東京都調布市にて大樋年朗の茶碗、十四代辻常陸の菓子鉢など茶道具、着物。

東京都調布市にて大樋年朗の油滴天目茶碗、十四代辻常陸 染錦魚藻水禽文菓子鉢など茶道具、着物などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お引越しすることとなり、お茶道具やお着物を減らしたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、大樋年朗の油滴天目茶碗、十四代辻常陸 染錦魚藻水禽文菓子鉢などの茶道具や作家物のお着物など。大樋年朗は金沢市出身の陶芸家で、大樋焼の本家十代大樋長左衛門。清水焼油滴天目茶碗は大変珍しい作品です。十四代辻常陸 染錦魚藻水禽文菓子鉢は塗り蓋を合わせ、水指としてお使いになられていたようです。とても素敵な水指となってます。画像の茶碗や水指の他、棗、香合、茶入、花入、茶杓、釜、茶掛なども買い取らせていただきました。たくさんあるお品の中から今回ご処分されるお品を分けながら、一点一点査定させていただきました。買取を強化している作家作品もあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取りさせていただくことが出来ました。またお着物や茶道具をご処分される際にお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は六角堂をお呼びいただき、有難うございました。

大樋年郎(おおひとしろう)
1927年 石川県金沢市で生まれる。本名は奈良年郞
1949年 東京美術学校(現・東京藝術大学)工芸科を卒業する
1950年 日展で初入選する
1956年 日展で北斗賞を受賞する
1957年 日展で特選、北斗賞を受賞する
1958年 日本陶磁協会賞を受賞する
1961年 日展で特選、北斗賞を再受賞する
1967年 日展審査員に就任する
1968年 北国文化賞を受賞する
1973年 中日国際陶芸展評議員、審査員をつとめる(以後10回)
1976年 金沢市文化賞を受賞する
1978年 金沢市工芸協会会長に就任する
1980年 現代工芸美術家協会理事に就任する
1982年 第14回日展で文部大臣賞を受賞する
1985年 日本芸術院賞を受賞する
1986年 中日文化賞を受賞する
1987年 10代大樋長左衛門を襲名する
1988年 石川県陶磁協会会長、金沢大学教授に就任する
1989年 金沢卯辰山工芸工房の工房長に就任する
1992年 第7回国民文化祭石川92土と炎の芸術祭陶芸展で審査員をつとめる
1995年 日本陶磁協会理事に就任する
1997年 米国ロチェスター工科大学より名誉博士号授与される
1997年 石川県美術文化協会理事長に就任する
1997年 現代工芸美術家協会理事長に就任する
1997年 世界工芸都市会議・金沢97開催委員会会長に就任する
1999年 日本芸術院会員となる
2000年 金沢学院大学美術文化学部学部長・教授に就任する
2001年 第40回記念現代工芸美術展で審査主任をっとめる
2001年 日展常務理事審査員に就任する
2003年 第1回茶道文化振興賞を受賞する
2004年 日本陶磁協会特別記念功労賞を授与さえる
2004年 第36回日展で審査主任をつとめる
2004年 文化功労者顕彰を受ける
2005年 金沢市名誉市民顕彰。
2006年 金沢学院大学副学長に就任する
2008年 日展顧問に就任する
2010年 金沢世界工芸トリエンナーレ実行委員長をつとめる
2011年 第50回記念日本現代工芸美術展で審査主任をつとめる
2011年 作陶六十年記念個展を開催する
2011年 文化勲章を受章する
2011年 石川県名誉県民顕彰を受ける
2012年 台湾国立台南芸術大学 名誉博士
2013年 第2回「金沢世界工芸トリエンナーレ」招待出品
2015年 北陸新幹線金沢駅舎に「日月の煌き」を製作
2016年 大樋陶冶斎を襲名

十四代 辻常陸(つじひたち)1909~2007年
1909年 佐賀県に生まれる。本名は辻常喜。
1947年 14代辻常陸を襲名。
1951年 宮内庁より戦後初めて皇室御料器の御下命を戴く。
1985年 ドイツ共和国マイセン市と有田町による姉妹協定の記念として有田焼代表として作品を贈る。
1990年 天皇御即位の大礼に際し祝宴の儀記念の御料器の御下命を賜わる。宮内庁御用達として生涯に渡り皇室と関わる。
2000年 英国王室エドワード王子夫人へ作品を献上、感謝状を賜る。
2007年 死去。享年97。

東京都三鷹市にて桑原巨守のブロンズ像、松月斎寿政の黄銅茶托、掛軸など。

  

東京都三鷹市にて桑原巨守のブロンズ像、松月斎寿政の黄銅雪月花金銀高肉象嵌茶托、掛け軸などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。古くからお家に閉まったままの掛け軸や置物などをご処分したいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、桑原巨守のブロンズ像、松月斎寿政の黄銅雪月花金銀高肉象嵌茶托、掛け軸など。彫刻家 桑原巨守の作品は数少なく、当社でも買い取りを強化している作家さんです。共箱などの付属品はございませんが、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。雪月花模様の茶托は松月斎寿政の作。明治から大正期に造られたものと思われます。黄銅地に金銀銅で梅花と月の満ち欠けが象嵌されています。外形が雪輪の形、貼り付け象嵌模様が月と梅花、全体で「雪月花」を表しています。五客それぞれに違った象嵌が施されてます。梅花紋は花が銀、蔕が金、茎が銅、葉は真鍮の象嵌かと思われます。月の満ち欠けは2点が金象嵌、3点が銀象嵌です。底面にそれぞれ「寿政」の刻印が有ります。重厚な造りで、とても丁寧な作行きです。煎茶道具も現在買い取りを強化しておりますので、こちらも高価査定で買取させていただくことが出来ました。掛軸は日本画のものが多く、シミなどはございましたがこちらも全て買取らせていただきました。良い作品を数多くお売りいただき、有難うございました。

桑原巨守(くわはらひろもり)1927~1993年
1927年 群馬県沼田市で生まれる。
1949年 東京美術学校彫刻科を卒業。関野聖雲に師事する。
1964年 二紀展にて「裸婦B」「裸婦A」で初入選となる。
1966年 二紀展にて「しゃがむ」で同人賞を受賞する。
1971年 女子美術大学教授に就任する。
1975年 第29回二紀展にて「風と花(その2)」「砂山」で菊華賞を受賞する。
1979年 ブルガリア政府に作品が買い上げとなる。
1982年 第2回高村光太郎大賞展へ招待出品し、美ヶ原高原美術館賞を受賞する。
1983年 第37回二紀展で文部大臣賞を受賞する。
1989年 第43回二紀展で宮本三郎賞を受賞する。
1993年 女子美術大学名誉教授となる。8月26日逝去。享年66。

東京都中野区中野にて振袖、着物、練馬区向山で犬山焼や坂高麗左衛門の茶碗など。

東京都中野区中野にて振袖のセット、着物、練馬区向山で犬山焼赤絵四方皿や十代坂高麗左衛門の萩俵手茶碗など茶道具をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は中野区中野へお着物の処分整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお着物は振袖のセットなど。ちりめん地の振り袖で、柄も良く大変状態の良いものでした。振袖の帯や襦袢なども併せてお売りいただきました。また、草履や帯締めなどの和装小物も併せてお売りいただきました。お客様の思い出のお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。大切なお着物の整理に当社をご指名いただき、誠に有難うございました。本日二件目は練馬区向山へ、茶道具の整理でお呼びいただきました。数年前に茶道をやめて、保管されていた茶道具を徐々にご処分していきたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。たくさんのお道具がございましたが、少しずつ整理されたいとのことでしたので、本日は茶碗三点、水指二点、茶釜、香合のみお売りいただきました。十代坂高麗左衛門の萩俵手茶碗は十一代坂高麗左衛門の識箱、仕覆に納められておりました。高台脇に印銘「韓峯」がございます。俵形(楕円形)の俵手茶碗、側底部に窯キズ、見込みに窯キズがあるものの、大変素晴らしい茶碗でございます。坂高麗左衛門は当社で買取強化中の作家でありますので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。次回ご処分される際にもまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、六角堂をご指名いただき、有難うございました。

犬山焼(いぬやまやき)
江戸元禄年間、今井村(現在の犬山市今井)において、郷士奥村伝三郎が今井窯を築き、焼物を作ったのが始まりとされています。犬山城主成瀬正寿が文化7年(1810年)丸山に開窯、文政年間(19世紀)には、犬山藩お庭焼として発展しました。中国明時代の呉州赤絵を手本とする呉州風赤絵・成瀬正寿の意匠による光琳風の桜と紅葉をとりあわせた文様「雲錦手」が特徴で、素朴で優雅な陶器として愛用されています。

十代  坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)1890年~1958年
秀輔、号:韓峯
1890年 山口県で生まれる。
1909年 山口県立萩中学校を中退し、父9代・坂高麗左衛門に師事する。
1914年 大正博覧会に出品したガマ仙人置物が宮内省買い上げとなる。
1915年 大正天皇御即位奉祝品として萩町献上の花瓶一対を制作する。大正天皇御大典記念京都博覧会に出品した菓子鉢が宮内省買い上げとなる。
1916年 福禄寿置物が宮内省買い上げとなる。
1920年 李王世子殿下御婚儀奉祝品として山口県献上の高砂尉と姥置物を制作する。
1921年 10代坂高麗左衛門を襲名する。
1922年 皇太后陛下が香椎御参宮の際に置物が買い上げとなる。平和記念東京博覧会に出品した水指が宮内省に買い上げとなる。
1924年 今上天皇御成婚奉祝品として萩町献上の高砂尉と姥置物を制作する。北白川宮大妃殿下が萩町行啓の際に番茶器と湯沸と水注を買い上げとなる。
1925年 秩父宮殿下が山口県行啓の際に萩町献上の抹茶碗一対を制作する。万国装飾美術工芸パリ博覧会で銀牌を受賞する。伏見宮博義王殿下が萩港入港御上陸の際に萩町献上の花瓶を制作する。
1926年 摂政宮殿下が萩町行啓の際に萩町献上の大花瓶を制作する。聖徳太子展覧会委員を委嘱され、総裁久邇宮より香合を授かる。
1928年 天皇陛下御即位御大典奉祝として個人献上を許される。
1931年 梨本宮殿下が山口県行啓の際に武徳会山口支部献上の大花瓶を制作する。
1938年 竹田宮大妃殿下が山口陸軍病院戦傷病将士御見舞の際に、山口県献上の大花瓶を制作する。
1939年 朝香宮殿下が県下軍需工場巡視の際に山口県献上の大花瓶を制作する。
1943年 工芸技術保存資格者として選定される。
1946年 高松宮殿下が萩市行啓の際に萩市献上の抹茶碗を制作する。
1947年 天皇陛下が山口県行啓の際に山口県献上の天人風炉と富士形釜を制作する。
1958年 逝去

東京都豊島区にて横山善一の彫刻、清瀬市にて堂本印象、寺崎広業の掛軸など。

   

東京都豊島区にて横山善一の彫刻、清瀬市にて堂本印象、寺崎広業の掛軸などをお売りいただきました。

本日は三件の出張買取。一件目は東京都板橋区上板橋へお着物の買取でお呼びいただきました。以前お呼びいただいた業者様のご自宅で、ご実家にあったお着物の処分でお呼びいただきました。少々古いお品のためシミ汚れの出てしまっているものがほとんどでしたが、正絹のものが多く全て買取させていただきました。他にも茶釜や贈答品なども併せてお売りいただきました。また何かございましたら、ご連絡ください。二件目は豊島区東池袋へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。反物をご処分されたいとのことでご連絡いただき、本日出張させていただきました。お売りいただいた反物は、丹後ちりめん、大島紬など。若干シミ汚れが出てしまっておりましたが、全て買い受けさせていただきました。横山善一の木彫り彫刻「雪国の女」も併せてお売りいただきました。横山善一は木彫の本場である富山県に在住で積極的な活動を展開している木彫家。海外の木彫展にも招待出品されたりと国際的に活躍される一方で、国内では日展を主な舞台として活動しており、造形と自然との融合を計るような彫刻を主要なテーマとしながら、母子像などの彫像や木彫レリーフなど幅広い制作をされています。お売りいただいたお品は、木彫裸婦像「雪国の女」。高さ45cmの大振りの作品です。共箱に納められ良い状態で保管されておりましたので、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。お喜びいただけて良かったです。三件目は清瀬市へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。本日ご連絡いただき、即日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、お稽古用の茶道具一式、茶釜、楽器、チェスト、堂本印象、寺崎広業の掛け軸など。堂本印象の掛軸は共箱付の花鳥図。残念ながら全体的にシミが出てしまっておりました。寺崎広業はシミが少なかったものの共箱がありませんでした。どちらも買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買取させていただきました。たくさんのお品をお売りいただき、有難うございました。本日三件の出張買取、たくさんのお品をお売りいただきました。大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。

横山善一(よこやまぜんいち)
昭和15年 富山県井波町生まれ
東京芸術大学彫刻学科卒業、大学院卒業
昭和48年・60年 日展特選
現在、日展会員、日本現代工芸美術家協会会員・評議員

堂本印象(どうもといんしょう)1891~1975年
1891 京都に生まれる。本名三之助。
1910 京都市美術工芸学校を卒業。西陣織の図案描きに従事。
1918 京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)に入学。
1919 第一回帝展に初出品「深草」が入選。のち第三回展「調鞠図」は特選。
1920 西山翠嶂に師事する。青甲社に入る。
1925 第6回展「華厳」は帝国美術院賞を受賞。
1934 画塾「東丘社」創立。
1936 京都市立絵画専門学校教授となる。
1944 帝室技芸員となる。
1950 芸術院会員となる。
1952 ヨーロッパ巡歴。
1955 このころより、抽象表現の世界に分け入る。
1961 文化勲章受章
1963 ローマ法王ヨハネ23世より大阪聖マリア大聖堂壁画揮毫の功績によりシルベストロ文化第一等勲章を受ける。
1966 堂本印象美術館を自らのデザインにより設立。
1975 死去。享年83歳。

寺崎広業(てらさきこうぎょう)1866~1919
1866年 秋田県で生まれる。
1883年 狩野派の小室秀俊に師事する。
1888年 上京して四条派の平福穂庵、南画家の菅原白竜に学ぶ。
1890年 内国勧業博覧会で褒状を受ける。
1891年 日本青年絵画協会の結成に参加。
1898年 日本美術院の創設に参加。
1901年 東京美術学校教授となる。
1907年 第1回文展に出品する。国画玉成会結成に参加。
1912年 第6回文展に出品。
1917年 帝室技芸員となる。
1919年 逝去。

東京都八王子市にて成良仁の壷、内藤定壽、池依依依の油彩、頓宮隆輔の水彩画など

   

東京都八王子市にて成良仁の壷、内藤定壽、池依依依の油彩、頓宮隆輔の水彩画などの絵画をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。成良仁の陶器や絵画を処分したいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、成良仁の壷、花瓶、陶板、内藤定壽の油彩画「めざめの時」、池依依依の油彩画「裸婦」や水彩画、頓宮隆輔の水彩画「フラメンコ」、竹内栖鳳の木版画など。青磁釉面取壷は益子在住の陶芸家、成良仁(号 南田是也)さんの作品。人間国宝 田村耕一の下で培った感性が生かされている作品であります。こちらの他にも花瓶や陶板をお売りいただきました。絵画がお好きで中でも台湾出身の女流画家 池依依依(イケイ・イーイー)さんの作品がお好きのようでたくさんございました。池依依依さんの作品は馬をモチーフにした絵が多く、こちらは大変珍しい油彩の裸婦画でした。師である池田満寿夫氏の作品にどことなく似ております。他にも内藤定壽の油彩画、頓宮隆輔の水彩画、竹内栖鳳の木版画などたくさんの絵画をお売りいただきました。また、お父さまが作られた寺社の彫刻模型もお売りいただきました。とても上手に作られた作品です。会社にも在庫があり、またご処分される際にはお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。大切にされていた思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。

成良仁(なりよしじん)1942~2012年
号:南田是也(なんだこれや)
1942 岐阜市生まれ
1961 宇都宮高校卒業
1965 陶による人体の製作を始める
1970 東京藝術大学大学院陶芸専攻修了
1974 現在地に築窯 独立
1990 テラコッタ豊満妖艶美女の製作に傾く
1998 「南田是也の世界」、「こったテラコッタ展」
2000 「TRIP TRIP」、「真夏の夜の夢」
2001 「真夏の夜の夢」
2002 南田是也World
2003 南田・成良 一人二人展、日仏アートマルシェ招待出品
2005 「南田是也の世界展」 「南田是也のこったテラコッタ いや~ん!」、「カム・バッカス・アゲイン」
2007 街ごとギャラリー
2008 「ギャラリー寛土里展」、「益子に潜むチカラ」
2012 逝去
日本工芸会正会員、日本陶芸展、日本伝統工芸展、日本伝統工芸新作展、日本伝統工芸武蔵野展、ジャパンクラフト展他入選。栃木芸術祭大賞、伝統工芸支部奨励賞受賞2回 個展多数

内藤定壽(ないとうていじゅ)1957年~
1957 埼玉県生まれ
1982 筑波大学大学院修士課程芸術研究科美術専攻修了。
1994 文化庁芸術家在外研修員(ローマ)
2001 新世紀をひらく美(なんば高島屋グランドホール/大阪他)
2004 当麻寺(奈良県当麻町)「平成の天上絵」制作に参加
2005 われらの時代展(水戸芸術館現代美術ギャラリー)
2008 芸術学博士
2008 日本橋三越個展(1990、92、94、98、99、01、05、08 )
2011 第65回記念二紀展 会員賞受賞
現在、二紀会同人、筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。油絵具とアクリル絵具を併用する技法について、これまでにない新たな表現領域を開きました。

池依依依(イケイ・イーイー)
故、池田満寿夫(いけだますお)に師事。台湾総統府や日本の皇族の方々により依頼制作献上され、世界文化遺産日光東照宮の「絵馬」「流鏑馬」制作などで幅広く活躍。馬を愛する著名人や一流財界人たちを魅了する。
1962年 台湾に生まれる(来日後、帰化)
1998年 国際芸術文化栄誉勲章受章
1999年 日本国外務大臣賞及び特別名誉賞受賞
2002年 元東久邇宮盛厚殿下記念賞受賞、画伯の称号を授与される
2005年 世界三大のスペイン国立プラド美術館AMSC定期選考会で「世界的な芸術的水準を満たした芸術家」の認定を受ける
2006年 世界三大美術館「スペイン国立プラド美術館」国際美術評諭家選考委員会金賞受賞
「MINERVA 21世紀を翔ける女流芸術家展」にて優秀賞受賞
2009年 スペイン国立プラド美術館国際美術評論選考委員会より、「地球環境芸術徳行功労賞」受賞
2010年  国際文化芸術最高勲章受章
2011年 HEAT ART IN BUDAPEST 第14回エイズチャリティー美術展金賞受賞
イタリア・ローマ(フォリ・インペリアーリ博物館)「ローマ芸術文化遺産大賞」受賞
2012年 新国立美術館「第15回エイズチャリティー美術展」芸術大賞受賞
国際文化芸術公益平和親善大使として国際文化芸術に貢献。現在は新芸術創造監督としても活躍中でございます。

東京都国分寺市にて人間国宝 福島善三の徳利、福島武山の台鉢、掛軸など。

東京都国分寺市にて人間国宝 福島善三の徳利、福島武山の赤小紋はつなつ台鉢、掛け軸などをお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お父様が集めていた掛け軸や作家物の陶器をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、人間国宝 福島善三の徳利、福島武山の赤小紋はつなつ台鉢、柿右衛門や源右衛門の皿、日本画や仏画など掛け軸多数。福島善三は350年の歴史を持つ小石原焼「ちがいわ窯」の窯元、16代目。伝統的な技法に加えた独自の作風で高い評価を受け、2017年(平成29年) 重要無形文化財「小石原焼」の保持者(人間国宝)になりました。お売りいただいたお品は徳利ですが、当社で探している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。人気陶芸家 福島武山の作品は、赤色の極細の線で、小紋・花鳥・風月・人物を描き上げているのが特徴です。赤色一色でほとんど仕上げる為、線の太さの均一さ、赤色の濃淡の均一さが見事なまでに描かれています。幕末から明治期に盛行した、九谷赤絵細密画を受け継ぐ第一人者です。平成15年には石川県指定無形文化財に認定されております。お売りいただいたお品は、赤小紋はつなつ台鉢。こちらも買取強化中の作家作品ですので、高額査定で買取させていただきました。査定額にお喜びいただけて良かったです。お父様が集めていらっしゃった骨董品、大切に次へ橋渡しさせていただきます。お忙しい中、六角堂をご指名いただき有難うございました。

福島善三(ふくしまぜんぞう)1959年~
1959年 小石原焼ちがいわ窯に生まれる
1988年 県展朝日新聞社賞。第35回日本伝統工芸展入選。以降23回入選
1990年 西日本陶芸美術展福岡県知事賞。
1991年 第26回西部工芸展朝日新聞社金賞。福岡県美術協会正会員に推挙。
1992年 西日本陶芸美術展長崎県知事賞。日本工芸会正会員に推挙さる。県展正会員展準大賞。
1993年 第12回日本陶芸展入選。以降5回入選。西日本陶芸美術展福岡県知事賞。
1994年 九州山口陶磁展準大賞。
1998年 九州山口陶磁展日経新聞社賞。
1999年 第15回日本陶芸展大賞桂宮賜杯受賞。県展正会員美術協会賞。
2001年 第8回福岡県文化賞受賞。
2003年 第23回西日本陶芸美術展大賞受賞。第50回日本伝統工芸展日本工芸会総裁賞受賞。
2004年 第14回MOA岡田茂吉賞展優秀賞受賞。
2007年 「現代陶芸への招待」兵庫陶芸美術館
2008年 「工芸のいま 伝統と創造」九州国立博物館
2010年 「茶事をめぐって 現代工芸への視点」東京国立近代美術館工芸館
2013年 第60回日本伝統工芸展高松宮記念賞受賞。
2014年 日本陶磁協会賞受賞。紫綬褒章受章。
2017年 重要無形文化財「小石原焼」の保持者(人間国宝)に認定。

福島武山(ふくしまぶざん)1944年~
1944年 生まれる
1963年 石川県立工業高校デザイン科を卒業
1981年 日本伝統工芸展初入選
1982年 全国伝統的工芸品展にて奨励賞を受賞
1983年 創造美術展にて朝日新聞新聞社特別賞受賞
1986年 創造美術展にて北華賞受賞
1987年 日本工芸会正会員
1989年 九谷焼産業デザインコンクールにて名古屋通商産業局長賞受賞
1990年 九谷焼産業デザインコンクールにて石川県知事賞受賞
1995年 創造美術展にて東京都知事賞受賞
1996年 天皇・皇后両陛下ご来県のみぎり、ご使用のお茶碗謹作
1997年 日本工芸の世界巡回展(五か年)に国際交流基金より選抜される
1999年 第23回全国伝統的工芸品公募展にて第1席グランプリ内閣総理大臣賞受賞
2000年 第24回全国伝統的工芸品公募展で伝統工芸士会会長賞を受賞
2002年 第25回伝統九谷焼工芸展で大賞を受賞
2003年 第17回日本陶芸展に入選
2004年 第27回伝統九谷焼工芸展で優秀賞を受賞。石川県指定無形文化財保持団体九谷焼技術保存会会員。
2007年 石川の伝統工芸展で優秀賞を受賞
2008年 九谷焼伝統工芸士会会長に就任
2010年 伊勢半本店で開催の企画展「華雅やきの赤絵細描-九谷赤絵の妙技」に出品
2012年 第65回記念創造展 創造美術大賞受賞
2015年 三井ゴールデン匠賞を受賞
2018年 日本橋三越本店で「出会いから50年 九谷焼赤絵 福島武山展」を開催

東京都新宿区若葉にて銀製置物、後藤純男、児玉幸雄のリトグラフなど。

東京都新宿区若葉にて銀製置物(関武比古ヨット、宝船、秀雄作末廣、古鏡作三重塔など)、後藤純男のリトグラフ「春の斑鳩」、児玉幸雄のリトグラフ「グリンデルワルド」、玉川堂の茶器揃や花瓶などをお売りいただきました。

先日査定でお伺いしたお客様からご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。数社相見積もりでしたが、当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいたお品は銀製の置物(関武比古ヨット、宝船、秀雄作末廣、古鏡作三重塔など)、後藤純男のリトグラフ「春の斑鳩」、児玉幸雄のリトグラフ「グリンデルワルド」、玉川堂の茶器揃や花瓶、掛軸、絵画、陶器、ガラス工芸品、碁盤や碁石など。たくさんのお品をお売りいただきました。総額で他社より高額査定でありましたが、銀製品は他社の方が若干高かった為、再度査定し全てお売りいただくこととなりました。銀製品は伝統工芸で有名な関武比古の作品などがございました。国宝 当麻寺東塔(三重塔)の置物は古鏡作。神殿に仏像がおさめられていたり見えない箇所にも手を抜かない大変造りの良い作品です。こちらが一番の高額査定となりました。後藤純男は四季折々の情趣のなかに、奈良や京都など日本の古都の風物、寺院を荘厳に描き、また、雄大な中国の自然やそこに生きる人々、北海道の自然などを優しくかつ厳しい眼差しのもとに描いています。日本美術院の重鎮であり、我が国を代表する日本画家のひとりであります。児玉幸雄は西欧の広場を描いた作品で知られる人気洋画家。グリンデルワルトはスイス・アルプスにあるベルン州山岳地方の村で、大自然を観光する拠点として人気のスポットです。澄み渡る青空とアルプス、建物の色彩が素晴らしい作品です。品数が多く、査定や搬出に時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合いいただきました。まだたくさんのお品が残っており、来月に再度お呼びいただくこととなりました。次回もまた、よろしくお願い致します。本日は六角堂をご指名くださり有難うございました。

後藤純男(ごとうすみお)1930年(昭和5年)〜2016年(平成28年)
1930年 千葉県東葛飾郡関宿町の真言宗住職の家に生まれる。
1932年 埼玉県金杉村(現在の松伏町)へ転居。
1946年 山本丘人に師事。
1949年 山本丘人の紹介で田中青坪に師事。
1952年 再興第37回 日本美術院展覧会(院展)で「風景」が初入選。
1954年 日本美術院院友に推挙される。
1955年 約8年間の関西、四国における真言宗の寺を巡るスケッチ旅行を始める。
1962年 第47回 院展で「懸崖」が奨励賞・白寿賞・G賞受賞。
1965年 第50回 院展で「寂韻」が日本美術院賞・大観賞受賞。日本美術院特待に推挙される。
1969年 第54回 院展で「淙想」が日本美術院賞・大観賞受賞。
1974年 日本美術院同人に推挙される。
1976年 第61回 院展で「仲秋」が文部大臣賞受賞。
1979年 現代日本絵画展代表団の一員として初めて中国を訪問。
1981年 ネスカフェ・ゴールドブレンド「違いがわかる男」のTVコマーシャルに出演。
1986年 西安美術学院(中国)名誉教授となる。第71回 院展で「江南水路の朝」が内閣総理大臣賞受賞。
1988年 高野山東京別院に襖絵「高野山の四季」を奉納。東京藝術大学 美術学部教授に就任。
1993年 長谷寺(奈良)に襖絵「夏冬山水」を奉納。
1995年 三越エトワール(パリ)にて個展を開催。
1997年 東京芸術大学を退官。北海道上富良野町に後藤純男美術館を開館。
1999年 東京都高幡不動尊金剛寺に襖絵「桂林山水朝陽夕粧」を奉納。犬吠駅舎内に後藤純男美術館を開館。
2000年 埼玉県松伏町名誉町民となる。上富良野町社会貢献賞を受賞。
2001年 西安美術学院研究棟内に「後藤純男工作室」が落成。
2002年 埼玉県北葛飾郡松伏町の名誉町民に選ばれる。
2005年 喜寿記念展を各地にて開催。
2006年 旭日小綬章を賜る。
2008年 「小海町高原美術館開館10周年記念 後藤純男日本画展」を開催。
2012年 後藤純男美術館開館15周年 後藤純男展 (そごう美術館)
2016年 東京藝術大学名誉教授となる。 第72回日本芸術院賞・恩賜賞を「大和の雪」が受賞。 10月18日、午前3時40分、敗血症のため北海道旭川の病院で死去。

児玉幸雄(こだまゆきお)1916年~1992年
1916年 大阪市に生まれる。
1936年 関西美術展に入選。田村孝之介に師事する。
1937年 二科展に「赤い背景の人形」が入選。
1939年 関西学院大学卒業。
1940年 紀元二千六百年記念奉祝展に出品。
1947年 大阪市展市長賞受賞。二紀会創立に参加、同人となる。
1950年 二紀展同人賞受賞。
1952年 二紀展同人優賞受賞。委員に推挙。
1957年 第一回の渡仏。
1959年 滞欧作品展を東京・大阪で開催。
1960年 選抜秀作美術展に出品。
1988年 ニ紀会退会。
1992年 逝去。享年75歳。

東京都新宿区戸山にて小森久の博多帯、祥園の袋帯、本場大島紬の着物や反物、辻村寿三郎の訪問着など。

東京都新宿区戸山にて小森久の博多織 本草木染 名古屋帯、祥園の袋帯、本場大島紬の着物や反物、辻村寿三郎(ジュサブロー)の訪問着などをお売りいただきました。

先日お呼びいただきましたお客様からご連絡いただき、お着物の見積もりで本日出張させていただきました。当社がお呼びいただく前にすでに三社が査定されていたようで、私どもも査定を頑張らせていただきました。四社の相見積もりでございましたが、査定の上、全て当社にお売りいただくこととなりました。お着物の数は約200点、一点一点丁寧に査定させていただきました。古いものから新しい作家物まで数多くございました。当社で買い取りを強化している作家作品もあり、高価査定と繋がりました。
本場博多織の帯は小森草木染工房 小森久の作品。四季折々、刻一刻と表情を変える自然の色に魅了され、「自然を染めたい」と、茜、藍、栗、蓬、梅、葛の葉などの草木を染料に、自然の色を一本一本の糸に再現しております。草木染で染めた博多織帯は、唯一無二(同じ色は二度染められない)ということで、大変人気がございます。お売りいただいたお品は網代の名古屋帯。状態も良く当社の買取強化商品ですので、高額査定となりました。
本場大島紬は純泥染、武島織物の訪問着、池田絹織物の反物など。こちらは証紙付きで保管状態も良かったです。日本を代表する人形作家でアーティストとして有名な辻村寿三郎氏は、和服の世界でも人気がございます。お売りいただいたお着物は辻村寿三郎氏による「ジュサブロー」ブランドの訪問着でございます。ジュサブローらしいお色使いが素敵な訪問着であります。
以上のお着物や帯の他にも、たくさんのお着物や和装小物などをお売りいただきました。ご家族の大切にされていたお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二度にわたり、六角堂をご指名くださり、誠に有難うございました。また何かございましたら、お申し付けください。

小森久(こもりひさし)1928年~
1928年(昭和3年)、筑前秋月(福岡県甘木市)生まれ。博多織職人である父親と同じ道へ進む。
自らの手で生み出した『本・草木染』の独創性と高い技術が評価され、昭和50年には甘木市無形文化財に指定される。博多織求評会や全国織物大会などで、文部大臣賞、厚生大臣賞、東京都知事賞、全国百貨店賞といった大賞を次々に受賞。自然由来の材料で生地を染める草木染の研究と創作活動にその生涯を捧げました。薬草に関する研究も高い評価を受けております。

東京都港区芝浦にて西村徳泉の茶碗、川端近左の香合など茶道具、着物。

 

東京都港区芝浦にて三代西村徳泉造の久田宗也(尋牛斎)書付祥瑞写沓茶碗、五代川端近左造 独楽塗香合などお茶道具、お着物などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お引越が決まり、お茶道具やお着物を減らしたいとのことでご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。お売りいただいたお品は、三代西村徳泉造の久田宗也(尋牛斎)書付祥瑞写沓茶碗、五代川端近左造 独楽塗香合などお茶道具、お着物など。西村徳泉は京焼を代表する人気陶芸家。お売りいただいたお品は三代西村徳泉の祥瑞写沓茶碗。西村徳泉の代表的な作品であります。共箱蓋裏には久田宗也(尋牛斎)の書付がございます。川端近左もまた茶道の世界では誰もが知る人気漆芸家。独楽塗の良い作品です。どちらも大変状態良く、お客様にご満足いただける査定額で買取することが出来ました。画像の茶碗や香合の他、水指 、棗、茶入、花入、茶杓、釜、茶掛なども買い取らせていただきました。たくさんあるお品の中から今回ご処分されるお品を分けながら、一点一点査定させていただきました。またお着物やお茶道具をご処分される際にお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は六角堂をお呼びいただき、有難うございました。

三代 西村徳泉(にしむらとくせん)1928(昭和3)年~2007(平成19)年
三代西村徳泉は京都に生まれる。本名:徳一。
二代西村徳泉、楠部彌弌、6代清水六兵衛に師事する。
1971(昭和46)年 京都五条坂より宇治市炭山に京焼登窯を移築。
大徳寺509世桂堂紹昌老師より「紫翠」の窯名を授かる。
1975(昭和50)年 常陸宮家に金襴手祥瑞茶碗を献上する。
1977(昭和52)年 伝産法制定により伝統工芸士の認定を受ける。
1984(昭和59)年 通産省より伝統的工芸品産業の振興貢献により表彰を受ける。
1985(昭和60)年 ウィーン市と市長に色絵茶碗を寄贈。
1988(昭和63)年 京都市長より特別講師として京焼の振興、後継者育成功労により感謝状を受ける。
1989(平成元)年 三笠宮家に金銀彩菊花文茶碗一双、金襴手鳳凰文茶碗を献上。
1992(平成4)年 京都府知事より伝統産業優秀技術者として「現代の名工」に認定される。
1995(平成7)年 常陸宮両殿下御印の金銀彩茶碗一双と色絵鳥香合を献上。
1996(平成8)年 ロンドンでエリザベス女王陛下に祥瑞茶碗で呈茶の光栄に浴しました。
1997(平成9)年 伝統的工芸品産業振興功労により勲七等青色桐葉章を受章。
2002(平成14)年 京都市長より京焼の技術支援功労により感謝状を授かる。

五代 川端近左(かわばたきんさ)大正4年〜平成11年(1915〜1999)
五代 川端近左は奈良県にて生まれる。本名:三義。
昭和3年12歳で四代近左に入門。昭和16年、四代が養女に迎えた姉の末子、吉子の婿養子となる。その後、日本画を能田耕風に学びながら、四代に師事しました。大阪府展および市展で知事賞・市長賞を受け、日本美術展に数回入選。昭和38年五代近左襲名後、個展に専念し、各お家元宗匠のお好みになる作品を数多く手がけました。昭和56年に大阪府知事功労賞を受賞する。その他、大阪市展で市長賞受賞。日本美術院展数回入賞。昭和56年、59年に大阪府工芸功労賞受賞。平成11年没。

十二代 久田宗也(ひさだそうや)、1925年1月21日~2010年10月22日
茶道表千家流久田家十二世家元。京都市生まれ。本名:和彦。号:半床庵・尋牛斎(じんぎゅうさい)。十一世無適斎宗也の長男。京都大学文学部史学科史学科卒。十三世即中斎千宗左に師事。久田家および表千家の継承と発展に力を尽くす。著書に『茶の道具』、『茶の湯用語集』など多数。平成22年(2010)没、85才。

東京都文京区湯島にて石川鬼千の加茂桐箪笥、仏像、仏具など。

東京都文京区湯島にて、伝統工芸士 石川鬼千の加茂桐箪笥、仏像、仏具などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。桐たんすや仏具をご処分されたいとご連絡いただき、本日出張買取させていただきました。本日お売りいただいた桐たんすは、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、四方丸下三大洋和箪笥という形のたんすで、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。四方丸は箪笥の四方(四つの角)を丸める加工で、最高級のタンスによく見られます。天と地を丸めるので天地丸とも呼ばれ、天地丸はその佇まいから「四方全て丸くおさまる」と言われ縁起の良い箪笥といわれております。前飾りには久光の銘があります。伝統工芸士である石川鬼千の作。砥粉落ちや汚れ、小さなアタリなどはありましたが、中の状態良くまだまだ次へと繋げていける箪笥でございます。多少の難有ではございましたが、当社で買い取りを強化している伝統工芸品指定桐箪笥ですので、買取させていただきました。仏像は木彫りの阿弥陀如来坐像。仏具は近代のものでしたが、花立、火立、香炉、おりん、仏器など全て買取らせていただきました。また、鳩居堂、松栄堂、日本香道のお線香も併せてお売りいただきました。ご家族が大切にされていたお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は六角堂のご指名、ありがとうございました。

加茂桐箪笥(かもきりたんす)新潟県加茂市で作られる最高級の桐たんす。六角堂でも探し求めている桐箪笥の一つになります。加茂市で「桐たんす」が作られるようになったのは、およそ200年以上前(天明年間)と言われており、現在では日本全国の約70%の桐たんすが加茂で作られています。桐たんすと言えば「加茂」と言われるほど、その技術と品質は全国的に高い評価を受けています。数々の逸品を生み出してきたその技は脈々と受け継がれ、その伝統と優れた品質が評価され、1976(昭和51)年、通商産業大臣から伝統的工芸品「加茂桐箪笥」の指定を受けました。木肌のぬくもり、絹に例えられる白い艶や、柾目の色合いは、家具の最高級品の名にふさわしいものです。
『加茂桐箪笥伝統工芸士』(物故作家含む) 石川鬼千 田澤謙介 東樹義明 吉沢昭次 頓所芳男 皆川新司 番場堅介 中山昌二 坪谷哲男 三本和好 山本隆 鈴木浩市 水科政明 皆川繁之 横山松雄 番場堅 大橋勉 金井国男 鈴木進 神保良雄 石井克彦 高橋浩人 高橋聡 高橋研二 野本光男 藤田隆二 坂井昭兵 阿部健 斉藤敬二  江部雅之 大関正 堀正和 小柳幸太郎 小池茂次 坂内純一 長谷川進之助