埼玉県さいたま市浦和区にて、明治期の時代桐箪笥、松本民芸家具の座卓、書棚、ロッキングチェア、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」など。

 

埼玉県さいたま市浦和区にて、明治期の時代桐たんす、松本民芸家具の座卓、書棚、ロッキングチェア、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。即日のご依頼でしたが、お電話いただいた時には10キロ近くそばの志木市におりましたので、すぐにお伺いすることが出来ました。座卓、ロッキングチェアに痛みがあるものの、今もなお人気の松本民芸家具のお品でしたので、全て買い受けさせていただきました。本品のように、松本民芸家具はミズメザクラを主原料としてます。ミズメザクラは日本にしか生えてない日本固有の木で生産量が少なく入手も困難ですが、堅く、粘り強く、狂いにくい木材のため長年の使用に耐え、強くて丈夫で美しいミズメザクラに職人たちはこだわっております。加工が難しい木材だからこそ研ぎ澄まされる技術。何世代にも渡り、喜びを持って使い続けられる家具作り。その材料として古来より百木の長と詠われたミズメザクラが最も適していると考えているようです。ロッキングチェアには、「市」の刻印がございます。松本民芸家具は、作品の裏に職人の銘を刻みこみます。裏に刻まれる銘は、その職人の『長く使ってほしい』という想いと『仕事に責任を持つ』という誓いの証だそうです。そんな想いが込められているとは、とても素敵ですね。桐のたんすも痛みや虫食いなどがございましたが、当時の立派な金具が付いたタンスでしたので、買い受けさせていただきました。他にも、中国の置物や矢立、民芸品、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」などをお譲りいただきました。こちらの作品は彫刻家エドワード・エリクソンデザインの人魚。彼の妻、エリーネがモデルといわれています。ちなみに、エリーネの甥は、俳優の岡田眞澄氏になります。Den Lille Havfrueはコペンハーゲンの海辺にある人魚姫の像。世界中の人々に愛されているアンデルセン童話の代表作「人魚姫」ですが、デンマークのコペンハーゲンに人魚姫の像があり、市のシンボルとなっています。雨の中での買取りとなりましたが、お客様が搬出の通路を確保していただいたりしたおかげで手際よく作業が出来ました。ご協力有難うございました。

松本民芸家具(まつもとみんげいかぐ) 長野県松本市にある老舗民芸家具メーカー。
1944年(昭和19年) – 前身である中央構材工業設立。 旧陸軍航空本部用の木製格納庫を製造。戦後は東京を中心に戦後の復興住宅と建具を製造。
1948年(昭和23年) – 京都相国寺第2回日本民芸協会全国大会が開催される。民芸家具の製作を始める。
1950年(昭和25年) – 秩父宮妃来訪、池田三四郎と懇談。
1951年(昭和26年) – 北陸銀行家具一式受注。
1952年(昭和27年) – 「松本民芸家具展」開催。
1953年(昭和28年) – バーナード・リーチが来訪、ウインザーチェアに代表される英国家具の製作指導。
1956年(昭和31年) – 第10回全国民芸大会で、ラッシ編み椅子の一連の仕事が、民芸大賞受賞。
1957年(昭和32年) – 販売会社として中央民芸を設立。創業20周年を記念して製品から500種類を選び展示会を開催。ロックフェラー三世より受注、ニューヨークのロックフェラーセンターに椅子数点を納品。
1964年(昭和39年) – 北海道民芸木工(現クラレインテリア)の設立に協力。
1969年(昭和44年) – 若手職人の養成を目的とした研修棟兼民芸家具の参考館として松本市郊外に松本民芸生活館を建設。
1972年(昭和47年) – 長年のグループ生産方式を基に、松本民芸家具工芸協同組合設立。ネルソン・ロックフェラー米国副大統領(当時)より受注。
1976年(昭和51年) – 通商産業大臣より伝統的工芸品「松本家具」指定。(全国の家具部門で第1号指定)
1978年(昭和53年) – 長野県国体が開催、昭和天皇が訪問、職人2名が伝統工芸品製作実演を披露。長野身体障害者国体が開催、皇太子夫妻(現今上天皇、皇后)が来訪。
1993年(平成5年) – 信州博覧会、松本城築城400年祭参加。
2001年(平成13年) – 松本民芸家具展開催。池田三四郎蒐集の椅子を展示する「三四郎の椅子展」併催。