カテゴリー別アーカイブ: 茶道具

東京都港区白金にて、桐たんす、亀文堂造唐銅皆具、保寿堂銀象嵌鉄瓶などの茶道具。

 

東京都港区白金にて、関西桐箪笥、亀文堂造唐銅皆具、保寿堂銀象嵌鉄瓶などのお茶道具おをお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただき、幅広の関西桐箪笥、お茶道具などを買い受けました。お茶道具では貴重な唐銅皆具は、名工亀文堂のもの。保寿堂の鉄瓶は、胴回りに花文銀象嵌入り、持ち手に銀粒象嵌が入っております。こだわりある金工茶道具を含め、多くのお茶道具を買い取らせていただきました。皆具とは、お茶を点てる時に使う基本的な茶道具四器を同じ柄、同じ作りのもので揃える一式の総称です。基本的茶道具の四器とは、水指と杓立、建水に蓋置になります。水指とは茶碗をすすぐ水や釜へ補充するお水を貯めておく器の事で、杓立は柄杓を立てておく物です。また、建水は茶碗をすすいだお湯やお水を捨てる器で、蓋置は茶釜の蓋を置く道具ですので、基本的なお茶道具と言っても皆具を使って茶を点てるわけではありません。しかしながら、皆具がなければ点前の流れがスムーズに行かなくなる為、お茶を点てる上では欠かせない基本的な茶道具と言われております。唐銅製の皆具であれば、真の皆具と言って皆具の中でも特に価値が高いものになります。
年末でお忙しい中、古き良き桐箪笥、御道具をお譲りいただき有難うございました。また、作業途中に温かい珈琲を入れていただき、とても温まりました。ご馳走様でした。
帰宅後、家族でららぽーと富士見に行き、「彩の国レストラン」さんで夕食をいただきました。こちらのお店は、色々な野菜をたくさん使った自然食ビュッフェレストラン。外食が多く、野菜不足が続いておりますので、こちらには時々寄らせていただいております。最近はまっているスムージーもあり、たくさん野菜補給させていただきました。今年も残りわずか、明日も頑張ります。

保寿堂(ほじゅどう)
山形鋳物は、約960年前に発祥したとされています。菊地保寿堂は、慶長9年(1604)に山形城主・最上義光(もがみよしあき)公の御用鋳物師として当家初代の喜平治が擁護されたことに始まります。初代~9代・喜平治、10代~12代・卯之助、13代~14代・熊治正直、そして現在15代正直へと受け継がれてきています。日本古来よりの鉄材・砂鉄を用いて造られる和銑(わずく)釜の制作技術は、姻戚・長野家(現在2代目長野垤志)と共に技術復興し現在もその技術を頑に守り続けております。

東京都三鷹市上連雀にて、茶箪笥、大清乾隆年製銘の朱泥急須、錫製茶托など。

東京都三鷹市上連雀にて、水屋箪笥、大清乾隆年製銘の朱泥急須、錫製茶托などをお売りいただきました。

年末整理にてお呼びいただきました。欅材の茶箪笥に煎茶道具などを買い受けさせていただきました。大清乾隆年製銘の朱泥急須は漢詩文などの入った面白いものでしたが、こちらは近年作られた工芸品でした。現在、中国の方々に朱泥急須などの煎茶道具は人気があり、価格が高騰しております。朱泥とは、鉄分の多い粘土を焼いてつくる赤褐色の無釉(むゆう)陶器。中国、明代に、煎茶の流行に伴って宜興窯(ぎこうよう)で創られました。宜興の紫砂土で作られた茶壷はお茶を美味しく淹れられると現在でも高い人気がございます。良い朱泥急須とは粒子が非常に細かく、鉄分を多く含み(これが赤くなる原因)逆にそれ以外の金属ミネラルはあまり含んでなく、これがお茶を美味しくするようです。急須はその形状から、後手・上手・横手と3種類に分類され、煎茶道では上手の急須の事は土瓶、取っ手のない急須は宝瓶と呼ばれます。 六角堂では、煎茶道具でしたら古いものから新しいもの、作家物から名前のないもの、日本のものから中国唐物のものまで全て買い受けます。煎茶道に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定し、高額査定にて買取させていただきます。ご不要の煎茶道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。
仕事帰りに、久々サイゼリアさんへと寄りました。今も昔もサイゼリアは安くて美味しいですね。サイゼリアは中学生の頃から通っております。学生時代、サラリーマン時代の給料前などお金がない時にはいつもサイゼリアへと行ってお腹を満たしておりました。とても懐かしい味に満足しました。明日は埼玉県戸田市へ出張買取、頑張ります!

千葉県市川市にて、服部製宗入斎の銀巻藤手砲口銀瓶、板橋区大山西町にて古銭、古切手など。

千葉県市川市にて、服部製宗入斎の銀巻藤手砲口銀瓶、東京都板橋区大山西町にて古銭、古切手、額などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介でお荷物のお片付け整理にてお呼びいただきました。益子焼の人間国宝である浜田庄司さんと息子さんである浜田晋作さんのお品があるとの事でご紹介いただきお伺いさせていただきました。残念ながら、共箱がなくあまりなく良い査定が出来ずこちらは保留。古銭や古切手、魚拓などの額を買い取らせていただきました。お母様が集めていらっしゃった切手やお父様が集めていらっしゃった古銭、丁寧に査定しお客様にご納得いただける査定額にて買い取らせていただきました。一部の古銭、見返り美人や雁と月などの切手は原価よりプレミアがついておりますので、その分は上乗せ査定させていただきました。ご家族の思い出のお品、大事に次へと繋げさせていただきます。途中、コーヒーにケーキをいただきました。N尾氏が手作りのケーキがとても美味しかったと喜んでおりました。ご馳走様でした。また、残りの切手や古銭の買い取りでお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。
二件目は千葉県市川市への出張買取。向かう途中バタバタしており、到着時間のご調整をいただきました。しており、遅れてしまい申し訳ございませんでした。茶箪笥にある煎茶道具をお売りいただけるとの事で確認したところ、服部製宗入斎の銀巻藤手砲口銀瓶がございました。昭和初期頃の作品でしょうか。銀巻藤手に人気の砲口の純銀製銀瓶。共箱などの付属品はありませんでしたが、とても良い作品でしたのでお客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。大切に次へと橋渡しさせていただきます。有難うございました。
本日の昼食は、一件目の板橋区のお客様との時間調整の間に、豊島区池袋、川越街道沿いにある創作麺や「桃の木」へと寄りました。ふと見つけて寄ったお店ですが、これが当たりでした。お値段も安め、ボリュームたっぷり、味も確かです。最近刺激的なラーメンばかりいただいておりましたので、久々にシンプルな味噌ラーメンをいただきました。濃厚スープに太麺がよく合い野菜もたっぷりでとってもおいしかったです。また、店員さんがとても気持ちの良い方で、是非また来たいと思いました。近くに買取へ来たら、必ずまた寄らせていただきます。
六角堂では、純銀・銀製品の茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を強化買取りしております。価値ある銀製茶道具、銀細工置物、銀食器などを貴金属店などで潰し価格で処分される方が多いようですが、こういった骨董品、美術品を潰されてしまうのは大変もったいないです。六角堂では潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、銀製品をご売却される際は是非六角堂へお問い合わせください。霰打ち銀瓶、鳳凰口銀瓶、鉄砲口銀瓶、宝珠形銀瓶、南瓜形銀瓶、翡翠摘み銀瓶、鎚目銀瓶、秦蔵六、中川浄益、石黒光南、名越弥五郎、木村清雲、北村静香、尚美堂などの銀瓶は高価買取いたします!また、金瓶や鉄瓶も強化買取中ですので、あわせてお問い合わせください。

東京都台東区千束にて、人間国宝高橋敬典正寿堂の南部鉄瓶、玉川堂の茶壷など。

   

東京都台東区千束にて、人間国宝高橋敬典正寿堂の南部鉄瓶、玉川堂の茶壷などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただき、時代家具やお茶道具などを買い取らせていただきました。当社でよく買い取らせていただく時代家具の他、人間国宝高橋敬典正寿堂の南部鉄瓶、玉川堂の茶壷などを買い受けました。「正寿堂」は、高橋敬典の店として知られ、美術品の品格と親しみやすい素朴さを大切にされております。高橋敬典の作品や敬典工房作の茶の湯釜が豊富に展示されており、鉄瓶や鉄鍋、工芸品が購入できます。画像の霰平丸鉄瓶は、未使用で状態が良かったので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。搬出しやすいようにスペースを作っていただいたりとお気遣いくださり有難うございました。
家に帰宅しましたら、友人から出産祝いのお返しとお歳暮が届いておりました。奇遇にもニつとも我が家の大好物であるYOKUMOKU(ヨックモック)。YOKUMOKUはとっても美味しくていくらでも食べれてしまいます。で、早速家族でいただいております。U氏、M氏有難うございます!!また、本日娘が修学旅行から帰って来ました。画像はお土産で、わたしには画像左上の金銀銭亀のお守りのようです。妻にはなぜかフェイスパック。奈良・京都へ行ったようで、たくさんのお寺・神社を周り歴史と触れ合ってきたようです。たくさんの歴史と触れ合って、古いものに興味を持っていずれは六角堂の手伝いをしていただけたらなぁと思います。

高橋敬典(たかはしけいてん)
大正 9年 山形市に生まれる
昭和13年 5月家業の鋳造業を継ぐ
昭和25年 重要無形文化財「茶の湯釜」保持者・長野垤志に師事
昭和26年 日展初入選 以来七回入選
昭和35年 日本花器茶器展・読売新聞社賞受賞
昭和36年 昭和天皇山形県行幸の際、献上の釜謹作
昭和38年 日本伝統工芸展・工芸会会長賞受賞
昭和40年 中小企業展・通商産業大臣賞受賞
昭和46年 日本伝統工芸展・出品作品文化庁買上
昭和47年 日本伝統工芸新作展・日本工芸会賞受賞
昭和51年 日本伝統工芸展・NHK会長賞受賞
昭和52年 斎藤茂吉文化賞受賞
昭和53年 日本伝統工芸展・審鑑査委員十回歴任
昭和53年 日本伝統工芸展・特待出品
昭和54年 皇太子殿下山形県行啓の際、献上の釜謹作
平成 3年 日本伝統工芸展・重要無形文化財保持者選賞受賞
平成 4年 勲四等瑞宝章受章
平成 8年 重要無形文化財「茶の湯釜」保持者認定
平成 8年 山形市名誉市民選定
平成 9年 河北文化賞受賞
平成10年 文化庁買上
平成11年 日本伝統工芸展作品文化庁買上
平成12年 山形県郷土館開館五周年記念事業、やまがた人間国宝 三人の会
平成21年 6月23日慢性腎不全により逝去

東京都練馬区にて、玉置保夫、伊勢崎満などの陶器、さいたま市岩槻区にて石川鬼千作加茂桐箪笥、着物など。

東京都練馬区春日町にて、玉置保夫、伊勢崎満などの陶器、埼玉県さいたま市岩槻区にて伝統工芸士石川鬼千作加茂桐箪笥、お着物お、お茶道具などを買い取りました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都練馬区春日町のお客様。こちらは以前二度お呼びいただいているお客様で、本日も遺品整理で茶道具や陶器などの買取でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、岐阜県重要無形文化財(織部)保持者である玉置保夫の、二重箱入り赤志野茶碗、岡山県重要無形文化財伊勢崎満(人間国宝伊勢崎淳の兄)の備前焼壷、加藤舜陶の花入、平安象彦の菓子器、端渓硯、額など。本日もまた、一点一点丁寧に査定させていただき、全て買い受けさせていただきました。玉置保夫の赤志野茶碗は大変良いもので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。赤志野とは、下地に鬼板と呼ばれる鉄化粧を施し、文様を箆彫りして白くしさらに志野釉をかけて焼くと赤褐色に焼き上ったものになります。今回もまた良いお道具をお売りいただき有難うございました。お父様、お母様が大切にされていたお道具達、大事に次へと繋げさせていただきます。帰り際に今年初の「よいお年を」と、今年もそんな時期になりましたね。この仕事をしていると、一年が経つのが早く感じます。また年明け一月にお呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしてます。
倉庫へ戻る途中、メールでお問い合わせいただいたお客様にご連絡させていただくと、今日でしたらと急遽出張させていただくこととなりました。一件目のお道具をN尾氏に任せ、トラックを乗り換えO橋氏と埼玉県さいたま市岩槻区へと向かいました。お売りいただいたタンスは、伝統工芸士石川鬼千の加茂桐箪笥。新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、胴丸の下三大洋和箪笥というタイプのもので、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには、久光刻の銘あり。砥粉落ちや所々シミなどありましたが、比較的状態の良いものでした。他にも欅家具や金森紹栄の朝鮮風炉、銅製の炉壇(ろだん)などのお茶道具、正絹のお着物、ミンクのコートなどを買い取らせていただきました。お忙しい中、お時間を調整していただいたりお気遣いありがとうございました。またお呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしてます。
二件の出張買取を終え、倉庫へ戻ったのは夜の八時、今日はまだ一食も食べていなかったのでO橋氏と食事をしました。向かった先は、所沢市にある「関越ラーメン 仙龍 」。こちらはネギらーめんで有名なお店で、初めて寄らせていただきました。夜七時から営業されるお店で、前に行った時には時間が合わず寄れなかったのでずっと行きたかったお店です。周りのお客さんたちがみんな「こってりネギネギ」といっておりましたので、わたしも同じものをいただきました。ネギネギとは、ネギ増しとは、のようです。一口いただくと瞬く間に口の中がネギに支配されました。ネギの辛みが癖になるラーメンで、とても美味しかったです。

玉置保夫(たまおきやすお)
1941年 岐阜県で生まれる。
1951年 多治見工業高等図案科を卒業する。
1955年 日本伝統工芸展にて初入選となる。
1961年 岐阜県陶磁器試験場に入所し、5代・加藤幸兵衛、加藤孝造に師事する。
1968年 日本工芸会正会員となる。
1977年 東海伝統工芸展で最高賞を受賞する。
1980年 日本陶磁協会賞を受賞する。
1985年 第3回幸兵衛賞を受賞する。
1986年 第1回国際陶磁器フェスティバルで美濃審査員特別賞を受賞する。
1995年 多治見市芸術文化部門功労表彰を受ける。
2002年 多治見市無形文化財保持者に指定される。
2008年 「織部」で岐阜県無形文化財保持者に指定される。

伊勢崎満(いせさきみつる)
1934年 岡山県で生まれる。
1957年 岡山大学教育学部特設美術科彫塑専攻を中退し、父に師事して作陶生活に入る。
1962年 弟・淳と共に中世の半地上式穴窯の復元に成功する。
1963年 穴窯焼成による二人展開催する。
1964年 日本工芸会正会員に推挙される。
1972年 備前陶心会会長に就任する。
1973年 緋襷花器が外務省に買い上げられ、中国の日本大使館に展示される。
1974年 第6回金重陶陽賞を受賞する。
1984年 岡山日々新聞社文化賞を受賞する。
1987年 日本工芸会中国支部審査員に就任する。
1990年 岡山県文化奨励賞を受賞する。
1994年 山陽新聞文化功労賞を受賞する。
1998年 田部美術館大賞「茶の湯の造形展」大賞を受賞する。岡山県重要無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
2000年 岡山日日新聞芸術文化功労賞を受賞する。
2004年 茅葺屋根の葺き替えをして「茅葺ギャラリー陽山居」を設立する。
2007年 小形登窯と穴窯を築窯する。
2011年 逝去。

東京都港区高輪にて、桐たんす、水屋箪笥、錫屋弥左衛門の古錫大茶壷など。

東京都港区高輪にて、桐たんす、水屋箪笥、京錫屋弥左衛門の古錫大茶壷などをお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。大変珍しい、古錫製の大茶壷などをお売りいただきました。弥左衛門は、京都御所への納品が認められた錫職人。作品は、江戸時代慶応後期頃のものかと思われます。茶壺(ちゃこ、ちゃつぼ)は、煎茶道で使用する道具の一つで、流派によっては「茶心壺」「茶入」「葉茶器」「茶鑵」「茶瓶」「茶盒」とも呼ばれております。茶道の茶入と同じ目的の道具であり、名品は茶道における茶入同様に珍重され、他の道具より格上の扱いをされることも多いです。錫製、陶磁器製、木製、竹製、銀製のものなどがありますが、錫製の物が最上といわれております。明・清から伝来したものが錫製だったからということもあるが、それ以上に錫製の物は中の茶葉がしけらず、品質を長く保つことが出来るという実用上の理由からであります。日本で錫製茶壺をはじめとした錫器が多く親しまれてきたのも、高温多湿の風土に適した特徴があるからなのでしょう。錫製茶壺をはじめとする錫器の技術は、飛鳥・奈良時代に遣隋使によって日本へ伝来し、その後日本の茶の湯の文化とともに発展を遂げました。江戸時代には「錫師」と呼ばれる多くの職人が活躍し、現在の錫器のルーツとなっております。中国渡来の伝世品では、沈存周、張星栄、張星光の作品が人気があり、高値で取り引きされております。国産のものでは泰蔵六の作品に人気がございます。現在、錫製茶壺は中国の方々に人気があり、市場でも高騰しております。もちろん当社でも錫製の茶壷をはじめ、茶器、酒器などを強化買取りしておりますので、ご不要の錫製品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。本日は良いお品をお譲りいただき有難うございました。
市場へ戻る途中、埼玉県戸田市にある「らあめん花月嵐」へと寄りました。本日は嵐げんこつらあめん味噌に白菜をトッピングし、期間限定メニューの「鉄板イタめし牛焼肉味」をいただきました。大好物の壷ニラもたっぷりといただきました。いつ来ても花月は安定の美味しさです。本日も一食目が夕方となってしまいましたが、栄養補給完了、明日は千葉県の出張買取頑張ります!

東京都文京区小石川にて、桐箪笥、お着物、お茶道具、万代草山の茶壷、八木澤啓造の煤竹通い筒。

 

東京都文京区小石川にて、桐箪笥、着物、茶道具、洛東 万代草山の茶壷、竹工芸の名工 八木澤啓造の煤竹通い筒をお売りいただきました。

年末整理とのことでお呼びいただきました。使わずにしまったままになっていた。お着物やお茶道具などを、今年の年末整理で処分されることとなり、お呼びくださりました。万代 草山(まんだい そうざん)は1935年生まれ(昭和10年)はの京焼の陶芸家。茶入、茶壷、飾り壷などを数多く作られていらっしゃいます。茶壺(ちゃつぼ)とは、石臼で擂りつぶす前の抹茶、すなわち碾茶(葉茶)を保管するために用いられる陶器製の壺(葉茶壺)のことで、古くは抹茶を入れる茶入を「小壺」と呼んだことに対して大壺とも呼ばれました。通い筒は、切り花を持ち運ぶために作られた竹筒のことで、送り筒とも言われます。寸動に切った竹に、藤蔓の手提げ緒が付けられた物。煤竹(すすだけ)とは、古い藁葺き屋根民家の屋根裏や天井からとれる竹のことで、100年から200年以上という永い年月をかけ、囲炉裏の煙で燻されて自然についた独特の茶褐色や飴色に変色しているのが特徴。煙が直接当たっている部分は色濃く変色しているが、縄などが巻かれて直接煙が当たらなかった部分は変色が薄く、ゆえに1本の竹に濃淡が出て美しい表情をもっております。良いお道具をお譲りくださり有難うございました。
六角堂では、裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりにお伺いし、査定させていただきます。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。お客様にご満足いただけるよう、頑張ります!
画像の柚子は我が家の庭になったものですが、朝見ると何やらボコボコしてきました。突然変異でしょうか。冬至の柚子風呂が待ち遠しいです。もつ鍋は昨夜志木市場の忘年会に参加していただいたもの。中野駅の和民さんでいただきました。とっても美味しかったです。

八木澤啓造(やぎさわけいぞう)
1927年 10月11日生 大田原市に生まれる
1947年 黒羽町の竹工芸作家鈴木峯斎氏に師事、大田原市に「矢木澤竹工房」を設立
1949年 八木澤蒼幵を名のる 昭和50年蒼幵改め啓造、八木澤竹工房設立、現在に至る
1975年 八木澤竹芸研究会を主催し、竹細工を指導する、日本工芸会より日本工芸会正会員に認定される
1981年 大田原地域職業訓練センターの設立と同時に理事に就任、併せて職業講座竹工芸科の講師となる。栃木県技能検定試験首席検定員(竹工芸)
1982年 第33回全国植樹祭(栃木県開催)において、陛下のお手蒔き会場並びに御宿泊の部屋に盛籠「向日葵」を出品し天覧の栄を賜る
1985年 アメリカ合衆国シアトル市名誉市民、NHK文化センター竹工芸講師を6年間努める、業務精勤により黄綬褒章受賞
1986年 この年から毎年、中国に於いて技術指導を行う(河南省洛陽市、福建省長汀県)
1987年 栃木県警察本部長より天機奉伺の献上,果物籠永年製作により感謝状を受ける
1989年 栃木県文化功労者、栃木県教育委員会より表彰を受ける
1991年 労働関係の功績で勲六等瑞宝章受賞、中華人民共和国河南省洛陽市洛寧県栄誉賞を受ける
2006年 8月9日永眠されました。

東京都武蔵野市にて、茶箪笥、玉川堂の亀甲文 銅製茶器揃、博多織草木染日野間道の帯や着物など。

東京都武蔵野市にて、茶箪笥、玉川堂の亀甲文 銅製茶器揃(急須・建水・茶筒)、博多織草木染日野間道の帯や着物などをお売りいただきました。

今年もいよいよ残り一か月。早くも師走となりました。古物業界もお客様の年末整理で忙しくなる時期です。11月は比較的安定しておりましたが、後半頃からご予約が入り始めております。六角堂は年内休まずに出張、出張、出張買取の日々を送ります!本日は、武蔵野市へお引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。引越し先にお荷物が収納できなくなるとの事で、仕方なくご処分されるとの事、どなたかにお使い頂ければとお呼びくださりました。茶箪笥、玉川堂の亀甲文 銅製茶器揃、博多織草木染日野間道の帯や着物など、六角堂の得意アイテムが多々ございました。一点一点丁寧に査定し、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。玉川堂の亀甲文銅製茶器揃は、急須・建水・茶筒のセットで、どれも未使用、付属品も揃っており保管状態も良かったです。茶箪笥はタモ材の時代水屋。多少痛みのあるものの、良いお品ですので買い受けました。博多織草木染日野間道の帯は少々古いもので、若干シミ汚れがございましたが、良いお着物ですので買取させていただきました。思い出のお品々、大事に次へと繋げさせていただきます。お忙しい中、ご指名くださり有難うございました。
帰宅後、家族でふじみ野市にある「ホルモン 賢」へ行きました。寒くなりましたので、温かいお鍋が食べたいとの事で、わたくしの大好物もつ鍋を食べようということになりました。炭火七輪でいただくカルビやホルモン、白味噌ベースで、甘辛く・コクが深い、大振りのもつとたっぷり野菜のもつ鍋。どれも美味しく、お腹いっぱいになりました。栄養付けて、年内頑張ります!

日野間道(ひのかんどう)
日野という名称は茶道を利休に学んだ権大納言(ごんだいなごん)日野輝資(ひのてるすけ)の愛用裂と伝えられ、日野肩衝(かたつき)とともに著名である。間道は一般的に堅縞と思われているが、本歌の片側には織り耳があり、段文様であることがわかる。経、緯の地糸には白茶色の撚りの強い細い木綿糸を用い、絵緯波、樺茶(かばちゃ)、蘇芳(すおう)、薄紅色を用いている。
平組織の打ち込みが荒く透けるガーゼ状の段と、絹の色緯は経二本ずつ浮かせて打ち込みを密にし、さらに経緯ともよろける効果を出している。よろけ織りは他の名物裂には見られず、織り方糸使いに特徴があり、色彩も異国的で、極めて美しい裂である。
間道は「かんどう」とも「かんとう」とも「かんとん」とも発音され、漢東・漢島・広東・などとも書かれる。インド方面の織物を祖とし、広東方面に伝播し、ここを貿易港としたことから広東、漢東などの呼称が起こったものと思われ、間道はその当て字ということになる。一般に縞織物を指している。茶入れの仕覆に用いられたのは古く、会記面では緞子や金襴に先行し、そして金襴や緞子が重宝されるようになっても、間道の派手さ、渋味、美しい新鮮さを持つ織物は茶人の心を魅了し続けている。

東京都中野区弥生町にて、博古堂の鎌倉彫古鏡式盆、島倉堂の鎚起銅製急須、本塩沢単衣着物など。

    

東京都中野区弥生町にて、博古堂後藤齋宮作 鎌倉彫古鏡式盆、島倉堂の鎚起銅製急須、本塩沢紬単衣などのお着物をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。解体で多くのものを処分してしまうので、少しでも再利用していただける物があればとのことでお呼びいただきました。古い贈答品の中から、鎌倉彫の盆を発見させていただきました。博古堂の作品は、我々古物業界でも有名な鎌倉彫の会社。博古堂後藤齋宮(いつき)の作でした。明治42年に作られた、古鏡式雀と花枝図の盆、とても雰囲気ある名品でした。鎌倉時代から佛師を家業として代々受け継がれてきた後藤家。26代後藤齋宮(いつき)は明治の変革期に際して、造佛から鎌倉彫へ目を向け、美術工芸品としての新しい境地を拓きました。博古堂は明治33年(1900年)、鎌倉市にある鶴岡八幡宮鳥居脇に店舗を構え、使うことを考慮した後藤彫りと彫刻を引き立て堅牢な幹口塗り(ひくちぬり)を考案しました。鎌倉彫で名門中の名門になります。お売りいただきました後藤斎宮の丸盆は、古い時代に作られた作品とは思えないほど、しっかりと漆が残っており、多少の傷はございましたが、美術品価値や鎌倉彫の資料としての価値もございましたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。六角堂では、博古堂の作品を強化買取りしております。後藤齋宮(いつき1838~1908)をはじめ、子の後藤運久(1868~1947)、孫の後藤俊太郎(1923〜2006)、当代の後藤圭子の作品全て買い取り対象となっております。他にも、島倉堂の鎚起銅製急須、こちらは持ち手、摘みが唐木でつくられており、使用感あるものの良いお品でした。お着物は、本塩沢単衣着物をはじめ、留袖、訪問着、帯など、古いものでしたが良いお着物でしたので全て買い受けさせていただきました。多くのお品を処分せず次の方に橋渡しできるので、お客様にお喜びいただきました。お忙しい中、当社をご指名くださり有難うございました。
今日は志木市場の開催日でしたので、帰りに市場へ寄り今夜もまたみんなで食事をしました。いつも行く「大島屋食堂」で、北海づくし丼や牡蠣グラタンなどをいただきました。「大島屋食堂」はメニューが豊富で、いつ来ても飽きません。美味しかったです♪

東京都豊島区にて、桐たんす、西村松雲の棗、昭一、清山作輪島塗茶杓、仲田錦玉の香合。

東京都豊島区高松にて、桐たんす、加賀蒔絵師西村松雲の柳蒔絵棗、昭一、清山作輪島塗の茶杓、九谷焼の名工仲田錦玉の青粒唐草紋香合などのお茶道具をお売りいただきました。

本日は午前中練馬区の業者様のところへ銀製品、茶道具、掛け軸などをまとめて買い取らせていただきました。いつもお呼びいただき有難うございます。量がたくさんございましたので、仕分けが終わり次第ご紹介させていただきたいともいます。午後は豊島区へお片付け整理にて出張買取させていただきました。これからの時期、年末のお片付けでお呼びいただくことが多くなりそうです。年明けに内装リフォームをされるようで、桐たんすやお母様が使われていたお茶道具をご処分されたいとのことでお伺いしました。棗や茶杓は金蒔絵が素晴らしいお道具でした。九谷焼の人気作家、仲田錦玉の香合は、暗い中での買取りでしたのではじめ気付きませんでしたが、明るい所で確認してみると蓋に割れによる直しがございました。良いお品だけにとてももったいなかったです。仲田錦玉は、明治時代末か大正時代初め頃から受け継がれている「青粒(あおちぶ)技法」の第一人者。作品には従来の青粒のものと、錦玉氏によってつくられた渦文・青海波文とがあります。 青粒・白粒と金盛の技術を使い、立体感あふれる見事な作品です。普通の青粒は、不規則な位置に粒が打たれておりますが、錦玉氏は渦状に粒を打たれるので、立体感や風格が違います。その粒の大きさ、色、間隔の均一さは、まさに神業といわれております。三代にわたりこの画風を継承し日々精進を続けておられます。他にも茶碗や水指などのお茶道具を全て買い受けさせていただきました。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。
六角堂では、徳田八十吉、吉田美統、福島武山、武腰潤、仲田錦玉、中田一於、北村隆、田村金星、田村敬星、松本佐吉、浅蔵五十吉、三ツ井為吉、北出塔次郎、北出不二雄、見附正康などの九谷焼人気作家の買取りを強化しております。ご不要の九谷焼製品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

仲田錦玉(なかたきんぎょく)
昭和21年 初代錦玉が石川県小松市にて開窯。皇太子殿下、妃殿下金沢ご来訪の折に両殿下使用の茶器を製作する。
昭和60年 中田信之、2代錦玉を襲名。
昭和63年 九谷焼技法最高賞。
平成6年  伝統工芸士認定。
平成9年  国際色絵陶磁器展 入選、日本伝統工芸展 初入選。
平成13年 日本伝統工芸展 入選、日本工芸会正会員認定。
平成20年 アメリカ、ニューヨーク日本クラブにて個展開催。
平成25年 中田勝彦、3代錦玉を襲名。
平成26年 伝統九谷焼工芸展 入選。
平成28年 伝統工芸士認定