月別アーカイブ: 2016年12月

2016年、一年間お世話になり、有難うございました!

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今年も残すところあと僅かとなりました。
六角堂が無事に一年を過ごせましたのも、 皆様の多大なご支援のおかげでございます。
今年お会いしましたたくさんのお客様、仕事関連の皆さま大変感謝しております。
来年も何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、
ご指導ご鞭撻のほど、どうぞ宜しくお願い致します。

新年もまた、たくさんのお客様とお会いできますことを楽しみにしております。
皆様よいお年をお過ごしください。

神奈川県横浜市中区にて、水屋箪笥、長火鉢、お茶道具、海市謹製黒塗螺鈿茶入、古伊賀焼の瓢箪形茶入(時代仕覆付)をお売りいただきました。

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神奈川県横浜市中区にて、水屋箪笥、長火鉢、お茶道具、海市謹製黒塗螺鈿茶入、古伊賀焼の瓢箪形茶入(時代仕覆付)をお譲りいただきました。

茶入れとは抹茶をいれる御道具です。古来、中国より渡来した茶入はまさに「宝物」として扱われ、一国一城に相当するような非常に重宝された茶入が存在しました。
茶入れはその由緒や箱書き、銘、仕覆などの次第により高価買い取りにつながります。織部や伊賀、古信楽など桃山~江戸初期の古陶磁もおもしろく、高価にて買い取りしています。

漢作、唐物茶入、古瀬戸、瀬戸茶入、瀬戸真中古窯、金華山窯、破風窯、後窯茶入、国焼茶入、唐津、薩摩、膳所、伊賀、備前、高取茶入などご不要の茶入がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

中華街が近かったので、帰りに寄らせていただきました。人気の中国の骨董品などで良い買取が出来るよう、横浜関帝廟へと参拝し、大好物の麻婆豆腐を食べて帰りました♪♪

伊賀焼は鎌倉時代初期に伊賀地方で生まれました。
当初は主に無釉焼締めの日用雑器を作る窯にすぎなかったが、室町時代後期に千利休の侘び茶が大成されると伊賀焼の作為のない風情に注目が集まり、盛んに茶会で用いられるようになります。
天正13年(1586)筒井定次が領主になると隆盛した。定次は千利休の高弟古田織部に茶の湯を学んだ数寄茶と知られ、織部指導の下素朴で豪快な茶器を数多く焼かせました。この作風はその後藤堂高虎・高次親子を経て高虎の娘婿小堀遠州に引き継がれ、これらを古伊賀といいます。
伊賀焼は別名七度焼といわれるがこれは土を高温で何度も焼成するためである。
その際わずかに鉄分を含んだ土が燃えるような赤褐色に変化する。また窯の中で降りかかった灰は萌葱色や青緑のビードロ釉となって流れだし煌くような美しい景色を作り出す。
形は歪みや膨らみが強調されており、ありきたりな調和は求めない。へら目は奔放でどれ一つとして同じものは無い。
水指や花生けは耳を持つものが多く、俗に「伊賀に耳あり信楽に耳なし」といわれている。
またひび割れや欠けは本来なら欠点だが、造形性の強い伊賀焼では再現性のない破格の美として高く評価されている。
これらの古伊賀は、その後この地で起きた大飢饉の影響を受けわずか20年あまりで姿を消してしまう。幻の焼物といわれる所以である。

東京都渋谷区猿楽町にて、掛け軸などの骨董品、北大路魯山人の備前焼酒器(徳利)をお売りいただきました。

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東京都渋谷区猿楽町にて、掛け軸などの骨董品、北大路魯山人の備前焼酒器(徳利)をお譲りいただきました。

年末整理にてお呼びいただきました。年明けにリフォームをされるとの事で、たくさんの名品をお売りいただくことになりました。魯山人のような人気作家の作品はすぐに売りやすい為、高額にて買い受けすることが出来ます。六角堂では作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・角谷一圭・各務満・加藤渓山・加藤光右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透 河井久・河合紀・館林源右衛門・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・浜田昇児・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・藤原敬介・徳田八十吉・八木一夫・和太守卑良

北大路魯山人—きたおおじろさんじん

明治16年(1883)3月23日〜昭和34年(1959)12月21日 76才没。
本名は房次郎。
北大路魯山人は、上賀茂神社の社家に、父北大路清操、母とめの次男として生まれる。
6歳の時に竹屋町の木版師 福田武造の養子となる。
明治36年、書家になることを志して上京し、翌年の日本美術展覧会で一等賞を受賞し、頭角を現しはじめる。
明治41年から中国北部を旅して書や篆刻を学び、帰国後、福田大観の号で小蘭亭の天井画や襖絵、篆刻など数々の傑作を残す。
竹内栖鳳が門下の土田麦僊らに紹介したことで日本画壇の巨匠らと交流が始まる。
大正8年、大雅堂美術店、大正10年、会員制食堂「美食倶楽部」を発足し、大正14年、東京永田町に料亭「星ヶ岡茶寮」を創業する。
星ヶ岡茶寮では、顧問兼料理長をつとめ、料理の分野において大きな革新をもたらす。 「食器は料理のきもの」という信念を持ち、この頃から、自ら作陶を始める。
陶芸制作に専念した昭和11年(1936)以降は、中国の古染付、呉須赤絵、 桃山時代の志野、織部など格調高い伝統をふまえた技法を現代に再現して見せた。
その後も持ち前の才能を発揮し、制作活動を画、漆芸へと広げ、食の文化を原点に独自の芸術世界を築きあげた。
昭和30年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されるが、辞退。
魯山人は、篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家など様々な顔を持っていた。

東京都杉並区西荻南にて、掛け軸、お茶道具、裏千家十四代淡々斎花押入りの若狭盆、京塗師川瀬表完作黒中次をお売りいただきました。

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東京都杉並区西荻南にて、掛け軸、お茶道具、裏千家十四代淡々斎花押入りの若狭盆、京塗師川瀬表完作黒中次をお譲りいただきました。

解体前の整理にて、裏千家の師範をされていたお客様よりお茶道具などをお譲りいただきました。淡々斎の書付があるものが多く、素晴らしいお道具がたくさんございました。この度は当社をご指名くださり有難うございました。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取りしております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。

十四代 碩叟宗室 淡々斎(たんたんさい)1893年(明治26)~1964年(昭和39)
本名は政之助(幼名)、永世、宗叔、宗室  裏千家14世家元 碩叟宗室

13世円能斎宗室の長男として生まれる。
30歳のときに、父の没に伴い家元を継承。
また、この間、書画を日本画の奥谷秋石に学んで、玄石と号して日本画を制作。
そのほか長唄、謡曲、能などに親しみ文化人としての自我の研鑽に努めている。
主な業績としては伊勢神宮を始め、各地の寺、神社においての献茶式をこなし、
また茶道文化の海外進出にも視野を広げてヨーロッパ、アメリカなどを外遊。
さらに、1940年には裏千家統一の為に「淡交会」を結成、49年には「財団法人・今日庵」を結成、
また、その後国際茶道文化協会を設立するなど、日本全国及び海外に支部を設けて
益々の隆盛につなげ、近代裏千家中興の祖として、1957年に茶道界として最初となる紺綬褒章、
紫綬褒章を受章、没後、征四位勲三等旭日中綬章を下賜されている。

川瀬表完(かわせ ひょうかん)

京塗の塗師で江戸末期の京塗師・木村表斎を祖とする「表派」の技法を受け継いでおり、その当主が襲名している名前です。
川瀬家は初代・千太郎からはじまり、2代・繁太郎、3代・厚、4代・正と続いており、「表完」と名乗るようになったのは2代目の繁太郎の時からですので、川瀬表完という名は当代で3代目という事になります。

埼玉県和光市にて、掛け軸、屏風、火鉢、市松人形、唐銅大明宣徳年製古銅製花器をお売りいただきました。

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埼玉県和光市にて、掛け軸、屏風、火鉢、市松人形、大明宣徳年製古銅製花器をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。古い銅器は中国の方々に人気がありますので、高額での買取りになる場合がございます。本日の唐物の古い銅花瓶をお客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。

ご不要になりました中国骨董・工芸品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。ただいま中国骨董・美術品・工芸品を積極的に買い受けしております!
中国陶磁器・青花(元染・萬暦・大明年製)・五彩・粉彩・青磁・白磁・辰砂・七宝・琺瑯・釉裡紅・景徳鎮・官窯・龍泉窯・磁州窯・釣窯・哥窯・徳化窯・汝窯・宋・元・明・清・硯・端渓・古墨・筆・印材・田黄・白玉・鶏血石・玉・珊瑚・犀角・金瓶・銀瓶・鉄瓶・煎茶道具・鼻煙壷・麻雀牌・硯屏・紫砂・竹彫り・鍍金仏・金銅仏・如意・紅木・紫檀・花梨・青銅器・翡翠工芸・香炉・金銅仏・漆器・堆朱・堆黒・印材・象牙・犀角・竹根・古銅器・古唐木家具・古書・中国古銭・中国切手・中国酒などございましたら、六角堂までお問い合わせください!中国の骨董、美術品に詳しい鑑定士が見積もり査定させていただきます。他にも時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。
六角堂出張地域
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和光市出張地域は、本町 広沢 新倉 下新倉 白子 諏訪 西大和団地 中央 南 松ノ木島町 丸山台 諏訪原団地

東京都板橋区にて、和家具、お着物、日本人形、深香窯二代浅蔵五十吉作色絵三友之図華生をお売りいただきました。

 

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東京都板橋区にて、和家具、お着物、日本人形、九谷焼の名工深香窯二代浅蔵五十吉作色絵三友之図華生をお譲りいただきました。

九谷焼は石川県 金沢市、小松市、加賀市、能美市で生産される色絵の磁器の総称。
江戸時代初期の1655(明暦元)年ごろ、九谷村(現在の石川県加賀市)で、良質の陶石が発見されたのをきっかけに、大聖寺藩/初代藩主・前田利治が藩の殖産政策として同じ磁器の産地 有田に技能を習得させるべく後藤才次郎を現地に送って勉強させ、技能を取得した才次郎が帰藩し、九谷焼の生産を始めたのですが約50年後原因不明のまま突然廃窯となってしまった。その後19世紀に入って吉田屋が再興し九谷焼が復活しました。

六角堂では浅蔵五十吉の作品をはじめ、九谷焼の人気作家作品を探しております!

徳田八十吉・青木木米・武腰潤・仲田錦玉・三ツ井為吉・吉田美統・中田一於…      

作家のないお品も多数扱っておりますので、ご処分される前に、一度お問い合わせください。
たくさんの御見積お待ちしております。

二代 浅蔵 五十吉(あさくら いそきち)

大正2年(1913)能美群寺井生まれ。小学校卒業後、父親から陶芸一般を修得。昭和3年(1928)初代徳田八十吉に師事、同21年北出塔次郎に師事して、色絵技術を学び、独自の現代九谷焼の世界を作り上げる。素地の表面に浮彫りや盛り上げを施し、線彫りや陶彫を行って彩色した刻彩、収縮率の異なる2種類の陶石の使用によって現れた亀裂の効果を生かして彩色した磁象などの技法を創案し、伝統的な九谷焼に新たな表現方法を生み出した。
また、従来から色釉に一層の工夫を重ね、「浅蔵カラー」と呼ばれる独特の深くて渋い色絵の世界を確立し、独自の作風を確立した。
晩年はプラチナを使った気品あふれる作品を発表した。

大正2年 石川県能美郡寺井町に生れる。
昭和21年 第1回日展「青九谷」水鉢で初入選。(以後連続入選)
昭和30年 第11回日展窯変「交歓」花生、北斗賞。
昭和33年 第1回新日展無鑑査出品「潮静ナル」花器。
昭和37年 第5回日展審査員就任。(以後6回)
昭和49年 日展評議員並びに現代工芸美術家協会常任理事就任。 迎賓館陳列作品制作依頼され「瑞鳥」飾皿献上。
昭和52年 第9回日展内閣総理大臣賞受賞。
昭和56年 日本芸術院賞授賞「佐渡の印象」飾皿に対し日本芸術院賞受賞。 日展理事に就任。
昭和59年 勲四等旭日小綬章 日本芸術院会員に就任。
昭和61年 紺綬褒章受章。
平成 元年 金沢美術工芸大学各員教授。
平成 4年 文化功労者として表彰さる。
平成 5年 石川県立美術館に於て終戦以来よりの回顧展開催。
平成 8年 文化勲章受章。
平成 9年 石川県名誉県民受称。
平成 10年 死去。

東京都国立市にて、千家十職十代中村宗哲造菊桐蒔絵金輪寺茶器をはじめ、たくさんのお茶道具、古陶磁器、掛け軸などをお売りいただきました。

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東京都国立市にて、千家十職十代中村宗哲造菊桐蒔絵金輪寺をはじめ、多数のお茶道具、古陶磁器、掛け軸などをお譲りいただきました。

六角堂では、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、風呂、釜、花入、茶杓、菓子皿、銀瓶、鉄瓶、 茶棚、炉縁などのお茶道具を強化買取りしております。裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりに伺います。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。六角堂は、東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。是非ご利用ください。

金輪寺(きんりんじ) とは、薄茶器の一種で、和物の塗物茶器の初めとされます。
胴は寸切りの如く、置蓋で、蓋の甲が丸みをもち、掛かりが少し外に広くなっています。こんりんじ、金林寺ともいいます。
小型の経筒を茶器に転用したとも、後醍醐天皇が金輪寺で使用した茶器ともいわれます。
『今井宗久茶湯日記書抜』天文24年(1555)4月1日の利休会に「キンリンシ茶入」とあり、江戸時代初期までは濃茶器として用いられましたが、のち薄茶器として使用されたとされています。
後醍醐天皇が吉野金峯山寺で一字金輪法を修せられたとき僧衆に茶を給うため、山中の蔦の古株で作られたという伝説があり、林宗甫の延宝9年(1681)序のある『大和名所記(和州旧跡幽考)』に、「実城寺 実城寺又は金輪寺ともいふ。後醍醐天皇の皇居にさだめられ、此の御代にこそ北京と南朝とわかたれて、年号なども別にぞ侍る。爰にして新葉和歌集などをえらび給ひ、又天皇、御手づから茶入れ十二をきざませ給ふ。或いは廿一ともいふ。そのかたち薬器にひとし。世に金輪寺と言ふこれなり。漆器と言ひながら勅作にて侍れば、盆にのせ、金輪寺あひしらひとて、茶湯前もありとかや。」とあり、足利義政・義昭、織田信長、大雲院と伝来した金輪寺茶器には、蓋裏に「勅」、底に「廿一内」という朱漆書がなされています。勅願の納経筒ではないかともいわれます。

十代中村宗哲なかむらそうてつ(尼宗哲)                         文久二年(1862年)ー大正十五年(1926年)                       『中村家九代/中村宗哲』の室。 『中村家八代/中村宗哲』の四女。 名『真』
母を五歳で亡くした後、学を好む父『中村家八代/中村宗哲』の指針で開校間もない「上京廿組小学校」へ九歳で入学、十四歳で卒業し、当時婦人参政論の先駆者であった『岸田湘煙(1864-1901)』の塾へ入る。
十六歳で京都府立最初の女学校女紅場一期生として入学。
二十歳で京都府立女学校女札・裁縫科を卒業。
女紅科修行中に養蚕製糸し織り上げた絹を裁縫した單袴を『京都府博覧会』に出品し褒章を受けた。
明治十五年(1882年)から五年間『小川小学校』の準訓導として勤務。
この間に父『中村家八代/中村宗哲』を亡くし、翌明治十八年(1885年)に同じく小学校訓導であった『松崎喜三郎』を『中村家九代/中村宗哲』として迎え三男四女を生む。
また自宅で裁縫の教授をし、千家宗匠方の着物十徳などを縫い苦境の家業を支えた。
五十歳で夫『中村家九代/中村宗哲』を亡くし、跡目相続の長男も退き別居した後、十五歳の次男『忠蔵』を『中村家八代/中村宗哲』弟子の元で修行させる。
『表千家十二代/惺斎敬翁宗左(1863-1937)』から【尼塗り】として勤めるよとお力添えもあり家業に精励した。
『表千家十二代/惺斎敬翁宗左(1863-1937)』は茶の静かで高潔な意匠をご教示され、それに叶う意匠をと製作計画に心を傾けた。
製作は嗣子『忠蔵』と職人衆があたり、時恰も大正の盛期にはいる。また大正八年(1919年)には明治維新の頃に立ち退きを余儀なくされていた旧地旧宅に復した。
大正十四年(1925年)次男『忠蔵』の成長にともない【中村家】の家督を譲る。
作品
『表千家十二代/惺斎敬翁宗左(1863-1937)』お好みの作品を多く作る。
茶器は「大棗」、「中棗」、「平棗」、「吹雪」、「金林寺」、「飯器型」などの「塗」、「手法」、「モチーフ」に変化をもたらせたもの約五十八種があり「夕顔大棗」百個や「近江八景棗」など多作である。「棗」以外の道具を見ると「香合」は二十七種、「水指」は「エゾ絵」、「野菊黒絵広口」など十種。「棚」は「青漆爪紅四方棚」など五種。「炉縁」は「ミル貝紅溜塗」など八種など七十六種に及ぶ。
また「雛用柳桜懐石家具一式」を始め「家具」は二十四種・菓子器類二十種など繊細な意匠の作を家元や数寄者に納品された。

享年
大正十五年(1926年)二月十四日没。享年六十五歳。

神奈川県横浜市青葉区にて、アンティーク家具、外人作家の油絵、ダンヒルなどのパイプや喫煙具をお売りいただきました。

dscn4048dscn4049 神奈川県横浜市青葉区にて、アンティーク家具、外人作家の油絵、ダンヒルなどのパイプや喫煙具をお譲りいただきました。

六角堂では、パイプをはじめ喫煙具などを探しております。未使用状態のパイプでも長年愛用されていたパイプでも大切なパイプや喫煙具などのコレクションを、当社が責任を持って買取致します。パイプには主に4つの種類がございます。ブライヤーパイプ(木製)、メシャム(海泡石製)、キャラバッシュ(瓢箪)、コーンコブ(玉蜀黍の芯)の4種です。六角堂では全て買い取り対象となっております。また、ダンヒル  dunhill 、ピーターソン Peterson 、ファウェン VAUEN、スタンウェル STANNWELL、ファルコン FALCON、サビネリ SAVINELLI、ブッ・ショカン ButzChoquin、シャコム CHACOM、柘植製作所 TSUGE、カーステン KIRSTEN、チャラタン CHARATAN、ビッグベン BIG BEN、スリービー BBBなどのメーカー物は、高額にて買い受けいたします。パイプ以外にも、ライターやパイプレスト(パイプスタンド)、シガーカッター、吸口、ヒュミドールなどの喫煙具も買い受けしますので、併せてお問い合わせください。

今日はクリスマスイブですので早めに切り上げます。皆様、MERRY CHRISTMAS!!

東京都品川区東中延にて、時代箪笥、掛け軸、屏風、江戸期の波千鳥金蒔絵時代御書棚をお売りいただきました。

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東京都品川区東中延にて、時代箪笥、掛け軸、屏風、江戸期の波千鳥金蒔絵時代御書棚をお譲りいただきました。

解体屋さんのご紹介で、解体前の処分整理にてお呼びいただきました。時代ある名品を多数お売りいただきました。六角堂では蒔絵などの漆芸作品の買い取りに力を入れています。ご自宅にお持ちの蒔絵・漆芸作品について、売却をお考えの際はお気軽にご相談ください。衝立や座卓、書棚、飾り棚などの蒔絵家具や印籠・棗・硯箱・手箱などのほか、椀・皿・お盆・屠蘇器・重箱など日用品にも価値のあるものが多くあります。蒔絵は日本をはじめ、海外にもコレクターの方が多くいらっしゃいます。作者不明のお品でも高額になる場合がございますので、気になるお品がございましたら、お気軽にお問い合わせください。蒔絵・漆芸作品に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定させていただきます。
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東京都三鷹市上連雀にて、古い和たんすや韓国重要無形文化財 第七七號 李鳳周工房製の銅鑼をお売りいただきました。

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東京都三鷹市上連雀にて、古い和たんすや韓国重要無形文化財 第七七號 李鳳周工房製の銅鑼をお譲りいただきました。

年末の片付け整理にてお呼びいただきました。年末になると皆様のお片付け整理にあわせ、わたくしたちの仕事もとても忙しくなります。六角堂では年内休まず営業しておりますので、年末整理で出ましたご不要のお品は是非六角堂をご指名ください。お待ち申し上げます。

銅鑼「どら」 体鳴楽器に属する打楽器の一種です。銅鑼は我が国には中国大陸より伝わり、仏寺で法会に使用され、普及しました。現在は,主として法会や茶会において,客の送迎時の合図に用いられています。銅鑼は打ち出す音色のよさや余韻の長さによって価値がきまるとされています。青銅や真鍮、鉄などでできた金属製の円盤を枠に吊るして、桴を使って円盤を打ち鳴らすことにより、音を出す楽器です。銅鑼には、明確な音程はありませんが、一定の音程に調律するものも存在します。また、近年では小さめの銅鑼を並べて、音程を表現するという手法も見られます。音を止める際には、尻を使う場合もあります。銅鑼は、仏教の法要、茶席、民俗芸能の囃子、歌舞伎下座音楽、出帆の合図など、幅広い用途において使用されるもので、日本の伝統的な文化の中にも浸透しているものと言えます。
この楽器は、広義のゴングを指しますが、狭義では東洋のゴングのみを指します。東洋のゴングと呼ぶ理由としては、欧米の管弦楽などで用いる銅鑼を、ゴングと呼ぶためです。また、凸形の中国系のものはタムタム、インドネシアのガムランなどに用いるものは、ゴンやボナンと呼ばれ、地域によって形や呼び名が様々あることがわかります。 銅鑼の重要無形文化財保持者・人間国宝には、石川県金沢市出身の魚住安彦(雅号 三代 魚住為楽)がいます。

三鷹市出張地域は、井口、井の頭、大沢、上連雀、北野、下連雀、新川、深大寺、中原、野崎、牟礼