カテゴリー別アーカイブ: 茶道具

東京都立川市にて、釜師 菊地政光の姥口釜、花梨瘤の花台など。

本日は三件の出張買取。一件目は立川市にて、お着物などの買取りでした。以前出張買取させていただいたお客様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理。不要となったお着物、贈答品などをお売りいただきました。二件目は、あきる野市へ向かいました。こちらでは、お着物を買い取らせていただきました。シミが多く出てしまっておりましたが、振袖など全て買い受けさせていただきました。途中雨が降ってきましたが、駐車スペースをご用意くださいましたので、雨に濡らさずに運び終えることが出来ました。三件目はまた立川市に戻り、和家具やお茶道具などを買い取らせていただきました。お茶道具はお稽古用のものでしたが、茶碗や水指、棗などがございました。釜は菊地政光の姥口釜。菊地政光は山形鉄器の釜師で、釜や鉄瓶などをたくさん作られており、当社でもよく取り扱う作家さんです。花梨の花台は、瘤の見事なものでした。本日も色々なものを買い取らせていただきましたが、お客様それぞれの思い出のお品、大切に次へと繋げさせていただきます。有難うございました。
昼食は、東京都西多摩郡檜原村にある「玄庵檜原」さんへと寄りました。二件目にお伺いしたあきる野市のお客様宅から近所にあるお店で、おいしそうなお店を探しておりましたら見つけることが出来ました。古物商好みの雰囲気の良いお店。わたしはごぼう天そばをいただきました。手打ちのおそばで、コシがありとても美味しかったです。天ぷらも揚げたてでとても良かったです。外は秋川の絶景、マイナスイオンをたっぷりいただきましたので、明日からも頑張れそうです。

菊地政光
昭和13年生まれ 日本工芸会正会員  日本伝統工芸士
奥州山形鋳物の伝統を受け継ぐとともに、常に新しい時代の感覚を取り入れ、日本伝統工芸展などに出品し、数多く受賞しております。
“みやび“な茶の湯釜の創作に、日々精進を続けています。
茶釜師:人毛国宝である高橋敬典氏の工房で修行
昭和48年独立,菊地政光工房を立ち上げる。
その後,数々の入選や受賞を重ね,平成3年には山形市技能功労賞を受賞。
平成5年に朝日新聞社賞を受賞。

東京都足立区千住柳町にて、時代和箪笥、純銀製の酒器や茶道具一式。

東京都足立区千住柳町にて、時代和たんす、純銀製の酒器や茶道具一式をお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お母様が、生前大切にされていた和たんすや茶道具などを処分されたいとの事でお呼びいただきました。お茶道具は、茶碗、水差 、棗、茶入、香合、花入、茶杓、菓子皿などが一式ございました。長年しまわれていたお茶道具は、お稽古用のものですが、当社強化買取りアイテムですので、全て買い取らせていただきました。箱などのないものが多くございましたが、こちらも全て買い受けさせていただきました。茶道具の他にも純銀製のちろりや盃などの酒器を買い取らせていただきました。お母様の思い出のお品、当社で責任もって次へと繋げさせていただきます。有難うございました。
六角堂では、裏千家、表千家、武者小路千家、裏千家久田家、表千家堀内家、藪内家、遠州流、宗偏流、松尾流、江戸千家、大日本茶道学会などのお道具、作家物からお稽古用まで、お茶道具に関して幅広く取り扱っております。お茶道具の専門スタッフか、お見積もりにお伺いし、査定させていただきます。ご不要になりましたお茶道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。お客様にご満足いただけるよう、頑張らせていただきます!
今日のランチは、足立市場に入っている、「徳田屋食堂」さんへと行きました。昨年、A堂のT橋さんに連れて来ていただき、とても美味しかったのでまた寄らせていただきました。今回は特盛豪華海鮮丼を注文。10種以上の海の幸がふんだんに盛り込まれておりました。市場食堂ですのでネタが新鮮、ボリューム満点、とっても美味しかったです。また寄らせていただきます。

東京都世田谷区経堂にて、長火鉢、菊地政光の鉄瓶、銀製ヨットなど。

本日は、四件の出張買取。一件目は東京都文京区小石川へ、お片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物や長火鉢、硯や油彩画などを買い取らせていただきました。ずいぶんと前にご予約いただきましたが、お時間が合いようやくお伺いすることが出来ました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきますね。有難うございました。二件目は、世田谷区経堂にて、長火鉢、菊地政光の鉄瓶、銀製ヨットの置物などを買い取らせていただきました。菊地政光は山形鉄器の釜師で、鉄瓶や釜などをたくさん作られており、当社でもよく取り扱う作家さんです。本日お売りいただいた鉄瓶は、雨龍文に斑紫銅蓋の雰囲気良い鉄瓶。良いお品をお売りいただき有難うございました。三件目は、杉並区上高井戸へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、たくさんのお着物をお売りいただきました。そのほとんどが、高級呉服店である「越後屋」さんのタトウ紙に包まれておりました。お勤めされていた頃、お給料日にはいつも越後屋さんへと足を運び、お着物を買われていたという思い出話をしていただきました。丈が短かったのが残念でしたが、大変良いものでしたので全て買い受けさせていただきました。お客様の大事な思い出のお着物、当社で責任もって大切に次へと橋渡しさせていただきます。素敵なお着物たち、きっと次に良い出会いをされることと思います。ありがとうございました。四件目は、文京区関口へ出張買取。本日一件目に続いて、もう一度文京区へと戻りました。こちらのお客様は、昨年に二度ほどお伺いした大切なお客様。以前は、桐たんすやお着物、掛け軸などを買い取らせていただき巻いた。今回は、別宅のお荷物を整理したいとの事で、ブランドお洋服や贈答品、リサイクル品などをたくさん買い取らせていただきました。昨年同様、お元気そうで良かったです。また何かありましたら、いつでもご用命ください。有難うございました。
本日の昼食は、いつも寄らせていただいている世田谷区の「長浜ラーメン」さんへと寄りました。普段は必ず替え玉をさせていただいておりますが、本日はあとに二件買取が控えておりましたので、我慢させていただきました。次は、出張買い取り終了後に寄り、がっつりと替え玉いただきたいと思います。今日もとても美味しかったです。

菊地政光
昭和13年生まれ
茶釜師:人毛国宝である高橋敬典氏の工房で修行
昭和48年独立,菊地政光工房を立ち上げる。
その後,数々の入選や受賞を重ね,平成3年には山形市技能功労賞を受賞。
平成5年に朝日新聞社賞を受賞。
国指定伝統工芸士
40年以上の長い作歴を誇り,いまなお茶釜製作の先頭に立ち製作に励みます。
奥州山形鋳物の伝統を受け継ぐとともに、常に新しい時代の感覚を取り入れ、
みやびある茶の湯釜をと日々精進を続け、日本伝統工芸展へ出品、入選を重ねております。

東京都中央区日本橋小舟町にて、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器。

東京都中央区日本橋小舟町にて、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器揃、茶壷などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、長火鉢、龍文堂造(安之助花押入り)鉄瓶、備前焼の茶器揃、茶壷などをお売りいただきました。長火鉢は、縁に黒柿を使用した欅材の関東長火鉢、同じく欅材の関西長火鉢の二点。関東長火鉢とは、角火鉢の右側に引き出しのある袖机を一体化した、直方体の火鉢です。五徳上の鉄瓶、銅壺の中でのお燗。癒しと和の典型的な風情を醸し出す火鉢です。関西長火鉢とは、長方形角火鉢の四辺に10cm前後の張が付いた火鉢です。この張にお皿、湯のみ、お燗などの食器が置け、数人で軽食などがいただける、輪と団欒が楽しめる火鉢です。運び出しやすいようにと、前もって灰を抜いてくださりました。お気遣い感謝いたします。鉄瓶は、龍文堂造の二点。一点は鬼霰紋に宣徳銅の蓋。蓋裏に安之助の花押が付いております。もう一点は、道安形の鉄瓶で斑紫銅蓋が付いております。茶器揃えは備前焼のもので、煎茶碗五客、湯冷し、急須のセット。茶壷は備陶森製葛尾の銘がございます。全て共箱などの付属品はありませんでしたが、当社で買い取りを強化している煎茶道具でしたので、全て買い受けさせていただきました。他にも、欅材のちゃぶ台などをお売りいただきました。古き良き時代の家具、お道具をお売りいただき、ありがとうございました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。
帰りに「とんでん」さんへと寄り、天丼をいただきました。今日は久々に麺抜きの一日でした。麺も美味しいですが、やはりお米も美味しいです。炭水化物ダイエット、わたしには出来ませんね。まだまだ出張買取の日々が続きます。たくさん栄養付けてがんばります!!

東京都八王子市で、芹澤保親の因久山焼 ぐい呑、岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗。

 

東京都八王子市で、因久山焼 七代芹澤保親のぐい呑、塗師岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗などのお茶道具をお売りいただきました。

本日は三件の出張買取、一件の出張見積もりで、ハードな一日でした。一件目は、ブランドリサイクルの業者様のご紹介で、埼玉県さいたま市緑区へお邪魔しました。ペルシャ絨毯8枚、竹久夢二の版画、水晶の五重塔置物、有田焼の陶板額、輪島塗香炉など、たくさんのお品を見積もらせていただきました。ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。二件目は遠く離れて八王子市へ伺いました。こちらでは、芹澤保親の因久山焼 ぐい呑、岡本陽斎の光琳波蒔絵黒中棗の他、鉄瓶や茶碗、水指などのお茶道具、桐箪笥を買い取らせていただきました。お母様の遺品整理とのこと、お母様の大切にされていたお道具、大事に次へと繋げさせていただきます。三件目も八王子市へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、中国の掛軸、書額、書道具、お着物などをお売りいただきました。昔中国でお仕事をされていたようで、出張へ行く度にいただいていたようです。工芸品が多くございましたが、人気の中国書画、全て買い受けさせていただきました。たくさんのお品をお売りいただきありがとうございました。四件目は、小平市へお伺いしました。こちらでは、お着物、古銭、記念メダルや切手などをお売りいただきました。ずいぶんと前にご予約いただき、ようやくお時間が合いお邪魔することが出来ました。ご家族の思い出のお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。
今日は、さいたま市から八王子市へ向かう途中に「とんから亭 川口道合店」さんへと寄りました。大好物のカツ丼をいただいたのですが、こちらのお店はカレーの食べ放題が付いており、とても満腹になりました。初めて行くお店でしたが、とても良かったです。帰りは夜となってしまいましたが、所沢市にある「優勝軒」さんへと寄りました。ここ数日の間、一日一麺が続いております。きっと明日も麺を食べるかと思います。本日もハードスケジュールを終えることが出来ましたが、明日からもたくさんのご予約をいただいておりますので、体調管理をしっかりとして頑張ります!

因久山焼(いんきゅうざんやき)
鳥取県八頭郡八頭町(旧・郡家町)にて焼かれる陶器。
歴史は非常に古く、奈良時代から窯場が開かれていたと伝えられる。名は窯元が置かれていた久能寺の山号である因久山に因み、池田藩より名を拝領した。江戸時代の明和年間に、京の陶工、六兵衛が御室焼の技術を伝えたのが草創とされる。以後は池田藩の御用窯として庇護され、発展を遂げた。寛政年間には信楽から陶工を呼び、技術を採り入れている。現在は窯元こそ一つしか残っていないが、一度も廃窯することなく、連綿と技法が受け継がれている。
因久山焼の特徴は、多彩な釉薬にある。原料の粘土は鉄分を多く含むために、素地はくすんだ赤褐色気味だが、藁灰釉、辰砂釉などを用いることにより、格調高い意匠となる。特に御室焼の流れを汲んでいるために、華道の花瓶や一輪挿しなどに名器が多い。

岡本陽斎(おかもとようさい)
昭和7年京都生まれ。棗、茶器等、茶道具を中心に製作を続けられる塗師で、工房は石川県中山町にある。

東京都国分寺市にて、桐箪笥、着物、人間国宝十代三輪休雪(休和)の萩焼花入。

東京都国分寺市にて、桐箪笥、着物、重要無形文化財十代三輪休雪(休和)の萩焼花入をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。桐たんすやお着物の他、贈答品、人間国宝十代三輪休雪(休和)の萩焼花入をお売りいただきました。三輪休雪の花入の底にクッション材が貼りついた状態で保管されておりました。飾り棚で飾っていた頃に、貼られたようです。こちらで綺麗に剥がしますので、査定を減額することなくお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。休雪作品は、市場でも人気があり、当社でも買い取りを強化しております。良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日は一件のみの出張でしたので、早めに帰宅して家族で近所にある中華料理屋「珍来」さんへと行きました。好物の麻婆豆腐、餃子、とても美味しかったです。明日は三件の出張買取。ハードな一日になりそうですが、頑張ります!!

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼の買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。
三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚
三輪休雪(みわ きゅうせつ)は山口県萩市の萩焼窯元・三輪窯の当主が代々襲名している名跡。当代は第12代。三輪窯は江戸時代に起こったと言われ由緒ある窯元。三輪窯の当主の時は休雪を名乗り、隠居後、隠居した上での号を名乗る。10代三輪休和、11代三輪壽雪は人間国宝に指定されております。

10代 三輪休雪(休和)1895(明治28)年~1981(昭和56)年
十代三輪休雪は九代三輪雪堂の次男として山口県萩市に生まれる。
本名は邦廣、号を休雪(襲名後)・休和(隠居後)といいます。
1895年 山口県萩市で生まれる。
1910年 祖父の八代三輪休雪(雪山)、父の九代三輪休雪(雪堂)に師事。
1927年 十代休雪を襲名する。
1942年 川喜田半泥子、金重陶陽、荒川豊蔵らと「からひね会」を結成する。
1955年 通産省「全日本産業工芸展」会長賞受賞。
1956年 山口県指定無形文化財保持者。第3回日本伝統工芸展初入選。
1967年 弟が十一代休雪を襲名し、自らは休和と名乗る。
1970年 紫綬褒章受章、重要無形文化財「萩焼」保持者(人間国宝)に認定。
1973年 勲四等旭日小綬章を受賞。
1981年 10月24日没。86歳。

神奈川県横浜市金沢区にて、お茶道具、篠原如雪の銘々皿、林虎男の茶碗など。

神奈川県横浜市金沢区にて、茶道具、篠原如雪の銘々皿、林虎男の茶碗、花入、掛軸などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。人気漆芸家篠原如雪の銘々皿、陶芸家林虎男の黄瀬戸茶碗、黄瀬戸銅紐茶碗、志野花入、掛軸(茶掛け、日本画)などをお売りいただきました。次回、お着物を処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご指名いただき有難うございました。帰りに金沢区富岡東にある「和食のさと 富岡店」さんへ寄りました。期間限定の「桜海老のかき揚げ天丼セット」いただきました。好物のかき揚げにホタルイカ、とても美味しかったです。明日は東京都国分寺市へ出張買取、頑張ります!

篠原如雪(しのはらじょせつ)1919〜2007
大正8年 福岡県に生まれる
昭和8年 木彫漆作家鎌田稼堂に師事する。
昭和32年 日本伝統工芸展漆芸部で初入選する。
昭和38年 木竹部において初入選する。
昭和52年 古美術研究の為、東南アジア、ヨーロッパ各国を巡遊する。
昭和59年 作家生活50年を記念して『如雪作品集』(篠原傑 1984)を出版。
昭和61年 国際芸術文化賞を受賞する。
日本伝統工芸展連続入選、日本伝統工芸会正会員、日本伝統工芸展監査委員、伝統工芸木竹部実行委員

林虎男(はやしとらお)大正15年生。
岐阜県に生まれる。
県無形文化財指定の陶芸家林景正の三男。
愛知県春日井市のガラス工場に18年勤めたのち、作陶生活に。
日本茶華器美術工芸展などで入選。個展を中心に活動。
美濃陶芸協会会員。
土岐市泉町久尻 乙塚窯。

東京都板橋区にて、和箪笥、お茶道具、鈴木表朔の香合、龍文堂造の鉄瓶。

 

東京都板橋区徳丸にて、和箪笥、お茶道具、龍文堂造の霰鉄瓶、桂離宮の古材で造られた二代鈴木表朔の桜蒔絵香合をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。和箪笥やお着物の他、お茶道具や掛け軸(茶掛け)などをお売りいただきました。龍文堂造の霰鉄瓶、桂離宮の古材で造られた二代鈴木表朔の桜蒔絵香合の他、茶碗、水指、建水、棗などのお道具を一式買い取らせていただきました。鈴木表朔(すずきひょうさく)は京都の代表的な塗師であります。鈴木家は表派(ひょうは)という塗師の系統にあり、表派初代の木村表斎(1817~1885)は、朱塗、真塗を得意とし,現代に続く京塗の伝統を形作られました。桂離宮(かつらりきゅう)は、京都市西京区にある八条宮家(桂宮家)の別荘で、江戸初期に八条宮智仁(としひと)親王が創建。親王の没後一時荒廃したが、その後幕府の援助で数次にわたり増築。回遊式庭園と数寄屋風書院が有名であります。思い出のお道具たち、六角堂で大事に次へと橋渡しさせていただきます。古き良き時代のお道具をお売りいただき、ありがとうございました。
帰りに埼玉県富士見市のららぽーと富士見にある、「つじ田」さんへ寄り、濃厚らーめんをいただきました。豚骨、比内地鶏の鶏がら、魚介、野菜などを煮こんだ特製の濃厚スープが癖になってしまいます。美味しかったです。明日は東京都品川区、文京区へ出張買取、頑張ります!

二代 鈴木表朔(すずきひょうさく) 1905-1991
1905(明治38)京都生まれ。本名は貞次。俳号貞路。父・表朔の元で漆塗りの技法を学ぶ。
1926(大正15)年、21才の時に、聖徳太子奉賛展入選を果たしたのを皮切りに、創作活動を開始する。
1934(昭和9)には、流型派工芸展に出品。美術の新潮流に反応した作品を制作した。
その後、京展入賞、帝展、文展などに出品を続け、1937(昭和12)年、32の時に、パリ万国博銀賞を受賞する。
昭和53(1978)年、73才の時に、「現代の工芸作家展」出品、「漆と共に50年」記念個展を開催、1981(昭和56)には、古希記念個展を京都高島屋で開催した。
1991(平成3)年逝去。

東京都江東区にて、桐たんす、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須。

 

東京都江東区有明にて、桐タンス、岩谷堂箪笥の帳場箪笥、菊地保寿堂の和鉄急須をお売りいただきました。

連日の出張買取で多忙だったため、一週間のお休みをいただき家族サービスなどをさせていただきました。その間、買取事例の更新が出来ず、大変申し訳ございませんでした。この間もたくさんの出張買取をさせていただいていたようで、ありがとうございました。倉庫にたくさんのお道具が貯まっており、ビックリしました。いずれ商品の詳細などを、こちらで更新させていただきたいと思います。
久々の出張買取は、江東区へお引越しの荷物整理でお呼びいただきました。お引越しするにあたって、和家具が邪魔となってしまったようです。お売りいただきました帳場箪笥(ちょうばたんす)は、当社で買い取りを強化している岩谷堂箪笥のもの。帳場箪笥は、商家や旅館の商いの中で使われ、最も人目につきやすい家具でもあった為、お店の看板ともいえる存在でした。帳場箪笥は、江戸時代より商売に必要な書類や印鑑、金銭などを入れておく、いわば金庫として使われておりました。人目のつく場所に置かれることが多く、他のタンスに比べると装飾にこだわった素晴らしい造りのものが多くございます。帳場箪笥は、金庫として使われていたため、からくりがあったり堅牢な造りをしているものが多くございます。このような歴史あるたんすと民芸家具の最高峰「岩谷堂箪笥」がコラボしたタンスはやはりかっこいいです。多少イタミやヤケなどございましたが、当社強化買取り商品でしたので精一杯の査定額で買い取らせていただきました。他にも菊地保寿堂の和鉄急須などをお売りいただきました。真鍮製の摘みの形が可愛らしい急須です。良い和家具にお道具など、お売りいただき有難うございました。
久々の出勤でしたので、帰宅後に仕事の仲間たちと合流し「大島屋食堂」さんへと夕食へ行きました。久々仲間たちと食べる食事は美味しかったです。みんなで色々なものをつまめるので、一層美味しくいただけました。明日は東京都目黒区へ出張買取。頑張ります!

東京都渋谷区幡ヶ谷にて、お茶道具、民芸家具、文京区小石川にて、お着物など。

東京都渋谷区幡ヶ谷にて、お茶道具、民芸家具、文京区小石川にて、お着物などをお売りいただきました。

本日は、二件の出張買取。一件目は、業者様のご紹介で、リフォーム前のお片付け整理でお呼びいただきました。一年近く前にお呼びいただいた業者様で、久しぶりにお会いすることが出来ました。お客様のお母様がお茶やお花の教室の先生をしておりましたので、お稽古用のものからたくさんのお道具がございました。一度他の骨董屋さんが入ったようですが、まだまだ査定の付くお道具がたくさん残っておりました。画像の中村秋峰の乾山写し蕪絵茶碗、三代森岡嘉祥の祥瑞呉須絵鉢、伊賀うずくまる(掛花入)の他、釜、鉄瓶、香合、蓋置、建水、掛軸(茶掛け)などのお道具をまとめて買い受けさせていただきました。また、茶箪笥、アンティーク家具なども併せてお売りいただきました。たくさんのお道具や家具をお売りいただき、ありがとうございました。二件目は、文京区小石川へ、不動産業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。昨日ご連絡いただき、解体前までの日程があまり残っていないとのことでしたので、本日お伺いさせていただきました。はじめてお呼びいただく業者様でしたが、終始ご丁寧にご対応いただきました。有難うございました。こちらでは、たくさんのお着物や、贈答品などをお売りいただきました。踊りをされていたようで、踊り用のお着物がたくさんございました。他にも、お客様のお母様のお着物など、画像に写っている倍近くのお着物をトラックいっぱい、まとめて買い取らせていただきました。今回は、当社のご指名ありがとうございました。また何かありましたら、六角堂をご指名ください。
画像の桜は、渋谷区幡ヶ谷へ向かう途中、都内の桜、豊島区南大塚の南大塚さくらまつり。今日の桜も綺麗でした。倉庫へ戻る途中、南大塚にある「麺屋 帝旺」さんへ寄りました。油そばで有名なお店のようですが、わたしは大好物の味噌らーめんをいただきました。辛めのスープがとても美味しかったです。また寄りたいと思います。

三代 中村秋峰(なかむらしゅうほう)
京都生まれの人気陶芸家。現代的仁清風・乾山風として自分好みの絵付けをした作品は高く評価されています。
1947年 京都府で生まれる
1966年 京都府立伏見工業高等学校窯業科を卒業し、父のもとで修業をする
1983年 第5回京焼・清水焼展で京都市長賞を受賞する
1985年 京都市姉妹都市中国西安市へ作品を寄贈する
1990年 第33回上絵陶芸展で京都陶器協会理事賞を受賞する
1994年 京焼・清水焼伝統工芸士に認定される
2002年 近畿経済産業局長より伝統的工芸品産業功労者表彰を受賞する
2006年 経済産業大臣より伝統工芸品産業功労者表彰を受賞する

三代 森岡嘉祥(もりおかかしょう)1937年(昭和12)~(現在)
京都市出身。
京都の窯元2代森岡嘉祥を父に持ち、五条坂に生まれ。
1956年に19歳で3代嘉祥を襲名。
以来、表千家家元ら多数の著名茶人らと親交を深め、伝統の上にも新しい感覚の茶陶制作を心掛けてその研鑽と追及を続け、主に個展を中心に作品を発表。
また中国や韓国の古窯跡を訪ねて、青磁や刷毛目、高麗を研究、近年では釉裏紅など、色鮮やかな釉薬発色を基調とした作品にも取り組む。
五条坂の窯のほか74年に山科に公害防止装置付登窯、98年に信楽に穴窯を築窯。