カテゴリー別アーカイブ: 茶道具

東京都杉並区桃井にて、桐箪笥、お着物、煎茶道具を買い受けました。

東京都杉並区桃井にて、桐箪笥、お着物、煎茶道具を一式買い受けました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。お婆様が生前煎茶をされていたようで、画像の竹編茶籠、古染付の煎茶碗、古染付の急須、竹製茶合などを買い受けました。煎茶碗は、松清軒 原平造が十客、清道軒 幸兵衛造のものが五客ございました。どちらも古い染付で多少ニュウやほつのあるものがありましたが、全体的には良い状態で保管されておりました。煎茶道具は、近年古物業界で人気があり、六角堂でも買い取りを強化しております。煎茶道具には、煎茶碗、香合、茶合、茶量、仙媒、茶入、茶壺、茶心壷、鉄瓶、銀瓶、湯沸し、ボーフラ、湯さまし、水注、涼炉、火炉、炉台、火箸、宝瓶、急須、建水、瓶掛、瓶敷、罐座、瓶座、結界、硯屏、炉屏、茶箱、器局、提藍、茶櫃、茶籠、茶托、煎茶盆、烏府、炭斗、火斗、羽箒、炉扇、滓盂、洗瓶、巾筒、茶具褥などがございます。朱泥や紫泥の急須や白泥の涼炉、古竹でつくられた茶合や煎茶道具、錫製の茶壷や茶托、鉄瓶や銀瓶などは、近年中国からの人気があり、市場でも高騰しております。六角堂では、煎茶道具でしたら古いものから新しいもの、作家物から名前のないもの、日本のものから中国唐物のものまで全て買い受けます。煎茶道に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定し、高額査定にて買取させていただきます。ご不要の煎茶道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。

涼炉(りょうろ)いわゆる焜炉(コンロ)のことで、煎茶独特のものの一つでしょう。大部分のものは、素焼きですが火を入れるところだけ素焼きのものをはめ込むようにして、本体は磁質のものがあり、絵つけのしたものもあります。形は丸いものがほとんどですが、中には四角や八角のものもあります。大きさも大小さまざまですが、季節によって使い分けられたり、使われる手前によって選ばれたりするわけです。この涼炉を置く台として炉台があります。陶器が多いのですが、ときには古瓦を使ったりもします。涼炉に足のある場合は炉台に足のないものをつかうことになっています。

ボーフラ湯わかしのことです。素焼で、横手のものと上手のものがありますが、横手のもの、つまり、普通の急須に似た形のものが多いようです。煎茶道具の中で、何故かこの道具だけが西洋語で呼ばれています。保宇夫良などという風に漢字で書かれたりしています。
素焼のこわれやすいものであり、手入れをよくしないと、湯に臭いが出るので注意が必要です。

水注(すいちゅう)煎茶の手前に必要な水を入れておく器で要するに水指(みずさし)のことです。ボーフラや急須に水をつぐのに便利なものがよいわけですが、形は千差万別でいろいろのものがあります。陶磁器のものが大部分ですが、金属性のものや、ときには竹でつくられているものもあります。煎茶手前でも、抹茶のような水指を使うことがありますが、そのときには杓をつかいます。

建水(けんすい)急須や茶碗を洗った水をすてる器で、俗にいうこぼしのことです。金属、陶磁器、曲げ物などいろいろありますが、煎茶用として、ふたのついているものも多いようです。
役目がら、あまり目立つ色のものは使われません。

埼玉県ふじみ野市にて、古家具や掛軸、茶道具、村田長治斎の銀瓶の買い取り。

埼玉県ふじみ野市にて、大正時代の古家具や掛け軸、お茶道具、村田長治斎の銀瓶をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。大正時代の古い机や書棚などの他、茶道具、銀瓶を買い受けさせていただきました。銀瓶は翡翠の摘みが付いている棗形銀瓶。純銀や銀製などの刻印はございませんが、純銀製のものになります。良いお品をご売却いただき有難うございました。
六角堂では、純銀・銀製品の茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を高価買い取り致します。
価値ある銀製茶道具、銀細工置物、銀食器などを貴金属店などで潰し価格で処分される方が多いようですが、こういった骨董品、美術品を潰されてしまうのは非常に惜しいです。当社は潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、銀製品をご売却される際は是非六角堂へご相談ください。霰打ち銀瓶、鳳凰口銀瓶、鉄砲口銀瓶、宝珠形銀瓶、南瓜形銀瓶、翡翠摘み銀瓶、鎚目銀瓶、秦蔵六、中川浄益、石黒光南、名越弥五郎、木村清雲、北村静香、尚美堂などの銀瓶は高価買取いたします!また、金瓶や鉄瓶も強化買取中ですので、あわせてお問い合わせください。内容や量にもよりますが、銀瓶などの骨董品類の買取に関しては、全国出張します。もちろん出張料、査定料は無料で行っておりますので、お気軽にお問い合わせください。
和家具・古美術・骨董品・茶道具・美術品・古道具・諸道具類のご処分をお考えのお客様は、お気軽に六角堂までご相談くださいませ。

最近出張買取が毎日続いており、体が疲れておりますので、スタミナを付けに久々すた丼を食べに行くことにしました。先日テレビですた丼が紹介されており、行きたいなと思っておりました。20年ほど前、友人が国立市に住んでおり、その頃はしょっちゅうすた丼を食べておりました。昔は国立にしかなかったのですが、近年店舗展開をされているようで、いつの間にか近所にも店舗が出来ておりました。向かった先は「伝説のすた丼屋 川越 新河岸店」。わたしはすた丼豚汁セットをいただきました。昔に比べるとニンニクの量が少し減っているような気がしましたが、時代の流れでしょうか。わたしはニンニクを追加して、がっつりといただきました。若かった頃に比べるとやや重たいですが、久々にいただくすた丼はとっても美味しかったです。

 

埼玉県和光市にて、時代箪笥、掛け軸、お茶道具、中川浄益造唐銅製エフゴ形建水、杏雲堂錫製ぐい吞み。

埼玉県和光市にて、時代箪笥、掛軸、茶道具、中川浄益造唐銅製エフゴ形建水、杏雲堂錫製ぐい吞をお譲りいただきました。

旧家解体前の整理で、解体業者様よりお呼びいただきました。古家具・古道具の残置物があるとのことで、いつもお世話になっている業者様に呼んでいただきました。今回もまたお呼びいただき有難うございます。六角堂では、不動産屋さん、解体業者、お引越し業者、介護関連業者、遺品整理等の業者様より、随時買い取りのご依頼を受け付けてます。残置物が少ない場合でも、何か気になるお品がございましたら、六角堂までメール、またはお電話にてお問い合わせください。当社で、出来る限りの対応をさせていただきます。ご不要になり捨てるつもりだった物や、今まで倉庫や押し入れに眠っているガラクタ同然と思っていたものに意外な価値があるかも知れません。六角堂は、通常では捨てられてしまうような物でも価値のあるお品、埋もれているお宝を見つけ出すことができるのが強みです。時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、是非六角堂までお問い合わせください。
錫は金・銀に次ぐ高価な金属として知られています。 起源は古く、紀元前の3000年頃にはすでに銅と錫との合金である「青銅」が使われるなどし、紀元前1500年頃の中国殷王朝では錫が使用されていたと言われています。 長く日本各地でも採掘されていた錫ですが、昭和40年代を最後に国内での採掘がなくなってしまった為、古い錫製品は希少となっています。当社では、茶器、煎茶器、酒器、花器など、錫製品全般買い受けしてます。錫製品をご処分の際には、是非六角堂までお問い合わせください。
出張帰りに、くるまやラーメン新座野火止店へと寄らせていただきました。ここではいつも野火止店限定のごまみそネギらーめんを頂いております。濃い目の味噌スープがたまらなく美味しく、通い始めてすでに15年。当時からの味で、変わらず美味しいです。

東京都練馬区春日町にて、お着物、博多人形、立花大亀などの茶掛け(軸装)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉。

東京都練馬区春日町にて、着物、博多人形、立花大亀などの茶掛(掛け軸)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お父様、お母様が大事にされていた多くのお道具がございました。茶掛けは茶道をされていたお母様の遺品、お父様の遺品である陶芸作品は人間国宝をはじめ、人気作家のお品が多数ございました。陶芸作品がお好きだったとの事、人間国宝である十四代柿右衛門、島岡達三、中島宏、金城次郎などをはじめ、沈寿官、西岡小十、坂高麗左衛門、大樋長左衛門(大樋長楽)、玉置保夫、伊勢崎満、林正太郎、中里重利などなど、たくさんの名品がございました。一点一点、丁寧に説明し、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。今回は数点のみの買い取りでしたが、また次回お呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、遠路ご実家まで来てくださり有難うございました。また次回もお客様とわたしの故郷、練馬区について思い出話させて下さい。
昨日、わたしと同じ古物商の仲間たちから出張土産をいただきました。茨城県へ出張されたOさんからはスイートポテトタルトケーキ、静岡県へ出張されたYさんからは伊勢えび味噌汁、美味しくいただきます。有難うございました。
六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。

立花大亀(たちばな だいき)1899~2005
明治32年12月22日生まれ。臨済(りんざい)宗。大正10年出家。京都大徳寺塔頭(たっちゅう)の徳禅寺住職となる。大徳寺派宗務総長を2期つとめ,昭和38年最高顧問,48年大徳寺内に如意庵を復興して庵主となる。57-61年花園大学長。平成17年8月25日死去。105歳。大阪出身。堺市実業補習学校卒。著作に「度胸の据え方」「利休に帰れ」など。

十四代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1934(昭和9) – 2013(平成25)
陶芸家。酒井田家十四代。多摩美大卒。十二代・十三代に師事する。一水会委員。西部工芸会副幹事長。
重要無形文化財保持者(人間国宝、2001年7月12日認定。色絵磁器)、佐賀県陶芸協会会長、日本工芸会副理事長、および九産大大学院芸術研究科専任教授。

金城次郎(きんじょうじろう)1912年~2004年
那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1912年 沖縄県に生まれる
1925年 新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事
1946年 那覇市壷屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らに師事
1985年 人間国宝に認定、沖縄県功労賞受賞
1993年 勲四等瑞宝章受賞
2004年 死去

西岡小十(にしおかこじゅう)
1917年 佐賀県唐津市に生まれる
1945年 終戦を迎え日本に帰る
1950年 唐津に帰郷し、友人とともに色唐津の古窯址を訪れる。
1953年 古唐津を再現する為、古窯址の発掘を始める。
1960年 古窯址の発掘が縁となり、小山富士夫氏と知り合う。
1971年 小山冨士夫に指導され、割竹式登窯を唐津衣干山の頂に築いて独立。
1975年 初の個展と古唐津陶片展を姫路のデパートで開催。偶然来館した荒川豊藏に茶碗を求められる。
1981年 絵斑唐津の焼成復元に成功。小十窯を開く。
1983年 梅花皮唐津の復元に成功
1999年 石川県辰之口町に加賀唐津、辰之口窯を開窯。
2006年 逝去

十四代沈壽官(ちんじゅかん)1926(大正15)年生
14代沈壽官は13代沈壽官の長男として鹿児島県に生まれました。
本名を大迫恵吉といいます。
早稲田大学政経学部を卒業後は東京で代議士秘書を務めていましたが、
1961(昭和36)年から作陶生活に入りました。
1964(昭和39)年、14代沈壽官を襲名しました。
1973(昭和48)年、社会教育振興の功労により文化大臣感謝状を受賞しました。
1984(昭和59)年、文部大臣表彰を受賞しました。
1987(昭和62)年、地域文化功労賞文部大臣表彰(文化財保護功労)を受賞しました。
1989(平成元)年、大韓民国名誉総領事に任命されました。
1993(平成5)年、フランス国際陶芸ビエンナーレでフランス政府首相奨励賞を受賞しました。
大韓民国大田世界博覧会組織委員会長より感謝状を受賞しました。
鹿児島県民表彰を受けました。
1996(平成8)年、南日本文化賞を受賞しました。
1998(平成10)年、鹿児島県知事薩摩焼振興功労賞表彰を受賞しました。
1999(平成11)年、大韓民国銀冠文化勲章を受章しました。
名誉博士号を受けました。
2000(平成12)年、早稲田大学より芸術功労賞を受賞しました。
2003(平成15)年、大韓民国国済州道国際自由都市名誉弘報大使に就任しました。
2010(平成22)年、旭日小綬章を受章しました。
優美で気品に満ちた白薩摩、素朴で力強い黒薩摩、辰砂や鉄絵等も幅広く手掛け、
薩摩焼宗家としての名に相応しい創作活動を広く展開しています。
又、日韓の親善交流に果たした努力の数々は枚挙に遑がありません。
司馬遼太郎著『故郷忘じがたく候』のモデルとしても知られています。
司馬遼太郎によって井戸水が光る趣の「井光釉」と命名された独特の黒釉を開発し、
氏の芸術の特質を的確に言い表したものとして世に知られています。

埼玉県熊谷市にて、時代桐箪笥、屏風、長火鉢、古陶磁器、煙草盆、玉印燻銀銅製湯沸、いぶし銀銅製急須。

   

埼玉県熊谷市にて、時代桐箪笥、屏風、長火鉢、古陶磁器、煙草盆、玉印いぶし銀銅製芋頭式藤手銀巻湯沸し、燻銀銅製急須をお譲りいただきました。

旧家、土蔵解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。土蔵からは、古めの伊万里や九谷焼などの陶磁器、煙草盆や煙管、古書、古写真などを、旧家からは花器、煎茶道具などを買い受けさせていただきました。電気が止まっており暗い中での作業でしたので、はじめいぶし銀の煎茶道具を見つけた時には銀瓶、純銀急須かと思っておりました。明るい所でよく見ると、残念ながら燻(いぶし)銀でした。いぶし銀とは硫黄などをかけて表面を灰色に変化させた銀で、艶がなく、その色は渋くて味わいがあります。ゆえに「いぶし銀」という言葉は、華やかさに欠けるが実力はあることとして「ベテラン」的な意味合いに使われるようです。最初見つけ出した時に、お客様に期待させてしまい申し訳ございませんでした。本日は六角堂好みの古家具や古道具をたくさんお譲りいただき有難うございました。ご先祖様が代々使われていたお道具、次へと橋渡しさせていただきます。
六角堂では、今泉堂、金寿堂、尚美堂、竹影堂、松栄堂、金賞堂、天賞堂、金美堂、金晴堂、金匠堂、銀川堂、生秀堂、呉杉堂、雲色堂、青龍堂、祥雲堂、光玉堂、純古堂、金龍堂、泰山堂、三龍堂、純幸堂、精金堂、皆川堂、秀峰堂、玉川堂、松栄堂、山川堂、海玉堂、清雅堂、秀峰堂、金星堂、富貴堂、上彬堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの銅製品を探しております。ご不要になられたお品がございましたら、古家具・古道具の高価買取六角堂までお問い合わせください!!

埼玉県入間市にて、長火鉢、お茶道具、龍文堂造の六角鉄瓶、田崎昭作の色紙水彩画「菩薩 ホータン壁画」。

埼玉県入間市にて、長火鉢、茶道具、龍文堂造の六角鉄瓶、田崎昭作の色紙水彩画「菩薩 ホータン壁画」をお譲りいただきました。

解体業屋さんのご紹介で、解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。炭道具や茶道具、他にも置物などを買い受けさせていただきました。明治期のものと思われる龍文堂の鉄瓶ですが、目立つサビ、摘みの変型などがございました。中国の方がたくさん買われていた一時期のブームは去ったものの、まだまだお値段が付いておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。
龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門
京鉄瓶の他、南部鉄瓶や砂鉄鉄瓶など探しておりますので、ご不要の際にはお問い合わせください。共箱のないもの、状態の悪いものでも構いません。

友人に第三子が誕生しましたので、お祝いを兼ねて食事に誘いました。所沢市にある「牛たん焼き仙台辺見 新所沢店」さんへとお邪魔しました。わたし自身はあまり牛タンが好きではないのですが、友人が好きなのでこちらにしました。牛タンが苦手だった私ですが、こちらのお店の牛タンは不思議と美味しく、色々なメニューにチャレンジしてしまいました。もしかしたら、今まで食わず嫌いだっただけで牛タンが好きになってしまったかもしれません。とっても美味しかったです。

田崎昭作(たさきしょうさく)
1929年 福岡県八女郡立花町に生まれる。田崎広助と同じ生家。 坂本繁二郎・猪熊弦一郎に師事/ 新制作展・日府展・現展・野火展・現代具象展等出品 (日府賞・記念賞・現展賞・会員賞等受賞)/ 個展(東京・仙台・名古屋・大阪・福岡)57回/ シルクロードを中心に取材(毎年)/ 画業40年展(西日本新聞社主催・テレビ西日本後援)/ 築地本願寺・ハセトン美術館作品収蔵/ 画業45年展「釈尊記」/ 96年 大正寺曼陀羅完成/ 現代美術家協会運営委員・現代具象代表/平成24年逝去。

東京都足立区梅田にて、茶箪笥、座卓、ちゃぶ台などの古家具、今泉堂純銅製鎚起銅器茶器揃え。

東京都足立区梅田にて、茶箪笥、座卓、ちゃぶ台などの古家具、今泉堂純銅製鎚起銅器茶器揃えをお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。和家具や鎚起銅器をお売りいただきました。鎚起銅製の作品は当社で買い取りを強化しておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。お忙しい中、当社のご指名有難うございました。
六角堂では、今泉堂、金寿堂、尚美堂、竹影堂、松栄堂、金賞堂、天賞堂、金美堂、金晴堂、金匠堂、銀川堂、生秀堂、呉杉堂、雲色堂、青龍堂、祥雲堂、光玉堂、純古堂、金龍堂、泰山堂、三龍堂、純幸堂、精金堂、皆川堂、秀峰堂、玉川堂、松栄堂、山川堂、海玉堂、清雅堂、秀峰堂、金星堂、富貴堂、上彬堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの製品を探しております。ご不要のお品がございましたら、出張専門高価買取六角堂までお問い合わせください。

六角堂出張地域
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山梨県、栃木県、群馬県、茨城県
その他、箱根、伊豆方面や軽井沢にも無料にて出張致しております。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!

鎚起銅器(ついきどうき)とは、一枚の銅板を大小さまざまな金鎚、木槌で打ち延ばし、打ち縮め、茶器などの器を作りあげる金属工芸技術。新潟県燕市の燕鎚起銅器は江戸時代後期、仙台の渡り職人が燕に鎚起銅器の基礎となる製法を伝えたとされます。燕で鎚起銅器が確立、発展したのは近郊の弥彦山から優良な銅が産出され、素材の入手が容易であったことが背景にあり、経済産業大臣より「伝統的工芸品」に指定されております。素材の銅は殺菌作用があり、熱伝導率が高く保温性にも優れています。そして銅器は、貴重な実用品として使われ、現在では美術工芸品としての価値も評価されています。

千葉県柏市にて、時代船箪笥、二代鈴木長翁斎の純銀製芋頭式銀瓶、煙草入、煙管、お茶道具など、東京都文京区目白台にて、お着物、掛け軸、小倉右一郎のブロンズ像「弘法大師」。

          

千葉県柏市にて、時代舟箪笥、二代鈴木長翁斎の純銀製芋頭式湯沸、煙草入れ、煙管、お茶道具など、東京都文京区目白台にて、着物、掛軸、小倉右一郎のブロンズ像「弘法大師」をお譲りいただきました。

本日は、千葉県柏市、市川市、松戸市、東京都文京区と四件の出張買取でした。ハードスケジュールで、朝から夜まで時間が掛かり、先程帰宅ました。
一件目は柏市へと遺品整理にて伺いました。古いものを集めるのがご趣味だったようで、時代船箪笥をはじめ、明治期の時代箪笥、煙管、煙草入れ、提げ物、お茶道具など多数ございました。また、銀製品がお好きだったようで、銀瓶や煙草入れ、煙管も金工師在銘の純銀製のものが多くございました。画像はほんの一部ですが、とてもたくさんの煙草入れやお道具がございました。まだお若かったご主人ですが、大切に保管しておりとても大事にされていたお品かと思います。大切に集めておられた貴重なお道具たち、六角堂で責任を持って大事に繋げせていただきます。
二件目の市川市は、いつもお呼びくださる回収業者様のご紹介で、リフォーム前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、コレクションボード、洋食器や置物、リヤドロのフィギュリンなどをお売りいただきました。
三件目の松戸市は、時代家具や掛け軸の見積もりでお伺いしました。年末にお家を解体されるとの事で、11月頃お引越しされるときに全てお売りいただくこととなりました。その時には、またよろしくお願いいたします。
四件目は東京都文京区、到着時間が夜になってしまいましたが、お時間のご調整をいただきとても助かりました。こちらはリフォームされるとの事でお片付け処分でお呼びいただきました。掛け軸、屏風、置物は合い見積もりでしたが、全て当社で買い受けさせていただくこととなりました。お着物はアンティークの物が多く、全て買い受けさせていただきました。お客様にご先祖のお着物を次へと繋げられて嬉しいと喜んでいただけました。当社は、新しいお着物、アンティーク着物全て買い取りしております。古いものだからとご心配されてるお客様が多いですが、ご安心ください。アンティーク着物も買い取ります!絵画がお好きとのことで、ギヤマンの油彩画、ビュッフェ、中川一政など、大変素晴らしい絵画を見させていただきました。どれもとても素敵ですね。来月、家具などお譲りいただくこととなりましたので、その時にはまたよろしくお願いいたします。
本日は四件の出張の為、帰宅が十時を回ってしまいました。暑さもだいぶ落ち着いてきましたので、また明日も頑張ります!

鈴木長翁斎(すずきちょうおうさい)
初代鈴木長翁斎 天明7年~慶応3年10月9日(1787?-1867)
錺師(かざりし)。名、長次郎。別号、長二斎。打ち物師家城源七(いえきげんしち)に師事。80余歳。
二代鈴木長翁斎 文政7年7月14日~明治32年4月14日(1824-1899)
錺師(かざりし)。名、岩五郎。父、初代鈴木長翁斎(二男)。76歳。門下に鈴木長翁斎(竹次郎)・須藤倉太郎・川島長秀斎ら。

小倉右一郎(おぐらゆういちろう)明治14(1881)年6月9日~昭和37(1962)年7月15日
出生地香川県 学歴〔年〕東京美術学校彫刻科〔明治40年〕卒
香川県立工芸学校から東京美術学校彫刻科に進学し、同卒業後の明治41年に「指導」で文展初入選を果たす。大正2年大正博覧会に出品した「霹靂」で二等銀牌を獲得して以来、官展で入賞を重ね、5年の第10回文展では「闇路の人々」が特選となった。9年にフランスへ渡り、同地近代彫刻の巨匠ロダンに師事。10年に帰国した後は滝野川彫刻研究所を設立して後進の指導に当たった。戦後は郷里香川県に戻り、昭和23年高松工芸高校校長に就任。その他にも香川県工芸美術総合展の審査員を務めるなど、香川の美術興隆に大きく寄与した。ブロンズ彫刻を得意とし、「三土忠造像」「弘法大師像」などの肖像で本領を発揮したが、木彫・石彫もこなし、「靖国神社忠魂碑」などの碑や仏像・静物・裸婦像などにも傑作が多い。

東京都板橋区大山西町にて、和箪笥、お着物、掛け軸、美濃陶祖12代加藤景秋の志野湯呑、鼡志野湯呑。

東京都板橋区大山西町にて、和箪笥、お着物、掛軸、美濃陶祖十二代加藤景秋の志野湯呑、鼡志野湯呑をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。生前お母様が大事にされていたお着物、お道具をまとめてお譲りいただきました。思い出のお品、大事に次へと繋げていきます。お忙しい中、有難うございました。出張の帰りに、「大戸屋」さんへと寄りました。最近、らーめん、焼き肉と食生活が乱れてきておりましたので、たまにはヘルシーなものをと、ばくだん丼をいただきました。納豆・おくら・アカモク・とろろのネバネバが、ご飯とよく合います。ヘルシーで栄養ある食材で夏バテ対策完了です!明日も二件の出張買取、頑張ってきます!!

志野焼は岐阜県土岐市の付近一帯で焼かれた陶器で白い長石釉を厚く施した柔らかみのある雅趣に富んだ焼物。室町時代の茶人・志野宗信が美濃の陶工に命じて作らせたのが始まりとされており、後にその製造方法が途絶え、荒川豊蔵によって復興した事をきっかけに、今では加藤孝造、加藤唐九郎、北大路魯山人、川喜田半泥子、豊場惺也など多くの志野焼を手掛ける陶芸家が作陶に励んできました。
志野焼の特徴は厚く掛けられた釉薬にあり、無地志野、鼠志野、赤志野、紅志野、絵志野、練り上げ志野、志野織部などの種類に分けられています。
当社では志野焼の陶芸作品を探しております。人間国宝をはじめ、作家物の陶器工芸品を中心に取り扱いしてますので自信があります! 作家物の壷、花瓶、茶碗、皿、鉢、香炉、ぐい呑、徳利、湯呑、水滴、急須、盃などはおまかせください!
加藤景秋をはじめ、荒川豊蔵、加藤唐九郎、加藤孝造、林正太郎、加藤高宏、北大路魯山人、川北半泥子、月形那比古、鈴木蔵、玉置保夫など志野焼作家物を強化買受けしております。
作家物の他、室町時代・桃山時代・江戸時代の古い志野焼も買い取り実績豊富な六角堂まで!
また、志野焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんのお問い合わせお待ちしております。

加藤景秋(かとう かげあき)岐阜県生まれ。(1899〜1972)
生涯を通して美濃桃山陶の再現を目指して研鑚しました。志野、織部を中心に作陶した。
1899年  (明治32年)美濃(みの)焼の陶祖12代の次男として岐阜県に生まれる。本名は壮一。兄は林景正。
1916年   (大正5年)17才で陶業に従事し始める。
1950年  (昭和25)美濃陶祖12代を継承する。
1955年  (昭和30年)日本伝統工芸展に入選する。翌年昭和31年も入選。
1958年  (昭和33年)岐阜県重要無形文化財保持者に認定される。
1972年   (昭和47年)8月6日永眠。73歳。

板橋区出張地域は、相生町 赤塚 赤塚新町 小豆沢 泉町 板橋 稲荷台 大原町 大谷口 大谷口上町 大谷口北町 大山金井町 大山東町 大山西町 大山町 加賀 上板橋 熊野町 小茂根 幸町 栄町 坂下 桜川 清水町 志村 新河岸 大門 高島平 東新町 常盤台 徳丸 中板橋 仲宿 中台 仲町 中丸町 成増 西台 蓮沼町 蓮根 氷川町 東坂下 東山町 富士見町 双葉町 舟渡 本町 前野町 三園 南町 南常盤台 宮本町 向原 大和町 弥生町 四葉 若木

東京都目黒区自由が丘にて、和箪笥、お着物、黒漆塗の茶箪笥、座卓、人間国宝三代山田常山の常滑焼朱泥茶器。

東京都目黒区自由が丘にて、和箪笥、お着物、黒漆塗の茶箪笥、座卓、人間国宝三代山田常山の常滑焼朱泥茶器をお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。最近、お引越し前の整理でお呼びくださるお客様が多く、家具をはじめ、古道具や美術品をまとめてお売りいただくケースが多いです。お引越し先が今よりも狭くなり、お荷物が入らなくてご処分されるお客様が多いようです。本日もまた、まとめてのご処分買い取りでした。六角堂は幅広く買い取り可能なお品がございますので、お客様にはご満足いただけるかと思います。お引越しや片付けの際には、是非六角堂をご指名ください!

ただいま人間国宝、作家物の陶芸作品を強化買取りしております。作家のないお品も多数扱っておりますので、処分される前に一度お問い合わせください。たくさんの御見積お待ちしております。陶芸の人間国宝となられた作家は、以下となります。
色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清、民芸陶器 - 濱田庄司、志野 - 荒川豊蔵、萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪)、備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵、染付 – 近藤悠三、白磁・青白磁 -塚本快示、琉球陶器 - 金城次郎、鉄絵 - 田村耕一、練上手 - 松井康成、白磁 - 井上萬二、三彩 - 加藤卓男、民芸陶器- 島岡達三、青磁 – 三浦小平二、中島宏、彩釉磁器 - 三代徳田八十吉、常滑焼(急須)-三代山田常山、釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統、無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

常滑焼(とこなめやき) 愛知県常滑市を中心とした周辺を含む知多半島内で焼かれる陶器で、日本六古窯の一つです。常滑焼は原料に含まれた鉄分を赤く発色させています。土肌を活かした物や、釉薬を施した製品があります。平安時代末期、猿投窯南部の灰釉陶窯が南下して、知多半島古窯跡群が形成されたのが母体となっています。灰釉陶器の伝統には無かった、大型の甕、新しく壷を主な器種として作成し、瓷器系中世陶器の主要生産地となりました。

三代 山田常山(やまだじょざん)1924年(大正13)~2005年
愛知県出身。本名は、山田稔。号は、常山、小常山
二代山田常山の長男として生まれ家業を継ぐべく在学中より父や祖父初代常山に師事。
1947年、初代没後は父が常山を襲名、稔は父の号であった小常山を名乗る。
1958年、第5回日本伝統工芸展初入選、同年ブリュッセル万国博覧会にてグランプリ受賞。
1959年第7回生活工芸展第一席朝日賞などの受賞を経て62年日本工芸会正会員に就任。
また61年より父の死去に伴い3代山田常山を襲名している。
1970年代には70年に大阪万博に出品、73年に第3回ビエンナーレ国際陶芸展に出品(名誉最高大賞受賞)など国際的にも評価が高まるきっかけとなった。
また伝統の常滑焼を護ろうと地元の陶芸家らと常滑「手造り急須の会」を発足し会長に就任している。
伝統に甘んじることなく古常滑の穴窯で急須に蓋をしたまま焼成し、そのまま自然釉を掛けるといった、独自の技法を完成させるなど日々研究続け、94年に愛知県指定無形文化財保持者の認定に続き、1998年に国指定重要無形文化財(人間国宝)に認定された。
常滑朱泥急須=山田常山といわれるほど急須(主に煎茶用)制作の技術に優れ、古典的なものから現代志向に合わせた斬新な作品まで幅広く制作し、原型となるそのデザインは100種類以上あるといわれている。急須作品のほかにも酒器、壺、大鉢など優作を多く残している。