あけましておめでとうございます

旧年中は格別の御厚情を賜り、厚く御礼を申し上げます。
本年もお客様に喜んでいただけるように努めて参りますので、一層のご愛顧を賜わりますようお願い申し上げます。
六角堂では、一月三日までお休みをいただいており、四日よりお見積り、出張買取を開始させていただきます。
本年もたくさんのご依頼をお待ちしております。

令和二年、お世話になり有難うございました!

今年も残すところあと僅かとなりました。
新型コロナウイルスの影響で大変な一年でしたが、六角堂が無事に一年を過ごせましたのも、 皆様の多大なご支援のおかげでございます。
今年お会いしましたたくさんのお客様、仕事関連の皆さまには大変感謝しております。
来年はさらなるサービス向上に向け、気持ちを新たに取り組んでまいりますので、変わらぬご愛顧のほど心よりお願い申し上げます。
新年もまた、たくさんのお客様とお会いできますことを楽しみにしております。
皆様よいお年をお過ごしください。

東京都武蔵野市にて和家具、三鷹市にてジャックデペルトの絵画、小鼓。

    

東京都武蔵野市にて欅の小引出し、三鷹市にてジャックデペルトのリトグラフ「ジュネーブのゴルフ場 16番ホール」、蝶に桜の蒔絵小鼓をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都武蔵野市へお引越しによる和家具のお片付け整理でお呼びいただきました。加茂桐箪笥の出張買取でお呼びいただきましたが、残念ながら搬出が出来ない状態でしたので断念しました。桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、伝統工芸士 吉沢昭次の作で、四方丸の総盆和箪笥というタイプのものになります。他の桐箪笥は数段に分かれるので搬出しやすいのですが、こちらは分かれない形になりますので搬出が難しいたんすになります。階段を回すことも出来ず、吊り作業も出来ない環境でしたので、お客様も私どもも大変残念でした。まだ状態も良く、人気の形になりますので、本当に残念です。桐たんすは残念でしたが、欅材の小引出しをお売りいただきました。お売りいただきましたお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日二件目は、東京都三鷹市へ、絵画、和楽器の買取でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、ジャックデペルトのリトグラフ「ジュネーブのゴルフ場16番ホール」、蝶に桜の蒔絵小鼓、お琴など。ジャック・デペルトは整然とした画面構成とデリケートな描線による静謐な作風が世界的に高く評価されております。本作品は凛とした空気の漂う田園風景が繊細かつ秩序整然と描かれており見る人に静寂の緊張感とともに何故かしら郷愁の念を抱かせ、画家独自の詩的世界に導いてゆきます。本作のように世界各地のゴルフ場を描く画家として知られております。和楽器は小鼓や琴など。お琴はお稽古用のものでしたが、買い取りを強化している小鼓もあり全て買い取らせていただきました。また絵画をご処分される際にはお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日はお忙しい中、当社をご指名いただき有難うございました。

ジャック・デペルト (Jacques Deperthes)
1936年  フランス、シューレンヌに生まれる。
1954年 サント・エティエンヌ国立芸術大学、およびジュネーブ装飾美術学校に学ぶ。
1960年  ジュネーヴのユニオン・ド・バンク・スイスの壁画制作。
1961年  この頃から、ジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴ、東京などで個展を開催。
国際的に作家活動を展開する。
1965年  フランス政府給費留学生としてイタリアに滞在。
1976年  来日し、東京・大阪にて個展。
1984年  11月、ビジョンヌーベルの招きで来日。
1986年  二度目の来日。

東京都渋谷区上原にて李朝白磁筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、和家具。

東京都渋谷区上原にて李朝白磁笹文筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、時代箪笥、桐たんすなどをお売りいただきました。

解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。骨董品や時代家具などを御処分されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は李朝白磁笹文筆筒、八雲作家 柴崎重行の木彫り熊、時代箪笥、桐たんすなど。李朝陶磁器は白磁の筆筒。笹の透かし彫りでやや大振りな筆筒であります。口縁にソゲなど多少の傷みはありますが全体的に状態の良い筆筒です。1392年、高麗に代わり李成桂が立てた国号が「朝鮮」であり、その時代の王朝を日本では李朝と呼んでおります。朝鮮半島では古くから仏教が主流をなしていましたが、儒教(朱子学)の伝来により次第に宗教的世界観が変化し、生活にも浸透していくことで、陶器の好みにも変化がみられるようになりました。清楚さ・潔癖さ・純粋さをイメージする白が宗教的にも重要視されるようになり、陶磁器においても白磁が隆盛をみるようになりました。李朝陶磁器は戦国時代からすでに日本人の間で人気が高く、現在も収集家が多く存在します。私達美術商の間でも人気は高く、六角堂でも李朝陶磁器の買取を強化しております。熊の木彫りは八雲熊の代表的作家「柴崎重行 」の作品。ガラス目が可愛らしい小振りの熊です。スレなど多少の傷みはあるものの、全体的に良い状態です。熊の木彫りは厳しいと思われておりますが、本品のような八雲系のものや旭川アイヌ系のものは大変人気が高く、高価査定となる作品が多くございます。作家では、柴崎重行の他、伊藤政雄、十倉金之(兼行)、松井梅太郎、茂木多喜治、引間二郎、鈴木吉次、上村信光、根本勲、藤戸竹喜などが高価査定となる作家であります。時代家具は仙台箪笥、明治期の桐たんすなど。傷みが全体的にありましたが、全て買取させていただきました。ご家族が大切にされてきたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、素晴らしい骨董品などをお売りいただき有難うございました。

柴崎重行(しばざきしげゆき)1905年~1991年
号:他化志 別号:志化雪
1905年 八雲町鉛川で生まれる。
1930年 東京に於いて、帝国工芸会主催、観光地土産品展覧会が開催。出品した作品で、根本勲(画号土龍、一陽会彫刻部会員)に見いだされる。
1932年春、家業の酪農を父と弟にまかせて、彫刻の本質を探究するべく、手斧を背に根本氏と共に放浪の旅に出た。旅の途中、詩人・更科源蔵の庵を訪ね生涯忘れ得ぬもてなしを受ける。旅の途中で「手斧による一刀彫り柴崎熊」の方向性を決定づけた。柴崎重行には一般的にいうアトリエはなく、住家の近くの樹間で、切り株を制作台として彫る。
1981年 NHK「原野に彫る」が北海道一円に放映。全国的にファンが拡大し、「幻の熊」と呼ばれるようになる。
1991年10月17日 逝去。
民芸運動で著名な陶芸家、バーナード・リーチも柴崎熊を愛し、セント・アイビスにある工房に所蔵される。

東京都墨田区吾妻橋にて渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の加茂桐箪笥。

  

東京都墨田区吾妻橋にて伝統工芸士 渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の加茂桐箪笥をお売りいただきました。

桐箪笥をご処分されたいとお電話いただき、本日出張買取させていただきました。お伺いするとお客様宅にはたくさんの素晴らしい桐たんすがございました。本日お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、伝統工芸士である渡辺秀紀、横山松雄、長谷川進之介の作品。渡辺秀紀の加茂桐箪笥は天丸の帯箪笥。帯箪笥とは、帯専用の桐たんすで、出し入れがしやすく機能的な作りが特徴です。通常の和たんすとの大きな違いは、横幅。帯の幅に合わせて制作するため、和たんすよりも狭く無駄のない作りです。引き出しには帯締め・帯揚げなどの小物が収納出来るよう作られております。横山松雄の加茂桐箪笥は四方丸下三大洋和箪笥という形のタンスになります。四方丸は箪笥の四方(四つの角)を丸める加工で、最高級のタンスによく見られます。天と地を丸めるので天地丸とも呼ばれ、天地丸はその佇まいから「四方全て丸くおさまる」と言われ縁起の良い箪笥といわれております。前飾りには金石 刀の銘があります。長谷川進之介のたんすは天丸下三大洋和箪笥という形のタンスになります。前飾りには秀鳳 刻の銘があります。お売りいただきました三竿の桐箪笥、多少の砥粉落ちや汚れ、小さなアタリなどはございますが、中の状態も良くまだまだ次へと繋げていける桐箪笥でございます。また、お着物も数点見させていただきました。南部紫根染のお着物など、当社で買い取りを強化している着物などあり、こちらは次回査定させていただくこととなりました。またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お売りいただきました桐箪笥、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。

加茂桐箪笥(かもきりたんす)新潟県加茂市で作られる最高級の桐たんす。六角堂でも探し求めている桐箪笥の一つになります。加茂市で「桐たんす」が作られるようになったのは、およそ200年以上前(天明年間)と言われており、現在では日本全国の約70%の桐たんすが加茂で作られています。桐たんすと言えば「加茂」と言われるほど、その技術と品質は全国的に高い評価を受けています。数々の逸品を生み出してきたその技は脈々と受け継がれ、その伝統と優れた品質が評価され、1976(昭和51)年、通商産業大臣から伝統的工芸品「加茂桐箪笥」の指定を受けました。木肌のぬくもり、絹に例えられる白い艶や、柾目の色合いは、家具の最高級品の名にふさわしいものです。
『加茂桐箪笥伝統工芸士』(物故作家含む) 石川鬼千 田澤謙介 東樹義明 吉沢昭次 頓所芳男 皆川新司 番場堅介 中山昌二 坪谷哲男 三本和好 山本隆 鈴木浩市 水科政明 皆川繁之 横山松雄 番場堅 大橋勉 金井国男 鈴木進 神保良雄 石井克彦 高橋浩人 高橋聡 高橋研二 野本光男 藤田隆二 坂井昭兵 阿部健 斉藤敬二  江部雅之 大関正 堀正和 小柳幸太郎 小池茂次 坂内純一 長谷川進之助

東京都国分寺市にて藤岡しんたろうの油彩、東勝廣の木彫、結城紬など反物。

東京都国分寺市にて藤岡しんたろうの油彩画「まどべのミモザ」、東勝廣の虎木彫「希望」、本場結城紬、都喜ヱ門(金ラベル)大島紬など反物多数お売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、藤岡しんたろうの油彩画「まどべのミモザ」、東勝廣の虎木彫「希望」、本場結城紬、都喜ヱ門(金ラベル)大島紬など反物多数。数多くのお品をお売りいただきました。藤岡しんたろうは一枚の絵作家であり、父・藤岡心象に師事した人気作家であります。東勝廣は飛騨高山の彫刻家であります。一位一刀彫で作られた虎は大変造りの良い作品であります。共箱に納められ、大変状態の良いお品でした。反物は本場結城紬、都喜ヱ門(金ラベル)大島紬など。残念ながらヤケやシミの出てしまっているものが多くございましたが、良い反物が多くあり全て買い取らせていただきました。都喜ェ門の反物は金ラベルの品。都喜ェ門ブランドは名前の部分が『金』のもの、『銀』のもの、それ以外とランク分けされております。その中の最高品質のものがこちらの金ラベル。ヤケがなければ高額査定となっただけに残念でした。本場結城紬は状態も良く、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。お売りいただきましたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日はお忙しい中、六角堂をご指名くださり有難うございました。

藤岡しんたろう(ふじおかしんたろう)1968年~
1968年 奈良県に生まれる。父、藤岡心象に師事。
1988年 現代洋画精鋭選抜展銀賞
1989年 現代洋画精鋭選抜展金賞
1990年 現代洋画精鋭選抜展第20回記念大展銅賞
個展、2人展多数開催
特技はマジックとブルーズギター

東勝廣(あずまかつひろ)1944年~
1944年、高山市に生まれる。
昭和34年に竹腰亮次彫房において技術を習得。以降50年以上にわたり飛騨一位一刀彫の製作に従事する。
平成5年、卓越した技能者の岐阜県知事表彰。平成28年、卓越した技能者の厚生労働大臣表彰。高山市祭屋台修理技術者

東京都台東区柳橋にて沼田一雅、葛明祥製、安藤七宝の花瓶、鬼の木彫など。

 

東京都台東区柳橋にて沼田一雅の鋳銅猿花瓶、葛明祥製の海鼠釉花瓶、安藤七宝の枝垂桜文花瓶、鬼の時代木彫像、古い陶磁器、能面などをお売りいただきました。

先日お呼びいただきましたお客様から、再度出張買取でお呼びいただきました。今回は前回積みきれなかったお品が多くあり、車両二台でお伺いしました。お売りいただいたお品は、沼田一雅の鋳銅猿花瓶、葛明祥製の海鼠釉花瓶、安藤七宝の枝垂桜文花瓶、鬼の時代木彫像、古い陶磁器、能面など。本日もたくさんのお品をお売りいただきました。沼田一雅は、フランスのセーヴル陶磁器製造所で働くことを許された最初の日本人です。日本陶彫の父であり、日本陶彫会の創始者であります。作品のほとんどが、関東大震災時に焼失されており、現存が少なく希少価値は高くなっております。葛明祥造の陶器は中国から日本に数多く輸入されていました。旧家や骨董を趣味で収集されているお客様の家からよく出てきます。中国骨董の人気が高まっている現在、こちらも注目されているお品の一つであります。安藤七宝の花瓶は昭和七年、帝都復興完成記念の際に造られたお品。枝垂桜の見事な七宝花瓶。永田青嵐の和歌も彫り込まれております。鬼の木彫り像は昭和初期のもので、「鬼面仏心」とあります。鬼面仏心(きめんぶっしん)とは表面は怖そうだが、内心はとてもやさしいこと。鬼面とは鬼の顔、または鬼の様な面構えを意味し、仏心は仏の慈悲心のことをあらわしています。大変造りの良い木彫り像です。他にも古伊万里など古い陶磁器、能面などをお売りいただきました。二度にわたり当社をお呼びいただき、誠に有難うございました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。
帰りに台東区にある「洋食 大吉」さんで食事をしました。あの松坂牛が格安で食べれるとのことで寄らせていただきました。初めて食べる松坂牛のビフテキはなんとも絶品でした。ハンバーグも美味しいお店のようですので、また寄りたいと思います。

沼田一雅(ぬまたいちが)1873~1954年
本名 沼田勇次郎
明治6年 5月5日福井市木田新町に生る。
明治15年 大阪府立北野学院卒業。
明治24年 彫刻修業のため上京、美術学校教授故竹内久一に師事。
明治27年 東京美術学校鋳造科蝋型助手。
明治29年 4月、東京美術学校助教授。
明治34年 1900年仏国巴里開催の万国大博覧会の鋳銅の「猿廻し置物」を出品、1等金牌受領。
明治36年 海外窯業練習生として渡仏、6月巴里市アカデミー・ヂュリアンに入所、11月国立セーヴル陶磁器製作所に入所、同所の彫刻家サンドーズ氏の指導を受け、原形より石膏形成法、押型法仕上げ法、窯詰法、焼成法を研究、同所の希望により純日本風俗等の彫刻原型数種製作、記念として寄贈。
明治38年 8月、彫刻並に陶磁彫刻研究のため、白、和、独、伊4ケ国を旅行、9月再度セーヴル製作所に入所、引続き陶磁器彫刻研究。同所技芸員に石膏薄肉彫刻の指導を受け、ドワット氏にパートアップレカションの手法を習い、同時にロダンにつき彫刻研究。
明治39年 5月、仏国出帆。7月帰国、9月東京美術学校雇員となる。
明治42年 東京美術学校教授、農商務省工業試験所陶磁器部嘱託。
明治43年 仏国政府より「アカデミー・ドゥ・オフィシヱ」勲章授与。
大正10年 3月再度渡仏、セーヴル製作所に入所、彫刻物焼成法と釉薬調合法につき研究、同年5月摂政宮殿下(今上陛下)御外遊中同所へ御成り、奨励のお言葉を賜る。彫刻陶磁製作技法研究のため、英国、デンマーク、コペンハーゲン、独のハンブルグ、ローゼンタール、ベルリン等各製陶所を1ケ月にわたり見学、帰仏後セーヴル製陶所の極秘法「パート・ドゥ・ヴェール」の製作法を探知。
大正11年 8月帰朝。
昭和2年 仏国政府よりセーヴル製陶所にて製作の原型に対し「オフィシエ・ドゥ・ランストリュクシヨン・レピュブリック」勲章受領。
昭和3年 11月大礼記念章授与せらる(表面、高御座の図彫刻)仏国政府より「シュバリェ・ドゥ・ラ・レジヨン・ドゥヌール」勲章受領。10月、帝展第三部、第四部推薦。
昭和3年 11月、京都高等工芸学校講師嘱託。
昭和7年 勅任教授。
昭和8年 9月帝展審査員、10月正4位勲4等、東京美術学校教授退官、講師を命ぜらる、11月奉職在勤41年により感謝状受領。
昭和9年 大阪府立工芸展審査員。
昭和12年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和13年 3月京都市美術展審査員、9月文展審査員。
昭和14年~16年 東京美術学校、京都高等工芸学校、商工省京都陶磁器試験所の彫刻指導。
昭和21年 10月愛知県瀬戸市に陶彫研究所創設、所長となる。
昭和26年 4月日本陶彫会結成、会長となる。10月神奈川県工芸協会第一部会長となる。
昭和29年 5月恩賜賞授与せらる。6月5日没。

埼玉県志木市にて岩谷堂箪笥、川口市にて長田晴山、佐藤助雄の銅製仏像。

 

埼玉県志木市にて岩谷堂箪笥、川口市にて長田晴山の聖観音菩薩像、佐藤助雄の不動明王像など銅製仏像をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県志木市へ岩谷堂箪笥の出張買取でお呼びいただきました。数社相見積でしたが、査定を頑張らせていただき当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいた整理箪笥は岩手県の伝統工芸品である岩谷堂箪笥(いわやどうだんす)。欅材に南部鉄器の飾りと、とても雰囲気の良いたんすになります。お客様にご満足いただける査定額で買い取りすることが出来、良かったです。二件目は埼玉県川口市へ、仏像の買取でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、大仏師 長田晴山の聖観音菩薩像、佐藤助雄の不動明王像などブロンズ製の仏像、木彫りの仏像など多数。共箱などの付属品はございませんでしたが、仏像は六角堂の強化買取り商品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。掛軸や陶器などの骨董品をご処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は当社をご指名いただき、誠に有難うございました。

長田晴山(ながたせいざん)1920年~2010
師・彫刻家日本芸術院会員(物故)佐藤朝山(佐藤玄々)に師事(木彫)、京都芸術大学名誉教授 山本恪二に師事(彫塑)。
大正9年 兵庫県姫路市にて生まれる。
昭和35年 日本美術研究所 創設(京都市にて)、常盤工房 開設始動
昭和42年 鳴滝工房 開設始動
昭和55年5月、総本山仁和寺門跡 立部瑞祐、総本山金剛華寺阿含宗管長 桐山靖雄により、大仏師の称号授与さる。
昭和61年 山内工房 開設始動
平成22年 永眠
代表作に、長崎観音(長崎市・福済寺)、京都大仏(京都市山科区・金剛華寺)、金剛華菩薩(京都市右京区・仁和寺)、名古屋大仏(名古屋市・桃厳寺)、北海道大観音(芦別市)がございます。

佐藤助雄(さとうすけお)1919年~1987年
山形県出身の日本の彫刻家。大正八年、仏師の子として生まれる。昭和11年、後藤良の内弟子となり木彫を学び、後に北村西望、富永直樹に師事しブロンズに転じた。昭和16年新文展に初入選、18年特選。51年日展で文部大臣賞。55年芸術院賞。57年日本彫刻会委員長。62年歿。

埼玉県鶴ヶ島市にてボンボニエール、勲章、蒔絵硯箱、銀瓶、茶道具、掛軸など。

 

埼玉県鶴ヶ島市にてボンボニエール、海外勲章、太刀掛、漆器、蒔絵硯箱、銀瓶、茶道具、掛軸などをお売りいただきました。

ボンボニエールや茶道具、骨董品などを御処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、昭和天皇御成婚記念の紫檀六角形ボンボニエール三点、天賞堂の櫃形ボンボニエール、日英同盟記念ボンボニエール(宮本謹製)、玉屋謹製の八稜鏡形鳳凰文ボンボニエール、服部製の香合形ボンボニエール、雅楽兜形のボンボニエール(三越製)、雅楽大太鼓形のボンボニエール(服部製)、天皇家御下賜品菊紋入り蒔絵硯箱、皇室御用金工師【吉岡宗雲斎】の桐紋銀製三重盃、大禮記念の桜橘蒔絵会席膳、蒔絵の入った太刀掛、松林桂月など掛軸、尚美堂の純銀製湯沸(銀瓶)、茶道具、海外勲章など。たくさんのお品をお売りいただきました。「ボンボニエール」は、フランス語でボンボンと呼ばれる小さな砂糖菓子を入れる器。 日本では明治時代から、天皇のご即位をはじめ、お子様のご誕生やご結婚式などの皇室・宮家の慶事の度、金平糖が詰められたボンボニエールが祝宴の記念品として招待された人々に贈られてきました。ボンボニエールは、今なおコレクターさんが多く存在し、市場でも高額で取引されるものが多くございます。パーツの欠品や傷み、銀製品特有の変色などございましたが、ボンボニエールは当社で買い取りを強化しているため、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。昭和天皇御成婚記念の紫檀六角形ボンボニエールは付属品もあり、状態も良かったので高額査定となりました。蒔絵の硯箱は残念なことに目立つ蒔絵の剥がれがあり、状態に難がございました。状態良ければ数十万の買取となったお品だけに、大変残念でした。掛軸は日本画や書など。松林桂月の山水画は大幅の良い作でした。銀瓶は尚美堂の作品。共箱などはございませんでしたが、良い状態でした。他にも時代の茶道具や陶器、海外の勲章などたくさん買取させていただくことが出来ました。ご家族の大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

松林桂月(まつばやしけいげつ)1876年(明治9年)~1963年(昭和38年)
1876年 山口県生まれ。
1893年 上京し、野口幽谷に師事する。
1898年 松林家の養子となる。
1902年 環翠会画塾(後の天香画塾)を設立する。
1906年 山岡米華らと日本南宗画会を結成。
1907年 文展開設にあたり旧派の正派同士会に評議員として参加する。
1919年 帝展審査員となる。
1932年 帝国美術院会員となる。
1937年 帝国芸術院会員となる。
1939年 ニューヨーク万博へ「春宵花影」を出品。
1944年 帝室技芸員となる。
1947年 日中文化協会理事となる。
1948年 日本美術協会理事となる。
1949年 日展運営会常任理事となる。
1958年 文化勲章受章。文化功労者、日展顧問。
1960年 日本南画院の設立にあたり会長に就任する。
1963年 死去。死後従三位勲二等旭日重光章受章。

東京都台東区にてバーナードリーチの合子、唐木家具、中国陶磁器など。

  

東京都台東区柳橋にてバーナードリーチの合子、炉均釉灰皿や茶葉末釉水盤など中国陶磁器、蒔絵入鼈甲小箱、網代扉の唐木家具、パイプなどの喫煙具、オーディオなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お家にある不要品をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、陶芸家バーナード・リーチの合子、炉均釉灰皿や茶葉末釉水盤など中国陶磁器、蒔絵入鼈甲小箱、網代扉の唐木家具、パイプなどの喫煙具、オーディオなど。たくさんのお品をお売りいただきました。現在人気の中国家具や中国陶磁器、バーナードリーチなど当社で買い取りを強化している人気作家の作品もあり、高価査定で買取させていただくことが出来ました。バーナードリーチといえば民芸運動に参加されたことで有名でございます。大正末期、柳宗悦が一般庶民の日常生活に必要な雑器の中に美しさがあると唱え、この思想に浜田庄司、河井寛次郎、バーナードリーチら陶芸家が賛同し大きな民芸運動に発展しました。日本民芸館を設立する際、バーナードリーチは柳宗悦に協力をしています。作品は1920年、セント・アイヴス窯にて作られた合子。共箱などはありませんでしたが、バーナードリーチらしい良い作品です。パイプは汚れ等使用感がありましたが、ダンヒルなど人気のパイプがたくさんございました。たくさんのお品があり、車に積みきれない為、来週またお呼びいただくこととなりました。来週は二台でお伺いさせていただきます。本日は六角堂のご指名、良い作品をお売りいただき有難うございました。
帰りに台東区にある「リトルヤミー」さんで食事をしました。欧風カレーとオムライスでテレビにも数多く紹介されている人気店でございます。わたしがいただいたのは人気メニューの牛すじチーズオムカレー。トロトロの卵に牛すじをじっくり煮込んだスープから作られたカレーは絶品でした。また寄りたいと思います。

バーナード・リーチ(Bernard Howell Leach)1887~1979年
1887年、香港に生まれ日本で幼少期を過ごす。1903年、ロンドンのスレード美術学校に入学、1907年からロンドン美術学校でエッチングの技法を学ぶ。その頃、高村光太郎と出会う。1909年、日本に戻り東京・上野に居を構える。生涯の友となる柳宗悦をはじめ白樺派の青年達と知り合い、1917年、我孫子にて版画指導を行う。陶芸家の富本憲吉の影響で茶道具に惹かれ、1912年に6代尾形乾山に陶芸を学び、1917年、我孫子の柳の家に窯を開いて陶芸家としての一歩を踏み出す。後に7代乾山の名を免許された。陶芸家の濱田庄司と友人になり、1920年に濱田庄司とともにイギリスのセント・アイヴスに移り日本の伝統的な登り窯を開き、1922年には「リーチ・ポタリー」(Leach Pottery)という名の窯を開いた。1963年に大英帝国勲章(Order of CBE)を受章し、1974年、に国際交流基金賞を受賞する。1979年5月6日、没。