東京都板橋区東新町にて、紫檀の硯箱、赤間硯、銅製蟹の置物をお売りいただきました。

東京都板橋区東新町にて、紫檀製の硯箱、作家物の赤間硯、古銅製蟹の置物をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お亡くなりになられたお爺様が大事にされておりました書道具などをお譲りいただきました。書道をやられていたようで、他にもいろいろな書道具がございました。お爺様の思い出のお品、大事に橋渡しさせていただきます。玄関先で赤間硯の上に置いてあった蟹の置物、硯とセットのものかと思うほど、雰囲気良く置いてありました。こちらは、書道具ではなく、盆栽道具になります。雰囲気良いもの同士、併せてお譲りいただきました。
ただいま六角堂では、端渓硯、端石硯、歙州硯、洮河緑石硯、澄泥硯、魯硯、太史硯などの硯、曹素功、汪近聖、汪節庵、胡開文、古梅園、墨運堂、玄林堂、鳩居堂などの墨、紅星牌、三星牌などの中国画仙紙、古筆をはじめ、拓本、硯箱、硯屏、水滴、墨床、筆架、筆筒、水印、などの書道具を強化買取しております。また、寿山石、青田石、田黄石、鶏血石などの希少な印材も探しております。書道具は、使用済みのものや状態の良くないものでも査定が付く場合があります。ご売却をお考えの際はご相談ください。
書道具の他、時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

赤間硯(あかますずり)
硯の高級品として知られる「赤間硯」。その歴史は鎌倉時代にさかのぼるといわれています。赤間硯の名は現在の下関市、赤間関(あかまがせき)で作られ始めたことに由来するもの。江戸時代には、厚狭(あさ)や万倉(まぐら)の赤間石(あかまいし)が用いられるようになりますが、藩主の許可がなければ採石できず、赤間硯は藩主の贈答品などに使われた貴重な硯でした。筆墨硯紙という文房四宝の中でも最も永く時を共に過ごす硯は、ことに文人が愛した至極の宝。文人も武将も手元に置きたいと、その心を魅了しました。
赤間石は材質が硬く、緻密で、石眼や美しい文様があり、しかも粘りがあるため細工がしやすく、硯石として優れた条件を持っています。また、墨を削る歯の役割を果たす「鋒鋩(ほうぼう)」がみっしりと立っているので、よく墨を磨き、墨の発色が良く、早く墨がすれ、さらっとのびの良い墨汁が得られます。

埼玉県ふじみ野市にて、古家具や掛軸、茶道具、村田長治斎の銀瓶の買い取り。

埼玉県ふじみ野市にて、大正時代の古家具や掛け軸、お茶道具、村田長治斎の銀瓶をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。大正時代の古い机や書棚などの他、茶道具、銀瓶を買い受けさせていただきました。銀瓶は翡翠の摘みが付いている棗形銀瓶。純銀や銀製などの刻印はございませんが、純銀製のものになります。良いお品をご売却いただき有難うございました。
六角堂では、純銀・銀製品の茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を高価買い取り致します。
価値ある銀製茶道具、銀細工置物、銀食器などを貴金属店などで潰し価格で処分される方が多いようですが、こういった骨董品、美術品を潰されてしまうのは非常に惜しいです。当社は潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、銀製品をご売却される際は是非六角堂へご相談ください。霰打ち銀瓶、鳳凰口銀瓶、鉄砲口銀瓶、宝珠形銀瓶、南瓜形銀瓶、翡翠摘み銀瓶、鎚目銀瓶、秦蔵六、中川浄益、石黒光南、名越弥五郎、木村清雲、北村静香、尚美堂などの銀瓶は高価買取いたします!また、金瓶や鉄瓶も強化買取中ですので、あわせてお問い合わせください。内容や量にもよりますが、銀瓶などの骨董品類の買取に関しては、全国出張します。もちろん出張料、査定料は無料で行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
和家具・古美術・骨董品・茶道具・美術品・古道具・諸道具類のご処分をお考えのお客様は、お気軽に六角堂までご相談くださいませ。

最近出張買取が毎日続いており、体が疲れておりますので、スタミナを付けに久々すた丼を食べに行くことにしました。先日テレビですた丼が紹介されており、行きたいなと思っておりました。20年ほど前、友人が国立市に住んでおり、その頃はしょっちゅうすた丼を食べておりました。昔は国立にしかなかったのですが、近年店舗展開をされているようで、いつの間にか近所にも店舗が出来ておりました。向かった先は「伝説のすた丼屋 川越 新河岸店」。わたしはすた丼豚汁セットをいただきました。昔に比べるとニンニクの量が少し減っているような気がしましたが、時代の流れでしょうか。わたしはニンニクを追加して、がっつりといただきました。若かった頃に比べるとやや重たいですが、久々にいただくすた丼はとっても美味しかったです。

 

千葉県流山市にて、家具やお着物、中島千波のリトグラフ「華」などお売りいただきました。

千葉県流山市にて、家具やお着物、日本画家中島千波のリトグラフ「華」などお譲りいただきました。

お家の建て替え前のお片付け整理にてお呼びいただきました。お母様が大事にされていたお着物や絵画、オットマン付きのソファなどをお売りいただきました。お客様宅へ向かう途中、外環道が事故渋滞していたのでご到着が少し遅れてしまいましたが、ご都合を合わせていただき有難うございました。ご家族の思い出のお品、大事に次へと繋げさせていただきます。今日も帰宅時に、戸田市美女木にある花月ラーメンへと寄りました。いつもいただく嵐げんこつらあめん味噌に豚めしセットをいただきました。いつ来ても花月は安定の美味しさですね。

ただいま六角堂では日本画家の作品を探しております。
秋野 不矩、池上 秀畝 、池田 蕉園、池田 遙邨、伊東 深水、稲田 和正、今村 紫紅、入江 波光、岩橋 英遠、上村 淳之、上村 松園、上村 松篁、梅津 道雄、大橋 翠石、大山 忠作、岡 信孝、小川 芋銭、奥田 元宋、奥村 土牛、小倉 遊亀、小野 竹喬、尾竹 国観、小茂田 青樹、片岡 球子、堅山 南風、加藤 栄三、加藤 東一、金島 桂華、狩野 芳崖、鏑木 清方、加山 又造、川合 玉堂、川端 龍子、菊池 契月、北野 恒富、吉川 霊華、木村 武山、工藤 甲人 、小泉 淳作、小杉 放庵、児玉 希望、小林 古径、小松 均、郷倉 和子、郷倉 千靱、酒井 三良、榊原 紫峰、佐藤 太清、柴田 是真、下田 義寬、下村 観山、杉山 寧、千住 博、高山 辰雄、竹内 栖鳳、竹久 夢二 、田中 一村、土田 麦僊、寺島 紫明、徳岡 神泉、富岡 鉄斎、冨田 溪仙、堂本 印象、堂本 元次、中島 千波、中村 岳陵、中村 貞以、中村 不折、西村 五雲、橋本 関雪、橋本 雅邦、橋本 明治、浜田 昇児 、濱田 台児、林 功 、速水 御舟、東山 魁夷、菱田 春草、平川 敏夫、平福 百穂、平松 礼二 、平山 郁夫、福井 爽人、福王寺 法林、福田 平八郎、堀 文子、前田 青邨、牧 進、松尾 敏男、松岡 映丘、松林 桂月、宮廻 正明、三輪 良平、武藤 孤舟、村上 華岳、森田 りえ子、守屋 多々志、安田 靫彦、山口 華楊、山口 蓬春、山本 丘人、山元 春挙、横山 大観、横山 操、渡辺 省亭
など、ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
日本画の正当な評価での売却をご希望の方は、是非出張買取専門店の六角堂まで!

中島千波(なかじまちなみ)
1945年(昭和20年) 10月21日、日本画家・中島清之の三男として疎開先の長野県上高井郡小布施村に生まれる。
1948年(昭和23年) 神奈川県横浜市に家族と戻る。
1965年(昭和40年) 東京芸術大学美術学部日本画科に入学
1969年(昭和44年) 東京芸術大学日本画科卒業。第54回院展初入選。第4回神奈川県展受賞。
1970年(昭和45年) 神奈川県美術展 (神奈川県立近代美術館)でK氏賞受賞
1971年(昭和46年) 東京芸術大学大学院修了。第1回山種美術館賞展出品。日本美術院院友推挙。
1977年(昭和52年) 第32回春の院展奨励賞受賞。第62回院展奨励賞受賞、以後数回受賞。
1978年(昭和53年) 第33回春の院展奨励賞。
1979年(昭和54年) 第5回山種美術館賞展、優秀賞受賞。
1980年(昭和55年) 第2回日本秀作美術展招待。 (日本橋・高島屋) に選抜出品
1981年(昭和56年) 第3回秀作美術展招待。第6回山種美術館賞展招待。
1983年(昭和58年) 昭和世代日本画展。
1984年(昭和59年) 「横の会」結成に参加(第10回展で終了)。
1985年(昭和60年) 東京セントラル美術館・裸婦大賞展大賞受賞。
1987年(昭和62年) 4月、NHK「今日の料理」の表紙絵を担当する。(3年間)
1988年(昭和63年) 第73回院展奨励賞受賞。9月、朝日新聞朝刊宮尾登美子作 「きのね」の挿絵を担当する。
1989年(平成元年) 第44回春の院展奨励賞受賞。ベルギー・ユーロパリア’89ジャパン現代日本画展に出品。
1990年(平成 2年) 朝日新聞連載挿絵展 NHK「今日の料理」原画展開催。横浜三渓園臨春閣の襖絵「不二と桃花図」「松林図」を完成。第75回院展奨励賞受賞、特待に推挙。
1991年(平成 3年) 第46回春の院展奨励賞受賞。第76回院展奨励賞受賞。
1992年(平成 4年) 長野県小布施町に「おふせミュージアム・中島千波館」がオープン。
1993年(平成  5年) 諏訪北沢美術館10周年記念・中島千波展 (長野県)を開催。横浜市民ギャラリー「いきなり拒絶反応しないで」中島千波展開催。
1994年(平成  6年) 鎌倉・鶴が岡八幡宮 斎官貴賓室床の間壁画〈日和麗麗孔雀の図〉完成披露。東京芸術大学美術学部助教授に任命される。
1995年(平成 7年) 「ひと・はな・いのちのフォルム」中島千波展をパリ・三越エトアールにて開催。(朝日新闘社主催)「身延山枝垂桜」「四曲半双屏風」を制作。
1996年(平成 8年) 日本橋三越本店にてパリ展の帰国記念展開催。日本橋高島屋にて第1回「目-それぞれのかたち展」(日本橋・高島屋) 開催。 伊藤彬・中野嘉之・中島千波・畠中光享・林功により『目の会』を結成
1998年(平成10年) 「中島千波の花宴展」を京都・東京で開催。
1999年(平成11年) 「花と富士 中島千波屏風絵展」を東京(銀座・松坂屋) にて開催。 宮尾本『平家物語』(週刊朝日連載小説)の挿絵制作が始まる。
2000年(平成12年) 平家物語「青龍の巻」中島千波挿絵原画展開催 (日本橋・高島屋、他6会巡回)
2001年(平成13年) 深川不動尊(成田山東京別院深川不動堂)内仏殿格天井の小図(100号)完成。数年先に格天井完成予定。
2002年(平成14年) 深川不動尊(成田山東京別院深川不動堂)内仏殿格天井の原画(100号)完成 。
2004年(平成16年) 深川不動堂の内仏殿格天井画<大日如来蓮池図>完成 。
2007年(平成19年) 東京芸術大学創立120周年記念企画日本美術「今」展開催 。鮮やかな色合いの桜のシリーズで大人気の日本を代表する作家です。
現在 東京芸術大学美術学部デザイン科教授 無所属

埼玉県川越市にて、絵画や掛け軸、お着物、新座市にて、桐箪笥、お着物などを買い受けました。

埼玉県川越市にて、ラッセンのシルクスクリーン「ラハイナスターライト」、掛け軸、お着物、新座市にて、桐箪笥、お着物、反物、和装小物、無形文化財道明新兵衛の帯締めなどお譲りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県川越市にて、お引越し前のお片付け整理。お引越し先が今より狭くなりお道具達を連れていけないとの事で、まとめて買い受けさせていただきました。お着物の他、掛軸、備前焼の花器などを買い取りさせていただきました。ラッセンのシルクスクリーンは娘さんの成人式のお祝いで購入されたもの。大振りのサイズで、こちらもお引越し先へと運べないので泣く泣くのご処分。タトウ箱、証明書がないものの、頑張り査定額で買い受けました。思い出のお品々、大事に次へと繋げさせていただきますね。二件目は、埼玉県新座市へ遺品整理にてお呼びいただきました。桐箪笥とお着物をたくさん買い受けさせていただきました。当社で強化買取りしている道明新兵衛の帯締めが多数ございましたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。当社では、着物と同時に、帯留め、帯揚げ、帯締め、草履、下駄、バッグ、巾着、かんざしなどの髪飾りなど、和装小物も買取しております。小物だから値段が付かないとあきらめてしまう前に、お着物と一緒にお売りください。和装小物でも、今回の帯締めのようにお値段の付くものがたくさんございます。

二件目へ向かう途中、新座市にある「うどん 槙」さんへと寄りました。わたしはきのこうどんを注文しました。うどんが来るまえに無料でいただけるうどんかりんとうをいただきました。黒ごま味ときなこ味があり、とっても美味しかったです。うどんが来てびっくり、中盛りでしたが、なんと600gあるとのこと、何も知らずにごぼう天までトッピングしておりました。美味しかったので完食しましたが、お腹いっぱいでしばらく動けず、今晩の夜食は抜きとします。次回は200gのミニ盛かな。

道明新兵衛(どうみょうしんべえ)
江戸中期に創業し、350年という歴史ある老舗「道明」の帯締め。
組紐は飛鳥時代に中国より伝来、平安時代には日本的な色彩や精巧な技法が生まれ、劇的な発展を遂げる。
武家社会での刀の下緒、締緒などを経て帯締めとして活用され始めたのは、江戸時代に入ってからのこと。
道明には、冠組・高麗組・奈良組・丸源氏組・鎌倉組など様々な組み方がある。
6代目は婿養子でありながらも工芸組紐の製作普及につとめ、7代目は正倉院遺物組紐の復元・模造を行うなど組紐界に功績を残しており、
東京上野にある店舗は江戸時代から続く組紐の老舗として知られています。
六代道明新兵衛
1879年 新潟県三保市生まれ。旧名半蔵。
1902年 五代道明新兵衛の婿養子となる
1933年 五代の死去により六代新兵衛を襲名
1960年 無形文化財指定保持者
1961年 黄授褒章受章
1962年 勲六等瑞宝章受章、逝去
七代道明新兵衛
1904年 東京都生まれ。六代道明新兵衛の長男
1960年 選択無形文化財になった組紐技術をまとめる
1962年 七代道明新兵衛襲名
1972年 逝去

クリスチャン リース ラッセン Lassen Christian Riese
1956年、3月11日アメリカ カリフォルニア生まれ。4歳の頃からすでに絵画に親しむほど、幼少の頃から才能に恵まれる。’66年ハワイ・マウイ島へ家族で移住。海の魅力に魅せられ、様々な試行錯誤の末に水面の上下で宇宙と海底を表現する2WORLDの画風を確立させる。’76年より作品を発表しつつ、プロサーファーとして世界的なランク入りを果たす。’83年、国連<クリーンオーシャンキャンペーン>のイメージアート「サンクチュアリ」を制作。’89年、ホノルルマラソン公式アーティストに選定される。 ’90年、海に対する恩返しの気持ちから環境保護団体<シービジョン財団>設立。’92年、「サンクチュアリ」が国連記念切手となる。’96年、映画「フリッパー」の公式ポスター制作。’98年、「国際海洋年1998」の公式ポスターを制作するとともにN.G.O.組織<F.U.N.>の親善大使に任命される。さらに自身が作曲・ボーカルを担当した「TURN THE TIDE」を発表。マリンアートの第一人者として日本での人気は絶大である。

東京都文京区目白台、新宿区北新宿、新宿区四谷坂町にて、加茂桐たんす、庄内箪笥、絵画、掛け軸。

東京都文京区目白台にて庄内箪笥、和家具、エコーネスのソファ、絵画、洋食器、花瓶、新宿区北新宿にて古いカメラレンズ、掛け軸、栃材の花台、新宿区四谷坂町にて、加茂総桐箪笥、絵画、ジャズ、クラシックのレコード、CD、古いおもちゃ、尺八、書道具などをお譲りいただきました。

本日は朝より三件の出張買取、多忙な一日となりました。朝方には台風も去り、快晴の天気の中の出張となりました。一件目は先日お邪魔した文京区目白台のお客様。リフォーム前のお片付け整理で、先日積み残したお品の他、片付けの最中に追加で不要品が出たとの事でお呼びいただきました。数十年前に新潟県より持ってきた時代(明治期)庄内箪笥は以前お邪魔した際に閂(かんぬき)が見つからず、引き上げが出来ませんでしたが、我々が来るので探しておいてくださりました。作業途中、暑いからと冷茶をいただいたりお気遣いありがとうございました。リフォーム後にもまた何かございましたらお呼びください。二件目は新宿区北新宿にて、解体前のお片付け整理、古いカメラにレンズ、掛け軸数点、栃材の花台をお売りいただきました。栃材の花台は、虎杢が素敵な花台でした。経年汚れがなかなか落ちなかったので、後日クリーニングしようと思います。虎杢とは、虎の縞のような模様の杢をいいます。バイオリンや三味線などの楽器の材でよく使われております。先日リサイクル関係の業者を呼んだら何も買う物はないと帰られたようですが、当社では買取り出来るお品が多数ございました。お客様に、ご家族の思い出のお品を処分に出さず、リサイクルできることをお喜びいただけました。解体日まで残り僅かのようですが、お片付け頑張ってください。三件目は新宿区四谷坂町の出張買取。四谷坂町は新住所のようで、わたしの愛車ナビに住所が見当たらず、以前は坂町という住所だったようです。携帯で調べて無事到着。こちらは、加茂桐箪笥を処分したいとの事でお呼びいただきました。焼桐の整理箪笥、正面、天部にシミが出てしまっておりましたが、当社で強化買取りしている加茂箪笥でしたので、買い受けさせていただきました。他にも山口正人の油彩画「月のベニス」、佐藤昭三の日本画「尾瀬」、金工師 森豊一のブロンズレリーフ「朝追ひ」の他絵画数点、ジャズ、クラシックのレコード、CD、古いミニカーなどのおもちゃ、尺八、硯や墨などの書道具を買い受けさせていただきました。お父様の大切にされていたお道具達、大事に次へと繋げさせていただきます。玄関前までお荷物を運ぶ手伝いをしていただいたり有難うございました。本日は、家具の他、お道具の買い取りが多く、倉庫へと戻り仕分け作業をして先程帰宅しました。三件とも距離が近かったので移動距離が短いものの、一点一点丁寧に査定しておりますので、時間が掛かってしまいました。運び用の段ボール箱を増やすなどして、これから忙しくなる前に作業修正をしていこうと思います。明日も埼玉県内で二件の出張買取、頑張りたいと思います。それでは、今からようやく本日の一食目です(>_<)

山口正人(やまぐちまさと)
1934年 佐賀県唐津市に生まれる/ 1975年 二科展特選/ 1983年 ル・サロン会員となる/ 1991年 個展(新宿京王デパート)/ 1993年 個展(吉祥寺東急・千葉そごう・新宿小田急)/ 1994年 個展(横浜そごう・大宮そごう・吉祥寺東急)/ 1995年 個展(新宿小田急・柏そごう・吉祥寺東急)/ 1996年 個展(吉祥寺東急・横浜そごう)・春龍展出品20回 1997年 個展(大阪ギャラリー大井)/ 1998年 個展(船橋東武)/ 渡欧16回

佐藤昭三(さとうしょうぞう)
昭和3年福島県生まれ。加藤栄三に師事。日展入選多数。佳作賞1回。日春展入8回。美協賞1回。画院賞3回。現在,日展会友。

東京都文京区小石川にて、紫檀の座卓、花梨の衝立、古時計、懐中時計、武者小路実篤の水彩画「花無心」をお売りいただきました。

東京都文京区小石川にて、紫檀の座卓、花梨の衝立、古時計、懐中時計、武者小路実篤の水彩画「花無心」をお譲りいただきました。

解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。時代和家具や、古時計、掛け軸などを買い受けました。お忙しい中、お呼びいただきありがとうございました。市場へ行くと、いつもお世話になっている古美術商のO橋さんと会い、いつもご馳走になる大島屋さんへ連れて行ってくれました\(^o^)/いつもいつも贅沢させていただきありがとうございます。ご馳走様でした!

六角堂では「武者小路実篤」絵画、筆跡作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(水彩画、油彩画、掛け軸も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
武者小路実篤作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。他にも時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。
絵画・骨董品買い取り地域 全国対応致します。(内容や荷量によっては伺えませんので、ご了承ください)

武者小路 実篤(むしゃのこうじ さねあつ)1885~1976
小説家・劇作家・詩人・画家・思想家。子爵の家柄に生まれる。東大中退。その後学習院同窓の志賀直哉らと雑誌「白樺」を創刊、それまで傾倒したトルストイから離れ自我肯定の大胆な個人主義を主張する文学を展開。大正7年、自己の生活と社会の改造をめざした「新しき村」を創設、大正の終わりまで共同生活を送る。昭和にはいると美術への関心を深め、平明で親しみのある書画を遺した。
1885 東京都に生まれる
1906 東京帝国大学社会科入学。翌年中退
1908 「荒野」を処女出版
1910 「白樺」を創刊
1911 「お目出たき人」を刊行
1917 白樺美術館設立の運動を起こす
1918 新しき村の建設に着手
1927 「大調和」を刊行
1937 日本芸術院会員
1939 新しき村を創設
1940 小説「愛と死」で菊池寛賞受賞
1946 日本芸術院会員辞任
1951 文化勲章受章
1952 日本芸術院会員再選
1976 逝去。享年90歳

東京都目黒区上目黒にて、桐たんす、お着物、太田昭夫の木彫り彫刻「鹿」の置物をお売りいただきました。

 

東京都目黒区上目黒にて、桐たんす、着物、太田昭夫の木彫り彫刻「鹿」の置物をお譲りいただきました。

本日わたしは長男の運動会のため、当社のエースN尾が出張買取へと伺いました。息子さん夫婦と同居することになり、桐箪笥や着物が邪魔になるとの事でお呼びいただきました。削り直し後の状態があまりよくありませんでしたが、珍しいハーモニカたんすでしたので、買い受けさせていただきました。桐たんすは、密閉度が高いので、引出を押したり引いたりすると違う段のところの引出がでたり引っ込んだりします。引出の各段の棚の奥の方に、空気の通りができるよう、少しだけ隙間を作っているからです。この空気穴がないと、引出の奥が真空状態になって、引出を引くとき重くなるので、軽く引けるように考えられた職人の知恵です。 その空気穴を利用して、ハーモニカを取り付ければ、ファーと音が鳴るのです。ハーモニカは「息を吸う/吐く」で音が違うように、ハーモニカたんすも一つの引出しを「引く/押す」で音が変わります。防犯という意味合いと職人の遊び心ですかね。

長男の運動会は途中小雨がぱらついたりしましたが、無事最後まで終了しました。久々の運動会、息子の成長を驚きながら見ておりました。いつの間にこんなことが出来ることになったのだろうと、ただただ驚くばかりです。来年も必ず行くことにします。昼休憩で、小学校の近くにある「嘉津味屋 三芳店」さんへと行き、三色そばをいただきました。いつもコテコテのラーメンばかり食べているわたしですが、たまにはあっさりとしたそばも美味しいものですね。とても美味しかったです!

彫刻家・太田昭夫(1930~88)号は照玄
大阪市生まれで漢学者の祖父、日本画家の父の下で漢籍や芸術に親しみ、大阪市立工芸学校に入学するが、終戦末期の大阪大空襲で一家は罹災。その後、母方の親戚が住む奈良に移り、46年、奈良県工芸伝習生木彫科に入学しました。23歳の時「鹿」が日展に初入選、以降、鹿をモチーフに多くの作品を発表されました。太田氏の作品は、表面を磨いたり彩色したりせずに、ノミの痕跡をそのまま残した素地仕上げが特徴。表面を磨いたり、彩色したものはほとんどございません。全身に残る1つ1つのノミの跡は今まさに打ち込まれたような荒々しさで、それが鹿の野性味を引き出しています。材はヒノキより粘りのあるクスノキを多く使われました。

神奈川県横浜市港南区にて、ジャック デペルトのリトグラフの買い取り、鎌倉市へ、お着物、陶磁器、絵画の見積もり。

      

神奈川県横浜市港南区にて、ジャック デペルトのリトグラフを買取り、鎌倉市へ、お着物、陶磁器、絵画などの見積もりへ行ってまいりました。

本日は早朝より、神奈川県横浜市港南区へ李朝箪笥、リトグラフの買い取りへ行ってきました。お引越し前のお片付け中で、不要になられたとの事、次へと橋渡しさせていただきます。二件目は鎌倉市へと見積もり査定でお伺いしました。お父様、お母様のご遺品の整理、残念ながら陶磁器は箱と中が合わない物が多く、あまり高い査定が出せませんでした。絵画は、棟方志功の工芸版画や福田平八郎、小倉遊亀などの工芸作品を屏風にされたものなどがございました。ご家族に相談されてからご処分されるとの事、ご処分される際にはまたお呼びください。
鎌倉市へ出張へ来たときには必ず生しらす丼を食べると決めておりますので、食べログで検索し、鎌倉市小町、鶴岡八幡宮のそばにある「鎌倉釜飯かまかま本店」さんへと寄りました。残念ながら、生しらす丼は終わってしまったとのこと、釜揚げしらす三色丼をいただきました。さすが食べログ人気店、とても美味しく、おこげに薬味を載せていただくお茶漬けがまた美味しかったです。画像のフライですが、なんと白子と豆腐を混ぜて揚げた白子豆腐揚げ、とっても味がしっかりとしていて絶品でした。鎌倉小町通りをブラブラしながら、手焼き炭火のお煎餅を土産に買ったり、路上で美味しそうな串焼が並んでおりましたので、まぐろのホホ肉、鮎の塩焼きをつまみました。鎌倉はとてもいいところですね。今度は家族を連れて、観光しに来たいと思います。
明日は、長男の運動会。雨が心配ですが、決行するようです。リレーの選手に選ばれておりますので、帰宅後に「焼肉さんあい 」さんへと行き、たくさん栄養を付けさせました。鎌倉帰りでさすがにお腹いっぱいでしたので、わたしは眺めているだけでした。本人は一等賞になる自信があるようですが、とにかく結果が楽しみです。ここ数年間、仕事が忙しく全く子供の運動会に出てませんでした。明日の出張買取はわたしは行けず、N尾氏に託します。明日は久々、父親してきます!

ジャック・デペルト (JACQUES DEPERTHES)
黒を基調としたデリケートな描線と整然としたコンポジション、落ち着いた色調の清麗な画面には、静寂さと孤独感の中に温かさと郷愁が漂う。
ジュネーブ市主催「演劇と演奏」会の舞台装置を制作 。
作品はパリ市立近代美術館、ジュネーブ市立美術史博物館、鎌倉市立近代美術館等に収蔵されている。
1936年  フランス、シューレンヌに生まれる。
サント・エティエンヌ国立芸術大学、およびジュネーブ装飾美術学校に学ぶ。
1960年  ジュネーヴのユニオン・ド・バンク・スイスの壁画制作。
1961年  この頃から、ジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴ、東京などで個展を開催。
国際的に作家活動を展開する。
1965年  フランス政府給費留学生としてイタリアに滞在。
1976年  東京・大阪にて個展。
1984年  11月、ビジョンヌーベルの招きで来日。
1986年  二度目の来日。

埼玉県新座市にて、屏風、お茶道具、県指定無形文化財 十三代坂田泥華造萩焼酒器セット

埼玉県新座市にて、屏風、茶道具、県指定無形文化財 13代坂田泥華造萩焼酒器セットをお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。当日のご依頼でしたが、ご近所でしたので即日お伺いさせていただきました。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。帰宅時に、わたしの大好きなラーメン雷豚 三芳店へ寄り、辛味噌ラーメンをいただきました。辛さを10段階から選ぶことが出来、今日はは4の大辛にしました。おかわり自由のネギをたくさん入れて、美味しくいただきました。辛味噌の辛さ、ネギの辛さがたまらなく癖になってます!!

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼の買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わせください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。
三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚
などの萩焼作家物を強化買取りしております。壺、花瓶、花器 、茶碗、茶器、香合、皿、鉢、酒器、ぐいのみ、徳利など、全て対象となります。萩焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

十三代 坂田泥華(泥珠) 1915(大正4)年~2010(平成22)年
13代坂田泥華(さかたでいか)は12代坂田泥華の長男として山口県長門市に生まれました。
本名を一平、号を天耳・泥珠といいます。
1933(昭和8)年、山口県立萩商業学校を卒業後、父に師事して家業に従事しました。
1950(昭和25)年、13代坂田泥華を襲名しました。
1962(昭和37)年、加藤土師萌の指導を受ける。
1964(昭和39)年、日本工芸会正会員となりました。
1965(昭和40)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1968(昭和43)年、山口県美術展審査員を委嘱されました。
1970(昭和45)年、中国文化賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
名古屋オリエンタル中村個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1974(昭和49)年、迎賓館に水指を納入しました。
山口県選奨(芸術文化功労)を受賞しました。
1975(昭和50)年、東京三越個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1976(昭和51)年、日本工芸会理事に就任しました。
1981(昭和56)年、紫綬褒章を受章しました。
1987(昭和62)年、勲四等旭日小綬章を受章しました。
1994(平成6)年、全国豊かな海づくり大会の際に山口県より天皇陛下献上の茶碗を制作しました。
2004(平成16)年に長男・慶造が早世した為に15代坂田泥華を追贈し、自らは「泥珠」と号しました。
2010(平成22)年、2月24日肺炎で死去。94歳没
井戸茶碗に深い感銘を受けて研鑽を重ね、他の追随を許さない「泥華井戸」と称される独自の豪快な作風を確立しました。
焼成時に釉薬を剥ぎ取る事により御本風の柔らかい斑文を表現した剥離釉等、新しい技法の開発にも取り組みました。
近代の萩焼を語る上で欠かす事のできない重鎮です。

千葉県市川市真間にて、桐箪笥、お着物、純銀製徳利(カラカラ)、みちのく織 米沢小島織物 男物アンサンブル 亀甲(反物)。

 

千葉県市川市真間にて、桐箪笥、お着物、純銀製徳利(カラカラ)、みちのく織 米沢小島織物 男物アンサンブル 亀甲(反物)をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。お着物や銀製品など多数お売りいただきました。当社が入る前に、リサイクルショップの出張をお願いされたようですが、そちらのお店では和家具や着物、中古の銀製品は取り扱わないとの事で、六角堂をご指名くださりました。当社では、銀製品を強化買取りしており、幅広く取り扱っております。みちのく織の反物は、山形県米沢市で織られたもので、状態も良く、お客様にご満足いただける査定額で全て買い受けさせていただきました。
六角堂では、金・銀製品の置物や酒器(銚子・盃・ちろり)・茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を高価買い取り致します。
価値ある金・銀製茶道具、金・銀細工置物、銀食器などを潰し価格で処分するのは、非常に惜しいです。金瓶、銀瓶などを潰し価格で買取る業者が多く見られますが、当社は潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、是非六角堂へご相談ください。もちろん、金、プラチナ、銀製のアクセサリーなど、貴金属も買取しておりますので、併せてお問い合わせください。

市川市出張地域
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