カテゴリー別アーカイブ: 美術品・骨董品

東京都豊島区上池袋にて、舟越保武のブロンズ像「ローラ」など。

東京都豊島区上池袋にて、舟越保武のブロンズ像「ローラ」などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は、千葉県市川市にて、ちゃぶ台、時代人形ケース、漆器の盆などを買い受けさせていただきました。お時間の調整をしていただいたり、お気遣いくださり有難うございました。二件目は、知人の業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、ギターなどのリサイクル品や、贈答品、絵画、舟越保武のブロンズ像「ローラ」などを買い取らせていただきました。いつもお客様をご紹介いただき有難うございます。二件目の豊島区へ向かう途中、「麺場 田所商店松戸二十世紀が丘店」さんへと寄り、期間限定の広島味噌らーめんをいただきました。まだ風邪気味ですので、わたしは風邪に良いネギをトッピング、O橋氏は、北海道味噌らーめんに大ライス、ネギチャーシュー、更に餃子を追加。O橋氏は還暦過ぎなのに僕よりも食べており、ビックリです。期間限定の広島味噌らーめんは甘めの白味噌になんと広島の牡蠣フライが入っておりました。スープに良く合い、とても美味しかったです。
まだ多少咳が出ておりますが、だいぶ体調がよくなってきました。明日は東京都葛飾区へお見積り出張のみですので、N尾氏に任せ、わたしはもう一日体を休めたいと思います。

六角堂では「舟越保武」先生の作品を探しております。
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ブロンズを含む彫刻作品をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。他にも時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、六角堂までお問い合わせください。

舟越保武(ふなこしやすたけ)1912~2002
1912年、岩手県二戸郡一戸町小鳥谷生まれ。父親が熱心なカトリック信者だった。県立盛岡中学校(現岩手県立盛岡第一高等学校)在学中(同期に松本俊介)に高村光太郎訳の「ロダンの言葉」に感銘を受け、彫刻家を志す。1939年 東京美術学校(後の東京藝術大学)彫刻科を卒業。このとき出会った佐藤忠良とは終生の友情を培うことになり、二人は戦後の日本彫刻界を牽引していく。
卒業後、独学で石彫をはじめ、数々の作品を発表して注目される。1950年、長男が生まれて間もなく急死したのを機に、自らも洗礼を受けてカトリックに帰依、キリスト教信仰やキリシタンの受難を題材とした制作が増える。1967年から1980年の間、東京芸術大学教授を勤める。その後、多摩美術大学教授を勤めた。1986年、東京芸術大学名誉教授に。1987年、脳梗塞で倒れ、右半身が不自由になったが、すぐにリハビリを開始。死の直前まで左手で創作を続けた。2002年2月5日、多機能不全で死去。89歳だった。

東京都世田谷区梅丘にて、人間国宝清水卯一の青磁花瓶、浅見隆三の三友ノ図香炉。

東京都世田谷区梅丘にて、人間国宝清水卯一の青磁花瓶、浅見隆三の三友ノ図香炉をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。作家物の陶器などを処分されたいとのことでお呼びいただきました。お父様が大事にされていたもので、作家などの詳細が分からないとの事でしたので、一点一点説明させていただきながら、買い受けさせていただきました。中でも清水卯一は人間国宝となられた陶芸家で、こちらの作品は当社でも強化買取り作家のものですのでお客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。浅見隆三 三友ノ図香炉の「三友」とは、松竹梅のこと。松竹梅が厳冬の風雪や寒冷に耐えて色を変えず、華美ではなく気品の高い清澄な趣をもつことから、士大夫、文人、僧などは、自然におけるみずからの姿を反映するものと考え、好んで描かれました。文人画が盛行した中国で北宋末から画題として扱われ、水墨で描かれてやがて文人画の伝統となりました。三友から松を除き、らんと菊を加えたものを四君子と呼びます。歳寒三友、三清ともいいます。お正月休み中にお問い合わせいただきましたが、お休みをいただいていたためお待たせしてしまいました。ご日程の調整をしていただき、ありがとうございました。
夕方志木市場のTさんからおごるからみんなで食事をしようと連絡いただきましたので、すぐに志木市場のみんなと合流させていただきました。向かった先は、中野区鷺宮にある「かごの屋 鷺宮店」。しゃぶしゃぶや色々な和和食が食べ放題のお店。おごりとのことでしたので、みんなが揃って一番贅沢な黒毛和牛コースを注文しました。ステーキや刺身、お寿司、揚げ物など、お腹いっぱいいただきました。とても美味しかったです。Tさんご馳走様でした!是非また呼んでください。

清水卯一(しみずういち)1926~2004
1926年 京都五条坂に生まれる
1940年 石黒宗麿に師事する
1949年 緑陶会結成に参加
1951年 日展初入選する
1955年 日本陶磁協会賞受賞する
1970年 近江蓬莱山麓に登り窯蓬莱窯開窯
1985年 重要無形文化財技術保持者(人間国宝)「鉄釉陶器」に認定
1986年 紫綬褒章受章
1992年 京都市文化功労者指定
1998年 京都府文化賞特別功労賞受賞する。勲四等旭日小綬章受賞
2004年 死去

浅見隆三(あさみりゅうぞう)1904~1987
1904年 京都市東山に生まれる
1923年 京都市立美術工芸学校図案科卒業
1924年 関西美術院で洋画を学ぶ
1929年 第10回帝展に「三葉紋花瓶」を出品初入選
1947年 第2回日展に「象嵌 干柿の図皿」を出品特選
1951年 第7回日展に「鶏頭ノ図花瓶」を出品特選、「博埴会」を結成
1955年 日展会員
1961年 京都工芸繊維大学講師
1962年 プラハ国際陶芸展で「条」が受賞
1964年 日展評議員
1966年 第9回日展で「暢」を出品
1967年 日本芸術院賞を受ける
1979年 日展参事
1981年 紺綬褒章を受章
1987年 死去

東京都目黒区大岡山にて、桐箪笥、衝立、北大路魯山人の黄瀬戸胴紐茶碗など。

東京都目黒区大岡山にて、桐タンス、衝立、北大路魯山人の黄瀬戸胴紐茶碗などの買取り。

年末整理にてお呼びいただきました。年明けにお引越しされるようで、不要になる和家具などを処分したいとお呼びいただきました。お着物の買取で他の業者さんをお呼びになられたときに掛け軸や油絵なども一緒に処分されたようでした。お爺様が生前大事にされていたという茶碗が飾り棚に置かれておりましたので確認したところ、人気作家の北大路魯山人氏の作品でした。底にロという銘が入っておりますが、お客様は全く分からなかったようです。なおしがあり共箱などはありませんでしたが、当社で買い取りを強化している作家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。見込みに菊紋が彫られており素敵な作品です。想像以上の査定額に、お客様にはお喜びいただきました。最近は、魯山人作品の買取りが全くなかったのですが、今年最後の最後に出会えてとても嬉しかったです。良い作品をお譲りいただき有難うございました。
帰宅後、近所のららぽーとがバーゲンをしているとの事で、家族でららぽーと富士見へと行きました。夕食には店内のフードコートにある、つじ田さんというラーメン屋さんに行きました。つけ麺で有名なお店ですが、わたしはスープが好きなので濃厚味玉らーめんをいただきました。濃厚スープに太麺が良く合い、とても美味しかったです。今年の営業もいよいよ明日のみ。明日は埼玉県へ出張買取。ラストスパート頑張ります。

北大路魯山人(きたおおじろさんじん)
明治16年(1883)3月23日〜昭和34年(1959)12月21日 76才没。本名は房次郎。
北大路魯山人は、上賀茂神社の社家に、父北大路清操、母とめの次男として生まれる。
6歳の時に竹屋町の木版師 福田武造の養子となる。
明治36年、書家になることを志して上京し、翌年の日本美術展覧会で一等賞を受賞し、頭角を現しはじめる。
明治41年から中国北部を旅して書や篆刻を学び、帰国後、福田大観の号で小蘭亭の天井画や襖絵、篆刻など数々の傑作を残されました。
竹内栖鳳が門下の土田麦僊らに紹介したことで日本画壇の巨匠らと交流が始まる。
大正8年、大雅堂美術店、大正10年、会員制食堂「美食倶楽部」を発足し、大正14年、東京永田町に料亭「星ヶ岡茶寮」を創業する。
星ヶ岡茶寮では、顧問兼料理長をつとめ、料理の分野において大きな革新をもたらす。「食器は料理のきもの」という信念を持ち、この頃から、自ら作陶を始める。
陶芸制作に専念した昭和11年(1936)以降は、中国の古染付、呉須赤絵、 桃山時代の志野、織部など格調高い伝統をふまえた技法を現代に再現して見せました。
その後も持ち前の才能を発揮し、制作活動を画、漆芸へと広げ、食の文化を原点に独自の芸術世界を築きあげました。
昭和30年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されましたが、辞退。
魯山人は、篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家など様々な顔を持っておりました。

東京都江戸川区北小岩にて、桐箪笥、島田文雄の壷や中皿の買い取り。

東京都江戸川区北小岩にて、桐たんす、人気陶芸家島田文雄の彩磁三法師文壷や彩磁洋蘭文中皿をお売りいただきました。

年末整理でお呼びいただきました。年明けにお引越しをされるようで、今から少しづつ不要品を処分されるとの事、桐箪笥をはじめ陶器類や漆器などの贈答品を買い受けさせていただきました。贈答品の中に人気陶芸家島田文雄の作品を発見、当社の買い取り強化中作家の作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。島田文雄は、栃木県佐野市で島田隆の四男として生まれ、陶芸の普及に大変尽力した人物です。良いお品をたくさんお売りいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、すき家さんへと寄りました。大好きな牛あいがけカレーに期間限定メニューのおでんをいただきました。おでんはこれでなんと250円!お値段の割に美味しく、とても温まりました♪

島田文雄(しまだふみお)
島田文雄は、1948年に栃木県佐野市に島田隆の四男として誕生しました。兄は日本画家の松本哲男。
東京芸術大学美術学部工芸科陶芸を専攻し、卒業しました。1974年には、第21回日本伝統工芸展で初入選します。
東京芸術大学大学院を修了し、以後、陶芸講座の非常勤講師や講座助手、講師、助教授、教授を務めます。
1975年には「日本工芸会長賞」を初受賞し、1977年に2度目の「日本工芸会長賞」を受賞、その後も数々の賞に輝いている。
1975年大学院を修了し、同大学陶芸講座非常勤講師となる。1990年講師に、1994年助教授に、2003年教授に就任し現在に至る。
1993年には、イギリスを拠点として、欧州14か国へ研修旅行に向かいます。
兄は日本画家の松本哲男で、1999年に地元の佐野市文化会館にて兄弟展を開催し、話題を呼びました。

彩磁(さいじ)
成型素地に描画彩色し、そのあとで透明釉を掛けて本焼きします。素地は文様や絵画的装飾を効果的に見せるために白い磁器が用いられます。
彩色は顔料を混入した彩土を生素地に文様として塗り重ねる場合と、素焼きの前、または素焼きの後の素地に直接液体顔料で着色する方法があります。
宮之原謙の彩盛磁や楠部彌弌の彩埏は彩土によるもので、板谷波山や島田文雄の彩磁は液体顔料を用いてます。

東京都練馬区にて、玉置保夫、伊勢崎満などの陶器、さいたま市岩槻区にて石川鬼千作加茂桐箪笥、着物など。

東京都練馬区春日町にて、玉置保夫、伊勢崎満などの陶器、埼玉県さいたま市岩槻区にて伝統工芸士石川鬼千作加茂桐箪笥、お着物お、お茶道具などを買い取りました。

本日は二件の出張買取。一件目は東京都練馬区春日町のお客様。こちらは以前二度お呼びいただいているお客様で、本日も遺品整理で茶道具や陶器などの買取でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、岐阜県重要無形文化財(織部)保持者である玉置保夫の、二重箱入り赤志野茶碗、岡山県重要無形文化財伊勢崎満(人間国宝伊勢崎淳の兄)の備前焼壷、加藤舜陶の花入、平安象彦の菓子器、端渓硯、額など。本日もまた、一点一点丁寧に査定させていただき、全て買い受けさせていただきました。玉置保夫の赤志野茶碗は大変良いもので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。赤志野とは、下地に鬼板と呼ばれる鉄化粧を施し、文様を箆彫りして白くしさらに志野釉をかけて焼くと赤褐色に焼き上ったものになります。今回もまた良いお道具をお売りいただき有難うございました。お父様、お母様が大切にされていたお道具達、大事に次へと繋げさせていただきます。帰り際に今年初の「よいお年を」と、今年もそんな時期になりましたね。この仕事をしていると、一年が経つのが早く感じます。また年明け一月にお呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしてます。
倉庫へ戻る途中、メールでお問い合わせいただいたお客様にご連絡させていただくと、今日でしたらと急遽出張させていただくこととなりました。一件目のお道具をN尾氏に任せ、トラックを乗り換えO橋氏と埼玉県さいたま市岩槻区へと向かいました。お売りいただいたタンスは、伝統工芸士石川鬼千の加茂桐箪笥。新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、胴丸の下三大洋和箪笥というタイプのもので、当社でも数多く取り扱う高級桐たんすになります。前飾りには、久光刻の銘あり。砥粉落ちや所々シミなどありましたが、比較的状態の良いものでした。他にも欅家具や金森紹栄の朝鮮風炉、銅製の炉壇(ろだん)などのお茶道具、正絹のお着物、ミンクのコートなどを買い取らせていただきました。お忙しい中、お時間を調整していただいたりお気遣いありがとうございました。またお呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしてます。
二件の出張買取を終え、倉庫へ戻ったのは夜の八時、今日はまだ一食も食べていなかったのでO橋氏と食事をしました。向かった先は、所沢市にある「関越ラーメン 仙龍 」。こちらはネギらーめんで有名なお店で、初めて寄らせていただきました。夜七時から営業されるお店で、前に行った時には時間が合わず寄れなかったのでずっと行きたかったお店です。周りのお客さんたちがみんな「こってりネギネギ」といっておりましたので、わたしも同じものをいただきました。ネギネギとは、ネギ増しとは、のようです。一口いただくと瞬く間に口の中がネギに支配されました。ネギの辛みが癖になるラーメンで、とても美味しかったです。

玉置保夫(たまおきやすお)
1941年 岐阜県で生まれる。
1951年 多治見工業高等図案科を卒業する。
1955年 日本伝統工芸展にて初入選となる。
1961年 岐阜県陶磁器試験場に入所し、5代・加藤幸兵衛、加藤孝造に師事する。
1968年 日本工芸会正会員となる。
1977年 東海伝統工芸展で最高賞を受賞する。
1980年 日本陶磁協会賞を受賞する。
1985年 第3回幸兵衛賞を受賞する。
1986年 第1回国際陶磁器フェスティバルで美濃審査員特別賞を受賞する。
1995年 多治見市芸術文化部門功労表彰を受ける。
2002年 多治見市無形文化財保持者に指定される。
2008年 「織部」で岐阜県無形文化財保持者に指定される。

伊勢崎満(いせさきみつる)
1934年 岡山県で生まれる。
1957年 岡山大学教育学部特設美術科彫塑専攻を中退し、父に師事して作陶生活に入る。
1962年 弟・淳と共に中世の半地上式穴窯の復元に成功する。
1963年 穴窯焼成による二人展開催する。
1964年 日本工芸会正会員に推挙される。
1972年 備前陶心会会長に就任する。
1973年 緋襷花器が外務省に買い上げられ、中国の日本大使館に展示される。
1974年 第6回金重陶陽賞を受賞する。
1984年 岡山日々新聞社文化賞を受賞する。
1987年 日本工芸会中国支部審査員に就任する。
1990年 岡山県文化奨励賞を受賞する。
1994年 山陽新聞文化功労賞を受賞する。
1998年 田部美術館大賞「茶の湯の造形展」大賞を受賞する。岡山県重要無形文化財「備前焼」の保持者に指定される。
2000年 岡山日日新聞芸術文化功労賞を受賞する。
2004年 茅葺屋根の葺き替えをして「茅葺ギャラリー陽山居」を設立する。
2007年 小形登窯と穴窯を築窯する。
2011年 逝去。

東京都国立市富士見台にて、玉川堂製の朧銀鎚起銅製一輪生、石井伯亭の自筆色紙画「春社」。

東京都国立市富士見台にて、玉川堂製の朧銀鎚起銅製一輪生、石井伯亭の自筆色紙画「春社」をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お父様が集めていらっしゃった置物や石井伯亭の自筆色紙画「春社」、玉川堂製の朧銀鎚起銅製一輪生などを買い取らせていただきました。玉川堂の作品を数多く扱ってきましたが、朧銀のものは珍しく、はじめて拝見させていただきました。「春社」とは、春の社日(しゃにち)のこと。社日(しゃにち)は、雑節の一つで、産土神(生まれた土地の守護神)を祀る日。春と秋にあり、春のものを春社(しゅんしゃ、はるしゃ)、秋のものを秋社(しゅうしゃ、あきしゃ)といいます。春分または秋分に最も近い戊(つちのえ)の日が社日となります。伯亭のこの絵は、春社の日の景色を描かれたもの。他にも、万年筆やカメラなどたくさんのお道具をお譲りいただきました。数多くございましたが、一点一点丁寧に査定させていただき、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。大切にされていた思い出のお道具たち、大切に次へと橋渡しさせていただきます。良いお品をお譲りいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、所沢市にあるジョリーパスタさんへと寄りました。出張買取がずっと続いており、なかなか我が家で食事が出来ず、外食の日々を送っております。たまにはパスタでもと、ジョリーパスタさんを選びました。わたしは季節限定メニューの「とろ〜りチーズと牡蠣のクリームスープパスタ」に、「パルマ産生ハム」をいただきました。限定メニューという言葉に弱いわたしですが、クリームパスタとっても美味しかったです。

石井柏亭(いしいはくてい)1882年ー1958年
日本の版画家、洋画家、美術評論家。 明治15年(1882年)東京都台東区に生まれ、父は日本画の石井鼎湖、弟は彫刻家の石井鶴三。 明治30年(1897年)浅井忠に入門して油絵を学ぶ。 明治33年(1900年)結城素明らが自然主義を標榜して結成した天声会に参加、新日本画運動を推進。 明治35年(1902年)太平洋画会に参加。 明治37年(1904年)東京美術学校洋画科に入学するが、眼病のため中退。 明治40年(1907年)山本鼎とともに美術雑誌方寸を創刊、近代創作版画運動の先駆をなした。 明治43年(1910年)ヨーロッパに外遊。帰国後大正2年(1913年)日本水彩画会を創立。 大正3年(1914年)有島生馬らとともに二科会を結成。 大正11年(1922年)東京帝国大学工学部講師。西村伊作が創立した文化学院で教壇にたつ。 昭和3年(1928年)フランス政府よりジオンドヌール勲章受賞。翌4年中央美術を創刊。 昭和10年(1935年)帝国美術院会員となり、二科会を辞す。 昭和11年(1936年)一水会を結成 昭和12年帝国芸術院会員 代表作「ウイーン」水彩は静岡県立美術館に所蔵。 東京十二景の連作(木版画)は和歌山県立近代美術館に所蔵されている。

東京都目黒区にて、篠田義一(師:人間国宝 近藤悠三)の山岳花瓶、金糸織の帯やお着物。

 

東京都目黒区自由が丘にて、陶工篠田義一(師:人間国宝 近藤悠三)の山岳花瓶、金糸織の帯やお着物などをお売りいただきました。

年末整理でお呼びいただきました。朝方お電話いただき、即日出張買取へ伺わせていただきました。急なお伺いでしたが、お時間調整などしていただき有難うございました。着物を大切にしまっていたけど着る機会もないので、今回の引越しを機にご処分されるとの事でした。着ることがなくなってしまいお着物を処分される方が最近多いですね。ウールのものが多かったですが、大切に保管されていたので、比較的状態も良く全て買い受けさせていただきました。他にも、篠田義一の山岳花瓶を買い取りました。陶工篠田義一は、染付の技法で人間国宝になられた近藤悠三氏のお弟子さんで、こちらもまた見事な染付の作品です。箱書きに和61年8月10日に作られた作品とあります。篠田義一の作品は、六角堂でも強化買取りしておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。良いお品をお譲りいただき、有難うございました。
本日は志木市場がございましたので、いつものように終了後にみんなで食事へと行きました。今日は埼玉県志木市にある小池さんらーめんへと寄りました。連日の買取で体が疲れておりますので、スタミナラーメンに餃子をいただき、更に爆弾チャーハンを仲間と半分ずつを分け合いました。爆弾チャーハンは今日も格別に辛かったです。たっぷりと栄養を付けましたので、明日からも頑張ります!

篠田義一(しのだぎいち)
1924年(大正13年)下伊那郡川路村に生まれる
1942年(昭和17年)人間国宝 京都芸術大学名誉教授・近藤悠三の門に入る
1949年(昭和24年)日展初入選 以後昭和36年まで日展に出品
1953年(昭和28年)長野県展審査員(28歳)
1958年(昭和33年)朝日陶芸賞
1968年(昭和43年)朝日陶芸展審査委員長
1983年(昭和58年)作陶40年記念展開催(松本・東京・名古屋・青森・広島)
1985年(昭和60年)東京日本橋高島屋に於ける個展、第20回記念展開催
1991年(平成3年)松本市文化芸術功労者
1992年(平成4年)長野県文化芸術功労者
2010年(平成12年)逝去

東京都品川区上大崎にて、関武比古の純銀製兜の置物、版画家 稲垣知雄の木版画「猫」など。

東京都品川区上大崎にて、関武比古の純銀製兜の置物、版画家 稲垣知雄の木版画「猫」などをお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お客様が置物などを処分したいので早めに来てほしいとの事でしたので、即日お伺いさせていただきました。連日の買取で倉庫整理をしておりましたが、N尾氏がトラックを増車したので、空の状態で伺うことが出来ました。家具はなかったものの、こけしなどの民芸品がたくさんあり、まとめて買い受けさせていただきました。ご夫婦で旅行に行かれるたびにお土産として買われてきたこけしなど思い出のお品々、大事に次へと繋げさせていただきます。こけしは海外での需要も高いようで、市場でも安定して売れております。必ずどこかで大切にされていくことと思います。また、関武比古の純銀製兜の置物、版画家 稲垣知雄の木版画「猫」なども買い取らせていただきました。関武比古の純銀製兜の置物は、未使用で保管状態も良かったので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。版画家の稲垣知雄は、猫をモチーフにされることが多い画家さんです。つぶらな瞳が可愛い猫たちですね。たくさんのお品をお売りいただき有難うございました。帰りが夜になってしまいましたが、帰宅途中スシローさんへと寄りました。冬のあんかけ茶碗蒸しは大振りのホタテが入っており、とても美味しかったです。

初代 関武比古(せきたけひこ)
明治41年、千葉県勝浦に生まれ、大正11年に上京し、打物の名匠、田島勝之師の門に入り、銀細工を修行、さらに香坂宗廣師について技法を磨き、昭和11年に独立しました。第二次世界大戦で応召、昭和23年に復員し、平和の訪れと共に、再び活発な制作を開始しました。
「貴金属美術工芸品を、ひろく人々に」と、伝統工芸の「手」の技法に、新しい技術をとり入れて制作したヨット、宝船、帆前船、御所車、兜、扇、鶴、打出の古鎚、五重塔、幌馬車、騎士などの金銀製置物や額を数多く残されました。

稲垣知雄(いながきともお)版画家。国画会会員、日本版画協会名誉会員
1902(明治35)年9月4日東京に生まれる。1924年に大倉高等商業学校を卒業した後、恩地孝四郎、平塚運一に版画を学び、日本創作版画協会展に出品、この間「乙女橋」「黄色い花」などを発表し、32年同協会会員となった。30年12月、商業美術家協会研究所に入り、修了後図案社を開業、その後京北商業高校、広告美術学校などで教鞭をとった。戦後47年の第21回展から国画会展にも出品し、東京国際版画展やスイス・ルガーノ国際版画展など国際展への出品も多い。国際版画協会の設立メンバーで、主な作品は「歩く猫」(53年)「猫の化粧」(55年)「尾長猫」(58年)など。猫を好んで描いた。(80年)没。享年77。

神奈川県横浜市中区にて、山本鳳山造の鋳銅蟹銀象嵌花瓶、結城紬などのお着物。

   

神奈川県横浜市中区にて、高岡銅器山本鳳山造の鋳銅蟹銀象嵌花瓶、結城紬などのお着物をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。マンションへの出張買取でしたが、前もって駐車スペースを確保していただいておりましたので、スムーズに作業を進めることが出来ました。お気遣いくださり有難うございました。着物を大切にしまっていたけど着る機会もないので、今回の引越しを機にご処分されるとの事でした。着ることがなくなってしまいお着物を処分される方が最近多いです。お着物は着るときにだけレンタルされる方が増えてきているからのようですね。また、昔知人から頂いたという高岡銅器山本鳳山造の鋳銅蟹銀象嵌花瓶もお売りいただきました。蟹の銀象嵌がとても可愛い花瓶でした。鋳銅製の花瓶はあまり査定が付かないことが多いですが、山本鳳山の鋳銅花瓶はまだまだお値段が付いております。高岡銅器は、富山県高岡市で製造されている伝統工芸品の銅器のことで、質の高いものを生み出せる鋳造技術は全国的に有名です。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では、高岡銅器の作家作品を探しております。
強化買取り作家は、
会田富康 、麻生三郎 、荒井寿斎 、有栖美津雄 、池田満寿夫 、大角勲 、大森孝志 、可西泰三 、門脇喜平 、金森映井智 、北光修 、北村西望 、熊谷友児 、米治一 、斉藤尤鶴 、三枝惣太郎 、二代須賀松園 、須賀月真 、須賀月芳 、関源司 、大道寺光弘 、高野紫山 、高村光雲 、高村豊周 、竹谷邦夫 、津田永寿 、富永直樹 、鳥山雄示 、内免紫峰 、長田晴山 、中山春山 、名取川雅司 、蓮田修吾郎 、長谷川栄作 、畠春斎 、般若勘渓 、般若純一郎 、般若昭三 、平井昇 、二上元威 、本江好彦 、本保勇蔵 、宮昌太郎 、村田宏 、八島望舟 、横山一夢 、分部順治
などの作品がございましたら六角堂までお問い合わせください。
今回もまた、中華街で昼食をいただく事にしました。「中国料理盛香園」へと寄り、わたしは酸辣湯麵をいただき、N尾氏は体調がすぐれなかったので中華粥をいただきました。とても美味しかったです。また、中華街へ来たら必ず寄らせていただいております横濱媽祖廟へと本日も参拝しに行きました。横濱媽祖廟(よこはままそびょう)は2006年にできたばかりと比較的新しい寺院ですが、そのご利益は「恋に効く」「金運が上昇する」とすでに話題になっていて、横浜のパワースポットの一つとして人気を博しています。【ご利益】は、家内安全、商売繁盛、心願成就、開運成就、身体健全、社運隆昌、交通安全、 旅行安全、厄難削除、合格成就、安産祈願、息災延命、良縁成就、無病息災、除災招福など。わたくしは中国骨董品の買い取りが入るよう祈願させていただきました!これから志木市場の忘年会で、中野駅の居酒屋さんへ行ってまいります。明日も買い取りが入っておりますので、飲み過ぎないよう気を付けてまいります。

東京都葛飾区宝町にて、桐箪笥、琴、砥部焼 森元青芳の壺人形など。

東京都葛飾区宝町にて、桐箪笥、琴、砥部焼 森元青芳の壺人形などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は江東区大島、家電や木工芸の五重塔、掛軸など。お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。途中、お茶やお茶菓子をいただいたりと、お気遣いくださり有難うございました。年末でお忙しいかと思いますが、お引越し終了まで頑張ってください。二件目もお引越し前のお片付け整理。こちらでは、時代桐箪笥、お琴、人形、砥部焼 森元青芳の壺人形などを買い受けました。こちらは森元青芳が女性を表現した陶人形になります。森元氏は独自に調合した土を使い砥部焼の伝統と技で表現し「青芳人形」として制作しております。細かい細工や表情、とてもすばらしい作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い取らせていただきました。
六角堂では、フィギュリン・陶磁器人形・ガラス人形・ブロンズ像の鑑定・買取りをしております。マイセンやリヤドロ、ロイヤル・コペンハーゲンなどのフィギュリン・陶磁器人形や、ラリックやスワロフスキーなどのクリスタル製の人形やオブジェ、日本の陶器人形などを探しております。また、ビスクドールなどの西洋人形、日本の人形やこけしなどの民芸品、仏像なども強化買い取りしております。ご不要にお人形がございましたら、六角堂までお問い合わせください。
江東区から葛飾区へ向かう途中、江東区毛利にある「麺や璃宮」さんへと寄りました。メニューを見るとなんと激辛地獄ラーメンなるものがありました。辛さの段階として風神・雷神・大魔神とそして頂点に立つのが「閻魔大王」。何事にも挑戦したくなるわたしは迷わず閻魔大王を注文。ギネス記録で世界で最も辛い唐辛子とされているトリニダード・スコーピオンが入っている閻魔大王、辛くないわけがありません。痛い痛いと汗と涙を垂らしながらなんとか完食。もちろんスープは残しましたが。口直しに水餃子をいただきました。きっと美味しいのでしょうが、舌がばかになっていてなにがなんだか分からず状態でした。大好きな魚粉が入れ放題でしたので、次回は普通のラーメンに魚粉をたくさん入れていただきたいと思います。明日は神奈川県横浜市へ出張、夜から中野駅で志木市場の忘年会、もうそんな時期ですね。朝早いので早寝します。

森元青芳(もりもとせいほう)
本名 森元志朗(もりもとしろう)
1928年生。伊方町出身。
1928年 昭和3年3月3日 愛媛県西宇和郡伊方町九町に生まれる。
1950年 伊予窯業公共職業補導所入所、梅野精陶所に就職。
1951年 野本星黄氏と共同で砥部町八倉に矢取窯 開窯。
1962年 砥部町五本松に青芳窯 開窯。
1971年 松山三越にて「森元青芳 創作陶芸展」。
1989年 砥部焼伝統産業会館 「坂村真民・森元青芳 二人展」。
1991年 高知市、NTT高知支店「青芳 陶雛人形展」。京都市、京丹後市大宮町、町制40周年記念事業「青芳人形展」。
1994年 松山市 ヨンデンギャラリー「青芳人形展」。他多数の個展を行う。
2013年 84歳にて、死去。