月別アーカイブ: 2018年7月

さいたま市浦和区にて、柴田勘十郎、肥後三郎、杉山重與の弓や矢筒、矢など。

    

埼玉県さいたま市浦和区にて、柴田勘十郎、肥後三郎、杉山重與の弓や矢筒、矢などをお売りいただきました。

昨年お呼びいただいたお客様より、弓や矢筒、矢などの弓具の買取で再度お呼びいただきました。弓具の他、火鉢や置物なども併せて買い取らせていただきました。お客様のお父様が生前弓道の師範をされていたようで、作家物の良い弓具をお売りいただくこととなりました。柴田勘十郎、肥後三郎、杉山重與の作、どれも良い弓でした。お父様の思い出のお道具、大切に次へと橋渡しさせていただきます。六角堂では、弓道具(弓、弓矢、矢筒、カケ)の買取を強化しております。 竹弓、竹矢の他に、グラス弓・カーボン弓・ジュラ矢、なども探しております。二度にわたり、当社をご指名くださり有難うございました。また、美味しいお茶をいただき有難うございました。
今日は一件のみの出張でしたので、早めに帰宅して家族でららぽーとへ行きました。娘がスイーツパラダイスで食事をしたいというので、寄らせていただきました。私は現在40代、年甲斐もなく甘いものを爆食いしてしまいました。お腹がタポタポですが、美味しかったです。画像のハロハロは、出張途中のミニストップさんでいただきました。ミニストップのデザート美味しいですね。お腹を引き締めるため、明日は甘いものを控えて一日頑張ります!

東京都渋谷区広尾にて、桐箪笥、着物、人間国宝小森邦衛の黒平椀。

   

東京都渋谷区広尾にて、桐箪笥、着物、人間国宝小森邦衛の黒平椀、贈答品などお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介でお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいた桐箪笥は明治期頃の時代桐箪笥、所々ダメージのあるタンスでしたが、時代金具が見事なお品でした。お着物も古いものでしたが、アンティークのものが多く、全て買い受けさせていただきました。その他、贈答品などお売りいただきましたが、中には髹漆(きゅうしつ)の重要無形文化財保持者(人間国宝)である輪島塗師小森邦衛の黒平椀などもございました。一点一点丁寧に査定させていただき、小森邦衛作品のように価値あるお品は高額査定させていただきました。良いお品をたくさんお売りいただき有難うございました。
帰り途中、一昨日出張させていただいた豊島区上池袋のお客様よりお電話いただき、古書が出てきたとのことで、再度お邪魔させていただきました。専門書や学術書など、まとめてお売りいただき有難うございました。遅くなってしまいましたので、倉庫へ戻る前に池袋駅の西口にある「つけ麺屋のぶなが」さんへ寄りました。味噌ラーメンをいただきましたが、濃厚スープに魚粉をたくさん入れ、とても美味しかったです。つけ麺が美味しく有名なお店ですので、次回はつけ麺をいただきます。

小森邦衛(こもりくにえ)
1945年 石川県輪島市に生まれる。本名・邦博。
1970年 漆芸職人として独立する。
1977年 第24回日本伝統工芸展入選。
1986年 第33回日本 伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎喰籠」でNHK会長賞受賞。
2002年 第49回日本伝統工芸展出品作「曲輪造籃胎盤『黎明』」が日本工芸会保持者賞を受賞、文化庁が同作品を購入。
2004年 第14回MOA岡田茂吉賞工芸部門大賞を受賞。
2006年 重要無形文化財髹漆保持者認定(人間国宝)。
石川県立輪島漆芸技術研修所主任講師、社団法人 日本工芸会理事・石川支部幹事長。

東京都豊島区上池袋にて、旧日本軍の軍盃、仏具、香木など。

    

東京都豊島区上池袋にて、旧日本軍の軍盃、仏具、香木などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、業者様のご紹介で練馬区旭丘へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お母様のご遺品である桐たんすやお着物などを買い取らせていただきました。また、人気版画家棟方志功の版画「御雛の柵」の見積もりをさせていただきました。こちらは棟方志功鑑定委員会ですでに鑑定を取られた確かなもの、シミなどございましたが人気の志功作品、精一杯の見積もりをさせていただきました。ご縁がありましたら、よろしくお願い致します。二件目は豊島区上池袋へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、古い仏像、仏具、香木、勲章、旧日本軍の軍盃などを買い受けさせていただきました。今回お売りいただいた軍盃のように、昔の軍隊物のアイテムは今でも熱いコレクターさんがたくさんおり、六角堂でも買取をしております。軍服、勲章類、階級章、軍書類、徽章類、軍盃、軍票類、絵葉書、戦争写真などございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。古き良きお道具をお売りいただき、有難うございました。
本日の昼食は、豊島区へ向かう途中の吉野家さんで牛丼をいただきました。また、帰りには大塚駅の近くにある「磯丸水産」さんで食事をしました。わたしは海鮮料理が好きなので、最近は磯丸水産にはまっております。島寿司は本当に美味しいです。ゆっくり出来るときに、貝類など浜焼きをしたいです。明日は、久々仕事を休ませていただきます。疲れがたまっておりますので、一日ゆっくりしたいと思います。

埼玉県川口市にて、桐たんす、着物、本榧碁盤、碁石の買取。

埼玉県川口市にて、桐たんす、着物、本榧碁盤、碁石をお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お爺様が生前大切にされていた碁盤や碁石などの囲碁道具を次へと橋渡ししたいとのことでお呼びいただきました。お売りいただいた碁盤は本榧製板目厚み六寸のもの。碁石は白に本蛤36号のものでした。碁盤は、厚みや素材、木目などによって査定が変わってきます。碁盤の厚さは正寸表記となっており、表記が高くなればなるほど高価なものとなっております。素材は本榧(ほんかや)、ヒバ、桂、新榧(しんかや)などがございます。一番高価な素材は本榧となります。本榧は油分が多く、長い年月を経過しても盤のツヤが失われず、碁盤として最高の木材といわれてます。また、榧特有の甘味ある芳香はえも言えないものがあります。 木目には柾目と板目とがございます。柾目(まさめ)は木の芯を端に取ることで、木目がまっすぐに並びます。美しく打ち味に優れています。 柾目は樹齢数百年の大木からのみ取ることができます。一方、板目(いため)は木の芯が盤の中心に表れる取り方をします。柾目と比べると、ランクが少し劣ります。 碁石は黒が那智黒、白が本蛤のものでした。蛤(はまぐり)石は厚みがあるほど、その希少性から価値があがります。現在国産の蛤石は生産困難となっており、メキシコ産のものが使われたりしております。碁石には、蛤、瑪瑙(めのう)、プラスチック、ガラス製のものなどございますが、蛤、瑪瑙のものは強化買取りしております。良い囲碁道具をお売りいただき有難うございました。お爺様の大切にされていたお道具、大切に次へと繋げさせていただきます。ありがとうございました。六角堂では、碁盤、碁石、碁笥(ごけ)などの囲碁道具、将棋盤、将棋の駒、駒台などの将棋道具を探しております。ご不要のお道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。
本日は午前中のみの買取でしたので、午後は倉庫へ戻り仕分け作業をしました。倉庫へ戻る途中、「久兵衛屋」さんへ寄り、きのこほうとうをいただきました。ほうとう美味しいですね。ほうとうといえば最近山梨県への出張が入っておりません。山梨県のお客様、出張依頼お待ちしております!!

神奈川県横浜市港北区にて、舟越保武のブロンズ像「少女A」「K嬢」

 

神奈川県横浜市港北区にて、舟越保武のブロンズ像「少女A」、「K嬢」、古銭、雑貨などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。古銭や雑貨の他、人気彫刻家舟越保武のブロンズ像を買い受けました。理想的な女性像をモチーフとし理想の美を追求した舟越保武のブロンズ像。私たち古物商の間では定番のアイテムとなっております。お売りいただいた作品は、「少女A」「K嬢」になります。以前買い取らせていただいた舟越作品の「ローラ」と並べてみると、三姉妹が揃った感じがします。良いお品をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、20年近く前に住んでいた神奈川新町駅のそばのマンションを通ってみると、隣に大勝軒さんが出来ておりました。20年も経つと周りの雰囲気が変わってしまうものですね。小腹がすいておりましたので、「大勝軒神奈川新町店」へ寄らせていただくことにしました。お昼時間でしたので、たくさんのお客さんが並んでおりました。つけ麺にしようか迷いましたが、本日はカレーらーめんをいただくことにしました。玉子をトッピングしましたが、こちらのラーメンはボリュームがあるのでお腹いっぱいになりました。とても美味しかったです。

舟越保武(ふなこしやすたけ)
1912年12月7日~2002年2月5日
佐藤忠良と共に戦後日本を代表する彫刻家。
新制作協会彫刻部創立会員。東京藝術大学名誉教授。
文化学院出身で画家の妻道子との間に子供6人。
次男の舟越桂や三男の舟越直木も彫刻家として活躍中。
略歴
1912年 岩手県二戸郡一戸町小鳥谷に生まれる。父親は熱心なカトリック信者
1939年 東京美術学校彫刻科を卒業。このときに終生の友情を培う佐藤忠良と出会う
1950年 長男が生まれて間もなく急死。これを機に、カトリックに帰依、キリスト教信仰やキリシタンの受難を題材とした制作が増える
1962年 長崎二十六殉教者記念像完成。第5回高村光太郎賞受賞
1967年 東京芸術大学教授に就任。1980年までの間、東京芸術大学教授。
1972年 第3回中原悌二郎賞受賞
1973年 ローマ法王より大聖グレゴリオ騎士団長賞受賞
1978年 芸術選奨文部大臣賞受賞
1980年 東京芸術大学を退官。翌年多摩美術大学教授となる
1983年 「巨岩と花びら」で日本エッセイストクラブ賞受賞
1984年 勲4等旭日小授章授章 個展(札幌芸術の森、いわき市立美術館ほか)
1986年 東京芸術大学名誉教授になる
1987年 脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になったが、すぐにリハビリを開始。死の直前まで左手で創作を続けた。
1999年 文化功労者
2002年 多機能不全で死去(享年89歳)

東京都豊島区北大塚にて、東大寺長老「清水公照」の書「天光雲影」。

東京都豊島区北大塚にて、東大寺長老「清水公照」の書「天光雲影」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、業者様のご紹介で西東京市泉町へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、尺八や雑貨などを買い取らせていただきました。尺八は残念ながら割れがありましたが、当社買取強化商品ですので買い受けさせていただきました。お爺様のご遺品とのこと、大切に次へと橋渡しさせていただきます。有難うございました。二件目は豊島区北大塚へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは清水公照の書「天光雲影」やお着物、和装小物などをお売りいただきました。清水公照の書は三越美術部購入の作品、間違いなく真作でございます。お引越し前のお片付け整理でお呼びいただくと、横額のお品をお売りいただくことが多いです。きっと最近の家には合わないのでしょうね。良い作品をお売りいただき有難うございます。
帰宅途中、大塚駅のそばにある「感麺道 大塚店」さんへ寄りました。こちらで人気のカニ味噌らーめんをいただきました。こちらは替え玉が一杯まで無料とのこと、N尾氏と一杯ずつ替え玉いただきました。魚介系のスープにカニ味噌が美味しかったです。明日は神奈川県横浜市へ出張、頑張ります。

清水公照(しみずこうしょう)1911(明治44)年~1999(平成11)年
本名を睦治、号を「泥仏庵」、異名を「今良寛」といいます。
1927(昭和2)年、東大寺塔頭・宝厳院に入寺しました。
清水公俊の下で僧名「公照」となりました。
1933(昭和8)年、龍谷大学文学部仏教学科を卒業しました。天龍寺の関精拙の下で参禅しました。
1937(昭和12)年、東大寺塔頭・龍蔵院、上生院住職に就任しました。
1946(昭和21)年、東大寺塔頭・宝厳院住職に就任しました。
1947(昭和22)年、青々中学校(現:東大寺学園)を創設して校長に就任しました。書道教師を兼任しました。
1959(昭和34)年、東大寺勧学院院長に就任しました。
1963(昭和38)年、東大寺学園幼稚園園長、女子学院院長に就任しました。この頃より「泥仏」と称されるユニークな仏像を制作しました。
1969(昭和44)年、華厳宗宗務長、東大寺執事長、学校法人東大寺学園理事長に就任しました。
1971(昭和46)年、大仏殿昭和大修理の活動を始めます。
1975(昭和50)年、大僧正、華厳宗管長、東大寺207世別当に就任しました。
1978(昭和53)年、東大寺208世別当に再任しました。
1980(昭和55)年、大仏殿昭和大修理を完成しました。落慶大法要を営みました。
1981(昭和56)年、東大寺長老となりました。仏教伝道文化賞を受賞しました。
1993(平成5)年、姫路市芸術文化賞芸術文化大賞を受賞しました。
1994(平成6)年、姫路市書写の里・美術工芸館が開館して名誉館長に就任しました。
大仏殿昭和大修理があった為に異例となる東大寺別当を二期務め、約50億円もの資金を要した大偉業を成し遂げました。
書画や泥仏を始めとする陶芸作品も著名で、自由闊達で味わい深い独特の作風には特徴があります。

群馬県太田市にて、江戸期の印籠蒔絵師梶川作鶴亀蒔絵の印籠。

優勝軒 熊谷総本店

群馬県太田市にて、江戸期の印籠蒔絵師梶川作鶴亀蒔絵の印籠などお売りいただきました。

業者様のご紹介で、蔵の解体前のお荷物整理でお呼びいただきました。本日お伺いすると、なんと前日に蔵がすでに解体されてしまったとのこと。蔵がなくなっておりビックリしてしまいましたが、解体前に中にあったお品を家の方へ保管しておいてくださいました。お売りいただいたのは、明治期の古陶磁器や置物、江戸時代の印籠蒔絵師梶川作の内梨地鶴亀蒔絵印籠など。
印籠は旅の必需品で、常備薬を持ち歩くための入れ物で、江戸時代に流行した印籠は蒔絵細工の中でも高級品でした。明治時代に入ると、海外から高い評価を得て輸出用に数多く生産されるようになりました。現在ではできない技術や手法で作られた印籠を求め、世界中にコレクターがいらっしゃいます。
梶川家の印籠は大変有名で、どこの大名家でも数点は所有されていたようです。今でも数多くの作品が残っております。本作のように、「梶川作」に朱漆で「栄」の壺形印の入っているものが多くみられます。梶川家は、初代が天和2年に幕府から江戸に召出され、5代将軍綱吉の御印籠など、蒔絵御用を勤めました。その後、12代にわたり代々将軍家の御細工頭支配御蒔絵師として勤めました。古今第一の名工と評され、最も有名な印籠蒔絵師の一派として明治維新まで繁栄しました。
当社では、梶川家、幸阿弥家、古満家、飯塚桃葉、堆朱楊成、柴田是真、原羊遊斎、古満巨柳、一峯斎、山田常嘉など、印籠蒔絵師の作品や、根付などの買取を強化しております。ご不要の作品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。お荷物をまとめておいてくださり、有難うございました。
帰宅途中、埼玉県具熊谷市にある「優勝軒 熊谷総本店」へ寄りました。優勝軒さんにはよく行きますが、こちらが本店のようです。今日はこちらの名物「富士ラーメン」をいただきました。野菜とニンニクはマシ、背油は健康のため少なめにしました。コシのあるモチモチした極太麺に重厚な味噌豚骨スープ、癖になります。とても美味しかったです。天気が良かったので、日本一暑い市「熊谷市」はやはり暑かったです。