東京都三鷹市野崎にて、桐たんす、着物、茶道具、竹工芸の巨匠 飯塚琅玕斎(ろうかんさい)の竹花籠をお売りいただきました。

 

東京都三鷹市野崎にて、桐たんす、着物、茶道具、竹工芸の巨匠 飯塚琅玕斎(ろうかんさい)の竹花籠をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お婆様の遺品でお茶道具などを次へ大事にしていただける方へと繋げるようにとご用命いただきました。お譲り頂いた御道具の中でも、飯塚琅玕斎は今もなお人気のある作品で、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けることが出来ました。素晴らしいお品をお売りいただき有難うございました。帰宅後、家族で近所にある回転寿司「スシロー」さんへと行きました。わたしは軍艦巻きが好きなようで、気が付くと全て軍艦巻きを食べておりました。今の回転寿司は本当にいろいろな種類のお寿司があるんですね。うどんもいただき満腹、明日も出張買取頑張ります!

六角堂では、竹編、竹籠、竹細工を高価買取しております。飯塚鳳斎、飯塚小玕斎(しょうかんさい)、飯塚琅玕斎(ろうかんさい)、田邊竹雲齋、 早川尚古斎、前田竹房斎、鈴木玩々斎 、和田和一斎などの有名作家の竹籠は特に人気があり、 高価で買取りさせていただきます。ご処分の際は、関東全域出張買取専門六角堂までお問い合わせください。

飯塚琅玕齋(いいづか ろうかんさい)別号友石、本名弥之助、1890年―1958年
初代鳳齋の六男。12歳の頃より父鳳齋の手ほどきを受け、めきめきと腕を上げ、二十歳前からは、名人二代鳳齋の代作を務めるまでになる。志高く、十代の頃は画家を目ざしたが、竹工芸に於いて高い芸術性と格調のある制作を決意し、書、漢学、俳句、和歌など日本文化の教養を積み、人格の研鑽を基とした作品は非常に変化に富む。
作品の様態に真・行・草の三態の概念を導入し、「あんこう」「国香」「織姫」など、主に自然の事物、事象と相呼応する趣のある「銘」を作品に施している。
技術的には、刺編、束編、白錆竹を用いたツブシ(のし竹、平竹)等の代表的な技法の導入、考案をした。
大正11年、平和記念東京博覧会出品「厨子花籃」の銀賞受賞を皮切りに、数々の受賞を続け、未だ近代工芸界に於いて「竹細工」として一段低く見られていた竹工芸を芸術の一分野に高めた。
昭和8年、日本を訪れていたブルーノ・タウト(建築家)が琅玕齋宅を訪れ、数年の交遊が続いた。タウトは、西の田邊竹雲齋、東の飯塚琅玕齋とたたえ、琅玕齋の作品を「モダン」と評した。又、その他の分野の工芸家(漆芸の松田権六、陶芸の板谷波山他多数)文人墨客との交遊の広さ、書、絵画、俳句などにも長じ、現在もその数々が残されている。

1890年 生まれる
1922年 平和記念東京博覧会で銀賞を受賞する
1925年 パリ万国装飾美術工芸博覧会で銅賞を受賞する
1926年 日本工芸美術会の結成に参加する
1931年 帝展で初入選する
1932年 帝展で特選を受賞する(1934年にも)
1939年 新文展で審査員をつとめる
1950年 日本竹芸協会が結成され会長をつとめる
1952年 日展参事となる
1958年 逝去

東京都国立市にて、松本民芸家具のたんすやダイニングセット、鏡台、照明、文机など、家具一式をお売りいただきました。

 

東京都国立市にて、松本民芸家具のたんすやダイニングセット、鏡台、照明、文机など、家具一式をお譲りいただきました。

解体業者様のご紹介で、解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。いつも当社をお呼びいただき有難うございます。お客様宅へお伺いすると、全ての家具が松本民芸家具で揃えられておりました。民芸家具がお安くなっている中、松本民芸家具はいまだに人気が衰えてなく、当社でも売りやすいブランドとなっているので高額査定が出来ます。本日も、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。他にも贈答品などをお譲りいただき、トラック二台分パンパンに詰めました。夏休み前に良い汗をかくことが出来ました!本日二件目の埼玉県川越市へ向かう途中、「吉野家」さんへと寄りました。牛黒カレーに納豆をトッピングしてみました。納豆黒カレーというものがありましたので、どんなものかと挑戦してみました。不思議と黒カレーに納豆が合います。とても美味しかったですよ!豚汁も追加してしっかりと野菜も補給ました!!

当社では、岩谷堂箪笥をはじめ、松本民芸家具、北海道民芸家具、神居民芸家具、九州民芸家具、飛騨家具などの民芸家具や古家具、時代箪笥、桐タンスなどの買い取りを行っております。もちろんお見積り無料でお客様の大事な民芸家具を適正価格で査定させてい頂きます。中古民芸家具を当社にお売りください!ご連絡、心よりお待ちしております。

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松本民芸家具

『松本民芸家具』は、400年前に信州は長野県の松本で生まれました。
家具業界で初めて、昭和51年に通産大臣より伝統的工芸品に指定されました。主要な材料であるミズメ桜は、硬く粘り強い用材のため、機械を寄せつけず職人によってのみ家具として生まれ変わることができます。そうして生み出された松本民芸の家具は、使う人の気持ちに寄り添った、時代に左右されない完成された美を持ち、使い込むほどに深みを増していきます。 まさに一生ものの家具です。

東京都国分寺市にて、桐箪笥、お着物、置物、虎杢模様の尺八や三味線などの和楽器をお売りいただきました。

   

東京都国分寺市にて、桐箪笥、お着物、置物、虎杢模様のはっきりと出た尺八や三味線などの和楽器をお譲りいただきました。

ただいま、都山流、琴古流など流派を問わず、尺八を探しております。河野玉水、泉州、北原精華堂、大井如水、竹勇、如月、如延、竹仙、梵竹、渓山、 露秋、古鏡、真山、松下深水、直水、竹鳳、月山、虎月、一水、司山、龍昌、景山 などの在銘尺八はもちろん、無銘の尺八も買い受けいたします。金巻・金継ぎ、銀巻などの尺八は高額買取りとなっております。

六角堂では、高麗笛、篳篥、笙、神楽笛、和太鼓、小鼓、尺八、三味線、琴、琵琶などの和楽器を強化買取りしております。また、雅楽、能楽、狂言、歌舞伎、祭礼、神楽、演奏会などの伝統舞台芸術に使用される和楽器や道具、その他骨董、美術品を買い取り査定しています。
たくさんのお問い合わせお待ちしております。

本日も出張帰りに埼玉県のソウルフード「山田うどん」へと寄りました。いつものメニューで注文しようとしましたら、なんと磯辺焼きがメニューから外れてしまっている・・・なんと販売中止となってしまったようです。十年近くの間、食べ続けた磯辺焼き、小腹がすいた時には必ずお世話になっていました。早く復活することを心から祈ってます!!!

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埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、掛け軸、お茶道具、京焼の名工手塚祥堂の色絵台子皆具をお売りいただきました。

埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、掛け軸、お茶道具、京焼の名工手塚祥堂の色絵台子皆具をお譲りいただきました。.

解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。お茶道具がたくさんありましたので、一点一点きちんと査定し、全て買い受けさせていただきました。大事にされていたお道具をきちんと次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、ご指名くださり有難うございました。今晩の夕食は、わたしの大好きなホタルイカの酢味噌あえでした。とても美味しかったです。ホタルイカの旬の時期はおよそ3~5月の間といわれておりますので、もうじき終わってしまいます。年内にもう一度食べたいです。次は沖漬けがいいです!

台子皆具とは、台子に飾る道具一式のことで、水指・ 杓立・ 建水・ 蓋置の四器を指します。水指とは茶碗をすすぐ水や釜へ補充するお水を貯めておく器の事で、杓立は柄杓を立てておく物です。建水は茶碗をすすいだお湯やお水を捨てる器で、蓋置は茶釜の蓋を置く道具ですので、基本的な茶道具と言っても皆具を使ってお茶を点てるわけではありません。しかし、皆具がなければ点前の流れがスムーズに行かなくなる為、お茶を点てる上では欠かせない基本的な茶道具と言われてます。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

お茶道具の強化買取作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸家 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎、清風与平
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、渡辺喜三郎

手塚祥堂(てづか しょうどう)1934年 京都市に生まれる1959年 京展出品以後、三軌会展・日展他出品1970年以降  三軌会展を中心に発表日経新聞社賞・文部大臣奨励賞他受賞同支部展で京都府知事賞・京都市市長賞・読売テレビ賞建都千二百年記念協会賞他受賞三越・高島屋・大丸・松屋・天満屋等各百貨店画廊で個展開催パリ ビスコンティ画廊等で個展開催京都工芸美術作家協会会員三軌会会員 同工芸部長

東京都台東区松が谷にて、和家具や掛け軸、ブロンズ置物、初代川瀬竹春 祥瑞瓢形酒次をお売りいただきました。

東京都台東区松が谷にて、和家具や掛け軸、ブロンズ置物、初代川瀬竹春 祥瑞瓢形酒次をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お道具をはじめ、冨岡鉄斎の掛け軸などをお売りいただきました。お爺様が大事にされていたお品、大事に次へと繋げていきます。お忙しい中、当社をご指名いただきありがとうございました。

六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・各務満・加藤渓山・加藤光右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透・河井久・河合紀・川瀬竹春・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・浜田昇児・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・八木一夫・和太守卑良

初代 川瀬竹春(川瀬竹翁)かわせちくしゅん
初代川瀬竹春は古染付、天啓赤絵、祥瑞など中国明時代の器物の「写しの名手」として活躍しました。しかし、彼一流の「職人気質」から、発注主の依頼に応えられないこともあったようで、当時の陶工としては異色扱いされる。独自に古染付、天啓赤絵、祥瑞など中国明時代の磁器を研究しその模倣に取り組み緻密な図案描写を得意としました。
1894 岐阜県安八郡輪之内町生まれ
1907 瀬戸に移り、作陶を始める
1910 京都に移り、三代清風与平に指導を受ける
1915 二代三浦竹泉に師事
1919 京都東山南日吉町で作品制作を開始
1927 東山五条に移る
1941 上海にて個展開催
1949 神奈川大磯の三井本家別邸の[城山窯]に招聘される
1953 神奈川大磯に移る
1955 国指定無形文化財技術者に指定される
1966 紫綬褒章を受章
1970 勲四等瑞宝章を受章
1979 竹春の名を長男・順一に譲り、「竹翁」と号す
1983 逝去(享年89歳)

茨城県つくばみらい市にて、お着物、油彩画、お茶道具、加藤渓山の砧青磁干支の香合をお売りいただきました。

 

茨城県つくばみらい市にて、お着物、油彩画、お茶道具、加藤渓山の砧青磁干支の香合をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お母様が大事にされていたお道具を次へと繋げてほしいと仰っていただきましたので、きちんと次へと橋渡しさせていただきます。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。本日二件目の川越市に向かう途中、圏央道にある菖蒲PAへ寄り、食事をしました。GANJA(ガンジャラーメン)というラーメンをいただきました。川越の人気店「頑者」がプロデュースしており、豚骨清湯に背脂を加えた背脂醤油ラーメン。透明感のあるスープですが、背油が入っており、あっさりし過ぎず、こってりし過ぎず、わたしにはちょうど良いラーメンでした。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

加藤渓山 2代(かとうけいざん)1913年(大正2)~1995年(平成7)
京都市出身 京都第二工業学校陶芸科卒
初代加藤渓山の長男として生まれる。本名武二。
工業学校や次いで京都国立陶磁試験場にて釉薬、造形の基本技術を修得する。
1931年より、父の工房で作陶補佐を始めるとともに師事。
また、同年5代六兵衛の主宰する新興工芸会の会員となり、六兵衛にも指導を仰ぐ。
製作当初より帝展、京都府展などに作品を出品して入選を重ねており、
1940年に商工省より技術保存者の認定を受けるなど、高い評価を受け、さらに戦後は1955年に
京都陶芸家協会設立会員となるなど、京都陶芸界において遺憾なく実力を発揮する。
1963年、父の没に伴い、2代渓山を襲名・並びに窯を大山崎に移す。
初代から受け継いだ技法を基本に、独自に宋時代青磁の復元を追及し、
天龍寺青磁を代表的に飛青磁、牙白磁、紫青磁などの釉薬美を展開。
さらその磁器に浮彫の技巧で花弁や龍図などを加えた作品を多く残しており、
各地の高島屋にて個展を開催。
1995年、没。現在は三代目。

東京都八王子市にて、仙台箪笥、掛け軸、無形文化財玉川堂玉川覚平作鹿文額皿、玉川堂製南瓜模様鎚起銅製額皿をお売りいただきました。

      

東京都八王子市にて、仙台箪笥、掛け軸、無形文化財玉川堂玉川覚平作鹿文額皿、玉川堂製南瓜模様鎚起銅製額皿をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。お爺様が新潟県の出身という事で、玉川堂のお品が多数ございました。中でも玉川覚平作鹿文額皿、南瓜模様鎚起銅製額皿は珍しく、今まで玉川堂を数多く買い取りしてきましたが、はじめて見るものでした。玉川堂の作品は、当社で買い取りを強化しておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。本日は、神奈川県藤沢市、相模原市、東京都八王子市と三件の出張がありましたので、前日より藤沢市で前乗りし、お見積もり終了後に江の島へと寄りました。もう夏ですね。今日は天気も良く日曜日でしたので海岸は人がいっぱいいて、皆さんビーチを満喫しておりました。二件目へ向かう途中、藤沢市内にある「ジャンボおしどり寿司」さんへと寄り、生しらすのお寿司などをいただいきました。あら汁も具沢山でとても美味しかったです!夏休みに向けて、明日も出張買取頑張ります!

玉川堂(ぎょくせんどう)
日本国内の地場産業として有名な新潟県燕市の金属加工業の中でも唯一、1枚の銅板を鎚で叩き起こして銅器を製作する「鎚起銅器」(ついきどうき)の伝統技術を二百年弱に渡って継承している老舗です。
そのルーツは、江戸時代初期、和釘づくりが始まったことに端を発します。
江戸時代後期、仙台の渡り職人が燕に鎚起銅器の製法 を伝え、1816年(文化13年)、玉川堂の祖、玉川覚兵衛によって受け継がれました。
燕に銅器製造が発展した背景には、近郊の弥彦山から優良な銅が産出され、素材の入手が容易であったためです。

日常銅器(鍋、釜、薬罐)の製造から、漸次工芸品的要素を加え、1873年(明治6年)、日本が初めて参加したウィーン万国博覧会に出品し、戦前までに約三十回内外博覧会に出品受賞しました。
1894年(明治27年)には明治天皇御大婚二十五周年奉祝に一輪花瓶を献上し、皇室の御慶事には玉川堂製品の献上が習わしとなっています。

現在、新潟県より「新潟県無形文化財」、文化庁より「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」、経済産業大臣(旧通商産業大臣)より「伝統的工芸品」に指定され指定され、国内唯一の鎚起銅器産地の発展に努力しています。

六角堂では、玉川堂の製品を強化買取りしております。また、銀川堂・松栄堂・山川堂・海玉堂・清雅堂・秀峰堂・金星堂・富貴堂・上彬堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの製品を探しております。ご不要になりましたお品がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。

埼玉県川越市にて、桐箪笥、お着物、掛け軸、松堂作埋木紙切、唐紙切、木知田重吉(清雲)作加賀木彫獅子頭をお売りいただきました。

埼玉県川越市にて、桐箪笥、お着物、掛け軸、松堂作埋木紙切、唐紙切、木知田重吉(清雲)作加賀木彫獅子頭をお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。桐箪笥、着物、古くより家にあったお道具やお人形、置物などをお売りいただきました。紙切とは紙を切るもので、ペーパーカッターのことです。古くはこのような素敵なお品を使われていたのですね。素敵なお道具などをお譲りいただき有難うございました。本日は、朝より川越市、練馬区、中野区と三件の出張買取、見積もりで昼食をとれず夜にようやくジョナサンへと寄れました。昨夜、ビュッフェレストランで食事をとりすぎてしまったので控えめにいただこうと思っておりましたが、夜8時の昼食とずっと我慢してましたので和風ハンバーグにケイジャンフライドチキン2pを追加して食後にアサイーバナナスムージーと、またまた過食してしまいました。アサイーは栄養価が高く、スーパーフルーツと呼ばれているようです。アサイー自体はあまり味がないのですが、バナナの甘みがあり、あっさりとしてほのかに甘いとても美味しいスムージーでした。栄養たっぷりと付けましたので、明日も二件の出張買取頑張ります!

六角堂の取り扱い買取商品は多数ございます。桐箪笥・古家具・民芸家具・茶道具・書道具・掛軸・絵画油絵・リトグラフ・骨董品・中国骨董・李朝骨董・西洋アンティーク・屏風・仏像・仏具・香木・置物・古道具・陶磁器・漆器類・甲冑・火鉢・軍服・勲章・古絵葉書・古書・着物・和装小物・かんざし・花瓶・人形・こけし・ブロンズ・彫刻・三味線・琴・尺八・レトロおもちゃ・蓄音機・キセル・金銀製品・印籠・古時計・剥製・バッグ・腕時計・オーディオ・ギター・楽器・ミシン・レコード・釣具・贈答品・貴金属・毛皮・絨毯・香水・化粧品・古酒・中古・新品・ジャンク品等々、ご不要のお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

加賀木彫獅子頭・・・初代加賀藩主前田利家公が、金沢城に入城した時に盛大に行われたお祝いの獅子舞は、それ以後の隠れた武芸奨励策として盛んになりました。獅子頭も各町に一基守護神として大切に保存され町の誇りでもあり、現在でも沢山の町会で祭礼に獅子舞を見ることができます。また獅子頭は災難をくいとめ、一声で万物を畏服すると云われており、魔除、厄除けの守り神として床の間や玄関などに飾られたり、縁起物としてお正月やお祭りの飾りは勿論、各種の御祝(新築・結婚・出産・節句・など)に用いられ縁起の良い置物として年間を通して親しまれています。

東京都武蔵野市境南町にて、火鉢や唐木の座卓、衝立、掛け軸、煙管などの古道具、鍋島砧青磁浮牡丹四方花瓶をお売りいただきました。

 

東京都武蔵野市境南町にて、火鉢や唐木の座卓、衝立、掛け軸、煙管などの古道具、鍋島砧青磁浮牡丹四方花瓶をお譲りいただきました。

旧家解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。骨董品のコレクターであるお客様で、たくさんの素晴らしいお品を拝見させていただきました。今も骨董品が好きで探し買っていらっしゃるとのこと、今後も骨董品、古美術品を大事にされてください。先日結婚記念日だったのですが、出張が忙しく何もしてあげられなかったので、家族でららぽーと富士見に行きました。夕飯で、ららぽーと内にある、「彩の国レストラン」さんへとお邪魔しました。こちらのお店では、「地産地消」を極力意識した地元食材を中心としたメニューはバラエティ豊かに全80種類以上をラインナップ。野菜本来の美味しさを存分に楽しめる新鮮サラダバーや野菜を使用したヘルシーな焼き立てパン、埼玉県産黒豚を使用したメニューなど、地元食材ならではの美味しさと旬を感じるメニューラインナップをいただける自然食ビュッフェレストランです。健康の為、野菜を多く採れるので良しと思いましたが、あまりの数の多さでついついとお皿に入れ過ぎてしまい普段の二倍くらいの量を平らげてしまいました。最近はまっているスムージーもあり、こちらも五杯以上飲んでしまいました。お腹がパンパン、明日も現場でバリバリと動きます。

鍋島焼とは佐賀の藩主であったといわれる鍋島侯が、自費を投じて製作させて御庭焼。 御庭焼とは一般の人々に売る為の焼物(伊万里・九谷・他)などとは違っていて、藩内に使う為つまり自家用に作られたものを御庭焼と呼びました、その為鍋島焼は一般の人々にはほとんど知られていなかったと言われています。鍋島焼の特徴としては、まず一番分かり易いのは高台が普通の焼物に比べて高くなっている気品が有る感じの作りになっている高台の径も決まっていて一尺、七寸、五寸、三寸という寸法にほぼ一定に作られております、裏模様も一定した文様であるのが特徴です。鍋島青磁は中国青磁を手本とした焼物であると言われてます。鍋島青磁が目指したのが、中国の南宋・元時代に龍泉窯(りゅうせんよう)で作られた最高級の青磁、「砧(きぬた)青磁」と考えられております。この「砧」とは、本来は麻や楮(こうぞ)の衣を打って柔らかくするための道具の名で、龍泉窯の優れた青磁に対して付けた日本独自の呼び方です。

六角堂では、日本の古い青磁作品から新しい作家物まで、中国の砧青磁や龍泉窯、朝鮮の高麗青磁など、幅広く青磁作品の買い取りをしております。ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。青磁の他にも、様々な陶磁器の買い取りをしております。陶磁器に詳しいスタッフがお伺いして、査定させていただきます。
陶磁器作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!

青磁(せいじ)
青緑色の釉 (うわぐすり) のかかった磁器。青緑色は釉中の鉄分が還元炎で焼成されて発色したもの。初め中国で発達し,東アジア各地に広まった。中国では魏・晋・南北朝時代頃から作られはじめ,宋代において完成。制作の年代,窯,形状,模様などによって数十種類に分類されるが,耀州,臨汝,修内司,竜泉窯などのものがすぐれている。朝鮮では中国の影響を受けて高麗時代に焼造された高麗青磁が著名で,独特の象眼青磁が創始された。日本では江戸時代中期から作られ,兵庫県の三田 (さんだ) 焼が特に有名。

東京都北区滝野川にて、お着物や掛け軸、有田焼飾り壷、木彫りの置物、鑑賞水石、人間国宝藤原啓の備前八寸皿をお売りいただきました。

 

東京都北区滝野川にて、お着物や掛け軸、有田焼飾り壷、木彫りの置物、鑑賞水石、人間国宝藤原啓の備前八寸皿をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。当社で強化買取りしている人間国宝作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。当社のご指名、有難うございました。帰りに、埼玉県戸田市にある中華料理屋柳明館さんへ寄りました。国道17号を使って帰るときには、よく寄らせてもらっております。健康の為、大好きなラーメンを我慢して、チャーハンを選びましたが、ついついセットでつけ麺をつけてしまいました・・・それでもスープを飲まずに、塩分を抑えることが出来たので良しとしました!もうすぐ京都出張が入ります。塩分抑え目、薄めの味付け待っております。

当社では藤原啓の陶芸作品を探しております。人間国宝をはじめ、作家物の陶器工芸品を中心に取り扱いしてますので自信があります! 作家物の壷、花瓶、茶碗、皿、鉢、香炉、ぐい呑、徳利、湯呑、水滴、急須、盃などはおまかせください!

藤原啓をはじめ、金重陶陽、伊勢崎淳、藤原雄、山本陶秀、安倍安人、森陶岳、中村六郎、中村真、原田拾六、隠﨑隆一、藤原楽山、金重道明、金重素山、伊勢崎満、伊勢崎陽山など備前焼作家物を強化買受けしております。
室町時代・桃山時代・江戸時代の古い備前焼、古備前も買い取り実績豊富な六角堂まで!
また、備前焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんのお問い合わせお待ちしております。

藤原啓(ふじわらけい 明治32年(1899)2月28日~昭和58年(1983)11月12日 84才)
岡山県備前市穂浪に農業を営む藤原伊三郎、世為の三男として生まれる。

1938年:三村梅景に師事し備前陶芸の道を歩み始める。当時40歳という遅いスタート。
1948年:国認定の技術保存資格者(丸技)の資格(備前焼では他に金重陶陽、山本陶秀のみ)を受けたのを機に作陶への生涯を決意する。金重陶陽や北大路魯山人らからも指導を受け、技術向上に邁進。特に金重陶陽が先駆となった古備前復興の継承に尽力。桃山古備前の技法を基礎にしながらも、窯の中での自然の変容を生かした近代的な造形が特徴である。師である金重とは対照的で素朴で大らかな作品が、古くから受け継がれた備前焼の新たな展開を示し、後進へ大きな影響を与えた。
1954年:北大路魯山人の斡旋で日本橋高島屋にて個展を開く。同年、岡山県指定無形文化財「備前焼」保持者に認定。
1958年:日本工芸理事に就任。
1962年:プラハ国際陶芸賞を受賞した。
1970年:重要無形文化財「備前焼」保持者に認定。
1972年:勲四等旭日章を受章。
1976年:備前市名誉市民となる。同年備前市には財団法人藤原啓記念館が設立されており、藤原啓自身の作品や数々の古備前を展示している。
1983年:逝去。同日、勲三等瑞宝章を受章。