東京都新宿区にて、小林和作、平川敏夫、鬼頭鍋三郎の油彩画、頼山陽の書屏風、掛け軸、螺鈿文箱、置物など。

東京都新宿区二十騎町にて、小林和作、平川敏夫、鬼頭鍋三郎の油彩画、頼山陽の書屏風、掛け軸、螺鈿細工の文箱、路川二峯の鋳銅鶴の置物、金杯などをお売りいただきました。

新宿区二十騎町は新宿区の東部に位置する町。町域の北は南山伏町、東は納戸町、南は市谷加賀町、西は市谷甲良町に接しております。いずれもわたしにとって思い出のある町。市谷加賀町は骨董屋を初めて一番最初に買取へいった町。南山伏町は初めてお茶道具を買い受けた町。そんな思い出深い町への出張買取でしたので、朝から気合いが入っておりました。解体前のお片付け整理のため、和家具、屏風、掛け軸の処分でお呼びいただきました。お客様宅へお邪魔して早々に目に入ったのが小林和作の油彩画「能登の海」。小林和作は六角堂でも良く扱う画家で、わたくし自身とても好きな画家さんです。その後次から次へと絵画が出てきました。平川敏夫の風景画、鬼頭鍋三郎の油彩画「芦ノ湖」などの油彩画をはじめ、水彩画、リトグラフ、色紙画など、全て買い受けさせていただきました。屏風は頼山陽の書屏風。表装をしなおしたが一度も飾る機会がなく今後も飾られないとの事で、買い受けさせていただきました。頼山陽は、大坂生まれの江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人で、主著に『日本外史』があり、幕末の尊皇攘夷運動に影響を与え、日本史上のベストセラーとなっております。他にもお客様がリビングに色々とおまとめいただいておりましたので、査定がスムーズに出来ました。ライカのカメラ、金杯、路川二峯の鋳銅鶴の置物、リヤドロのフィギュリンなどたくさん良いものをお譲りいただきました。本日も、一点一点丁寧に査定し、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。搬出途中、リヤドロのフィギュリンは花の箇所が壊れやすいからと、お客様が丁寧に梱包してくれました。とても親切にして下さり有難うございました。他にも和家具や小物などが多数ありましたが、トラック積載の関係で明後日またお邪魔させていただくこととなりました。お父様やお爺様が大事にされていたというお道具達、大事に次へと繋げさせていただきますね。明後日、またよろしくお願い致します。
帰りに志木の市場へ荷物を降ろしに行くと仲間たちも丁度降ろしており、そのままみんなでデニーズへ行くこととなりました。夜八時となりましたが、これが本日の一食目。カレードリアにカキフライ、締めにデザートと一日分のカロリーを補給しました。明日は埼玉県坂戸市への出張買取、頑張ります!

小林和作 (こばやしわさく)
1888年 山口県に生まれる。
1904年 京都市立美術工芸学校絵画科に入学。
1908年 日本画家の川北霞峰に入門。
1910年 第4回文展に「椿」を出品し初入選。
1913年 第7回文展に「志摩の波切村」を出品、褒状を受ける。
1918年 この頃洋画に転向、鹿子木孟郎の画塾に通う。
1924年 第2回春陽会展に初入選。
1925年 第3回春陽会展で「伊豆風景」ほかが春陽会賞受賞。
1926年 第4回春陽会展で「軽井沢の春」ほかが春陽会賞受賞。
1927年 春陽会会員となる。
1934年 独立美術協会会員となる。
1953年 芸術選奨文部大臣賞受賞。
1971年 勲三等旭日中綬章受章。
1974年 死去。

平川敏夫 (ひらかわとしお)
1924年 愛知県に生まれる。
1950年 創造美術展に初入選。
1954年 第18回新制作展で「月庭」が新作家賞受賞。
1960年 「白樹」制作。
1978年 大阪大丸で毎日新聞社主催<平川敏夫作品展>開催。
1980年 中日文化賞受賞。
1982年 日本秀作美術展に招待出品。
1983年 愛知県教育委員会文化功労賞受賞。
1985年 名古屋松坂屋ほかで「山と水・平川敏夫水墨画展」開催。
1990年 豊橋市美術博物館にて回顧展開催。
1994年 松坂屋美術館にて平川敏夫屏風展開催。

鬼頭鍋三郎 (きとうなべさぶろう)
1899年 愛知県に生まれる。
1922年 松下春雄、中野安治郎らとサンサシオン設立。
1923年 岡田三郎助に師事。
1924年 第5回帝展に初入選。辻永に師事。
1951年 第17回日展、パリ自由美術展に「バレリーナ」を出品。
1955年 第11回日展に「アトリエにて」を出品。
1970年 光風会理事長に就任。 勲三等瑞宝章受章。
1980年 「画業六十周年記念 鬼頭鍋三郎回顧展」開催。
1982年 死去。