カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

神奈川県平塚市にて、台湾家具のバーカウンター、リヤドロのフィギュリン、お着物、置物など。

神奈川県平塚市にて、数十年前に台湾から輸入されたバーカウンター、リヤドロのフィギュリン「犬を抱く貴婦人」、お着物、置物、絵画などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。数十年前に台湾から輸入されたというバーカウンターは、戦の図が彫刻されたもので、収納がたくさんついておりとてもかっこいい家具でした。リヤドロのフィギュリン「犬を抱く貴婦人」は、仔犬を抱く優雅な雰囲気ただよう貴婦人。こちらは廃盤モデルになります。箱などはありませんでしたが状態の良いお品物でした。着物はウールやシミのあるものがほとんどでしたが、全て買い受けさせていただきました。他にも、海外へ行かれた際に購入されたお皿や花瓶などの民芸品、置物、香炉などを買い取らせていただきました。作業しやすいようにと車を入れ替えていただいたり、お茶をいただいたりとお気遣いくださり有難うございました。ご家族の思い出のお品々、大事に次へと繋げさせていただきます。
帰りに、お客様にお勧めいただいた平塚漁港へと寄り、「平塚漁港の食堂」さんへ行きました。こちらのお店は、地元平塚漁港で獲れた新鮮な魚を「その日のうちに食べる」というコンセプトの食堂で、営業時間内でも用意した魚がなくなり次第閉店してしまうそうです。テレビにも出るお店のようで、お客さんがたくさんおりました。わたしがいただいたのは、料理長おすすめ定食。ホウボウや真鯛のお刺身、鰺・鯖・鰤のフライ、イシモチ一本焼、生海苔としらすの茶碗蒸し、しらすご飯、みそ汁等々凄いボリュームのセットでした。とても美味しく、このボリュームにもかかわらずお代わりをしてしまいました。絶対にまた来たいと思います。漁港にいると、昔毎日釣りをしていたころを思い出します。漁港にいると、なぜかとても楽しい気持ちになります。今日は天気も良く、海上ベタ凪、多少風はありますがまさに釣り日和ですね。釣りをしている方がちらほらおりました。どんな魚を釣っているのでしょうか、とても羨ましかったです。
明日は、千葉県松戸市へ出張買取。今夜も早寝します。

東京都練馬区春日町にて、中島宏の水指、波多野善蔵、西岡小十の茶碗、伊勢崎満の花生など。

東京都練馬区春日町にて、人間国宝中島宏の青磁水指、波多野善蔵の萩茶碗、西岡小十の絵唐津茶碗、伊勢崎満の備前細口花生、贈答品、チーク材のテーブルなどお売りいただきました。

先日遺品整理でお呼びいただいたお客様より、再度出張買取のご依頼をいただきました。今回もまた、お父様、お母様が大事にされていたお茶道具や陶芸作品をお売りいただきました。数多く所有されるお道具の中から、一点一点査定し、買い受けさせていただきました。買い取らせていただいたものの中には、重要無形文化財(人間国宝)である中島宏の作品をはじめ、色々な作家物の作品がございました。陶芸作品の他にも、チーク材のテーブル、贈答品、食器、衣類、火鉢なども併せて買い受けました。まだまだ所有されるお道具を、年内にまたお売りいただけるとの事、楽しみにお待ちしております。良いお道具をお譲りいただき有難うございました。練馬区のお客様宅へ向かう途中、埼玉県新座市にある富士山食堂へ寄らせていただきました。こちらは以前、三珍というお店でしたが、いつの間にかお店の名前が変わっておりました。本日の日替わりセット牛スジカレーにトンコク醤油ラーメンのセットをいただきましたが、すごいボリュームで満腹になってしまいました。次回は、満腹丼かワイルドステーキなるものをいただきたいと思います。
六角堂では、陶芸作品の買い取りを強化しております。ご自宅でずっと眠っている陶芸作品をお持ちの方は陶磁器買取に経験豊富な六角堂をお呼びください。査定のみでも結構ですので、たくさんのご依頼お待ちしております!東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。

中島宏 (なかじま ひろし)1941年(昭和16)~(現在)
日本現代陶芸界を代表する青磁斯界の第一人者で、「中島青磁」、「中島ブルー」と呼ばれる独創的な作品は高い評価を受けており、中国青銅器に学んだ新しい造形の世界を追求しています。青磁釉層に発達した貫入に黒い顔料をにじませた郊壇官窯風の青磁も得意とします。
1941年 佐賀県武雄市に生まれる
1969年 弓野古窯跡に登窯を築いて独立
1977年 日本伝統工芸展で奨励賞を受賞
1984年 中国古陶磁研究所訪中団に参加。青銅器に感銘を受ける。
1990年 佐賀県重要無形文化財技術保持者に認定
1992年 日本陶芸の「今」百選フランス・パリ展に招待出品
1997年 佐賀県芸術文化功労賞を受賞
2007年 重要無形文化財(青磁)の保持者に認定

波多野善蔵(はたのぜんぞう)1942(昭和17)~(現在)
現代工芸界の重鎮であった吉賀大眉に師事して作陶の幅を大きく広げ、伝統的な古萩茶陶を追求した優れた作行や蹴轆轤の技術には定評があります。
釉薬を掛けずに焼き上げて鮮やかな橙色に発色させる「緋色」という技術を考案しました。
1942(昭和17)年、佐賀県唐津市に生まれました。
1968(昭和43)年、萩焼窯元・波多野家(波多野指月窯)の養子となりました。
1972(昭和47)年、山口県美術展で知事賞を受賞しました。
1974(昭和49)年、九州・山口陶磁展で第一席を受賞しました。山口県美術展で文部大臣奨励賞を受賞しました。
1975(昭和50)年、九州・山口陶磁展で第一席を受賞しました。
1978(昭和53)年、日本工芸会山口支部展で支部長賞を受賞しました。
1981(昭和56)年、日本伝統工芸展で日本工芸会奨励賞を受賞しました。日本工芸会正会員となりました。
1982(昭和57)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、田部美術館「茶の湯の造形展」にて優秀賞を受賞しました。
1992(平成4)年、山口県選奨(芸術文化功労)を受賞しました。
2002(平成14)年、山口県指定無形文化財に認定されました。

伊勢崎満(いせざきみつる)1934(昭和9)~(現在)
弟の伊勢崎淳と共に岡山県重要無形文化財に認定されました。
古備前への探究心と彫塑で培った造形感覚を駆使し、円熟した陶技からはベテラン作家としての貫禄が伝わってきます。
作品によって登窯と中世の穴窯を使い分け、電気窯やガス窯は使用しない松割木による焼成にこだわっています。
1934(昭和9)年、伊勢崎陽山の長男として岡山県備前市に生まれました。
1957(昭和32)年に岡山大学教育学部特設美術科彫塑専攻を中退後、父に師事して本格的に備前焼に取り組みました。
1961(昭和36)年、弟・淳と姑耶山の古窯跡に備前で初めて中世の古窯(半地上式穴窯)を復元。
1964(昭和39)年、日本工芸会正会員となりました。
1972(昭和47)年、備前陶心会会長に就任しました。
1973(昭和48)年、緋襷花器が外務省に買い上げられ、中国の日本大使館に展示されました。
1974(昭和49)年、金重陶陽賞を受賞しました。
1984(昭和59)年、岡山日々新聞社文化賞を受賞しました。
1987(昭和62)年、日本工芸会中国支部審査員に就任しました。
1990(平成2)年、岡山県文化奨励賞を受賞しました。
1994(平成6)年、山陽新聞文化功労賞を受賞しました。
1998(平成10)年、田部美術館大賞「茶の湯の造形展」で大賞を受賞しました。

西岡小十(にしおかこじゅう)1917(大正6)年~2006(平成18)年
西岡小十は佐賀県唐津市に生まれました。本名を悟といいます。
古陶器に関する周到な研究に裏付けられた確かな技術力は、世界的権威のある陶磁研究家・小山冨士夫をも魅了し、「唐津焼の事なら知り尽くしている古唐津の神様」と言わしめ、荒川豊蔵には「唐津を熟知している西岡には何も言う事がない」と評されました。
世間の私利私欲とは無縁の無冠を貫いて絵斑唐津、梅華皮(かいらぎ)といった古唐津再興に邁進した、現代唐津焼の第一人者として不動の地位を確立しています。
茶陶を専門に焼き茶碗、花瓶、水指など風合い豊な情景を表現している。
1953(昭和28)年頃から古唐津を再現すべく、
唐津古窯跡の発掘調査を始めました。
1969(昭和44)年、小山冨士夫と親交を深めました。
1971(昭和46)年、小山冨士夫の指導を受けて「小次郎窯」を開窯しました。
1976(昭和51)年、荒川豊蔵が来窯しました。
1980(昭和55)年、藤原啓が来窯しました。
1981(昭和56)年、「絵斑唐津」の復元に成功しました。
荒川豊蔵の命名による「小十窯」を開窯しました。
1983(昭和58)年、「梅花皮唐津」の復元に成功しました。
1999(平成11)年、石川県辰之口町に加賀唐津「辰之口窯」を開窯しました。

埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、琉球紅型、谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像(黒檀厨子)など。

埼玉県熊谷市にて、桐箪笥、お着物、琉球紅型、谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像(黒檀厨子)などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お婆様が大事にされていた桐たんす、琉球紅型のお着物や訪問着、留袖、紬、名古屋帯、反物、和装小物など、全て買い受けさせていただきました。また、黒檀の厨子に納められた谷脇仁光作赤珊瑚千手観音菩薩像などもお売りいただきました。大事にされていた思い出のお品、大事に次へと繋げていきたいと思います。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。出張帰りに、熊谷市にある「麺場 田所商店 熊谷銀座店」さんへと寄りました。こちらは、以前談合坂SAや市川市へ出張した際にも寄らせていただいたお店で、麦味噌のラーメンスープがとても美味しいお店です。今日は、九州麦味噌肉ネギらーめんをいただきました。ご当地味噌を使った味噌ラーメン、味噌好きにはたまらないです。

琉球紅型(りゅうきゅうびんがた)
紅型は琉球王府、首里、浦添を中心に、婦人の礼装として、また神事に関する古式の服装として摺込みの手法で染められたのが、琉球紅型のおこりだといわれています。 その後、14~15世紀、中国や東南アジアとの海外交易により中国の印花布の技法や印度、ジャワなどの染色技法が伝わります。 やがて沖縄の気候風土と自然に育まれながら、沖縄独自の紅型が誕生しました。第2次大戦により壊滅的な打撃を受けましたが、戦後、紅型保存会の結成、沖縄びんがた伝統技術保存会の結成、昭和59年の国の「伝統的工芸品」の指定を経て、その振興が図られています。昨今では、着物や帯などの和装、日常装飾品、着尺、訪問着、振袖、帯地、他に壁掛け、風呂敷、のれん、掛軸、その他装飾品の用途も広くなり、沖縄県内外の人々から歓迎されております。

谷脇仁光
1958年 高知県生まれ
1980年 父、黄綬褒章珊瑚彫刻家谷脇利光に師事。雅号(仁光)を授かる。
1988年 珊瑚名作コンテストにおいて、観光連盟会長賞受賞。現在に至るまで数々の賞を受賞
2006年 高知県技能功労章受賞。
現在も、利光のもとで伝統工芸を継承し、数々の作品を生み出しております。

千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)
千手観音菩薩は「観音様」と呼ばれる観音菩薩の一種。「観音」は、観察の観、人々の声である音に由来します。
つまり、観音菩薩は人々を観察して救済する仏です。千本の手は観音様が無限に手を差し伸べる様子を表します。
千手観音の正式名称は千手千眼観世音菩薩と呼びます。一本の手に一つの眼が刻まれていることに由来し、千の眼は人々をしっかりと見て導くという意味がございます。

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、日本人形、陶芸家廣瀬義之(師 藤本能道)作 色絵朝顔乃図香炉。

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、日本人形、廣瀬義之(師 人間国宝藤本能道)作 色絵朝顔乃図香炉をお売りいただきました。

昨日は東京都清瀬市で、解体業者様にお呼びいただき、買取の物量が多かったので朝から一日作業となってしまい、買取事例の更新が出来ませんでした。
古酒、バカラのグラス、リヤドロのフィギュリン、マイセン、鼈甲のメガネなどの小物をはじめ、マントルピースや机、サイドボード、コレクションケースなどの家具を多数お売りいただきました。後日、商品を更新させていただきたいと思います。
本日は、東京都武蔵野市にてお引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。総桐の小箪笥、日本人形や博多人形、陶芸家廣瀬義之の色絵朝顔乃図香炉などを買い受けました。廣瀬義之氏は、色絵磁器で人間国宝になられた藤本能道氏を師に持つ陶芸家で、自身も色絵磁器をたくさん造られております。良いお品をお売りいただき、ありがとうございました。
作家物はもちろん、六角堂では作家の無い陶芸作品も買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。

廣瀬義之(ひろせよしゆき)陶芸家
1954 栃木県に生まれる。
1980 東京藝術大学工芸科卒業
1982 同大学工芸科大学院修了
1984 同大学工芸科研究生を経て、同大学非常勤助手となる。
1986 人間国宝・藤本能道氏に師事
1992 青梅にて独立し、作陶
1994 日本工芸会正会員 認定
1997 新宿高島屋にて「藤本能道・弟子たち展」出品
1998 日本橋三越 ホテルニューオータニにて逸品会展
(以後 00、’02、’06出品)
国際交流基金 作品買上
引き続き 日本橋三越にて「廣瀬義之セラミック展」
(以後 ’00、’02、’06開催)
2000 立川高島屋にて「藤本能道・門下生色絵磁器展」出品
2001 日本橋三越「陶・食のうつわ展」(以後 ’05出品)
2002 青梅市 作品買上
2003 日本橋三越にて「色絵磁器6人展」出品
2008 第3回菊池ビエンナーレ展入選
(菊池寛実記念智美術館・東京)
2011 佐野市立吉澤記念美術館(栃木県)にて
「小特集・廣瀬義之の色絵」展 開催
現在 日本工芸正会員

千葉県松戸市にて、金工師寿玉作 鋳銅製柿の置物、銀泉堂恵比寿大黒の置物など。

 

千葉県松戸市にて、金工師寿玉作 鋳銅製柿の置物、銀泉堂恵比寿大黒の置物などお売りいただきました。

本日は、千葉県船橋市へ桐箪笥、お着物の見積もり、松戸市へと置物などの出張買取をさせていただきました。松戸市は、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。長火鉢や南部鉄瓶の他、木彫りや金工置物などを多数お売りいただきました。お忙しい中、ありがとうございました。千葉県内を移動途中、市川市にある「権左衛門」さんへと寄りました。鉄鍋らぁめんという看板につられ、お店へと入りましたので、もちろん鉄鍋ラーメンをいただきました。山菜やもやしなどがたくさん入っており、味噌というよりは担々麺風のラーメンで熱々のスープがとても美味しかったです。
ただいま六角堂では、金工作家のお品を探しております。
飴谷有珉、石黒光南、初代魚住為楽、内島青鳳、海野盛寿(凌雲斎)、海野勝珉、二代海野美盛、海野清、圓鍔勝三、大澤光民、大島如雲、大森雪峰英友、奥山峰石、香川勝広、鹿島一谷、鹿島秀広、桂盛仁、加藤忠三郎(紫金堂)、香取秀真、香取正彦、門脇喜平、金森映井智、金谷五郎三郎、加納夏雄、鴨下春明、菊池政光、北村静香、黒川栄勝、黒瀬宗康、高玉斎一久、小林親光、駒井音次郎、齋藤明、佐々木象堂、澤田宗味、正阿弥勝義、須賀松園、須賀月真、関谷四郎、紹美栄祐、鈴木長翁、鈴木盛久、高村豊周、田口壽恒、玉川宣夫、帖佐美行、塚田秀鏡、豊田勝秋、内藤四郎、中川衛、中杉与七、二橋衡、根来実三、野上龍起、般若勘渓、羽原秋芳、本間琢斎、蓮田修吾郎、増田三男、丸谷瑞堂、三好三治、村田整珉、米光光正、和田美之助、山田宗美
などの金工作品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。

埼玉県日高市、入間市へ出張見積もりへ行ってまいりました。

埼玉県日高市、入間市へ出張見積もりしてまいりました。本日は見積もりのみ、二件回ってまいりました。日高市では、桐箪笥、お着物、入間市では時代和家具、お茶道具、書道具の見積もりでした。お引越しが決まり次第、お呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしてます。仕事帰りに、入間市にあるコストコさんへ寄りました。さすがアメリカの企業、量がどれも半端ないです。家族にティラミスとパンを買って帰りましたが、果たして全て食べきれるのか・・・という量です。実家におすそ分けすることにします。店内のフードコートでホットドッグ、ピザなどをいただきましたが、こちらも量が多いです。安かったので、ついつい頼み過ぎてしまいました。玉ねぎ好きのわたしには、入れ放題なのが嬉しかったです。また来たいと思います。
本日は、先日栃木県足利市で買い取った尾形乾山作 色絵定家詠十二ヶ月花鳥和歌色紙皿をご紹介したいと思います。尾形乾山は兄・尾形光琳と共に琳派の発展に大きな影響を与えた一人。京焼の名工、野々村仁清から陶芸を学ぶ。その作風は自由闊達な絵付や洗礼された中にある素朴な味わいが特徴で、多くの作品が重要文化財に指定される。芸術的香気があり、格調高く秀でたものでありました。こちらの色絵皿十二枚は、表面に藤原定家が詠んだ和歌 ― 詠花鳥倭歌各十二首 ― に因んだ花鳥の絵が描かれ、裏面に各月ごとの花鳥に因む倭歌二首づつが書かれています。表面の花鳥図の絵付けは狩野派が得意とした仁清窯と同様に狩野派絵師との合作が考えられる作品です。季節の雰囲気をよく捉えた各月の絵は、下地の温雅な色調に鉄絵具の褐色が効果的に使われており、乾山焼の中でも逸品といえます。

尾形乾山(おがたけんざん)
寛文3年(1663年)〜寛保3年(1743年7月22日) 81才没。
京都の呉服商「雁金屋」の当主 尾形宗謙の三男として生まれる。尾形光琳は兄。
野々村仁清に陶芸を学び、元禄12年(1699)、37歳のとき京都市の鳴滝に開窯する。
その場所が都の北西(乾)の方角あたることから、「乾山」と号した。
正徳2年(1712)、二条丁子屋町に移住して多くの作品を手がけ「乾山焼」として世にもてはやされた。
享保12年(1731)江戸入谷に移住。
寛保3年(1743)逝去。81歳。
鳴滝時代末期から丁子屋町時代にかけて、兄の光琳は絵付で乾山を助け、兄弟合作の作品が数多く残されている。
陶芸作品においては成形、施釉、焼成は他の専門的な陶工に任せ、絵付についても光琳との合作以外に複数の専門画家が携わっていたと思われど、
基本的には工房生産態勢をとっていたと思われる。
乾山の作品は、陶芸作品のみならず書や絵画においても、俗気を脱したおおらかで文人的な洒脱味がある。
代表作は、
花籠図(福岡市美術館、重要文化財)
金銀藍絵松樹文蓋物(出光美術館、重要文化財)
銹藍金絵絵替皿(根津美術館、重要文化財)

東京都荒川区西尾久にて、桐たんす、座卓、煙管、ガンダーラ仏の仏頭をお売りいただきました。

東京都荒川区西尾久にて、桐たんす、座卓、煙管、ガンダーラ仏の仏頭をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。家具をはじめ、お爺様の思い出のお品などをまとめて買取させていただきました。お忙しい中、お時間を合わせていただいたりお気遣いくださり有難うございました。本日は一件のみの買い取りでしたので、午後は倉庫整理をしてきました。台風が近づいてきておりますので、倉庫周りを念入りに片付けてきました。仕事帰り、仲間たちとスシローさんへと行き、大好物の茶碗蒸し、お寿司、デザートをいただきお腹いっぱいになりました。
ガンダーラは現在のアフガニスタンの北部にあり、古代の交通の要衝にあたります。紀元前四世紀のアレキサンダー大王の東方遠征以来、ギリシア文化やインド文化など、東西文明の交流がさかんな土地となりました。もともと仏教徒は偶像崇拝をせず、仏像を作らなかったのですが、ガンダーラにて神像を作るギリシア人に影響を受け、歴史上初めて仏像が作られたといわれています。そのため、ガンダーラの仏像はミロのヴィーナスを代表とする西洋彫刻的な、顔の彫りが深く、髪型もギリシア風の巻き毛などの姿をしているものが一般的です。こちらは小振りのサイズですが、ガンダーラ仏は美術品としての価値も高く、同じものは二つとありません。貴重なものをお売りいただきありがとうございました。
六角堂では、仏教美術、密教美術を探しております。
チベット仏、金銅仏、鍍金仏、銅仏像、古銅仏像、鋳銅仏像、石仏像、木彫仏像、珊瑚仏像、象牙仏像、白磁仏像、香木仏像、乾漆仏像、象嵌仏像、インド密教仏、ガンダーラ石仏、アカンサス装飾、スコッタ ストッコ像(ストゥッコ像)、テラコッタ像、仏頭、タンカ、マンダラ、仏画、中国仏画、チベット仏画、高麗仏画、朝鮮仏画、仏教彫刻、宝塔彫刻、仏舎利(ぶっしゃり)彫刻、舎利塔(しゃりとう)彫刻、多宝塔(たほうとう)彫刻、仏具、厨子、線香、香木、数珠、如意(にょい)、金剛杵(こんごうしょ)、釣鐘、香炉、宝珠、経典、経巻、経箱、石彫レリーフ、愛染明王、阿弥陀如来、韋駄天、観音菩薩、地蔵菩薩、釈迦三尊象、釈迦如来、十一面千手観音、十二神将、千手観音、大黒天、毘沙門天、不動明王、弥勒菩薩、薬師如来などがございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。仏教美術、密教美術に詳しい鑑定士が、見積もりにお伺いします。

栃木県足利市にて、陶磁器、仏像、ブロンズ像、線香、絵画、壁掛など。

 

栃木県足利市にて、陶磁器や絵画、総白檀彫聖観音像、北村西望のブロンズ像「天女の笛」、大道寺光弘のブロンズ像「藍色の風」、国産や中国線香、徳斎の立体古民家壁掛け、ビリケンのブロンズ置物など、多数お売りいただきました。

お家の建て替え前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日は栃木県足利市への長距離出張、関越道、北関東道で向かいました。雨の中での作業となりましたが、お客様が駐車スペースを用意してくださりましたので、スムーズに作業を進めることが出来ました。お爺様が生前、絵画、仏像、彫刻、陶磁器などの骨董品を集めるのがお好きだったとの事で、数多くのお品をお売りいただきました。北村西望や大道寺光弘のブロンズ像、白檀の一刀彫の聖観音像などを買い受けました。聖観音の白毫(びゃくごう)には、ダイヤモンドが付いており、大変珍しいものでした。白毫とは、仏像の額の箇所にある点のことで、こちらは巻き毛を表したもので仏の知恵を示し、光を放って人々を救われたようです。白毫があるのは、釈迦や観音の如来、菩薩像のみで、四天王や不動明王などの天部、明王像にはついておりません。また、木材には、香木である白檀が使われております。状態も良く、共箱、鑑定書も付いておりました。大仏師である、松本明慶の大日如来像の共箱もございましたが、こちらは肝心の仏像が見当たらなかったので、また次回見つかり次第お売りいただくこととなりました。線香は、日本のものの他、中国で購入されたものなどがあり、竜涎香の線香など面白いものもございました。古民家を立体的に彫った徳斎作の壁掛けなども買い受けさせていただきました。壺、花器、茶碗、香炉、大皿などの陶磁器も、多数お売りいただきました。たくさんのお道具をお売りいただき有難うございました。お爺様の集められていた思い出の品々、大切に次へと繋げさせていただきます。お家が広く、お品も多かったので、だいぶ時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。また、途中お茶をいただいたり、お気遣いありがとうございました。帰りに近場でお勧めの食事処をお聞きしましたが、水曜日は定休日との事で残念。北関東道のPAへ寄るもこちらはコンビニしかなく、関越道上里SAで食事をしました。足利市へ向かうときの食事も、上里SAでした。行きは姫豚ミックス丼、帰りは溶岩焼ロース・バラ丼でどちらも豚丼。残念ながら栃木の地元料理は食べれませんでしたが、どちらの豚丼もとても美味しかったです。また次回お呼びいただいた時には、足利市、または栃木県の地元料理をいただきたいと思います。

北村西望(きたむらせいぼう)1884(明治17) – 1987(昭和62)
京都工芸学校、東京美術学校を卒業。1915年初期代表作『怒濤』で文展2等賞を受賞。
1955年、5年がかりで長崎『平和祈念像』を完成させたことで知られている。
1958年文化勲章、文化功労者顕彰。1969年紺綬褒賞、日展会長就任。

大道寺光弘(だいどうじみつひろ)北海道出身の彫刻家
1985年に単身アメリカニューヨークへ渡り、独学で彫刻を学び、1987年にインターナショナル・アート・コンペティションのゴールドメダルを受賞したアメリカで認められた実力派。現在はニューヨークと富山県高岡市のアトリエを拠点に活動を続けています。
インターナショナル・アート・コンペティションは新進芸術家の登竜門として美術界に威光を放つもので、歴代受賞者はいずれも世界をまたにかけて活躍を見せております。
大道寺光弘の作品に流れる清らかな透明感、ひときわ優れたしなやかな技量、そして何より慈しみ深い優しい視点が絶大な人気を博し、「Daidoji」の名でアメリカをはじめ海外でも広く知れ渡っており、多くの企業が作品の買い上げを行っております。

東京都板橋区大和町にて、和たんす、水屋箪笥、平安揚光堂造 東西大家作画 結文菓子盆など。

東京都板橋区大和町にて、和たんす、水屋箪笥、平安三上揚光堂造 東西大家作画 結文菓子盆などお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。こちらは、平安三上揚光堂造の東西大家作画、結文菓子盆5枚(竹内栖鳳、横山大観、上村松園、川合玉堂、小室翠雲など銘々盆)になります。東西の大家作画の蒔絵が黒肌に映え、上品で素晴らしい作品です。お忙しい中、当社のご指名、良いお品をお譲りいただきありがとうございました。
仕事を終え帰宅すると、長男が図書館から柔道の本をレンタルしておりました。柔道を習いたいのか?と聞くと、父ちゃんを一本背負いでぶん投げたいと・・・。慌てていつも行く焼肉屋さんにお肉を食べに行きました。まだまだ子供にやられてはならないと、わたしはお肉をたくさんいただき、息子には野菜をたくさん食べさせました。野菜をたくさん食べると強くなるぞと子供に言い聞かせて・・・。しばらくの間、家具など重たいものはわたしが運ぶようにして、体を鍛えたいと思います!!

六角堂では蒔絵などの漆芸作品の買取りに力を入れています。ご自宅にお持ちの蒔絵・漆芸作品について、売却をお考えの際はお気軽にご相談ください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。衝立や座卓、書棚、飾り棚などの蒔絵家具や印籠・棗・硯箱・手箱などのほか、椀・皿・お盆・屠蘇器・重箱など日用品にも価値のあるものが多くあります。蒔絵・漆芸作品に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定させていただきます。
以下が強化買取り蒔絵・加飾、漆芸作家となります。
高野松山、柴田是真、山本春正、原羊遊斎、神坂祐吉、植松包美、植松抱民、川之邊一朝、池田泰真、白山松哉、飯塚桃葉、沢田宗沢斎、松田権六、赤塚自得、大場松魚、寺井直次、田口善国、室瀬和美、中野孝一、音丸耕堂、前大峰、前史雄、三谷吾一、的場晃昌、磯井如真、磯井正美、太田儔、赤地友哉、増村益城、磯矢阿伎良、塩多慶四郎、大西勲、小森邦衞、増村紀一郎、北村昭斎、黒田辰秋、太田抱逸、岡本康伸、天野文堂、藤井観文、山崎覚太郎、竹園自耕、佐藤貞一、井波喜六斎、張間禧一、勝田静璋、天野策地、張間麻佐緒、堆朱楊成、一后一兆、辻石斎、箱瀬淳一、服部峻昇、金城一国斎
上記作家以外ののお品でも高額となる場合がございますので、気になるお道具がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

神奈川県川崎市中原区にて、アンティーク家具、絵画、玄?作者不詳裸婦のブロンズ像。

神奈川県川崎市中原区にて、アンティーク家具、絵画、玄?作者不詳裸婦のブロンズ像をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。家具や絵画、ブロンズ像や置物などを買い受けさせていただきました。作者が分からなかったのですが、玄?とサインのある裸婦のブロンズを買わせていただきました。共箱などはありませんでしたが、出来が良く人気の裸婦像でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。本日は、横浜で中国のオークションがあり、各地から同業者の仲間たちが集まっておりました。山下公園の側が会場だったので、出張帰りに寄らせていただきました。8~9割近くの方が中国の方でしたが、全国各地の仲間たちがオークションを見に来てました。近年中国骨董の価格が下落気味との事ですが、それでもまだまだお高いです。今でも活気がございます。数もたくさん集まっており、昨日の下見を入れて、四日間の開催のようです。たくさんの名品が見れて、とても参考になりました。帰宅時、横浜市中区山下町にある、『中国食堂分店 李さんの店』へと寄りました。アットホームな雰囲気のお店で、味も良くボリュームもございます。中華街から若干離れているからでしょうか、価格もリーズナブルです。とても美味しく、たくさん注文し過ぎてしまいました。また寄りたいと思います。
ただいま六角堂では、ブロンズや木彫りなどの彫刻物を強化買取りしております。
強化買取中の作家は、以下となります。下記作家以外の彫刻も多数探しておりますので、お問い合わせください。
青木野枝 (あおき のえ)| 朝倉響子 (あさくら きょうこ) | 朝倉文夫 (あさくら ふみお) | 雨宮淳 (あめのみや あつし) | 雨宮敬子 (あめのみや けいこ) | 安藤照 (あんどう てる) | 飯田善国 (いいだ よしくに) | 池田宗弘 (いけだ むねひろ) | 石井鶴三 (いしい つるぞう) | 市村緑郎 (いちむら ろくろう) | 伊藤隆道 (いとう たかみち) |井上武吉 (いのうえ ぶきち) | 植松奎二 (うえまつ けいじ) | 牛尾啓三 (うしお けいぞう) | 圓鍔勝三 (えんつば かつぞう)| 大河原隆則 (おおかわら たかのり) | 緒方良信 (おがた よしん) | 岡本太郎 (おかもと たろう) |荻原碌山 (おぎわら ろくざん) | 川崎普照 (かわさき ひろてる) | 川俣正(かわまた ただし) | 川村吾蔵 (かわむら ごぞう) | 菊池一雄 (きくちかずお) | 北郷悟 (きたごう さとる) | 北村西望 (きたむら せいぼう) | 木内克 (きのうち よし) | 清水九兵衛 (きよみず きゅうべえ) | 黒川晃彦 (くろかわ あきひこ) | 昆野恒 (こんの ひさし) | 坂坦道 (さか たんどう) | 佐藤忠 (さとう ちゅう) | 佐藤忠良 (さとう ちゅうりょう) | 新海竹太郎 (しんかい たけたろう) | 新宮晋 (しんぐう すすむ) | 新谷琇紀 (しんたに ゆうき) | 澄川喜一 (すみかわ きいち) | 関根伸夫 (せきね のぶお) | 高村光雲 (たかむら こううん) | 高村光太郎 (たかむら こうたろう) | 田中治彦 (たなか はるひこ) | 棚田康司 (たなだ こうじ) | 茶圓勝彦 (ちゃえん かつひこ) | 土屋公雄 (つちや きみお) | 富永直樹 (とみなが なおき) | 戸谷成雄 (とや しげお) | 内藤礼 (ないとう れい) | 中原悌二郎 (なかはら ていじろう) | 中村晋也 (なかむら しんや) | 流政之 (ながれ まさゆき) | 成田亨 (なりた とおる) | 西常雄 (にし つねお) | 能島征二 (のうじま せいじ) | 野本喜石 (のもと きせき) | 橋本堅太郎 (はしもと けんたろう) | 橋本平八 (はしもと へいはち) | 濱田亨 (はまだとおる) | 半田富久 (はんだ とみひさ) | 平井一嘉 (ひらい かずよし) | 平櫛田中 (ひらくし でんちゅう) | 蛭田二郎 (ひるた じろう) | 舟越桂 (ふなこし かつら) | 舟越保武 (ふなこし やすたけ) | 星野敦 (ほしの あつし) | 細川宗英 (ほそかわむねひで) | 堀内正和 (ほりうちまさかず) | 本郷新 (ほんごう しん) | 三木富雄 (みき とみお) | 三沢厚彦 (みさわ あつひこ) | 村上天心 (むらかみてんしん) | 最上壽之 (もがみ ひさゆき) | 百瀬啓一郎 (ももせ けいいちろう) | 矢形勇 (やがた いさむ) | 安田侃 (やすだ かん) | 柳原義達 (やなぎはら よしたつ) | 籔内佐斗司 (やぶうち さとし) | 山崎猛 (やまざき たけし) | 山本眞輔 (やまもと しんすけ ) | 山本豊市 (やまもと とよいち) | 淀井敏夫 (よどい としお) | 渡辺長男 (わたなべ おさお)