カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

愛知県名古屋市中区にて鶏血石の置物、須賀月真の文鎮、瑞宝章勲章など。

愛知県名古屋市中区にて鶏血石の置物、須賀月真の鋳銅亀文鎮、瑞宝章勲章などをお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。遠距離の出張でしたので、前日の夜に名古屋市へと入り、ビジネスホテルで一泊しました。本日お売りいただいたお品は、鶏血石の置物など中国工芸品、須賀月真の鋳銅亀文鎮などの書道具、勲三等瑞宝章など勲章や勲記など。多数まとめてお売りいただきました。鶏血石(けいけつせき)は文字通り、鶏が首を切られたときに流す血の色のような鮮やかな赤色をした鉱石です。主成分は粘土と石英で、硬度が7あるため大変硬い鉱石として知られています。これにシンナバーと呼ばれる辰砂が加わり、赤い色を造り出しています。鶏血石はその硬さのため、精度を要求される印鑑によく使われています。鶏血石は中国の昌化とモンゴル自治区でしか採れないため、高く評価されています。昌化鶏血石は赤の色合いがより強いため、価値が高いとみなされています。中国では石后(石の皇后様)と呼ばれてます。印材と言えば田黄石が高価な印材として有名ですが鶏血石も劣らず人気があります、お売りいただいた鶏血石は骨董価値の高い古いものではありませんが、赤味が強く置物としての造りも良いお品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。他にも六角堂で買い取りを強化しているお品が多くあり、まとめて買取させていただきました。本日は当社をご指名いただき有難うございました。
画像は昨夜名古屋へ向かう途中の岡崎SAに名古屋城。名古屋城は遠くから撮影したので撮影が難しかったです。ライトアップがとても綺麗でした。夕食は名古屋市中区栄にある「山本屋本店 栄本町通店」さんへ行きました。二月に名古屋へ出張した時にも寄ったお店で、こちらのお店とても美味しいです。今回は四種のキノコ入りみそ煮込みうどんをいただきました。アツアツのスープにきのこがとても美味しかったです。帰り通の東名高速道路上郷サービスエリアでは、きしめんをいただきました。今回もまたみそ煮込みうどん、きしめんと名古屋飯を食べることが出来ました。次回はひつまぶしを食べたいと思います。

須賀月真(すが げっしん)
蝋型鋳物師初代松園須賀亥子蔵(幕末の名工村田整眠より系統)を祖父に持ち、三代に渉り其の技法を受継ぎ、研鑽に努め、蝋型鋳物を以って各展で受賞しております。
現在は、弟の須賀月芳と共に、月真工房を主管し、其の卓越した技能は、識者間に於て隠れたる名工として夙に知られております。
須賀月真は通産省認定伝統工芸高岡銅器の枠の蝋型の須賀一門秘伝の技法の継承者でございます。
昭和38年 父 三代月眞に師事し、蝋型鋳造技術全般を習得
平成3年 金沢にて個展開催(以後、三回開催)
平成4年 大阪にて個展開催(以後、二回開催)
平成9年 東京にて個展開催(以後、一回開催)
平成13年 横浜にて個展開催(以後、二回開催)
平成21年 高岡市伝統工芸産業技術保持者指定
日展入選(以後、二回)、淡交ビエンナーレ入選

埼玉県さいたま市桜区にて、伊藤國男のブロンズ像、馬の置物など。

埼玉県さいたま市桜区にて、伊藤國男のブロンズ像、馬の置物などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都世田谷区宮坂にて、ヤマハ製サイレントチェロを出張買取しました。付属品も揃っており、動作確認もしていただいておりましたので、スムーズに買取させていただくことが出来ました。お客様が使用されていた思い出のお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。二件目は埼玉県さいたま市桜区へ、遺品整理でお呼びいただきました。お父様が馬の置物がお好きだったようで、木彫りやブロンズ像などたくさんのお品をお売りいただきました。馬はブロンズ像の中でも人気があり、中でも作家物のお品は高額査定となる場合が多くございます。本日お売りいただきました伊藤國男のブロンズ像も五万円の査定をさせていただき、お客様にお喜びいただけました。共箱はありませんでしたが、保管状態が良かったので査定を頑張ることが出来ました。他にも池田勇八の馬のブロンズがございましたが、こちらは形見として残されるとのこと、良い作品ですので大切にされてください。お父様の大切にされていたお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。良いお品をお売りいただき有難うございました。
暑い日には辛い料理をと、帰り際に大宮駅にある蒙古タンメン中本さんへ寄りました。北極ラーメンは完食できる自信がなかったので、少し辛さを抑えて五目蒙古タンメンを注文しました。中本さんは辛さの中に旨味があり癖になります。いずれは北極にも挑戦してみようと思います。

伊藤國男(いとうくにお)1890年に岩手県生まれの彫刻家。
10人兄弟で家計を助けるためにある彫刻家の内弟子となり、その頃に馬と関ったことがきっかけで馬像を彫るようになりました。騎兵学校や御料牧場を訪ねては馬像の制作に励み、やがてその作品は天皇陛下の元にも置かれるようになりました。モデルとなった馬たちが次々と戦争で命を落とすことに心を痛め、全財産を費やして戦没馬慰霊像を制作しました。生涯の全てを馬像制作に捧げたといわれている作家でございます。

東京都練馬区東大泉にて、偕楽園製黄交趾寿字文大花入、端渓硯など。

東京都練馬区東大泉にて、偕楽園製黄交趾寿字文大花入、端渓硯などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目はさいたま市桜区へ出張買取させていただきました。先日お呼びいただいた不動産業者の方のご紹介で伺いました。本日はお着物、反物、毛皮、贈答品などを買取りさせていただきました。今回もまた、お客様をご紹介くださり有難うございました。二件目は東京都練馬区東大泉へ遺品整理でお呼びいただきました。こちらではお客様のお爺様が大切にされていたという偕楽園製の黄交趾寿字文大花入や端渓硯などをお売りいただきました。お売りいただいたお品は偕楽園焼の代表的な作品である寿字文花生です。釉薬は黄色、内面全体にも黄釉が施されています。底面高台内に陰印刻銘で「偕楽園製」(楷書体)とあります。交趾とは本来、元時代に中国南部で生産された陶磁器の一種で、古くから中国の文化が日本の文化に多くの影響を与えてきました。偕楽園製のお品はよく買い取りさせていただきますが、紫交趾の二彩のものが多く、黄交趾三彩のものは数少ないです。偕楽園製のお品は個人的にも好きで、本品はお客様にお喜びいただける査定額で買い取らせていただきました。端渓硯も古くて良い硯、良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日は倉庫近くにある松栄庵さんでなめこそばをいただきました。いつもはうどんを食べますが、たまにはおそばもいいものですね。

偕楽園焼(かいらくえんやき)
紀州藩御庭焼。紀州藩主十代徳川治宝の西浜御殿の偕楽園における御庭焼。文政十年(1827)~嘉永五年(1852)。京より 楽九代了入・十代旦入 永楽保全 仁阿弥道八 二代弥助(久楽)らが来て制作している。
作品には 楽焼、釉の色が黄・紫・緑等の交趾・青磁等があります。紀伊藩10代藩主である徳川治宝は、文政2年(1819)、和歌山城下の南西(現在の県立和歌山工業高校付近)に別邸・西浜御を築き、以後、その御殿の庭園・偕楽園で偕楽園焼という御庭焼をおこないました。
偕楽園焼の制作や指導には、京都から表千家9代の了々斎(1775-1825)や、表千家10代の吸江斎(1818-60)をはじめ、楽旦入(1795-1854)、永楽保全(1795-1854)などの著名な陶工が招かれております。文政2年、文政10年(1827)、天保7年(1836)の少なくとも3回焼かれたことがわかっており、作品には楽焼系と磁器系の二つの種類があります。
偕楽園焼には無銘のものも多く、銘があるものは「偕楽園製」の二行角印や丸印、「偕楽」一行丸印など様々な種類があり、楽焼系と磁器系で押されている印が異なっています。

東京都中野区にて、人間国宝浜田庄司の鉄絵白差方壷、秦蔵六の花器など

東京都中野区上高田にて、人間国宝浜田庄司の鉄絵白差方壷、秦蔵六造の塗金銅立鼓式花器をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、遺品整理にてお呼びいただきました。贈答品がたくさんあるとのことでお呼びいただきましたが、中には人間国宝である浜田(濱田)庄司の鉄絵白差方壷や秦蔵六造の塗金銅立鼓式花器など、当社で買い取りを強化している作家物などもございました。浜田庄司は昭和に活躍した陶芸家で、昭和30年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。日常的な暮らしの中で使われてきた民芸品の中で「用の美」を見出した「民芸運動」を柳宗悦、河井寛次郎、芹沢銈介らと共に推進したことでも有名となっております。次男の濱田晋作、三男の濱田篤哉、孫(晋作の次男)の濱田友緒はいずれも陶芸家、四男の濱田能生は硝子工芸家として活躍しました。秦蔵六は江戸から明治にかけて代々「蔵六」の名と伝統の鋳金技法を継承している鋳金家です。秦蔵六の作品は共箱など欠品しておりましたが、買取強化中の作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。良いお品を多数お売りいただき有難うございました。六角堂では、浜田庄司など人間国宝の作品を買取強化しております。ご処分をお考えの作品がございましたらお気軽にご相談くださいませ。査定経験の豊富な専門スタッフが細かく丁寧に査定させていただきます。
帰宅後、近所にある博多ラーメン鶴亀堂三芳藤久保店さんへ行きました。博多豚骨ラーメンにネギをトッピング、臭みのない濃厚スープが美味しく、今日もまた替玉をしてしまいました。

浜田庄司 (はまだしょうじ)1894(明治27)~1978(昭和53)
1894 神奈川県川崎市で生まれる。生家は東京で文房具店経営。本名象二
1916 東京高等工業学校(現、東京工業大学)窯業科卒
1918  河井寛次郎と沖縄へ、壷屋を訪問
1920 バーナード・リーチに同行し、渡英。
1937 日本民芸館の理事に就任
1942 益子に大型登窯築窯
1949 第1回栃木県文化功労賞受賞
1953 昭和27年度芸術選奨文部大臣賞受賞
1956 民芸陶器で重要無形文化財保持者認定
1964 紫綬褒章受章
1968 沖縄タイムス賞受賞。文化勲章受章
1969 益子名誉町民となる
1974 日本民芸協会会長就任
1976 川崎市文化賞受賞
1977 益子参考館開館 館長に就任
1978 益子にて没。享年83

東京都練馬区西大泉にて、十四代酒井田柿右衛門の濁手牡丹文皿、お着物など

東京都練馬区西大泉にて、十四代酒井田柿右衛門の濁手牡丹文皿、お着物などをお売りいただきました。

東北地方、岐阜県、関西方面など遠距離の出張が続いており、買取事例の更新が滞ってしまいました。徐々に更新をしていきたいと思います。本日は業者様のご紹介で、東京都練馬区西大泉へ遺品整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、人間国宝である十四代酒井田柿右衛門の本人作「濁手牡丹文皿」やお着物、反物など。お着物は創業260年を誇る老舗呉服店「銀座越後屋」さんで購入された素晴らしいお着物ばかりでした。若干シミや汚れなどございましたが、全て買い受けさせていただきました。柿右衛門は久々の濁手作品でしたので、ギリギリまで頑張って査定させていただきました。「濁手(にごしで)」とは米の研ぎ汁のようにやわらかみのあるミルキーホワイトの色をした白磁素地。一般の有田焼の白磁素地は、やや青みを帯びていますが、「濁手」は青みがなく、純白。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では酒井田柿右衛門作品の高価買取、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(濁手など本人作品はもちろん柿右衛門窯のお品も高額買受致します。)がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買い取りさせていただきます。
酒井田柿右衛門作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください。陶芸作品に詳しい鑑定士が査定させていただきます。
戻る途中、山田うどん食堂さんへと寄りました。今日は期間限定メニューである「香り野菜の海老天ざるそば」をいただきました。本日も暑い一日でしたので、こちらのお蕎麦はあっさりしていてとても美味しかったです。

14代 酒井田柿右衛門 さかいだかきえもん
1934年佐賀県有田町に生まれる。
1958年多摩美術大学日本画科卒業。
作陶技術を十二代、十三代柿右衛門に師事。
十四代を襲名するまで「酒井田 正」として各公募展への出品、個展等を行う。
1982年十四代柿右衛門を襲名。
2001年国指定重要無形文化財「色絵磁器」保持者(人間国宝)に認定される。
2005年旭日中綬章受章
2006年有田名誉町民の称号を受ける
2007年西日本文化賞受賞
2013年6月15日逝去(享年78)

千葉県市川市にて、人間国宝松井康成の花壷、十三代柿右衛門の花瓶、とんぼ玉など。

千葉県市川市行徳駅前にて、人間国宝松井康成の練上面取花壷、十三代酒井田柿右衛門の錦花牡丹文花瓶、江戸期のとんぼ玉、掛軸、陶器などの骨董品をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。以前骨董屋さんの知り合いがおり、少しずつ骨董品を集めていらっしゃったお客様。たくさんの骨董品がございました。まとめて処分されたいとのことで、一点一点査定し、全て買い受けさせていただきました。とんぼ玉とは、穴の開いたガラス玉のこと。とんぼ玉の歴史は深く、古墳時代の副葬品として勾玉とともに出土しております。お売りいただいたとんぼ玉は恐らく江戸期のもので、瑠璃色のものや翡翠色のものなどございました。掛け軸は十点ほど、陶器がたくさんございました。中には、人間国宝である松井康成や十三代酒井田柿右衛門の作品もございました。松井康成(まついこうせい)は異なる色の土を組み合わせて陶器の文様を生み出す「練上手」の技法を工夫し独創的な世界を築き上げました。重要無形文化財「練上手」の保持者に認定されております。十三代柿右衛門は全国各地の山や草原でスケットを描き続け、そのスケッチをもとに図案化されています。 色彩鮮やかで上品な花牡丹文花瓶の色構成と配置が素晴らしい作品です。良いお品をまとめてお売りいただき有難うございました。
帰りに「かつや千葉行徳店」さんへ寄りました。いつもはカツ丼にしますが、今日はおろしカツ定食にしました。サクサクのとんかつに大根おろし、とても美味しかったです。

松井康成(まついこうせい)
1927年 長野県北佐久郡に生まれる。
1946年 笠間・奥田製陶所で作陶技術を学ぶ。
1947年 明治大学専門部文科文芸科に入学。
1953年 木村武山の弟子、海老沢東丘に日本画を師事。
1957年 茨城県笠間市月崇寺住職に就任。
1960年 堂境内に築窯。練土技法を施策研究する。
1968年 田村耕一に師事。
1969年 第9回伝統工芸新作展に初出品。
1988年 紫綬褒章受章。
1990年 (社)日本工芸会常任理事に就任。
1993年 重要無形文化財(練上手)保持者に認定。
2000年 勲四等旭日小綬章を受章。
2003年 75歳で死去。

13代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)
1906年 12代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれる。本名、渋雄。
1924年 有田工業学校製陶科を卒業。
1953年 父とともに濁手素地の復興に成功。
1963年 13代酒井田柿右衛門を襲名。
1972年 紫綬褒章を受章。
1978年 勲四等旭日小綬章を受章。
1982年 死去。

東京都文京区湯島にて、人間国宝島岡達三の象嵌飾皿、桐箪笥、仏像など。

東京都文京区湯島にて、人間国宝島岡達三の象嵌飾皿、桐箪笥、仏像などをお売りいただきました。

リサイクル業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。本日お売りいただいたお品は、伝統工芸品春日部桐箪笥、お着物、反物、木彫りの仏像や置物、人間国宝である島岡達三(しまおかたつぞう)の象嵌飾皿など。たくさんのお品をお売りいただきました。島岡達三をはじめ、人間国宝の作品は買取を強化しておりますので、お客様にお喜びいただける査定額で買い取ることが出来ました。良い作品をお売りいただき有難うございました。
着物の業者の方々が近くに来ているとのことで、湯島にある「四万十」さんで合流しました。ちゃんこ鍋で有名なお店ですが、今日は一品料理をたくさんいただきました。大好物のホタルイカや焼白子、牡蠣や刺身などたくさんいただきました。大人数で食事をすると色々なものがたくさん食べられるので嬉しいです。わたしのような買い出し屋は一人寂しい時が多いので、仲間達と集まれる時が幸せです。是非また誘ってください!

島岡達三(しまおかたつぞう)大正8年(1919)10月27日〜平成19年(2007)12月11日
大正8年 (1919) 東京都に、三代続いた組紐師 島岡米吉の長男として生まれる。
昭和14年(1939) 東京工芸大学窯業学科入学。
昭和15年(1940) 濱田庄司のもとを訪れ、卒業後の入門を許される。
昭和16年(1941) 東京工業大学窯業学科卒業。
昭和21年(1946) 濱田庄司に師事。
昭和23年(1948) 土方冨美子と結婚。
昭和25年(1950) 栃木県窯業指導所に勤務。白崎俊次の古代土器標本複製に協力。
昭和29年(1954) 益子に築窯。
昭和37年(1962) 日本民藝館賞受賞。
昭和39年(1964) 日本民芸館賞受賞。
昭和43年(1968) ロングビーチ州立大学、サンディエゴ州立大学の夏期講座に招かれ渡米し、ヨーロッパを経て帰国。
昭和53年(1978) 国画会会員。
昭和55年(1980) 栃木県文化功労章受章。
平成6年 (1994) 日本陶磁協会賞金賞受賞。
平成8年 (1996) 民芸陶器(縄文象嵌)において国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。
平成11年(1999) 勲四等旭日小綬章受章。
平成19年(2007) 12月11日、逝去。88歳。

東京都豊島区上池袋にて、人間国宝原清の香炉、黒川昭男の江戸切子など。

東京都豊島区上池袋にて、人間国宝原清の淡緑磁之香炉、黒川昭男の江戸切子などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、人間国宝である原清の淡緑磁之香炉、黒川昭男の江戸切子、陶磁器など。多数お売りいただきました。会社を経営されていたお客様で、贈答品としていただいたお品々。中には人間国宝作品などもございました。まとめてご売却いただき有難うございました。
原清は重要無形文化財(人間国宝)「鉄釉陶器」の保持者に認定されており、黒色と褐色の二種類の釉薬を駆使した大柄な文様を描いた作品が高く評価されています。人間国宝となられた後も、後進の指導にも尽力しており、鉄絵陶器の作家として日本の陶芸界に大きく貢献しています。
黒川昭男は、江戸切子に初めて大胆な曲線を取り入れて、高度な芸術性を追求した切子作家です。また、その作品は、究極まで深くシャープなカット技術と独特なデザインの妙によって、他を圧する魅力を持っています。
当社で買い取り強化中の人間国宝や作家物の作品が多くあり、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。喜んでいただけて良かったです。帰宅途中、本日は志木市にある中華料理屋五番さんへ寄りました。広東麺にミニ炒飯、とても美味しかったです。明日から愛知県名古屋市に出張します。遠距離出張ですが、頑張ってまいります。

原清 (はらきよし)1936年(昭和11)~(現在)
1936年、島根県で生まれる
1954年、石黒宗麿に師事する
1955年、清水卯一に師事する
1965年に東京世田谷に開窯し独立する。
1958年の日本伝統工芸展に初入選。
1961年には日本工芸会正会員に就任。
独立後は69年に日本伝統工芸展で会長賞を受賞、76年日本陶磁会賞、
97年日本伝統工芸展東京都知事賞を受賞。
また日本橋三越を中心に個展活動や国内外の招待出品など幅広い制作活動を展開。
作風は制作当初からの鉄釉を研究し褐色釉を施した器に鉄絵にて草花、鳥、動物などが
氏の個性溢れるタッチで繊細に描かれた作品を展開。
また1980年ごろから澄んだ青色の発色が特徴的な鈞釉の作品も展開する。
2001年、日本伝統工芸展特待者。
2005年、色絵磁器で国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。

黒川昭男(くろかわあきお)
江戸切子作家。1941年(昭和16年)東京都品川区生まれ。1955年より江戸切子の世界に入り、小林菊一郎、小林英夫に師事する。1973年(昭和48年)より社団法人日本伝統工芸会正会員。日本伝統工芸展、金澤工芸大賞、江戸切子新作展、伊丹国際クラフト展など、さまざまな作品展で多数受賞されています。

横浜市鶴見区にて、柿右衛門などの陶器、平安象彦などの漆器、藤田喬平やドームのガラス工芸品、玉川堂の茶器揃など。

神奈川県横浜市鶴見区にて、十三代酒井田柿右衛門などの陶器、平安象彦などの漆器、藤田喬平やドームのガラス工芸品、玉川堂の茶器揃などをお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。生前お父様が贈答品などでいただいたという陶器や漆器、ガラス工芸品、金・銀製品などをご処分されたいとのことでご連絡いただきました。良いものは数点残されたいとのことでしたので、この品はどういったものなのかを説明しながら仕分けしていきました。箱とお品がバラバラになってしまっているものもあり、こちらで箱合わせなどをしていきました。なるべく小さなものを残されたいとのことで、茶道具の茶碗などを説明しながら分けて行きました。青木龍山や備前焼作家の茶碗などを残されることとなり、他は全て買い受けさせていただくこととなりました。陶器は人間国宝13代酒井田柿右衛門窯の花瓶や皿、他作家物の皿や花器、茶道具などをお売りいただきました。漆器は輪島塗や平安象彦のものが多くございました。象彦の手文庫もたくさんあり、こちらも何点か残されたいとのことでしたので状態の良いものを残されました。ガラス工芸品は人気作家藤田喬平のものや切子、Daum(ドーム)など海外クリスタルなど。銀盃や銀製置物、金製品、玉川堂の銅製茶器揃など金属工芸品も多数お売りいただきました。数百点のお品をお売りいただき、トラックも満載になりました。最初ご連絡いただいた時とてもすごい量とのことでしたので、トラックを用意して良かったです。想像以上の量に査定に時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合いくださり有難うございました。明日以降の仕分け作業が楽しみです。お父様の思い出のお品々、当社で責任もって次へと繋げさせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき有難うございました。
夜となってしまいましたが、川崎市川崎区南町にある「鴻運厨房」さんで本日一食目の食事をしました。麻婆豆腐定食は本場のお味でとても美味しかったです。お腹がペコペコでしたので、尚更美味しく感じました。

13代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1906(明治39)年~1982(昭和57)年
13代酒井田柿右衛門は12代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれました。本名を渋雄といいます。
1947年(昭和22年)頃から濁手の復活を目標とする。1953年(昭和28年)、第12代柿右衛門とともに、「濁手」を復興。1955年(昭和30年)、濁手の製作技術は、国の無形文化財に指定。 1963年(昭和38年)、日本伝統工芸展に入選。 1964年(昭和39年)、日本工芸会正会員となる。1970年(昭和45年)、佐賀県陶芸協会会長となる。 1971年(昭和46年)、濁し手の技法で国の重要無形文化財に総合指定。柿右衛門製陶技術保存会会長となる。1975年(昭和50年)、西日本文化賞などを受賞。
個人作家として新しい柿右衛門の確立を目指した13代は、伝統を墨守し続ける頑固な父の方針に不満を持ち、お互いの方向性の違いから親子喧嘩が絶えなかった事でも有名です。
この父より受け継がれた職人気質を基礎に現代様式の柿右衛門を創造すべく、日本画家、彫刻家、芝居役者、政治家、実業家等のあらゆる分野の人々と交流を深め、近代的な独自の新意匠を取り入れた新境地を築き上げました。
頻繁に全国各地の野山へ出掛けては膨大な量のスケッチを取った事でも知られており、こうして図案化されたものが濁手素地の上に彩られました。
芸術作家としての柿右衛門の評価は13代の出現で不動のものとなりました。

藤田喬平(ふじたきょうへい)1921(大正10)~2004(平成16)
東京に生まれ、東京美術学校卒業後、本格的にガラスの世界に入りました。1960年代後半には、ガラス素材の特性を生かした「流動ガラス」を、1973年からは藤田の代表作ともいえる「飾筥」作品を発表し、国内外から高い評価を受けました。50歳を過ぎてからもイタリアのヴェネチアで伝統技法を学び、レースガラスやオブジェなど新たな作品にも積極的に取り組んだことで知られています。色ガラスの持ち味を生かし、日本の文化や伝統美を反映させた作品や、優れた色彩感覚と造形力で芸術性の高い作品を残した。

玉川堂(ぎょくせんどう)
創業1816年(文化13年)の日本の金属加工業者。日本国内の地場産業として有名な新潟県燕市の金属加工業の中でも唯一、1枚の銅板を鎚で叩き起こして銅器を製作する「鎚起銅器」(ついきどうき)の伝統技術を二百年弱に渡って継承している老舗企業。銅に多彩な着色を施す技術は、世界でも玉川堂のみが保有している。世界最高品質の銅器を製造し、世界中に顧客を持つ。

東京都国立市にて、人間国宝14代酒井田柿右衛門の濁手梅花文皿、茶道具など。

東京都国立市にて、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の濁手梅花文皿、茶道具などをお売りいただきました。

骨董品や茶道具の処分整理でお呼びいただきました。趣味で集めていらっしゃったお道具を処分するとのことでご連絡いただき、お伺いしました。すでに二社がお見積りに来られたようでしたが、高額査定で頑張りましたので、当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいたお品は、人間国宝である14代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)の濁手梅花文皿や茶道具など。久々の濁手作品でしたので、ギリギリまで頑張って査定させていただきました。人間国宝に認定されるなど多大なる功績を残した重鎮「14代酒井田柿右衛門」の本人作。「濁手(にごしで)」とは米の研ぎ汁のようにやわらかみのあるミルキーホワイトの色をした白磁素地。一般の有田焼の白磁素地は、やや青みを帯びていますが、「濁手」は青みがなく、純白。江戸時代の後半には濁手素地づくりは途絶えてしまいましたが、昭和28年(1953)、12代酒井田柿右衛門(1878~1963)と13代酒井田柿右衛門(1906~1982)の尽力によって復元されました。乳白色の濁手素地に、軽やかで伸びやかな筆遣いと嫌味のないすっきりとした配色表現で描かれた「梅花文」は人気の画題の一つ。均整の取れた造形や色鮮やかで写実的な絵付けなど実に素晴らしい出来栄えです。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では酒井田柿右衛門作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(濁手など本人作品はもちろん柿右衛門窯のお品も高額買受致します。)がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買い取りさせていただきます。
酒井田柿右衛門作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!詳しい鑑定士が査定させていただきます。
市場へ戻る途中、いつも寄っているラーメンの小池さんへ寄りました。新商品が出ましたので早速新商品の「宗岡トマトらーめん」 をいただきました。こちらは先日行われた志木市ご当地グルメ王決定戦で見事グルメ王に輝いたラーメンです。トマトにセロリ・人参・玉ネギをすりおろしてつくるミルポワも使った鶏白湯スープが絶品です。冬限定商品ですので、また近日寄ります。

十四代 酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1934(昭和9)年~2013(平成25)年
14代酒井田柿右衛門は13代酒井田柿右衛門の長男として佐賀県に生まれました。本名を正といいます。
1958(昭和33)年、多摩美術大学日本画家を卒業後、帰郷して12代と13代に師事しました。
1967(昭和42)年、一水会会長賞を受賞しました。
1971(昭和46)年、日本工芸会正会員となりました。
1982(昭和57)年、14代酒井田柿右衛門を襲名しました。
日本工芸会理事、柿右衛門製陶技術保存会会長に就任しました。
1983(昭和58)年、アメリカ・サンフランシスコ市より名誉市民の称号を受けました。
1984(昭和59)年、日本陶磁協会賞、佐賀県知事賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、日本工芸会奨励賞を受賞しました。
1992(平成4)年、一水会陶芸部運営委員に就任しました。
日本工芸会奨励賞を受賞しました。
1993(平成5)年、国際陶芸アカデミー(IAC)名誉会員に就任しました。
1994(平成6)年、日本伝統工芸展監査委員に就任しました。
1997(平成9)年、佐賀県陶芸協会会長に就任しました。
1998(平成10)年、外務大臣表彰を受けました。
1999(平成11)年、九州産業大学大学院芸術研究科専任教授に就任しました。
文部大臣表彰を受けました。
2000(平成12)年、有田陶芸協会会長に就任しました。
2001(平成13)年、佐賀県立有田窯業大学校長に就任しました。
重要無形文化財「色絵磁器」の保持者(人間国宝)に認定されました。
佐賀新聞文化賞を受賞しました。
2005(平成17)年、旭日中授賞を受賞しました。
有田町名誉町民の称号を受けました。
2006(平成18)年、日本工芸会副理事長に就任しました。
2007(平成19)年、西日本文化賞を受賞しました。
2013(平成25)年、6月15日逝去(享年78)。