カテゴリー別アーカイブ: 古道具

東京都杉並区和泉にて、桐箪笥、幸兵衛窯加藤卓男のミナイ手人物文 盒子、雨宮喜能登の窯彩硝子の花瓶。

    

東京都杉並区和泉にて、桐箪笥、幸兵衛窯加藤卓男のミナイ手人物文 盒子、雨宮喜能登(あまみやきのと)の窯彩硝子の花瓶をお売りいただきました。

贈答品がたくさんあり、年末整理を兼ねて処分したいとの事でお呼びいただきました。上記画像の他に、桐たんす、フランス人形、木彫りの置物などを買いとらっせていただきました。ミナイ手人物文 盒子(ごうす)は人間国宝の加藤卓男の窯である幸兵衛窯のもの。七代加藤幸兵衛である加藤卓男の代でつくられたものです。盒子(ごうす)とは身と蓋(ふた)とを合わせる意味で、蓋のある、小型容器のことをいいます。茶道では、風炉や炉の中で焚く「香」を入れる香合のことを指します。雨宮喜能登の窯彩硝子花瓶は、kinotoのサイン入り。雨宮喜能登は至高の硝子工芸品、硝子粉末を焼き付ける窯彩(ようさい)硝子の第一人者。 窯彩硝子を制作しているのは、現在国内で雨宮喜能登ただ一人。高貴で品格を備えた窯彩硝子は国内外で高く評価されています。良いお品をお譲りいただきありがとうございました。
本日も行ってまいりました。世田谷区にある長浜ラーメンさん、ナビを見るとお客様宅から近かったので寄ってしまいました。本日は珍しくタマネギラーメンをいただきました。昔はタマネギが嫌いだったのですが玉ねぎは血を綺麗にしてくれるからと、妻によく食べさせられていつの間にか好きになっておりました。こちらの玉ねぎは程よい刻み加減で、シャキシャキいただけます。タマネギラーメンもいいですね。また寄らせてもらいます。

窯彩硝子(ようさいがらす)
7世紀にアラビアで創始された絵付け硝子。
硝子の粉末を特別な配合で調合し、硝子の上に彩色してから窯に入れて低温でじっくり焼く事で生まれるガラス工芸品。
1215世紀にフランスで研究され、当時の王候貴族の装飾品としてよういられました。
19世紀末、エミール・ガレによって開花されましたが、その技法がとても困難なため、世の中から姿を消してしまいました。
その後、雨宮氏の研究により、現代に復活。
この技法を扱うのは日本で雨宮氏のみ。高貴で品のあるものとして国内外で高く評価されています。

加藤 卓男(かとう たくお)1917年~2005年
陶芸家。ラスター彩、青釉、奈良三彩、ペルシア色絵などを再現。
1917年 岐阜県多治見市に生まれる。家は江戸時代から続く窯元幸兵衛
1954年 第10回日展に入選
1961年 フィンランド政府の招聘で、フィンランド工芸美術学校へ留学
1963年 第6回新日展で特選・北斗賞受賞
1964年 「美濃陶芸協会」設立、初代会長に就任。岐阜県芸術文化顕彰受賞
1965年 第8回新日展にて北斗賞受賞
1976年 東京大学イラン・イラク遺跡発掘調査団に参加
1980年 イラク文化省よりバクダッド大学に客員教授として招聘を受ける
1983年 多治見市無形文化財保持者認定、同岐阜県重要無形文化財保持者認定
1988年 紫綬褒章受章
1989年 正倉院に二彩鉢の復元作品を納める
1995年 重要無形文化財保持者認定
1996年 岐阜県名誉県民となる
2005年 死去

東京都足立区千住仲町にて、龍文堂の錫製銚子や袋帯、訪問着などのお着物。

東京都足立区千住仲町にて、龍文堂の錫製銚子や袋帯、訪問着などのお着物をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。年末のお片付け整理が始まり、忙しくなってきました。お客様にはご日程の調整などでお気遣いいただきました。また、搬出時にスペースを作っていただいたり、お気遣いいただきありがとうございました。お母様が大事にされていたというお着物や、倉庫にしまわれていた漆器や龍文堂の錫製銚子など、まとめて買い取らせていただきました。龍文堂(りゅうぶんどう)は江戸末期から昭和33年頃まで8代続いた京都の鉄瓶屋。明治から大正に掛けて、数多くの名品を作れました。鉄瓶ではとても有名ですが、このような錫製の銚子なども作られていたのですね。お着物は、蒔絵春秋貴庭文の袋帯や、訪問着などを買い取らせていただきました。本日は良いお着物、お道具をご売却いただき有難うございました。
年末整理で、お着物を処分されたいとのご依頼が増えてきております。ご自宅でずっと眠っている反物や、なかなか日の目をみない着物、をお持ちの方は着物買取に経験豊富な六角堂をお呼びください。査定のみでも結構ですので、たくさんのご依頼お待ちしております!東京都内はもちろん、関東一円出張見積無料、鑑定無料です。数量が多い場合、他にも美術品・骨董品などの鑑定物がある場合は全国出張可能です!
昼食でお客様宅の近くにある足立市場へと行きました。こちらは二か月ほど前に仕事の仲間に連れてきてもらって、是非また来たいと思っておりました。今日は前回と違うお店「かどのめし屋 海鮮食堂 足立市場店」さんへと行ってみました。わたしがいただいたのはアジフライ定食、揚げたてのホクホクでとても美味しかったです。市場食堂はどこもボリュームがあって、食べ盛りの私には嬉しいです。またお邪魔したいと思います。食事を終え、もう一件足立区のお客様宅へお着物、掛け軸の見積もりをして、帰りに河原町稲荷神社で願掛けしてまいりました。こちらの神社の神様は食物の神・商売繁盛の神・出世の神さまで千住市場の守護神のようです。わたしにも食物の神・商売繁盛の神・出世の神さまのご加護がありますように!今日は一日足立区を満喫しました。足立区いいですね!

東京都中野区弥生町にて、博古堂の鎌倉彫古鏡式盆、島倉堂の鎚起銅製急須、本塩沢単衣着物など。

    

東京都中野区弥生町にて、博古堂後藤齋宮作 鎌倉彫古鏡式盆、島倉堂の鎚起銅製急須、本塩沢紬単衣などのお着物をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。解体で多くのものを処分してしまうので、少しでも再利用していただける物があればとのことでお呼びいただきました。古い贈答品の中から、鎌倉彫の盆を発見させていただきました。博古堂の作品は、我々古物業界でも有名な鎌倉彫の会社。博古堂後藤齋宮(いつき)の作でした。明治42年に作られた、古鏡式雀と花枝図の盆、とても雰囲気ある名品でした。鎌倉時代から佛師を家業として代々受け継がれてきた後藤家。26代後藤齋宮(いつき)は明治の変革期に際して、造佛から鎌倉彫へ目を向け、美術工芸品としての新しい境地を拓きました。博古堂は明治33年(1900年)、鎌倉市にある鶴岡八幡宮鳥居脇に店舗を構え、使うことを考慮した後藤彫りと彫刻を引き立て堅牢な幹口塗り(ひくちぬり)を考案しました。鎌倉彫で名門中の名門になります。お売りいただきました後藤斎宮の丸盆は、古い時代に作られた作品とは思えないほど、しっかりと漆が残っており、多少の傷はございましたが、美術品価値や鎌倉彫の資料としての価値もございましたので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。六角堂では、博古堂の作品を強化買取りしております。後藤齋宮(いつき1838~1908)をはじめ、子の後藤運久(1868~1947)、孫の後藤俊太郎(1923〜2006)、当代の後藤圭子の作品全て買い取り対象となっております。他にも、島倉堂の鎚起銅製急須、こちらは持ち手、摘みが唐木でつくられており、使用感あるものの良いお品でした。お着物は、本塩沢単衣着物をはじめ、留袖、訪問着、帯など、古いものでしたが良いお着物でしたので全て買い受けさせていただきました。多くのお品を処分せず次の方に橋渡しできるので、お客様にお喜びいただきました。お忙しい中、当社をご指名くださり有難うございました。
今日は志木市場の開催日でしたので、帰りに市場へ寄り今夜もまたみんなで食事をしました。いつも行く「大島屋食堂」で、北海づくし丼や牡蠣グラタンなどをいただきました。「大島屋食堂」はメニューが豊富で、いつ来ても飽きません。美味しかったです♪

東京都港区広尾にて、総桐箪笥、鬼霰平丸型南部鉄瓶などの茶道具、唐木箱入り骨麻雀牌。

東京都港区広尾にて、総桐箪笥(洋たんす)、鬼霰平丸型南部鉄瓶などの茶道具、唐木箱に入った骨麻雀牌などお売りいただきました。。

内装リフォーム前のお片付け整理にてお呼びいただきました。桐たんすは、現在あまり需要の少ない洋箪笥のタイプの物でしたが、総桐の前飾りに彫金作家が入っている素晴らしいものでしたので、お譲りいただきました。急遽、二階からの釣り作業となりましたが、ちょうど居合わせていた内装屋さんにお手伝いいただきましたので、無事引き上げることが出来ました。お母様の思い出のたんすがリサイクル出来、お客様にはお喜びいただきました。まだ捨ててしまうにはもったいないたんすでしたので、釣り作業が出来てとても良かったです。お茶道具は、南部岩鋳製の鬼霰平丸型の鉄瓶、他にも釜や風炉、風炉先屏風、茶道の書籍などをお売りいただきました。お婆様が、小堀遠州流の茶道を習われていたようで、小堀遠州流の書籍が多かったです。他にも唐木箱に入った背竹骨麻雀牌や贈答品、リサイクル品などをお売りいただきました。マージャン牌は、骨製でなく、象牙製のものになりますと、買い取り価格が数倍に上がります。骨製のものでも、こちらのように唐木箱に入った麻雀牌は人気がございますので、きちんと査定が付きます。色々とお売りいただきありがとうございました。お客様にいただいた炭酸水、とっても美味しかったです。ご馳走様でした。
帰りに、港区西麻布にある鉄砲坂のそばに車を止め、食事をしに行きました。気になる名前の坂でしたので、写メを撮り後から調べてみました。鉄砲坂は、江戸時代に坂のがけ下に幕府の鉄砲練習場があったことからこの名がついたようです。それにしても鉄砲が付く坂とはなかなか面白いネーミングですね。食事は、「CoCo壱番屋 広尾駅前店」さんへと行きました。数年ぶりでしょうか、久々のココイチカレー、北海道カレーにメンチカツ、みそ汁をいただきました。久々でしたが、やはりココイチは美味しいですね。
明日は神奈川県平塚市への出張買取、遠距離ですので早寝します。

東京都中野区鷺宮にて、立派な瘤の付いた花梨の火鉢、結城紬などお着物。

 

東京都中野区鷺宮にて、立派な瘤の付いた花梨の火鉢、結城紬などのお着物をお売りいただきました。

解体業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。今回もまたお客様をご紹介くださり有難うございました。縁にひび割れがあるものの、とても立派な瘤(こぶ)が付いた火鉢でしたので、ご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。結城紬も、シワやシミが出てしまっておりましたが、良いものですので全て買い受けさせていただきました。着物の中でも大島紬と並んで有名なのが結城紬です。結城紬は、茨城県結城市周辺で生産されている絹織物で、日本最古の歴史を持ち、全国各地で織られている紬織物の原点と言われています。結城紬は重厚感あるしっかりとした生地ですので、着物の中でもステータス抜群で、着物の中でも結城紬は「別格」な存在感となっております。1956年に国の重要無形文化財に、1977年には伝統工芸品に指定されている大変貴重な紬です。紬の他、留袖、振袖、小紋、帯、和装小物などもあり、こちらも一点一点査定し、買い取らせていただきました。桐箪笥は、所々杉材を使われた三方桐で、側面の割れ、虫食い、金具の欠品などがありましたので、残念ながら買取が出来ませんでした。今回買い取らせていただいたもののように、状態が悪いものでも良いものにはまだまだお値段が付く場合が多いです。古いものである程度状態が悪いのは当たり前のことだと思っております。状態が悪いからと捨ててしまう前に、一度お気軽にご相談ください。
帰りに、三芳町にある、「台湾料理 香琳坊」さんへと寄りました。こちらのお店は、安くて美味しい、ボリュームたっぷりと大食いのわたしにはもってこいのお店です。友人を連れて行くとみんな驚きます。学生さんや若者にはなんともありがたいお店です。

 

埼玉県上尾市にて服部織物の袋帯など、さいたま市で桐箪笥、人間国宝田村耕一の鉢など。

埼玉県上尾市にて京都西陣の名門服部織物の袋帯など、さいたま市南区にて桐箪笥や人間国宝田村耕一の鉢などお売りいただきました。

本日は、二件の出張買取。一件目はお片付け整理で京都西陣の名門、服部織物の袋帯含む帯数点、河童のお着物、木彫り置物などお売りいただきました。服部織物は200有余年にわたり、帯一筋で営んでいる名門、シミなどございましたが、買い取らせていただきました。お売りいただくお荷物をまとめていただいてましたので、すぐに査定することが出来ました。お忙しい中、ありがとうございました。二件目は、さいたま市南区で桐箪笥や人間国宝田村耕一の鉢などお売りいただきました。田村耕一氏はご存知、鉄絵の技法で重要無形文化財(人間国宝)になられた陶芸家。当社の強化買取り作家ですので、お客様にお喜びいただける査定額にて買い受けさせていただきました。桐箪笥は、砥粉の落ちが目立ちましたが、厚みのある総桐箪笥でしたので、買い受けさせていただきました。お引越し前のお片付けでお忙しい中、ご指名くださり有難うございました。倉庫へ戻る途中、花月ラーメンさんへと寄りました。期間限定の「戦国武将らぁめん家康公」に豚めしセットをいただきました。戦国武将らぁめん家康公は、徳川家康が好んだといわれる八丁味噌を用いたラーメン。名古屋名物の味噌煮込みうどんをイメージした具材で、濃い味好きのわたしにはとても美味しかったです。花月ラーメンさんは色々な期間限定メニューを出されており、毎回楽しみにしております。また寄りたいと思います。
六角堂では、服部織物をはじめ、龍村平蔵、川島織物、長島成織物、河合美術、織悦、萬葉さんの帯を探しております。ご不要の帯がございましたら、六角堂までお問い合わせください。着物の査定担当のものとお伺いし、査定させていただきます。

鉄絵(てつえ)
鉄絵は酸化鉄(鉄に生じるサビの成分)を含む絵の具で描かれるため銹絵(=錆絵:さびえ)とも呼ばれます。素焼きした素地に絵を描いて、その上に釉薬をかけ焼成します。これを釉下彩(ゆうかさい)といい下絵付けと呼びます。鉄絵は酸化鉄で下絵を描く技法といえます。中国では鉄絵のことを黒花(こっか)と呼ぶことがあります。ここでいう花とは「模様」という意味で、鉄絵が黒く発色することから黒花と呼ばれております。

田村耕一(たむらこういち)
富本憲吉に師事して陶芸を学んだほか、全国の窯場を回って修業。昭和28年栃木県佐野に築窯。日本工芸会陶芸部会長として陶壇をとりしきる一方、東京芸術大学教授として幾多の後進を指導。たしかな理論と豊かな人間性に定評があった。壺、皿、陶板を中心に青磁銅彩、白泥鉄絵銅彩、白磁、染付に独自の作境を切り開いてきた。陶画にすぐれ、陶板に優品が多い。昭和61年鉄絵で人間国宝。62年1月3日死去。68歳。

栃木県足利市にて、陶磁器、仏像、ブロンズ像、線香、絵画、壁掛など。

 

栃木県足利市にて、陶磁器や絵画、総白檀彫聖観音像、北村西望のブロンズ像「天女の笛」、大道寺光弘のブロンズ像「藍色の風」、国産や中国線香、徳斎の立体古民家壁掛け、ビリケンのブロンズ置物など、多数お売りいただきました。

お家の建て替え前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日は栃木県足利市への長距離出張、関越道、北関東道で向かいました。雨の中での作業となりましたが、お客様が駐車スペースを用意してくださりましたので、スムーズに作業を進めることが出来ました。お爺様が生前、絵画、仏像、彫刻、陶磁器などの骨董品を集めるのがお好きだったとの事で、数多くのお品をお売りいただきました。北村西望や大道寺光弘のブロンズ像、白檀の一刀彫の聖観音像などを買い受けました。聖観音の白毫(びゃくごう)には、ダイヤモンドが付いており、大変珍しいものでした。白毫とは、仏像の額の箇所にある点のことで、こちらは巻き毛を表したもので仏の知恵を示し、光を放って人々を救われたようです。白毫があるのは、釈迦や観音の如来、菩薩像のみで、四天王や不動明王などの天部、明王像にはついておりません。また、木材には、香木である白檀が使われております。状態も良く、共箱、鑑定書も付いておりました。大仏師である、松本明慶の大日如来像の共箱もございましたが、こちらは肝心の仏像が見当たらなかったので、また次回見つかり次第お売りいただくこととなりました。線香は、日本のものの他、中国で購入されたものなどがあり、竜涎香の線香など面白いものもございました。古民家を立体的に彫った徳斎作の壁掛けなども買い受けさせていただきました。壺、花器、茶碗、香炉、大皿などの陶磁器も、多数お売りいただきました。たくさんのお道具をお売りいただき有難うございました。お爺様の集められていた思い出の品々、大切に次へと繋げさせていただきます。お家が広く、お品も多かったので、だいぶ時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合い下さり有難うございました。また、途中お茶をいただいたり、お気遣いありがとうございました。帰りに近場でお勧めの食事処をお聞きしましたが、水曜日は定休日との事で残念。北関東道のPAへ寄るもこちらはコンビニしかなく、関越道上里SAで食事をしました。足利市へ向かうときの食事も、上里SAでした。行きは姫豚ミックス丼、帰りは溶岩焼ロース・バラ丼でどちらも豚丼。残念ながら栃木の地元料理は食べれませんでしたが、どちらの豚丼もとても美味しかったです。また次回お呼びいただいた時には、足利市、または栃木県の地元料理をいただきたいと思います。

北村西望(きたむらせいぼう)1884(明治17) – 1987(昭和62)
京都工芸学校、東京美術学校を卒業。1915年初期代表作『怒濤』で文展2等賞を受賞。
1955年、5年がかりで長崎『平和祈念像』を完成させたことで知られている。
1958年文化勲章、文化功労者顕彰。1969年紺綬褒賞、日展会長就任。

大道寺光弘(だいどうじみつひろ)北海道出身の彫刻家
1985年に単身アメリカニューヨークへ渡り、独学で彫刻を学び、1987年にインターナショナル・アート・コンペティションのゴールドメダルを受賞したアメリカで認められた実力派。現在はニューヨークと富山県高岡市のアトリエを拠点に活動を続けています。
インターナショナル・アート・コンペティションは新進芸術家の登竜門として美術界に威光を放つもので、歴代受賞者はいずれも世界をまたにかけて活躍を見せております。
大道寺光弘の作品に流れる清らかな透明感、ひときわ優れたしなやかな技量、そして何より慈しみ深い優しい視点が絶大な人気を博し、「Daidoji」の名でアメリカをはじめ海外でも広く知れ渡っており、多くの企業が作品の買い上げを行っております。

埼玉県川口市にて、長火鉢、鉄瓶、静和堂金谷五良三郎造純銀細口煙管、純銀製の火箸など。

 

埼玉県川口市にて、長火鉢、鉄瓶、静和堂金谷五良三郎造純銀細口煙管、純銀製の火箸などの銀製品をお売りいただきました。

解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。古家具や煙草盆、煙管、銀製品など、古き良き時代のお品を多数お売りいただきました。当社が買い取らなければ捨てられてしまっていたお道具達、次に繋げられることにお喜びいただきました。良いお品に出会え、良い仕事が出来て、良い一日でした。お忙しい中、当社をご指名くださり有難うございました。良い仕事をした後は、我等が埼玉県民のソウルフード、山田うどんへと寄りました。天玉うどんにコロッケ、この組み合わせをいただくのがわたしの至福の時です。

六角堂では、金工作家の作品を探しております。
飴谷有珉、石黒光南、初代魚住為楽、内島青鳳、海野盛寿(凌雲斎)、海野勝珉、二代海野美盛、海野清、圓鍔勝三、大澤光民、大島如雲、大森雪峰英友、奥山峰石、香川勝広、鹿島一谷、鹿島秀広、桂盛仁、加藤忠三郎(紫金堂)、香取秀真、香取正彦、門脇喜平、金森映井智、金谷五郎三郎、加納夏雄、鴨下春明、菊池政光、北原千鹿、北村静香、黒川栄勝、黒瀬宗康、高玉斎一久、小林親光、駒井音次郎、齋藤明、佐々木象堂、澤田宗味、正阿弥勝義、須賀松園、須賀月真、関谷四郎、紹美栄祐、鈴木長翁、鈴木盛久、高村豊周、田口壽恒、玉川宣夫、帖佐美行、塚田秀鏡、豊田勝秋、内藤四郎、中川衛、中杉与七、二橋衡、根来実三、野上龍起、羽原秋芳、本間琢斎、蓮田修吾郎、増田三男、丸谷瑞堂、三好三治、村田整珉、米光光正、和田美之助、山田宗美
茶の湯釜 茶道具
角谷一圭、角谷沙村、角谷与斎、宮崎寒雉、吉羽與兵衛、高橋敬典、大西清右衛門、中川浄益、金森浄栄、一之瀬宗辰、秦蔵六、長野垤志、西村道仁、西村道也、金谷五郎三郎、金谷浄雲、門脇喜平、畠春斎、和田美之助、般若勘渓、佐藤清光、菊池政光、菊池正直
などのお品がございましたら、六角堂までお問い合わせください。豊富な知識と鑑定経験をもつスタッフが、一つ一つ丁寧に最大限の正当評価をさせていただきます。

金屋五郎三郎(かなやごろさぶろう)
金谷五良三郎は京都を代表する錺鋳物師です。
初代金屋五郎三郎は屋号を「金屋」と称して銅器着色法を工夫し、緋銅色は特に称賛を博して「五良三色」と謳われるようになりました。
豊臣秀吉に命ぜられて茶道用火鉢を「五良三郎色」で造ったところ、大いに賞美を受けて比類ない誉を得ました。以後、家伝の秘術として歴代相伝に受け継がれていきます。
8代金屋五良三郎は尾州徳川公の御用達となって寵遇を受け、「五良三」と言えば銅器の別称とさえなりました。9代金谷五良三郎は歴代中の名匠で斯業振興に尽力しました。
内外博覧会で多くの賞牌を受け、この代に故あって「金屋」を「金谷」と改めました。
11代金谷五良三郎は「金谷五良三郎」の商標登録を受けました。
当代は15代が受け継いでおります。

埼玉県所沢市にて、漆塗り座卓、茶箪笥、栄青堂純錫円式茶托、本榧の将棋盤など。

 

埼玉県所沢市にて、漆塗り座卓、茶箪笥、栄青堂純錫円式茶托、本榧の将棋盤などを買い取りさせていただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。和家具をはじめ、将棋盤や置物、尺八、茶托などの煎茶道具などを買い受けさせていただきました。栄青堂純錫円式茶托のように、錫の茶托は当社で買い取り強化しているものですので、高額査定で買い受けました。錫は金・銀に次ぐ高価な金属として知られています。 起源は古く、紀元前の3000年頃にはすでに銅と錫との合金である「青銅」が使われるなどし、紀元前1500年頃の中国殷王朝では錫が使用されていたと言われています。 長く日本各地でも採掘されていた錫ですが、昭和40年代を最後に国内での採掘がなくなってしまった為、古い錫製品は希少となっています。 茶道具においては「茶筒」「茶釜」「茶壺」「香合」「水指」などにも使われています。茶道具の他にも、酒器や花器などにも、錫製品を使われているものが多くございます。将棋盤の材質は、本榧、銀杏、新榧、本桂、檜などございますが、今回買い取りさせていただいた本榧製の盤のみ買取しております。本榧かどうか見極める方法としては、臭いをかぐことです。本榧は、甘い香りがします。古いものでも甘い香りが残っているほどです。買取の価格は、材質のほか、柾目(四方柾、天地柾、天柾)や板目(木裏、木表)などの木取り、盤の厚さなどにより決めさせていただいております。将棋盤の他、将棋駒、碁盤、碁石の買い取りもしておりますので、何かございましたらお問い合わせください。
六角堂では、今泉堂、金寿堂、尚美堂、竹影堂、松栄堂、金賞堂、天賞堂、金美堂、金晴堂、金匠堂、銀川堂、生秀堂、呉杉堂、栄青堂、雲色堂、青龍堂、祥雲堂、光玉堂、純古堂、金龍堂、泰山堂、三龍堂、純幸堂、精金堂、皆川堂、秀峰堂、玉川堂、松栄堂、山川堂、海玉堂、清雅堂、秀峰堂、金星堂、富貴堂、上彬堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの銀、銅、錫製品を探しております。ご不要になられたお品がございましたら、古家具・古道具の高価買取六角堂までお問い合わせください!!

東京都練馬区東大泉にて、桐箪笥、時代家具、唐人彫唐木箱入り背竹骨製麻雀牌。

東京都練馬区東大泉にて、桐箪笥、時代家具、唐人彫唐木箱入り背竹骨製麻雀牌をお売りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。しばらく出張が続いていた為、訪問日時の調整・変更で、お客様にはとてもお気遣いいただきました。事前のご相談から当日のご対応までご親切に頂き感謝いたします。桐たんすや和家具などの他、日本人形や火鉢、唐人の彫られた唐木箱に入った竹背骨製の麻雀牌をお売りいただきました。
近年作られているプラスチック製の牌は高値で買い取れませんが、骨製や象牙で作られた手彫りの牌は高額査定となる場合がございます。これらの牌は、側面に筋が出ます。黒いスジが出た物は象牙ではなく鹿の角や骨などになります。象牙の牌には、象牙特有の目が出ております。象牙の牌はほとんどが手彫りで作られております。手彫りのものは機械彫りとは違い、彫りの深さが均等にはならない為、彫った底の箇所に段差ができます。彫りが均一だったら、まず合成樹脂や骨だと判断出来ます。象牙なのか骨なのか、機械彫りか手彫りか、分からない場合は六角堂までご相談ください。査定時に、丁寧に説明させていただきます。また、今回お譲りいただいたような唐木の箱は、高額査定となる場合がございます。唐木箱のみで査定が付きますので、麻雀牌がなくても買い取り可能です。良いお品をお譲りいただき有難うございました。
今日は志木の市場で骨董大会をしてましたので、出張帰りに寄らせていただきました。リサイクル品の市場ですので、ふだんではお目にかかれない古き良き骨董品が多数出品されておりました。いつもと違ったメンバーが真剣に競っている姿がとても良かったです。打ち上げで、志木市場の仲間たちと韓国料理 長今(チャングム)さんへ寄りました。こちらは志木駅のそば、新座市にあり、市場の仲間たちとよくお邪魔しております。お値段がお手頃で、ボリュームたっぷりです。今日はサムギョプサル、ホルモン鍋、スンドゥブ、じゃがいもチジミ、チーズチジミ、海鮮チジミをいただきました。食後のおやつはホットク、とっても美味しかったです。
来月頭から京都へ出張が入っておりますので、今月いっぱい休まずに頑張ります。現在たくさんご予約いただいておりますが、まだまだ空きがありますのでご不要のお品がありましたら六角堂までお問い合わせください。