東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛軸。

東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛け.軸け.をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お爺様が大切にされていた骨董品などを買い取らせていただきました。久々、魯山人作品に出会えました。お売りいただいたのは、色絵の湯呑で、魯山人の共箱入り。多少シミや汚れなどございましたが、当社買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。掛軸も数点お売りいただきましたが、お客様ご期待の伊東深水は残念ながら工芸作品。ご期待にはお応えできませんでしたが、精一杯の査定で買い受けさせていただきました。お爺様の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日はとても良い買取が出来ましたので、吉野家さんへと寄り、鰻重(二枚盛)をいただきました。とても美味しかったです♪

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)1883~1959
明治16年(1883)上賀茂神社の社家に、父北大路清操、母とめの次男として生まれる。
明治21年(1888)父清操が逝去。福田家の養子となる。
明治36年(1903)書家を志して上京。
明治37年(1904)日本美術展覧会一等賞受賞。
明治38年(1905)書家岡本可亭の内弟子となる。
明治41年(1908)中国に渡る。篆刻を習い、古銘碑や古美術などを見て歩く。
明治43年(1910)帰国。東京で書と篆刻の商いを始める。長浜の素封家河路豊吉に食客として招かれ、書や篆刻の制作に打ち込む。「福田大観」の号で小蘭亭の天井画や襖絵篆刻など数々の傑作を残す。
大正2年 (1913)竹内栖鳳の款印を彫った縁で、富田渓仙、土田麦僊らと交流。
大正4年 (1915)福田家の家督を長男に譲り、自身は北大路姓に復帰。食客として各地を回る。
大正10年(1921)会員制食堂「美食倶楽部」を発足。
大正11年(1922)北大路家の家督を相続。 正式に北大路魯山人を名のる。
大正14年(1925)星岡茶寮、星岡窯を開設。
昭和30年(1955)重要無形文化財保持者(人間国宝)辞退。
昭和34年(1959)12月21日、逝去。76歳。

伊東深水(いとうしんすい)1898年~1972年
1898年 東京深川に生まれる
1910年 結城素明の紹介を得て鏑木清方に師事
1914年 日本美術院再興記念展覧会(第1回院展)入選
1927年 深水画塾設立 第8回帝展で特選受賞
1932年 山口蓬春らと青々会結成
1939年 山川秀峰らと青衿会を結成
1948年 日本芸術院賞受賞
1950年 青衿会が児玉希望の国風会と合同し日月社となる
1958年 芸術院会員に推挙される
1970年 勲三等旭日大綬章授賞
1972年 東京で歿 従四位下賜