東久留米市にて、翠嵐窯の建水、辻清明の茶碗、黄瀬戸茶入などの茶道具。

東京都東久留米市にて、油揚手時代黄瀬戸茶入、中村翠嵐窯の紫交趾唐草建水、辻清明の萩茶碗、木村清五郎の炭道具などの茶道具、北斎名画撰をお売りいただきました。

昨年お茶道具の整理でお呼びいただいたお客様に、再度お呼びいただきました。表千家茶道の師範をされていたお客様で、茶道具の在庫がたくさんございます。徐々にご処分されるとのことで、前回に続き本日も数点お売りいただきました。今回お売りいただいたお道具は、中村翠嵐窯の紫交趾唐草建水、辻清明の萩茶碗、木村清五郎の炭道具、油揚手時代黄瀬戸茶入、皆具や数茶碗など。時代黄瀬戸茶入は油揚手(あぶらげ手)のもので、大黒屋金襴の仕覆に納められております。こちらはお客様のお母様が大切にされていたお道具。口に直しがあるものの、良い茶入れに仕上がっております。北斎名画撰は葛飾北斎の名画を木版(縮刷版)をにしたもの。高見澤研究所発行、全49枚組。多少のシミはありましたが、全て揃っており比較的状態の良いものでした。こちらお客様が大切に保管していたお品でしたので、65000円の高額査定で買い取らせていただきました。本日も一点一点丁寧に査定させていただき、買取させていただきました。お客様、お客様のお母様が大切にされていたお道具、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二度にわたり六角堂をご指名いただき有難うございました。
帰りに「丸源ラーメン東久留米店」へ寄り、食事をしました。いつもは肉そばを食べますが、今日は黒とんこつにドッカンねぎ。とても美味しくて、わたしもN尾氏も替玉いただきました!

中村翠嵐(なかむらすいらん)1942年(昭和17)~
交趾焼の第一人者として知られ、青、紫、黄、緑などの鮮やかな釉薬発色の交趾焼作品を得意としております。中村翠嵐の作品には、基本的な茶道具四器(水指、杓立、建水、蓋置)を一式そろえた皆具や茶碗、水指、蓋置、喰籠、香合、鉢、花入、茶器、火入、銘々皿など種類が豊富にございます。
1942年 京都で生まれでる。
1961年 京都市立日吉ケ丘高校美術課程陶芸家を卒業する。陶磁器上絵付業を営む父、初代翠嵐に師事する。
1974年 二代 翠嵐を襲名する。
1984年 第06回京都・清水焼展グランプリ受賞。第09回全国伝統的工芸展NHK会長賞受賞。
1987年 京都・清水焼伝統工芸士に認定される。
1993年 125年ぶりの海外展「現代の京焼・清水焼パリ展」に出品、同展実行委員長を務める。
2003年 京の名工 京都府伝統産業優秀技術者賞。
2010年 現代の名工(卓越した技能者)厚生労働大臣賞を授かる。
2014年 伝統工芸業務功労者として「瑞宝単光章」受章。
以後多数の個展・展示会を開催し活躍中。次代の娘も作陶中。

辻清明(つじせいめい)1927年(昭和2)~2008年(平成20)
富本憲吉や板谷波山と言った日本を代表する陶芸家に薫陶を受けると東京都多摩市に開窯。 「明る寂び」と呼ばれる美意識の表現を目指し信楽を中心に焼締を中心に作陶すると一躍大陶芸家へとのし上がる。 陶芸作品のほかにガラス工芸のコレクターとしても有名で、90年頃より自らもガラス製作を手掛けました。
1927年 東京都で生まれる。
1941年 姉・輝子と共に、辻陶器研究所を設立。日本現代工芸美術展で25回記念賞を受賞する。
1952年 新工人会を設立。
1952年 光風会展で工芸賞受賞。
1955年 現代生活工芸協会会となる夫人・協と共に多摩丘陵に辻陶器工房を設立。
1964年 日本陶磁協会賞受賞。
1968年 シドニー・ボナイスン画廊を皮切りに、以後世界中のギャラリーで個展を開催する。
1983年 日本陶磁協会金賞受賞。
1990年 藤原啓記念賞受賞。第33回日展審査員をつとめる。
2006年 東京都名誉都民に認定される。
2008年 肝臓がんのため逝去。
陶印は「清明」、「ツ」

 

横浜市港南区にて人間国宝志村ふくみ、森口華弘、芭蕉布、宮古上布などの着物や帯、青葉区にて三味線。

 

神奈川県横浜市港南区にて人間国宝志村ふくみ、森口華弘、芭蕉布、宮古上布などの着物や帯、青葉区にて三味線をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は神奈川県横浜市港南区へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お母様が着ていらっしゃったお着物の出張買取でお呼びいただきました。人間国宝のものや芭蕉布、宮古上布など、当社で買取を強化しているお着物が多数ございました。他社と相見積もりでしたが、一点一点丁寧に査定させていただき、全て当社で買取させていただきました。画像上から、人間国宝:志村ふくみ(しむらふくみ)の草木染紬織、人間国宝:森口華弘(もりぐちかこう)の手描き友禅黒留袖、人間国宝:森口邦彦(もりぐちくにひこ)の蒔糊友禅訪問着、人間国宝:羽田登喜男(はたときお)の木賊におしどり文名古屋帯、人間国宝:山田貢(やまだみつぎ)の色留袖、人間国宝:中村勇二郎(なかむらゆうじろう)の江戸小紋、人間国宝:中村勇二郎(なかむらゆうじろう)の宇治平等院梵鐘文江戸小紋、人間国宝:与那嶺貞よなみねさだ)の読谷山花織、琉球紅型人気作家:城間栄順(しろまえいじゅん)の紅型名古屋帯、芭蕉布(ばしょうふ)、宮古上布(みやこじょうふ)二点。素晴らしいお着物や帯ばかりでした。他にも人間国宝や伝統工芸士の作品、大島紬や結城紬など証紙付きのお着物がございました。残念ながら何点はシミが出てしまっておりましたが、全て買い受けさせていただきました。また、反物や道明新兵衛の帯締めなど和装小物も買い取らせていただきました。良いお着物が多数ありましたので、査定にお時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。
本日二件目は、横浜市青葉区へ、お琴の買取でお呼びいただきました。お売りいただいた三味線は、一点がお稽古用、一点が演奏用の三味線。演奏用の三味線は、子持ち綾杉彫りの地唄三味線。和楽器の買取も厳しくなってきてはおりますが、まだまだ需要のある良い三味線でした。付属のケースや撥なども併せてお売りいただきました。お母様が大切にされていた三味線、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき有難うございました。
遅い時間になってしまいましたが、今日は牛角さんで本日一食目の食事をしました。スタッフのN尾氏にはいつも頑張ってもらっておりますので、久々焼肉に連れていきました。牛角さんの焼肉、チゲ鍋、どれも美味しかったです。明日はお売りいただいたお着物の仕分け、出張見積もりなど、また一日頑張ります!

埼玉県さいたま市緑区にて、出岡実の油彩画「こぶし咲く」「伎芸天」

埼玉県さいたま市緑区にて、出岡実の油彩画「こぶし咲く」、「伎芸天」、をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、元春陽会会員、物故作家の出岡実(いずおかみのる)の油彩画二点。出岡実は東京生まれの洋画家、詩人。春陽会、日本現代詩人会、日本文藝家協会の各会員。洋画家の巨匠、中川一政を師に持つ。風景画や仏画に優れ、また世界的な版画家でもありました。お売りいただいた作品は、「こぶし咲く」、「伎芸天」。どちらもまた出岡実らしい作品であります。共シールもありますし、作品の状態も良かったので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。大切に飾られておりました絵画、大事に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、また素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
昨日は市場がありましたので、帰りに荷物の片付けで市場へと寄りました。市場近くの「中華料理 五番」さんで夕食をいただきました。味噌らーめんのセット、寒くなってきましたので温まります。野菜が多く、美味しかったです。

出岡 実(いずおか みのる)
1929年 東京日本橋に生まれる。
1952年 春陽会賞受賞。
1959年 シェル賞展佳作。
1960年 春陽会会員推挙、中川一政先生より受賞。安井賞候補展出品。
1962~98年 名古屋画廊で個展。
1966~82年 モザイク壁画制作。
1969年 天井壁画障壁画制作(大宝院恵日山観音)。名古屋松坂屋で個展。
1971~99年 上野松坂屋で個展。
1975年 愛知県美術館作品買い上げ。
1978年 鳴河ビル壁画制作。大乗院内障壁画制作。
1981年 アメリカ国際展銀賞受賞(ロサンゼルス)。
1983年 大乗院帝釈堂壁画制作。
1985年 中日美展(台湾国立歴史博物館)招待出品。
1986年 年度美術選賞受賞。
1989年 サージ・マルジス賞受賞・(パリ)。
1990~94年 大阪三越「花との出会い」展。NEW YORK版画大賞展大賞受賞。
1995年 壁画制作(両口屋是清新宿店・名古屋東新町店)。日輪寺障壁画制作。
1996年 春陽会出品作(ダフネの祈り)第2回芸術倶楽部大賞受賞。
2001年 5月16日、逝去。

さいたま市西区にて真葛香斎の花入、白鳳造の皆具、鈴谷茂翁の棗。

 

埼玉県さいたま市西区にて真葛焼宮川香斎の黄交趾鶴首花入、平安白鳳造の染付祥瑞皆具、鈴谷茂翁の双鶴蒔絵棗など、茶道具一式の出張買取。

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県坂戸市へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物や雑貨、人形などをお売りいただきました。お着物は残念ながらシミなどが出てしまっているものが多くありましたが、お母様の思い出のお着物、全て買い受けさせていただきました。なるべくお荷物を減らしたいとのこと、他にも雑貨やお人形など当社でリサイクル出来るものを集めて、まとめてお売りいただきました。ご家族の大切な思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。本日二件目は、業者様のご紹介でさいたま市西区へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介いただき有難うございます。本日お売りいただいたお品は、真葛焼宮川香斎の黄交趾鶴首花入、平安白鳳造の染付祥瑞皆具、鈴谷茂翁の双鶴蒔絵棗など、茶道具一式。京都東山の伝統的な焼物である真葛焼。この真葛焼を極めた人物こそが真葛香斎であります。京焼のもつ洗練された独特の焼物文化を引き継ぐ、美しくモダンなそのデザインは、外国の方々に人気があり、生産数は年々増えてきていると言われております。真葛香斎は代々受け継がれている家督となっており、現在では宮川香斎という号で当主が活躍を続けています。六角堂では京都真葛とよばれる宮川香斎(真葛香斎)、横浜真葛とよばれる分家筋・宮川香山の茶道具を強化買取中です。真葛香斎作品の他にも、たくさんの茶道具をお売りいただきました。箱のないものも多くございましたが、全て買い受けさせていただきました。たくさんのお道具をお売りいただき有難うございました。
本日は市場の開催日。出張買取の後に市場へ行き、帰りにみんなで食事をしました。今日も市場で奢っていただけるとのこと、朝霞市にある大庄水産さんで贅沢させていただきました。刺身の盛り合わせ、生牡蠣、のどぐろの煮つけなど、とても美味しかったです。仲間達で行く市場の後の食事は、とても楽しいです。

宮川香斎(2代 真葛香斎) 1922(大正11)年生
5代宮川香斎(2代真葛香斎)は東京に生まれました。
旧姓を杉本三喜重、号を香斎・治平(隠居後)といいます。
1946(昭和21)年、4代宮川香斎(初代真葛香斎)の長女と結婚して宮川家に入籍しました。
1972(昭和47)年、5代宮川香斎(2代真葛香斎)を襲名しました。
表千家13代即中斎宗左より「真葛」の印を授かりました。
2002(平成14)年、養子・和男に家督を譲って隠居し、「治平」を名乗りました。
久田家11代無適斎宗也の逝去後は12代尋牛斎宗也に指導を仰いで茶陶を制作しました。
陶印は「香斎」 「真葛」「十水五石」ほか

千葉県柏市にて、尺八、柴田祐作の絵画、萄雅彦の油彩画、リトグラフ。

本日は二件の出張買取。二件とも柏市の出張買取でした。一件目は、柏市柏へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは絵画四点、尺八をお売りいただきました。絵画のうち一点は柴田祐作のガッシュ画(水彩画)。タイトルは「水郷暖日」。柴田祐作らしい代表的な作品となってます。尺八は林仙の銘あり。都山流のもので、内朱塗、銀縁に銀歌口となってます。残念ながら中継ぎの箇所にヒビが入ってしまっておりました。良い尺八でしたので、こちらも買い取らせていただきました。他にも古銭などの見積もりをさせていただきました。次回、またお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。二件目は、先日業者様のご紹介でお呼びいただき、絵画の見積もりをさせていただいたお客様宅へお伺いしました。お売りいただいた絵画は、萄雅彦どうまさひこ)の油彩画二点、リトグラフ三点。油彩画のタイトルは「秋」、「オレンジの視点」、リトグラフは「虹の伝説」など。タトウ箱にシミがありましたが、作品自体は良い状態でしたので、精一杯の査定額で買い取らせていただきました。二度にわたりお呼びいただき、有難うございました。温かいコーヒーをいただき、ご馳走様でした。
帰りに柏市内にある「夢庵」さんへ寄り、食事をしました。わたしは秋限定メニュー「牡蠣の味わい味噌鍋膳」をいただきました。大好物の牡蠣の季節、今年もたくさん牡蠣をいただきます!

柴田祐作(しばたゆうさく)
大正14年 千葉県佐原市に生まれる
昭和21年 小堀進先生に師事 白日展初出品
昭和22年 水彩連盟展初出品
昭和24年 白日展奨励賞受賞 日展初入選
昭和25年 白日会準会員
昭和26年 水彩連盟会友奨励賞受賞
昭和27年 日展入選(以後連続入選)
昭和28年 水彩連盟準会員
昭和29年 白日会会員
昭和30年 日展岡田賞受賞
昭和33年 水彩連盟会員
昭和40年 日展特選受賞
昭和48年 白日展中沢賞受賞
昭和62年 水彩連盟退会
昭和63年 日展審査員
平成元年 日展会員
平成 7年 日展審査員
平成11年 日展会員賞受賞
平成12年 日展審査員
平成15年 日展文部科学大臣賞受賞
平成17年 日展審査員

萄雅彦(どうまさひこ)
1930年 東京都青山に生まれる。
1960年 レリーフ創作に入る。
1975年 木版画創作に入る。
1976年 渡欧。
1977年 新日本美術院展特賞受賞。
1981年 日仏現代美術展入選、 パリ、グランパレ国立美術館出品。
1982年 個展開催、  国際アジア現代美術展版画部入賞、  国際芸術文化振興会、会長賞受賞、  亜細亜美術展海外選抜賞。
1983年 スペイン美術賞展トリエンナーレ入選、 パリ・サロン・ド・メ選考委員会賞。
1984年 オーストラリア美術展最優秀賞受賞。
1985年 パリインターナショナルサロン招待出品。  講談社より萄雅彦版画集出版。
1986年 東京大学に作品収蔵(版画・レリーフ) モントリオール日本芸術祭参加、 カナダ首相ブライアン・マローニ功労賞受賞。
1987年 サロン・インターナショナル・ド・パリ  グランプリ受賞。
≪作品収蔵≫
スペイン近代美術館、 クイーンズランド芸術大学、東京大学など。

埼玉県桶川市にて、人間国宝井上萬二の湯呑、七代加藤幸兵衛の陶額の買取。

埼玉県桶川市にて、人間国宝井上萬二の白磁緑釉椿彫文湯呑、七代加藤幸兵衛の褐釉陶額などの陶芸作家作品をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理にてお呼びいただきました。有田町の陶芸家で重要無形文化財保持者(人間国宝)井上萬二の作品をはじめ、作家物の作品が多くございました。当社で買い取り強化中の作品も数点あり、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けいたしました。本日は六角堂をご指名くださり有難うございました。
六角堂では、人間国宝、作家物の作品を強化買取りしております。作家のない作品も多数扱っておりますので、ご処分される前に一度お問い合わせください。
市場へと戻る途中、さいたま市にある一風堂さんへ寄り、食事をしました。赤丸らーめんにきくらげをトッピング。とんこつスープが美味しく、久々替え玉をしてしまいました。一風堂さん、美味しいです!

陶芸(人間国宝) 色絵磁器-富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門 鉄釉陶器-石黒宗麿、清水卯一、原清 民芸陶器-濱田庄司 志野-荒川豊蔵 萩焼-三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪) 備前焼-金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼-中里無庵 染付-近藤悠三 白磁・青白磁-塚本快示 琉球陶器-金城次郎 鉄絵-田村耕一 練上手 -松井康成 白磁-井上萬二、前田昭博 三彩-加藤卓男 民芸陶器-島岡達三 青磁-三浦小平二、中島宏 彩釉磁器-三代徳田八十吉 常滑焼(急須)-三代山田常山 釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統 無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水 小石原焼-福島善三 瀬戸黒-加藤孝造

井上萬二(いのうえまんじ)
佐賀県西松浦郡有田町出身。生家は窯元であったが軍人を志し、15歳で海軍飛行予科練習生となった。翌1945年に復員し、父親の勧めで酒井田柿右衛門|の元で働き始める。修行7年目の1952年頃に奥川忠右衛門の作品に衝撃を受け、門下生となり白磁や轆轤の技法を学んだ。1958年に酒井田柿右衛門窯を退社し、県立有田窯業試験場の技官として勤務を始める。その傍らで独自の意匠や釉薬の研究に励んだ。
1969年、ペンシルベニア州立大学から有田焼の講師として招かれて渡米し、5ヶ月間担当した。海外での活動はドイツなどでの個展や2002年3月のモナコ国王の在位45年記念の展覧会など、多岐にわたっている。1968年、第15回日本伝統工芸展で初入選を果たす。1977年に全国伝統的工芸品展通産大臣賞、1987年には第34回日本伝統工芸展で文部大臣賞を受賞した。1995年5月31日に重要無形文化財「白磁」保持者に認定、1997年紫綬褒章を受章。2002年、モナコ国王の在位45年記念の展覧会開催。2003年旭日中綬賞受賞。
2007年現在、有田町で息子の井上康徳と共に井上萬二窯と平屋建てのギャラリーを構えている。華やかな絵付けが中心の有田焼の中で、白磁に徹するという独特の制作を続けている。教え子は既に500人、アメリカでも150人を超え、なお後進の育成にも力を注いでいる。独自の意匠や釉薬の研究に励み、ろくろの神様と言われている。 端正かつ滑らかな造形白磁、美しさを現在でも追究している。

七代加藤幸兵衛(かとうこうべい)1945年(昭和20)~本名 裕英(やすひで)
人間国宝である加藤卓男を父に持ち、日展、朝日陶芸展で最高賞を受賞するなど、各陶芸展で高い評価を受けて
いる美濃の陶芸家、七代加藤幸兵衛氏。伝統的な作品や、現代感覚の「オブジェ」の作品も制作し、近年は、加藤卓男氏の「ペルシア陶技」を継承した作品をも制作しています。
また現在、社団法人 美濃陶芸協会の会長として、美濃陶芸振興のため活動しています。
1945年 岐阜県に、父加藤卓男(人間国宝)祖父に五代加藤幸兵衛を持つ名家に生まれます
1964年 京都市立美術大学工芸科に入学し、近藤悠三、清水六兵衞氏などに師事します。(1968年 同校を卒業。)
1967年 「朝日陶芸展」で、最高賞を受賞します。
1969年 「日展」で特選北斗賞を受賞します。(1981年にも同賞を受賞。)
1973年 「中日国際陶芸展」で、準大賞を受賞。
1980年 「日本新工芸展」で新工芸会員賞を受賞し、外務省買上となります。
1982年 「日本新工芸展」の審査員に就任します。1987年 日展審査員。
1995年 七代 加藤幸兵衛を襲名します。同年「日本新工芸展」で文部大臣賞を受賞。
2006年 父卓男の逝去に伴い、ペルシア陶技の継承を決意し、日展を退会します。

東京都世田谷区にて、本場黄八丈、曽根武勇のお召、袋帯など着物や和装小物など。

   

東京都世田谷区世田谷にて、本場黄八丈、曽根武勇の西陣織御召訪問着、袋帯、与那国伝統織物花織、久米島紬など着物や和装小物など多数お売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。先月末にお問い合わせいただき、本日ようやく出張買取にお伺いすることが出来ました。京都出張などでお待たせしてしまい大変失礼しました。本日お売りいただいたお品は、作家物などのお着物や帯、和装小物、北村西望のブロンズ額など。叔母様からいただいたというお着物、大変状態の良いものが多く、また当社で買い取りを強化している人間国宝、作家物のお品が多くございました。大変良いお品でしたので、数時間かけ一点一点丁寧に査定させていただきました。残念ながら丈が短かった為、お客様のご希望の額には若干届きませんでしたが、精一杯の査定額で全て買い取らせていただきました。羽織や襦袢などはなかなかお値段の付けられないものですが、こちらのお品は良いものが多く、全て買い取らせていただきました。査定終了までの長いお時間お付き合い下さり有難うございました。
本日は世田谷区の出張帰りでしたので、出張帰りに上北沢にある長浜らーめんさんへ寄りました。近所に出張帰りに来た時には、いつも寄らせてもらってます。タマネギをたっぷり入れてもらうととても美味しいです。また寄らせていただきます。

曽根武勇(そねぶゆう)
西陣織といえば袋帯などの「帯」の産地としてとても有名ですが、織物の着物として西陣で作られているのが「御召(おめし)」です。「御召」の名称は徳 川11代将軍、家斉(いえなり)公が好んで着装され、身分の高い人がお召しになったことから織物の名前になったと伝えられています。
曽根武勇(そねぶゆう)は、味のある手のこんだ様々な御召を手織されている数少ない作家。これまでに着物雑誌に幾度となく紹介されております。70歳を超えて、なお、現在も現場でご活躍されています。
昭和20年 静岡県焼津に生まれる。
昭和38年 静岡県立浜松工業繊料卒。学卒後全国物産地を見閉、各地の染織者を訪ねる。
昭和59年 染織工房田歌設立。
昭和60年 第9回全国伝統的工芸品展入選。第14回日本工芸会近畿展入選。法隆寺昭和大修理「幡」製織。
昭和61年 第13回工芸産業技術コンクール入選。第10回全国伝統工芸品展入選。第15回日本工芸会近畿展入選。西陣織大会通産大臣賞受賞。
平成4年 薬師寺伎楽衣装縫織。
平成5年 西陣織大会中小企業庁長官賞。
平成6年 伝統工芸士認定。現在、様々な作品をコンクールに出品されております。

本場黄八丈(ほんばきはちじょう)
東京都八丈島で作られている絹織物。「黄八丈」は八丈島で「黄八」と呼ばれている山吹色の黄色を主とした縞や格子柄の絹織物。
本場黄八丈の特徴は「黄」、「樺(かば)」、「黒」の三色を用い、技と職人の手織りで生まれるという点です。本場黄八丈は「ふしづけ」や「あくつけ」、「泥つけ」と呼ばれる「染め」が特徴的で染めに使う色は黄、樺、黒の三色のみです。理由は、八丈島の厳しい自然の中で得られる染料が三色だけだったためと言われています。
草木染めの原点とされる黄八丈の黄染にはコブナグサ、樺染は島でマダミと呼ばれるイヌグスの樹皮、黒染にはシイの樹皮を使いますが、いずれも八丈島に自生するものです。
鮮やかに発色させ、色落ちしにくい染めにするには椿や榊(さかき)の灰汁あるいは泥などを使った媒染(ばいせん)が欠かせません。染めた糸は糸くり(いとくり)や整経(せいけい)の作業をしてから高機(たかはた)で無地や格子縞を手織りすると、渋めの優雅な織物が誕生します。本場黄八丈の格子縞は八丈島の伝統的な柄です。
1977年(昭和52年)に本場黄八丈は経済産業省指定伝統的工芸品に指定されています。

与那国花織(よなぐにはなおり)
与那国花織は、沖縄県の与那国島で織られる織物。与那国島では500年ほど前から織物がされたといわれ、琉球王朝時代には「人頭税」といわれる厳しい取立ての元,、首里王府への貢納品として納められてきました。与那国花織の特徴は、花もしくは星とよばれる小さな四角い点の集まりで織り出される柄です。基本的に一人で染色から機織すべての工程を行うので、ふたつと同じものがないといわれております。
与那国花織は、格子縞に浮文織りで小さな花または星文様を織り出します。浮文織は、地織になる経糸・緯糸と別に、文様を表すための糸を織り幅いっぱいに通して織られます。与那国花織には地となる緯糸の他に加えた糸を表に浮かせておる緯浮花織と、地の緯糸が浮く両面浮花織があります。両面浮花織ですと、生地の表と裏の両面に文様があらわれます。 与那国花織に用いられる糸の染料は、島で採れるフクギ、シャリンバイ、アカメガシワ、インド藍などの植物染料です。
花模様、星模様は小さな点の集合で、点が四つのものをドゥチンバナ、五つものもをイチチンバナ、八つのものをダチンバナと呼び、その種類は10種類以上になるそうです。 星の集まりによる、直線的な構図にあらわれる細かな花模様と格子縞の合わさった織り柄は、与那国の自然を写した美しい織物です。
1987年(昭和62年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

久米島紬(くめじまつむぎ)
沖縄県久米島町で作られている織物。
久米島紬の特徴は、素朴でしなやかな風合いと独特の深い色調です。久米島紬の制作は、図案の選定、染色の原料の採取、糸の染め付け(そめつけ)、製織(せいしょく)のすべての工程を1人の織子(おりこ)が手作業で行います。
使用する糸は、紬糸(つむぎいと)か引き糸のいずれかで、島内に自生している植物を使った「草木染め(くさきぞめ)」や「泥染め(どろぞめ)」という手法で染め付けます。紬糸とは、繭(まゆ)から生糸(きいと)を作る際に使用できない屑繭(くずまゆ)を真綿(繭を綿のような状態に引き伸ばしたもの)の状態にして、撚り(より)をかけて手紡ぎ(てつむぎ)した糸のことで、引き糸とは、繭から生糸を手で引き出したものです。
天然染料を使うことで、織り上がった久米島紬は、洗うたびに染料の灰汁(あく)が抜けていき、色が冴えてますます美しい色合いになっていきます。
また、絣模様(かすりもよう)に織り上げるために糸に色を付ける部分と付けない部分を細かく染め分けなければなりません。色を付けない部分には、事前に木綿の糸を巻き付ける「絣くくり(かすりくくり)」という工程を行います。非常に繊細で根気のいる作業で、一般的な紬や絣は機械を使用して「くくり」を行う場合が多いですが、久米島紬の場合は、「絣くくり」の工程もすべて手作業で行います。
2004年(平成16年)、伝承されている製作技術が重要無形文化財に指定され、久米島紬保持団体(技の保存と伝承者の養成を行っている団体)が重要無形文化財保持団体に認定された。

東京都渋谷区東にて、岩谷堂箪笥を二竿、桐箪笥、お着物など。

   

東京都渋谷区東にて、岩谷堂箪笥を二竿、桐たんす、お着物などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたタンスは岩手県の民芸家具「岩谷堂箪笥」の整理箪笥二竿、相徳の桐箪笥、お着物や反物など。たくさんのお品をお売りいただきました。岩谷堂箪笥といえば欅の木目を美しく引き出す漆、南部鉄の豪華な金具が特徴です。堅牢さと重厚さの中にも、華麗な繊細さを秘めた岩谷堂箪笥は現代の住空間の中でも、強烈な存在感を保っています。
岩谷堂箪笥は永い年月を経て多くの職人たちの手によって研究・開発されてきました。江戸時代後期の岩谷堂箪笥を現在の岩谷堂箪笥のデザインと比較すると質素な印象を受けます。岩谷堂の種類は、三尺、三.五尺の整理たんすを基本としていますが現在では、洋服・衣裳・整理タンスの三点セット、茶箪笥、書棚、小箪笥、座卓など多くの箪笥が生産されております。珍しいたんすとしては、階段にも利用されたという上面が段々になった階段箪笥、船に積み込んで金庫の代わりを果たしたという頑丈な舟箪笥、火事などの非常時に移動しやすいように車がついている車箪笥などその種類は多く、見るだけでも興味のそそられるタンスがあります。モダンなデザインの家具が多くなった今、200年の伝統を誇る岩谷堂の持つ温もりと存在感は、大変魅力的です。当社でも岩谷堂箪笥は十年以上探し続けている強化買取り中のタンスです。岩谷堂をお売りの際は、和家具・骨董品の専門店「六角堂」をご指名ください!
本日は志木市場の開催日でしたので、買い取り終了後に向かいました。市場近くにある幸楽苑さんで昼食をいただきました。野菜たんめん、初めて食べてみましたがとても美味しかったです。

神奈川県横浜市港南区にて、野間仁根の油彩画「龍宮城」の出張買取。

神奈川県横浜市港南区にて、野間仁根の油彩画「龍宮城」(8号)をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、野間仁根の油彩画「龍宮城」や絵画数点。まとめてご売却いただきました。他社で査定をしたところ、査定額がご希望額に届かず、当社に任されました。野間仁根は当社で買い取りを強化している作家さんですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。お喜びいただけて良かったです。野間仁根(のまひとね)は、愛媛県生まれの洋画家。本作のように鮮やかな色彩と骨太な筆触で、ユーモラスで幻想的な独特の画風を展開されました。「風景を描くなら故郷を描け」といったように晩年は瀬戸内海を題材にした生命力あふれる作品を数多く残されました。本日は大変良い作品をお売りいただき有難うございました。
本日は横浜で中国オークションが開催されており、たくさんの骨董屋仲間が全国から集まっておりました。わたしも横浜での出張買取でしたので、仲間たちと中華街で合流しました。京華楼というお店へ行き、中華料理をいただきました。大阪の古美術商の先輩にご馳走していただけるとのことで、四川風の麻婆豆腐や上海蟹など食べさせていただきました。美味しい食事、ご馳走様でした!

野間仁根(のまひとね)
1901年 愛媛県に生まれる。
1923年 伊藤廉らと童顔社結成。
1924年 中央美術展、光風会展などに出品。第11回二科展に初入選。
1925年 東京美術学校卒業。
1928年 柘榴社入会。第15回二科展で「夜の床」が樗牛賞受賞。
1929年 第16回二科展で「The Full Moon」が二科賞受賞。
1933年 二科会会員となる。
1952年 日展改組に審査員として参加。
1955年 一陽会結成に会員として参加。
1967年 田崎広助、鈴木信太郎と三人展開催。
1979年 死去。享年78歳。

東京都八王子市にて中島裕子の油彩画「碧い夢」、茶道具。

東京都八王子市にて中島裕子の油彩画「碧い夢」、茶道具をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは絵画や茶道具など。絵画は中島裕子の油彩画の他、美人画など。女性を描いた絵画が多数あり、お引越しで不要となった絵画を数点お売りいただきました。中島裕子は、1944年、京都府舞鶴市生まれの画家。東京女子美術大学(短期)を卒業後、1967年に第52回二科展に初入選し、以降連続入選しております。1970年には第55回二科展デンマーク賞を受賞され、その後渡仏しました。帰国後、1973年に二科会会友に推挙され、1996年には会を離れました。独特の色遣いで女性を表現し、女性の気高さ、美しさを描かれている人気作家です。お売りいただいた作品は、会友時代に描かれた作品でございます。茶道具はお稽古用でしたが、茶碗や水指、棗などまとめてお売りいただきました。お引越しで泣く泣くのご処分とのこと、大切に次へと繋げさせていただきます。
帰りに、八王子市にあるカレーそば専門店「大河」さんへ寄りました。出汁がしっかり効いたカレーつゆがそばにしっかり絡みつく、少しスパイシーなカレーそば、とても美味しかったです。