月別アーカイブ: 2018年5月

埼玉県所沢市にて、表千家茶道のお道具一式買い取りました。

 

埼玉県所沢市にて、表千家茶道のお道具を一式お売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お母様が表千家茶道教室の師範をされておりましたので、とてもたくさんのお茶道具をお売りいただくこととなりました。当社では、お茶道具の買い取りを強化しておりますので、表千家流堀内家12代堀内宗完(ほりのうち そうかん)の書付のものから共箱のないお稽古用のものまで全て買い取らせていただきました。画像のお道具は買い取らせていたお道具の一部ですが、ご紹介させていただきます。京焼の名工桶谷定一(おけたにていいち)の油滴天目茶碗、唐津藩の御用窯としてその伝統を受け継いでいる椎ノ峯窯・中里陶仙(中里宗家14代)の唐津茶碗、清峯造秋野蒔絵中棗(堀内宗完書付)、塗師村田宗覚(むらたそうかく)の棗(堀内宗完書付)、松本鐵山(まつもとてつざん)の黄瀬戸輪花火入、黄瀬戸肩衝茶入、織部竹節蓋置、影林宗篤の表千家歴代茶杓集、広州窯の茶入、海田宗恵(かいだそうけい)の宗旦好一閑手付莨盆、銀燻(いぶし銀)製の湯瓶などなど。とてもお道具を大切にされていたため、保管状態の良いお道具ばかりでした。お母様の思い出のお道具たち、六角堂で責任もって大切に次へと繋げさせていただきます。来月にお着物の買取でまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、ご実家まで足を運んでくださり有難うございました。
倉庫へ戻る途中、所沢市にある優勝軒さんへ寄りました。富士ラーメンをいただきましたが、もやしの量がすごいですね。濃厚スープがとても美味しくて完食しました。
これから京都府へ出張に行ってまいります。お茶道具や骨董品の勉強を兼ねていってきますので、一回り成長して戻ってきます。出張買取は、6月4日より再開させていただきます。京都出張中もご予約は随時承っておりますので、何かございましたらお電話またはお問い合わせ欄からメールにてご連絡ください。

表千家流堀内家十二代 堀内宗完(ほりのうちそうかん)
兼中斎(けんちゅうさい) 大正8年、京都生まれ 別号長生庵
京都大学理学部卒 代々表千家の宗匠を務める茶家、堀内家の10世不仙斎の三男
表千家即中斎のもとで修業 兄11世幽峰斎の急逝のため堀内家十二世を継ぐ
平成10年、分明斎に家督を譲り宗心となる

影林宗篤(かげばやしむねあつ) 本名 清一
昭和21年 奈良県生駒山に生まれる。
昭和40年 稼業の茶道竹工芸を学ぶ。
昭和45年 大徳寺三玄院の藤井誠堂老師や大徳寺黄梅院の宮西玄性老師の指導を受ける。
(大徳寺および千家出入りの竹器師)

東京都渋谷区松濤にて時代箪笥など、本町にて徳田正彦の彩釉花生など。

東京都渋谷区松濤にて時代箪笥など、渋谷区本町にて人間国宝三代徳田八十吉(正彦)の彩釉花生、茶道具などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、渋谷区松濤へお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、時代箪笥やベトナムで購入されたというシェルフをお売りいただきました。時代箪笥は、明治~大正時代のものでしょうか、時代桐箪笥と前欅の時代重ね箪笥になります。重ね箪笥の金具飾りには、桜丸が使われております。古いものですが、状態の良い時代箪笥でした。古き良き時代の家具をお売りいただき有難うございました。二件目は渋谷区本町へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お引越しに伴い、茶道具などお道具を処分されるとの事でお呼びくださいました。お茶道具は、茶碗や水指、釜など一式お売りいただきました。また、人間国宝である三代徳田八十吉(正彦)の彩釉花生をあわせてお売りいただきました。底裏に九谷正彦の銘がございます。人間国宝になる前の前作ではありましたが、人気作家で当社でも買取強化している作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。良いお道具をお売りいただき有難うございました。
今日は志木市場の開催日でしたので、出張買取後に寄らせていただきました。市場が終わって、みんなで赤羽駅にある「磯丸水産 赤羽南口店」へ食事に行きました。島寿司、炉端焼きでいただく蟹味噌甲羅焼、あら汁など、とても美味しかったです。磯丸水産さんは初めて行きましたが、とても美味しくて良かったです。また寄りたいと思います。

三代 徳田八十吉(とくだやそきち) 1933(昭和8)年~2009(平成21)年
3代徳田八十吉は2代徳田八十吉の長男として石川県に生まれる。本名を正彦といいます。
1954(昭和29)年に金沢美術工芸大学を中退し、
祖父・初代徳田八十吉に釉薬の調合や上絵付け技法を学び、
父より九谷焼の上絵付け等に対する現代陶芸の革新的な創造精神を受け継ぎました。
1966(昭和41)年、一水会委員に就任しました。
1967(昭和42)年に小松市立博物館で開催された「九谷古陶磁名品展」を契機とし、
青手古九谷に範を求めて各色釉の微妙な濃淡の変化を追及する表現技法に取り組みます。
1971(昭和46)年、NHK会長賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、日本工芸会正会員となりました。
1977(昭和52)年、日本工芸会総裁賞を受賞しました。
1979(昭和54)年、日本伝統工芸展鑑査員に就任しました。
1984(昭和59)年、日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
1985(昭和60)年、北国文化賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、日本陶磁協会賞を受賞しました。
石川県九谷焼無形文化財資格保持者に認定されました。
日本伝統工芸展の出品作品が重要無形文化財資格保持者選賞を受賞しました。
1988(昭和63)年、藤原啓記念賞を受賞しました。
日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
3代徳田八十吉を襲名しました。
1990(平成2)年、高円宮殿下に御来窯御台臨を賜りました。
’90国際陶芸展グランプリー、小松市文化賞を受賞しました。
1991(平成3)年に日本陶芸展の出品作品が秩父宮賜杯を受賞し、
近代美術館に買い上げられました。
外務大臣表彰を受けました。
1992(平成4)年、日本伝統工芸展監査主任・審査員に就任しました。
一水会陶芸部運営委員に就任しました。
1993(平成5)年、大英博物館に碧明燿彩花瓶等が収蔵されました。
紫綬褒章を受章しました。
スミソニアン・サックラー美術館に作品が収蔵されました。
1994(平成6)年、日本工芸会理事に就任しました。
1996(平成8)年、石川県陶芸協会会長に就任しました。
1997(平成9)年、MOA岡田茂吉賞大賞を受賞しました。
重要無形文化財「彩釉磁器」の保持者(人間国宝)に認定されました。
小松市名誉市民の称号を受けました。
1998(平成10)年、メトロポリタン美術館に燿彩線文壷が収蔵されました。
2009(平成21)年、8月26日逝去。従五位に叙位される。

東京都目黒区三田にて、伝統工芸士田澤謙介の加茂桐箪笥、茶道具など。

 

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、東京都目黒区三田へリフォーム前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介くださりありがとうございます。伝統工芸士田澤謙介の加茂桐箪笥、和家具、茶道具、陶磁器、掛け軸、ダンヒルのパイプなどをお売りいただきました。本日お売りいただいた桐たんすは新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、四方丸の総盆和箪笥というタイプのもので、当社でも多く取り扱う高級桐たんすになります。上部・下部の四方角が丸い桐たんす「四方丸」という桐たんすになります。全てが衣装盆の総盆タイプで、15の衣装盆が収まってます。伝統工芸士である田澤謙介氏の作、前飾りには、光保刀と銘がございます。田澤謙介氏は、加茂桐箪笥伝統工芸士の第一人者であり、たくさんの素晴らしいたんすを作られた方でございます。多少シミ汚れがございましたが、当社の買取強化作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。次回、お着物の買取でお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。
本日二件目は、杉並区西荻南へお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、反物や掛け軸、お茶道具一式をお売りいただきました。茶道具は共箱のないものなどもございましたが、買い取り強化中の為、一式全て買い受けさせていただきました。お客様のお母様が大切にされていた反物やお茶道具など、六角堂で大切に次へと繋げさせていただきます。数多くお売りいただき、有難うございました。
本日の昼食は、目黒駅にある「福の花 目黒店」さんへ行きました。山口県の地鶏料理のお店ですが、ランチタイムで寄りましたので、画像のメニューで800円ぐらいでした。しかもご飯、お味噌汁はおかわり自由、食べ盛りの私には嬉しいです。とてもお得で、とても美味しかったです。また目黒に来た時には、是非寄らせてもらいます。

東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛軸。

東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛け軸をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お爺様が大切にされていた骨董品などを買い取らせていただきました。久々、魯山人作品に出会えました。お売りいただいたのは、色絵の湯呑で、魯山人の共箱入り。多少シミや汚れなどございましたが、当社買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。掛軸も数点お売りいただきましたが、お客様ご期待の伊東深水は残念ながら工芸作品。ご期待にはお応えできませんでしたが、精一杯の査定で買い受けさせていただきました。お爺様の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日はとても良い買取が出来ましたので、吉野家さんへと寄り、鰻重(二枚盛)をいただきました。とても美味しかったです♪

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)1883~1959
明治16年(1883)上賀茂神社の社家に、父北大路清操、母とめの次男として生まれる。
明治21年(1888)父清操が逝去。福田家の養子となる。
明治36年(1903)書家を志して上京。
明治37年(1904)日本美術展覧会一等賞受賞。
明治38年(1905)書家岡本可亭の内弟子となる。
明治41年(1908)中国に渡る。篆刻を習い、古銘碑や古美術などを見て歩く。
明治43年(1910)帰国。東京で書と篆刻の商いを始める。長浜の素封家河路豊吉に食客として招かれ、書や篆刻の制作に打ち込む。「福田大観」の号で小蘭亭の天井画や襖絵篆刻など数々の傑作を残す。
大正2年 (1913)竹内栖鳳の款印を彫った縁で、富田渓仙、土田麦僊らと交流。
大正4年 (1915)福田家の家督を長男に譲り、自身は北大路姓に復帰。食客として各地を回る。
大正10年(1921)会員制食堂「美食倶楽部」を発足。
大正11年(1922)北大路家の家督を相続。 正式に北大路魯山人を名のる。
大正14年(1925)星岡茶寮、星岡窯を開設。
昭和30年(1955)重要無形文化財保持者(人間国宝)辞退。
昭和34年(1959)12月21日、逝去。76歳。

伊東深水(いとうしんすい)1898年~1972年
1898年 東京深川に生まれる
1910年 結城素明の紹介を得て鏑木清方に師事
1914年 日本美術院再興記念展覧会(第1回院展)入選
1927年 深水画塾設立 第8回帝展で特選受賞
1932年 山口蓬春らと青々会結成
1939年 山川秀峰らと青衿会を結成
1948年 日本芸術院賞受賞
1950年 青衿会が児玉希望の国風会と合同し日月社となる
1958年 芸術院会員に推挙される
1970年 勲三等旭日大綬章授賞
1972年 東京で歿 従四位下賜

東京都杉並区成田東にて、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢。

東京都杉並区成田東にて、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都目黒区五本木へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物、額、切手などをお売りいただきました。切手はシートのものが多くございましたので、高額査定で買い受けさせていただきました。二件目は杉並区成田東へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢をお売りいただきました。お売りいただいた岐阜県根尾谷産の菊花石は、菊花石の最高峰と言われています。今では特別天然記念物に指定されている為、採掘ができなくなっており、希少価値が高まっています。菊花石は「鑑賞石の最高峰」といわれており、六角堂でも買取を強化しております。瓶掛とは、火鉢を小振りにした形で、茶道で使われる風炉という道具に似ております。素材は陶磁器の物と、銀や鉄など金属製の物などがあります。煎茶の席で金瓶や銀瓶、鉄瓶や土瓶などをかけて湯を沸かす道具です。使い方は涼炉によく似ていますが、涼炉とは違い、灰を調節して火を沸かします。お売りいただいた瓶掛(びんがけ)は、宣徳銅製のもので、中国人物模様、耳は象耳となっております。買い取りに来る前にと、わざわざ灰を抜いておいてくださいました。お気遣いいただきまして、ありがとうございました。いずれも、ご家族の思い出のお品とのこと、わたくしたちが大切に次へと繋げていきます。良いお品、有難うございました。
本日の昼食は、目黒区にある「中国ラーメン揚州商人 目黒本店 」へと寄りました。今日は珍しく麺を頼まずに、炒飯や野菜炒めをいただきました。揚州商人、麺はもちろん炒飯もとても美味しかったです。また寄ります!

神奈川県相模原市にて、瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど。

神奈川県相模原市にて、人気陶芸家瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど着物、和装小物をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。瀧田項一(たきたこういち)は、東京美術学校で出会った陶芸家・富本憲吉の紹介で益子の濱田庄司に入門しました。約3年間の修行を経て福島県会津で独立、以来磁器の制作を追求し続けています。修行時代に日本民藝館で出会った李朝白磁に始まり、中国、朝鮮半島から西アジアまで各地で触れた古今の陶工の仕事を吸収しながら、瀧田は自身の造形と模様を確立していきました。その仕事の根幹には、富本憲吉から教わった文様の本質、濱田庄司から学んだモノづくりの精神が息づいています。お売りいただいた白磁酒器は、徳利にわずかなカケがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、買い受けさせていただきました。お着物は、帯やちりめんの反物、訪問着や紬など。和装小物は、買い取り強化中の道明新兵衛の帯締めなどがあり、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。お着物は、残念ながら多少シミが出てしまっておりましたが、帯や反物は全体的に状態の良いものが多くございました。和装小物は、帯締めの他、帯留め、草履やバッグなどがありましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。たくさんのお道具、お着物をお売りいただき有難うございました。
帰り途中、「てんや 相模原星が丘店」さんへと寄り、「初夏の海鮮天丼」をいただきました。「あさり」「煮穴子」「漬けまぐろ(キハダ)」「海老」という4種の海鮮と、「焼き海苔天」「いんげん」と贅沢な組み合わせ。とても美味しかったです。帰宅後に、息子と近所のスーパー銭湯「真名井の湯」へと行きました。最近食べ過ぎでお腹周りが心配でしたので、サウナで頑張ってみました。たくさん汗をかいた後の炭水化物、とても美味しかったです。。。明日は一日仕分け作業の為、出張買取はお休みいただきます。

瀧田項一(たきたこういち)
1927年 栃木県烏山町鍛冶町に生まれる。
1946年 東京美術学校工芸科卒業。富本憲吉に師事、濱田庄司工房に入門。
1953年 日本民藝館新作展にて個人賞を受賞。
1958年 アジア財団によりパキスタン美術大学陶芸科講師として招聘される。
1973年 西独ケルンにて個展、ベルリン博物館買い上げ。
1980年 日本橋三越個展。
1983年 沖縄県立美術大学教授に就任。
1998年 栃木県文化功労者賞受賞。

東京都新宿区中落合にて、時代和家具、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合など煎茶道具。

 

東京都新宿区中落合にて、時代和家具、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合などの煎茶道具をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。ご実家を解体されるようで、昔から家で使われていた欄間、屏風、衝立、長火鉢、茶箪笥などの古家具や、煎茶のお道具をお売りいただきました。蜂の盛り蒔絵が可愛い茶合は、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合。こちらは、当社で買い取りを強化しているお道具ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。茶合とは茶壷から茶葉を掬い、適量を量る際に使用されるもの。 古くは竹を適当な大きさに割っただけの簡単なものでしたが、その後は裏面に漢詩を刻む等の細工が流行し、材質も竹製の他に金属製、象牙製のもの等が作られるようになりました。流派によって、仙媒、茶合、茶則、茶量のように様々な呼ばれ方をします。煎茶道具は、近年古物業界で人気があり、六角堂でも買い取りを強化しております。煎茶道具には、煎茶碗、香合、茶合、茶量、仙媒、茶入、茶壺、茶心壷、鉄瓶、銀瓶、湯沸し、ボーフラ、湯さまし、水注、涼炉、火炉、炉台、火箸、宝瓶、急須、建水、瓶掛、瓶敷、罐座、瓶座、結界、硯屏、炉屏、茶箱、器局、提藍、茶櫃、茶籠、茶托、煎茶盆、烏府、炭斗、火斗、羽箒、炉扇、滓盂、洗瓶、巾筒、茶具褥などがございます。朱泥・紫泥の急須や白泥の涼炉、古竹でつくられた茶合や煎茶道具、錫製の茶壷や茶托、鉄瓶や銀瓶などは、近年中国からの人気があり、市場でも高騰しております。六角堂では、煎茶道具でしたら古いものから新しいもの、作家物から名前のないもの、日本のものから中国唐物まで全て買い受けます。ご不要の煎茶道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。煎茶道具に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定し、高額査定にて買取させていただきます。
倉庫へ戻る途中、志木市にある中華料理屋「胆沢」さんへ寄り、炒飯をいただきました。志木市場の近くにあるお店で、市場の開催日にはよく寄らせてもらっております。画像の白いお花は、お蕎麦の花。私の住む三芳町では、時折畑がお蕎麦の花で真っ白になります。倉庫近くに咲きますので、倉庫へ向かうのが楽しくなります。

東京都文京区本駒込にて、明治期の仙台箪笥、盛栄堂南部鉄瓶など。

 

東京都文京区本駒込にて、明治期の仙台箪笥、盛栄堂南部鉄瓶や贈答品などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。まずは、トランクルームでかいと長い間保管されていた明治期頃の仙台箪笥、チークのセンターテーブルを買い取らせていただきました。欅材に当時の南部鉄金具がとても雰囲気の良いタンスです。鍵の欠品、背板に破損などございましたが、当社で買い取りを強化している時代箪笥ですので、買い取らせていただきました。また、お客様宅の倉庫から、贈答品や鉄瓶などの茶道具をお売りいただきました。なるべく倉庫を片付けたいとのことでしたので、リサイクルできるものは全て買い受けさせていただきました。ご家族の思い出のたんすかと思います。大切に次へと繋げさせていただきます。ありがとうございました。
帰宅は夜となってしまいましたが、倉庫へ戻る途中にある「松屋」さんへ寄り、「ビビン丼」をいただきました。ピリ辛キムチに甘辛のたれが合いますね。とても美味しかったです。明日は出張買取をお休みいただき、一日倉庫で仕分け作業をします。お客様から買い受けしたお品々を掃除、仕分けして、次へと橋渡しできる準備をさせていただきます。また、明後日からの出張買取も頑張ります!
六角堂では、時代箪笥の買取りを強化しております。山形県庄内の庄内箪笥、山形県米沢の米沢箪笥、宮城県仙台の仙台箪笥、長野県地方の松本箪笥、岩手県地方の岩谷堂箪笥、福井県三国の三国箪笥、滋賀県近江の近江水屋箪笥、新潟県佐渡の佐渡箪笥、福島県二本松の二本松箪笥など、産地の時代和箪笥も強化買取りしております。ご不要の時代箪笥がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

仙台箪笥の歴史は古く、原型は江戸時代末期にまでさかのぼります。主に武士が刀を入れることを目的として作られた箪笥は野郎型と呼ばれ、刀の鞘や裃(かみしも)を納めることができる幅4尺(約120センチ)、高さ3尺3寸(100センチ)の大きさに作られておりました。素材は主に欅や粟。塗りは木目も美しい「木地呂塗り」に、豪華な鉄の飾り金具が取り入れられているのが特徴です。 仙台簞笥は「指物」「塗り」「金具」、3つの技が一体となって、はじめて生み出されます。それぞれのプロ達が技を極め、ひとつの「仙台箪笥」を丁寧に作り上げていく様は、まさに手しごとのバトンリレー。いずれの作業も、熟練の技が冴える職人が手をかけることで箪笥に魂がこめられております。どっしりしながらも艶やかな佇まいで、実物を見るとその存在感に圧倒されてしまいます。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶茶碗、龍村平蔵の袋帯など。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶々碗、龍村平蔵製の双契瑞兆文袋帯などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物や、帯などをたくさんお売りいただきましたが、一点初代龍村平蔵製の帯がございました。初代 龍村平蔵(たつむらへいぞう)は、経糸と緯糸とで構成される織物を、独特の陰影をたたえた立体の造形としてとらえ、新技法を次々と生み出しました。法隆寺、正倉院に伝わる古代裂など伝統的な織物の研究に尽力し、復元の第一人者として織物の地位を「芸術の域」にまで高めました。「いつかは平蔵の帯」というな憧れの的です。シミや汚れなどがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。他にも、今泉今右衛門窯の錦花絵紅茶々碗を買い取らせていただきました。今右衛門窯の色絵磁器は、江戸期の美意識と品格を今に伝え、その手仕事による技術は、轆轤、染付の線描き・濃み、柞灰による釉薬、松木の薪による窯焚き、一子相伝の秘法として受け継がれてきた赤絵(赤・黄・緑の上絵)の調合・技術に至り、国の重要無形文化財保持団体として認定され、高い評価を受けています。良いお着物、お道具をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、「中華食堂 日高屋」さんへ寄り、食事をしました。今日は暑さのせいかあまりお腹がすいておりませんでしたので、ワンタンスープにそら豆だけいただきました。中華料理屋にそら豆があるのは意外でした。とても安く、とても美味しかったです。

初代 龍村平蔵 (1876年 – 1962年)
1876年(明治9年)  – 大阪の両替商の長男として生まれる
1887年(明治20年) – 大阪商業学校に進学
1892年(明治25年) – 大阪商業学校を中退し呉服の道へ
1894年(明治27年) – 織物業を創業
1906年(明治39年) – 龍村製織所設立
1956年(昭和31年) – 日本芸術院恩賜賞を受賞
1958年(昭和33年) – 紫綬褒章を受章
1960年(昭和35年) – 財団法人大日本蚕糸会より恩賜賞を受ける
1962年(昭和37年) – 死去(享年86歳)

東京都中野区上高田にて、李方子の高麗焼茶碗、和田美之助の嵌金銀釜環など。

東京都中野区上高田にて、李方子(楽善斎)の高麗焼茶碗、釜師和田美之助の嵌金銀釜環などお茶道具をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。李方子(りまさこ、イ・バンジャ)の高麗焼茶碗、和田美之助の嵌金銀釜環などのお茶道具、掛け軸(茶掛)をお売りいただきました。李方子(1901年~1989年)は、日本の元皇族、梨本宮家に生まれ、旧大韓帝国の元皇太子李垠の妃となられた方です。流転の王妃とも呼ばれテレビドラマ化もされました。韓国の障害児教育に取り組み、施設を設立されましたが、資金集めのため自作の陶磁器、七宝などの販売をしていらしたそうです。きっとこの茶碗もその中の一つでしょう。長い間使わずにしまったままの茶道具たち、今回のお引越しを機会にまとめてご処分されるとのことでお呼びいただきました。思い入れのあるお道具達、大切に次へと繋げさせていただきますね。今度お着物を処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご指名いただき有難うございました。
今日は市場の上司であるT橋氏が夕食をご馳走してくれるというので、大島屋がってん食堂へ向かいました。奢ってもらえるとの事でしたので、お刺身、馬刺し、天ぷら、ラーメン、デザートなどなど、大食いしてしまいました。会計時にT橋氏もびっくり、ご馳走様でした!!

和田美之助(わだみのすけ)
江戸時代から続く釣鐘鋳造師でその当主が代々受け継ぐ名前です。
初代は京都三条釜座に居を構え、座衆取締役として活躍し、釜や釣鐘を鋳造して天下一釜師の号を拝受されました。
10代の時に茶釜の制作を行うようになり、12代は炉釜・風炉釜・風炉・花入・燗鍋・火箸・釜環・五徳など斬新な作品を手掛け、現在は13代が当主となっています。