東京都中野区江原町にて、桐たんす、古家具、お着物、掛け軸、江戸期の能面「頼政」をお売りいただきました。

東京都中野区江原町にて、桐たんす、古家具、お着物、掛け軸、江戸期の能面「頼政」をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。生前大事にされていたお品とのこと、次の方に丁寧にお繋ぎできるよう努力させていただきます。お忙しい中、有難うございました。わたしの住む三芳町では、菜の花が咲いておりました。倉庫へ向かう途中、畑に横付けして菜の花に見とれてしまいました。畑一面の菜の花、とても綺麗でした。三芳町はさつまいもで有名ですが、おそばも有名で、そばの季節になると畑一面真っ白になり、それもまた大変綺麗です。野菜の美味しい町、三芳町はとてもいいところですよ!

能面の種類は約250種類と言われていますが、基本形は約60種です。 室町時代より安土桃山時代に打たれた面を本面と呼び その後は、その基本形を模倣再現しています。翁(おきな)能のもととなった猿楽から取り入れられた能面で、すでに平安末期には使われていたといわれます。能面の中で、最も古い分類の面です。尉(じょう)老人系の面。小尉、朝倉尉、三光尉、笑尉、などの種類があります。これらは、脇能や修羅能のシテが前場の化身のときにつける場合が多くなります。女面能面というとこれを思い描く人が多いというように、種類が豊富でポピュラーな面です。主に年齢や性格などによって細分化されています。小面(こおもて)、若女(わかおんな)、増(ぞう)、孫次郎(まごじろう)などは、気品に満ちた、若く美しい女性を現します。近江女(おうみおんな)は若い女性ですが、庶民的です。深井、曲見(しゃくみ)は、気品に満ちた中年の女性を現しています。曲見は深井に比べ、表情が強くなっています。泥眼(でいがん)は、目が金色で、現実の女性ではないことを表しています。老年の女面には、老女、姥などがあります。男面平太(へいだ)、中将(ちゅうじょう)、十六、二十余り、童子、渇食(かっしき)、痩(やせ)男など、身分やその状況に応じてさまざまなバリエーションがあります。鬼神早い時期に現れたと考えられる、鬼や天狗など超自然を現す面。大きく分けて「飛出(とびで)」(鬼神や鬼畜に用いられる)と「癋見(べしみ)」(天狗などに用いられる)があります。怨霊死霊をあらわす面。この世に心残りがある者たちで、男の怨霊には「怪士(あやかし)」「痩男」「河津/蛙(かわず)」などが、女の怨霊には「山姥」「泥眼」などがあります。有名な「般若」もこの分類に入ります。

六角堂では能面の買取を強化しております、能面の強化買取作家は以下となります。
長澤氏春 長澤草春 羽生光長 羽生光善 河合春慶 橋岡一路 中村光江 堀 安右衞門 石倉耕春 北澤耕雲 深草浄春 田中彗月

能面の他にも能衣装や能装束、道具や関連書籍などの能道具、笙、龍笛、篳篥(ひちりき)、鞨鼓(かっこ)、鉦鼓(しょうこ)、太鼓、筝(しょう)、琵琶(びわ)、和琴、横笛能などの雅楽器も合わせて買受けしております。また能の人形なども買受けしておりますので、合わせてお問い合わせください。

桐たんす、和箪笥などの和家具をはじめ、骨董品、お茶道具、掛け軸、絵画、お着物などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。また骨董品・美術品のお見積もり・出張買取は、全国対応しております。是非ご利用ください。

能面 頼政(よりまさ)源頼光の玄孫(やしわごまたはげんそん)孫の孫にあたり、射芸や和歌にすぐれ、能曲「鵺」でおなじみの「鵺」を一矢で射落としたとの口伝もあり、源三位入道とも呼ばれる。平家追討を企てたが、こと現れて宇治川の合戦で敗れ、平等院に1首の歌を残して自害した。能曲頼政は能二番目物、世阿弥作。古名「源三位(げんざんみ)」「宇治頼政」。「平家物語」による。宇治平等院の扇の芝の由来と、頼政の最期の有様を脚色。三修羅の一つ。この面に限り、頼政頭巾を被る。宇治川の戦いに敗れた時の表情で、当年75歳の時の相貌、目は金具、眼の周りは朱を入れ、額には皺があり、顔は黄褐色、鬢や頭に毛が無いことは、入道して後、髪や髭を剃ったもので、怨みの表情をあらわす。

東京都港区三田にて、アンティーク家具、絨毯、絵画、木彫りの仏像、二代諏訪蘇山の青瓷袴腰香炉をお売りいただきました。

東京都港区三田にて、アンティーク家具、絨毯、絵画、木彫りの仏像、二代諏訪蘇山の青磁袴腰香炉をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。以前お呼びいただいたお客様より、お引越しするので最後の荷物整理品を処分したいとのことでご連絡頂きました。当社で買い取りを強化している人気作家・諏訪蘇山さんの作品で純銀製の火屋に共箱付、状態も良くお客様にご満足いただける査定額にて買い受けることが出来ました。今回もお忙しい中、お呼びくださり有難うございました。帰りに、三田にある太陽のトマト麺さんへと寄り、太陽のチーズラーメンをいただきました。トマト苦手なわたしですが、食べてみると意外と美味しかったです。麺とトマト、チーズとトマトって会うんですね。初挑戦でしたが、完食しました。健康にもいいし、また寄らせていただきます。

諏訪蘇山は明治大正期から続く陶芸家の名前で、現在は4代がその名を継いでいます。初代蘇山は、陶画や九谷焼を学び、独立すると五条坂に窯を開き、青磁作品の研究を重ね、「蘇山青磁」と呼ばれる独自の青磁を完成させました。諏訪蘇山は初代から当代まで共箱には共通印を使用しており、作品を見分けるためには作品に押されている陶印で判断する事ができます。 初代が楕円、2代が丸印、3代が角印、4代が三角印となっております。 本品は丸印なので、2代の作品という事になります。 当代の4代目は3代と千家十職・塗師の12代・中村宗哲の間に生まれた三女で、父から陶芸を学び、母から漆芸を学び作品に取り入れております。

二代 諏訪 蘇山 (すわ そざん)1890~1977
明治23年(1890)石川県金沢に生まれ。本名は虎子。初代蘇山の実弟・好直の次女。幼くして初代蘇山の養女となり、初代の指導のもと作陶を学ぶ。大正11年初代歿後、二代目を襲名する。大正13年第65回美術展覧会に『青影瓷尊式花瓶』を出品し銅賞受賞。以後、京都市工芸展、五条会展などにその制作を発表し、受賞を重ねる。皇太子殿下買上、九邇宮家買上。昭和35年実弟・米澤蘇峰の次男・修を養子として迎え、昭和45年代を譲り二代を退く。
昭和52年(1977)没、86歳。

山梨県都留市にて、和箪笥、掛け軸、茶道具、重要無形文化財(人間国宝)十三代鈴木盛久の亀甲霰平宝珠形鉄瓶をお売りいただきました。

山梨県都留市にて、和箪笥、掛け軸、茶道具、重要無形文化財(人間国宝)十三代鈴木盛久の亀甲霰平宝珠形鉄瓶をお譲りいただきました。

本日はお昼頃に八王子市にて和家具や書道具、時代人形などの買い取りをしました。終了後に、本日中に買取へ来てほしいとお電話をいただき、急遽山梨県都留市へと伺わせていただきました。解体前のお片付けとの事で、たくさんお品を買い受けさせていただきました。圏央道がつながって移動が楽になり、急な出張買取でも対応で出来ることが増えました。到着時間が夕方となってしまいましたが、お待ちいただき有難うございました。帰りに、中央道談合坂SAにある「蔵出し味噌麺場田所商店」さんへと寄り、九州麦味噌らーめん、ミニチャーシュー丼をいただきました。麦味噌のスープにかぼちゃがとっても美味しかったです。

現在六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。
龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門、佐藤清光、菊池政光

鈴木盛久(すずきもりひさ)は本名を繁吉(はんきち)といい、明治29(1896)年2月14日盛岡市に生まれ、15才のときから父の先代盛久に鋳造技術を学んだ。以後、盛岡にあって伝統的な南部鉄器製法の技術を研究し、大正13(1924)年、釜師として第13代盛久を継ぎ、その活躍は海外にも知られた。昭和49(1974)年には南部鉄器の伝統的技術保持者として国の重要無形文化財の技術者の指定をうけている。
略年譜
明治29年(1896) 2月14日、盛岡市に生まれる。
大正12年 盛岡市長より模範技術士の称をうける。
昭和4年 ベルギーのリエージュ万国博に出品、金賞をうける。
昭和21年 日展に入選、以後毎回入選
昭和27年 日展出品作「八卦文独楽釜」特選となる。第5回岩手日報文化賞をうける。
昭和31年 秩父宮妃献上の茶の湯の湯釜を制作
昭和32年 日ソ国交回復記念日本工芸美術展に出品、その技術をソ連から高く評価され、その作品はソ連の美術館へ収蔵される。
昭和33年 岩手県紫波郡高金寺の梵鐘を制作。
昭和34年 ベルギー・ブリュッセル万国博に出品、グラン・プリをうける。盛岡市制70周年記念文化芸術功労者に選ばれる。黄綬褒章をうける。
昭和35年 日展委嘱となる。アメリカ・ウォーカー美術館現代デザイン展に出品。
昭和36年 東京日本橋三越において第1回茶の湯釜展。
昭和37年 大阪・好友クラブにおいて茶の湯釜展。
昭和38年 東京日本橋三越において第2回茶の湯釜展。
昭和39年 北九州市小倉区の浄土寺の梵鐘を制作。
昭和40年 東京日本橋三越において第3回茶の湯釜展。
昭和41年 岩手日報90周年記念行事として同社主催の茶の湯釜展を開催。この年、勲六等単光旭日章をうける。
昭和44年 東京日本橋三越において第4回茶の湯釜展。
昭和47年 東京日本橋三越において第5回茶の湯釜展。
昭和48年 盛岡市にて喜寿記念茶の湯釜展。
昭和49年 文化庁より記録選択重要無形文化財の技術者の指定をうける。
昭和50年 岩手日報社主催の重要無形文化財指定記念展を開催。盛岡市本誓寺の梵鐘を制作する。
昭和51年 11月15日、盛岡赤十字病院にて没。勲五等雙光旭日章をうける。

千葉県柏市にて、お着物、お茶道具、掛け軸、絵画、人間国宝田村耕一の陶板額「壷の図」をお売りいただきました。

千葉県柏市にて、お着物、お茶道具、掛け軸、絵画、人間国宝田村耕一の陶板額「壷の図」をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。生前お爺様が大事にされておりましたお着物やお道具、大事に次へと繋げられるよう、頑張らせていただきます。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。

六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・角谷一圭・各務満・加藤渓山・加藤光右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透・河井久・河合紀・館林源右衛門・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・浜田昇児・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・藤原敬介・徳田八十吉・八木一夫・和太守卑良

田村耕一 (たむらこういち1916(大正7)~1987年(昭和62)
日本の陶芸家。1986年に鉄絵の技術で、栃木県では浜田庄司以来2人目の人間国宝に認定される。
1918年 栃木県佐野市富岡町に生まれる。
1941年 東京美術学校工芸科図案部卒業。私立南海商業学校デザイン教師就任。
1946年 京都の松風研究所に輸出陶器のデザイナーとして入所。富本憲吉から直接指導を受け生涯の師と仰ぐ。
1947年 新匠美術工芸会創立参加。
1948年 赤見焼きの創業に参画。栃木県芸術祭にて芸術賞受賞。浜田庄司に認められる。
1949年 佐野市久保町 倒焔式の薪窯を築く。
1950年 濱田庄司推薦 栃木県窯業指導所技官。
1953年 独立し、佐野市久保町に四袋の登り窯を築く。
1956年 第5回現代日本陶芸展 朝日新聞社賞・松坂屋賞を受賞。
1957年 日本陶磁協会賞受賞。
1960年 第7回日本伝統工芸展で奨励賞受賞。
1961年 第16回新匠会展 富本賞受賞。
1962年 日本工芸会正会員。
1967年 トルコ イスタンブール国際陶芸展でグランプリ金賞受賞。東京芸術大学助教授就任。
1968年 日本工芸会常任理事就任。
1970年 栃木県文化功労賞受賞。
1972年 日本工芸会陶芸部会長就任。
1975年 日本陶磁協会賞金賞受賞。
1976年 日本陶磁協会賞金賞受賞。
1978年 佐野市市政功労者。
1979年 紺綬褒章を受賞。
1980年 日本工芸会副理事長就任。
1983年 紫綬褒章 受賞。
1986年 重要無形文化財保持者(鉄絵陶器)認定。東京芸術大学名誉教授推。佐野市名誉市民。
1987年 胆のう癌にて死去。勲三等瑞宝章受章。

神奈川県横浜市金沢区にて、伝統工芸士田澤謙介の加茂総桐箪笥(和たんす・整理箪笥)、久米島紬などのお着物をお売りいただきました。

神奈川県横浜市金沢区にて、伝統工芸士田澤謙介の加茂総桐箪笥(和たんす・整理箪笥)、久米島紬などのお着物をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。生前、お婆様が大事にされていたお着物などをお売りいただくことになり、併せて桐箪笥を買い受けさせていただきました。思い入れのあるお着物など、大事に次へと繋げていきます。買取の帰りに中華街へと寄り、同業者の仲間たちと合流し京華樓さんへとお邪魔しました。今日は横浜で中国のオークションが行われており、たくさんの同業者や中国の友人が横浜中華街にいらっしゃいました。京華樓さんでは、本格四川料理が出てくるとの事で、麻婆豆腐、酸辣湯などをいただきました。四川省にはたくさん友人がいて何度も遊びに行っておりますが、こちらのお店では現地の味がしてとても美味しかったです。もちろん激辛で、汗だくになってしまいました・・・

六角堂では、桐箪笥の買取りを強化しております。桐タンスには、和たんす(衣装たんす)、洋服たんす、整理たんす(昇りたんす)、小袖たんす、チェストなどがございますが、六角堂では全て買取対象となっております。また、新潟県の加茂桐たんす、埼玉県の春日部桐箪笥、愛知県の名古屋桐タンス、大阪府の泉州桐箪笥、和歌山県の紀州桐たんすなどのブランド桐タンスを強化買い取りしております。ブランド桐タンスに関しましては、高価買い受けさせていただきますので、お早めにご相談ください。他にも和家具、民芸家具をはじめ、デザイナーズ家具、各種ブランド家具まで、幅広く買い取りしておりますので、ご売却をお考えの際には、六角堂をご指名ください。

久米島紬(くめじまつむぎ)
久米島紬の起こりは、15世紀の後半に堂の比屋と呼ばれる非凡な人物がいて、中国から養蚕産業を学びこれを広めたことから始まったと言い伝えられています。日本の紬絣技法は久米島を起点に発達し、沖縄本島、奄美大島を経て本土へと伝えられました。大島紬、久留米絣、結城紬などのもととなり、日本全国に伝播されていったのが、久米島紬が紬の発祥の地とも言われる所以です。いわば久米島は日本の紬の里なのです。
久米島紬は、蚕から取った真綿でつむいだ糸を原料糸として、天然の草木、泥染めによって染色します。織りは、手投杼を用いて丹念に手織りで織り上げます。これらのすべては伝統を踏襲し、一貫した手作業を一人の織子が行うところにあります。
したがって、久米島紬にはつくる人の想い入れが込められ、紬糸のもつしなやかな風合いが着る人の着心地を満足させ、さらに気品をかもし出します。
久米島紬は、昭和50年に伝統工芸品として通産産業大臣の指定を受け、昭和52年には県の無形文化財として指定され、さらに平成16年には国の重要文化財として指定されております。

群馬県藤岡市にて、和箪笥、着物、和装小物、古銭、掛け軸、日本工芸会正会員奥川俊右衛門の白磁花瓶をお売りいただきました。

群馬県藤岡市にて、和箪笥、着物、和装小物、古銭、掛け軸、日本工芸会正会員奥川俊右衛門の白磁花瓶をお譲りいただきました。

六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・角谷一圭・各務満・加藤渓山・加藤光右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透・河井久・河合紀・館林源右衛門・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・浜田昇児・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・藤原敬介・徳田八十吉・八木一夫・和太守卑良

奥川俊右衛門(おくがわしゅんえもん)
1949年 佐賀県有田町に生まれる。
1964年 15歳で陶芸の道へ入る。
1968年 国の無形文化財、父である初代奥川忠右衛門に師事。
1971年 日本伝統工芸展初入選
1979年 奥川俊右衛門として独立する。
1981年 日本工芸会正会員認定
1986年 手ろくろ成形一級技能士合格・伝統工芸士認定
2000年 イギリス大英博物館佐賀県陶芸協会展出展
2001年 佐賀県立有田窯業大学校のろくろ科講師に就任。青白磁花紋大皿、大英博物館にて保存。
2002年 厚生労働省より卓越した技能者に贈られる「現代の名工」に認定。
2004年 ドイツ(ベルリン)にて開催された有田陶芸協会展に出展
2005年 黄綬褒章受章
2010年 佐賀県立窯業大学校 ろくろ科講師に就任。
2011年 上海ARTFAIR 2011に出展。
2014年 ニューヨーク HERITAGE contemporary Japanese Ceramicsに出展。ワシントンDC 日本大使館で行われた。Contemporary Japanese Ceramics :Living National Treasures and Other Mastersに出展、現在、日本大使館内に「青白磁牡丹文瓢形花瓶」展示中。

日本伝統工芸展・西部工芸展・県展・朝日陶芸展・九州山口陶磁展・一水会・中日国際陶芸展・西日本陶芸展・国際陶芸展他受賞ほか入選多数

神奈川県藤沢市にて、加茂総桐箪笥、お着物、絵画、お茶道具、人間国宝原清の白磁水指をお売りいただきました。

神奈川県藤沢市にて、加茂総桐箪笥、お着物、絵画、お茶道具、人間国宝原清の白磁水指をお譲りいただきました。

本日は藤沢市へと二件の買い取りがございましたので、いつもの通り前日より漫画喫茶へと前乗りさせていただきました。二件とも江の島近辺の海岸そばのお宅でしたので、お昼休憩で江の島へと寄らせていただきました。お客様お勧めのとびっちょさんへ行こうと思いましたが大変混雑しており二件目のお客様をお待たせしてしまうので、近くにある「湘南海鮮 座々丸」さんへと寄りました。わたしは「よくばり丼」N尾氏は「江の島宝石箱」なるものをいただきました。二階のテラス席から眺める江の島の光景はとても素敵で、その中でいただく海鮮料理は最高でした。よくばり丼、数多くの刺身に天ぷらと欲張りなわたしには最高のメニューでした。お腹いっぱい食べて心配でしたが、二件目では桐たんす二竿を階段から降ろして、食後に良い運動が出来ました。天気も良く、途中富士山も見えて素敵な湘南出張の度でした!

ただいま人間国宝、作家物の陶芸作品を強化買取りしております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。
たくさんの御見積お待ちしております。

陶芸(人間国宝)  色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清、民芸陶器 - 濱田庄司、志野 - 荒川豊蔵、萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)、備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵、染付 – 近藤悠三、白磁・青白磁 -塚本快示、琉球陶器 - 金城次郎、鉄絵 - 田村耕一、練上手 - 松井康成、白磁 - 井上萬二、三彩 - 加藤卓男、民芸陶器- 島岡達三、青磁 – 三浦小平二、中島宏、彩釉磁器 - 三代徳田八十吉、常滑焼(急須)-三代山田常山、釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統、無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

原清 (はら きよし)1936年(昭和11)~(現在)
鳥取県出身。
陶芸家を志し1954年に石黒宗麿の内弟子となりその後宗麿門下筆頭の清水卯一に師事。
1965年に東京世田谷に開窯し独立する。
1958年の日本伝統工芸展に初入選。
1961年には日本工芸会正会員に就任。
独立後は69年に日本伝統工芸展で会長賞を受賞、76年日本陶磁会賞、
97年日本伝統工芸展東京都知事賞を受賞。
また日本橋三越を中心に個展活動や国内外の招待出品など幅広い制作活動を展開。
作風は制作当初からの鉄釉を研究し褐色釉を施した器に鉄絵にて草花、鳥、動物などが
氏の個性溢れるタッチで繊細に描かれた作品を展開。
また1980年ごろから澄んだ青色の発色が特徴的な鈞釉の作品も展開する。
2001年、日本伝統工芸展特待者。
2005年、色絵磁器で国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。

東京都世田谷区下馬にて、総桐小箪笥、桑材や日光彫の小引き出し、長火鉢、硯や墨などの書道具、唐草模様の入ったいぶし銀銚子などをお売りいただきました。

東京都世田谷区下馬にて、総桐小箪笥、桑材や日光彫の小引き出し、長火鉢、硯や墨などの書道具、唐草模様の入ったいぶし銀銚子などをお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。お客様のごお爺様が長年大事にされておりました明治・大正時代のころの家具や古道具などをまとめて買い受けさせていただきました。思い出のお品が処分せずにどこかでリサイクルされると喜んでいただきました。大事に次へと繋げさせていただきます。出張帰りに埼玉県新座市にあるかつ敏さんへと寄りました。かつ丼をいただき、おかわり自由の豚汁やキャベツをたくさんいただきました。食べ盛りの当社スタッフは、ライス、キャベツ、豚汁など五杯ずつくらいおあかわりしてました・・・

ただいまご不要になりました桐箪笥(桐たんす)や茶箪笥などの和箪笥、和家具を積極的に買取り中しています。
四方横桟米沢車箪笥 、サイコロ型帳場箪笥 、飴色江戸小箪笥 、飴色車箪笥 、飴色帳場箪笥 、安政年号入総桐刀箪笥 、意匠細分化茶箪笥 、隠し箱付き隙間小箪笥 、雅枕箪笥 、角引手小箪笥 、総桐薬箪笥 、観音開き極上帳場箪笥 、観音開き桐箪笥 、観音開き総桐半箪笥 、極上飴色車箪笥 、極上黒柿と欅の茶箪笥 、極上米沢桜丸箪笥前面欅拭漆 、桐の銅引手小箪笥 、桐小箪笥 、桑の蒔絵収納箪笥 、隙間小箪笥 、行商箪笥 、行商背負い箪笥 、豪華隙間箪笥 、薬箪笥 、佐渡船箪笥 、佐渡箪笥 、佐渡八幡箪笥 、佐渡半櫃 、細身隙間箪笥 、三方欅の茶箪笥 、四方桟飴色帳場箪笥 、時代角引手枕箪笥 、時代玉杢重ね箪笥 、七宝引手細工茶箪笥 、漆黒小箪笥 、漆黒刀箪笥 、車箪笥 、珠玉木目欅茶箪笥 、酒田知工箪笥 、収納和箪笥 、秋田帳場箪笥 、重厚引手船箪笥 、総栗薬箪笥 、帳場箪笥 、小箪笥 、小薬箪笥 、庄内隙間衣装箪笥 、庄内隙間箪笥 、庄内黒漆隙間箪笥 、庄内黒漆枕箪笥 、庄内箪笥 、庄内平帳場箪笥 、松本豪華丸金具総桐箪笥 、松本帳場箪笥 、松本豆帳場箪笥 、松本枕箪笥 、新潟堅牢帳場箪笥 、扇子金具中型和箪笥 、栓玉杢刀箪笥 、船箪笥 、船帳場箪笥 、前桐下段半箪笥 、前桐巾着金具半箪笥 、前桐隙間小箪笥 、前桐枕箪笥 、前面栗半箪笥 、前面欅隙間帳場箪笥 、前面欅帳場箪笥 、前面欅半箪笥 、前欅二本松帳場箪笥 、前欅米沢蝶覆輪箪笥 、総桐2杯衣装箪笥 、総桐飴色帳場箪笥 、総桐衣装箪笥 、総桐花型金具和箪笥 、総桐観音開き箪笥 、総桐観音開箪笥 、総桐江戸小箪笥 、総桐小箪笥 、総桐帳場平箪笥 、総桐刀箪笥 、総桐桃隅金具枕箪笥 、総桐肉厚金具小箪笥 、総桐米沢蝶覆輪箪笥 、総桐枕箪笥 、測り台収納箪笥 、知工箪笥 、茶箪笥 、中型栗材衣装箪笥 、帳場箪笥 、帳場平箪笥 、蝶覆輪米沢箪笥 、真鍮引手枕箪笥 、刀箪笥 、豆帳場箪笥 、白木中型和箪笥 、半水屋箪笥 、美濃帳場箪笥 、浮造仕上帳場箪笥 、平帳場箪笥 、米沢車箪笥 、米沢極上車箪笥 、米沢桜丸2段重箪笥 、米沢桜丸衣装箪笥 、米沢箪笥桜丸上段 、米沢蝶覆輪箪笥 、棒枕箪笥 、枕箪笥 、枕箪笥 、万両箱 、味わい杉小箪笥 、無垢桑杢目茶箪笥 、無塗装総桐衣装箪笥 、面取り朱箪笥 、薬箪笥 、輪島塗沈金蒔絵抽斗 、侘び寂薬箪笥 、侘寂車箪笥 、欅玉杢茶箪笥 、欅時代枕箪笥 、欅船箪笥 、欅造り小箪笥 、欅刀箪笥 、欅面半箪笥 、蝙蝠金具桐小箪笥 、麩戸茶箪笥など、ご不要になりました古たんすや古い和家具がございましたら、ご処分前に六角堂までお問い合わせください。他にも英国アンティーク家具や北欧家具、デザイナーズ家具、各種ブランド家具まで、幅広く買い取りしておりますので、併せてお問い合わせください。

東京都中野区江古田にて、お着物、掛け軸、漆器、人形、置物、書道具、茶道具、浜田台児の日本画「鶴」、川崎晴彦の日本画「小鳥(八丈島にて)」をお売りいただきました。

東京都中野区江古田にて、お着物、掛け軸、漆器、人形、置物、書道具、茶道具、浜田台児の日本画「鶴」、川崎晴彦の日本画「小鳥(八丈島にて)」をお譲りいただきました。

解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。生前、お爺様やお婆様が大事にされておりましたお着物やお道具、絵画などを多数買い受けさせていただきました。新潟県のご出身だったようで、玉川堂の茶道具や本間琢斎の花器、村上堆朱、岩田正巳の掛け軸など、新潟県に由来ある作家さんや作品が多かったです。お売りいただくお品の数が多かった為、査定時間が長くなってしまいましたが、ご協力いただきましたおかげで丁寧に査定し買い受けさせて頂く事が出来ました。量が多かった為、チークの応接セットやサイドボード、ライティングビューロなどの家具などは次回またお呼びいただくこととなりました。また次回、よろしくお願い致します。

ただいま六角堂では日本画作品を探しております。
秋野 不矩、池上 秀畝 、池田 蕉園、池田 遙邨、伊東 深水、稲田 和正、今村 紫紅、入江 波光、岩橋 英遠、上村 淳之、上村 松園、上村 松篁、梅津 道雄、大橋 翠石、大山 忠作、岡 信孝、小川 芋銭、奥田 元宋、奥村 土牛、小倉 遊亀、小野 竹喬、尾竹 国観、小茂田 青樹、片岡 球子、堅山 南風、加藤 栄三、加藤 東一、金島 桂華、狩野 芳崖、鏑木 清方、加山 又造、川合 玉堂、川端 龍子、菊池 契月、北野 恒富、吉川 霊華、木村 武山、工藤 甲人 、小泉 淳作、小杉 放庵、児玉 希望、小林 古径、小松 均、郷倉 和子、郷倉 千靱、酒井 三良、榊原 紫峰、佐藤 太清、柴田 是真、下田 義寬、下村 観山、杉山 寧、千住 博、高山 辰雄、竹内 栖鳳、竹久 夢二 、田中 一村、土田 麦僊、寺島 紫明、徳岡 神泉、富岡 鉄斎、冨田 溪仙、堂本 印象、堂本 元次、中島 千波、中村 岳陵、中村 貞以、中村 不折、西村 五雲、橋本 関雪、橋本 雅邦、橋本 明治、浜田 昇児 、濱田 台児、林 功 、速水 御舟、東山 魁夷、菱田 春草、平川 敏夫、平福 百穂、平松 礼二 、平山 郁夫、福井 爽人、福王寺 法林、福田 平八郎、堀 文子、前田 青邨、牧 進、松尾 敏男、松岡 映丘、松林 桂月、宮廻 正明、三輪 良平、武藤 孤舟、村上 華岳、森田 りえ子、守屋 多々志、安田 靫彦、山口 華楊、山口 蓬春、山本 丘人、山元 春挙、横山 大観、横山 操、渡辺 省亭
など、ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
日本画の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂まで!

浜田台児(はまだたいじ)1916~
伊東深水、橋本明治に師事する。日展に出品を重ねる。鮮明な色彩による人物・花鳥画を得意とする。1975年(昭和50年)日展文部大臣賞、1980年(昭和55年)日本芸術院賞受賞、1989年(昭和59年)日本芸術院会員。日展顧問。画集に『浜田台児画集』(邦画会、1961年)がある。 2010年9月1日、東京都杉並区の病院で脳梗塞のため死去。(93歳)
1916 島根県に生まれる
1934 伊藤深水に師事
1939 二科展に入選
1942 第4回新文展に初入選
1946 第2回日展で特選。以後日展で活躍
1961 日展会員
1972 日展評議委員
1977 内閣総理大臣賞
1980 日本芸術委員賞

川崎春彦 (かわさき-はるひこ)1929~ 
昭和後期-平成時代の日本画家。昭和4年3月17日生まれ。父川崎小虎(しょうこ),義兄東山魁夷(かいい)に師事。日展を中心に日本画院展,日本美術協会展などでも活躍,受賞をかさねる。強い色彩で動きのある自然をえがいた。昭和58年「野」で日展文部大臣賞。平成17年「朝明けの湖」で芸術院恩賜賞。18年芸術院会員。東京出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。

東京都小平市にて、和箪笥、お着物、反物、和装小物、茶道具、人間国宝浜田庄司の鉄釉茶碗をお売りいただきました。

東京都小平市にて、和箪笥、お着物、反物、和装小物、茶道具、人間国宝浜田庄司の鉄釉茶碗をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。生前お婆様が大事にされておりましたお着物やお道具、大事に次へと繋げられるよう、頑張らせていただきます。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。二件目、国分寺市へ向かう途中、最近よく行く「丸源ラーメン」さんへと寄りました。ランチタイムでしたので、定番の肉そばに餃子ライスセットをいただきました。

ただいま人間国宝、作家物の陶芸作品を強化買取りしております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。
たくさんの御見積お待ちしております。

陶芸(人間国宝)  色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清、民芸陶器 - 濱田庄司、志野 - 荒川豊蔵、萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)、備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵、染付 – 近藤悠三、白磁・青白磁 -塚本快示、琉球陶器 - 金城次郎、鉄絵 - 田村耕一、練上手 - 松井康成、白磁 - 井上萬二、三彩 - 加藤卓男、民芸陶器- 島岡達三、青磁 – 三浦小平二、中島宏、彩釉磁器 - 三代徳田八十吉、常滑焼(急須)-三代山田常山、釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統、無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

浜田庄司 (はまだしょうじ)1894(明治27)神奈川~1978(昭和53)

神奈川県橘樹郡高津村(現在の川崎市)溝ノ口の母の実家で生まれる。東京府立一中(現東京都立日比谷高等学校)を経て、1913年(大正2年)、東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科に入学、板谷波山に師事し窯業の基礎科学面を学ぶ。1916年(大正5年)同学校を卒業後は、学校が2年先輩の河井寛次郎と共に京都市立陶芸試験場にて主に釉薬の研究を行う。またこの頃柳宗悦、富本憲吉やバーナード・リーチの知遇を得る。 1920年(大正9年)、イギリスに帰国するリーチに同行、共同してコーンウォール州セント・アイヴスに築窯する。1923年(大正12年)にはロンドンで個展を開催、成功する。 1924年(大正13年)帰国、しばらくは沖縄・壺屋窯などで学び、1930年(昭和5年)からは、それまでも深い関心を寄せていた益子焼の産地、栃木県益子町で作陶を開始する。 殆ど手轆轤のみを使用するシンプルな造形と、釉薬の流描による大胆な模様を得意とした。戦後、1955年(昭和30年)2月15日には第1回の重要無形文化財「民芸陶器」保持者(人間国宝)に認定。また1964年(昭和39年)に紫綬褒章、1968年(昭和43年)には文化勲章を受章する。 柳宗悦の流れをうけて民芸運動に熱心であり、1961年(昭和36年)の柳の没後は日本民藝館の第2代館長にも就任する。また1977年(昭和52年)には自ら蒐集した日本国内外の民芸品を展示する益子参考館を開館。1978年(昭和53年)益子にて没。享年83。

1894 神奈川県川崎市で生まれる。生家は東京で文房具店経営。本名象二
1916 東京高等工業学校(現、東京工業大学)窯業科卒
1918  河井寛次郎と沖縄へ、壷屋を訪問
1920 バーナード・リーチに同行し、渡英。
1937 日本民芸館の理事に就任
1942 益子に大型登窯築窯
1949 第1回栃木県文化功労賞受賞
1953 昭和27年度芸術選奨文部大臣賞受賞
1956 民芸陶器で重要無形文化財保持者認定
1964 紫綬褒章受章
1968 沖縄タイムス賞受賞。文化勲章受章
1969 益子名誉町民となる
1974 日本民芸協会会長就任
1976 川崎市文化賞受賞
1977 益子参考館開館 館長に就任
1978 死去