千葉県鎌ケ谷市にて吉野民芸箪笥三竿、松戸市にて北川民次の版画。

千葉県鎌ケ谷市にて吉野民芸の箪笥三竿、松戸市にて北川民次のリトグラフをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目はお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は吉野民芸の箪笥三竿、オットマン付きチェアなど。吉野民芸は、福岡県大川市の家具。吉野民芸家具には、木目が美しく堅くて摩耗に強い国内産のケヤキを使用。引出しは釘を使わない頑丈な蟻組み工法で、調湿効果の高い桐材を採用しております。厚みのあるしっかりとしたタンスです。整理箪笥を二竿、階段箪笥(右下がり)を一竿お売りいただきました。所々に小傷、引き出し内側にシミや汚れなどございましたが、素晴らしいタンスですので全て買い取らせていただきました。階段五階からの搬出で時間が掛かってしまいましたが、お客様にお手伝いいただきましたのでスムーズに終えることが出来ました。最近運動不足気味でしたので、良い運動が出来ました。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。二件目は、松戸市へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、北川民次のリトグラフ、掛軸、反物など。北川民次らしい作風の蘭の花のリトグラフ。北川民次はメキシコ美術に影響を受けた太く力強い描線と鮮やかな色彩で、メキシコの独特の気風や人々を描いております。デフォルメされた独特な画風で、生気あふれる作品を多く残されました。残念ながらシミ汚れが多数ありましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、買い取らせていただきました。お引越し準備でお忙しい中、当社をお呼びくださり、有難うございました。
帰りに、松戸市にある「中華厨房ゆうえん」さんで食事をしました。こちらはわたしが15年前ほど前に近所に住んでおり、良く通ったお店です。当時よく食べていた麻婆麺をいただきました。当時から味も変わらず、とっても美味しかったです。また近くに来た時には、寄りたいと思います。

北川民次(きたがわたみじ)明治27(1894)年1月17日~平成元年(1989)年4月26
1894年 静岡県に生誕。
1910年 早稲田大学予科に入学。絵画を描き始める。
1914年 早稲田大学を中退し、カリフォルニア在住の伯父を頼り、渡米する。
1917年 ニューヨークでジョン・スローンに師事する。
1921年 アート・スチューデンツ・リーグ卒業。学友には、国吉康雄がおりました。
1923年 アメリカ南部諸州を放浪し、キューバを経てメキシコへ。
1924年 メキシコのサン・カルロス美術学校に通う。メキシコ革命後の美術運動に参加。
1925年 トラルパムに開設の野外美術学校に勤務。
1931年 タスコの野外美術学校校長となる。
1933年 藤田嗣治の訪問を受ける。
1936年 日本へ帰国する。
1937年 藤田嗣治の推薦を受けて第24回二科展に出品、会員となる。
1943年 愛知県瀬戸市に疎開。
1949年 名古屋動物園美術学校を開き、1951年まで小学生に絵画指導を行う。
1951年 名古屋市内に児童美術研究所を開設。
1952年 中日文化賞受賞。
1955年 メキシコ再訪。
1961年 本間美術館で藤田・北川展開催。
1964年 現代日本美術展優秀賞受賞。
1968年 第6回現代日本美術展佳作賞受賞。
1973年 画業60年回顧展開催。
1974年 飯田画廊で個展を開催。
1978年 東郷青児の死去に伴い、二科会会長に推されるも同年辞任。
1979年 二科会脱会。
1989年 肺線維症のため愛知県瀬戸市の陶生病院で死去。享年97歳。

埼玉県所沢市にて、長谷川浅次の加茂桐箪笥、伊藤髟耳の絵画、ラリックなど。

  

埼玉県所沢市にて、伝統工芸士 長谷川浅次の加茂桐箪笥、日本画家 伊藤髟耳(いとうほうじ)の絵画、ラリックやノリタケなどをお売りいただきました。

先日出張買取でお呼びいただいた所沢市のお客様宅へ、お荷物の処分整理でお呼びいただきました。先日お呼びいただいた時に買い取りのお品数が多く、トラックに積みきれなかったので、二回に分けての出張買取となりました。本日お売りいただいたお品は、桐たんす二竿、絵画、洋食器、置物など。お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、天丸下三大洋和箪笥、天丸昇り箪笥という形のたんすで、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。伝統工芸士である長谷川浅次の作。所々に砥粉落ち、シミ汚れ、小傷などございましたが、比較的状態の良いタンスでしたので、二竿とも買い取らせていただきました。絵画は日本画家伊藤髟耳(いとうほうじ)の作品で、タイトルは「久住」。タトウ箱も付いており、状態良かったです。他にもラリックの置物やノリタケの食器やムラーノクリスタルガラスの花瓶などをお売りいただきました。たんすの搬出に時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。また、二度にわたり六角堂をご指名いただき、誠にお有難うございました。大切にされていた思い出の桐たんすや絵画など、大切に次へと繋げさせていただきます。
本日は倉庫へもそる途中、所沢市にある「らーめん食堂かかし」さんで食事をしました。いつも食事をしている山田うどんさんの系列店です。豆腐あんかけらーめんにピリ辛麻婆丼、とても美味しかったです。

伊藤髟耳(いとうほうじ1938年(昭和13)~ )
1938年 福岡県大牟田市出身
1961年 多摩美術大学日本画科卒業 森田曠平(もりたこうへい)に師事
1977年 第62回院展奨励賞受賞
1979年 第64回院展奨励賞受賞
1980年 第65回院展奨励賞受賞
1981年 第66回院展奨励賞受賞
1982年 第67回院展日本美術院賞・大観賞受賞
1983年 第68回院展日本美術院賞受賞
1991年 第76回院展文部大臣賞受賞
1996年 第81回院展内閣総理大臣賞受賞
現在院展同人、評議員
印名は「髟耳」「髟」など

さいたま市大宮区にて、黒柿水屋箪笥、着物、掛け軸、古銅葡萄細工花瓶。

埼玉県さいたま市大宮区にて、黒柿水屋箪笥、着物、掛け軸、古銅葡萄細工花瓶をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。メールにて画像問い合わせしていただき、大変素晴らしい黒柿茶箪笥でしたので、出張買取させていただきました。他社と相見積もりでしたが、査定の上、当社にお売りいただくこととなりました。こちらの茶箪笥は、張りのたんすではなく、黒柿の無垢で造られております。黒柿は杢目の美しさ、加工の難しさなどから高級木材となっております。現在では希少な木材となっております。柿の木からこのような黒色の模様があらわれるものを黒柿(くろがき)と呼びます。同じ模様のものはなく、濃淡も異なるため、一点物の人気木材となってます。摘みや取っ手の細工が可愛らしく、大変魅力ある水屋箪笥となってます。掛け軸は15点ほどあり、日本画のものが多くございました。シミや汚れ、破れのあるものもございましたが、全て買い取らせていただきました。古銅葡萄細工花瓶は、恐らく明治期頃のもので、葡萄模様を盛上げ細工で造られております。底に銘がございましたが、古いもので薄くなってしまっております。口周りに欠損がございましたが、大変素晴らしい花器ですので買い受けさせていただきました。お着物はシミ汚れのあるものが多くございましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。多数まとめてのご売却、誠に有難うございました。
帰りに、さいたま市にある「一風堂」さんで食事をしました。ランチタイムでしたので、赤丸に博多ひとくち餃子のセットをいただきました。大好きなきくらげをトッピング、一風堂さんは安定の美味しさです。画像は、帰宅時に秋ヶ瀬橋から見た富士山の景色。とてもきれいです。

埼玉県所沢市にて、柚木沙弥郎、川島織物の帯、千總、曽根武勇の着物、帯締めなど。

埼玉県所沢市にて、国画会会員柚木沙弥郎の型絵染め、川島織物のの袋帯、千總、曽根武勇の着物、道明新兵衛の帯締めなどの和装小物、英国アンティークダイニングセットなどをお売りいただきました。

ご実家の整理でお呼びいただきました。国画会会員柚木沙弥郎の型絵染め、川島織物のの袋帯、千總、曽根武勇の着物、道明新兵衛の帯締めなどの和装小物、英国アンティークダイニングセット、毛氈、洋食器、置物、絵画、オーディオなど、多数お売りいただきました。トラックいっぱいになり、加茂桐箪笥などは後日出張買取へ伺うこととなりました。染色家 柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)の名古屋帯は型絵染めの帯。柚木沙弥郎の作品は民芸的な味わいを色濃く残し、大胆な色彩や絵画的主題には、暖かさとユーモアがにじみ出ております。伝統工芸士曽根武勇(そねぶゆう)は、味のある手のこんだ様々な御召を手織されている数少ない作家。本作も大変素晴らしいお召の訪問着でございます。千總(ちそう)は創業1555年(弘治元年)、京友禅の老舗。「伝統とは守るものではなく創るもの」をモットーに品質の良い京友禅のきものを世に送り続けております。川島織物は西陣でも龍村と双璧をなす名門。選び抜いた絹糸を用い、西陣最高峰の技術を駆使して製織される帯の数々は、その美しさに加え締め心地の良さにも評価が高く、多くの方から支持され続けています。道明新兵衛(どうみょうしんべえ)は江戸中期に創業し、350年という歴史ある老舗。東京上野にある店舗は江戸時代から続く組紐(くみひも)の老舗として知られています。とても素敵な良いお着物が多くございましたが、残念ながらお着物は丈が短く、また、お着物、帯共にシミ汚れの出てしまっているものがありました。状態にやや難がありましたが、どれも当社で買い取りを強化しているお着物ばかりでしたので、全て買い取らせていただきました。英国アンティークダイニングセットはテーブルとチェアのセット。ドローリーフテーブルがとても素敵なアンティーク家具でした。他にも毛氈、洋食器、置物、絵画、オーディオなど、多数まとめてのご売却有難うございました。来週また桐たんすの引き上げにお邪魔させていただきます。本日は六角堂をお呼びいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、「蔵出し味噌 麺場壱歩 所沢店」さんで食事をしました。九州麦味噌らーめんにはさつま揚げが入っており、これがまた絶品です。とても美味しかったです。

柚木沙弥郎(ゆのきさみろう)
1922年 東京で生まれる。
1942年 美術史を学ぶため、東京大学へ入学。
1946年 大原美術館(岡山)に勤務。そこで和紙に大胆な民芸模様を型染めした暦に出会い、民芸運動のリーダーである柳宗悦の作品を読み始める。これが柚木の人生の転機となる。
1947年 大学中退後、この暦をデザインした芹沢銈介のもとに弟子入りする。以来、静岡県由比町の正雪紺屋に住み込み、型から染めまでの染色を学ぶ。
1949年 作品第1号を第23回国画会展に出品。以降、毎年参加する。
1955年 東京たくみ工芸店画廊にてはじめての個展を開催する。
1957年 ブリュッセル万国博覧会(EXPO‘58)では銅賞を獲得。
1972年 女子美術大学の教授に就任。
1987年 女子美術大学の学長にに就任。

曽根武勇(そねぶゆう)
昭和20年 静岡県焼津に生まれる。
昭和38年 静岡県立浜松工業繊料卒。学卒後全国物産地を見閉、各地の染織者を訪ねる。
昭和59年 染織工房田歌設立。
昭和60年 第9回全国伝統的工芸品展入選。第14回日本工芸会近畿展入選。法隆寺昭和大修理「幡」製織。
昭和61年 第13回工芸産業技術コンクール入選。第10回全国伝統工芸品展入選。第15回日本工芸会近畿展入選。西陣織大会通産大臣賞受賞。
平成4年 薬師寺伎楽衣装縫織。
平成5年 西陣織大会中小企業庁長官賞。
平成6年 伝統工芸士認定。現在、様々な作品をコンクールに出品されております。

埼玉県本庄市にて、岡崎雪聲の二宮金次郎ブロンズ像、桐箪笥など。

 

埼玉県本庄市にて、岡崎雪聲の二宮金次郎ブロンズ像、時代桐箪笥などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県深谷市にて五月人形のご処分でお呼びいただきました。兜、甲冑やお人形など、多数まとめてお売りいただきました。ご親戚の大切にされていたお人形、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日二件目は、業者様のご紹介で本庄市へ解体前のご処分整理でお呼びいただきました。こちらでは、岡崎雪聲(おかざきせっせい)の二宮金次郎ブロンズ像や時代箪笥などをご売却いただきました。岡崎雪聲は上野公園の西郷隆盛像を造られたことで有名であります。(原型は高村光雲)また、学校などで見かける二宮金次郎像は、雪聲が最初に制作したことで知られております。(明治43年(1910年)に東京彫工会に出品されました。)本品もまた、二宮尊徳(金次郎)十四歳の時の肖像であります。箱書は渡邊久次郎書とあります。箱にしまわれて大事に保管されておりましたので、状態も良かったです。こちらは六角堂で買い取りを強化している作家作品の為、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。また、時代桐箪笥やかんざしなども併せてお売りいただきました。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では「岡崎雪聲」作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
本日の昼食は、本庄市にある夢庵さんでいただきました。鮭や蟹の入ったうどん、とても温まり美味しかったです。

岡崎雪聲(岡崎雪声)おかざきせっせい
嘉永7年1月29日(1854年2月26日) – 大正10年(1921年)4月16日)。
山城国伏見町(京都市)で、釜師岡崎貞甫の子として生まれる。本名は庄次郎。
大阪で釜師の修業をしたのち、21歳のときに上京し鋳工を学び、鋳金家の鈴木政吉の門人となる。
明治22年(1889年)のパリ万国博覧会に出品した作品が二等となり、また並行して各地の古仏像の調査研究を鋳造の面から研究してその名を高めたことで、後に岡倉覚三(天心)の知己を得て、明治23年(1890年)に東京美術学校鋳金科の教師となる。明治25年(1892年)に制作した『執金剛神』像がシカゴ万国博覧会出品作に選ばれるなど、その後も精力的に作品を制作し、同29年(1896年)には鋳金科教授となった。日本美術院の設立にも名を連ね、香取秀真や津田信夫ら数多くの鋳金家を育てた。
明治23年、第3回内国博覧会に出品した「鋳銅雲竜図」が2等妙技賞を受賞。
明治26年に開催されたシカゴ万国博覧会へは自費で鋳造技法の調査旅行に赴いている。
分解鋳造法による大型鋳造が得意で、銅像や建築装飾などを手がけたが、原型は彫刻家によることが多く、鋳金工芸家というよりは鋳物師としての功績が大きい。
代表作品は「青銅鐘」(宮内庁蔵)、「日本橋装飾獅子」(原型制作は渡辺長男)、上野公園「西郷隆盛像」、皇居前広場「楠木正成像」など。

東京都八王子市にて、東山魁夷の複製画、大山忠作のリトグラフ、北村西望のブロンズ像。

東京都八王子市にて、東山魁夷の複製画「朝雲」、大山忠作のリトグラフ「丹頂鯉」、北村西望のブロンズ像「不老長寿」を買い取りました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、東山魁夷の複製画「朝雲」、大山忠作のリトグラフ「丹頂鯉」、北村西望のブロンズ像「不老長寿」。ご連絡いただいた時には東山魁夷のリトグラフとのことでしたが、残念ながら本作は複製画でございました。複製画ではございますが、ただの印刷とは違い本作は岩絵具方式複製画で仕上げられております。岩絵具方式複製画とは共同印刷株式会社が開発した特殊印刷加工技術による複製画。岩絵具・胡粉などの質感・感触がそのまま生かされオリジナルの雰囲気が忠実に再現されております。東山魁夷作品は六角堂で買い取りを強化している作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。大山忠作の作品は石版画(リトグラフ)でございました。大山忠作は鯉の画家として大変有名です。一瞬の動きをその眼力で捕らえ、まるで生きているように泳ぐ鯉の姿を描く作家として知られております。ブロンズ像は文化勲章受賞の北村西望の作品。日本を代表する彫刻家の1人であり、代表作である「長崎平和祈念像」は特に有名であります。当社の得意とする作家物の数々、まとめてお売りいただき有難うございました。お父様の集めていらっしゃた作品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠にありがとうございました。
本日は出張帰りに吉野家さんで食事をしました。牛丼つゆだくに玉子、わたしの至福の時でございます。

東山魁夷(ひがしやまかいい)1908-1999
1908年 横浜市に生まれる。
1929年 第10回帝展に「三国の秋」を出品し初入選。
1931年 東京日本美術学校日本画科卒業。結城素明に師事し、魁夷と号する。
1934年 第1回独文化交換学生としてベルリン大学入学。
1939年 第1回日本画院展で「冬日」が日本画院賞第一席となる。
1969年 文化勲章受章。文化功労者として顕彰される。
1979年 「日本東山魁夷絵画展覧会」が開催され訪独。
1980年 「第二期唐招提寺障壁画展」が開催される。
1995年 米寿記念「唐招提寺障壁画と画業60年の歩み、東山魁夷展」開催
1999年 死去。勲一等瑞宝章受章。
2005年 ⾹川県に「東⼭魁夷せとうち美術館」が開館

大山忠作(おおやまちゅうさく)
1922年 福島県に生まれる。
1943年 東京美術学校(現東京芸術大学)卒業。
1947年 山口蓬春に師事。
1952年 第8回日展特選・白寿賞(同1955年)および朝倉賞受賞。
1962年 初の個展開催。(銀座、文芸春秋画廊)
1967年 1968年にかけて、法隆寺金堂壁画再現模写に従事。
1973年 日本芸術院賞受賞。
1984年 大山忠作襖絵展。(日本橋三越・福島県文化センター)
1992年 成田山聖徳太子堂壁画展。(日本橋三越)
1996年 勲三等瑞宝章受章。
1999年 文化功労者。現在、日本芸術院会員、日展常務理事。

北村西望(きたむらせいぼう)
大正4年 第9回文展 初入選
大正7年 第12回文展「将軍の孫」出品
大正14年 帝国美術会員
昭和30年 長崎「平和祈念像」完成
昭和33年 文化勲章・文化功労者顕彰・日展創立
昭和40年 日本芸術院第一部長
昭和44年 社団法人日展改組、会長
昭和45年 社団法人日本彫塑会改組、名誉会長
昭和47年 長崎県島原城内に西望記念館完成
昭和49年 日展名誉会長
昭和50年 長崎県有馬町に「西望公園」完成
昭和52年 広島市中央公園 鯉「飛躍」設置
昭和56年 東京都青梅市御岳山頂「畠山重忠公像」設置
昭和62年 逝去 104歳

令和元年、お世話になり有難うございました!

今年も残すところあと僅かとなりました。
六角堂が無事に一年を過ごせましたのも、 皆様の多大なご支援のおかげでございます。
今年お会いしましたたくさんのお客様、仕事関連の皆さまには大変感謝しております。
来年はさらなるサービス向上に向け、気持ちを新たに取り組んでまいりますので、変わらぬご愛顧のほど心よりお願い申し上げます。
新年もまた、たくさんのお客様とお会いできますことを楽しみにしております。
皆様よいお年をお過ごしください。

埼玉県所沢市にて、和歌山県の伝統工芸品 紀州箪笥の出張買取。

埼玉県所沢市にて、和歌山県の伝統工芸品 紀州箪笥をお売りいただきました。

本日は一件の出張買取、一件の出張見積もりでした。一件目は、埼玉県所沢市にて、お引越しによる桐箪笥のお片付けでお呼びいただきました。引越し当日の買取でしたので、引越し屋さんの邪魔にならないよう迅速に見積りや引き上げをさせていただきました。本日お売りいただいたタンスは、当社で買取強化中の経済産業大臣指定伝統的工芸品の桐箪笥。和歌山県和歌山市で作られている伝統工芸品紀州箪笥、胴丸の小袖たんすというタイプのもので、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。上部と袴のつなぎ箇所には、黒柿があしらわれております。厚みのある良いたんすでございます。使い勝手がよくシンプルで置き場所を選ばない大きさです。背が低いため部屋に圧迫感が出ない、大きな地震でも倒れにくいなどのメリットがあるようです。残念ながら所々に砥粉落ち、痛みがございました。また、取っ手の金具が曲がってしまっており、外れかかっておりました。状態に難はございましたが、当社で買取強化している伝統工芸品の桐箪笥ですので、買い受けさせていただきました。お引越しでお忙しい中、素晴らしいたんすをお売りいただき有難うございました。本日二件目は、東京都中野区へ、お着物、反物、お茶道具の見積もりでお伺いしました。茶道具はお稽古用のものでしたが、お着物は人間国宝の作品が数点ございました。年明けの引越時にお片付けされるとのこと、心よりお待ちしております。
倉庫へ戻る途中、本日は和光市にあるリンガーハットさんで食事をしました。新メニューのこんがり焼いた牡蠣の入ったかきちゃんぽん、とっても美味しかったです。12月に入り年末整理をされる方が増えてきたようで、家具などの出張依頼が増えております。寒くもなってきておりますので、体を壊さないようしっかりと体調管理したいと思います。

紀州箪笥(きしゅうたんす)は、和歌山県和歌山市周辺で作られている家具です。現在の和歌山県にあたる紀州で製作技術が確立したことから、「紀州箪笥」と呼ばれています。装飾性と耐久性を兼ね備えた高級箪笥として、高い評価を受けている収納家具です。
紀州箪笥の特徴は、収納家具の素材として適した桐を使い、古くから伝わる繊細な工法で組み立てられていることです。桐は軽くて柔らかく、淡い黄色の色調や木目が美しいので、和室にも洋室にも上品になじみ、エレガントで安らぎに満ちた雰囲気をもたらします。また、収縮率が小さいので、狂いが少なく、長い年月使用することができます。桐は湿気が多い時には水分を吸収し、乾燥している時には水分を放出する性質があり、湿度や温度の変化に敏感な衣類を収納するのにふさわしい素材です。
紀州箪笥は、昭和62年4月18日に経済産業大臣指定伝統的工芸品にしていされました。

東京都青梅市にて、時代桐箪笥、煎茶棚、岸竹堂の屏風、螺鈿高足卓、鍋島段通など。

 

東京都青梅市にて、明治期の時代桐箪笥、蒔絵に黒漆煎茶棚、欅材硯箱、岸竹堂の屏風、青貝螺鈿高足卓花台、家紋蒔絵の鏡台や小箱、金屋五郎三郎の薄端、鍋島段通などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。蒔絵の飾り棚や屏風などをご処分されるとのことでご連絡いただきました。本日お売りいただいたお品は、黒漆に蒔絵の入った飾り棚。煎茶棚にも合う棚となっております。桐箪笥は明治期くらいのもの。周りが桐で裏面や内側には杉の木が使われている三方桐たんすでしたが、古き良き素晴らしい金具が装飾されており捨ててしまうのは惜しいタンスでしたので、こちらも買い受けさせていただきました。硯箱は欅材のものでこちらも良い金具が使われております。六曲一双の屏風は、幕末から明治時代に活躍した日本画家「岸竹堂」の山水風景図。裏面には破れなどございましたが、作品自体は状態の良い作品でした。唐物の高足卓花台は青貝の螺鈿が装飾されたもの。全体的に螺鈿の剥げや傷みがありましたが、まだまだ使用できるお品、こちらも買取させていただきました。家紋の蒔絵の入った小箱や棗などは比較的近年に造られたお品。鏡台は残念ながら上部の鏡をおく部品が欠品しておりました。良いお品ですので、小物入れとしてもまだまだ使用できるかと思います。金屋五良三郎の薄端は残念ながら広口が欠品しておりました。金谷五良三郎は京都を代表する錺鋳物師です。初代から8代までは金屋五良三郎、9代からは「金屋」を「金谷」と改め金谷五良三郎と名乗ります。作品の銘は金屋五良三郎、八代より前の作品となります。恐らく八代、明治期の作品と思われます。敷物は鍋島段通。鍋島緞通は、昔ながらの堅型織機を使い、経糸、緯糸、織込糸ともに上質の木綿糸を用いており、高温多湿な日本の気候にふさわしい敷物です。一目一目手堅く織りこんでいるため、時を経て使い込むほどに味わいを増していく手織りの作品です。古くからのものを大切にされているお客様で、全て大切に保管されておりました。素晴らしい作品の数々、まとめてお売りいただき有難うございました。現在お住みになられているお家にもお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は六角堂のご指名、誠に有難うございました。
倉庫へ戻る途中、青梅市にある「大阪王将青梅店」さんで食事をしました。辛口の麻婆丼に焼餃子のセット、とっても美味しかったです。

岸竹堂(きしちくどう)1826~1897 
1836年 彦根の画師中嶋安泰に入門。
1842年 京都に出て狩野永岳に入門。
1843年 永岳のもとを離れ、岸連山に師事。竹堂の号を受ける。
1854年 岸連山の養嗣子となる。
1859年 連山の死去により家督を相続する。
1873年 西村総左衛門が友禅図様一新のため竹堂に師事する。西村らの依頼により友禅下絵を描く。
1880年 京都府画学校の創設にあたり出仕する。
1884年 第2回内国絵画共進会で銅章受章。
1888年 京都府画学校教授となる。
1890年 第3回内国勧業博覧会に《猛虎図》屏風出品、妙技二等賞。
1893年 シカゴ万国博覧会で《虎図》銅牌受賞。
1895年 第4回内国勧業博覧会審査員。
1896年 帝室技芸員になる。
1897年 永眠する。(享年71)。

東京都渋谷区代々木にて、徳化窯の白磁観音菩薩像の出張買取。

 

東京都渋谷区代々木にて、徳化窯の白磁観音像をお売りいただきました。

本日は一件の出張買取、一件の出張見積もりへ伺いました。一件目は東京都渋谷区代々木へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お父様が生前大切にされていたという仏像をご処分されたいとのことでご連絡いただきました。お売りいただいた仏像は、中国徳化窯の白磁観音菩薩立像。徳化窯は中国の福建省徳化県にある磁窯。明・清代に盛んになり、俗に白高麗(はくごうらい)と呼ばれている白磁です。景徳鎮と並び爆発的な人気を博し、世界の陶磁器に大きな影響を与えました。徳化窯の特徴は器肌は白玉のように透き通るような乳白色の美しさ、貫入のない滑らかな手触り、繊細な造形にあります。聖観音菩薩像や羅漢像、達磨像など、仏像や人物像の彫塑が有名です。急須、水注、煎茶器なども生産されました。観音菩薩像は、中国人にとっても最も身近な仏様。人々の切実な声に絶えず耳を傾け、あらゆる願いに応えるため、自ら三十三身に姿を変え、人々をお救いくださる、まさに至高の御仏です。全体的に状態も良く、黄楊木の台が付属しております。六角堂で買い取りを強化しているお品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取りさせていただきました。素晴らしいお品をお売りいただき、ありがとうございました。本日二件目は新宿区四谷へ、桐たんす、お着物の見積もりでお呼びいただきました。他社と相見積もりでありましたが、査定の結果、当社にお売りいただくこととなりました。年明けの引越時に、再度お呼びいただくこととなりました。年明けの出張買取、よろしくお願い致します。
本日は市場開催の日でしたので、出張帰りに寄らせていただきました。今日も市場の後に、仲間たちと食事へ行きました。本日は新座市にある「ワンカルビ」さんで食事をしました。焼肉食べ放題のお店です。ステーキや焼肉、お腹いっぱいいただきました。水餃子のスープがとても美味しかったです。