にて佐野繁次郎のリトグラフ、K.UYEDA銀製食器、着物。

東京都世田谷区祖師谷にて佐野繁次郎のリトグラフ「パリの四季・秋」、植田商店K.UYEDA銀製ティーセット、お着物などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、佐野繁次郎のリトグラフ、植田商店K.UYEDA銀製ティーセット、着物など。佐野 繁次郎は、大阪府大阪市出身の洋画家。こちらのリトグラフは限定150部で制作された「パリの四季・秋」。四人の画家がそれぞれパリの四季を描いた作品の一つ。佐野繁次郎の作風である大胆で力強いタッチで白と黒のみで描かれた、秋のパリの街角。独特な世界観を持つ彼のフィルターを通して描かれたパリの風景は見るものを一瞬で引き込んでしまう魅力を感じます。佐野繁次郎のリトグラフは数少なく、こちらは貴重な本人のサイン入りです。若干ヤケがございますが、当社の買取強化作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。植田商店K.UYEDA銀製ティーセットは、ティーポット、クリーマー、シュガーポットのセット。STERLING950の刻印があります。「植田商店」K.UYEDAは1884 年(明治 17 年)に東京・京橋区で創業の老舗。K.UYEDAは創業者の植田吉五郎。現在、銀座電通通りにウエダジュエラーとして営業しております。スレや変色などありましたが、銀製品も六角堂の買取強化商品ですので、こちらも高価査定させていただきました。他にも訪問着や友禅などのお着物、帯や和装小物も併せてお売りいただきました。お売りいただいたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は数多くのお品をお売りいただき、有難うございました。

佐野繁次郎(さのしげじろう)1900年1月22日~1987年12月2日
1900年に大阪府大阪市東区南久宝寺町に生まれる。1924年に信濃橋洋画研究所にて小出楢重に師事し、絵を学ぶ。二科展を中心に活動を展開し、1929年には同展にて「机」「明るい部屋」で初入選。1930年頃に日本初の純無鉛白粉「御園白粉」で知られる伊東胡蝶園(後のパピリオ化粧品)へ入社し、同社の看板商品である「パピリオ」のロゴデザインなどを手がけ、戦後は重役としても活躍する。1931年の二科展では樗牛賞受賞し、横光利一の「機械」の装丁を担当する。1937年にフランスへ渡りアンリ・マティスに師事、ジョアン・ミロらとも交流を深める。フランスでの滞在生活の中でパリの気風を自らの作風に反映させ、洒脱な雰囲気の優れた作品を複数発表し、デザイナーとしての評価を高めていきます。米国経由で日本へ帰国した1939年以降は横光利一や小林秀雄、舟橋聖一などの文学者の本の挿絵や装丁を数多く手掛け装丁画家としての地位を確立しました。戦後は二紀会の創設に参加しております。1951年から1953年まで再度フランスへ渡り、金山康喜、田淵安一らと交流を深め帰国後は1955年の創刊号から1969年まで『銀座百点』の表紙を手がける。その後も洋画家、装丁画家として活動を展開しますが、1987年に逝去。