カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都世田谷区成城にて、田澤謙介作加茂桐箪笥、入山白翁作乾漆小箱。

東京都世田谷区成城にて、伝統工芸士田澤謙介作加茂桐箪笥(和たんす、昇りたんす)、漆芸家入山白翁作乾漆梅蒔絵小箱をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、杉並区天沼へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物や絵画、贈答品などをお売りいただきました。お着物はシミや汚れなどございましたが、なるべくリサイクルほしいとのことでしたので、全て買い取らせていただきました。駐車スペースがなく、近くのコインパーキングまでお荷物を一緒に運んでいただいたり、お気遣いいただき有難うございました。本日二件目は、世田谷区成城へお引越し整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、伝統工芸士田澤謙介の加茂桐箪笥二竿。新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、天丸の昇り箪笥、総盆形の和箪笥になります。総盆形和箪笥の上部には引き出しや帯締めなどを入れる仕切りなどがあり、使い勝手がよさそうなタンスとなってます。田澤謙介氏は、加茂桐箪笥伝統工芸士の第一人者であり、たくさんの素晴らしいたんすを作られた方でございます。多少シミ汚れがございましたが、当社の買取強化作品ですので、二竿とも買い取らせていただきました。また、安藤七宝の花瓶や漆芸家入山白翁の乾漆梅蒔絵小箱も併せてお売りいただきました。こちらの作品は人間国宝である音丸耕堂の作品を思わせる大変素晴らしい作品でした。入山白翁は1904年(明治37年)に新潟県白根市で生まれ、その後上野美術学校(現 東京芸術大学)漆工科を卒業。白翁独自の技法を生み、数々の名作を作られました。入山白翁は漆芸作品の他、漆画・漆版画という新世界を拓きつづけました。その名声は国内・外を問わず広く政財界の著名人がその作品を愛蔵しております。本日積みきれなかった家具など、明日また運ばせていただくこととなりました。明日はローズウッドのダイニングセットなどを買い取らせていただきます。本日は六角堂をご指名いただき、有難うございました。
今日の昼食は、担々麺専門店の「香氣 四川麺条 祖師ヶ谷大蔵店」さんへ行きました。紅担担麺にパクチーをトッピングしました。麻辣が効いたピリ辛担々麺にパクチーが良く合い、とても美味しかったです。明日は練馬区石神井台、世田谷区成城へ出張買取、頑張ります!

さいたま市大宮区にて、和箪笥、着物、人間国宝井上萬二の青白磁彫文皿。

 

埼玉県さいたま市大宮区にて、和たんす、お着物、人間国宝井上萬二の青白磁彫文皿おをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。三連休明けの出張となります。お休みの間、家族旅行をしたりリフレッシュすることが出来ました。本日からまた、新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいきます。本日お売りいただいた和箪笥は岩手の民芸箪笥。欅材に南部金具の素晴らしいタンスで、五段引出しの整理箪笥。お着物は訪問着や留袖、振袖、帯、和装小物など。少々古いお着物のためシミなどございましたが、なるべく捨てずにリサイクルしてほしいとのことでしたので、当社で全て買い受けさせていただきました。次へ繋げるよう、頑張ります。また、贈答品や人間国宝である井上萬二の青白磁彫文皿おをお売りいただきました。井上萬二は「白磁」で重要無形文化財(人間国宝)となられた陶芸家で、六角堂の強化買取作家です。青白磁に牡丹の彫文の入った皿となります。やや小ぶりの皿ですが、強化買取作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取りました。良いお品、有難うございました。
近所にあるアクロスプラザ三芳に「いきなりステーキ」がオープンしたので、家族で行ってまいりました。わたしは前に神田にあるいきなりステーキさんへ行ったことがあるのですが、家族はみんな初めてでしたので喜んでおりました。すこし並びましたが、無事ステーキを完食。ガーリックライス、スープも美味しかったです。肉マイレージカードも作りましたので、これからも通いたいと思います。スーパーへ買い物に行くと、わさビーフのいきなりステーキ味が並んでおりました。いきなりステーキ、すごい勢いですね!

井上 萬二(いのうえ まんじ)
1929年3月24日 佐賀県有田町生まれ
1995年に人間国宝に認定。日本工芸会参与、有田町名誉町民。
1945年、十二代酒井田柿右衛門の元で働き始める。
1952年頃に奥川忠右衛門門下生となり白磁や轆轤の技法を学ぶ。
1958年に酒井田柿右衛門窯を退社し、県立有田窯業試験場の技官として勤務。
1969年、ペンシルバニア州立大学から有田焼の講師。
海外での活動はドイツなどでの個展や2002年3月のモナコ国王の在位45年記念の展覧会など。
1968年、第15回日本伝統工芸展で初入選。
1977年に全国伝統的工芸品展通産大臣賞。
1987年には第34回日本伝統工芸展で文部大臣賞を受賞。
1995年5月31日に重要無形文化財「白磁」保持者に認定。
1997年、紫綬褒章を受章。
2003年、旭日中綬賞受賞

東京都文京区千石にて、進藤武松のブロンズ裸婦像、カルテルやイームズのチェア。

 

東京都文京区千石にて、進藤武松のブロンズ裸婦像、カルテルのルイ ゴーストチェア、ハーマンミラー社イームズデザインのアームシェルチェアなどをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、東京都文京区千石へオフィスのお片付け整理でお呼びいただきました。カッシーナやハーマンミラー、ドマーニなどの高級デザイナーズ家具を片付けで欲しいとご連絡いただきお伺いしました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。オフィスへ到着して見渡すと有名なデザイナーズ家具や人気ブランド家具が多数ございました。だいぶ使用されていたようで状態の悪いものが多くございましたが、人気家具ですのでお客様にご満足いただける査定額で全て買い取らせていただきました。ハーマンミラー社製チャールズ&レイ・イームズデザインの代名詞とも言えるアームシェルチェアは、セカンドモデルと呼ばれている貴重なヴィンテージチェアです。ファイバーグラスというガラス繊維で強化されたプラスチックを使用しており、コレクターにはたまらない一品です。家具の他、ステンドグラスのライトや彫刻家進藤武松のブロンズ裸婦像も買い取らせていただきました。進藤武松は東京都出身の昭和~平成時代に活躍した日本の彫刻家。写実的な女性の裸体像や若い男性像を得意とした彫刻家で、美空ひばりの等身大のブロンズ像を手掛けている事でも知られています。六角堂でも買取を強化している彫刻作家の一人です。共箱の欠品、スレなどございましたが、強化買取り作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品を多数お売りいただき、有難うございました。
帰宅途中、大塚駅の近くにある「博多長浜らーめん ぼたん」へ寄りました。ラーメンに揚げネギニンニクをトッピング。濃厚な豚骨のスープに揚げネギニンニクが良く合い、替え玉を二杯追加しました。久々がっつりといってしまいました。とても美味しかったです。

進藤 武松(しんどう たけまつ)1909年1月5日 – 2000年2月12日
日本の彫刻家、日本芸術院会員。東京生まれ。東京物理学校中退。
1929年構造社彫塑研究所に入所。斎藤素巌に師事。
1934年「構造賞」受賞。
1938年文展特選。
1952年日展特選、朝倉賞、川合賞。
1961年日展評議員。
1968年日本彫刻会理事。
1973年日本芸術院賞。
1975年日展理事。
1980年日本彫刻会委員長(-1990年)。
1983年日本芸術院会員。
1984年日展顧問、日本彫刻会常務理事。
1985年勲三等瑞宝章、紺綬褒章受章。
1987年日展常務理事。
1993年、「悲しき口笛」を歌う12歳の美空ひばりの等身大ブロンズ像を制作した。

東京都江戸川区本一色にて、桐箪笥、着物、二代前田竹房斎の竹編花籠。

東京都江戸川区本一色にて、桐箪笥、着物、人間国宝二代前田竹房斎の竹花籠をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、千葉県船橋市へ出張しました。こちらでは、和家具や版画を買い取らせていただきました。いつもお客様をご紹介いただき有難うございます。二件目は、東京都江戸川区本一色へ解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、明治期の時代桐箪笥、アンティーク着物、贈答品、二代前田竹房斎の竹編花籠などを買い取りました。前田竹房斎は大阪の竹工芸家で、親子二代に渡って受け継がれた人気竹工芸作家。二代が亡くなり竹房斎は途絶えてしまいましたが、竹房斎が残した竹工芸品は、竹材の美しさをいかした独自の意匠表現に高い評価を得ており、今なお人気がございます。花籃や盛器、茶箱など、前田竹房斎の作品は六角堂でも買取を強化しております。本作は残念ながら共箱がなく、竹に痛みが多くございました。状態は悪いものの人気作家作品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。お忙しい中、わたしたちの出張時間に合わせていただき有難うございました。江戸川区へ向かう途中、千葉県市川市にある「中国ラーメン揚州商人 市川二俣店」さんへ寄りました。ネギらーめん、とっても美味しかったです。暑い日が続きますが、明日からも頑張っていきます。
六角堂では、竹編、竹籠、竹細工を高価買取しております。飯塚鳳斎、飯塚小玕斎(しょうかんさい)、飯塚琅王干斎(ろうかんさい)、田邊竹雲齋、 早川尚古斎、前田竹房斎、鈴木玩々斎 、和田和一斎などの有名作家の竹籠は特に人気があり、 高価で買取りさせていただきます。ご処分にお困りの際は、関東全域出張買取専門六角堂までお問い合わせください。

二代 前田竹房斎(まえだちくぼうさい)1917~2003
昭和~平成時代の竹工芸家。大阪出身。本名は房次。父初代前田竹房斎に師事。二代前田竹房斎を襲名。
戦後は、デモクラシーの空気に呼応するように、壁画装飾やオブジェといった、従来の工芸の枠にこだわらない前衛的な作品を制作し、日展等の団体展に出品する。
細い丸ひごを並列して、透かしと内の重ね編みとを効果的に併用した繊細な制作や、独創の重ね網代編みの花籃など、清新で力強い、高雅な格調を築き上げた。
現代生活に即した創作性の獲得に専念し、現代感覚ある意匠を得意とした。
染色など他の工芸分野も探究し、精密かつ高度な技術で、理知的で気品に満ちた作風を確立した。
また花籃や盛器、茶箱等の煎茶道具にも自由で気品のある創作精神を示した。
1917年 大阪府生まれ
1959年 第6回日本伝統工芸展初入選
1970年 第17回日本伝統工芸展入選、以来毎回入選
1972年 第19回日本伝統工芸展東京都教育委員会賞
1992年 勲四等瑞宝章
1995年 重要無形文化財「竹工芸」保持者に認定
2003年 逝去

豊島区南大塚にて、天竜作錦旗書黄楊盛上将棋駒、藤田喬平の手吹花瓶。

東京都豊島区南大塚にて、本榧の将棋盤、伝統工芸士国井天竜作錦旗書黄楊盛上将棋駒、人気ガラス工芸士藤田喬平の手吹花瓶をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お爺様の大切にされていた将棋道具の出張買取、将棋盤は本榧製で厚みのあるもの。駒は日本伝統工芸士である国井天竜の作、錦旗書 天竜師屈指の四大書体の盛上駒になります。木地は本黄楊(雲南つげ材)。王将の後ろに作者名、書体名のある本格的な駒です。状態も良く、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。また、ガラス工芸士である藤田喬平の手吹花瓶をお売りいただきました。藤田喬平はガラス界の発展のために様々な貢献をされた工芸家。藤田喬平作品は、市場でも人気があり、中でも飾筥(かざりばこ)やヴェニスのつく製品は高額となっており、六角堂でも強化買取りしております。ご不要の作品がありましたら、お問い合わせください。良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日のランチは大塚駅の側にある「万豚記 大塚店」さんへ行き、黒胡麻担担麺に炒飯と餃子のランチセットをいただきました。山椒の効いた辛口の担々麺がとても美味しかったです。濃い目のスープで癖になるお味です。また寄らせてもらいます。

藤田喬平(ふじたきょうへい)1921-2004
1921年 東京都新宿区百人町に生まれる。
1944年 東京美術学校工芸科彫金部卒業。
1947年 岩田工芸硝子に入社。
1949年 岩田硝子工芸退社し、ガラス作家として独立。
1961年 「藤田喬平硝子工芸創作展」を開催。
1964年 流動ガラスの代表作「虹彩」を発表。
1973年 飾筥の代表作「菖蒲」を発表。
1975年 デンマークの「世界のスタジオグラス展」に招待出品し高い評価を受ける。
1980年 「藤田喬平手吹きガラス作品集」(アート社)刊行。
1986年 「日本現代工芸美術展」に招待出品し、文部大臣賞受賞。
1989年 恩賜賞・日本芸術院賞受賞。日本芸術院会員に就任。
1996年 藤田喬平ガラス美術館開館。
2002年 文化勲章・文化功労者受章。
2004年 逝去。享年83歳。

東京都世田谷区桜丘にて、桐たんす、黒漆金蒔絵の鼓、南京焼染付香炉など。

東京都世田谷区桜丘にて、桐箪笥、お着物、黒漆金蒔絵の鼓、南京焼染付香炉などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、神奈川県横浜市港北区へ出張買取させていただきました。こちらでは、掛軸や火鉢、置物、贈答品などを買い取らせていただきました。掛軸は工芸軸、火鉢は陶製の者、置物はこけしや木彫りなど、状態の悪いものなどもございましたが、全て買い受けさせていただきました。まとめてお売りいただき有難うございました。二件目は世田谷区桜丘へ、遺品整理でお呼びいただきました。お母様の大切にされていた桐箪笥、お着物、黒漆金蒔絵の鼓の他、古くから実家にあったという南京焼染付香炉を買い取らせていただきました。南京焼染付香炉には銀製の火屋(ほや)が付いており、大明成化年製の底印がございます。ヒビなどもなく、比較的状態の良いものでした。香炉は当社で買い取りを強化しているお品ですので、お客様にお喜びいただける査定額で買い取らせていただくことができました。お母様の思い出のお品々、大切に次へと繋げていきます。本日は有難うございました。本日も世田谷区へ出張しましたので、よく寄っている「長浜らーめん」さんで食事をしました。もうすぐ家族で海水浴へ行くので、替え玉は一杯のみ。しばらくは爆食い禁止とします。しょっちゅう寄ってますが、「長浜らーめん」さんいつ食べても美味しいです。
香炉といけば、多くの方は仏前に置く小さな【三具足の香炉】を連想しますが、本品のような卓上や床の間用の【置香炉】、柄付きで持ちやすい【柄香炉】、吊るしておける【釣香炉】、 服の袖に入れる為の【袖香炉】、衣類に香を焚くための「被中香炉」など、香炉には様々な種類がございます。昔は「薫香」と呼ばれ、お化粧の一つとしてお香を焚いていた為、香炉は人々の生活に身近な存在でした。歴史あるお道具の一つで、古いものには高額査定となるものが数多くございます。素材も陶器製をはじめ、金や銀、銅、真鍮などの金属製、塗り物など幅広くございます。六角堂では、こうした幅広い香炉を全て買い取りの対象としておりますので、ご不要の香炉がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。また、香木や線香などの香道具も買い受けしますので、併せてお問い合わせください。

東京都板橋区常盤台にて、青木木米造の染付茶碗、伊万里錦手香炉。

    

東京都板橋区常盤台にて、桐箪笥、掛軸、青木木米造の百老人物語染付茶碗、伊万里錦手四つ足双耳香炉などをお売りいただきました。

本日は三件の出張買取。一件目は墨田区墨田区墨田へ、ペルシャ絨毯のご処分でお呼びいただきました。多少状態に問題ございましたが、ナイン産の良い絨毯でしたので、買い受けさせていただきました。二件目は埼玉県戸田市へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらではオーディオや獅子の石製置物などをお売りいただきました。三件目は板橋区常盤台へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらは不動産業者様のご紹介で、ご指名いただきました。いつもお客様をご紹介くださり、有難うございます。桐箪笥、掛軸の他、古伊万里や古陶磁器など、古き良きお品々を買い取らせていただきました。青木木米の染付茶碗の底には、聾米造とございます。聾米という号に関しては、木米は窯の中の温度を確かめるために窯に耳を近づけて、炎の燃える音で焼きの状況を判断していたため、木米の耳はいつも赤く腫れあがっており、ついには耳が聞こえなくなってしまい、そこから聾米と名乗るようになられたようです。青木木米造の百老人物語染付茶碗、伊万里錦手四つ足双耳香炉どちらもきちんと合わせ箱に収めて保管されておりましたので、状態も良くお客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお道具をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、花月らーめんさんへ寄り、新メニュー「嵐げんこつらあめんぐらんキャニオン」をいただきました。大判チャーシューに刻み生ニンニクと、とてもパワフルな一杯でした。明日は一日お休みをいただきます。

青木木米(あおきもくべい)明和4年(1767)〜天保4年(1833年7月2日)
京都生まれ。幼名八十八。字は佐平。別号に青来、百六散人、古器観、亭雲楼、九九鱗、聾米。
高芙蓉に書を学び、後に作陶に目覚めると30歳を境に京都粟田口に窯を開き評判を得る。
加賀藩前田家の招聘を受け、絶えていた加賀九谷焼の再生に尽力した。
陶工としては煎茶器を主に制作。白磁、青磁、赤絵、染付など幅広い作品を手掛けた。
永樂保全、仁阿弥道八とともに京焼の幕末三名人とされる。

横浜市中区にて、茶道具、金城次郎の魚文花瓶、永楽善五郎(即全)の瓢酒瓶。

神奈川県横浜市中区にて、茶道具、人間国宝金城次郎の魚文小花瓶、千家十職永楽善五郎(即全)の交趾瓢酒瓶一対をお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、東京都北区西ヶ原へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、贈答品、置物などを買い取らせていただきました。古く痛みやシミの出てしまっているものも多くございましたが、捨ててしまうのはもったいないお品、全て買い受けさせていただきました。数多くお売りいただき有難うございました。二件目は、神奈川県横浜市中区へお茶道具や骨董品の整理でお呼びいただきました。数年前に茶道をやめられてしまい、思い切ってすべて処分したいとのご依頼でした。茶道具は、永楽善五郎をはじめ千家十職のものなど、骨董品は、金城次郎など人間国宝のものから作家のない窯ものなど幅広くお売りいただきました。陶器の他、掛軸や時代人形なども併せてお売りいただきました。思い出のある大切なお品だった為、大切に次へと橋渡ししてほしいとのこと、責任もって次へと繋げさせていただきます。良いお道具をお売りいただき有難うございました。中華街が近かったので、帰りに「龍海飯店」というお店に行きました。こちらは142品食べ放題とのことで、今夜もまた暴食してしまいました。こちらのお店お勧めの小籠包はもちろん、大根餅などとても美味しかったです。今晩は腹筋してから寝るようにします。

十六代永樂即全(えいらくそくぜん) (本名:茂一)1917年-1998年
1917年 「十五代:永樂善五郎(正全)」の長男として生れる
1935年 「十六代:永樂善五郎」を襲名
1936年  大磯城山荘内に城山窯を築窯
1971年  表千家「十三代:即中斎宗匠」より「陶然軒」の席号を授かる
1983年  京都府文化功労賞受賞
1990年  勲五等瑞宝章受章
1998年  長男・紘一に家督を譲り「即全」と号す

金城次郎(きんじょうじろう)1912年(大正元年)– 2004年(平成16年)
那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。
1925年(大正12)新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事。
1945年(昭和20)沖縄戦終結。
1946年(昭和21)那覇市壺屋に築窯。濱田庄司、河井寛次郎らの指導の元で壺屋焼を守り努める。
1972年(昭和47)沖縄本土復帰。読谷村に移住。
1985年(昭和60)4月13日、人間国宝に認定、沖縄県功労章受賞。
1993年(平成5)勲四等瑞宝章受賞。
2004年(平成16) 没。享年92。

東京都青梅市にて、欅材小箪笥や小引出し、刀剣、刀装具など。

 

東京都青梅市にて、欅材小箪笥や小引出し、刀、脇差、短刀、薙刀などの刀剣、鍔など刀装具をお売りいただきました。

先日お邪魔した青梅市のお客様宅へ再度出張させていただきました。先日お邪魔した際にはお茶道具などを買い取らせていただきましたが、本日は刀剣類などを買い取らせていただきました。こちらのお客様はお売りいただくお品が多く、この後二回、合計四回に分けて出張させていただきます。本日お売りいただいた刀剣は四件の相見積もりでしたが、当社が全て買い取らせていただくこととなりました。先日お見積りした後、短刀が数本増えましたので、追加査定で買い取らせていただきました。お売りいただいた刀剣や刀装具には、日本美術刀剣保存協会が発行している特別貴重刀剣の認定書が付属されているものもございました。状態の悪いものも多くございましたが、銘のあるものが多くございました。お父様が大切にされていた刀剣類、当社で大切に次へと残していけるよう頑張ります。また、欅材小箪笥や小引出などの和家具も今回買い取らせていただきました。運び出しにご協力いただき有難うございました。次回買い取らせていただく陶器の数が多く、仕分けをしながら箱詰めさせていただきました。途中休憩をいただきましたが、お客様に食事の差し入れをしていただきました。本日も暑かった為、冷やしおろしうどん、とても美味しかったです。ご馳走様でした。次回はトラック二台でお邪魔し、家具や陶器を買い取らせていただきます。本日はありがとうございました。帰宅途中に青梅駅の近くでしょうか、昭和レトロ商品博物館というところを通りました。わたしたち古物商好みの古き良き時代の雰囲気があふれる博物館でした。こちらの並びには懐かしい映画の看板などが飾られており、とても雰囲気の良い場所でした。いずれ寄りたいと思います。

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、須田青華の徳利、江戸中期の古瀬戸香炉

東京都武蔵野市にて、桐箪笥、お茶道具、須田青華の祥瑞瓢形徳利、江戸中期の古瀬戸香炉(紫野大徳寺11代管長小田雪窓極め箱)をお売りいただきました。

遺品整理でお呼びいただきました。お母様が生前、茶道をされておりお道具を処分されたいとのことでお呼びくださりました。茶道具はお稽古用のものから作家物など多数ございました。一点一点査定させていただき、全て買い取らせていただきました。茶道具の他、明治期の時代桐箪笥、須田青華の徳利や時代香炉をお譲りいただきました。須田青華は北大路魯山人とも造詣が深い九谷焼の名門。江戸中期の古瀬戸香炉は古瀬戸に銀製火屋が付いており、合わせ箱の蓋裏には紫野大徳寺11代管長小田雪窓の極めがございます。若干カケがございましたが、当社の買取強化商品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお道具を多数お売りいただき有難うございました。帰宅途中に天下一品さんへ寄り、こってりラーメンをいただきました。このこってり感は癖になってしまいますね。明日は青梅市へ出張買取、頑張ってきます!

須田菁華(すだせいか)
初代 須田菁華  (1862~1927)は、文久2年(1862)金沢の商家に生まれる。初名与三郎。
染付・祥瑞・安南・伊賀・万暦・古赤絵・古九谷などの彷古品に妙技を振るう。
大正4年(1915) 北大路魯山人(当時福田大観)が訪れ魯山人に陶芸の手ほどきをする。
江沼郡九谷陶器同業組合長。昭和2年(1927) 没。
二代 菁華    明治25年(1892)~昭和46年(1971)初代菁華の子。本名吉次。
三代 菁華    大正5年(1916)~昭和56年(1981)
四代 菁華    昭和15年(1940)~
三代菁華の子。金沢美術工芸大学洋画科卒業後、家業を継承するべく父、祖父に就いて陶法を修行。昭和56年(1981)三代菁華の死去に伴い、四代を襲名。

小田雪窓(おだせっそう)
臨済宗の僧。大徳寺五百六世。姓は小田、雪窓は道号、諱は宗甫、室号は蔵暉。五百三世後藤瑞巌の法を嗣ぐ。僧堂師家となり、昭和30年十一代管長に就任、のち開堂した。龍翔寺に住した。昭和41年(1966)寂、65才。