月別アーカイブ: 2018年4月

東京都杉並区にて、小松崎邦雄のリトグラフ、ダンヒルなどのパイプ。

東京都杉並区高円寺北にて、小松崎邦雄のリトグラフ「舞妓」、ダンヒルなどのパイプをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたリトグラフは、人気洋画家小松崎邦雄の「舞妓」。小松崎邦雄は、人形、舞妓などを的確な写実表現で描いた作家。 小松崎邦雄の絵画作品は、現在でも人気のある作家の一人で、もちろん六角堂でも買い取りを強化しております。 また、ダンヒル(dunhill )や、スタンウェル(STANNWELL)、シャコム(CHACOM)などのパイプも併せてお売りいただきました。当社では、こういったパイプの買い取りもしております。パイプの販売を行う煙草専門店は多くございますが、中古パイプの買取を行っている業者は少ないかと思います。パイプ、煙管など、中古喫煙具をご処分の際には、是非六角堂をご指名ください。本日は当社のご指名、ありがとうございました。
昼食は、中野区中野にある「中華料理 和」さんへと行きました。こちらは、昨年末の忘年会の締めでたまたま寄ったお店で、昔ながらの中華料理屋さんといった雰囲気のお店です。今日は大好物のワンタンをいただきました。昔ながらのお味で、とても美味しかったです。画像のクッキーはN尾氏から旅行のお土産をいただきました。山中湖へ家族旅行へ行っってきたようで、人気の「富士登山電車」にも乗られたようです。N尾氏、ご馳走様。

小松崎邦雄(こまつざきくにお)
一水会委員。1970年代は人形やヌードを多く描き、80年代に入ると舞妓に挑戦。
NHKテレビ「油絵入門」の講師
1931年 東京生まれ
1950年 東京芸術大学美術学部油画科に入学(安井會太郎のち林武の教室で学ぶ)
1954年 一水会展に初入選(’56一水会賞、’60会員優賞)
1956年 東京芸術大学専攻科修了
1957年 一水会会員
1963年 第7回安井賞候補新人展(東京・国立近代美術館)に入選、以後入選を重ねる。
1966年 文部省作品買上げ
1968年 一水会委員となる。ユネスコ・フェローショップにより欧州留学(’69帰国)
1969年 第4回昭和会展で昭和会賞受賞
1973年 丸井今井の「現代洋画俊英作家新作展」に招待出品
1976年 日中友好美術家訪中団の一員として訪中
1982年 東郷青児美術館大賞
1984年 「日本経済新聞」連載の渡辺淳一「化身」の挿絵を制作。
1985年 NHKテレビ番組<NHK趣味講座・油絵入門>に出演。(1988年にも出演)
1987年 個展<舞妓の世界展>を日本橋・三越で開催。
1990年 第4回浦和市文化栄誉賞を受賞。
1991年 個展<舞妓の情景>を日本橋・三越で開催。第9回宮本三郎記念賞を受賞。記念展が日本橋・三越で開催される。
1992年 茨城県水戸市で死去(享年61才)

東京都豊島区にて、桐箪笥、山本雄一窯の備前焼花生、伊藤赤水窯の湯呑、掛軸。

 

東京都豊島区池袋本町にて、桐たんす、山本雄一窯の備前鶴首花生、五代伊藤赤水赤水窯の無名異焼湯呑、掛け軸をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。不要となった陶器や漆器、贈答品などを買い取らせていただきました。備前焼の人間国宝である山本陶秀の長男、山本雄一の窯作品である備前鶴首花生や、無名異焼の人間国宝である五代伊藤赤水の窯作品の湯呑などをお売りいただきました。どちらも窯作品ではありますが、人気作家のものとなりますので、一点一点丁寧に査定させていただきました。他にも平安象彦や山田平安堂の漆器、日本画や書画などたくさんの掛け軸をお売りいただきました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。今日は志木市場で数か月に一度の骨董大会をしておりましたので、帰りに寄らせていただきました。ふだんお目にかかれない貴重な道具がたくさん出ていたようですね。市場のそばに新しいお店が出来たとのことで、途中みんなで食事に行きました。「コミュニティレストラン ソラシドキッチン」さんというお店です。お洒落なお店で、メニューもお洒落なものばかり。料金がとてもお安いのに、サラダバーやスープバーが付きます。新鮮なサラダはとても美味しく、おかわりしてしまいました。わたしのいただいた「ソラシメン」、かき揚げの揚げ具合が絶妙でとても美味しかったです。市場の近所に素敵なお店が出来ました。また寄せていただきます。明日は東京都杉並区への出張買取、頑張ります!

山本雄一(やまもとゆういち)
人間国宝山本陶秀長男として生まれる。1959年から父のもとで陶芸の道に入りました。1968年には備前焼で初めてガス窯を導入。科学好きの旺盛な探究心で、偶然に頼る部分の多い緋襷を意図的なデザインとして生み出す方法を研究。稲わらを煮詰めて抽出したエキスを絵の具のように使い、素地に花や模様を描いた人口の緋襷「緋紋」「緋彩」の技法を考案しました。花器、茶器、壺、大鉢など幅広く製作しています。1967年日本工芸会正会員に。1995年、制作者向けの入門書「備前焼の技法 伝統と創造」を出版。1996年には茶の湯の造形展で田部美術館大賞を受賞。同年、岡山県重要無形文化財保持者に認定されました。1998年に紺綬褒章を受章、2002年に表千家同門会岡山副支部長に就任。
金重陶陽賞、岡山県文化奨励賞、山陽新聞賞、紺綬褒賞、岡山日日新聞芸術文化功労章、茶の湯の造形展大賞など多数受賞する。

伊藤赤水(いとうせきすい)
五代伊藤赤水(本名伊藤窯一)は、1941年新潟県・佐渡市相川町の無名異焼窯元、四代伊藤赤水の長男として生まれた。1966年京都工芸繊維大学を卒業後帰郷。祖父三代赤水について家業の無名異焼の伝統技法を修業した。1977年に五代伊藤赤水を襲名。作調は「窯変」と「練上」に大別される。窯変は穴窯によるもので、窯の中での焔の洗礼によって、器表に表れた不定形な赤と黒のコントラストとその境界に表れる微妙な変化が見所である。練上は地元の白・赤・黒の三種の陶土をこね合わせ、その切口の断面を鉢等の全体的な文様として構成する工芸技法によるもので、電気窯又は、ガス窯で焼成される。その作品は無名異焼の伝統に新生面を拓いた。2003年重要無形文化財「無名異焼」の保持者(人間国宝)に認定。

東京都葛飾区奥戸にて、桐タンス、お着物、赤松克己の油彩画。

東京都葛飾区奥戸にて、桐箪笥、着物、赤松克己の油彩画「早春のグリンデルワルト」をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、先日お邪魔した台東区下谷のお客様宅へ、前回積み残したお荷物の引き上げへとお邪魔しました。また次回、アンティークランプや古時計の買い取りでお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご日程の調整をしていただいたり、お気遣いいただき有難うございました。二件目は葛飾区奥戸へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、桐たんすやお着物の他、三越取扱伊香川県出身の洋画家「赤松克己」氏の油彩画をお売りいただきました。人気画家作品で30号と圧巻のサイズでしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。大事な方よりいただいたという絵画、大切に次へと橋渡しさせていただきます。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
本日の昼食は、台東区根岸にある居酒屋「卯月」さんのランチへ寄りました。わたしは画像の定食セットをいただきました。落ち着く雰囲気と美味しいお料理で、わたしもN尾氏もとても満足しました。ジンギスカンが名物のようですので、また次の機会にでもいただきます。

赤松克己(あかまつかつみ)1921年(大正10年)~現在 香川県高松市出身。
彩度の異なる色彩を巧みに使った優雅な作風で知られる赤松克己は、東京美術学校を卒業し小林萬吾に師事しました。戦前の文展で入選、戦後は行動美術協会を中心に作品を発表し、行動美術協会展行動賞を受賞、1962年同会会友に推挙されました。また、現代作家展招待出品した他、三越百貨店でコンスタントに個展を開催し、人気を誇りました。鮮明な色彩が印象的な作風は、混色によるぼかしと微妙な光の扱いによって、生き生きとした風合いを引き出しています。特に風景画においては、深く濃密な色に淡い乳白色を重ねることで、リアルでありながら、どこか幻想的な雰囲気を漂わせた独自の世界観を確立しております。

神奈川県横浜市旭区にて、屋久杉の飾り棚、人間国宝伊勢崎淳、伊勢崎満の備前焼。

神奈川県横浜市旭区にて、屋久杉の飾り棚、お着物、日本人形、人間国宝伊勢崎淳の備前緋襷瓢徳利、備前火襷耳付花生、伊勢崎満の備前徳利などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、横浜市泉区へお家建て替え前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、ブランド物のバッグや、贈答品などを買い取らせていただきました。いつもお客様をご紹介いただき有難うございます。二件目は横浜市旭区へ、お片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、屋久杉の飾り棚、古唐木の花台、伊勢崎淳の備前緋襷瓢徳利、備前火襷耳付花生、伊勢崎満の備前徳利などをお売りいただきました。美しい杢目の屋久杉の民芸飾り棚、屋久杉は世界遺産となり現在伐採を禁止されております。その為、大変貴重なものとなっております。また、備前焼で人間国宝となられた伊勢崎淳や、その兄である伊勢崎満の花瓶や酒器(徳利)を、併せてお売りいただきました。伊勢崎淳の作品は、人間国宝となられる前の前作でございましたが、当社強化買取り中の作家作品でしたので、全て買い受けさせていただきました。素晴らしい家具、お道具をお売りいただき有難うございました。
今日の昼食は、横浜市泉区和泉町にある、「高社樓」という中華料理屋さんへ行きました。こちらは昭和51(1976)年創業のお店のようで、奇遇にもわたしの生まれた年と同じです。わたしは味噌らーめん、麻婆豆腐をいただきました。昔ながらのシンプルなお味で、とても美味しかったです。近くへ来た時には、また寄りたいと思います。
六角堂ではただいま金重陶陽、伊勢崎淳、藤原啓、 藤原雄、山本陶秀、安倍安人、森陶岳、中村六郎、中村真、原田拾六、隠﨑隆一、藤原楽山、金重道明、金重素山、伊勢崎満、伊勢崎陽山 など備前焼作家物を強化買取りしております。備前焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

伊勢崎淳(いせさきじゅん)1936年(昭和11)~(現在)
1936年 岡山県で生まれる
1959年 岡山大学特設美術科を卒業する
1960年 兄とともに姑耶山古窯跡に中世の半地下式穴窯を復元する
1966年 日本工芸会正会員となる
1978年 岡山大学特設美術科の講師をつとめる
1981年 金重陶陽賞を受賞する
1987年 田部美術館茶の湯の造形展優秀賞を受賞する
1993年 岡山県文化奨励賞を受賞する
1996年 山陽新聞文化功労賞を受賞する
1997年 フランスの備前焼千年の伝統展に出品する
1998年 岡山県重要無形文化財保持者に認定される
日本工芸会理事、日本工芸会中国市支部幹事長に就任する
2002年 新首相官邸の陶壁を作成する
2003年 岡山大学創立50周年記念の陶壁を作成する
2004年 重要無形文化財(人間国宝)に認定される
三木記念賞を受賞する
2006年 アメリカのボストンで「一門展」を開催する
2007年 イギリス大英博物館の展覧会に出品する
2013年 県重要無形文化財保持者5人による秀作展に出品する

伊勢崎満(いせざきみつる)1934(昭和9)~(現在)
弟の伊勢崎淳と共に岡山県重要無形文化財に認定されました。
古備前への探究心と彫塑で培った造形感覚を駆使し、円熟した陶技からはベテラン作家としての貫禄が伝わってきます。
作品によって登窯と中世の穴窯を使い分け、電気窯やガス窯は使用しない松割木による焼成にこだわっています。
1934(昭和9)年、伊勢崎陽山の長男として岡山県備前市に生まれました。
1957(昭和32)年に岡山大学教育学部特設美術科彫塑専攻を中退後、父に師事して本格的に備前焼に取り組みました。
1961(昭和36)年、弟・淳と姑耶山の古窯跡に備前で初めて中世の古窯(半地上式穴窯)を復元。
1964(昭和39)年、日本工芸会正会員となりました。
1972(昭和47)年、備前陶心会会長に就任しました。
1973(昭和48)年、緋襷花器が外務省に買い上げられ、中国の日本大使館に展示されました。
1974(昭和49)年、金重陶陽賞を受賞しました。
1984(昭和59)年、岡山日々新聞社文化賞を受賞しました。
1987(昭和62)年、日本工芸会中国支部審査員に就任しました。
1990(平成2)年、岡山県文化奨励賞を受賞しました。
1994(平成6)年、山陽新聞文化功労賞を受賞しました。
1998(平成10)年、田部美術館大賞「茶の湯の造形展」で大賞を受賞しました。
2007(平成19)年、小形登窯と穴窯を築窯する。

東京都中野区にて、楽吉左衛門(覚入)の赤楽茶碗、柳庵作即中斎宗匠御筆寿盆。

東京都中野区新井にて、千家十職 楽吉左衛門(覚入)の赤楽茶碗(表千家14代即中斎書付銘清流)、京都柳庵作即中斎宗匠御筆寿盆など、表千家茶道具を一式お売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お母様が生前、表千家茶道の先生をされていたようで、お茶道具やお着物などを買い取らせていただきました。千家十職 楽吉左衛門(覚入)の赤楽茶碗(表千家14代即中斎書付銘清流)、京都柳庵作即中斎宗匠御筆寿盆の他、たくさんのお道具をお売りいただきました。寿盆は京都の漆工芸の老舗「柳庵 初瀬川」製、即中斎宗匠筆の寿の字が入っております。赤楽茶碗は千家十職楽吉左衛門(十四代覚入)のもの。楽吉左衛門は千家十職の一つ。楽焼の茶碗を作る茶碗師の樂家が代々襲名している名跡。当代は十五代になります。三代楽吉左衛門(道入)以降の各当主には隠居した際に「入」の字を含む入道号が贈られており、後世はその名前で呼ばれております。本品作者の覚入は楽吉左衛門十四代。こちらは二重箱に収められており、表千家十四代即中斎の書付(銘 清流)がございます・・・のはずが残念ながら、共箱の蓋をなくされてしまったようです。おそらく共箱蓋裏は即中斎の書付だったはず。わたしもお客様も必死に探しましたが、見つかりませんでした。見つかり次第ご連絡いただけるとのこと、是非是非お待ちしてます。千家十職は 表千家、裏千家、武者小路千家の茶道三千家で使う茶道具を作ることを業とした職方の事であります。茶碗師の楽吉左衛門、釜師の大西清右衛門、塗師の中村宗哲、指物師の駒沢利斎、金物師の中川浄益、袋師の土田友湖、表具師の奥村吉兵衛、一閑張細工師の飛来一閑、竹細工柄杓師の黒田正玄、土風炉焼物師の永楽善五郎の各家が千家の道具をまかなっています。六角堂では、千家十職作品の買い取りを強化しております。ご不要の千家十職茶道具がございましたら、六角堂をご指名ください。
素晴らしいお道具をお譲りいただきありがとうございました。倉庫へ戻る途中、本日は中野区鷺宮にある「ジョナサン」で食事をしました。久々のとんかつ、とても美味しかったです。明日は神奈川県横浜市泉区、旭区へ二件の出張買取。頑張ります!

十四代 楽覚入(らくかくにゅう)1918年(大正7)~1980年(昭和55)
京都府出身。東京美術学校(彫刻科)卒、14代楽吉左衛門
1918年 京都府で惺入(13代・楽吉左衛門)の長男として生まれる
1940年 東京美術学校彫刻塑科を卒業する
1945年 14代・楽吉左衛門を襲名する
1959年 高松宮妃殿下の筆による「楽」を拝領し、大小二つの楽印とする
1976年 無形文化財保持者に認定される
1978年 財団法人楽美術館を設立する
1980年 逝去
東京美術学校で近代的な造形を学び、また独自に緑釉、赤砂釉、幕釉、白釉などを研究し伝統を継承しながらも、歴代吉左衛門にはなかった色彩やデザインを強調するような作品を展開。
没後十六代覚々斎宗左より覚入と号される。京都伝統工芸家協会役員。

東京都世田谷区にて欅材飾り棚、大田区にて加茂桐箪笥。

東京都世田谷区成城にて欅材真鍮金具の飾り棚、大田区の東糀谷にて加茂桐箪笥をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取、一件の見積もり。一件目は、世田谷区成城へ出張しました。お引越し前のお片付け整理でお呼びいただき、本日は欅材真鍮金具の飾り棚のみ買い取らせていただきました。日本の和家具ではございますが、真鍮の金具が李朝家具のバンダジのようで、引き出しに仕掛けがあったりと面白い飾り棚でございました。今年の八月にお引越しされますので、数回に分け徐々に家具をご処分されることとなりました。次回は北欧家具や桐箪笥の買い取りでお呼びいただくこととなりました。楽しみにお待ちしております。二件目は業者様のご紹介で、港区赤坂ㇸ絵画の見積りへ伺いました。シャガールのリトグラフとのことでしたが、よく見てみると残念ながらポスターでございました。三件目は大田区東糀谷へ、加茂桐箪笥(洋箪笥、整理たんす)の買い取りで向かいました。所々に砥粉落ち、内カビ、痛みなどございましたが、当社強化買取り中の加茂たんすでしたので、買い受けさせていただきました。本日お売りいただいた桐箪笥は天丸のワードローブ洋箪笥と整理箪笥というものになります。現在、ワードローブ洋箪笥の買取が厳しくなっておりますが、こちらはセット物でしたので併せてお売りいただきました。大切に次へと繋げさせていただきます。お電話いただいた時から買取終了時まで、親切にしていただき有難うございました。わたしとN尾氏、受付の者にまでお土産をいただき有難うございました。受付の者も喜んでおりました。
本日の昼食は、港区赤坂にある「トゥーランドット臥龍居」さんでランチをしました。こちらは、今はなき料理の鉄人で中華のアイアンシェフ脇屋友詞オーナーシェフのお店。雰囲気の良いお店で、料理もとても美味しかったです。他画像は、東京タワー、大田区仲池上にある子安八幡神社。明日は、東京都中野区へ出張買取。頑張ります!

東京都品川区にて、唐木・玉製の観音像、唐木花台、ぺこちゃんこけしなど。

東京都品川区旗の台にて、唐木・玉観音像、唐木花台、ぺこちゃんこけし、古いアニメのレコードなどをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、新宿区西早稲田にて、お着物の買取でお呼びいただきました。古めのお着物でしたが、大切にされていたようで保管状態の良いお着物が多くございました。帯締めや草履なども併せ、全て買い取らせていただきました。お亡くなりになられた叔母様のご遺品でしたが、次に着ていただける方へ大切に繋げさせていただきます。二件目は業者様のご紹介で、品川区旗の台へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。子供の頃に住んでいらっしゃった三姉妹の方々が揃ってお迎えくださいました。お売りいただいたのは、お父様が昔香港へ仕事で行かれた際にいただいたという唐木や玉製の観音像、仏画などの掛け軸やまくり、唐木の花台の他、ご姉妹の方々が子供の頃に聞いていらっしゃったアニメのレコード、ブリキのおもちゃ、古いソフビ、ペコちゃんこけしなど。玉製観音は寿山石で彫られたもの。赤みのある凍石が混ざっており雰囲気がいいです。唐木の観音は時代物の為、ひび割れなどございましたが、仏像は当社で買い取りを強化しておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。唐木の花台は、小振りなもので、木目が綺麗なものでした。古いレコードは昔懐かしいアニメのもの。ペコちゃんこけしはレトロで可愛いですね。他にもおもちゃや雑貨などたくさんお売りいただきました。ご家族皆様の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。終始、丁寧にしていただき、有難うございました。倉庫へ戻る途中、知人のリサイクル業者のところへ、日本画家河合玉堂の掛軸を査定しに行ってまいりました。残念ながら、工芸画でした。倉庫へと戻り、市場の仲間たちと「らーめんの小池さん」へ行きました。今日はスタミナラーメンに爆弾チャーハン。爆弾チャーハンとても辛いです!汗だくだくでいただきました。皆さんも是非ご挑戦ください。明日は、世田谷区成城、港区赤坂、大田区東糀谷へ出張買取。ハードスケジュールですが、頑張ります!

東京都練馬区石神井台にて、玉珪銘江戸期銀製根付、銀製兜のボンボニエール。

 

東京都練馬区石神井台にて、仏像、仏具、玉珪銘江戸期銀製根付、天皇家卸下賜品銀製兜のボンボニエールをお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お爺様が生前集めていらっしゃった、仏像や根付、印籠、天皇家卸下賜品である銀製品のボンボニエールなどを、まとめて買い取らせていただきました。銀製の根付は江戸期の根付師玉珪のもの。玉珪は、上田令吉の『根附の研究』には「木刻を以て人物獣蟲を作る、天明寛政頃の人なり」と文献に記載されております。龍珪や法珪と同派で木刻のみを作り上げました。同派の根付師が明治になっても同名で同じスタイルの根付を製作していたとする説があり、恐らくこちらの根付は同派のものと思われます。銀製兜は菊紋が入っている為、おそらく天皇家卸下賜品であるボンボニエールと思われます。「ボンボニエール」とは、フランス語でボンボンと呼ばれる小さな砂糖菓子を入れる器。 日本では明治時代から、天皇のご即位をはじめ、お子様のご誕生やご結婚式などの皇室・宮家の慶事の度、金平糖が詰められたボンボニエールが祝宴の記念品として招待された人々に贈られてきました。ボンボニエールは、今なおコレクターさんが多く存在し、市場でも高額で取引されるものが多くございます。こちらの兜形ボンボニエールは希少なもので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。六角堂では、こういった根付やボンボニエールなどの時代小物の買い取りを強化しております。ご不要の時代小物がございましたら、是非六角堂をご指名ください。良いお道具をたくさんご売却いただきありがとうございました。
本日は志木市場でしたので、出張帰りに寄らせていただき、市場終了後いつものように仲間たちと「大島屋食堂」さんへ食事に行きました。こちらのお店はメニューが豊富で、いつ来ても飽きません。昨日に引き続き、T橋氏ご馳走様でした!

根付(ねつけ)とは、江戸時代に煙草入れや矢立て、印籠、小型の革製鞄(お金、食べ物、筆記用具、薬、煙草など小間物を入れた)などを紐で帯から吊るし持ち歩くときに用いた留め具。江戸時代から近代にかけての古根付と、昭和、平成の現代根付に大別されます。 製作国の日本以上に、日本国外では骨董的蒐集品として高く評価されております。

東京都目黒区上目黒にて、民国萬同順銘粉彩弥勒佛の置物、清代茶葉末釉の皿。

東京都目黒区上目黒にて、民国萬同順銘粉彩弥勒仏(布袋像)の置物、清代茶葉末釉の皿、掛け軸などをお売りいただきました。

遺品整理で、中国の骨董品や掛け軸などを処分したいとのことでお呼びいただきました。お売りいただきましたのは、民国期の萬同順銘粉彩弥勒佛(布袋様)の置物や茶葉末釉の皿、中国書画や日本画の掛軸など。粉彩(ふんさい)とはヨーロッパの七宝(銅胎七宝)の技術を陶磁器に応用したもので、琺瑯彩(ほうろうさい)、洋彩(ようさい)とも呼ばれております。弥勒佛は、笑いの佛ともいわれ、幸運・財運・健康運を招く仏様として、世界中で親しまれ、信仰されています。「弥勒」と聞くと、国宝の「弥勒菩薩半跏思惟像」を思い浮かべる方や、笑顔あふれる布袋様と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、どちらも弥勒様のお姿の一つと言われております。はだけた衣、大きなお腹、あふれんばかりの笑顔、その姿は、執らわれのない、明るく素直な心、全てを受け入れる大きな心を表しております。底に萬同順と陶印があり、時代は民国期のものとなります。残念ながら、頭部に直しがございました。茶葉末釉の皿は、おそらく清代の頃のものと思われます。茶葉末釉らしいしっとりとした深い色合いが魅力的です。茶葉の粉末の色のように見えるため、茶葉末釉(ちゃようまつゆう)と呼ばれております。緑色と黄色が混ざった釉薬は蕎麦の実のようにも見えるため、日本では蕎麦釉(そばゆう)と呼ばれております。こちらも残念ながら、一か所縁にカケがございました。直しやカケなどございましたが、人気の中国骨董は当社で買い取りを強化していますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。古き良き時代の美術品をお売りいただき有難うございました。
帰りの途中、いつもお世話になっているT橋氏、O橋氏と合流し、ガストさんで食事をしました。牛カルビとミックスフライ御膳にとろろをダブルでトッピング。とても美味しかったです。T橋氏ご馳走様でした!是非また市場の日に!

六角堂では、ただいま中国骨董・美術品・工芸品を積極的に買い受けしております!
中国陶磁器・書道具・煎茶道具・中国書画・古唐木家具・中国古書・中国古銭・中国切手・中国酒などございましたら、六角堂までお問い合わせください!
中国の骨董、美術品に詳しい鑑定士が見積もり査定させていただきます。

東京都江東区にて、桐たんす、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須。

 

東京都江東区有明にて、桐タンス、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須をお売りいただきました。

連日の出張買取で多忙だったため、一週間のお休みをいただき家族サービスなどをさせていただきました。その間、買取事例の更新が出来ず、大変申し訳ございませんでした。この間もたくさんの出張買取をさせていただいていたようで、ありがとうございました。倉庫にたくさんのお道具が貯まっており、ビックリしました。いずれ商品の詳細などを、こちらで更新させていただきたいと思います。
久々の出張買取は、江東区へお引越しの荷物整理でお呼びいただきました。お引越しするにあたって、和家具が邪魔となってしまったようです。お売りいただきました帳場箪笥(ちょうばたんす)は、当社で買い取りを強化している岩谷堂箪笥のもの。帳場箪笥は、商家や旅館の商いの中で使われ、最も人目につきやすい家具でもあった為、お店の看板ともいえる存在でした。帳場箪笥は、江戸時代より商売に必要な書類や印鑑、金銭などを入れておく、いわば金庫として使われておりました。人目のつく場所に置かれることが多く、他のタンスに比べると装飾にこだわった素晴らしい造りのものが多くございます。帳場箪笥は、金庫として使われていたため、からくりがあったり堅牢な造りをしているものが多くございます。このような歴史あるたんすと民芸家具の最高峰「岩谷堂箪笥」がコラボしたタンスはやはりかっこいいです。多少イタミやヤケなどございましたが、当社強化買取り商品でしたので精一杯の査定額で買い取らせていただきました。他にも菊地保寿堂の和鉄急須などをお売りいただきました。真鍮製の摘みの形が可愛らしい急須です。良い和家具にお道具など、お売りいただき有難うございました。
久々の出勤でしたので、帰宅後に仕事の仲間たちと合流し「大島屋食堂」さんへと夕食へ行きました。久々仲間たちと食べる食事は美味しかったです。みんなで色々なものをつまめるので、一層美味しくいただけました。明日は東京都目黒区へ出張買取。頑張ります!