東京都文京区目白台にて名工六代清水六兵衛作 青華竹文夫婦茶碗、安南茶入をお売りいただきました。

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東京都文京区目白台にて名工六代清水六兵衛作 青華竹文夫婦茶碗、安南茶入をお売りいただきました。

六角堂では、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。
お茶道具の強化買取作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸家 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎、清風与平
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、渡辺喜三郎

清水焼六代目清水六兵衛は、本名正太郎、雅号緑晴、1901(明治34)年9月13日故五代目六兵衛の長男として京都に生まれた。1920年京都市立美術工芸学校を卒業、23年京都市立絵画専門学校本科を卒業した後、父について作陶を学ぶ。27年第8回帝展(美術工芸部創設)に花瓶「母と子」が初入選し、31年の第12回帝展「染付魚文盛花器」、34年第15回帝展「銀鑭文果物盛」が特選となり、37年の新文展から無鑑査となった。38年東京高島屋で初の個展を開き、39年新文展審査員となって以後十数回にわたって新文展・日展の審査員をつとめた。終戦後の45年11月、六代目六兵衛を襲名し宗家を継いだが、伝統に立脚しながら生きた現代芸術を創作する姿勢を貫き、時代感覚を反映した新しい技法の開発に意欲を燃やした。47年には、唐三彩を高温で焼成する「三彩流泑」と名付けた唐三彩釉を完成し、53年には金銀彩地に水墨の妙味を感じさせる新釉「銹泑」、55年には幽玄な趣を表現する新焼成法「玄窯」を完成した。これらの革新的技法によって作り出された優れた作品は、国内・海外で高い評価を受け、50年の全国陶芸会出品作「藤花瓶」が文部大臣奨励賞を受賞、55年第11回日展「玄窯叢花瓶」が翌年日本芸術院賞に、また59年のベルギー博ではグランプリを受賞した。62年日本芸術院会員となるとともに日展理事に就任、70年に文化功労者、72年に勲三等旭日綬章を受けている。琳派の装飾性に円山四条派の写実と洒脱さを盛り込んだ作品は、洗練された芸術性を示し、玄窯や晩年の銀白泑など幽玄の趣深いものや、更に縄文土器、オリエントの器に学んだ作品など、飽くなき探求と創作は、名実ともに現代陶芸の頂点に立つ一人というにふさわしいものであった。代表作品は「玄窯叢花瓶」(55年)「秋叢壷」(70年)「古稀彩」(72年)など多数。
略年譜
1901 9月 13日 五代目六兵衛の長男として京都に生まれる。幼名正太郎。
1914 京都市立六原尋常小学校卒業。
1920 京都市立美術工芸学校絵画科卒業。卒業制作「禿鷹(四曲屏風)」
1923 京都市立絵画専門学校本科卒業。卒業制作「老梅(二曲屏風)」。12月騎兵第20聯隊入隊。
1924 予備役見習仕官を命ぜられる。
1925 4月召集解除、以後父に製陶を学ぶ。
第12回商工展「栗鼠耳花瓶」
京都美術工芸展「荷葉蟹皿」
1926 3月正八位に叙せられる。
六兵衛父子展(東京三越)「獅子文花瓶」
聖徳太子奉讃展「手長足長壷」
1927 北岡菊子と結婚。
第8回帝展(第四科美術工芸部創設)「母と子花瓶」初入選、以後毎回入選。
1928 第9回帝展「鸚哥花瓶」
1929 パリ日本美術展「風神雷神皿」。
1930 陶芸研究団体「五条会」結成。
聖徳太子奉讃展「班馬置物」
1931 陶磁器研究のため渡支し古陶器を研究する。
第12回帝展「染付魚文盛花器」 特選
1934 第15回帝展「銀鑭文果物盛」 特選
京都市美術展「果実文飾皿」 紫章
1936 改組第1回帝展「瑞鳳文飾皿」
文展招待展「紫翠泑花瓶」以後無鑑査。
1937 第1回新文展「紫翠泑花盛」
1938 東京高島屋で第1回個展開催「黒泑四君子文花瓶」
第2回文展「★爪壷」
1939 第3回文展「向日葵花瓶」 審査員
1940 紀元二千六百年奉祝展「草花文大皿」
1941 第4回文展「陶器紅彩文壷」 審査員
1942 第5回文展「紅白梅飾皿」
1943 第6回文展「菖蒲水指」
1945 4月中部第137部隊に召集され9月召集解除。
家督相続し第六代六兵衛を襲名。
1946 第1回日展「蒼松花瓶」
1947 唐三彩釉を研究完成し「三彩流泑」と名付ける。
第3回日展「玄窯壷」
1948 京都陶芸家クラブを結成し新人育成に努力。
1949 第5回日展「遂花瓶」
1950 第6回日展「天啓扁壷」 参事となる。
全国陶芸展(東陶会主催)「藤花瓶」文部大臣奨励賞
1951 第7回日展「耀青壷」
現代日本陶芸展(パリ、チェヌスキ博物館)
「春魅花瓶」
1952 第8回日展「嵯峨野花瓶」
日本陶芸展(イタリア、ファエンツァー陶器博物館)「向日葵飾皿」
東京三越にて六和、六兵衛、洋3人展開催「紫翠泑片手花瓶」など出品
1953 新釉を創案し「銹泑」と名付ける。
第9回日展「青磁国華文花瓶」
印度サンティニイケタン大学博物館に「梅花花瓶」が収蔵される。
1954 第10回日展「双華飾皿(2点)」出品。そのうち「洋蘭飾皿」がエルミタージュ美術館に収蔵される。日展審査員
1955 新焼成法を完成し「玄窯」と名付ける。
第11回日展「玄窯叢花瓶」
京都出世稲荷神社の依頼により御神体を作る。
1956 前年作「玄窯叢花瓶」により日本芸術院賞受賞。
1957 陶芸団体美工窓園を結成する。
第13回日展「幽静花瓶」
ドイツ交換展「玄窯林花瓶」
1958 第1回新日展「清香花瓶」審査員、評議員となる。
日ソ展「洋蘭飾皿」
1959 ベルギー博にてグランプリ受賞。
8月父六和(五代六兵衛)死去。
第2回日展「八芳四萃鉢」
現代陶芸展「玄窯枸橘花瓶」
1960 第3回日展「玄窯鳥文花瓶」
1961 清釉赫斑泑を完成。
第4回日展「赫班泑花瓶」
京都市・パリ市共催フランス展「三彩壷」「桔梗飾皿」等
1962 日本芸術院会員となる。
日本現代工芸美術家協会結成に参加、副会長となる。
第5回日展「三彩藍泑」 審査員、理事となる。
1963 紺綬褒賞を受章。
清水六兵衛歴代作品展を東京・大阪・京都で開催し、『歴代作品集』刊行。
第6回日展「染付天霽」
第2回現代工芸展北米展「鳥文壷」
1964 第3回現代工芸展アメリカ展・カナダ展「金彩春禽譜花瓶」
日本現代工芸中国展「桔梗花瓶」、同メキシコ展「梅飾皿」
国際陶芸展(近代美術館主催)「清香飾皿」
第7回日展「染付藤花譜花瓶」 審査員
「主窯線文花瓶」(ドイツ、ハンブルク東洋博物館所蔵)
1965 第4回現代工芸展、ベルリン芸術祭参加展、北欧展「玄窯黒鳥文花瓶」、日本文化を中心テーマとしたベルリン芸術祭に日本代表工芸使節として訪独し、欧州諸國、エジプト、中近東諸国を美術視察する。
第8回日展「玄窯線文花器」
1966 第5回現代工芸展イタリア・南欧展「藍泑花瓶」
第9回日展「玄窯花瓶」 審査員
1967 第6回現代工芸展イギリス展「三彩藍泑方容」
第10回日展「玄窯魚文花瓶」
1968 第7回現代工芸展東欧展「玄窯草花文鉢」
第11回日展「染付樹花瓶」第4科(工芸美術)審査主任
1969 作品集『古都での作陶生活』刊行
第1回改組日展「銹泑秋趣花瓶」 常任理事となる。
第8回現代工芸展「銹泑梅花瓶」
1970 京都市より文化功労者として表彰される。
第2回日展「秋叢壷」 第4科審査主任
第9回現代工芸展「玄窯魚文花瓶」
1971 「世界の文化と現代芸術」芸術祭(ミュンヘンオリンピック組織委員会文化部)のため映画撮影。
古稀記念清水六兵衛回顧展開催(東京三越)同時に作品集を刊行。
第10回現代工芸展「錦秋花瓶」
日本陶芸展(毎日新聞社主催)「秋叢壷」「秋趣水指」
第3回日展「花菖蒲花瓶」
1972 古稀記念回顧展開催(大阪高島屋、京都大丸)
勲三等に叙せられ旭日中綬章受章。
第4回日展「秋映」 審査員
1973 伊勢神宮遷宮を記念し「飛翔陶額」を納める。
第5回日展「古稀彩弦月」 審査員
1974 作陶五十年を記念し清水六兵衛記念展開催(東京三越)。
第6回日展「芒」 審査員
1975 清水六兵衛作自選展開催(大阪三越)。
第7回日展「炎陽」
1976 文化功労者として表彰される。
日本陶磁展(東ドイツ、ロストック・ドレスデン両美術館主催)「玄窯叢花瓶」他2点出品。
第8回日展「秋夜」
1977 新作茶陶展を開く(東京三越)。
第9回日展「蓬春」、顧問となる。
1978 喜寿記念清水六兵衛回顧展を東京・大阪で開催。
京都市美術館で清水六兵衛回顧展を開催。
日本陶磁名品展(東ドイツ)「古稀彩歯朶花瓶」「銀緑泑花瓶」
第10回日展「早蕨」
1979 日本新工芸家連盟結成代表委員となる。
清水六兵衛(新作・回顧)展を新潟大和で開催。
第11回日展「銀白泑刻文秋趣」
1980 清水六兵衛歴代名陶展を東京、大阪、京都、岡山、松江で開催。
4月17日逝去。
正四位に叙せられ、勲二等瑞宝章が贈られる。

千葉県柏市にて、和たんす、民芸箪笥、お着物、佐渡の名工本間琢斎の雲仙銘落款斑紫銅唐人図花瓶。

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千葉県柏市にて、和たんす、民芸箪笥、お着物、佐渡の名工本間琢斎の雲仙銘落款斑紫銅唐人図花瓶をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。出張続きの為、訪問日時の調整・変更時で、お客様にはとてもお気遣いいただきました。事前のご相談から当日のご対応までご親切に頂き感謝いたします。
六角堂では、金工作家のお品を探しております。
飴谷有珉、石黒光南、初代魚住為楽、内島青鳳、海野盛寿(凌雲斎)、海野勝珉、二代海野美盛、海野清、圓鍔勝三、大澤光民、大島如雲、大森雪峰英友、奥山峰石、香川勝広、鹿島一谷、鹿島秀広、桂盛仁、加藤忠三郎(紫金堂)、香取秀真、香取正彦、門脇喜平、金森映井智、金谷五郎三郎、加納夏雄、鴨下春明、菊池政光、北村静香、黒川栄勝、黒瀬宗康、高玉斎一久、小林親光、駒井音次郎、齋藤明、佐々木象堂、澤田宗味、正阿弥勝義、須賀松園、須賀月真、関谷四郎、紹美栄祐、鈴木長翁、鈴木盛久、高村豊周、田口壽恒、玉川宣夫、帖佐美行、塚田秀鏡、豊田勝秋、内藤四郎、中川衛、中杉与七、二橋衡、根来実三、野上龍起、般若勘渓、羽原秋芳、本間琢斎、蓮田修吾郎、増田三男、丸谷瑞堂、三好三治、村田整珉、米光光正、和田美之助、山田宗美
茶の湯釜 茶道具
角谷一圭、角谷沙村、角谷与斎、宮崎寒雉、吉羽與兵衛、高橋敬典、大西清右衛門、中川浄益、金森浄栄、一之瀬宗辰、秦蔵六、長野垤志、西村道仁、西村道也、金谷五郎三郎、金谷浄雲、門脇喜平、畠春斎、和田美之助、佐藤清光、菊池政光、菊池正直
などのお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。

本間琢斎(ほんまたくさい)

初代本間琢斎は、越後刈羽大久保村の鋳工であった原得斎の長男として生まれ、文平と称しました。佐渡奉行中川飛騨守に招かれて、沢根の鶴子で大砲を数十門鋳造しています。後に沢根篭町の本間六兵衛家へ入婿し、鋳造業を始めました。これが佐渡銅器の始まりです。梵鐘(ぼんしょう)・灯篭(とうろう)などの作品には本間六兵衛藤原貞信と刻銘(こくめい)してあるものが多く、文房具等の小品には無銘の名作も多く残ります。
二代本間琢斎は、初代の長男として生まれ、貞蔵と称しました。」2人の弟(初代土屋宗益、初代本間琢磨)と共に鋳金の技術の練磨に励みました。作風は精巧緻密(せいこうちみつ)で、初代本間琢斎の受賞作品の半ばは二代琢斎の作であったといわれます。
三代琢斎は、金井泉村の本間儀平の長男として生まれ、雄兎八と称しました。明治24年(1891)に本間家に入婿し、二代琢斎について鋳金技術を習得しました。三代琢斎を襲名後、その技はますます磨かれ、愛好者から賞賛されるようになり、展覧会などに出品し、多数の作品が受賞しています。
四代琢斎は、三代琢斎の長男として生まれ、久雄と称しました。東京美術学校彫刻科を卒業後、家業を継ぎ、伝統にこだわらず、新しい傾向の作品を作りました。また、島内で初めて胸像の製作を行いました。
五代琢斎は、四代琢斎の次男として生まれ、真二と称しました。徴兵、シベリア抑留、復員後、兄が戦死したため、父四代琢斎についてその技術を習得し、また、上京して同郷の斉藤玉城より込型鋳造法を習得しました。四代の戦後の作品の総ては五代の鋳造仕上げによるものです。四代没後は、蝋型鋳金、斑紫銅色の技術保存に尽力しました。
六代琢斎は、五代琢斎の長男として生まれ、武蔵野美術大学彫刻学科に入学し、同大学卒業すると、東京に留まり、人間国宝斉藤明に師事して鋳金の技術を磨き、昭和57年(1982)帰郷して、五代琢斎のもとで技術練磨に励み、活躍を続けています。

柏市出張地域は、箕輪 増尾 明原 柳戸 泉村新田 手賀 西原 南柏 光ケ丘団地 豊平町 光ケ丘 ひばりが丘 戸張 船戸山高野 今谷南町 旭町 布施 十余二 吉野沢 中央町 高田 南増尾 豊上町 青田新田飛地 布施新田 箕輪新田 五條谷 柏下 末広町 常盤台 名戸ケ谷 曙橋 塚崎 柏 布瀬新田 つくしが丘 緑ケ丘 大井新田 根戸 酒井根 中原 大井 鷲野谷新田 みどり台 片山 弥生町 大山台 水道橋 根戸新田 豊町 あかね町 大津ケ丘 東山 柏中村下 豊四季台 大室 藤ケ谷 逆井藤ノ台 永楽台 新柏 弁天下 八幡町 正連寺 松葉町 大島田 若葉町 関場町 新富町 南高柳 富里 若白毛 布施下 青葉台 大塚町 藤心 中新宿 高柳新田 東 東柏 逆井 あけぼの 大青田 北柏 千代田 南逆井 伊勢原 中十余二 小青田 柏の葉 緑台 千間橋 高柳 篠籠田 北柏台 泉 手賀新田 船戸 西町 日立台 西柏台 向原町 南柏中央 豊四季 若柴 染井入新田 布施新町 東中新宿 風早 東台本町 泉町 豊住 布瀬 新十余二 岩井村新田 柏堀之内新田 中央 宿連寺 上利根 岩井 東上町 松ケ崎 加賀 金山 呼塚 かやの町 今谷上町 片山新田 西山 松ケ崎新田 亀甲台町 手賀の杜 戸張新田 桜台 しいの木台 東逆井 呼塚新田 鷲野谷 新逆井 高南台 増尾台 花野井 藤ケ谷新田

東京都港区六本木にて、マイセンのカップ&ソーサー、ペルシャ絨毯、”色彩の魔術師”吉岡耕二のオイルオンペーパー「ニース」をお売りいただきました。

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東京都港区六本木にて、マイセンのカップ&ソーサー、ペルシャ絨毯、”色彩の魔術師””色彩の魔術師”吉岡耕二のオイルオンペーパー「ニース」をお譲りいただきました。

光と色を追い求め世界を旅する画家・吉岡耕二のオイルオンペーパーの買い取りにてお呼びいただきました。人気作家のお品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。マンションへの出張でしたが、管理人さんへ臨時駐車場の使用許可をとっていただいたりと、おかげさまでスムーズに作業を終えることが出来ました。お気遣いいただき、誠に有難うございました。

吉岡耕二(よしおかこうじ)
1943 大阪府生まれ
1962 大阪市立工芸高等学校美術科卒業
1967 渡仏 パリ国立美術学校に留学
1968 サロン・ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール出品 / パリ近代美術館
サロン・アーティスト・フランセーズ受賞 / グランパレ
1970 サロン・ドートンヌ初出品 会員候補に推挙される
1971 サロン・テールラテンに招待される
1973 アンデパンダン展出品
1975 サロン・ドートンヌ正会員となる
1981 14年間の滞仏生活を終え帰国
東京・大阪を中心に毎年各地で展覧会を開催
1997 個展 / Bunkamura Gallery(以降’98、’99、’00、’01、’03、’04、’06、’08、’09、’12、’14開催)
2006 アートフェア上海出展(’07も出展)
2007 個展 / 春天画廊(上海)
2008 高島屋大阪店 (大阪)
2009 丸善美術画廊丸の内店(東京)
2010 ギャラリー桜の木(東京)
2011 総合展 招待作家として参加(高知・高松)
「東日本大震災動物支援チャリティー 吉岡耕二版画展」 / Bunkamura Gallery+
アトリエ出版企画「チャリティー総合展」(東京)
芝田町画廊 チャリティー展(大阪)
2013 個展 /東呉大学(台北)

東京都中央区佃にて、和たんす、水屋箪笥、松栄堂の純銀製急須、茶筒、茶托のセットをお売りいただきました。

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東京都中央区佃にて、和箪笥、水屋タンス、松栄堂の純銀製急須、茶筒、茶托のセットをお譲りいただきました。

伝統工芸品 鎚起銀器で有名な 『 松栄堂 』。昭和56年に経済大臣指定伝統的工芸品として認定されております。
一枚の板を鎚で心を込めて打ち縮め鎚肌整形していき、薬液で煮込むことで 素材本来の色を引き出す着色法を施した 優雅で美しく味わい深い完成度の高い銀器です。
銀には金属イオンの作用により水が浄化され、お酒の味を引き立てる特長があります。
また、冷却伝導率が非常に高い性質を持っていて、特に冷酒の口あたりは絶品と言われています。
長く使い込む事で銀製品特有のアンティーク感を味わう事ができます。

六角堂では、松栄堂をはじめ、玉川堂・銀川堂・山川堂・海玉堂・清雅堂・富貴堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの製品を探しております。ご不要のお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

六角堂出張地域
東京都
世田谷区・港区・中央区・渋谷区・杉並区・目黒区・千代田区・大田区・品川区・新宿区・文京区・豊島区・中野区・練馬区・足立区・荒川区・板橋区・江戸川区・葛飾区・北区・江東区・墨田区・台東区・武蔵野市・昭島市・小金井市・三鷹市・あきる野市・日野市・調布市・府中市・小平市・国分寺市・国立市・武蔵村山市・清瀬市・東村山市・西東京市・福生市・青梅市・東大和市・羽村市・立川市・町田市・多摩市・稲城市・狛江市・八王子市・東久留米市
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横浜市(鶴見区・中区・緑区・港北区・戸塚区・神奈川区・西区・栄区・泉区・旭区・南区・保土ヶ谷区・港南区・筑紫区・金沢区・瀬谷区・磯子区・青葉区)・川崎市(多摩区・川崎区・中原区・幸区・高津区・宮前区・麻生区)・相模原市(緑区・中央区・南区)・小田原市・平塚市・横須賀市・藤沢市・厚木市・大和市・秦野市・鎌倉市・茅ヶ崎市・伊勢原市・座間市・三浦市・海老名市・綾瀬市・逗子市・南足柄市
千葉県
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埼玉県
さいたま市(大宮区・南区・西区・北区・中央区・見沼区・岩槻区・浦和区・桜区・緑区)・川口市・越谷市・川越市・所沢市・熊谷市・草加市・春日部市・東松山市・狭山市・三郷市・上尾市・深谷市・富士見市・入間市・朝霞市・鳩ヶ谷市・本庄市・坂戸市・戸田市・飯能市・ふじみ野市・加須市・鴻巣市・鶴ヶ島市・新座市・桶川市・北本市・久喜市・行田市・蓮田市・羽生市・幸手市・蕨市・秩父市・日高市・志木市・八潮市・和光市・吉川市・比企郡・北葛飾郡・大里郡・児玉郡・入間郡・南埼玉郡・北埼玉郡・秩父郡・北足立郡
山梨県、栃木県、群馬県、茨城県、福島県、長野県、新潟県、静岡県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。

東京都目黒区駒場にて、掛け軸、甲冑、蒔絵火鉢、重箱などの漆器、お茶道具、紀州御庭焼 偕楽園製 菓子鉢をお売りいただきました。

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東京都目黒区駒場にて、掛け軸、甲冑、蒔絵火鉢、重箱などの漆器、置物、紀州御庭焼 偕楽園製 菓子鉢をお譲りいただきました。

お引越し屋さんのご紹介で、引越し前のご処分でお呼びいただきました。いつもお呼びくださりありがとうございます。お引越し先がマンションで荷物をたくさん減らさないと運びきれないとのことで、なるべく減らせるようトラックへ詰める限り買い受けさせて頂きました。古いお品が多く、六角堂の大得意現場のお客様でした!またまた出ました、わたしの大好きな偕楽園~!交趾焼の鮮やかなお色がとっても素敵です!今回買い受けました交趾焼は偕楽園焼の代表的な作品で、コレクターの間でも人気の高いお品物となっております。偕楽園焼は江戸時代に作られたものですから、骨董品としての評価もあるため買取の価格が高値になることがございます!!

紀州御庭焼 偕楽園焼 紀伊藩主10代徳川治宝が和歌山城下の南西に別邸・西浜御殿を築き、その御殿の庭園・偕楽園で御庭焼を行った事で偕楽園焼と呼ばれています。
偕楽園焼は、京都から表千家9代の了々斎、表千家10代の吸江斎、楽旦入、永楽保全など著名な陶工が招かれ、制作指導にあたっていたとされています。
そのためか、それぞれの陶工の得意とする技法や表現が表れており、楽焼系と磁器系の2種類に大きく分かれております。
偕楽園焼には無銘のものが多く、銘があるものは「偕楽園製」の二行角印や丸印、「偕楽」一行丸印など様々な種類があり、楽焼系と磁器系で押されている印が異なっています。

静岡県富士市にて、勲章や勲記、旧日本軍海軍特務少尉の正肩章、二角帽子(山形帽)をお売りいただきました。

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静岡県富士市にて、勲章や勲記、旧日本軍海軍特務少尉の正肩章、二角帽子(山形帽)をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。勲章や勲記、旧日本軍海軍特務少尉の正肩章、二角帽子(山形帽)の他、花梨の衝立、鎌倉彫の茶箪笥、ロッキングチェア、壺などを買い受けました。本日は、静岡県富士市への買取りで、いつも通り前日の夜のうちに漫画喫茶へと前乗りしました。天気も良く、大変作業のしやすい日でした。朝見る富士山、夕方に見る富士山、ずいぶんと景色が違うものですね。わたくしの田舎が富士市ですので、数年ぶりに祖母たちのお墓参りへと行きました。買い取りへ伺ったお客様の一キロ以内の場所でとても驚きました。お墓参りへ行くと言ったら、お客様にお線香を持たせていただきました。祖母たちも喜んでくれてると思います。有難うございました。帰りに、富士市や沼津市で有名な魚河岸丸天へとお邪魔しました。画像の海鮮かき揚げ丼をいただきました。すごいボリュームですよね。テレビでも良く紹介されておりますが、わたくし自身家族で伊豆や静岡へ旅行をする時によく寄らせて頂きます。画像のカサゴのから揚げも大変美味しかったです。また寄らせていただきます。年末の片付けシーズンへと入ってきました。年末も六角堂は休まず頑張ります!!

六角堂では、軍服をはじめ日本の勲章や海外勲章、軍装品、軍事関連書類などを探しております。

大勲位菊花章頸飾 大勲位菊花大綬章 旭日大綬章 旭日重光章 旭日中綬章 旭日小授賞 旭日双光章 旭日単光章 瑞宝大綬章 瑞宝重光章 瑞宝中授賞 瑞宝小綬章 瑞宝双光章 瑞宝単光章 文化勲章 桐花大綬章 宝冠大綬章 宝冠牡丹章 宝冠白蝶章 宝冠籐花章 宝冠杏葉章 宝冠波光章 金鵄勲章 紅綬褒章 緑綬褒章 黄綬褒章 紫綬褒章藍綬褒章 紺綬褒章 支那事変 満州事変 国境事変 昭和大礼などの勲章や、陸軍、海軍軍服の他、礼服や大礼服なども探しております。軍事関連のお品をご処分の際には、是非六角堂をご指名ください!各種専門スタッフがお客様宅へお伺いし、一点一点大事に査定、高価買い受けさせていただきます!

二角帽子 角が2箇所ある帽子。18世紀後半から19世紀前半にかけて用いられました。ヨーロッパやアメリカの陸軍・海軍で主にかぶられていましたが、ナポレオン・ボナパルトが使用していたことで最も知られています。ナポレオン時代の将軍や参謀将校が日常的に着用したほか、少なくとも第一次世界大戦頃までは正装用の帽子として広く生き残っていました。日本では海軍士官の正装の帽子として使用されたほか、文官の大礼服の場合にも用いました。日本では「山形帽」と呼ばれることが多く、二角帽子という用語は一般的でありません。

東京都杉並区松庵にて、掛け軸、書道具、日展審査員帖佐美行の彫金パネル額「海幸」をお売りいただきました。

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東京都杉並区松庵にて、掛け軸、書道具、日展審査員帖佐美行の彫金パネル額「海幸」をお売りいただきました。

リフォーム前のお片付け整理との事でお呼びいただきました。お忙しい中、有難うございました!六角堂では、以下の金工作家の作品を探しております。
飴谷有珉、石黒光南、初代魚住為楽、内島青鳳、海野盛寿(凌雲斎)、海野勝珉、二代海野美盛、海野清、圓鍔勝三、大澤光民、大島如雲、大森雪峰英友、奥山峰石、香川勝広、鹿島一谷、鹿島秀広、桂盛仁、加藤忠三郎(紫金堂)、香取秀真、香取正彦、門脇喜平、金森映井智、金谷五郎三郎、加納夏雄、鴨下春明、菊池政光、北村静香、黒川栄勝、黒瀬宗康、高玉斎一久、小林親光、駒井音次郎、齋藤明、佐々木象堂、澤田宗味、正阿弥勝義、須賀松園、須賀月真、関谷四郎、紹美栄祐、鈴木長翁、鈴木盛久、高村豊周、田口壽恒、玉川宣夫、帖佐美行、塚田秀鏡、豊田勝秋、内藤四郎、中川衛、中杉与七、二橋衡、根来実三、野上龍起、般若勘渓、羽原秋芳、本間琢斎、蓮田修吾郎、増田三男、丸谷瑞堂、三好三治、村田整珉、米光光正、和田美之助、山田宗美

帖佐美行(ちょうさ よしゆき、1915年(大正4)~2002年(平成14))
鹿児島県出身。本名は良行。昭和~平成時代に活躍した日本の金工家、工芸家です。
伝統の技法に溶接、鍛造などの技法を取り入れ、多彩な文様が彫られた緻密で優美な作域を特徴とした香炉や花入なども制作しています。
また、建築の壁面装飾の分野にも作品を展開しており、近代彫金工芸の第一人者として多くの美術展や作品展に出品、受賞を重ねました。

1915年 鹿児島県で生まれる。
1930年 小林照雲に師事する。
1940年 海野清に師事する。
1955年 日展で特選となる。
旧ソ連政府に作品買い上げとなる。
1957年 日展審査員をつとめる。
1962年 第5回改組日展で「牧場のある郊外」にて文部大臣賞を受賞する。
1965年 日展出品作「夜光双想」により日本芸術院賞を受賞する。
1974年 日本芸術院会員となる。
1975年 日展常務理事となる。
1978年 WCC国際会議日本国内委員となる。紺綬褒章を受章する。日本新工芸家連盟を結成し、代表委員となる。
1979年 彫金の詩50年帖佐美行展を開催する 。
1980年 奈良·東大寺昭和大修理落慶に際し、作品を奉納する。
1981年 帖佐美行彫金展を開催する。
1982年 日本新工芸家連盟会長に就任する。
1984年 皇居新宮殿のために『和讃想』を制作する。
1985年 京都賞受賞金メダル原型を制作する。
1986年 フランス政府シラク首相へ『柏実の夢』を贈呈する。
1987年 勲三等旭日中綬章を受章する。文化功労者に顕彰を受ける。
1991年 改組第23回日展にて天皇・皇后両陛下に作品のご説明をする。第13回日本新工芸展にて三笠宮・同妃両殿下に作品のご説明をする。
1993年 文化勲章を受章する。
1998年 日仏交流の一環としてパリで個展を開催する。
2002年 87歳で逝去。

埼玉県さいたま市浦和区にて、龍村平蔵製の正倉院裂 紫地葡萄唐草文錦、唐華文金唐革錦、金剛家蔵の能衣装「水ころも」をお売りいただきました。

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埼玉県さいたま市浦和区にて、龍村平蔵製の正倉院裂 紫地葡萄唐草文錦、唐華文金唐革錦、金剛家蔵の能装束「水衣」をお売りいただきました。

解体前の処分整理にて、工務店の業者様よりご紹介いただきました。新規の業者様でしたが、お時間を合わせて頂いたりお気遣いくださり有難うございました。お陰様で、無事買取り、運び出し作業が終えることが出来ました。またお呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしております。

今回買い受けさせて頂きましたのは、言わずと知れた龍村平蔵製の裂など、龍村平蔵は日本の染色工芸家。古代裂など伝統的な織物の研究・復元の第一人者。「いつかは平蔵の帯」というな憧れの的です。初代龍村平蔵さんはそれまでに無い独創的かつ斬新な色・柄を織物で表現し、その作品の数々は多くの人を魅了し、その技法・色・柄は当代龍村平蔵氏(四代目)に受け継がれ、素晴らしい作品を世の中に発表しておられます。特に袋帯はとてもファンが多く、私どもの世界でも最も評価の高い作家の一人になっています。

他にも金剛家蔵の能装束「水衣」を買い受けました。能で使われる衣装を「能装束」といいます。能の美を代表するものですが、初期の能装束は質素なものでした。室町時代末期から徐々に絢爛豪華になり、能が武家の式楽となった江戸時代に形式が定まり、様式的にも完成しました。水衣(みずごろも)とは、薄い絹布で作られた広袖の上着で、長襦袢に似て、丈は膝くらいまであります。色は、白・紫・茶・黒・紺・浅黄などですが、生、地、柄によって、しけ・縷・縞に区別されています。用途はきわめて広く、老人、男女、僧侶などの、日常着、労働着、旅行着など様々です。買い受けしましたのは、金剛家蔵の名品となっております。代々大事に保管されていたお品とのこと、大事に次へと繋げさせていただきます。能衣装や能装束の他にも能面、道具や関連書籍などの能道具、笙、龍笛、篳篥(ひちりき)、鞨鼓(かっこ)、鉦鼓(しょうこ)、太鼓、筝(しょう)、琵琶(びわ)、和琴、横笛能などの雅楽器も合わせて買受けしております。また能の人形なども買受けしておりますので、合わせてお問い合わせください。

桐たんす、和箪笥などの和家具をはじめ、お着物、骨董品、お茶道具、掛け軸、絵画、和楽器などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。また骨董品・美術品のお見積もり・出張買取は、全国対応しております。是非ご利用ください。

東京都八王子市にて、時代長火鉢、置物、掛け軸、お茶道具、龍文堂安之介造の尾垂形鉄瓶をお売りいただきました。

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東京都八王子市にて、時代長火鉢、置物、掛軸、お茶道具、龍文堂安之介造の尾垂形鉄瓶をお譲りいただきました。

解体屋さんのご紹介で、解体前の片付け処分でお呼びいただきました。いつもお呼びいただき有難うございます。こちらの鉄瓶は、蓋裏に龍文堂造と安之介の花押が彫刻されており人気のお品になります。一時の鉄瓶高騰期に比べると価格は落ち着いてきておりますが、まだまだ人気の鉄瓶は高額となっております。六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。
龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門

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その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。骨董品類に関しては全国出張買取致します。お気軽にご相談ください。

東京都新宿区神楽坂にて、お茶道具、日本画家川合玉堂の直筆画賛をお売りいただきました。

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東京都新宿区神楽坂にて、お茶道具、日本画家川合玉堂の直筆画賛をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。人気作家の作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。
川合玉堂絵画作品を、出張にて査定・鑑定・高価買い取りを致します。
六角堂では日本画作品を探しております。
秋野 不矩、池上 秀畝 、池田 蕉園、池田 遙邨、伊東 深水、稲田 和正、今村 紫紅、入江 波光、岩橋 英遠、上村 淳之、上村 松園、上村 松篁、梅津 道雄、大橋 翠石、大山 忠作、岡 信孝、小川 芋銭、奥田 元宋、奥村 土牛、小倉 遊亀、小野 竹喬、尾竹 国観、小茂田 青樹、片岡 球子、堅山 南風、加藤 栄三、加藤 東一、金島 桂華、狩野 芳崖、鏑木 清方、加山 又造、川合 玉堂、川端 龍子、菊池 契月、北野 恒富、吉川 霊華、木村 武山、工藤 甲人 、小泉 淳作、小杉 放庵、児玉 希望、小林 古径、小松 均、郷倉 和子、郷倉 千靱、酒井 三良、榊原 紫峰、佐藤 太清、柴田 是真、下田 義寬、下村 観山、杉山 寧、千住 博、高山 辰雄、竹内 栖鳳、竹久 夢二 、田中 一村、土田 麦僊、寺島 紫明、徳岡 神泉、富岡 鉄斎、冨田 溪仙、堂本 印象、堂本 元次、中島 千波、中村 岳陵、中村 貞以、中村 不折、西村 五雲、橋本 関雪、橋本 雅邦、橋本 明治、浜田 昇児 、濱田 台児、林 功 、速水 御舟、東山 魁夷、菱田 春草、平川 敏夫、平福 百穂、平松 礼二 、平山 郁夫、福井 爽人、福王寺 法林、福田 平八郎、堀 文子、前田 青邨、牧 進、松尾 敏男、松岡 映丘、松林 桂月、宮廻 正明、三輪 良平、武藤 孤舟、村上 華岳、森田 りえ子、守屋 多々志、安田 靫彦、山口 華楊、山口 蓬春、山本 丘人、山元 春挙、横山 大観、横山 操、渡辺 省亭
など、ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
日本画の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂まで!

川合玉堂(かわいぎょくどう)明治6年(1873)11月24日~昭和32年(1957)6月30日 83才没)
本名は川合 芳三郎(かわい よしさぶろう)。号は偶庵。
愛知県葉栗郡外割田村(現在の一宮市木曽川町)に、筆墨紙商の長男として生まれる。
京都にて望月玉泉、後に幸野楳嶺門下で円山・四条派を学ぶ。23歳のとき上京し橋本雅邦に師事。
「玉堂」と号するのは17歳から。人と自然の姿を平明に詩情豊かに描き、日本人の心を表現。
日本の四季の山河と、そこで生きる人間や動物の姿を美しい墨線と彩色で描くことを得意とした。
横山大観、竹内栖鳳と共に日本画壇の三巨匠と称される。
1873年 愛知県に生まれる。
1896年 上京し、橋本雅邦の門下に入る。
1915年 東京美術学校教授となる。
1919年 帝国美術院会員となる。
1928年 昭和天皇即位大典用の悠紀屏風揮亳を拝命。大礼記念章を受章。
1940年 文化勲章を受章。
1957年 死去。正三位勲一等、旭日大授章追贈。