カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都世田谷区豪徳寺にて、人間国宝平田郷陽の衣装人形、古伊万里など。

 

東京都世田谷区豪徳寺にて、人間国宝平田郷陽の衣装人形(嬉戯、熟柿、遊魚、凧上げ)、古伊万里などをお売りいただきました。

旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。新年早々、六角堂にとって大変嬉しい出張買取となりました。当社でずっと探しておりました人間国宝平田郷陽(ひらたごうよう)の作品をお売りいただきました。しかも四体まとめてでございます。平田郷陽の作る人形は「生き人形」とまでいわれ、中でもこの度お売りいただいた子どもの無邪気なしぐさの一瞬をとらえた作品は平田郷陽の代表作となっております。愛好家が多く、一生のうち郷陽の作品を一度は持ちたいという熱意を持っているファンが多い昭和を代表する人形作家です。1955年には、人形界初の国指定重要無形文化財(人間国宝)に認定されており、木目込みの技法を用いた衣裳人形を多数手掛けています。残念ながら一点共箱の欠品、三体に髪の毛の欠品や指の破損、欠品などございました。しかしながら六角堂で最も強化買取りしている作家作品、お客様にお喜びいただける査定額にて買い取らせていただくことが出来ました。古伊万里も初期伊万里の皿一点、鉢や大皿など多数お売りいただきました。新年早々、素晴らしい作品の数々をお売りいただき有難うございました。
本日は志木市場の仲間たちと荻窪駅のそばにある「すし屋の源」で新年会をしました。大好物のなまこや生牡蠣、美味しいお寿司をいただきました。明日からも仕事がたまっておりますので、お酒は我慢しました。良い買取にお食事と大変嬉しい一日となりました。T橋社長、ご馳走様でした!

平田郷陽(ひらたごうよう)1903年(明治36)~1981年(昭和56)
1903年 松本喜三郎・安本亀八 系統の活き人形師であった初代平田郷陽(恒次郎)の長男として、東京浅草に生まれる。
1917年 14歳の時、父のもとで人形製作の修行を始める。
1924年 父の跡を継ぎ二代卿陽を襲名。
1927年 市松人形を製作。
1928年 岡本玉水・久保佐四郎・名川春山・吉田永光らとともに、創作人形の研究団体「白沢会」を結成する。
1935年 日本人形社を立ち上げる。
1936年 第1回帝国美術院展に初入選。
1937年 パリ万国博覧会に出品し、金賞受賞。
1955年 重要無形文化財「衣裳人形」保持者(人間国宝)に認定される。
1959年 皇后宮殿に「瑞鳥」製作。
1968年 紫綬褒章を受賞。
1974年 勲四等瑞宝章を受賞。
1981年 逝去。享年77歳。

東京都大田区田園調布にて、雨宮敬子のブロンズ裸婦像の買取。

     

東京都大田区田園調布にて、雨宮敬子のブロンズ裸婦像、洋画をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、人気彫刻家雨宮敬子の作品。裸婦のブロンズ像になります。共箱がなくお客様が作家が分からないとのことでしたが、足元のにあるKeikoのサインやお顔の表情ですぐに雨宮敬子のものと分かりました。雨宮敬子は、女性像の中でも、特に裸婦像を一貫して作り続けており、外観的な女性美を表現するだけでなく、内面的・精神的な美を表出させることによって、女性ならではの清楚な作風となっています。 多少スレや傷みがございましたが、六角堂で買取強化中の作家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。ブロンズの他、洋画やリトグラフなども併せてお売りいただきました。良いお品をまとめてお売りいただき有難うございました。
帰りに市場の仲間たちと食事をすることになりました。荻窪駅にあるインド料理屋「ナタラジ 荻窪店」さんへと行きました。店内は広く、とても良い雰囲気の場所でした。こちらのカレーは肉を使わず野菜や豆類のみで作られており、とてもヘルシーです。カレーはもちろん、天然酵母のナンやラッシーもとても美味しかったです。

雨宮敬子(あめみやけいこ)
父・雨宮治郎、弟・雨宮淳も日本芸術院会員として活躍した彫刻一家で育つ。日本大学芸術学部を卒業し、北村西望、富永直樹に師事する。裸婦を中心とした作品を展開しています。
1931 東京に生まれる
1956 第12回日展初入選(以後連続入選)
1958 第1回新日展「薫風に望む」特選(以後1回)
1969 総合美術展「湖」参加
1972 第26回新樹会展招待出品(’77まで)
1980 第1回現代女流美術展出品(以後連続出品)
1982 第10回長野市野外彫刻賞受賞
1985 第17回日展「道」内閣総理大臣賞受賞
1994 日本芸術院会員となる
1996 個展(日本橋・三越)
1998 日本彫刻会常務理事となる
2002 日刊現代美術展実行委員をつとめる
2005 国民文化祭美術展で審査員となる
2017 旭日中綬章受章、文化功労者となる

東京都中野区弥生町にて、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、ペルシャ藍釉壷。

 

東京都中野区弥生町にて、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、12世紀のペルシャ藍釉壷をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、東京都青梅市へ伺いました。こちらは既に二度来ているお客様で、お売りいただいた点数が大変多く、本日はトラック二台で向かわせていただきました。陶器の買取でしたが数の多さにトラック二台パンパンに埋まってしまいました。それでもなお積みきれず、もう一度お伺いさせていただくこととなりました。搬出にお客様の会社の従業員の方も手伝いに来てくださり、スムーズに終えることが出来ました。お気遣いくださり有難うございました。また次回もトラック二台でお邪魔させていただきます。本日二件目は、中野区弥生町へ遺品整理でお呼びいただきました。生前お爺様が集めていらっしゃったという骨董品などをお売りいただきました。お売りいただいたのは、二世秦蔵六造の齋法貨書鎮、12世紀のペルシャ藍釉壷の他、掛軸や書道具など。二世秦蔵六(生没年不詳)は一説に1854年生~1932年没ともありますが詳しくは不明。文久年間から続く鋳金家で、初代は孝明天皇の御印、明治天皇御璽、大日本国璽、徳川慶喜の黄金印を鋳造されました。その後は代々「蔵六」を名乗り鋳金技法を継承しております。青銅器の創作で名高い京都の金工師。署名や落款などから判断した二世の本姓は橘氏であろうといわれております。秦蔵六の作品は、中国からの人気もあり、六角堂でも買取を強化している人気作家であります。波斯(ペルシャ)藍釉壷はおおよそ12世紀のものと思われます。銀化され雰囲気の良い小壺となっております。残念ながらカケや直しなど状態はいまいちでございました。査定に担当したN尾氏がペルシャ陶器が好きな為、わたくしの想像以上の高査定をしておりました。査定額にお喜びいただけたので良かったです。お爺様の大切にされていたお道具、大切に次へと繋げさせていただきます。良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日も市場の仲間たちから連絡があり、高円寺で食事をすることとなりました。まずは「らーめん一蔵」さんで赤鬼ラーメンをいただきました。辛味噌のスープですが、追加で油唐辛子を入れるととても美味しいです。そしてそのまま歩いて10秒くらいの場所にある「すてーき亭」さんへまさかのはしご。こちらのステーキですが、ボリュームがあって料金が千円程度。しかもご飯がお代わりし放題のようです。さすがにわたしはご飯を食べれませんでしたが、ステーキは完食。少し体を動かします。

東京都中央区日本橋人形町にて、今泉今右衛門の浮立面、時代置き時計、贈答品など。

東京都中央区日本橋人形町にて、人間国宝十二代今泉今右衛門の浮立面、絵画、時代置時計、贈答品などをお売りいただきました。

いつもお世話になっている着物屋さんのご紹介で、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お客様をご紹介いただき有難うございます。知人の着物屋さんがお着物の買取でお伺いした時に、他にも骨董品があるとのことでご紹介いただきました。今泉今右衛門の浮立面、絵画、時代置時計、贈答品などを査定し、全てお売りいただきました。古時計は明治期のものでしょうか、とても素晴らしい置時計でした。使わずに仕舞ったままにされていた贈答品はシミや汚れなどございましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。陶製の浮立面は有田焼の名工「十二代今泉今右衛門」の作。佐賀県の南西部に伝わる「面浮立」は、鬼面を被り、笛や太鼓、鉦のリズムに合わせて勇壮に踊る伝統芸能です。五穀豊穣祈願や雨乞祈願、奉納神事には欠かすことのできない踊りであり、この面浮立を踊る際に使う面を浮立面と言います。浮立面は地区によって表情が微妙に違いますが、いずれも阿吽の面相を一対とします。角が長く口を閉じて上歯で下唇を噛んだ「吽」の面相が雄、角が短く口を大きく開けている雌の面です。お売りいただいた浮立面は角が短く口を大きく開けているので、雌の面になります。今泉今右衛門は当社で買取を強化している作家のため、頑張って査定させていただきました。時代家具や民芸家具の買い取りでまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日は有難うございました。
本日は中央区へ来ましたので、帰りに築地で食事をすることにしました。まもなく築地市場は豊洲へ移転してしまいますが、移転前に寄ることが出来ました。築地を散歩しながら向かったお店は「又こい家築地店」さん。「天然まぐろ」の専門店。わたしはまぐろうに丼に希少部位セットをいただきました。丼はもちろん、まぐろの頭肉、ほほ肉、あご肉の希少部位もとても美味しかったです。築地はとても活気がありました。豊洲へ市場が移転しても、この活気が残っていてほしいものです。

十二代 今泉今右衛門(1897〜1975)
昭和23年(1948)襲名。本名は今泉平兵衛。
祖父である十代、父である十一代のもと専ら家業に打ち込み、近代色鍋島の復興に生涯を捧げる。 昭和27年に無形文化財の指定を受け、昭和46年には色鍋島技術保存会代表として、国重要無形文化財総合指定を受ける。
1967年、紫綬褒章
1968年、今右衛門古陶磁参考館を設立。
1972年、勲四等旭日小綬章

東京都渋谷区笹塚にて、時代家具、金工師旭峯作猿のブロンズ置物など。

 

東京都渋谷区笹塚にて、時代家具、金工師旭峯作猿のブロンズ置物、市松人形などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お父様が生前大事にされていたという大正期の時代家具や置物、人形などを買い取らせていただきました。今回引越しされる更に前のお家より連れてこられた家具や置物たち、時代を重ねてきた歴史を感じさせてくれます。金工師旭峯のブロンズ像は、猿の彫刻が細密に彫られており、雰囲気良い作品となってます。昭和の作品かと思われます。共箱などございませんでしたが、金工師によるブロンズ像を買取強化中ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。六角堂では、金工師によるブロンズ作品を探しております。ご所蔵の作品がございましたら、無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。金工作家作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
帰宅途中、世田谷区にある「長浜らーめん」さんへ行きました。近くへ来た時にはよく寄っておりますが、いつ来ても美味しいです。今夜は私の住む三芳町のお祭り「みよしまつり」の開催日でしたので、家族で行ってきました。近年お祭りの開催日は雨の日が多かったのですが、今年は一日延期したため雨が降らずとても良いお祭りでした。打ち上げ花火も例年通りとても素晴らしかったです。また来年が楽しみです。明日はお休みをいただき、明後日は四件の出張買取になります。明日は一日ゆっくりと休みます。

東京都世田谷区玉川にて、仙台箪笥、館林源右衛門窯の陶器、岡本太郎太陽の塔の置物。

東京都世田谷区玉川にて、仙台箪笥、館林源右衛門窯の陶器、岡本太郎太陽の塔の置物をお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、仙台箪笥や岡本太郎太陽の塔の置物、贈答品など。贈答品の中には、館林源右衛門窯の花瓶、皿、碗皿、銘々皿、飯碗など、今泉今右衛門窯の陶器など、一点一点買取出来るものも多くございました。源右衛門窯は、260年余の歴史を持つ名窯で、柿右衛門窯、今右衛門窯と並ぶ有田の三右衛門の1つであります。現在も往古のままの手技(てわざ)と、古伊万里のこころを受け継いでおります。六角堂では、源右衛門窯、柿右衛門窯、今右衛門窯の三右衛門作品を強化買取りしてます。岡本太郎太陽の塔の置物は、三菱電機のテレビ「高雄」の景品で関西地区限定のキャンペーンで40000個作られたもののようです。太陽の塔は、芸術家の岡本太郎が制作した芸術作品であり建造物。岡本太郎の代表作として同時期に制作された『明日の神話』とで双璧をなしております。1970年に大阪府吹田市で開催された日本万国博覧会(EXPO’70・大阪万博)のテーマ館の一部として建造され、万博終了後も引き続き万博記念公園に残されております。近日また、積み残した唐木家具や絵画などの買取でお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。本日はたくさんのお品をお売りいただき有難うございました。
帰宅後、神奈川県で骨董屋さんをされている先輩から連絡があり、東京へ来ているから食事をしようとご連絡いただいたので、池袋で合流させていただきました。池袋駅西口にある「個室居酒屋にっぽん市」さんへ行き、先輩の奢りで贅沢させていただきました。生牡蠣や刺身、肉まぶし丼などをいただきました。肉まぶしは肉にウニやいくらとなんとも贅沢な組み合わせで、とても美味しかったです。贅沢させていただき有難うございました!

岡本太郎(おかもとたろう)1911~1996
1911年 漫画家岡本一平、小説家かの子の長男として東京に生まれる。
1929年 慶應義塾を卒業。東京美術学校洋画科に入学するも半年で中退。父のロンドン軍縮会議取材に伴い渡欧。
1930年 ソルボンヌ大学哲学科で哲学、心理学、民俗学を学ぶ。
1940年 パリ陥落に伴い帰国。
1942年 召集され、中国にて軍隊生活を送る。
1946年 東京都世田谷区上野毛にアトリエを構える。
1948年 花田清輝、埴谷雄高らと「夜の会」結成。
1954年 青山にアトリエを移し「現代芸術研究所」を設立。「今日の芸術」刊行。
1970年 大阪万国博覧会のシンボル「太陽の塔」制作。
1996年 東京で逝去。享年84歳。
1999年 川崎市岡本太郎美術館開館。

東京都中野区沼袋にて、岩田久利の瑠璃金彩壷、桐箪笥の買取。

東京都中野区沼袋にて、ガラス工芸家岩田久利の瑠璃金彩壷、桐箪笥などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、人気ガラス工芸家岩田久利の作品、伝統工芸品名古屋桐箪笥など。岩田久利の作品は6点ほどございました。残念ながら共箱等の付属品はありませんでしたが、六角堂で買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。色ガラスの粋、ガラスの詩人と称えられた岩田久利。繊細華麗、金箔を縦横に使いこなし、絶えず新たな表現に挑戦し続けました。瑠璃金彩壷は瑠璃色のガラスに金箔が入れ込まれた艶やかな壷で、岩田久利の作品の中でも最上作品といえます。作業途中にお茶や和菓子を用意していただいたり、お気遣いいただき有難うございました。お茶菓子とても美味しかったです。ご実家にある掛軸の査定でまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにしております。本日は有難うございました。
帰宅途中、中野区にある「ジョナサン鷺宮店」で、骨董屋の仲間たちと合流し、食事をしました。ピザにカレーうどん、あんみつなど、とても美味しかったです。今夏はとても暑い日が続いておりますので、たくさん栄養をとって乗り越えたいと思います。明日は倉庫作業の為、出張買取はお休みします。

岩田久利(いわた ひさとし) 
◆略歴◆
1925年 岩田藤七の長男として生まれる。
1939年 小寺健吉画塾に学ぶ。
1941年 廣川松五郎に師事、デザインを学ぶ。伊藤熹朔に師事。
1942年 和田三造に師事、デッサン、図案を学ぶ。春台美術・本郷研究所に通う。
1944年 東京美術学校(現東京芸術大学)工芸部図案科入学。
1946年 外山卯三郎に西洋美術史およびバウハウス・デザイン運動を学ぶ。
1947年 阿部俊夫にガラスの科学的基礎を学ぶ。
1948年 森谷太郎教授にガラス組成の指導を受ける。株式会社岩田硝子製造所入社。
1949年 第5回日展初出品。初入選、以後毎年出品、連続入選。糸子と結婚。
1950年 東京工業大学窯業科ガラス研究室研修修了。
1951年 東京美術学校工芸部図案科卒業。
1953年 岩田工芸硝子株式会社に社名変更、代表取締役社長となる。
1955年 第11回日展特選受賞。国際工芸美術家協会設立、初代理事長。
カリフォルニア州博覧会・ブラッセル博覧会にて金賞受賞。
1956年 第12回日展特選受賞。
1957年 財団法人日本デザイン協議会理事。財団法人世界デザイン会議日本運営設立準備委員。
1959年 第2回日展審査員。以後数回。
1963年 武蔵野美術大学講師。窯業協会理事(~1967)
1966年 第7回国際ガラス会議年会参加。
1968年 日本硝子製品工業会評議員。
1971年 初の個展開催。
1972年 日本ガラス工芸協会創立、初代会長。日展評議員
1973年 社団法人窯業協会理事(工芸担当)。
1974年 現代工芸美術家協会評議員。
1975年 第1回「資生堂 現代工藝展」に出品。以後毎回出品。
岩田工芸硝子株式会社社長を糸子に譲り、ガラス制作に専念する。
1976年 第8回日展文部大臣賞受賞。労働省より技能者表彰審査員委嘱される。
1979年 紺綬褒章受章。
1980年 父岩田藤七死去。
1981年 ホテルニューオータニ鶴の間にガラスによる大装飾壁面製作。
1982年 第23回毎日芸術賞受賞。第38回日本芸術院賞受賞
1986年 ニューヨークメトロポリタン美術館20世紀Design and Architecture部門に藤七・久利・糸子作品が永久収蔵される。
1993年 最終の個展開催。日展及び資生堂現代工藝展に最終出品。
1994年 1月8日死去。68歳。
叙勲 勲四等旭日小綬賞

杉並区高井戸西にて、和たんす、着物、伊万里錦手鉢、江戸末期粉彩鉢。

昼食

東京都杉並区高井戸西にて、和箪笥、着物、伊万里錦手鉢、江戸末期粉彩鉢をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、世田谷区野沢へお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、掛軸やリトグラフ、雑貨などを買い取らせていただきました。掛軸は、日本画や山水画などございました。リトグラフは外国人作家のもの、贈答品は食器や花器などございました。まとめてお売りいただき有難うございました。二件目は、杉並区高井戸西へ遺品整理でお呼びいただきました。明治期の時代箪笥やお着物、帯などの他、伊万里錦手鉢、江戸末期粉彩鉢などの陶磁器を買い取らせていただきました。お着物はシミや汚れなど出てしまっているものが多くございましたが、なるべくリサイクルされたいとのことでしたので、全て買い受けさせていただきました。江戸後期~明治期に造られたと思われる伊万里焼の鉢は、錦手のもので、菊花が描かれてます。江戸末期につくられた粉彩鉢は、菊花や蝶が描かれております。薄作りの焼き物で、カオリンが含まれております。カオリンはカオリン鉱物を主成分とし、白色に焼き上がる粘土をいいます。高温度に耐える性質の目安を示す耐火度がかなり高いのが特徴です。いずれも素晴らしい陶器でした。ご家族が大切にされていたお品々、大切に次へと残していきたいと思います。六角堂をご指名いただき有難うございました。
本日も昼食で世田谷区にある「長浜らーめん」さんへ行きました。近くへ来た時にはほとんど寄っておりますが、長浜らーめんさんいつ食べても美味しいです。今日はとんこつ味噌にすりごまを多めに入れてみました。もちろん替え玉追加で。また寄らせていただきます。

東京都立川市羽衣町にて、仙台箪笥、掛軸、印籠の買取。

東京都立川市羽衣町にて、仙台箪笥、掛軸、印籠をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都青梅市へ出張しました。こちらのお客様は既に二度ほどお伺いしているお客様で、一度目は茶道具や掛け軸、二度目は刀剣などをお売りいただいております。陶器の数量がとても多く、数度に分けてお売りいただいております。本日は、家具や陶器を買い取らせていただきました。なるべく早くお荷物を減らせるようにと、トラック二台で出張させていただきました、まだまだ積み残しが出てしまいました。積み残した残りの陶器は、来月もう一度トラック二台でお伺いすることとなりました。途中、飲料をいただいたりお気遣いありがとうございました。また来月、よろしくお願い致します。本日二件目は立川市羽衣町へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。仙台箪笥を処分されたいとのことでお呼びいただきましたが、併せて掛け軸や印籠をお売りいただきました。掛軸は、日本画や書のものなどがあり、全て買い取らせていただきました。印籠は黒漆に金蒔絵、梨地のものが数個ございました。印籠は常備薬を持ち歩くための入れ物で、旅の必需品でした。江戸時代に流行した印籠は蒔絵細工の中でも高級なものでした。明治時代に入ると、海外から高い評価を得て輸出用に数多く生産されました。現在ではできない技術や手法で作られた印籠を求め、世界中に多くのコレクターがいらっしゃいます。もちろん当社でも、印籠の買取りを強化しております。ご不要の印籠や根付などございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。印籠などの骨董品に詳しい査定士がお伺いさせていただきます。本日は当社のご指名ありがとうございました。古き良きお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。
本日の昼食は、青梅市にある「来来亭 青梅店」へ寄りました。特製ラーメンに炒飯のがっつりセットをいただきました。一件目に家具の搬出で体力を使いましたので、二件目に備えがっつりといってしまいました。ラーメンも良かったですが、個人的には炒飯がとても美味しかったです。

東京都世田谷区成城にて、田澤謙介作加茂桐箪笥、入山白翁作乾漆小箱。

東京都世田谷区成城にて、伝統工芸士田澤謙介作加茂桐箪笥(和たんす、昇りたんす)、漆芸家入山白翁作乾漆梅蒔絵小箱をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、杉並区天沼へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物や絵画、贈答品などをお売りいただきました。お着物はシミや汚れなどございましたが、なるべくリサイクルほしいとのことでしたので、全て買い取らせていただきました。駐車スペースがなく、近くのコインパーキングまでお荷物を一緒に運んでいただいたり、お気遣いいただき有難うございました。本日二件目は、世田谷区成城へお引越し整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、伝統工芸士田澤謙介の加茂桐箪笥二竿。新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、天丸の昇り箪笥、総盆形の和箪笥になります。総盆形和箪笥の上部には引き出しや帯締めなどを入れる仕切りなどがあり、使い勝手がよさそうなタンスとなってます。田澤謙介氏は、加茂桐箪笥伝統工芸士の第一人者であり、たくさんの素晴らしいたんすを作られた方でございます。多少シミ汚れがございましたが、当社の買取強化作品ですので、二竿とも買い取らせていただきました。また、安藤七宝の花瓶や漆芸家入山白翁の乾漆梅蒔絵小箱も併せてお売りいただきました。こちらの作品は人間国宝である音丸耕堂の作品を思わせる大変素晴らしい作品でした。入山白翁は1904年(明治37年)に新潟県白根市で生まれ、その後上野美術学校(現 東京芸術大学)漆工科を卒業。白翁独自の技法を生み、数々の名作を作られました。入山白翁は漆芸作品の他、漆画・漆版画という新世界を拓きつづけました。その名声は国内・外を問わず広く政財界の著名人がその作品を愛蔵しております。本日積みきれなかった家具など、明日また運ばせていただくこととなりました。明日はローズウッドのダイニングセットなどを買い取らせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。
今日の昼食は、担々麺専門店の「香氣 四川麺条 祖師ヶ谷大蔵店」さんへ行きました。紅担担麺にパクチーをトッピングしました。麻辣が効いたピリ辛担々麺にパクチーが良く合い、とても美味しかったです。明日は練馬区石神井台、世田谷区成城へ出張買取、頑張ります!