カテゴリー別アーカイブ: 茶道具

東京都中央区日本橋小舟町にて、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器。

東京都中央区日本橋小舟町にて、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器揃、茶壷などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器揃、茶壷などをお売りいただきました。長火鉢は、縁に黒柿を使用した欅材の関東長火鉢、同じく欅材の関西長火鉢の二点。関東長火鉢とは、角火鉢の右側に引き出しのある袖机を一体化した、直方体の火鉢です。五徳上の鉄瓶、銅壺の中でのお燗。癒しと和の典型的な風情を醸し出す火鉢です。関西長火鉢とは、長方形角火鉢の四辺に10cm前後の張が付いた火鉢です。この張にお皿、湯のみ、お燗などの食器が置け、数人で軽食などがいただける、輪と団欒が楽しめる火鉢です。運び出しやすいようにと、前もって灰を抜いてくださりました。お気遣い感謝いたします。鉄瓶は、龍文堂造の二点。一点は鬼霰紋に宣徳銅の蓋。蓋裏に安之助の花押が付いております。もう一点は、道安形の鉄瓶で斑紫銅蓋が付いております。茶器揃えは備前焼のもので、煎茶碗五客、湯冷し、急須のセット。茶壷は備陶森製葛尾の銘がございます。全て共箱などの付属品はありませんでしたが、当社で買い取りを強化している煎茶道具でしたので、全て買い受けさせていただきました。他にも、欅材のちゃぶ台などをお売りいただきました。古き良き時代の家具、お道具をお売りいただき、ありがとうございました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。
帰りに「とんでん」さんへと寄り、天丼をいただきました。今日は久々に麺抜きの一日でした。麺も美味しいですが、やはりお米も美味しいです。炭水化物ダイエット、わたしには出来ませんね。まだまだ出張買取の日々が続きます。たくさん栄養付けてがんばります!!

東京都八王子市で、芹澤保親の因久山焼 ぐい呑、岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗。

 

東京都八王子市で、因久山焼 七代芹澤保親のぐい呑、塗師岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗などのお茶道具をお売りいただきました。

本日は三件の出張買取、一件の出張見積もりで、ハードな一日でした。一件目は、ブランドリサイクルの業者様のご紹介で、埼玉県さいたま市緑区へお邪魔しました。ペルシャ絨毯8枚、竹久夢二の版画、水晶の五重塔置物、有田焼の陶板額、輪島塗香炉など、たくさんのお品を見積もらせていただきました。ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。二件目は遠く離れて八王子市へ伺いました。こちらでは、芹澤保親の因久山焼 ぐい呑、岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗の他、鉄瓶や茶碗、水指などのお茶道具、桐箪笥を買い取らせていただきました。お母様の遺品整理とのこと、お母様の大切にされていたお道具、大事に次へと繋げさせていただきます。三件目も八王子市へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、中国の掛軸、書額、書道具、お着物などをお売りいただきました。昔中国でお仕事をされていたようで、出張へ行く度にいただいていたようです。工芸品が多くございましたが、人気の中国書画、全て買い受けさせていただきました。たくさんのお品をお売りいただきありがとうございました。四件目は、小平市へお伺いしました。こちらでは、お着物、古銭、記念メダルや切手などをお売りいただきました。ずいぶんと前にご予約いただき、ようやくお時間が合いお邪魔することが出来ました。ご家族の思い出のお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。
今日は、さいたま市から八王子市へ向かう途中に「とんから亭 川口道合店」さんへと寄りました。大好物のカツ丼をいただいたのですが、こちらのお店はカレーの食べ放題が付いており、とても満腹になりました。初めて行くお店でしたが、とても良かったです。帰りは夜となってしまいましたが、所沢市にある「優勝軒」さんへと寄りました。ここ数日の間、一日一麺が続いております。きっと明日も麺を食べるかと思います。本日もハードスケジュールを終えることが出来ましたが、明日からもたくさんのご予約をいただいておりますので、体調管理をしっかりとして頑張ります!

因久山焼(いんきゅうざんやき)
鳥取県八頭郡八頭町(旧・郡家町)にて焼かれる陶器。
歴史は非常に古く、奈良時代から窯場が開かれていたと伝えられる。名は窯元が置かれていた久能寺の山号である因久山に因み、池田藩より名を拝領した。江戸時代の明和年間に、京の陶工、六兵衛が御室焼の技術を伝えたのが草創とされる。以後は池田藩の御用窯として庇護され、発展を遂げた。寛政年間には信楽から陶工を呼び、技術を採り入れている。現在は窯元こそ一つしか残っていないが、一度も廃窯することなく、連綿と技法が受け継がれている。
因久山焼の特徴は、多彩な釉薬にある。原料の粘土は鉄分を多く含むために、素地はくすんだ赤褐色気味だが、藁灰釉、辰砂釉などを用いることにより、格調高い意匠となる。特に御室焼の流れを汲んでいるために、華道の花瓶や一輪挿しなどに名器が多い。

岡本陽斎(おかもとようさい)
昭和7年京都生まれ。棗、茶器等、茶道具を中心に製作を続けられる塗師で、工房は石川県中山町にある。

東京都国分寺市にて、桐箪笥、着物、人間国宝十代三輪休雪(休和)の萩焼花入。

東京都国分寺市にて、桐箪笥、着物、重要無形文化財十代三輪休雪(休和)の萩焼花入をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。桐たんすやお着物の他、贈答品、人間国宝十代三輪休雪(休和)の萩焼花入をお売りいただきました。三輪休雪の花入の底にクッション材が貼りついた状態で保管されておりました。飾り棚で飾っていた頃に、貼られたようです。こちらで綺麗に剥がしますので、査定を減額することなくお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。休雪作品は、市場でも人気があり、当社でも買い取りを強化しております。良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日は一件のみの出張でしたので、早めに帰宅して家族で近所にある中華料理屋「珍来」さんへと行きました。好物の麻婆豆腐、餃子、とても美味しかったです。明日は三件の出張買取。ハードな一日になりそうですが、頑張ります!!

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼の買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。
三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚
三輪休雪(みわ きゅうせつ)は山口県萩市の萩焼窯元・三輪窯の当主が代々襲名している名跡。当代は第12代。三輪窯は江戸時代に起こったと言われ由緒ある窯元。三輪窯の当主の時は休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での号を名乗る。10代三輪休和、11代三輪壽雪は人間国宝に指定されております。

10代 三輪休雪(休和)1895(明治28)年~1981(昭和56)年
十代三輪休雪は九代三輪雪堂の次男として山口県萩市に生まれる。
本名は邦廣、号を休雪(襲名後)・休和(隠居後)といいます。
1895年 山口県萩市で生まれる。
1910年 祖父の八代三輪休雪(雪山)、父の九代三輪休雪(雪堂)に師事。
1927年 十代休雪を襲名する。
1942年 川喜田半泥子、金重陶陽、荒川豊蔵らと「からひね会」を結成する。
1955年 通産省「全日本産業工芸展」会長賞受賞。
1956年 山口県指定無形文化財保持者。第3回日本伝統工芸展初入選。
1967年 弟が十一代休雪を襲名し、自らは休和と名乗る。
1970年 紫綬褒章受章、重要無形文化財「萩焼」保持者(人間国宝)に認定。
1973年 勲四等旭日小綬章を受賞。
1981年 10月24日没。86歳。

神奈川県横浜市金沢区にて、お茶道具、篠原如雪の銘々皿、林虎男の茶碗など。

神奈川県横浜市金沢区にて、茶道具、篠原如雪の銘々皿、林虎男の茶碗、花入、掛軸などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。人気漆芸家篠原如雪の銘々皿、陶芸家林虎男の黄瀬戸茶碗、黄瀬戸銅紐茶碗、志野花入、掛軸(茶掛け、日本画)などをお売りいただきました。次回、お着物を処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご指名いただき有難うございました。帰りに金沢区富岡東にある「和食のさと 富岡店」さんへ寄りました。期間限定の「桜海老のかき揚げ天丼セット」いただきました。好物のかき揚げにホタルイカ、とても美味しかったです。明日は東京都国分寺市へ出張買取、頑張ります!

篠原如雪(しのはらじょせつ)1919〜2007
大正8年 福岡県に生まれる
昭和8年 木彫漆作家鎌田稼堂に師事する。
昭和32年 日本伝統工芸展漆芸部で初入選する。
昭和38年 木竹部において初入選する。
昭和52年 古美術研究の為、東南アジア、ヨーロッパ各国を巡遊する。
昭和59年 作家生活50年を記念して『如雪作品集』(篠原傑 1984)を出版。
昭和61年 国際芸術文化賞を受賞する。
日本伝統工芸展連続入選、日本伝統工芸会正会員、日本伝統工芸展監査委員、伝統工芸木竹部実行委員

林虎男(はやしとらお)大正15年生。
岐阜県に生まれる。
県無形文化財指定の陶芸家林景正の三男。
愛知県春日井市のガラス工場に18年勤めたのち、作陶生活に。
日本茶華器美術工芸展などで入選。個展を中心に活動。
美濃陶芸協会会員。
土岐市泉町久尻 乙塚窯。

東京都板橋区にて、和箪笥、お茶道具、鈴木表朔の香合、龍文堂造の鉄瓶。

 

東京都板橋区徳丸にて、和箪笥、お茶道具、龍文堂造の霰鉄瓶、桂離宮の古材で造られた二代鈴木表朔の桜蒔絵香合をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。和箪笥やお着物の他、お茶道具や掛け軸(茶掛け)などをお売りいただきました。龍文堂造の霰鉄瓶、桂離宮の古材で造られた二代鈴木表朔の桜蒔絵香合の他、茶碗、水指、建水、棗などのお道具を一式買い取らせていただきました。鈴木表朔(すずきひょうさく)は京都の代表的な塗師であります。鈴木家は表派(ひょうは)という塗師の系統にあり、表派初代の木村表斎(1817~1885)は、朱塗、真塗を得意とし,現代に続く京塗の伝統を形作られました。桂離宮(かつらりきゅう)は、京都市西京区にある八条宮家(桂宮家)の別荘で、江戸初期に八条宮智仁(としひと)親王が創建。親王の没後一時荒廃したが、その後幕府の援助で数次にわたり増築。回遊式庭園と数寄屋風書院が有名であります。思い出のお道具たち、六角堂で大事に次へと橋渡しさせていただきます。古き良き時代のお道具をお売りいただき、ありがとうございました。
帰りに埼玉県富士見市のららぽーと富士見にある、「つじ田」さんへ寄り、濃厚らーめんをいただきました。豚骨、比内地鶏の鶏がら、魚介、野菜などを煮こんだ特製の濃厚スープが癖になってしまいます。美味しかったです。明日は東京都品川区、文京区へ出張買取、頑張ります!

二代 鈴木表朔(すずきひょうさく) 1905-1991
1905(明治38)京都生まれ。本名は貞次。俳号貞路。父・表朔の元で漆塗りの技法を学ぶ。
1926(大正15)年、21才の時に、聖徳太子奉賛展入選を果たしたのを皮切りに、創作活動を開始する。
1934(昭和9)には、流型派工芸展に出品。美術の新潮流に反応した作品を制作した。
その後、京展入賞、帝展、文展などに出品を続け、1937(昭和12)年、32の時に、パリ万国博銀賞を受賞する。
昭和53(1978)年、73才の時に、「現代の工芸作家展」出品、「漆と共に50年」記念個展を開催、1981(昭和56)には、古希記念個展を京都高島屋で開催した。
1991(平成3)年逝去。

東京都江東区にて、桐たんす、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須。

 

東京都江東区有明にて、桐タンス、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須をお売りいただきました。

連日の出張買取で多忙だったため、一週間のお休みをいただき家族サービスなどをさせていただきました。その間、買取事例の更新が出来ず、大変申し訳ございませんでした。この間もたくさんの出張買取をさせていただいていたようで、ありがとうございました。倉庫にたくさんのお道具が貯まっており、ビックリしました。いずれ商品の詳細などを、こちらで更新させていただきたいと思います。
久々の出張買取は、江東区へお引越しの荷物整理でお呼びいただきました。お引越しするにあたって、和家具が邪魔となってしまったようです。お売りいただきました帳場箪笥(ちょうばたんす)は、当社で買い取りを強化している岩谷堂箪笥のもの。帳場箪笥は、商家や旅館の商いの中で使われ、最も人目につきやすい家具でもあった為、お店の看板ともいえる存在でした。帳場箪笥は、江戸時代より商売に必要な書類や印鑑、金銭などを入れておく、いわば金庫として使われておりました。人目のつく場所に置かれることが多く、他のタンスに比べると装飾にこだわった素晴らしい造りのものが多くございます。帳場箪笥は、金庫として使われていたため、からくりがあったり堅牢な造りをしているものが多くございます。このような歴史あるたんすと民芸家具の最高峰「岩谷堂箪笥」がコラボしたタンスはやはりかっこいいです。多少イタミやヤケなどございましたが、当社強化買取り商品でしたので精一杯の査定額で買い取らせていただきました。他にも菊地保寿堂の和鉄急須などをお売りいただきました。真鍮製の摘みの形が可愛らしい急須です。良い和家具にお道具など、お売りいただき有難うございました。
久々の出勤でしたので、帰宅後に仕事の仲間たちと合流し「大島屋食堂」さんへと夕食へ行きました。久々仲間たちと食べる食事は美味しかったです。みんなで色々なものをつまめるので、一層美味しくいただけました。明日は東京都目黒区へ出張買取。頑張ります!

東京都渋谷区幡ヶ谷にて、お茶道具、民芸家具、文京区小石川にて、お着物など。

東京都渋谷区幡ヶ谷にて、お茶道具、民芸家具、文京区小石川にて、お着物などをお売りいただきました。

本日は、二件の出張買取。一件目は、業者様のご紹介で、リフォーム前のお片付け整理でお呼びいただきました。一年近く前にお呼びいただいた業者様で、久しぶりにお会いすることが出来ました。お客様のお母様がお茶やお花の教室の先生をしておりましたので、お稽古用のものからたくさんのお道具がございました。一度他の骨董屋さんが入ったようですが、まだまだ査定の付くお道具がたくさん残っておりました。画像の中村秋峰の乾山写し蕪絵茶碗、三代森岡嘉祥の祥瑞呉須絵鉢、伊賀うずくまる(掛花入)の他、釜、鉄瓶、香合、蓋置、建水、掛軸(茶掛け)などのお道具をまとめて買い受けさせていただきました。また、茶箪笥、アンティーク家具なども併せてお売りいただきました。たくさんのお道具や家具をお売りいただき、ありがとうございました。二件目は、文京区小石川へ、不動産業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。昨日ご連絡いただき、解体前までの日程があまり残っていないとのことでしたので、本日お伺いさせていただきました。はじめてお呼びいただく業者様でしたが、終始ご丁寧にご対応いただきました。有難うございました。こちらでは、たくさんのお着物や、贈答品などをお売りいただきました。踊りをされていたようで、踊り用のお着物がたくさんございました。他にも、お客様のお母様のお着物など、画像に写っている倍近くのお着物をトラックいっぱい、まとめて買い取らせていただきました。今回は、当社のご指名ありがとうございました。また何かありましたら、六角堂をご指名ください。
画像の桜は、渋谷区幡ヶ谷へ向かう途中、都内の桜、豊島区南大塚の南大塚さくらまつり。今日の桜も綺麗でした。倉庫へ戻る途中、南大塚にある「麺屋 帝旺」さんへ寄りました。油そばで有名なお店のようですが、わたしは大好物の味噌らーめんをいただきました。辛めのスープがとても美味しかったです。また寄りたいと思います。

三代 中村秋峰(なかむらしゅうほう)
京都生まれの人気陶芸家。現代的仁清風・乾山風として自分好みの絵付けをした作品は高く評価されています。
1947年 京都府で生まれる
1966年 京都府立伏見工業高等学校窯業科を卒業し、父のもとで修業をする
1983年 第5回京焼・清水焼展で京都市長賞を受賞する
1985年 京都市姉妹都市中国西安市へ作品を寄贈する
1990年 第33回上絵陶芸展で京都陶器協会理事賞を受賞する
1994年 京焼・清水焼伝統工芸士に認定される
2002年 近畿経済産業局長より伝統的工芸品産業功労者表彰を受賞する
2006年 経済産業大臣より伝統工芸品産業功労者表彰を受賞する

三代 森岡嘉祥(もりおかかしょう)1937年(昭和12)~(現在)
京都市出身。
京都の窯元2代森岡嘉祥を父に持ち、五条坂に生まれ。
1956年に19歳で3代嘉祥を襲名。
以来、表千家家元ら多数の著名茶人らと親交を深め、伝統の上にも新しい感覚の茶陶制作を心掛けてその研鑽と追及を続け、主に個展を中心に作品を発表。
また中国や韓国の古窯跡を訪ねて、青磁や刷毛目、高麗を研究、近年では釉裏紅など、色鮮やかな釉薬発色を基調とした作品にも取り組む。
五条坂の窯のほか74年に山科に公害防止装置付登窯、98年に信楽に穴窯を築窯。

東京都中央区銀座にて、お着物、お茶道具、贈答品の出張買取。

本日は二件の出張買取。一件目は、半年ほど前にお客様をご紹介いただいた業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。再度お客様をご紹介いただき有難うございました。中央区銀座といった一等地、近くで駐車スペースを確保できるか心配でしたが、思いのほかすぐ側にコインパーキングがございました。早速お邪魔すると、たくさんの贈答品がございました。一点一点査定していると、所々にお茶道具が混ざっておりました。お客様のお母様がお茶をされていたようです。十一世坂高麗左衛門(韓峯)の萩焼茶碗、大久保鼎湖の南鐐(純銀)清香菓子器、薮内流十二世猗々斎書附 山中塗の千筋文千成瓢箪菓子器など、他にも香合や蓋置も混ざっておりました。お着物はシミや汚れなどございましたが、大島紬や結城紬など良いものが多く、全て買い受けさせていただきました。お茶道具、お着物と当社の得意とするものが多く、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。途中、お茶を入れていただいたり、子供たちにとお菓子をいただいたり、搬出時に車を見ていただいたりと、お気遣いありがとうございました。お陰様で、スムーズに気持ちよく作業が出来ました。本日の二件目は、業者様のご紹介で荒川区西尾久へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物、贈答品、たくさんのゴジラやモスラなどのフィギュアをお売りいただきました。お着物は保管状態の良いものが多く、全て買い取らせていただきました。また何か出てきましたらお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。今日の昼食は、銀座にある「函館ラーメン 船見坂」へ行きました。わたしは味噌そばをいただきました。函館らーめんといえば塩ラーメンですが、そこはN尾氏に譲り、わたしは札幌ラーメン風の味噌らーめんにしました。もっちりとした麺に濃い目のスープがとても美味しかったです。N尾氏の塩そばも美味しかったようです。銀座にある公園の桜がとても綺麗でした。ほぼ満開ですね。明日は千葉県柏市、埼玉県三郷市へ出張買取。頑張ります!

11世 坂高麗左衛門(さかこうらいざえもん)1912(明治45)年~1981(昭和56)年
11代坂高麗左衛門は林利作の三男として山口県に生まれました。
本名を信夫、号を韓峯といいます。
1941(昭和16)年に帝国美術学校(現:武蔵野美術大学)を卒業し、
山口県立大津中学校に美術講師として勤務しました。
1948(昭和23)年、10代坂高麗左衛門の次女と結婚し、江戸時代からの萩焼宗家に入りました。
山口県立大津高等学校の退職後は義父に師事して作陶の道に進みました。
1956(昭和31)年、千家同門会山口県支部理事を就任しました。
山口県美術展で知事賞を受賞しました。
1958(昭和33)年、11代坂高麗左衛門を襲名しました。
1965(昭和40)年、萩市文化財審議会委員、萩市観光審議会委員を委嘱されました。
1967(昭和42)年、第一回杉道助文化奨励賞を受賞しました。
1968(昭和43)年、一水会賞を受賞し、一水会正会員となりました。
1969(昭和44)年、山口県美術展審査員を委嘱されました。
1970(昭和45)年、奈良東大寺の晋山式の際に抹茶碗400個を献納しました。
1971(昭和46)年、日本工芸会正会員となりました。
1973(昭和48)年、福岡県美術展審査員を委嘱されました。
山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1974(昭和49)年、福岡県美術展審査員を委嘱されました。
1975(昭和50)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
1981(昭和56)年、1月13日死去。

猗々斎(いいさい)は茶道藪内流(やぶうちりゅう)十二代。
京都生。透月斎の長男。名は紹智・紹称・紹光、猗々斎は号、別号に竹風紹智。昭和54年(1979)歿、75才。
太平洋戦争の最中に39歳で代を継承した猗々斎は、戦中戦後の困難な時代を、忍耐強く道統を守り、また、新しい時代に即応した家元の体制の確立や、門人の全国的組織作りなどの新しい試みを晩年になって次々と成し遂げました。
昭和43年には東京稽古場を開設し、昭和45年の万国博覧会には五家元と共に日本庭園の茶席を担当しました。また、著述や放送を通じての普及にも熱心で「茶道入門」や当流機関誌等に健筆をふるい、NHKの放送には毎回必ず自ら出演し、藪内流茶道の普及に努めました。
昭和49年には門人の全国組織「古儀茶道藪内流竹風会(こぎさどうやぶのうちりゅうちくふうかい)」、昭和52年には財団法人藪内燕庵の設立と、今日における藪内流の組織の基礎を確立されました。
藪内家 歴代 宗匠
[初代]剣仲紹智-藪中斎/[二代]真翁紹智-月心軒/[三代]剣翁紹智-雲脚亭/[四代]剣渓紹智-蕉雪斎/[五代]竹心紹智-不住斎/[六代]竹陰紹智-比老斎/[七代]竹翁紹智-桂陰斎/[八代]竹猗紹智-真々斎/[九代]竹露紹智-宝林斎/[十代]竹翠紹智-休々斎/[十一代]竹窓紹智-透月斎/[十二代]竹風紹智-猗々斎/[十三代]竹中紹智-青々斎

東京都北区堀船にて、清水六兵衛の染付茶碗、加藤景秋の志野茶碗などのお茶道具。

東京都北区堀船にて、清水六兵衛の染付茶碗、加藤景秋の志野茶碗など、お茶道具をお売りいただきました。

本日は東京都北区へ、お茶道具の出張買取でお伺いしました。お引越し前の断捨離との事です。今日はまさかの雪に驚きましたが、スタッドレスタイアを装着しておりましたので、慌てることなくお伺いすることができました。京焼の名工清水六兵衛の茶碗や美濃焼の名工加藤景秋の茶碗は、当社で強化買取り中の作家作品ですので、お客様にお喜びいただける査定額で買い取らせていただきました。茶碗の他にも、鉄瓶、釜、建水、水指、茶杓、香合などなど、一式お売りいただきました。良いお道具をお売りいただき、ありがとうございました。

ただいま六角堂では、茶碗をはじめ、壷・花瓶・皿など陶磁器の買取りに力を入れています。
流氷焼、小久慈焼、堤焼、楢岡焼、平清水焼、会津本郷焼、大堀相馬焼、笠間焼、益子焼、小砂焼、無名異焼、九谷焼、大樋焼、珠洲焼、越前焼、美濃焼、志戸呂焼、瀬戸焼、常滑焼、萬古焼、伊賀焼、信楽焼、膳所焼、湖南焼、京焼、楽焼、清水焼、朝日焼、御室焼、丹波立杭焼、明石焼、出石焼、赤膚焼、布志名焼、備前焼、虫明焼、萩焼、大谷焼、砥部焼、江山焼、上野焼、小石原焼、高取焼、唐津焼、伊万里焼、吉田焼、波佐見焼、三川内焼、小代焼、小鹿田焼、薩摩焼、壺屋焼、李朝時代の古陶磁器、中国の古陶磁器など幅広く買い取りしております。ご自宅にお持ちの陶磁器のご売却をお考えの際は、是非お気軽にご相談下さい。

加藤景秋(かとうかげあき)1899〜1972
岐阜県生まれの陶芸作家。本名は壮一。兄は林景正。
生涯を通して美濃桃山陶の再現を目指して研鑚しました。志野、織部を中心に作陶した。
1899年(明治32年)美濃(みの)焼の陶祖12代の次男として岐阜県に生まれる。
1916年(大正5年)17才で陶業に従事し始める。
1950年(昭和25年)美濃陶祖12代を継承する。
1955年(昭和30年)日本伝統工芸展に入選する。翌年昭和31年も入選。
1958年(昭和33年)岐阜県重要無形文化財保持者に認定される。
1972年(昭和47年)8月6日永眠。73歳。

埼玉県さいたま市浦和区にて、中国宣興銘の紫砂茶器、山野忠雄の袋帯などお着物。

埼玉県さいたま市浦和区にて、中国宣興銘の錫細工の入った紫砂茶器セット、伝統工芸士山野忠雄の西陣織袋帯などお着物をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。今回お買取した中国茶器は常滑焼のルーツとしても知られている中国宜興の茶壺です。錫の細工が素敵な茶器ですね。紫砂壺の特徴は、紫砂壺でお茶を淹れますと渋みや灰汁が茶壺に吸収され、お茶が美味しくいただけます。材料と焼成方法による特徴で、日本では焼き締めの常滑・備前・信楽焼きにも共通した特長でありますが、その効果は、紫砂壺が一番といわれております。紫砂壺は中国茶ばかりでなく、日本茶も美味しくいただけます。こちらの茶器は近年造られたものになりますが、古く時代感のあるものは高額査定となるものが多くございます。中国茶器、煎茶道具は六角堂で強化買取りしております。茶碗、茶托、香合、茶合、茶入、茶壺、水注、涼炉、急須、瓶掛、瓶敷、結界、硯屏、茶箱、器局、煎茶盆などの煎茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。また、訪問着、紬、留袖、伝統工芸士山野忠雄の西陣織袋帯などのお着物も一緒にお売りいただきました。シミや汚れなどもございましたが、全て買い受けさせていただきました。作家物のお着物、帯もあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品をまとめてお売りいただき、ありがとうございました。
帰りに倉庫近くの中華料理「磨味坊」さんへと寄り、スタミナ豆腐麺、餃子をいただきました。ここの麺は野菜がたくさん入っており、外食の多いわたしには大事に栄養源です。出張買取の予定が貯まっておりますので、たくさん栄養取って明日からも頑張ります!