カテゴリー別アーカイブ: 着物

神奈川県平塚市にて、台湾家具のバーカウンター、リヤドロのフィギュリン、お着物、置物など。

神奈川県平塚市にて、数十年前に台湾から輸入されたバーカウンター、リヤドロのフィギュリン「犬を抱く貴婦人」、お着物、置物、絵画などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。数十年前に台湾から輸入されたというバーカウンターは、戦の図が彫刻されたもので、収納がたくさんついておりとてもかっこいい家具でした。リヤドロのフィギュリン「犬を抱く貴婦人」は、仔犬を抱く優雅な雰囲気ただよう貴婦人。こちらは廃盤モデルになります。箱などはありませんでしたが状態の良いお品物でした。着物はウールやシミのあるものがほとんどでしたが、全て買い受けさせていただきました。他にも、海外へ行かれた際に購入されたお皿や花瓶などの民芸品、置物、香炉などを買い取らせていただきました。作業しやすいようにと車を入れ替えていただいたり、お茶をいただいたりとお気遣いくださり有難うございました。ご家族の思い出のお品々、大事に次へと繋げさせていただきます。
帰りに、お客様にお勧めいただいた平塚漁港へと寄り、「平塚漁港の食堂」さんへ行きました。こちらのお店は、地元平塚漁港で獲れた新鮮な魚を「その日のうちに食べる」というコンセプトの食堂で、営業時間内でも用意した魚がなくなり次第閉店してしまうそうです。テレビにも出るお店のようで、お客さんがたくさんおりました。わたしがいただいたのは、料理長おすすめ定食。ホウボウや真鯛のお刺身、鰺・鯖・鰤のフライ、イシモチ一本焼、生海苔としらすの茶碗蒸し、しらすご飯、みそ汁等々凄いボリュームのセットでした。とても美味しく、このボリュームにもかかわらずお代わりをしてしまいました。絶対にまた来たいと思います。漁港にいると、昔毎日釣りをしていたころを思い出します。漁港にいると、なぜかとても楽しい気持ちになります。今日は天気も良く、海上ベタ凪、多少風はありますがまさに釣り日和ですね。釣りをしている方がちらほらおりました。どんな魚を釣っているのでしょうか、とても羨ましかったです。
明日は、千葉県松戸市へ出張買取。今夜も早寝します。

東京都西東京市にて、桐たんす、塩沢紬、袋帯などのお着物、陽炎園 水指などのお茶道具。

東京都西東京市にて、桐たんす、塩沢紬、袋帯などのお着物、膳所焼 淡海ぜぜ 陽炎園 近江八景絵 芋頭 水指などのお茶道具をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お婆様が生前大事にされておりましたお着物やお茶道具などを買い受けさせていただきました。お着物にシミや汚れなどございましたが、一点一点丁寧に査定し、お客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。思い出のお品とのこと、大事に次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、当社をご指名いただき有難うございました。帰りに、東京都清瀬市にある、「和食さと」へ寄りました。秋限定メニューの松茸ご飯と松茸とろろそば膳をいただき、秋を感じさせていただきました。松茸尽くしでとても美味しかったです。
ただいま桐箪笥をはじめ、お着物、お茶道具の買い取りを強化しております。また、他にも幅広いジャンルで買い取り対応しておりますので、処分にお困りの際には一度お問い合わせください。出張料、査定料無料でお伺いしております。関東近郊はもちろん、お品物の内容や量によっては、遠距離出張買取させていただきます。たくさんのお問い合わせお待ちしてます!
陽炎園(かげろうえん)
膳所焼(ぜぜやき)は、近江国膳所(大津市膳所)付近の陶器で、まず瀬田焼の名で元和(1615~24)ごろに起こったといわれ、のちに膳所焼となりました。茶陶として名高く、遠州七窯の一つに数えられております。
大正8年(1919)、遠州ゆかりの茶陶の名窯の廃絶を惜しんだ膳所の岩崎健三が、時の日本画壇の巨匠、山元春挙とともに膳所窯を復興し、その工房を陽炎園(かげろうえん)としました。
陽炎園の作品に多い「淡海ぜ々」という言葉は、昔近江地方を「淡海」とされており、これは琵琶湖の事を指します。 陽炎園はその近くで焼かれていますので、「淡海ぜ々」という言葉が使われております。

東京都中野区鷺宮にて、立派な瘤の付いた花梨の火鉢、結城紬などお着物。

 

東京都中野区鷺宮にて、立派な瘤の付いた花梨の火鉢、結城紬などのお着物をお売りいただきました。

解体業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。今回もまたお客様をご紹介くださり有難うございました。縁にひび割れがあるものの、とても立派な瘤(こぶ)が付いた火鉢でしたので、ご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。結城紬も、シワやシミが出てしまっておりましたが、良いものですので全て買い受けさせていただきました。着物の中でも大島紬と並んで有名なのが結城紬です。結城紬は、茨城県結城市周辺で生産されている絹織物で、日本最古の歴史を持ち、全国各地で織られている紬織物の原点と言われています。結城紬は重厚感あるしっかりとした生地ですので、着物の中でもステータス抜群で、着物の中でも結城紬は「別格」な存在感となっております。1956年に国の重要無形文化財に、1977年には伝統工芸品に指定されている大変貴重な紬です。紬の他、留袖、振袖、小紋、帯、和装小物などもあり、こちらも一点一点査定し、買い取らせていただきました。桐箪笥は、所々杉材を使われた三方桐で、側面の割れ、虫食い、金具の欠品などがありましたので、残念ながら買取が出来ませんでした。今回買い取らせていただいたもののように、状態が悪いものでも良いものにはまだまだお値段が付く場合が多いです。古いものである程度状態が悪いのは当たり前のことだと思っております。状態が悪いからと捨ててしまう前に、一度お気軽にご相談ください。
帰りに、三芳町にある、「台湾料理 香琳坊」さんへと寄りました。こちらのお店は、安くて美味しい、ボリュームたっぷりと大食いのわたしにはもってこいのお店です。友人を連れて行くとみんな驚きます。学生さんや若者にはなんともありがたいお店です。

 

東京都三鷹市にて、虫食い欅材水屋箪笥、桐箪笥、夏大島紬、結城紬などのお着物。

東京都三鷹市下連雀にて、虫食い欅材水屋箪笥、桐箪笥、夏大島紬、結城紬などのお着物をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。桐箪笥や虫食い欅材水屋箪笥、お着物などをお売りいただきました。虫食い欅材水屋箪笥は、虫に喰われた欅材を使用した水屋で、雰囲気良く大変珍しいものでしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。お着物は、夏大島紬、結城紬、留袖、帯などを一点一点丁寧に査定し、買い受けさせていただきました。シミが出てしまっているものが多かったのですが、良いお着物でしたので全て買取りしました。お母様が大事にされていた思い出のお品との事、大事に次へと橋渡しさせていただきます。お忙しい中、六角堂をお呼びくださり有難うございました。海外から友人が来ておりますので、日本を楽しんでいただこうと、所沢市にある「釣船茶屋 ざうお 所沢店」へと招待しました。先日わたしの長男が釣りをしてきて釣りを極めたなどと言ってましたので、腕を試してあげようと家族も連れていきました。お店に入ると大きな生簀にたくさんのお魚が泳いでいて、釣った魚を調理していただき食べるというスタイル。早速息子に竿を持たせて餌を投入。なんと入れ食いでシマアジGET。次は真鯛を釣ってくれと投入後すぐさまシマアジGET。三投目もシマアジ・・・。こちらのお店、釣った魚はリリースできず、必ず食べなければいけませんので、色々な料理方法でいただくことにしました。刺身は活け造りですので、届いた直後は魚がピクピク動きます。海外の友人もこれにはびっくり。刺身も食べ慣れていないようでドキドキしましたが、とても美味しいと喜んでくれました。画像のサザエ、車海老もとても美味しかったです。高級魚が入れ食いでしたので、料金も驚きでしたが、何はともあれみんなに喜んでいただけたのでとても良かったです。
六角堂では、お着物の買い取りを強化しております。ご自宅でずっと眠っている反物や、なかなか日の目をみない着物をお持ちの方は着物買取に経験豊富な六角堂をお呼びください。査定のみでも結構ですので、たくさんのご依頼お待ちしております!東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。

東京都練馬区旭町にて、桐たんす、大島紬などのお着物、高橋悦道書付中村正彦作伊羅保茶碗など。

東京都練馬区旭町にて、桐たんす、大島紬などのお着物、前大徳寺高橋悦道書付中村正彦作伊羅保茶碗「銘 無事」などのお茶道具をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。桐箪笥をはじめ、お着物やお茶道具などをたくさんお売りいただきました。一か所にお品を並べていただいておりましたので、すぐに査定することが出来ました。お婆様が長年大事にされていた思い出のたんすが、次へとつながるとお喜びいただきました。お忙しい中、六角堂のご指名ありがとうございました。今日は志木の市場が開催日でしたので、帰りに寄らせていただきました。市場が終わった後、いつもお邪魔する朝霞市の大島屋食堂で、みんなで食事をして、先程帰宅しました。
六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を探しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりにお伺いし、査定させていただきます。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。お客様にご満足いただけるよう、頑張ります!

高橋悦道(たかはしえつどう)和尚
昭和23年 復員後大徳寺僧堂へ瑞巌老師、雪窓老師に師事。
大徳寺派・明星寺(滋賀県大津市)

埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、琉球紅型、谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像(黒檀厨子)など。

埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、琉球紅型、谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像(黒檀厨子)などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お婆様が大事にされていた桐たんす、琉球紅型のお着物や訪問着、留袖、紬、名古屋帯、反物、和装小物など、全て買い受けさせていただきました。また、黒檀の厨子に納められた谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像などもお売りいただきました。大事にされていた思い出のお品、大事に次へと繋げていきたいと思います。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。出張帰りに、熊谷市にある「麺場 田所商店 熊谷銀座店」さんへと寄りました。こちらは、以前談合坂SAや市川市へ出張した際にも寄らせていただいたお店で、麦味噌のラーメンスープがとても美味しいお店です。今日は、九州麦味噌肉ネギらーめんをいただきました。ご当地味噌を使った味噌ラーメン、味噌好きにはたまらないです。

琉球紅型(りゅうきゅうびんがた)
紅型は琉球王府、首里、浦添を中心に、婦人の礼装として、また神事に関する古式の服装として摺込みの手法で染められたのが、琉球紅型のおこりだといわれています。 その後、14~15世紀、中国や東南アジアとの海外交易により中国の印花布の技法や印度、ジャワなどの染色技法が伝わります。 やがて沖縄の気候風土と自然に育まれながら、沖縄独自の紅型が誕生しました。第2次大戦により壊滅的な打撃を受けましたが、戦後、紅型保存会の結成、沖縄びんがた伝統技術保存会の結成、昭和59年の国の「伝統的工芸品」の指定を経て、その振興が図られています。昨今では、着物や帯などの和装、日常装飾品、着尺、訪問着、振袖、帯地、他に壁掛け、風呂敷、のれん、掛軸、その他装飾品の用途も広くなり、沖縄県内外の人々から歓迎されております。

谷脇仁光
1958年 高知県生まれ
1980年 父、黄綬褒章珊瑚彫刻家谷脇利光に師事。雅号(仁光)を授かる。
1988年 珊瑚名作コンテストにおいて、観光連盟会長賞受賞。現在に至るまで数々の賞を受賞
2006年 高知県技能功労章受賞。
現在も、利光のもとで伝統工芸を継承し、数々の作品を生み出しております。

千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)
千手観音菩薩は「観音様」と呼ばれる観音菩薩の一種。「観音」は、観察の観、人々の声である音に由来します。
つまり、観音菩薩は人々を観察して救済する仏です。千本の手は観音様が無限に手を差し伸べる様子を表します。
千手観音の正式名称は千手千眼観世音菩薩と呼びます。一本の手に一つの眼が刻まれていることに由来し、千の眼は人々をしっかりと見て導くという意味がございます。

東京都港区芝にて、桐箪笥、お着物、人間国宝磯井如真の本鼈甲金蒔絵簪笄など。

東京都港区芝にて、桐箪笥、塩沢紬や結城紬、絞りの羽織、袋帯、人間国宝磯井如真の本鼈甲金蒔絵簪笄などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お母様が大事にされておりました思い出の桐箪笥、お着物をまとめて買い受けさせていただきました。長年たんすにしまったままだったようで、残念ながらシミが多く出てしまっているものが多かったです。シミ汚れがございましたが、良い着物が多かったので、全て買い受けさせていただきました。本鼈甲金蒔絵簪笄は人間国宝である磯井如真の作。こちらは状態も良く、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。お母様の思い出のお品、次へと大事に橋渡しさせていただきます。
当社でお着物を査定する際に注意している点は、産地や作家など、流行のものかどうか、正絹や綿などの素材、十分な裄や丈があるかどうか、そして大事なのが保管状態です。シミや汚れの目立つものはどうしても減額査定になってしまいます。たとえ良い着物であっても状態のひどいものには査定が付かない場合もございます。着物は湿気を嫌いますので、厚みあるしっかりとした桐箪笥に保管されることをお勧め致します。また、櫛(くし)や簪(かんざし)などの髪飾り、帯締め、帯留めなどの和装小物は、箱と同時にお売りいただくと、査定額があがります。共箱は保管にも適しておりますので、失くさずに一緒に保管されることをお勧め致します。
ご自宅でずっと眠っている反物や、なかなか日の目をみない着物、をお持ちの方は着物買取に経験豊富な六角堂をお呼びください。査定のみでも結構ですので、たくさんのご依頼お待ちしております!東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。

磯井如真(いそいじょしん)
香川県出身の漆芸家。本名を雪衛(ゆきえ)といい、のちに雪枝と改めました。
磯井如真は地元の香川県立高松工芸高等学校を卒業すると大阪に行き山中商会に入社して、そこで中国漆器の修理に携わっていました。
その後、高松へ戻って製法が途絶えていた香川漆器の研究を重ねていき、やがて独学で香川漆器の復活に成功することになります。
香川漆器は別名香川三技法とも呼ばれており、その技法は彫漆(ちょうしつ) 、存清(ぞんせい)、蒟醤(きんま)の三種類に分けられております。
その中でも磯井如真はタイ国の植物の実の名前から取った蒟醤(きんま)が得意とされその工程は、漆を何層も塗り重ねた上に文様を線彫りして彫った模様を色漆で象嵌して埋めていき黄漆や朱漆の色ごとに彫りあげ充填させる作業を繰り返して全部の充填が終わると余分な漆を取り除いて表面を平らに研ぎ出して完成させる独特の技法です
また、さらに蒟醤の技法を進化させた凸版印刷をヒントで生みだされた点彫り蒟醤の技法を考え出しました。
これまでの蒟醤の技法では線彫りでしていたので、はっきりとした線での表現しか出来ませんでしたが、点で彫る事によって線に強弱ができ、ボカシ効果や深みができ立体的な独特な風合いに仕上げる事に成功しました。
香川漆器を復興させただけではなく、後進の育成にも尽くしており、三男の磯井正美、太田儔など重要無形文化財の認定を受けた弟子も輩出しております。

1883年 香川県で生まれる
1903年 香川県立工芸学校卒業し、大阪の美術商・山中商会に勤務する
1909年 帰郷し、香川漆器の研究に励む
1953年 岡山大学教授に就任する
1956年 重要無形文化財「蒟醤」保持者に認定される
1961年 紫綬褒章を受章する
1964年 勲四等旭日小綬章を受章する
1964年 8月23日逝去

東京都世田谷区太子堂にて、みくに織手織男物の反物、掛軸、贈答品、博多人形など。

東京都世田谷区太子堂にて、みくに織手織り男物の反物、掛け軸、贈答品、博多人形などをお売りいただきました。

数年前に骨董品などの買い取りでお世話になった世田谷区三宿のお客様のご紹介で、お片付け整理にてお呼びいただきました。お売りいただくお品を倉庫へまとめておいていただきましたので、おかげさまで査定や搬出がスムーズにすすみました。みくに織手織男物の反物は、シミ汚れがございましたが、当社で買い取り強化している反物でしたので、買い受けさせていただきました。掛軸は、仏画や中国工芸画で、シミ汚れや破れなどございましたが、こちらも全て買い受けさせていただきました。玄関先に、フランスの彫刻家オーギュスト・モローのブロンズ像がありましたので、こちらは査定額を提出させていただきました。トラックへお品を積み込みの際、荷台から降りるとき足をひねってしまい、お客様にご心配かけてしまいました。現在、足が腫れてしまい、冷やしております。明日も明後日も家具の買い取りで心配ですが、冷やして早く治したいと思います。帰りにお客様に、FLO(フロ プレステージュ )のタルトレットアーモンドキャラメルをいただきました。早速いただきましたが、とっても美味しかったです。お土産までいただいたりしてしまい、本当に有難うございました。帰宅時に、世田谷区上北沢の甲州街道沿いにある「長浜ラーメン」ㇸと寄りました。こちらのお店の他にはない味に惹かれてかれこれ5年以上通ってます。本日は替え玉を二杯、お腹がパンパンになりました。細麺で茹で加減を細かく指定できるのが嬉しいです。わたしはバリカタ派です。とても美味しかったです。明日は千葉県、明後日は神奈川県、しばらく出張買取が続きます。足を治して頑張ります!

東京都足立区千住にて、桐箪笥、名古屋帯、袋帯、訪問着、単衣付下げなどのお着物。

東京都足立区千住にて、桐箪笥、黒地紋意匠名古屋帯、川島織物袋帯、千總の訪問着、単衣付下げ洋花文などのお着物をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。お引越し先のマンションに桐箪笥を置く場所がなく、仕方なくご処分されるとの事で、一緒に着なくなったお着物をお売りいただきました。桐箪笥はお母様よりいただいたものとのことでやや古いたんすでしたが、お着物はお客様が着ていたものでしたので、シミなどもなく状態の良いお着物でした。引越し先のスペースの関係で泣く泣くのご処分との事、頑張り査定で買い受けました。良いお着物をお売りいただき有難うございました。
同業者のA堂のT橋さんからお電話があり、ちょうど同じ足立区へ出張買取りに来ているから面白い所へ連れてってあげるよとお誘いいただきました。向かった先は足立市場、都内で唯一の水産物専門市場のようです。築地と違い観光客でごった返すこともなく、市場グルメも充実してしかもリーズナブル。知る人ぞ知る穴場のようです。向かったお店は「徳田屋食堂」。満席で少々待ちましたが、それでも10分程度でお店に入れました。わたしとN尾氏は「特盛豪華海鮮丼」、A堂のT橋さんは「マグロ希少部位丼(脳天・ホホ・あご肉)」を注文しました。海鮮丼に乗せるウニが切れているからアワビを載せておくよ~となんとも贅沢なお話、届いてびっくりネタが10種以上はあるでしょうか、なんとも贅沢な海鮮丼。マグロ希少部位丼もなんとも贅沢な量です。この内容で、1300円に1500円とは安いです。市場食堂ですのでネタが新鮮、とっても美味しかったです。残ったご飯で締めのダシ茶漬け、これもまた美味しかったです。是非また行きたいお店です。T橋さんご馳走様でした!帰り途中、さいたま市浦和区よりお客様からお電話いただき、買取へ伺いました。こちらでは、風炉や釜などのお茶道具、香炉、銀杯、カネゴンの貯金箱などを買い受けました。来週、桐箪笥、茶箪笥を買いに再度お邪魔させていただきます。
ご自宅でずっと眠っている反物や、なかなか日の目をみない着物、をお持ちの方は着物買取に経験豊富な六角堂をお呼びください。当社では本場大島紬、本場結城紬、加賀友禅、西陣織首里織、琉球絣、越後上布、小千谷紬、琉球紅型、えぞ織、長井紬、牛首紬、伊那紬、天蚕紬、群上紬、大石紬、丹波布、出雲絣、久留米絣、綿さつま絣、八重山上布、宮古上布、芭蕉布、琉球紬、能登上布、読谷山花織、本場黄八、本場塩沢などの産地作品や龍村平蔵、久保田一竹、松井清々、百貫華峰、羽田登喜男、由水十久、志村ふくみ、北村武資などの有名作家物など高級着物や反物の買い取りを強化しております!査定のみでも結構ですので、たくさんのご依頼お待ちしております!東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。

千葉県船橋市にて、着物、贈答品、諏訪蘇山の香炉、今泉今右衛門の紅茶碗、庄司啓吉や長文堂の鉄瓶など。

   

千葉県船橋市にて、お着物、陶器や漆器などの贈答品、三代諏訪蘇山の青磁袴腰香炉、十三代今泉今右衛門の錦 露草絵紅茶碗、庄司啓吉(光洞)の尾張松文鉄瓶、長文堂の銀口鉄瓶をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。品数がとっても多かった為、到着早々見積もり査定させていただきました。一日では運べる量ではなかったので、数回に分けて買い取らせていただくこととしました。まずはお着物、紬や訪問着など良いものが多かったのですが、残念ながらシミが多く出てしまっているものがほとんどでした。箪笥が四竿分もありましたので、こちらはN尾氏が担当し、一点一点丁寧に査定しました。査定が間に合わなかった残りのお着物、箪笥は次回買取させていただきます。お道具ですが、なんと本日も諏訪蘇山の香炉を発見。昨日は箱のみ出てきましたが、本日は中身のみ。なかなか出てくるものではございませんが、一日で奇跡がおき驚きました。しかしながら、昨日のは二代諏訪蘇山の香炉、本日は三代諏訪蘇山の青磁袴腰香炉、合わせる事が出来なそうです。火屋は純銀の火屋で、桐葉鳳凰文の透かし彫刻があり信幸造の刻印がございます。良いお品だけに、共箱の欠品がもったいないお品でした。鉄瓶が数点ありましたが、錆がとても多く、光洞のものは口に大きなカケがあり、長文堂のものは蓋口の周りにひび割れがございました。火鉢があり、実際にたくさん使用されたものとのことでしたので、仕方ないですね。残念です。今右衛門窯のカップ&ソーサーは棚で飾っていたもので、汚れが多くありましたが洗えば綺麗になりそうです。他にも贈答品やブランド時計などをお売りいただきました。花瓶や食器などは箱と中がバラバラになっていましたので、次回合わせていきながら査定していきたいと思います。トラックいっぱい買い受けましたので、残りは来週買取させていただくこととなりました。次回は柿右衛門窯の食器多数、関西火鉢や桐箪笥などの家具を買い取らせていただきます。お忙しい中、長時間お付き合いくださり有難うございました。次回またよろしくお願い致します。

三代 諏訪蘇山(すわそざん)1932~2005
3代諏訪蘇山は2代諏訪蘇山の弟・米沢蘇峰の次男として京都に生まれ、2代の養子となりました。
本名を修といいます。
1955(昭和30)年、京都市立美術大学陶芸科を卒業後、富本憲吉、近藤悠三、清水六兵衛に師事する。
1960(昭和35)年、中村弘子と結婚し、帝室技芸員・初代諏訪蘇山の後継者として養子となる。
1970(昭和45)年、3代諏訪蘇山を襲名しました。
1971(昭和46)年、光風会審査員に就任しました。
1976(昭和51)年、京都市美術展審査員に就任しました。
2002(平成14)年、古希を機に三女・公紀に家督を譲って隠居し、「玄心」と改名しました。
2005(平成17)年、歿、73歳。
伝統的技法を基盤とし、気品ある清澄な釉調と洗練された独自の作風を確立しています。
日展会友、光風会会員・審査員、京都工芸総合研究会会員、京都府美術工芸作家協会会員。