東京都立川市羽衣町にて、仙台箪笥、掛軸、印籠の買取。

東京都立川市羽衣町にて、仙台箪笥、掛軸、印籠をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都青梅市へ出張しました。こちらのお客様は既に二度ほどお伺いしているお客様で、一度目は茶道具や掛け軸、二度目は刀剣などをお売りいただいております。陶器の数量がとても多く、数度に分けてお売りいただいております。本日は、家具や陶器を買い取らせていただきました。なるべく早くお荷物を減らせるようにと、トラック二台で出張させていただきました、まだまだ積み残しが出てしまいました。積み残した残りの陶器は、来月もう一度トラック二台でお伺いすることとなりました。途中、飲料をいただいたりお気遣いありがとうございました。また来月、よろしくお願い致します。本日二件目は立川市羽衣町へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。仙台箪笥を処分されたいとのことでお呼びいただきましたが、併せて掛け軸や印籠をお売りいただきました。掛軸は、日本画や書のものなどがあり、全て買い取らせていただきました。印籠は黒漆に金蒔絵、梨地のものが数個ございました。印籠は常備薬を持ち歩くための入れ物で、旅の必需品でした。江戸時代に流行した印籠は蒔絵細工の中でも高級なものでした。明治時代に入ると、海外から高い評価を得て輸出用に数多く生産されました。現在ではできない技術や手法で作られた印籠を求め、世界中に多くのコレクターがいらっしゃいます。もちろん当社でも、印籠の買取りを強化しております。ご不要の印籠や根付などございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。印籠などの骨董品に詳しい査定士がお伺いさせていただきます。本日は当社のご指名ありがとうございました。古き良きお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。
本日の昼食は、青梅市にある「来来亭 青梅店」へ寄りました。特製ラーメンに炒飯のがっつりセットをいただきました。一件目に家具の搬出で体力を使いましたので、二件目に備えがっつりといってしまいました。ラーメンも良かったですが、個人的には炒飯がとても美味しかったです。

足立区東保木間にて、黒沢信男の油彩画、着物、岡野武一郎の佐賀錦袋帯。

東京都足立区東保木間にて、黒沢信男の油彩画「富士快晴(忍野にて)」、お着物、岡野武一郎の本綾佐賀錦袋帯などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お母様が大切にされていたお着物や帯、和装小物、絵画をお売りいただくこととなりました。帯が10枚近くございましたが、中でも岡野武一郎の佐賀錦袋帯は当社で買い取りを強化している作家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。佐賀錦は和紙に金銀箔を貼り、それを細かく切って細工するというとても繊細な作業で、熟練者でも1日に少しずつしか織ることができません。明治期に一時中断された織物を再興、改良を重ねて、佐賀錦織のブランドとして昭和48年に誕生したのが「岡野武一郎」です。日本最古の伝統的絹織物・博多織の系譜を受け継ぎ、皇室献上や内閣総理大臣賞受賞など数々の実績をあげ、25年余りの研究の末に佐賀錦の帯は生まれました。大変素晴らしい帯をお売りいただき有難うございました。また、人気風景画家である黒沢信男の油彩画「富士快晴(忍野にて)」をお売りいただきました。山梨県にある忍野から見る富士山の雪景色に繊細な木々の描写が素晴らしい絵画です。お母様の大切にされていたお品たち、大切に次へと橋渡しさせていただきます。良いお品をお売りいただき有難うございました。
愛知県で骨董商をされている先輩からご連絡いただき、東京へ来ているとのことで池袋で食事をすることになりました。池袋駅東口にある「居酒屋千家」さんというお店に行きました。店主さんが釣り人なのでしょうか、店内には幻の魚であるアラの魚拓が飾っておりました。10年近く前、わたしは相当な釣りバカでしたが、アラは茨城県の船宿から五回程出船していずれも撃沈と苦い思い出があります。仕事が落ち着いたら、いずれまた挑戦したいと思っている魚です。魚料理がおすすめのお店のようで、わたしたちも魚料理をいただくことにしました。たくさん食べましたが、中でもイサキの塩焼きが一番おいしかったです。塩焼きはやはりイサキが一番ですね。先輩ご馳走様でした!

黒沢信男(くろさわのぶお)
白日会委員・日展会友
1930年 埼玉県本庄市に生まれる
1947年 白日展初入選
1949年 東京芸術大学美術学部入学
1952年 日展初入選(以後毎年出品)
1959年 白日会会員となる
1973年 安井賞展入選(同 ’74)
1979年 白日会記念展内閣総理大臣賞
1992年 日展特選
1996年 白日展中沢賞

墨田区石原にて加茂桐箪笥、着物、江東区亀戸にて志村立美のリトグラフ。

東京都墨田区石原にて加茂桐箪笥、着物、和装小物、江東区亀戸にて志村立美のリトグラフ「仕度」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。墨田区、江東区へ出張させていただきました。一件目は墨田区石原へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは加茂桐箪笥やお着物、帯締めなどの和装小物を買い取らせていただきました。こちらの桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、四方丸の下三大洋和箪笥という形のたんすで、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには光彦刻の銘、四君子の彫金があります。四君子(しくんし)とは、蘭、竹、菊、梅の4種を、草木の中の君子として称えた言葉。それらを全て使った図柄、模様を指します。多少のシミなどはございましたが、経年の割に状態の良いタンスでした。お着物もシミ汚れなど出てしまっているものもございましたが、全て買い取らせていただきました。思い出のタンス、お着物など、大切に次へと繋げさせていただきます。帰りに暑いからと栄養ドリンクをいただきました。お気遣いいただき有難うございました。二件目は江東区亀戸へ絵画の買取でお伺いしました。お売りいただいた絵画は、挿絵界の巨匠、志村立美のリトグラフ「仕度」。リトグラフではありますが、当社の買取強化作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、江東区亀戸にある「ハッスルラーメン ホンマ 亀戸店」さんへ寄りました。インパクトある店名につられ、寄ってみました。わたしはハッスルらーめんを注文。背油ちゃっちゃ系のお店とのことですが、40代のわたしは背油少なめにしてもらいました。量は多めでしたが、意外とあっさりしたスープが美味しく、完食しました。美味しかったです。

志村立美(しむらたつみ)1907年~1980年
群馬県高崎市生まれ、その後横浜市中区へ移住する。 神奈川県立神奈川工業高等学校図案科を中退、1924年(大正13年)山川秀峰に入門美人画を修める。 当時、山川秀峰は鏑木清方同門の伊東深水と共に、挿絵での活動もしていた。 山川秀峰の推薦を受け、立美も挿絵での活動を行うようになる。
肉筆画も鏑木清方主宰の郷土会、師である山川秀峰、伊東深水らの主宰する青衿会等へ出品をする。 その後主婦の友・婦女界などの雑誌口絵などでその名を知られるようになり、林不忘原作の丹下左膳の挿絵などで岩田専太郎と並ぶ人気画家となる。 当時の大衆娯楽としての挿絵の重鎮として活動をしていくが、晩年、挿絵での活動を休止し、本来の立美の原点である日本画、美人画への回帰をしていく。
出版美術家連盟会長などをつとめ、1976年(昭和51年)作品集『美人百態』で日本作家クラブ賞を受賞。1980年(昭和55年)5月4日、東京都新宿区の病院で死去。73歳。

世田谷区成城にて、デンマーク製ローズウッド材ダイニングセット、木彫大黒天など。

東京都世田谷区成城にて、デンマーク製ローズウッド材ダイニングセット、木彫大黒天(厨子付)などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、先日買い取りへ伺った練馬区石神井台のお客様。先日お邪魔した際は絵画や置物などをお売りいただきましたが、本日は宣徳銅製の瓶掛火鉢やカメラなどを買い取らせていただきました。二度にわたり、お呼びいただき有難うございました。二件目は世田谷区成城へ出張させていただきました。昨日お呼びいただいたお客様で、昨日積み残した家具などの買取でお伺いしました。お売りいただいた家具は、デンマーク製ローズウッド材ダイニングセットやモリシゲのサイドボードなど。ダイニングセットのテーブルはローズウッド無垢材のエクステンションテーブル。天板下に収納可能な中板が1枚付属しており、中心を開いて中板を入れる構造になってます。ダイニングチェアはデンマークのメーカー「Uldum Mobelfabrik」製、ヨハネス・アンダーセンデザインのものとなります。「ヨハネス・アンダーセン」 は現在における「北欧デザイン」を完成させたとされるデザイナーで、曲線を多用した有機的なフォルムを真骨頂とし、美しい世界観を構築しております。チェアは全部で九脚ございました。多少の痛みはあるものの、全体的に状態の良いものばかりでした。他にもモリシゲの呂色塗サイドボードやサイドテーブルなどをお売りいただきました。昨日の加茂桐箪笥に続き、良い家具をお売りいただき有難うございました。また、家具の他に木彫りの大黒天をお売りいただきました。こちらは厨子に納められておりました。素材は桧材と思われます。新しい大黒様ですが、大変造りの良い大黒様でした。大切に次へと繋げさせていただきます。二日にわたり、六角堂をご指名いただきありがとうございました。
帰りの途中、甲州街道沿いにある「麵屋 参壱」さんへ寄りました。こちらはいつも通ってる長浜らーめんさんの隣にあるお店です。豚骨味噌らーめんに味玉をトッピング、スープが美味しくてすぐに替玉追加。とても美味しかったです。

東京都世田谷区成城にて、田澤謙介作加茂桐箪笥、入山白翁作乾漆小箱。

東京都世田谷区成城にて、伝統工芸士田澤謙介作加茂桐箪笥(和たんす、昇りたんす)、漆芸家入山白翁作乾漆梅蒔絵小箱をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、杉並区天沼へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物や絵画、贈答品などをお売りいただきました。お着物はシミや汚れなどございましたが、なるべくリサイクルほしいとのことでしたので、全て買い取らせていただきました。駐車スペースがなく、近くのコインパーキングまでお荷物を一緒に運んでいただいたり、お気遣いいただき有難うございました。本日二件目は、世田谷区成城へお引越し整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、伝統工芸士田澤謙介の加茂桐箪笥二竿。新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、天丸の昇り箪笥、総盆形の和箪笥になります。総盆形和箪笥の上部には引き出しや帯締めなどを入れる仕切りなどがあり、使い勝手がよさそうなタンスとなってます。田澤謙介氏は、加茂桐箪笥伝統工芸士の第一人者であり、たくさんの素晴らしいたんすを作られた方でございます。多少シミ汚れがございましたが、当社の買取強化作品ですので、二竿とも買い取らせていただきました。また、安藤七宝の花瓶や漆芸家入山白翁の乾漆梅蒔絵小箱も併せてお売りいただきました。こちらの作品は人間国宝である音丸耕堂の作品を思わせる大変素晴らしい作品でした。入山白翁は1904年(明治37年)に新潟県白根市で生まれ、その後上野美術学校(現 東京芸術大学)漆工科を卒業。白翁独自の技法を生み、数々の名作を作られました。入山白翁は漆芸作品の他、漆画・漆版画という新世界を拓きつづけました。その名声は国内・外を問わず広く政財界の著名人がその作品を愛蔵しております。本日積みきれなかった家具など、明日また運ばせていただくこととなりました。明日はローズウッドのダイニングセットなどを買い取らせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。
今日の昼食は、担々麺専門店の「香氣 四川麺条 祖師ヶ谷大蔵店」さんへ行きました。紅担担麺にパクチーをトッピングしました。麻辣が効いたピリ辛担々麺にパクチーが良く合い、とても美味しかったです。明日は練馬区石神井台、世田谷区成城へ出張買取、頑張ります!

さいたま市大宮区にて、和箪笥、着物、人間国宝井上萬二の青白磁彫文皿。

 

埼玉県さいたま市大宮区にて、和たんす、お着物、人間国宝井上萬二の青白磁彫文皿おをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。三連休明けの出張となります。お休みの間、家族旅行をしたりリフレッシュすることが出来ました。本日からまた、新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいきます。本日お売りいただいた和箪笥は岩手の民芸箪笥。欅材に南部金具の素晴らしいタンスで、五段引出しの整理箪笥。お着物は訪問着や留袖、振袖、帯、和装小物など。少々古いお着物のためシミなどございましたが、なるべく捨てずにリサイクルしてほしいとのことでしたので、当社で全て買い受けさせていただきました。次へ繋げるよう、頑張ります。また、贈答品や人間国宝である井上萬二の青白磁彫文皿おをお売りいただきました。井上萬二は「白磁」で重要無形文化財(人間国宝)となられた陶芸家で、六角堂の強化買取作家です。青白磁に牡丹の彫文の入った皿となります。やや小ぶりの皿ですが、強化買取作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取りました。良いお品、有難うございました。
近所にあるアクロスプラザ三芳に「いきなりステーキ」がオープンしたので、家族で行ってまいりました。わたしは前に神田にあるいきなりステーキさんへ行ったことがあるのですが、家族はみんな初めてでしたので喜んでおりました。すこし並びましたが、無事ステーキを完食。ガーリックライス、スープも美味しかったです。肉マイレージカードも作りましたので、これからも通いたいと思います。スーパーへ買い物に行くと、わさビーフのいきなりステーキ味が並んでおりました。いきなりステーキ、すごい勢いですね!

井上 萬二(いのうえ まんじ)
1929年3月24日 佐賀県有田町生まれ
1995年に人間国宝に認定。日本工芸会参与、有田町名誉町民。
1945年、十二代酒井田柿右衛門の元で働き始める。
1952年頃に奥川忠右衛門門下生となり白磁や轆轤の技法を学ぶ。
1958年に酒井田柿右衛門窯を退社し、県立有田窯業試験場の技官として勤務。
1969年、ペンシルバニア州立大学から有田焼の講師。
海外での活動はドイツなどでの個展や2002年3月のモナコ国王の在位45年記念の展覧会など。
1968年、第15回日本伝統工芸展で初入選。
1977年に全国伝統的工芸品展通産大臣賞。
1987年には第34回日本伝統工芸展で文部大臣賞を受賞。
1995年5月31日に重要無形文化財「白磁」保持者に認定。
1997年、紫綬褒章を受章。
2003年、旭日中綬賞受賞

夏休み、熱海へ旅行に行ってきました。

今年も夏休みをいただきました。妻と子供三人を連れて8月8日朝から出発し、目的地熱海市へ向かいました。泊まった先は熱海市にある大江戸温泉。到着後、すぐに娘にインスタ映えするお店とのことで、熱海プリンカフェへ連れていかれました。とても可愛らしい店内で、若者たちがみんな写メを撮っておりました。わたしもプリンをいただいたのですが、とっても美味しかったです。大江戸温泉の食事は朝も夜も豪華バイキング、メニューが豊富でたくさんいただきました。到着日は、熱海花火大会が行われており、ホテルから眺めました。台風の影響が心配でしたが、無事開催。十年近く前にも熱海の花火を見ましたが、久々見る熱海の花火もとても良かったです。二日目の9日は朝から下田市へ向かい、人気観光スポットである「龍宮窟」へ行きました。洞窟の壁には、海底火山から噴出した黄褐色の火山れきが美しく層をしており、洞窟の中から見る伊豆の海はとても素晴らしかったです。歩いてすぐの場所に田牛サンドスキー場があり、チビたちはソリを借りて何度も滑っておりました。わたしも挑戦しましたが、日ごろ運動不足のためか上まで上るのに疲れ果ててしまい一度のみが限界でした。車で数分のところにある吉佐美大浜海水浴場へ移動し、みんなで海水浴。一番下のチビは初の海水浴、とてもはしゃいでおりました。こちらには海の家があり、らーめんやかき氷をいただきました。三日目最終日は、伊東市にある「伊東マリンタウン」へと行き、みんなにお土産を買いました。前に行った「伊豆太郎」さんというお店が美味しかったので、今回もまた伊豆太郎さんへ寄り、海鮮丼をいただきました。この日は偶然にも伊東花火大会が行われるとのことで、夜まで時間を潰してました。熱海も良かったのですが、伊東花火大会もとても盛大でした。今回の旅行熱海の花火、伊東の花火と二度見ることが出来、良かったです。今回の旅行は台風の影響で天気が心配でしたが、よく晴れてくれました。家族も満足してくれたようで、久々良い父親出来ました。明日からも家族の為、頑張って働きます。明日は埼玉県さいたま市へ出張買取向かいます。

東京都大田区蒲田にて、縮緬地藍染小紋や訪問着、帯、和装小物など。

東京都大田区蒲田にて、縮緬地藍染小紋や訪問着、帯、和装小物などをお売りいただきました。

昨年、加茂桐箪笥を買い取らせていただいたお客様からご連絡いただき、お着物の処分整理でお呼びいただきました。再度お呼びいただき有難うございました。一年近く考え、やはり着物を着る機会がなく処分されたいとのことでした。お着物には数点シミや汚れなど出てしまっているものがありましたが、帯は状態の良いものばかりでした。藍染の小紋はしなやかな手触り良い縮緬地。濃紺地に藍色の草木柄の染柄。帯は西陣織の袋帯や夏物の帯など10点ほどお売りいただきました。また、バッグや帯締め、帯留めなどの和装小物もお売りいただきました。たくさん悩まれてのご処分、こちらの査定も精一杯頑張らせていただきました。シミや汚れのあるものも含めて、お客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。思い入れのあるお着物たち、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二度にわたり、当社のご指名ありがとうございました。
作業途中、お客様がお弁当をご用意してくださいました。あの有名な「たいめいけん」さんのお弁当で、オムライスやハンバーグ、エビフライ、スパゲッティ、焼肉と、なんとも贅沢なお弁当でした。とても美味しかったです。お気遣いいただき有難うございました。帰宅後、久々家族で食事をしました。所沢市にある「ジョリーパスタ所沢店」さんへ行き、贅沢うに醤油というパスタを食べました。醤油ソースのパスタに大好物のうにがたっぷりのっており、カイワレと海苔の風味が良く合いとても美味しかったです。明日から3日間夏休みをいただき、わたしは家族旅行へ行ってきます。出張買取はお休みとなりますが、ご予約は承っておりますのでお電話またはメールにてご連絡よろしくお願い致します。

東京都文京区千石にて、進藤武松のブロンズ裸婦像、カルテルやイームズのチェア。

 

東京都文京区千石にて、進藤武松のブロンズ裸婦像、カルテルのルイ ゴーストチェア、ハーマンミラー社イームズデザインのアームシェルチェアなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、東京都文京区千石へオフィスのお片付け整理でお呼びいただきました。カッシーナやハーマンミラー、ドマーニなどの高級デザイナーズ家具を片付けで欲しいとご連絡いただきお伺いしました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。オフィスへ到着して見渡すと有名なデザイナーズ家具や人気ブランド家具が多数ございました。だいぶ使用されていたようで状態の悪いものが多くございましたが、人気家具ですのでお客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。ハーマンミラー社製チャールズ&レイ・イームズデザインの代名詞とも言えるアームシェルチェアは、セカンドモデルと呼ばれている貴重なヴィンテージチェアです。ファイバーグラスというガラス繊維で強化されたプラスチックを使用しており、コレクターにはたまらない一品です。家具の他、ステンドグラスのライトや彫刻家進藤武松のブロンズ裸婦像も買い取らせていただきました。進藤武松は東京都出身の昭和~平成時代に活躍した日本の彫刻家。写実的な女性の裸体像や若い男性像を得意とした彫刻家で、美空ひばりの等身大のブロンズ像を手掛けている事でも知られています。六角堂でも買取を強化している彫刻作家の一人です。共箱の欠品、スレなどございましたが、強化買取り作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品を多数お売りいただき、有難うございました。
帰宅途中、大塚駅の近くにある「博多長浜らーめん ぼたん」へ寄りました。ラーメンに揚げネギニンニクをトッピング。濃厚な豚骨のスープに揚げネギニンニクが良く合い、替え玉を二杯追加しました。久々がっつりといってしまいました。とても美味しかったです。

進藤 武松(しんどう たけまつ)1909年1月5日 – 2000年2月12日
日本の彫刻家、日本芸術院会員。東京生まれ。東京物理学校中退。
1929年構造社彫塑研究所に入所。斎藤素巌に師事。
1934年「構造賞」受賞。
1938年文展特選。
1952年日展特選、朝倉賞、川合賞。
1961年日展評議員。
1968年日本彫刻会理事。
1973年日本芸術院賞。
1975年日展理事。
1980年日本彫刻会委員長(-1990年)。
1983年日本芸術院会員。
1984年日展顧問、日本彫刻会常務理事。
1985年勲三等瑞宝章、紺綬褒章受章。
1987年日展常務理事。
1993年、「悲しき口笛」を歌う12歳の美空ひばりの等身大ブロンズ像を制作した。

東京都杉並区方南にて、桐箪笥、海野宗泰の竹花入、佐藤清光の釜など。

 

東京都杉並区方南にて、桐箪笥、お着物、お茶道具、大徳寺松長剛山書付箱海野宗泰の竹花入一重口「銘 和心」、佐藤清光の淡々斎好車軸釜などをお売りいただきました。

本日は東京都杉並区方南へ、遺品整理でお呼びいただきました。お婆様が生前大切にされていた桐たんす、お着物、大徳寺松長剛山書付箱海野宗泰の竹花入一重口「銘 和心」、佐藤清光の淡々斎好車軸釜などのお茶道具を買い取らせていただきました。茶杓師海野宗泰の竹花入には大徳寺高桐院住職松長剛山の書付で「銘 和心」とございます。佐藤清光の釜は車軸の形をした面白い釜となってます。荷車などの車輪の中心部に似ているところからの呼称で、 古くからこの名があり、天明に多く見られるようです。裏千家14代の淡々斎が好んだ形で知られてます。鐶付は茄子になっており、縁起がいいですね。良いお道具をお売りいただき有難うございました。
帰りに高円寺駅そばにある「らーめん一蔵」さんへ寄りました。いつもは赤鬼らーめんという激辛ラーメンを食べてますが、今日は普通の味噌らーめんを食べました。濃厚スープに縮れ麺がとても良かったです。

海野宗泰
1947年昭和22年、京都に生まれる。
1964年昭和39年、師 竹器師高野宗陵と出会う。
1966年昭和41年、伏見工業高等学校工芸科を卒業後、竹工芸の勉強を始める。
1970年昭和45年、号 宗秦を拝名。
松長剛山(まつながごうざん)剛山宗忠
昭和18年、大阪府能勢町天王に生まれる。
昭和25年 大阪府長杉寺で松長元祥に就いて得度。京都建仁僧堂で竹田益州に参禅。
昭和46年より大徳寺塔頭高桐院住職。三重県上野市龍王寺住職も兼任。
現在,久田流有栖川系茶道十三代家元、及び細川三斎流茶道顧問を務めている。
佐藤清光(さとうせいこう)
伝統技法をベースに高度なへら絞りによって生み出される端正でシャープな造形は右に出る者はいないと言われています。
その優れた技術力は京都大徳寺から「御釜師」の称号を授与されており、「清光釜」「浄清釜」として全国的に高い評価を受けています。
草花、鳥、雲などの文様をモチーフに、 茶釜、風炉、鉄瓶を多く制作し、茶道関係事業に積極的に参加し、茶釜等を名茶道団体に寄贈するなど山形鋳物・山形茶釜の発展・普及に努めました。
1916年 山形県で生まれる
1953年 日展で初入選
1985年 第32回日本伝統工芸展で入選
1989年 斉藤茂吉文化賞を受賞
1992年 勲六等瑞宝章を受章
1996年 逝去