カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都文京区目白台、新宿区北新宿、新宿区四谷坂町にて、加茂桐たんす、庄内箪笥、絵画、掛け軸。

東京都文京区目白台にて庄内箪笥、和家具、エコーネスのソファ、絵画、洋食器、花瓶、新宿区北新宿にて古いカメラレンズ、掛け軸、栃材の花台、新宿区四谷坂町にて、加茂総桐箪笥、絵画、ジャズ、クラシックのレコード、CD、古いおもちゃ、尺八、書道具などをお譲りいただきました。

本日は朝より三件の出張買取、多忙な一日となりました。朝方には台風も去り、快晴の天気の中の出張となりました。一件目は先日お邪魔した文京区目白台のお客様。リフォーム前のお片付け整理で、先日積み残したお品の他、片付けの最中に追加で不要品が出たとの事でお呼びいただきました。数十年前に新潟県より持ってきた時代(明治期)庄内箪笥は以前お邪魔した際に閂(かんぬき)が見つからず、引き上げが出来ませんでしたが、我々が来るので探しておいてくださりました。作業途中、暑いからと冷茶をいただいたりお気遣いありがとうございました。リフォーム後にもまた何かございましたらお呼びください。二件目は新宿区北新宿にて、解体前のお片付け整理、古いカメラにレンズ、掛け軸数点、栃材の花台をお売りいただきました。栃材の花台は、虎杢が素敵な花台でした。経年汚れがなかなか落ちなかったので、後日クリーニングしようと思います。虎杢とは、虎の縞のような模様の杢をいいます。バイオリンや三味線などの楽器の材でよく使われております。先日リサイクル関係の業者を呼んだら何も買う物はないと帰られたようですが、当社では買取り出来るお品が多数ございました。お客様に、ご家族の思い出のお品を処分に出さず、リサイクルできることをお喜びいただけました。解体日まで残り僅かのようですが、お片付け頑張ってください。三件目は新宿区四谷坂町の出張買取。四谷坂町は新住所のようで、わたしの愛車ナビに住所が見当たらず、以前は坂町という住所だったようです。携帯で調べて無事到着。こちらは、加茂桐箪笥を処分したいとの事でお呼びいただきました。焼桐の整理箪笥、正面、天部にシミが出てしまっておりましたが、当社で強化買取りしている加茂箪笥でしたので、買い受けさせていただきました。他にも山口正人の油彩画「月のベニス」、佐藤昭三の日本画「尾瀬」、金工師 森豊一のブロンズレリーフ「朝追ひ」の他絵画数点、ジャズ、クラシックのレコード、CD、古いミニカーなどのおもちゃ、尺八、硯や墨などの書道具を買い受けさせていただきました。お父様の大切にされていたお道具達、大事に次へと繋げさせていただきます。玄関前までお荷物を運ぶ手伝いをしていただいたり有難うございました。本日は、家具の他、お道具の買い取りが多く、倉庫へと戻り仕分け作業をして先程帰宅しました。三件とも距離が近かったので移動距離が短いものの、一点一点丁寧に査定しておりますので、時間が掛かってしまいました。運び用の段ボール箱を増やすなどして、これから忙しくなる前に作業修正をしていこうと思います。明日も埼玉県内で二件の出張買取、頑張りたいと思います。それでは、今からようやく本日の一食目です(>_<)

山口正人(やまぐちまさと)
1934年 佐賀県唐津市に生まれる/ 1975年 二科展特選/ 1983年 ル・サロン会員となる/ 1991年 個展(新宿京王デパート)/ 1993年 個展(吉祥寺東急・千葉そごう・新宿小田急)/ 1994年 個展(横浜そごう・大宮そごう・吉祥寺東急)/ 1995年 個展(新宿小田急・柏そごう・吉祥寺東急)/ 1996年 個展(吉祥寺東急・横浜そごう)・春龍展出品20回 1997年 個展(大阪ギャラリー大井)/ 1998年 個展(船橋東武)/ 渡欧16回

佐藤昭三(さとうしょうぞう)
昭和3年福島県生まれ。加藤栄三に師事。日展入選多数。佳作賞1回。日春展入8回。美協賞1回。画院賞3回。現在,日展会友。

埼玉県新座市にて、屏風、お茶道具、県指定無形文化財 十三代坂田泥華造萩焼酒器セット

埼玉県新座市にて、屏風、茶道具、県指定無形文化財 13代坂田泥華造萩焼酒器セットをお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。当日のご依頼でしたが、ご近所でしたので即日お伺いさせていただきました。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。帰宅時に、わたしの大好きなラーメン雷豚 三芳店へ寄り、辛味噌ラーメンをいただきました。辛さを10段階から選ぶことが出来、今日はは4の大辛にしました。おかわり自由のネギをたくさん入れて、美味しくいただきました。辛味噌の辛さ、ネギの辛さがたまらなく癖になってます!!

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼の買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わせください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。
三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚
などの萩焼作家物を強化買取りしております。壺、花瓶、花器 、茶碗、茶器、香合、皿、鉢、酒器、ぐいのみ、徳利など、全て対象となります。萩焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

十三代 坂田泥華(泥珠) 1915(大正4)年~2010(平成22)年
13代坂田泥華(さかたでいか)は12代坂田泥華の長男として山口県長門市に生まれました。
本名を一平、号を天耳・泥珠といいます。
1933(昭和8)年、山口県立萩商業学校を卒業後、父に師事して家業に従事しました。
1950(昭和25)年、13代坂田泥華を襲名しました。
1962(昭和37)年、加藤土師萌の指導を受ける。
1964(昭和39)年、日本工芸会正会員となりました。
1965(昭和40)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1968(昭和43)年、山口県美術展審査員を委嘱されました。
1970(昭和45)年、中国文化賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
名古屋オリエンタル中村個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1974(昭和49)年、迎賓館に水指を納入しました。
山口県選奨(芸術文化功労)を受賞しました。
1975(昭和50)年、東京三越個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1976(昭和51)年、日本工芸会理事に就任しました。
1981(昭和56)年、紫綬褒章を受章しました。
1987(昭和62)年、勲四等旭日小綬章を受章しました。
1994(平成6)年、全国豊かな海づくり大会の際に山口県より天皇陛下献上の茶碗を制作しました。
2004(平成16)年に長男・慶造が早世した為に15代坂田泥華を追贈し、自らは「泥珠」と号しました。
2010(平成22)年、2月24日肺炎で死去。94歳没
井戸茶碗に深い感銘を受けて研鑽を重ね、他の追随を許さない「泥華井戸」と称される独自の豪快な作風を確立しました。
焼成時に釉薬を剥ぎ取る事により御本風の柔らかい斑文を表現した剥離釉等、新しい技法の開発にも取り組みました。
近代の萩焼を語る上で欠かす事のできない重鎮です。

東京都練馬区春日町にて、お着物、博多人形、立花大亀などの茶掛け(軸装)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉。

東京都練馬区春日町にて、着物、博多人形、立花大亀などの茶掛(掛け軸)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お父様、お母様が大事にされていた多くのお道具がございました。茶掛けは茶道をされていたお母様の遺品、お父様の遺品である陶芸作品は人間国宝をはじめ、人気作家のお品が多数ございました。陶芸作品がお好きだったとの事、人間国宝である十四代柿右衛門、島岡達三、中島宏、金城次郎などをはじめ、沈寿官、西岡小十、坂高麗左衛門、大樋長左衛門(大樋長楽)、玉置保夫、伊勢崎満、林正太郎、中里重利などなど、たくさんの名品がございました。一点一点、丁寧に説明し、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。今回は数点のみの買い取りでしたが、また次回お呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、遠路ご実家まで来てくださり有難うございました。また次回もお客様とわたしの故郷、練馬区について思い出話させて下さい。
昨日、わたしと同じ古物商の仲間たちから出張土産をいただきました。茨城県へ出張されたOさんからはスイートポテトタルトケーキ、静岡県へ出張されたYさんからは伊勢えび味噌汁、美味しくいただきます。有難うございました。
六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。

立花大亀(たちばな だいき)1899~2005
明治32年12月22日生まれ。臨済(りんざい)宗。大正10年出家。京都大徳寺塔頭(たっちゅう)の徳禅寺住職となる。大徳寺派宗務総長を2期つとめ,昭和38年最高顧問,48年大徳寺内に如意庵を復興して庵主となる。57-61年花園大学長。平成17年8月25日死去。105歳。大阪出身。堺市実業補習学校卒。著作に「度胸の据え方」「利休に帰れ」など。

十四代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1934(昭和9) – 2013(平成25)
陶芸家。酒井田家十四代。多摩美大卒。十二代・十三代に師事する。一水会委員。西部工芸会副幹事長。
重要無形文化財保持者(人間国宝、2001年7月12日認定。色絵磁器)、佐賀県陶芸協会会長、日本工芸会副理事長、および九産大大学院芸術研究科専任教授。

金城次郎(きんじょうじろう)1912年~2004年
那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1912年 沖縄県に生まれる
1925年 新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事
1946年 那覇市壷屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らに師事
1985年 人間国宝に認定、沖縄県功労賞受賞
1993年 勲四等瑞宝章受賞
2004年 死去

西岡小十(にしおかこじゅう)
1917年 佐賀県唐津市に生まれる
1945年 終戦を迎え日本に帰る
1950年 唐津に帰郷し、友人とともに色唐津の古窯址を訪れる。
1953年 古唐津を再現する為、古窯址の発掘を始める。
1960年 古窯址の発掘が縁となり、小山富士夫氏と知り合う。
1971年 小山冨士夫に指導され、割竹式登窯を唐津衣干山の頂に築いて独立。
1975年 初の個展と古唐津陶片展を姫路のデパートで開催。偶然来館した荒川豊藏に茶碗を求められる。
1981年 絵斑唐津の焼成復元に成功。小十窯を開く。
1983年 梅花皮唐津の復元に成功
1999年 石川県辰之口町に加賀唐津、辰之口窯を開窯。
2006年 逝去

十四代沈壽官(ちんじゅかん)1926(大正15)年生
14代沈壽官は13代沈壽官の長男として鹿児島県に生まれました。
本名を大迫恵吉といいます。
早稲田大学政経学部を卒業後は東京で代議士秘書を務めていましたが、
1961(昭和36)年から作陶生活に入りました。
1964(昭和39)年、14代沈壽官を襲名しました。
1973(昭和48)年、社会教育振興の功労により文化大臣感謝状を受賞しました。
1984(昭和59)年、文部大臣表彰を受賞しました。
1987(昭和62)年、地域文化功労賞文部大臣表彰(文化財保護功労)を受賞しました。
1989(平成元)年、大韓民国名誉総領事に任命されました。
1993(平成5)年、フランス国際陶芸ビエンナーレでフランス政府首相奨励賞を受賞しました。
大韓民国大田世界博覧会組織委員会長より感謝状を受賞しました。
鹿児島県民表彰を受けました。
1996(平成8)年、南日本文化賞を受賞しました。
1998(平成10)年、鹿児島県知事薩摩焼振興功労賞表彰を受賞しました。
1999(平成11)年、大韓民国銀冠文化勲章を受章しました。
名誉博士号を受けました。
2000(平成12)年、早稲田大学より芸術功労賞を受賞しました。
2003(平成15)年、大韓民国国済州道国際自由都市名誉弘報大使に就任しました。
2010(平成22)年、旭日小綬章を受章しました。
優美で気品に満ちた白薩摩、素朴で力強い黒薩摩、辰砂や鉄絵等も幅広く手掛け、
薩摩焼宗家としての名に相応しい創作活動を広く展開しています。
又、日韓の親善交流に果たした努力の数々は枚挙に遑がありません。
司馬遼太郎著『故郷忘じがたく候』のモデルとしても知られています。
司馬遼太郎によって井戸水が光る趣の「井光釉」と命名された独特の黒釉を開発し、
氏の芸術の特質を的確に言い表したものとして世に知られています。

東京都世田谷区世田谷にて、お茶道具、銀製品、人間国宝三代徳田八十吉(正彦銘)碧明釉花生。

 

東京都世田谷区世田谷にて、お茶道具、銀製品、人間国宝三代徳田八十吉(正彦銘)碧明釉鶴首花生をお譲りいただきました。

本日は三件、杉並区下高井戸、世田谷区世田谷、港区三田の出張買取でした。杉並区では、中国の書画、アンティーク家具を買い受けました。次回、中国の掛軸やお着物をお売りいただけるとのこと、お待ちしております。二件目は世田谷区、こちらは同業者のご紹介でお呼びいただきました。人間国宝三代徳田八十吉の襲名前作「碧明釉花生」をお売りいただきました。底裏に九谷正彦の銘がございます。残念ながら共箱などの付属品はありませんでしたが、人気作家で当社でも買取強化している作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。他にもカトラリーなどの銀食器をお譲りいただきました。三件目の港区三田へ向かう途中、渋谷区恵比寿にある「光麺 恵比寿店」へと寄り、秘伝焦がし黒ラー油担々麺、2種チャーシュー丼をいただきました。濃厚スープですので麺との絡み具合がとてもいいです。擦り胡麻がたくさん混ぜ込まれており、坦々麺らしい味わいです。ラー油もたっぷり目に入っていますが、決して激辛というわけではなく、ほどよい辛さでした。麺は多加水麺で、ツルっとした食感がいいです。チャーシュー丼もとても美味しかったです。カウンター席がお洒落で、さすが恵比寿ですね。また行きたくなるお店です。港区三田では、掛け軸や煎茶器などを買い受けさせていただきました。本日は三件の買い取りでしたが、東京都内の移動距離は短く、渋滞にさえはまらなければ一日五件くらい回れそうです。今日はいつもより道がすいていたので、夕方には市場や倉庫へ戻ることが出来ました。

六角堂では、人間国宝、作家物の陶芸作品を探しております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、ご処分される前に一度お問い合わせください。
たくさんのお問い合わせ、心よりお待ち申し上げます。
陶芸(人間国宝) 色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門 鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清 民芸陶器 - 濱田庄司 志野 - 荒川豊蔵 萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪) 備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵 染付 – 近藤悠三 白磁・青白磁 -塚本快示 琉球陶器 - 金城次郎 鉄絵 - 田村耕一 練上手 - 松井康成 白磁 - 井上萬二 三彩 - 加藤卓男 民芸陶器- 島岡達三 青磁 – 三浦小平二、中島宏 彩釉磁器 - 三代徳田八十吉 常滑焼(急須)-三代山田常山 釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統 無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

三代徳田八十吉(とくだやそきち) 1933年(昭和8)~2009年(平成21) 石川県小松市出身
1954年 祖父について絵付けなどの修業をはじめる
1963年 日展初入選
1971年 日本伝統工芸展NHK会長賞
1977年 同展で日本工芸会総裁賞
1986年 日本伝統工芸展で保持者選賞
1986年 三代徳田八十吉を襲名
1991年 日本陶芸展秩父宮賜杯
1993年 紫綬褒章
1994年 日本工芸会理事
1997年 重要無形文化財「彩釉磁器」保持者に認定

神奈川県横浜市中区にて、総桐箪笥、お着物、茶道具、二代奥川忠右衛門の白磁花瓶をお売りいただきました

神奈川県横浜市中区にて、総桐箪笥、お着物、茶道具、二代奥川忠右エ門の白磁花瓶をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。横浜中華街から近場でしたので、帰りに中華料理屋「天外天」さんへと寄らせていただきました。おすすめメニューの麻辣刀削麵といういかにも辛そうな麺を注文。名前以上の大辛麺でしたのでさすがにスープは飲めませんでしたが、刀削麺がとても美味しかったです。中華街へ来たら必ず寄らせていただいております横浜関帝廟へと本日も参拝しに行きました。今回もまた、人気の中国骨董品の買い取りが入るよう祈願させていただきました!新世界でパンダまんとマンゴープリンのお土産を買い、無事帰宅しました。

六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。
六角堂の強化買取陶芸作家は以下となります。
青木龍山・浅倉五十吉・荒川豊蔵・安東五・池順鐸・石黒宗麿・伊勢崎淳・伊勢崎満・板谷波山・井上萬二・今泉今右衛門・今井政之・岩田久利・隠崎隆一・宇野宗甕・浦上善次・永楽善五郎・大樋長左衛門・大塩昭山・大塩玉泉・大塩昭山・大塩正人・大塩正義・大樋年朗・大淵武則・岡部嶺男・岡部靖彦・小川長楽・小川裕起夫・奥田木白・尾西楽斎・隠崎隆一・各務満・加藤渓山・加藤光右衛門・加藤孝造・加藤卓男・金重陶陽・金子信彦・金重昇介・金重道明・金重素山・河井寛次郎・河合紀・河井武一・河合誓徳・河井透・河井久・河合紀・館林源右衛門・北大路魯山人・吉向十三軒・吉向翔平・吉向松月・木村盛和・清水六兵衛・金城次郎・楠部彌弌・久保木二朗・熊倉順吉・黒木国昭・鯉江良二・河野栄一・小山富士夫・近藤濶・近藤悠三・坂井岱山・酒井田柿右衛門・酒井田正・榊莫山・坂倉新兵衛・坂田泥華・三代徳田八十吉(正彦)・島岡達三・清水卯一・清水公照・清水潤・清水甫・清水保孝・新開寛山・杉田祥平・鈴木藏・須田青華・諏訪蘇山・高橋楽斎・田村耕一・帖佐美行・沈寿官・辻常陸・徳田八十吉・戸畑茂四郎・富本憲吉・豊場惺也・中里太郎右衛門・中島宏・中村晋也・バーナード リーチ・長谷川翠光・濱田晋作・濱田庄司・林正太郎・藤田喬平・藤本能道・藤原恭助・藤原啓・藤原敬介・藤原建・藤原雄・真葛香斎・松田正柏・松本勝哉・三浦竹軒・三浦竹泉・宮尾造(宮尾栄助)・三輪休雪・柳海剛・矢部篤郎・山田常山・山田光・山田正和・山本一洋・山本陶秀・横山尚人・吉田隆・吉田美統・吉田文之・由水常雄・柳海剛・加守田章二・加藤土師萌・加藤唐九郎・加藤壽明・楽吉左衛門・館林源右衛門・岩田藤七・宮下善爾・畦元紀秀・高橋道八・坂高麗左衛門・三輪雪堂・守屋弘斎・小川二楽・仁阿弥道八・塚本快示・辻村史朗・藤原敬介・徳田八十吉・八木一夫・和太守卑良

二代 奥川忠右衛門(おくがわちゅうえもん)
昭和6年、佐賀県有田町生まれ。父の初代・奥川忠右衛門(同39年、白磁の大型壷製作技術で選択無形文化財保持者・井上萬二の師匠)に師事する。同48年、日本工芸会正会員となる。同50年、二代忠右衛門を継承。日本伝統工芸展入選他

東京都立川市にて、総桐タンス、長火鉢、金沢桐漆工芸「桐峰」の金沢蒔絵桐花生、宝香斎?在銘輪島塗沈金蒔絵花器。

 

東京都立川市にて、総桐たんす、長火鉢、金沢桐工芸「桐峰」の金沢蒔絵桐花生、宝香斎?在銘輪島塗沈金蒔絵花器をお譲りいただきました。

六角堂では蒔絵などの漆芸作品の買取りに力を入れています。ご自宅にお持ちの蒔絵・漆芸作品について、売却をお考えの際はお気軽にご相談ください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。衝立や座卓、書棚、飾り棚などの蒔絵家具や印籠・棗・硯箱・手箱などのほか、椀・皿・お盆・屠蘇器・重箱など日用品にも価値のあるものが多くあります。蒔絵は日本はもちろん、海外にもコレクターの方が数多くいらっしゃいます。作者が不明のお品でも高額となる場合がございますので、気になるお品がございましたら、お気軽にお問い合わせください。蒔絵・漆芸作品に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定させていただきます。
以下が強化買取り蒔絵・加飾、漆芸作家となります。
高野松山、柴田是真、山本春正、原羊遊斎、神坂祐吉、植松包美、植松抱民、川之邊一朝、池田泰真、白山松哉、飯塚桃葉、沢田宗沢斎、松田権六、赤塚自得、大場松魚、寺井直次、田口善国、室瀬和美、中野孝一、音丸耕堂、前大峰、前史雄、三谷吾一、的場晃昌、磯井如真、磯井正美、太田儔、赤地友哉、増村益城、磯矢阿伎良、塩多慶四郎、大西勲、小森邦衞、増村紀一郎、北村昭斎、黒田辰秋、太田抱逸、岡本康伸、天野文堂、藤井観文、山崎覚太郎、竹園自耕、佐藤貞一、井波喜六斎、張間禧一、勝田静璋、天野策地、張間麻佐緒、堆朱楊成、一后一兆、辻石斎、箱瀬淳一、服部峻昇、金城一国斎
上記作家以外ののお品でも高額となる場合がございますので、気になるお道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

出張帰りに、同業の仲間と一緒に三芳町にある、「台湾料理 香琳坊」さんへと寄りました。こちらのお店は、安くて美味しい、量もボリュームもたっぷりと大食いのわたしにはもってこいのお店です。唐揚げと定食がお勧めのお店です!

金沢桐工芸(かなざわきりこうげい)
加賀百万石の伝統文化が今も息づく城下町・金沢が生んだ全国に類を見ない独自の伝統工芸。雪国なればこその良質の桐材と、ろくろ木地師の技、そして加賀蒔絵の伝統が、金沢桐工芸の基礎を作り上げました。古くは江戸から昭和初期まで、暖房の実用調度として多くの利点を持っていた桐火鉢より発祥しています。1988年1月21日、石川県指定伝統工芸品に認定されました。

沈金(ちんきん)
沈金は漆芸の加飾(装飾)技法であり、漆の塗面に文様を彫り、漆を摺り込んで金箔や金粉などを窪みに埋めるものである。中国では鎗金【そうきん】(創金)と呼ばれ宋代から行われていた技法で、室町時代にはわが国でも始められたと考えられており、近世以降、特に石川県輪島では高度な発達をされました。
彫刻技法には線彫、点彫、片切【かたぎり】彫、コスリ彫等の種類があり、刻文には箔置き、粉入れ等を施すほか、素彫りのままで仕上げるものもございます。彫刻には、沈金刀【とう】(沈金鑿【のみ】)と呼ばれる彫刻刀が用いられ、沈金刀にも表現に応じて工夫が加えられます。従来は線彫を主とする技法でありましたが、近現代には片切彫、点彫などの手法が考案され、筆意や立体感、ぼかしなどの多彩な表現が行われるようになりました。現在、各種の彫刻技法を組み合わせた、芸術性豊かな表現が行われております。沈金は、芸術上価値が高く、工芸史上重要な地位を占める漆芸技法といえます。

千葉県柏市にて、時代船箪笥、二代鈴木長翁斎の純銀製芋頭式銀瓶、煙草入、煙管、お茶道具など、東京都文京区目白台にて、お着物、掛け軸、小倉右一郎のブロンズ像「弘法大師」。

          

千葉県柏市にて、時代舟箪笥、二代鈴木長翁斎の純銀製芋頭式湯沸、煙草入れ、煙管、お茶道具など、東京都文京区目白台にて、着物、掛軸、小倉右一郎のブロンズ像「弘法大師」をお譲りいただきました。

本日は、千葉県柏市、市川市、松戸市、東京都文京区と四件の出張買取でした。ハードスケジュールで、朝から夜まで時間が掛かり、先程帰宅ました。
一件目は柏市へと遺品整理にて伺いました。古いものを集めるのがご趣味だったようで、時代船箪笥をはじめ、明治期の時代箪笥、煙管、煙草入れ、提げ物、お茶道具など多数ございました。また、銀製品がお好きだったようで、銀瓶や煙草入れ、煙管も金工師在銘の純銀製のものが多くございました。画像はほんの一部ですが、とてもたくさんの煙草入れやお道具がございました。まだお若かったご主人ですが、大切に保管しておりとても大事にされていたお品かと思います。大切に集めておられた貴重なお道具たち、六角堂で責任を持って大事に繋げせていただきます。
二件目の市川市は、いつもお呼びくださる回収業者様のご紹介で、リフォーム前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、コレクションボード、洋食器や置物、リヤドロのフィギュリンなどをお売りいただきました。
三件目の松戸市は、時代家具や掛け軸の見積もりでお伺いしました。年末にお家を解体されるとの事で、11月頃お引越しされるときに全てお売りいただくこととなりました。その時には、またよろしくお願いいたします。
四件目は東京都文京区、到着時間が夜になってしまいましたが、お時間のご調整をいただきとても助かりました。こちらはリフォームされるとの事でお片付け処分でお呼びいただきました。掛け軸、屏風、置物は合い見積もりでしたが、全て当社で買い受けさせていただくこととなりました。お着物はアンティークの物が多く、全て買い受けさせていただきました。お客様にご先祖のお着物を次へと繋げられて嬉しいと喜んでいただけました。当社は、新しいお着物、アンティーク着物全て買い取りしております。古いものだからとご心配されてるお客様が多いですが、ご安心ください。アンティーク着物も買い取ります!絵画がお好きとのことで、ギヤマンの油彩画、ビュッフェ、中川一政など、大変素晴らしい絵画を見させていただきました。どれもとても素敵ですね。来月、家具などお譲りいただくこととなりましたので、その時にはまたよろしくお願いいたします。
本日は四件の出張の為、帰宅が十時を回ってしまいました。暑さもだいぶ落ち着いてきましたので、また明日も頑張ります!

鈴木長翁斎(すずきちょうおうさい)
初代鈴木長翁斎 天明7年~慶応3年10月9日(1787?-1867)
錺師(かざりし)。名、長次郎。別号、長二斎。打ち物師家城源七(いえきげんしち)に師事。80余歳。
二代鈴木長翁斎 文政7年7月14日~明治32年4月14日(1824-1899)
錺師(かざりし)。名、岩五郎。父、初代鈴木長翁斎(二男)。76歳。門下に鈴木長翁斎(竹次郎)・須藤倉太郎・川島長秀斎ら。

小倉右一郎(おぐらゆういちろう)明治14(1881)年6月9日~昭和37(1962)年7月15日
出生地香川県 学歴〔年〕東京美術学校彫刻科〔明治40年〕卒
香川県立工芸学校から東京美術学校彫刻科に進学し、同卒業後の明治41年に「指導」で文展初入選を果たす。大正2年大正博覧会に出品した「霹靂」で二等銀牌を獲得して以来、官展で入賞を重ね、5年の第10回文展では「闇路の人々」が特選となった。9年にフランスへ渡り、同地近代彫刻の巨匠ロダンに師事。10年に帰国した後は滝野川彫刻研究所を設立して後進の指導に当たった。戦後は郷里香川県に戻り、昭和23年高松工芸高校校長に就任。その他にも香川県工芸美術総合展の審査員を務めるなど、香川の美術興隆に大きく寄与した。ブロンズ彫刻を得意とし、「三土忠造像」「弘法大師像」などの肖像で本領を発揮したが、木彫・石彫もこなし、「靖国神社忠魂碑」などの碑や仏像・静物・裸婦像などにも傑作が多い。

東京都荒川区町屋にて、時代たんす、お着物、反物、端渓硯ほか書道具、黒漆に唐草蒔絵裏梨地の文箱。

東京都荒川区町屋にて、時代タンス、着物、反物、端渓硯ほか書道具、黒漆に唐草蒔絵裏梨地の文箱をお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。出張続きの為、訪問日時の調整・変更で、お客様にはとてもお気遣いいただきました。事前のご相談から当日のご対応までご親切に頂き感謝いたします。ご先祖の代から大事に受け継がれてきていたというお道具たち、六角堂できちんと責任をもって次へと繋げていきます。お忙しい中、ご指名ありがとうございました。

漆器に金粉などを蒔きつけることで、漆器に装飾を施す手法が蒔絵です。蒔絵には種類があり、どのような製法によって制作されているかによっても、その価値は変わってきます。大きく分けて研出蒔絵(とぎだしまきえ)、平蒔絵(ひらまきえ)、高蒔絵(たかまきえ)の3つがあります。

☆研出蒔絵(とぎだしまきえ)
日本で蒔絵を行うようになったのは奈良時代で、当時行われた手法が研出蒔絵(とぎだしまきえ)という手法です。
蒔絵を行うときに金粉や銀粉を付けたい場所に漆を塗ります。その後、漆が乾かないうちに粉を蒔きつけます。漆が十分に固まった後に余分な粉を払いのけると、そこには漆を塗った箇所に沿って金や銀などの装飾が施されるようになります。
当時は金粉などが粗く、漆を塗った箇所に粉を蒔いても光沢がありませんでした。また、漆器に対し強く付着しないという欠点がありました。そこで、粉を蒔きつけた後に漆を薄く塗り、木炭などで金や銀が表れるまで削るという作業を行うようになりました。これが、研出蒔絵です。このような工程を経ると、単に粉を振りかけたときに比べて金銀の光沢が出て、漆器に対して強固に付着するようになります。こうした研出蒔絵の手法が進化して、他の蒔絵が考え出されるようになります。

☆平蒔絵(ひらまきえ)
昔は金粉の形が揃ってなく粗かったものの、これをふるいにかけるなどして均一にする方法が開発されました。細かい金粉を作れるようになると、「漆を塗った後に金粉を蒔きつけ、乾燥させた後に磨き上げる」という手法が行われるようになります。これを、平蒔絵(ひらまきえ)といいます。
研出蒔絵では、金粉の上にさらに漆を塗り、これを磨く作業が必要でした。ただ、平蒔絵の場合は「金粉の上に漆を塗る」という作業を省略し、いきなり磨き上げます。
金粉や銀粉の製造技術が進歩することにより、蒔絵を行う工程が非常に簡単になったといえます。

☆高蒔絵(たかまきえ)
平蒔絵の場合、金粉は薄く平らです。一方、金粉を蒔きつける場所だけを高くした蒔絵手法として高蒔絵(たかまきえ)が考え出されました。
漆を何度も塗り重ねると、その部分だけ盛り上がります。また、炭の粉末と漆を混ぜて使うことで、盛り上げる方法も存在します。いずれにしても、これら盛り上げた部分に粉を蒔きつけることで、立体的な作品に仕上がります。

他にも、研出蒔絵と高蒔絵を合わせた肉合蒔絵(ししあいまきえ)という手法もあり、いくつかの蒔絵を組み合わせることもあります。

六角堂では蒔絵などの漆芸作品の買取りに力を入れています。ご自宅にお持ちの蒔絵・漆芸作品について、売却をお考えの際はお気軽にご相談ください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。衝立や座卓、書棚、飾り棚、花台、香炉台などの蒔絵家具や印籠・棗・硯箱・文箱・文庫・手箱などお道具のほか、椀・皿・お盆・屠蘇器・重箱など日用品にも価値のあるものが多くあります。蒔絵は日本はもちろん、海外にもコレクターの方が数多くいらっしゃいます。作者が不明のお品でも高額となる場合がございますので、気になるお品がございましたら、お気軽にお問い合わせください。蒔絵・漆芸作品に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定させていただきます。

埼玉県さいたま市浦和区にて、明治期の時代桐箪笥、松本民芸家具の座卓、書棚、ロッキングチェア、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」など。

 

埼玉県さいたま市浦和区にて、明治期の時代桐たんす、松本民芸家具の座卓、書棚、ロッキングチェア、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。即日のご依頼でしたが、お電話いただいた時には10キロ近くそばの志木市におりましたので、すぐにお伺いすることが出来ました。座卓、ロッキングチェアに痛みがあるものの、今もなお人気の松本民芸家具のお品でしたので、全て買い受けさせていただきました。本品のように、松本民芸家具はミズメザクラを主原料としてます。ミズメザクラは日本にしか生えてない日本固有の木で生産量が少なく入手も困難ですが、堅く、粘り強く、狂いにくい木材のため長年の使用に耐え、強くて丈夫で美しいミズメザクラに職人たちはこだわっております。加工が難しい木材だからこそ研ぎ澄まされる技術。何世代にも渡り、喜びを持って使い続けられる家具作り。その材料として古来より百木の長と詠われたミズメザクラが最も適していると考えているようです。ロッキングチェアには、「市」の刻印がございます。松本民芸家具は、作品の裏に職人の銘を刻みこみます。裏に刻まれる銘は、その職人の『長く使ってほしい』という想いと『仕事に責任を持つ』という誓いの証だそうです。そんな想いが込められているとは、とても素敵ですね。桐のたんすも痛みや虫食いなどがございましたが、当時の立派な金具が付いたタンスでしたので、買い受けさせていただきました。他にも、中国の置物や矢立、民芸品、ロイヤルコペンハーゲンのフィギュリン「Den Lille Havfrue」などをお譲りいただきました。こちらの作品は彫刻家エドワード・エリクソンデザインの人魚。彼の妻、エリーネがモデルといわれています。ちなみに、エリーネの甥は、俳優の岡田眞澄氏になります。Den Lille Havfrueはコペンハーゲンの海辺にある人魚姫の像。世界中の人々に愛されているアンデルセン童話の代表作「人魚姫」ですが、デンマークのコペンハーゲンに人魚姫の像があり、市のシンボルとなっています。雨の中での買取りとなりましたが、お客様が搬出の通路を確保していただいたりしたおかげで手際よく作業が出来ました。ご協力有難うございました。

松本民芸家具(まつもとみんげいかぐ) 長野県松本市にある老舗民芸家具メーカー。
1944年(昭和19年) – 前身である中央構材工業設立。 旧陸軍航空本部用の木製格納庫を製造。戦後は東京を中心に戦後の復興住宅と建具を製造。
1948年(昭和23年) – 京都相国寺第2回日本民芸協会全国大会が開催される。民芸家具の製作を始める。
1950年(昭和25年) – 秩父宮妃来訪、池田三四郎と懇談。
1951年(昭和26年) – 北陸銀行家具一式受注。
1952年(昭和27年) – 「松本民芸家具展」開催。
1953年(昭和28年) – バーナード・リーチが来訪、ウインザーチェアに代表される英国家具の製作指導。
1956年(昭和31年) – 第10回全国民芸大会で、ラッシ編み椅子の一連の仕事が、民芸大賞受賞。
1957年(昭和32年) – 販売会社として中央民芸を設立。創業20周年を記念して製品から500種類を選び展示会を開催。ロックフェラー三世より受注、ニューヨークのロックフェラーセンターに椅子数点を納品。
1964年(昭和39年) – 北海道民芸木工(現クラレインテリア)の設立に協力。
1969年(昭和44年) – 若手職人の養成を目的とした研修棟兼民芸家具の参考館として松本市郊外に松本民芸生活館を建設。
1972年(昭和47年) – 長年のグループ生産方式を基に、松本民芸家具工芸協同組合設立。ネルソン・ロックフェラー米国副大統領(当時)より受注。
1976年(昭和51年) – 通商産業大臣より伝統的工芸品「松本家具」指定。(全国の家具部門で第1号指定)
1978年(昭和53年) – 長野県国体が開催、昭和天皇が訪問、職人2名が伝統工芸品製作実演を披露。長野身体障害者国体が開催、皇太子夫妻(現今上天皇、皇后)が来訪。
1993年(平成5年) – 信州博覧会、松本城築城400年祭参加。
2001年(平成13年) – 松本民芸家具展開催。池田三四郎蒐集の椅子を展示する「三四郎の椅子展」併催。

埼玉県川口市本町にて、桐箪笥、お着物、長火鉢や花梨の違い棚、人間国宝音丸耕堂の菓子盆、海老文壁掛け、銀瓶、煎茶道具。

 

埼玉県川口市本町にて、桐箪笥、お着物、長火鉢や花梨の違い棚、人間国宝音丸耕堂の菓子盆、海老文壁掛け、銀瓶、煎茶道具をお売りいただきました。

解体前の片付け整理にてお呼びいただきました。解体前になるべくお荷物の片付けをされたいとのことで、当社で買い取りが出来るもの全て買い受けさせていただきました。暑い日の作業でしたが、途中休憩を入れながらトラック満載買い受けさせていただきました。お片付けの途中で銀瓶を発見しましたが、残念ながら底が抜けておりました。銀をくりぬいて、何かの素材で使われてしまったようです。当社の強化買取りアイテムでしたので、なんとももったいないです。悲しい状態でしたが、こちらは潰しでの価格で買い受けました。人間国宝音丸耕堂の虫分菓子盆、海老文壁掛けは共箱がなく、使用傷や歪みがございましたが、人気商品ですので、買取させていただきました。長時間の作業となってしまいましたが、最後までお手伝いいただいたりお付き合い下さり有難うございました。出張帰りに志木の市場へ寄ると、虹が出ておりました。画像では分かりずらいですが、虹が並んで二つ出てました。初めて見る光景でしたので、何枚も写真を撮ってしまいました。

六角堂では蒔絵などの漆芸作品の買取りに力を入れています。ご自宅にお持ちの蒔絵・漆芸作品について、売却をお考えの際はお気軽にご相談ください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。衝立や座卓、書棚、飾り棚などの蒔絵家具や印籠・棗・硯箱・手箱などのほか、椀・皿・お盆・屠蘇器・重箱など日用品にも価値のあるものが多くあります。蒔絵は日本はもちろん、海外にもコレクターの方が数多くいらっしゃいます。作者が不明のお品でも高額となる場合がございますので、気になるお品がございましたら、お気軽にお問い合わせください。蒔絵・漆芸作品に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定させていただきます。以下が強化買取り中の蒔絵・加飾、漆芸作家となります。
高野松山、柴田是真、山本春正、原羊遊斎、神坂祐吉、植松包美、植松抱民、川之邊一朝、池田泰真、白山松哉、飯塚桃葉、沢田宗沢斎、松田権六、赤塚自得、大場松魚、寺井直次、田口善国、室瀬和美、中野孝一、音丸耕堂、前大峰、前史雄、三谷吾一、的場晃昌、磯井如真、磯井正美、太田儔、赤地友哉、増村益城、磯矢阿伎良、塩多慶四郎、大西勲、小森邦衞、増村紀一郎、北村昭斎、黒田辰秋、太田抱逸、岡本康伸、天野文堂、藤井観文、山崎覚太郎、竹園自耕、佐藤貞一、井波喜六斎、張間禧一、勝田静璋、天野策地、張間麻佐緒、堆朱楊成、一后一兆、辻石斎、箱瀬淳一、服部峻昇、金城一国斎
上記作家以外ののお品でも高額となる場合がございますので、気になるお道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

音丸耕堂(おとまる こうどう)
1898年(明治31)~1997年(平成9)香川県出身。本名は芳雄。
小学校を卒業すると地元讃岐漆彫りの工人石井磐堂に学ぶ。
幕末彫漆家の玉楮象谷の作品に魅せられ以降は独学にて漆芸の技術を修得していく。
1937年に上京し42年には第5回文展にて特選、戦後は49年に日展特選受賞となる。
1955年、漆芸に革新を起こしたとして人間国宝に認定。
以降は日本工芸会に所属し日本伝統工芸展などで活躍、同会常任理事、参与なども務めた。
当初は唐物(中国)の溜塗りの技法を用いた作品を制作していたが、上京後は明るい色彩を用いた作品となり、さらに52年頃から平行に何本も線を彫り、縞模様を作成、その模様によって斬新なデザインを創造するといった独自の作風を確立した。