カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都足立区千住にて、古染付波千鳥文四足長方水盤、南京焼祥瑞古染付煎茶碗。

 

東京都足立区千住にて、古染付波千鳥文四足長方水盤、南京焼祥瑞古染付煎茶碗など古陶磁器をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、古伊万里や唐物の染付陶磁器など。お爺様が生前集めていらっしゃったお品のようです。古染付波千鳥文四足長方水盤は江戸期のものでしょうか。波千鳥の模様が可愛いです。煎茶碗は唐物南京焼のもの。小振りのもので、お猪口にも使えそうです。中国明代後期から清代初期のものかと思われます。南京焼の古染付は一般的にに中国、明末・天啓年間「1621 ~ 27」あるいは崇禎年間「1621 ~ 44」頃に作られ江西・景徳鎮の民窯にて焼かれた染付磁器のことです。この頃既に中国と日本の間では輸出入が盛んに行われており、旧家からは時々出てきてます。数年前までは安価なものでしたがここ数年の中国の好景気の影響で骨董品としての需要が高まってきております。他にも伊万里の大皿や花瓶なども買い取らせていただきました。ご家族の思い出のお品、大切に次へと橋渡しさせていただきます。古き良き時代のお品々、まとめてお売りいただき有難うございました。
古い陶磁器はもちろん、時代家具、茶道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です。 お気軽に、ご相談ください!!
午前中には作業が終わりましたので、同じ足立区の足立市場内にある「徳田屋食堂」さんへと行きました。にある足立区へ出張する時には、よく寄らせていただいております。本日はマグロ丼をいただきました。市場食堂ですのでネタが新鮮、とっても美味しかったです。

東京都渋谷区広尾にて、北村隆の花器「憩い」、リヤドロのフィギュリン。

 

東京都渋谷区広尾にて、九谷焼の名工北村隆の花器「憩い」、リヤドロ(LLADRO)のフィギュリンNo.5222『綺麗な花ばかり』をお売りいただきました。

不動産業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。いつもお呼びいただき有難うございます。本日お売りいただいたのは、九谷焼の人気作家北村隆の花器「憩い」、リヤドロ(LLADRO)のフィギュリンNo.5222『綺麗な花ばかり』、絵画など。どれも素敵なお品ばかりでした。北村隆の作品は、何かの出展作品でしょうか。とても素晴らしい逸品です。鳥たちの憩う姿がなんとも可愛らしいです。良いお品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では北村隆の作品をはじめ、九谷焼の人気作家作品を探しております!
徳田八十吉・青木木米・武腰潤・仲田錦玉・三ツ井為吉・吉田美統・中田一於・浅蔵五十吉…
作家のないお品も多数扱っておりますので、ご処分される前に、六角堂までご連絡ください。
また、六角堂ではマイセン、ウェッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、ヘレンド、リヤドロ 、オールドノリタケ、リチャードジノリ、エインズレイ 、スージー・クーパー、大倉陶園、アビランド 、ビレロイ&ボッホ、アラビア、ロイヤルウースター、ロイヤルドルトン、KPMなどの西洋陶器や食器を強化買取りしております。たくさんのお問い合わせお待ちしております♪
帰りに、和食レストラン華屋与兵衛さんへと寄り、「ねばとろうどん」をいただきました。ヘルシーでとても美味しかったです!

北村隆(きたむらたかし)
日本文化・歴史を探求しその中で日本ならではの美意識やデザインを創造し作品とする努力の人。代表作に北前船をモチーフとした作品がありますが、縁起の良い絵柄や歴史の中での情景を金箔を用い煌びやかな彩色を施すのが特徴的です。また、今では誰も描くことができないような特大の皿にも絵付けができる数少ない職人気質の作家であります。
昭和21年生まれ
平成19年 第33回国際美術家連展 内閣総理大臣賞受賞
平成15年 日本伝統工芸士展 経済産業省局長賞受賞
平成21年 東久邇宮文化褒賞受賞
平成24年 第39回国際公募美術家連展 外務大臣賞受賞

埼玉県本庄市で着物など、東京都大田区大森西で金城次郎のぐい呑、銀盃など。

 

本日は二件の出張買取。一件目は埼玉県本庄市へ、遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物をたくさん買い取らせていただきました。生前お母様が和服の販売員をされていたようで、たくさん購入されていたようでした。数社の合い見積もりとの事でしたが、最後にお呼びいただき残り全て買い取らせていただきました。古いものなどもあり、シミがあるものもございましたが、当社精一杯の査定でお客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。お母様の思い出のお着物、大切に次へと繋げさせていただきます。二件目は、距離が離れて大田区大森西へと向かいました。業者様のご紹介で、急遽お急ぎのお客様とのことでしたので、即日出張させていただくこととなりました。お引越し前のお片付け整理とのことで、こちらでは銀盃や銀製の置物、人間国宝金城次郎のぐい呑み、贈答品などを買い取らせていただきました。次回、東郷青児のリトグラフやバカラの食器などをお売りいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。有難うございました。
二件目へ向かう途中、「やよい軒 ベスタ本庄寿店」でランチをしました。ねばとろごはんと焼魚の定食をいただきましたが、このボリュームで890円。とても健康的で美味しかったです。仕事を終え、川越市にある「磯丸水産 川越店」 さんへ、N尾氏と食事へ行きました。島寿司、しめ鯖の炙り、白海老の唐揚げなど、とても美味しかったです。久々ビールを飲みましたが、明日も出張が入っておりますので一杯のみで我慢。久々のお酒でしたので、一杯でもほろ酔いです。今日は移動が長く、疲れておりますので早寝します。おやすみなさい。

金城次郎(きんじょうじろう)
1912年(大正元年)12月3日 – 2004年(平成16年)12月24日)は那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1925年(大正12)新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。濱田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壺屋焼を守り発展に努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。

東京都渋谷区松濤にて時代箪笥など、本町にて徳田正彦の彩釉花生など。

東京都渋谷区松濤にて時代箪笥など、渋谷区本町にて人間国宝三代徳田八十吉(正彦)の彩釉花生、茶道具などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、渋谷区松濤へお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、時代箪笥やベトナムで購入されたというシェルフをお売りいただきました。時代箪笥は、明治~大正時代のものでしょうか、時代桐箪笥と前欅の時代重ね箪笥になります。重ね箪笥の金具飾りには、桜丸が使われております。古いものですが、状態の良い時代箪笥でした。古き良き時代の家具をお売りいただき有難うございました。二件目は渋谷区本町へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お引越しに伴い、茶道具などお道具を処分されるとの事でお呼びくださいました。お茶道具は、茶碗や水指、釜など一式お売りいただきました。また、人間国宝である三代徳田八十吉(正彦)の彩釉花生をあわせてお売りいただきました。底裏に九谷正彦の銘がございます。人間国宝になる前の前作ではありましたが、人気作家で当社でも買取強化している作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。良いお道具をお売りいただき有難うございました。
今日は志木市場の開催日でしたので、出張買取後に寄らせていただきました。市場が終わって、みんなで赤羽駅にある「磯丸水産 赤羽南口店」へ食事に行きました。島寿司、炉端焼きでいただく蟹味噌甲羅焼、あら汁など、とても美味しかったです。磯丸水産さんは初めて行きましたが、とても美味しくて良かったです。また寄りたいと思います。

三代 徳田八十吉(とくだやそきち) 1933(昭和8)年~2009(平成21)年
3代徳田八十吉は2代徳田八十吉の長男として石川県に生まれる。本名を正彦といいます。
1954(昭和29)年に金沢美術工芸大学を中退し、
祖父・初代徳田八十吉に釉薬の調合や上絵付け技法を学び、
父より九谷焼の上絵付け等に対する現代陶芸の革新的な創造精神を受け継ぎました。
1966(昭和41)年、一水会委員に就任しました。
1967(昭和42)年に小松市立博物館で開催された「九谷古陶磁名品展」を契機とし、
青手古九谷に範を求めて各色釉の微妙な濃淡の変化を追及する表現技法に取り組みます。
1971(昭和46)年、NHK会長賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、日本工芸会正会員となりました。
1977(昭和52)年、日本工芸会総裁賞を受賞しました。
1979(昭和54)年、日本伝統工芸展鑑査員に就任しました。
1984(昭和59)年、日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
1985(昭和60)年、北国文化賞を受賞しました。
1986(昭和61)年、日本陶磁協会賞を受賞しました。
石川県九谷焼無形文化財資格保持者に認定されました。
日本伝統工芸展の出品作品が重要無形文化財資格保持者選賞を受賞しました。
1988(昭和63)年、藤原啓記念賞を受賞しました。
日本伝統工芸展の出品作品が文化庁に買い上げられました。
3代徳田八十吉を襲名しました。
1990(平成2)年、高円宮殿下に御来窯御台臨を賜りました。
’90国際陶芸展グランプリー、小松市文化賞を受賞しました。
1991(平成3)年に日本陶芸展の出品作品が秩父宮賜杯を受賞し、
近代美術館に買い上げられました。
外務大臣表彰を受けました。
1992(平成4)年、日本伝統工芸展監査主任・審査員に就任しました。
一水会陶芸部運営委員に就任しました。
1993(平成5)年、大英博物館に碧明燿彩花瓶等が収蔵されました。
紫綬褒章を受章しました。
スミソニアン・サックラー美術館に作品が収蔵されました。
1994(平成6)年、日本工芸会理事に就任しました。
1996(平成8)年、石川県陶芸協会会長に就任しました。
1997(平成9)年、MOA岡田茂吉賞大賞を受賞しました。
重要無形文化財「彩釉磁器」の保持者(人間国宝)に認定されました。
小松市名誉市民の称号を受けました。
1998(平成10)年、メトロポリタン美術館に燿彩線文壷が収蔵されました。
2009(平成21)年、8月26日逝去。従五位に叙位される。

東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛軸。

東京都渋谷区東にて、北大路魯山人の色絵湯呑、伊東深水の工芸掛け.軸け.をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お爺様が大切にされていた骨董品などを買い取らせていただきました。久々、魯山人作品に出会えました。お売りいただいたのは、色絵の湯呑で、魯山人の共箱入り。多少シミや汚れなどございましたが、当社買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。掛軸も数点お売りいただきましたが、お客様ご期待の伊東深水は残念ながら工芸作品。ご期待にはお応えできませんでしたが、精一杯の査定で買い受けさせていただきました。お爺様の思い出のお品々、大切に次へと橋渡しさせていただきます。本日は良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日はとても良い買取が出来ましたので、吉野家さんへと寄り、鰻重(二枚盛)をいただきました。とても美味しかったです♪

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)1883~1959
明治16年(1883)上賀茂神社の社家に、父北大路清操、母とめの次男として生まれる。
明治21年(1888)父清操が逝去。福田家の養子となる。
明治36年(1903)書家を志して上京。
明治37年(1904)日本美術展覧会一等賞受賞。
明治38年(1905)書家岡本可亭の内弟子となる。
明治41年(1908)中国に渡る。篆刻を習い、古銘碑や古美術などを見て歩く。
明治43年(1910)帰国。東京で書と篆刻の商いを始める。長浜の素封家河路豊吉に食客として招かれ、書や篆刻の制作に打ち込む。「福田大観」の号で小蘭亭の天井画や襖絵篆刻など数々の傑作を残す。
大正2年 (1913)竹内栖鳳の款印を彫った縁で、富田渓仙、土田麦僊らと交流。
大正4年 (1915)福田家の家督を長男に譲り、自身は北大路姓に復帰。食客として各地を回る。
大正10年(1921)会員制食堂「美食倶楽部」を発足。
大正11年(1922)北大路家の家督を相続。 正式に北大路魯山人を名のる。
大正14年(1925)星岡茶寮、星岡窯を開設。
昭和30年(1955)重要無形文化財保持者(人間国宝)辞退。
昭和34年(1959)12月21日、逝去。76歳。

伊東深水(いとうしんすい)1898年~1972年
1898年 東京深川に生まれる
1910年 結城素明の紹介を得て鏑木清方に師事
1914年 日本美術院再興記念展覧会(第1回院展)入選
1927年 深水画塾設立 第8回帝展で特選受賞
1932年 山口蓬春らと青々会結成
1939年 山川秀峰らと青衿会を結成
1948年 日本芸術院賞受賞
1950年 青衿会が児玉希望の国風会と合同し日月社となる
1958年 芸術院会員に推挙される
1970年 勲三等旭日大綬章授賞
1972年 東京で歿 従四位下賜

東京都杉並区成田東にて、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢。

東京都杉並区成田東にて、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都目黒区五本木へ、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物、額、切手などをお売りいただきました。切手はシートのものが多くございましたので、高額査定で買い受けさせていただきました。二件目は杉並区成田東へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、水屋箪笥、菊花石の置物、宣徳銅瓶掛火鉢をお売りいただきました。お売りいただいた岐阜県根尾谷産の菊花石は、菊花石の最高峰と言われています。今では特別天然記念物に指定されている為、採掘ができなくなっており、希少価値が高まっています。菊花石は「鑑賞石の最高峰」といわれており、六角堂でも買取を強化しております。瓶掛とは、火鉢を小振りにした形で、茶道で使われる風炉という道具に似ております。素材は陶磁器の物と、銀や鉄など金属製の物などがあります。煎茶の席で金瓶や銀瓶、鉄瓶や土瓶などをかけて湯を沸かす道具です。使い方は涼炉によく似ていますが、涼炉とは違い、灰を調節して火を沸かします。お売りいただいた瓶掛(びんがけ)は、宣徳銅製のもので、中国人物模様、耳は象耳となっております。買い取りに来る前にと、わざわざ灰を抜いておいてくださいました。お気遣いいただきまして、ありがとうございました。いずれも、ご家族の思い出のお品とのこと、わたくしたちが大切に次へと繋げていきます。良いお品、有難うございました。
本日の昼食は、目黒区にある「中国ラーメン揚州商人 目黒本店 」へと寄りました。今日は珍しく麺を頼まずに、炒飯や野菜炒めをいただきました。揚州商人、麺はもちろん炒飯もとても美味しかったです。また寄ります!

神奈川県相模原市にて、瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど。

神奈川県相模原市にて、人気陶芸家瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど着物、和装小物をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。瀧田項一(たきたこういち)は、東京美術学校で出会った陶芸家・富本憲吉の紹介で益子の濱田庄司に入門しました。約3年間の修行を経て福島県会津で独立、以来磁器の制作を追求し続けています。修行時代に日本民藝館で出会った李朝白磁に始まり、中国、朝鮮半島から西アジアまで各地で触れた古今の陶工の仕事を吸収しながら、瀧田は自身の造形と模様を確立していきました。その仕事の根幹には、富本憲吉から教わった文様の本質、濱田庄司から学んだモノづくりの精神が息づいています。お売りいただいた白磁酒器は、徳利にわずかなカケがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、買い受けさせていただきました。お着物は、帯やちりめんの反物、訪問着や紬など。和装小物は、買い取り強化中の道明新兵衛の帯締めなどがあり、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。お着物は、残念ながら多少シミが出てしまっておりましたが、帯や反物は全体的に状態の良いものが多くございました。和装小物は、帯締めの他、帯留め、草履やバッグなどがありましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。たくさんのお道具、お着物をお売りいただき有難うございました。
帰り途中、「てんや 相模原星が丘店」さんへと寄り、「初夏の海鮮天丼」をいただきました。「あさり」「煮穴子」「漬けまぐろ(キハダ)」「海老」という4種の海鮮と、「焼き海苔天」「いんげん」と贅沢な組み合わせ。とても美味しかったです。帰宅後に、息子と近所のスーパー銭湯「真名井の湯」へと行きました。最近食べ過ぎでお腹周りが心配でしたので、サウナで頑張ってみました。たくさん汗をかいた後の炭水化物、とても美味しかったです。。。明日は一日仕分け作業の為、出張買取はお休みいただきます。

瀧田項一(たきたこういち)
1927年 栃木県烏山町鍛冶町に生まれる。
1946年 東京美術学校工芸科卒業。富本憲吉に師事、濱田庄司工房に入門。
1953年 日本民藝館新作展にて個人賞を受賞。
1958年 アジア財団によりパキスタン美術大学陶芸科講師として招聘される。
1973年 西独ケルンにて個展、ベルリン博物館買い上げ。
1980年 日本橋三越個展。
1983年 沖縄県立美術大学教授に就任。
1998年 栃木県文化功労者賞受賞。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶茶碗、龍村平蔵の袋帯など。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶々碗、龍村平蔵製の双契瑞兆文袋帯などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物や、帯などをたくさんお売りいただきましたが、一点初代龍村平蔵製の帯がございました。初代 龍村平蔵(たつむらへいぞう)は、経糸と緯糸とで構成される織物を、独特の陰影をたたえた立体の造形としてとらえ、新技法を次々と生み出しました。法隆寺、正倉院に伝わる古代裂など伝統的な織物の研究に尽力し、復元の第一人者として織物の地位を「芸術の域」にまで高めました。「いつかは平蔵の帯」というな憧れの的です。シミや汚れなどがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。他にも、今泉今右衛門窯の錦花絵紅茶々碗を買い取らせていただきました。今右衛門窯の色絵磁器は、江戸期の美意識と品格を今に伝え、その手仕事による技術は、轆轤、染付の線描き・濃み、柞灰による釉薬、松木の薪による窯焚き、一子相伝の秘法として受け継がれてきた赤絵(赤・黄・緑の上絵)の調合・技術に至り、国の重要無形文化財保持団体として認定され、高い評価を受けています。良いお着物、お道具をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、「中華食堂 日高屋」さんへ寄り、食事をしました。今日は暑さのせいかあまりお腹がすいておりませんでしたので、ワンタンスープにそら豆だけいただきました。中華料理屋にそら豆があるのは意外でした。とても安く、とても美味しかったです。

初代 龍村平蔵 (1876年 – 1962年)
1876年(明治9年)  – 大阪の両替商の長男として生まれる
1887年(明治20年) – 大阪商業学校に進学
1892年(明治25年) – 大阪商業学校を中退し呉服の道へ
1894年(明治27年) – 織物業を創業
1906年(明治39年) – 龍村製織所設立
1956年(昭和31年) – 日本芸術院恩賜賞を受賞
1958年(昭和33年) – 紫綬褒章を受章
1960年(昭和35年) – 財団法人大日本蚕糸会より恩賜賞を受ける
1962年(昭和37年) – 死去(享年86歳)

東京都港区白金にて、古伊万里、花瓶、大皿、和楽器、銀盃などの買取り。

   

東京都港区白金にて、古伊万里、花瓶、大皿、和楽器、銀盃などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、古伊万里や花瓶大皿などの陶磁器や、三味線、胡などの和楽器など。古伊万里は、鉢や皿、茶碗、蕎麦猪口、燭台などございました。近年古伊万里の人気が落ちてしまい、一時のブームは去ってしまいましたが、まだお値段のつくものもございます。多少、ニュウのあるものなどもございましたが、全て買い受けさせていただきました。他にも、人間国宝金城次郎、島岡達三などの陶磁器、ガンダーラ仏頭、古銅の仏像、掛軸などたくさんの骨董品がございましたので、精一杯の見積もり査定を出させていただきました。こちらは、またのご縁がありましたらよろしくお願い致します。駐車スペースをご用意いただいたり、お気遣いくださり有難うございました。
帰りにららぽーと富士見にあるフードコートへと行き、N尾氏と食事をしました。わたしは「マルハのカルビ丼」さんで、富良野豚丼(特盛)を、N尾氏は「洋食や 三代目 たいめいけん」さんで、オムハヤシをいただきました。ボリュームたっぷりでとても美味しかったです。出張が続いておりますが、明日からも頑張ります!

神奈川県横浜市港南区にて、階段箪笥、小箪笥、掛軸、漆器、高橋楽斎の花入。

神奈川県横浜市港南区にて、両面階段箪笥、小箪笥、掛軸、漆器、三代高橋楽斎の花入をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。メールでお問い合わせいただき、お時間を合わせようやくお伺いさせていただくことが出来ました。長らくお待たせしてしまい申し訳ございませんでした。本日お売りいただきました和家具は、欅材の両面階段箪笥と、同じく欅材に表へ金具をたくさん飾られた時代仕上げ小箪笥。階段箪笥とは、階段下の空間を有効利用する目的で、抽斗 (ひきだし) や戸棚を取り付けたたんす。江戸時代の初め、狭い町屋に登場し、箱階段と呼ばれておりました。衣裳箪笥や商業用の箪笥が現れるよりも前から使われてました。台所の間の正面にあることの多かった階段箪笥、「水屋箪笥」と同様、実際に食器や道具を入れたりするのに使われていたようです。今回お売りいただいた階段箪笥は、近年造られたもので、両面使用できる使い勝手の良い両面階段箪笥です。小振りのものですが、雰囲気の良いたんすでした。また、吸物椀や盆などの漆器、初代高橋楽斎の信楽焼うずくまる掛け花入も併せてお売りいただきました。天保年間(1830~1844)の初代より続く高橋楽斎。二代目楽斎(藤太郎)は、製陶業を継がず、その子の光之助へ三代目が受け継がれました。現在は、五代高橋楽斎が、その伝統を受け継がれております。本品は三代高橋楽斎のもの。初代、二代目が地元の職人的陶工だったため、三代高橋楽斎を初代と考える場合もあるようです。うずくまる(蹲る)とは、人が蹲った様な形をした小壺で、茶の湯では花入れ用に使います。本来は、農作業用の種を入れる壺で、鼠の被害に会わない様に、首に紐を結んで、納屋などの梁にぶら下げて使用した様です。それを茶人が花入に転用されたといわれております。良い和家具やお道具をお売りいただき有難うございました。
帰りに、大黒パーキングエリアへと寄り、ネギ塩豚バラ丼をいただきました。大黒パーキングエリアは今も昔も変わらず活気がありますね。GWで大勢の人たちが休憩をしたり食事をしておりました。GW期間中も毎日出張買取のため、休みがとれなそうです。少しでも早く帰宅して、家族孝行するようにします。明日も頑張ります!!

三代 高橋楽斎(たかはしらくさい) 1898(明治31)年~1976(昭和51)年
3代高橋楽斎は2代高橋楽斎の長男として滋賀県に生まれました。
本名を光之助といいます。
1915(大正4)年、京都陶磁器研修所に学びました。
1916(大正5)年より信楽で作陶に従事しました。
1917(大正6)年、3代高橋楽斎を襲名しました。
1941(昭和16)年、商工省より信楽焼技術保存者の資格認定を受けました。
1960(昭和35)年、ブリュッセル万国博覧会でグランプリを受賞しました。
デンマーク日本陶芸十傑展に選ばれて出品しました。
1964(昭和39)年、滋賀県指定無形文化財に認定されました。
1971(昭和46)年、労働大臣より最優秀技能者の表彰を受けました。
1973(昭和48)年、米国ロサンゼルスで市長より感謝状を受けました。
豪放な魅力をもつ古信楽や古伊賀の作風を採り入れた茶陶を中心に制作し、
4代上田直方と共に近代信楽の名工として高い評価を受けています。