カテゴリー別アーカイブ: 茶道具・煎茶道具

東京都中央区銀座にて、お着物、お茶道具、贈答品の出張買取。

本日は二件の出張買取。一件目は、半年ほど前にお客様をご紹介いただいた業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。再度お客様をご紹介いただき有難うございました。中央区銀座といった一等地、近くで駐車スペースを確保できるか心配でしたが、思いのほかすぐ側にコインパーキングがございました。早速お邪魔すると、たくさんの贈答品がございました。一点一点査定していると、所々にお茶道具が混ざっておりました。お客様のお母様がお茶をされていたようです。十一世坂高麗左衛門(韓峯)の萩焼茶碗、大久保鼎湖の南鐐(純銀)清香菓子器、薮内流十二世猗々斎書附 山中塗の千筋文千成瓢箪菓子器など、他にも香合や蓋置も混ざっておりました。お着物はシミや汚れなどございましたが、大島紬や結城紬など良いものが多く、全て買い受けさせていただきました。お茶道具、お着物と当社の得意とするものが多く、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。途中、お茶を入れていただいたり、子供たちにとお菓子をいただいたり、搬出時に車を見ていただいたりと、お気遣いありがとうございました。お陰様で、スムーズに気持ちよく作業が出来ました。本日の二件目は、業者様のご紹介で荒川区西尾久へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物、贈答品、たくさんのゴジラやモスラなどのフィギュアをお売りいただきました。お着物は保管状態の良いものが多く、全て買い取らせていただきました。また何か出てきましたらお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。今日の昼食は、銀座にある「函館ラーメン 船見坂」へ行きました。わたしは味噌そばをいただきました。函館らーめんといえば塩ラーメンですが、そこはN尾氏に譲り、わたしは札幌ラーメン風の味噌らーめんにしました。もっちりとした麺に濃い目のスープがとても美味しかったです。N尾氏の塩そばも美味しかったようです。銀座にある公園の桜がとても綺麗でした。ほぼ満開ですね。明日は千葉県柏市、埼玉県三郷市へ出張買取。頑張ります!

11世 坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)1912(明治45)年~1981(昭和56)年
11代坂高麗左衛門は林利作の三男として山口県に生まれました。
本名を信夫、号を韓峯といいます。
1941(昭和16)年に帝国美術学校(現:武蔵野美術大学)を卒業し、
山口県立大津中学校に美術講師として勤務しました。
1948(昭和23)年、10代坂高麗左衛門の次女と結婚し、江戸時代からの萩焼宗家に入りました。
山口県立大津高等学校の退職後は義父に師事して作陶の道に進みました。
1956(昭和31)年、千家同門会山口県支部理事を就任しました。
山口県美術展で知事賞を受賞しました。
1958(昭和33)年、11代坂高麗左衛門を襲名しました。
1965(昭和40)年、萩市文化財審議会委員、萩市観光審議会委員を委嘱されました。
1967(昭和42)年、第一回杉道助文化奨励賞を受賞しました。
1968(昭和43)年、一水会賞を受賞し、一水会正会員となりました。
1969(昭和44)年、山口県美術展審査員を委嘱されました。
1970(昭和45)年、奈良東大寺の晋山式の際に抹茶碗400個を献納しました。
1971(昭和46)年、日本工芸会正会員となりました。
1973(昭和48)年、福岡県美術展審査員を委嘱されました。
山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1974(昭和49)年、福岡県美術展審査員を委嘱されました。
1975(昭和50)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
1981(昭和56)年、1月13日死去。

猗々斎(いいさい)は茶道藪内流(やぶうちりゅう)十二代。
京都生。透月斎の長男。名は紹智・紹称・紹光、猗々斎は号、別号に竹風紹智。昭和54年(1979)歿、75才。
太平洋戦争の最中に39歳で代を継承した猗々斎は、戦中戦後の困難な時代を、忍耐強く道統を守り、また、新しい時代に即応した家元の体制の確立や、門人の全国的組織作りなどの新しい試みを晩年になって次々と成し遂げました。
昭和43年には東京稽古場を開設し、昭和45年の万国博覧会には五家元と共に日本庭園の茶席を担当しました。また、著述や放送を通じての普及にも熱心で「茶道入門」や当流機関誌等に健筆をふるい、NHKの放送には毎回必ず自ら出演し、藪内流茶道の普及に努めました。
昭和49年には門人の全国組織「古儀茶道藪内流竹風会(こぎさどうやぶのうちりゅうちくふうかい)」、昭和52年には財団法人藪内燕庵の設立と、今日における藪内流の組織の基礎を確立されました。
藪内家 歴代 宗匠
[初代]剣仲紹智-藪中斎/[二代]真翁紹智-月心軒/[三代]剣翁紹智-雲脚亭/[四代]剣渓紹智-蕉雪斎/[五代]竹心紹智-不住斎/[六代]竹陰紹智-比老斎/[七代]竹翁紹智-桂陰斎/[八代]竹猗紹智-真々斎/[九代]竹露紹智-宝林斎/[十代]竹翠紹智-休々斎/[十一代]竹窓紹智-透月斎/[十二代]竹風紹智-猗々斎/[十三代]竹中紹智-青々斎

東京都北区堀船にて、清水六兵衛の染付茶碗、加藤景秋の志野茶碗などのお茶道具。

東京都北区堀船にて、清水六兵衛の染付茶碗、加藤景秋の志野茶碗など、お茶道具をお売りいただきました。

本日は東京都北区へ、お茶道具の出張買取でお伺いしました。お引越し前の断捨離との事です。今日はまさかの雪に驚きましたが、スタッドレスタイアを装着しておりましたので、慌てることなくお伺いすることができました。京焼の名工清水六兵衛の茶碗や美濃焼の名工加藤景秋の茶碗は、当社で強化買取り中の作家作品ですので、お客様にお喜びいただける査定額で買い取らせていただきました。茶碗の他にも、鉄瓶、釜、建水、水指、茶杓、香合などなど、一式お売りいただきました。良いお道具をお売りいただき、ありがとうございました。

ただいま六角堂では、茶碗をはじめ、壷・花瓶・皿など陶磁器の買取りに力を入れています。
流氷焼、小久慈焼、堤焼、楢岡焼、平清水焼、会津本郷焼、大堀相馬焼、笠間焼、益子焼、小砂焼、無名異焼、九谷焼、大樋焼、珠洲焼、越前焼、美濃焼、志戸呂焼、瀬戸焼、常滑焼、萬古焼、伊賀焼、信楽焼、膳所焼、湖南焼、京焼、楽焼、清水焼、朝日焼、御室焼、丹波立杭焼、明石焼、出石焼、赤膚焼、布志名焼、備前焼、虫明焼、萩焼、大谷焼、砥部焼、江山焼、上野焼、小石原焼、高取焼、唐津焼、伊万里焼、吉田焼、波佐見焼、三川内焼、小代焼、小鹿田焼、薩摩焼、壺屋焼、李朝時代の古陶磁器、中国の古陶磁器など幅広く買い取りしております。ご自宅にお持ちの陶磁器のご売却をお考えの際は、是非お気軽にご相談下さい。

加藤景秋(かとうかげあき)1899〜1972
岐阜県生まれの陶芸作家。本名は壮一。兄は林景正。
生涯を通して美濃桃山陶の再現を目指して研鑚しました。志野、織部を中心に作陶した。
1899年(明治32年)美濃(みの)焼の陶祖12代の次男として岐阜県に生まれる。
1916年(大正5年)17才で陶業に従事し始める。
1950年(昭和25年)美濃陶祖12代を継承する。
1955年(昭和30年)日本伝統工芸展に入選する。翌年昭和31年も入選。
1958年(昭和33年)岐阜県重要無形文化財保持者に認定される。
1972年(昭和47年)8月6日永眠。73歳。

埼玉県さいたま市浦和区にて、中国宣興銘の紫砂茶器、山野忠雄の袋帯などお着物。

埼玉県さいたま市浦和区にて、中国宣興銘の錫細工の入った紫砂茶器セット、伝統工芸士山野忠雄の西陣織袋帯などお着物をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。今回お買取した中国茶器は常滑焼のルーツとしても知られている中国宜興の茶壺です。錫の細工が素敵な茶器ですね。紫砂壺の特徴は、紫砂壺でお茶を淹れますと渋みや灰汁が茶壺に吸収され、お茶が美味しくいただけます。材料と焼成方法による特徴で、日本では焼き締めの常滑・備前・信楽焼きにも共通した特長でありますが、その効果は、紫砂壺が一番といわれております。紫砂壺は中国茶ばかりでなく、日本茶も美味しくいただけます。こちらの茶器は近年造られたものになりますが、古く時代感のあるものは高額査定となるものが多くございます。中国茶器、煎茶道具は六角堂で強化買取りしております。茶碗、茶托、香合、茶合、茶入、茶壺、水注、涼炉、急須、瓶掛、瓶敷、結界、硯屏、茶箱、器局、煎茶盆などの煎茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。また、訪問着、紬、留袖、伝統工芸士山野忠雄の西陣織袋帯などのお着物も一緒にお売りいただきました。シミや汚れなどもございましたが、全て買い受けさせていただきました。作家物のお着物、帯もあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品をまとめてお売りいただき、ありがとうございました。
帰りに倉庫近くの中華料理「磨味坊」さんへと寄り、スタミナ豆腐麺、餃子をいただきました。ここの麺は野菜がたくさん入っており、外食の多いわたしには大事に栄養源です。出張買取の予定が貯まっておりますので、たくさん栄養取って明日からも頑張ります!

東京都足立区中央本町にて、桐たんす、水屋箪笥、香玉堂の黄銅燻銀寶珠形鎚目蕪発釜。

東京都足立区中央本町にて、桐たんす、水屋箪笥、香玉堂の黄銅燻銀寶珠形鎚目蕪発釜をお売りいただきました。

今日は一日雨作業となりました。本日は解体業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。大正期の時代たんすに、香玉堂の黄銅燻銀寶珠形鎚目蕪発釜や茶托などのお茶道具をお売りいただきました。こちらの釜は明治頃のものでしょうか、香玉堂の作品は初めて取り扱わせていただきました。玉川堂などにも使用される銅製に鎚目、宝珠型の釜で、替え蓋も付いており素晴らしい釜を買い取らせていただきました。他にも掛軸を数本お売りいただきました。ご家族の方々に大切にされてきたお道具、大事に次へと橋渡しさせていただきます。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。
倉庫へ戻る途中、いつも寄らせていただいている「小池さんラーメン」へと寄りました。疲れがたまっておりますので、今日はスタミナラーメンをいただきました。ニンニクたっぷりスープで、美味しく栄養補給させていただきました。明日は二件の出張買取、台東区浅草、港区虎ノ門へと向かいます。明日も雨のようですが、一日頑張ります。
六角堂では、香玉堂をはじめ、玉川堂・上彬堂・松栄堂・銀川堂・山川堂・海玉堂・清雅堂・富貴堂などの茶器(湯沸、水注、急須、釜、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの製品を探しております。ご不要のお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

東京都文京区にて、長岡空味の楽山焼茶碗、須田菁華の呉州赤絵赤玉馬上盃など茶道具一式。

 

東京都文京区千石にて、長岡住右衛門九代長岡空味の楽山焼茶碗、三代須田菁華の呉州赤絵赤玉馬上盃など茶道具一式をお売りいただきました。

断捨離との事でお呼びいただきました。十年以上前に茶道をやめてしまい、長い間しまったままにされていたお茶道具を一式出していただきました。茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、茶杓、鉄瓶、茶棚、炉縁などのお茶道具を一式お売りいただきました。お茶道具は当社で最も得意としている取り扱い商品ですので、一点一点丁寧に説明させていただきお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。長岡空味は、7代長岡空入の子で通称を国といい、楽山焼の九代目となりました。空味はたまたま茶道の復興の時期に遭遇し、大正6年に催された松平不昧公百年祭に公開された茶道名器にふれて刺激を受け、これを機に茶趣が加わり名工と称賛されました。須田青華は北大路魯山人とも造詣が深い九谷焼の名門。こちらは三代の作品となります。良い時代のお茶道具、まとめてお売りいただきありがとうございました。
今日は骨董屋の先輩が近くへ買い取りに来ていると連絡をいただき、わたしの大好きな「とんでん」さんで合流しました。先輩の奢りという事でしたので、贅沢にうな重をいただいてしまいました。久々の鰻にいわしの骨せんべい、とっても美味しかったです。ご馳走様でした!

9代 長岡空味(ながおかくうみ) 1874(明治7)年~1960(昭和35)年
1716年頃、松江藩主松平不昧候が同地の焼き物であった楽山焼(4代加田半六の頃)廃絶の危機に対し、
布志名焼陶工であった住右衛門を招いて5代楽山焼窯主として再興を模索したのが始まりといわれております。
以降長岡住右衛門を継承して代々松江藩の御庭焼として制作を続けている陶家で楽山焼の9代目、長岡住右衛門としては5代目となる。
現在は代数の多い9代長岡住右衛門と称す方が通例となっております。

9代長岡空味は9代坂高麗左衛門に師事しました。
1917(大正6)年、不昧公百年祭に公開された茶器名品に刺激されて茶趣がより加わりました。
楽山焼を後世に残した業績は多大で名工の誉が高いです。
藩窯の流れを汲む事から御用窯としての格式を重んじて品位を重視し、
楽山焼の窯場に松平不昧と千利休の坐像を残しました。

須田菁華(すだ せいか)
初代 須田菁華  (1862~1927)は、文久2年(1862)金沢の商家に生まれる。初名与三郎。
明治13年(1880)石川県勧業試験場陶画部を卒業し、京都に出て製陶を研究する。
明治16年(1883)九谷陶器会社に入社。
明治18年(1885)画工長となる。
明治24年    山代温泉に錦窯を築く。
明治39年(1906)自家専用の登窯「菁華窯」を築く。
染付・祥瑞・安南・伊賀・万暦・古赤絵・古九谷などの彷古品に妙技を振るう。
大正4年(1915) 北大路魯山人(当時福田大観)が訪れ魯山人に陶芸の手ほどきをする。
江沼郡九谷陶器同業組合長。
昭和2年(1927) 没。
二代 菁華    明治25年(1892)~昭和46年(1971)初代菁華の子。本名吉次。
三代 菁華    大正5年(1916)~昭和56年(1981)
四代 菁華    昭和15年(1940)~ 三代菁華の子。
金沢美術工芸大学洋画科卒業後、家業を継承するべく父、祖父に就いて陶法を修行。
昭和56年(1981)三代菁華の死去に伴い、四代を襲名。

東京都杉並区成田東にて、桐箪笥、火鉢、お茶道具、釜師山城清逸の蓮葉鉄瓶など。

東京都杉並区成田東にて、明治期の時代桐たんす、火鉢、お茶道具、釜師山城清逸の蓮葉鉄瓶などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理にてお呼びいただきました。今回お売りいただきました茶道具は、江戸~昭和初期頃の古き良き時代のお道具が多くございました。茶碗や水指、蓋置、香合、建水、棗、茶入、茶杓、鉄瓶など、一式買い受けさせていただきました。鉄瓶は、釜師山城清逸の作。残念ながら、作家の詳細は分かりませんでしたが、おそらく江戸後期頃の作品かと思われます。造りが良く、大変出来の良い作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。蓮の葉に蟹のアクセントがとても可愛らしい鉄瓶ですね。とても大事にされていたお道具たち、大切に次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、六角堂をご指名いただきありがとうございました。
倉庫へ戻る途中、私にとってのソウルフード「山田うどん」さんへと寄りました。今日は、季節限定メニューの「菜の花天節とろうどん」にかき揚げをトッピングしました。菜の花天、とても美味しいですね。今日もまた、春を感じさせていただきました。早く春となって暖かくなってほしいものです。
現在六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門、佐藤清光、菊池政光

東京都港区三田にて、中村宗悦の茶入、棗、中村孝也の金輪寺などのお茶道具。

東京都港区三田にて、中村宗悦の井伊宗観好 早梅に鴛鴦蒔絵老松茶入、井伊宗観好 萩に雁蒔絵紅溜八角棗、加賀蒔絵師中村孝也の蔦蒔絵蔦金輪寺などのお茶道具一式を買い取らせていただきました。

お茶道具の整理にてお呼びいただきました。数年前まではお茶をされていたようですが、今はもうする機会がなくなったので、今回断捨離をするとの事でお呼びいただきました。茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、茶杓、菓子皿、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を一式お売りいただきました。あまり使用されていなかったのか、未使用の物、美品が多かったです。お茶道具は強化買取りしており、当社で最も得意としている取り扱い商品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。たくさんの良いお道具をお売りいただきありがとうございました。また、中村宗悦、中村孝也のような漆芸作家の作品も強化買取り中です。お茶道具、漆芸作品などをご処分の際には、六角堂をご指名ください。
本日は志木市場の開催日でしたので、出張帰りに寄らせていただきました。いつものように市場終了後、みんなで食事をさせていただきました。朝霞市にある成城苑というお店で、市場の日にはよく連れて行ってもらってます。明日は私の誕生日ですので、みんなでわたしにご馳走してくれました。とっても美味しかったです。T橋氏、O橋氏、N尾氏、ご馳走様!

中村宗悦(なかむら そうえつ)
1932年 石川県で生まれる
1946年 父に師事して髹漆(きゅうしつ)を学ぶ
1967年 徳恩寺・中尾宗和老師より茶道の指導を受ける
1979年 全国漆器展で林野庁長官賞を受賞する
1982年 全国漆器展で知事賞を受賞する
1983年 全国漆器展で精漆組合賞を受賞する
1987年 茶名「宗恭」拝受する
1992年 茶道準教授を拝受する
1994年 加賀古陶・上野与一に陶芸の指導を受ける
1996年 石川県展で入選する

中村孝也(なかむらたかや)
石川県加賀市在住の加賀蒔絵作家。
昭和16年11月7日に加賀に生まれる。
日展作家池田喜一氏等、多くの弟子を育てた豊島文洲氏に永年師事し、茶道具に対する真摯さと精神を受け継ぐ。
昭和54年10月 日芸展 大日本華道会賞
昭和55年10月 日芸展 審査員奨励賞
昭和59年3月  日芸展 日本女性新聞社賞
昭和63年12月 シュワルナゼ外相夫妻来日の折 裏千家より記念品 に『平棗葡萄蒔絵』が選ばれる。

東京都国立市にて、時代桐たんす、書道具、煎茶道具、大田垣蓮月尼の蓮葉形煎茶碗、古銀茶托。

 

東京都国立市にて、明治期の時代桐箪笥、書道具、煎茶道具、大田垣蓮月(蓮月尼)の蓮葉形和歌彫煎茶碗、古銀茶托をお売りいただきました。

遺品整理にて、お呼びいただきました。お婆様が生前大切にされていた煎茶道具や、硯、墨、筆などの書道具を買い取らせていただきました。買い取らせていただいた大田垣蓮月の煎茶道具は長きにわたって人気がございます。人気になればなるほど偽物という言葉が付きまとってくるのが骨董品です。多くの作家は自分の贋作が出されるのを嫌いますが、太田垣蓮月は「自分の偽物でその人が食べていけるのなら」と贋作の存在を許しました。その為、太田垣蓮月の作品には贋作が多い事から、見極める目を持っている鑑定士の判断が必要なお道具となっております。本物と贋作では、査定額に大きな違いが出ます。太田垣蓮月の作品をご処分される際には、普段から作品を扱っている六角堂へお任せください。古き良き時代の書道具、煎茶道具などの諸道具をお売りいただき有難うございました。
本日は日曜日で子供たちが家で暇をしており、長男が倉庫の掃除を手伝ってくれるというので、早々に帰宅しました。日曜日でしたので、道がガラガラでした。急にわたしのお手伝いをしたいというので何か魂胆があるなと思っておりましたが、何やら欲しいものがあるとのこと。子供は素直ですね。片付け整理を終え、今夜の夕食は家族で「ステーキのどん」さんへと行きました。こちらにはスープバーがあり、美味しいのでついつい飲み過ぎてしまいます。本日も五杯以上飲んでしまいました。とても美味しかったです。

大田垣蓮月(おおたがき れんげつ)
幕末・明治の歌人。一説に父は伊賀上野藩主藤堂氏、大田垣光古の養女。名は誠、蓮月は号。歌道を千種有功に学び武芸にも長じる。夫と死別後、神光院月心の門に入り、尼となる。小沢蘆庵・六人部是香に私淑し、若き富岡鉄斎を薫陶して頼三樹三郎・梁川星巌・梅田雲浜らと親交する。また手捏ねの茶器に自詠の歌を彫りつけた蓮月焼と称される陶器を作る。明治8年(1875)歿、85才。

東京都国分寺市にて、桐たんす、茶道具、村瀬治兵衛の独楽茶器。

東京都国分寺市にて、桐たんす、茶道具、村瀬治兵衛の独楽茶器をお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理にてお呼びいただきました。古いものがたくさんあるとの事でお呼びくださりましたが、お茶道具をはじめ、日本人形、置物などがございました。お茶道具がたくさんあり、全て買い取らせていただきました。村瀬治兵衛の独楽茶器は、当社で買い取りを強化している作家の作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。初代村瀬治兵衛は名古屋の木地師の家に生まれ、薄手と荒挽きの両方を得意とし、魯山人の指導を受けた漆芸家。茶の湯の世界では有名な方です。現在は三代が跡を継ぎ、作品を制作しております。良いお道具をお売りいただきありがとうございました。
帰宅後、家族でららぽーと富士見に行き、「彩の国レストラン」さんで夕食をいただきました。こちらのお店は、色々な野菜をたくさん使った自然食ビュッフェレストラン。外食が多く、野菜不足が続いておりますので、こちらには時々寄らせていただいております。本日もまた、たくさんの野菜を補給させていただきました。
六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取しております。作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。
お茶道具の強化買取作家は以下となります。
千家十職 大西清右衛門、駒沢利斎、土田友湖、黒田正玄、永楽善五郎、中川浄益、楽吉左衛門、中村宗哲、奥村吉兵衛、飛来一閑
陶芸 朝日豊斎、上田直方、 大樋長左衛門、 小川長楽、大野鈍阿、亀井楽山、久世久宝、坂倉新兵衛、坂田泥華、清水六兵衛、須田青華、杉田祥平、杉本貞光、膳所焼陽炎園、田原陶兵衛、高取静山、高取八仙、高橋道八、長岡空権、中村翠嵐、西村徳泉、三浦竹軒、三浦竹泉、宮川香斎、清風与平
金工 角谷興斎、角谷一圭、角谷莎村、金谷五良三郎、木村清五郎、菊地政光、 佐藤浄清、高橋敬典、 高木治良兵衛、長野烈、根来実三、根来茂昌、畠春斎、明珍
漆芸 一后一兆、川端近左、川瀬表完、前畑雅峰、道場宗廣、村瀬治兵衛、渡辺喜三郎
作家の無い、時代お道具なども探しております。お茶道具を売却される際には、六角堂までお問い合わせください!

初代村瀬治兵衛(むらせじへい)
1897年(明治30年)4-5代続く木地師の家に生まれる。極薄挽きを得意とする腕の良さがあったが素地まででは満足せず、漆器として完成品を目指した。魯山人の塗師・木地師として椀を作り、”はつり”の生かした薄挽きの中に大胆さがある特徴的な作風が作られた。その後、東京からの注文が増え、昭和26年(1951) 一家で東京へ移動。昭和51年には二代に代を譲って治庵と名乗り、陶芸の楽茶碗制作を始める。

東京都三鷹市深大寺にて、お着物、お茶道具一式、贈答品の買取り。

東京都三鷹市深大寺にて、お着物、お茶道具一式、贈答品などをお売りいただきました。

お家建て替え前のお片付け整理でお呼びいただきました。お母様の大切にされていたお着物、お茶道具などをまとめて買い取らせていただきました。お茶道具は、金森紹栄の尻張釜、金森浄栄の唐銅道安形風炉の他、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、花入、茶杓、菓子皿、茶棚などが一式ございました。裏千家茶道をされていたようです。お母様の思い出のお着物やお道具達、大切に次へと橋渡しさせていただきます。新居が楽しみですね。とても素敵なご家族でした。運び出しの時に、車を見ていただいたりお気遣いくださり有難うございました。
本日は志木市場の開催日でしたので、帰りに寄らせていただきました。市場終了後、いつものようにT橋さんの奢りで食事をすることとなりました。奢りと聞いた時は必ず焼肉店などで贅沢させてもらっております。今日もまた、朝霞市にある「和牛炭火焼肉 味道苑」さんへと寄らせていただきました。人気店のため、団体ではなかなか入れないのですが、今日は幸運にも入ることができました。こちらのお店は、シャキシャキ白菜のキムチがとても美味しく、必ずいただくようにしております。焼肉にデザートまで、お腹いっぱいいいただいてしまいました。T橋さん、ご馳走様でした!
六角堂では、裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりにお伺いし、査定させていただきます。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。お客様にご満足いただけるよう、頑張ります!

金森紹栄(かなもりしょうえい)
初代は、高岡の唐銅風炉の創始者として唐銅製茶道具の研究と力作に励んだ人で、大徳寺清涼和尚より紹栄を授号されました。
二代目金森紹栄は1930年、高岡市上北島で生まれ、金沢美大にて金工・鋳芸を学び、十三代目大西清右衛門(浄長)の息子である京都紫野の大西三四郎に師事しました。独立後は茶釜などの茶道具を中心に制作。