カテゴリー別アーカイブ: 絵画・掛軸

東京都小平市にて、吉井淳二のリトグラフ「笛」、西村義光作鍛金製茶托など。

東京都小平市にて、吉井淳二のリトグラフ「笛」、西村義光作鍛金製茶托などをお売りいただきました。

本日は四件の出張買取。東京都北区、西東京市、小平市、小金井市へ出張しました。一件目は業者様のご紹介で北区西ヶ原へ、改築前のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、着物、和装小物、掛軸、雑貨などをお売りいただきました。アンティークの着物でしたので、シミや汚れなどございましたが、全て買い受けさせていただきました。二件目は業者様のご紹介で西東京市へ出張しました。こちらでは、絵画、贈答品、貴金属などをお売りいただきました。絵画は油彩画や版画など、作家のないものもございましたが、全て買い取らせていただきました。まとめてお売りいただき有難うございました。三件目は小平市へ、遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは、吉井淳二のリトグラフ「笛」、西村義光作鍛金製茶托、反物などお売りいただきました。吉井淳二は鹿児島県出身の洋画家。作品のタイトルは「笛」。六角堂の買取強化作家作品でしたので、お客様にお喜びいただける査定額で買い取らせていただきました。反物は結城紬や大島紬など。古くシミや汚れなどございましたが、こちらも買い受けさせていただきました。お茶を入れていただいたり、お気遣いいただき有難うございました。お茶菓子もとても美味しかったです。ご馳走様でした。本日の最終四件目は、小金井市へ伺いました。お荷物の整理とのことで、絵画や額、明珍の鉄製花器などをお売りいただきました。絵画の他、額もまとめてご処分されたいとのことでしたので、全て買い受けさせていただきました。まとめてのご売却、有難うございました。
今日は志木市場の開催日でしたが、出張買取のスケジュールがハードでしたので、お休みいただきました。夕方になってしまいましたが、東久留米市にある大連本店さんで昼食をいただきました。N尾氏が以前よく通っていたそうで、こちらの鶏そばが美味しいとのことでしたので寄ってみました。わたしは炒飯に麻婆豆腐をいただきました。とりそばも一口いただきましたが、とても美味しかったです。メニューが豊富で他にも食べたいものがありましたので、また寄りたいと思います。明日は世田谷区成城へ出張買取、頑張ります!

吉井 淳二(よしい じゅんじ)1904年~2004年
明治37年 鹿児島県曽於郡末吉町に生まれる
昭和 4年 東京美術大学洋画科卒業
昭和15年 二科会会員就任
昭和40年 日本芸術院賞受賞
昭和47年 南日本美術展審査委員長就任
昭和51年 日本芸術院会員就任
昭和52年 勲三等瑞宝章に叙される
昭和54年 社団法人二科会理事長就任
昭和60年 文化功労者として顕彰される
平成元年 文化勲章受章
平成16年 3月6日満100歳を迎える、11月23日逝去

東京都北区田端新町にて、後藤純男のリトグラフ「春映長谷」、甲冑など。

 

東京都北区田端新町にて、後藤純男のリトグラフ「春映長谷」、甲冑などをお売りいただきました。

旧家解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、後藤純男(ごとうすみお)のリトグラフ「春映長谷」、甲冑など。甲冑はその昔お家に飾られていた、五月飾りの甲冑。残念ながら兜は欠品しておりました。戦で使われていた本物の甲冑ではなくレプリカのものでしたが、六角堂ではこのような甲冑も強化買取りしております。後藤純男のリトグラフは、「春映長谷」という作品。桜と長谷寺が素晴らしい作品です。額に痛みがありましたが、当社で買い取りを強化している作家作品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では「後藤純男」の絵画、版画作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(肉筆画、版画も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
後藤純男作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。
帰りに池袋駅の西口にある「つけ麺屋のぶなが」さんへ寄りました。前に寄った時は味噌らーめんをいただいたのですが、こちらはつけ麺で有名なお店でしたので、今回はつけ麺を食べにに寄りました。もちもちの麺に濃厚スープが合い、とっても美味しかったです。ラーメン派のわたしですが、つけ麺派になってしまいそうになる完成度の高いつけ麺でした。

後藤純男(ごとうすみお)1930~2016
1930 千葉県東葛飾郡関宿町(現野田市)に生まれる
1932 埼玉県北葛飾郡金杉村(現松伏町)へ転居。
1946 山本丘人に師事 3年後、山本丘人の紹介で田中青坪に師事
1952 再興第37回院展で初入選
1962 再興第47回院展で奨励賞・白寿賞・G賞受賞
1965 再興第50回院展で日本美術院賞・大観賞受賞、1969年にも同賞受賞
1976 再興第61回院展で文部大臣賞受賞
1986 再興第71回院展で内閣総理大臣賞受賞
1988~1997 東京芸術大学・美術学部教授
1999 千葉県銚子市に後藤純男美術館を開館(2004年1月30日閉館)
2002 埼玉県北葛飾郡松伏町の名誉町民となる
2006 旭日小綬章を受章
2016 逝去。86歳没

東京都杉並区成田東にて、日本画家大山忠作の「游鯉」、リトグラフなど。

東京都杉並区成田東にて、日本画家大山忠作の「游鯉」、リトグラフなどをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、生前お父様が大切にされていた絵画など。日本画家である大山忠作の「游鯉」、リトグラフ作品などをお譲りいただきました。
大山忠作は東京美術学校日本画科を卒業後、山口蓬春に師事。人物画、宗教的作品、花鳥、風景と題材も多岐に渡り、中でも鯉を得意としました。古典研究にも精通しており、成田山新勝寺襖絵・聖徳太子堂壁画制作に携わりました。福島県出身の日本画家で、当社でも数多く取り扱っている作家です。
六角堂で買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では「大山忠作」の絵画、版画作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(肉筆画、版画も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
大山忠作作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。
帰り道、中野区でリサイクルショップをされているT橋さんからお電話いただき、高円寺駅で食事をすることになりました。T橋さんお勧めの中華料理屋「福龍門」さんへ行き、食事をしました。低価格でメニューが豊富、味もとても良かったです。炒飯、麻婆豆腐、天津飯など、どれも美味しかったです。T橋さん良い店をご紹介いただき有難うございました。駐車場へ戻る途中、美味しそうな焼き鳥屋さんがありましたので、レバーを一本だけいただきました。「大将」さんというお店で、高円寺では有名店のようです。こちらのレバー、焼き加減が絶妙で、とっても美味しかったです。次回来た時にもまた食べたいと思います。

大山忠作(おおやまちゅうさく)1922~2009
1922年 福島県二本松で生まれる。家業は紺屋で父も趣味で日本画を描いていた。
1943年 東京美術学校(現東京芸術大学)卒業。
1947年 山口蓬春に師事。
1952年 第8回日展特選・白寿賞(同1955年)および朝倉賞受賞。
1962年 初の個展開催。(銀座、文芸春秋画廊)
1967年 1968年にかけて、法隆寺金堂壁画再現模写に従事。
1973年 「五百羅漢」で日本芸術院賞受賞。
1984年 大山忠作襖絵展。(日本橋三越・福島県文化センター)
1986年 日本芸術院会員となる
1991年 日展事務局長を務める。その後、1992~1995年まで日展理事長を努める
1992年 成田山聖徳太子堂壁画展。(日本橋三越)
1996年 勲三等瑞宝章受章。
1999年 文化功労者。現在、日本芸術院会員、日展常務理事。
2009年 逝去

東京都目黒区東山にて、木下孝則の油彩画「ばら」、和たんす、お着物。

本日は二件の出張買取。一件目は、世田谷区玉川へ出張買取しました。こちらは先日お呼びいただいたお客様で、先日お呼びいただいた時には源右衛門窯の陶器や贈答品を多数お売りいただきましたが、本日は中国唐木のキャビネット、民芸箪笥、絵画、贈答品などをお売りいただきました。また、ライカのカメラなども査定させていただきました。またのご縁がございましたら、ご連絡ください。二度にわたり、六角堂のご指名ありがとうございました。二件目は、目黒区東山へ遺品整理でお呼びいただきましたこちらでは木下孝則の油彩画「ばら」、和たんす、お着物などをお売りいただきました。木下孝則は大正から昭和時代にかけて、上品で軽妙な写実の画風を確立した洋画家。洋画研究のため渡仏し、フランス留学中にエコールドパリなど風潮に多大なる刺激を受け、その後の作風に大きな影響を与えました。今回お売りいただいた薔薇などの静物画を多く描かれましたが、一貫して都会の洗練された婦人像を描いた穏健な写実家として知られ、代表作には、「N嬢像」「後向きの裸婦」「バレーダンサー」などがあります。 当社の買取強化作家作品でしたので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良い作品をお売りいただき有難うございました。
本日の昼食は、目黒区にある「中国ラーメン揚州商人 目黒本店 」へと寄りました。揚州商人にはよく寄りますが、本日は麻婆茄子ラーメンをいただきました。山椒が効いており、とても美味しかったです。また寄らせていただきます。

木下孝則(きのしたたかのり)1894~1973
1894年 東京市に生まれる。
1917年 京都帝国大学法科政治経済学科入学。
1921年 第8回二科展に「富永君肖像」初入選。
1923年 渡欧。小島善太郎、児島善三郎、林武、野口弥太郎、木下義謙等と円鳥会会員となる。
1924年 第11回二科展に於いて樗牛賞を受ける。
1925年 第12回二科展に於いて二科賞を受ける。
1933年 サロン・ドートンヌに「ピンクのガウンをかけた女」出品。
1936年 木下義謙、小山敬三、硲伊之助等と二科会を退会し、一水会の創立に参加。
1937年 第1回一水会展に「O氏像」「ヴォーグ」「K嬢像」出品。
1952年 第1回日本国際美術展に「裸婦」「少女像」出品。
1962年 第1回一水会委員展(日本橋三越)に「靴下をはく女」出品。
1969年 改組第1回日展に「水色のバレーダンサー」出品。
1973年 3月没。勲四等旭日小綬章を受ける。享年79歳。

東京都三鷹市にて、木彫りの仏像、大黒天、橋本関雪の掛軸「旭旗図」など。

   

東京都三鷹市にて、木彫りの仏像、大黒天、橋本関雪の掛軸「旭旗図」などをお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、木彫りの大黒天や観音菩薩像など。作家や時代あるものではありませんでしたが、全て買い取らせていただきました。また、日本画の巨匠「橋本関雪」や池上秀畝の掛軸も併せてお売りいただきました。掛け軸は六角堂の買取強化商品、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日は午前中のみの出張買取でしたので、倉庫へ戻り午後は仕分け作業をしました。ランチは倉庫近くにある「松栄庵」さんでカツ丼定食をいただきました。とても美味しかったです。

橋本関雪(はしもとかんせつ)明治16年(1883)11月10日〜昭和20年(1945)2月26日
神戸生まれ。父は播磨明石藩の漢学者 橋本海関。
父から漢学を学び、1903年、竹内栖鳳の「竹杖会」に入門。
四条派に南画を加味した新南画を大成。
1908年、文展初入選。1913年、文展で二等賞、翌年も同じ。
1916年、1917年、特選受賞。1929年、シュバリエ・ド・レジョン・ド・ヌール勲章授与。
帝展審査員を務め、1934年、帝室技芸員。1935年、帝国美術院会員。1937年、帝国芸術院会員。
1940年、建仁寺襖絵を製作。
1945年、逝去。享年61歳。
中国古典に精通したことでも知られ、たびたび中国へ渡った。京都銀閣寺畔の白沙村荘に住み、白沙村人と別号した。

目黒区上目黒にて、東山魁夷のリトグラフ「年暮る」、小倉遊亀の木版画。

 

東京都目黒区上目黒にて、東山魁夷のリトグラフ「年暮る」、小倉遊亀の木版画をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、目黒区上目黒へ出張買取にお伺いしました。絵画をご処分されたいとのことでお呼びいただきました。お売りいただいたのは日本画の巨匠「東山魁夷」のリトグラフ「年暮る」や小倉遊亀の木版画「椿」、「瓶花」、「橘と九谷鉢」。東山魁夷作『年暮る』は、京都鴨川沿い、東山三条あたりの風景。東山魁夷が「年暮る」を描いたきっかけは、川端康成の進言であった「京都は今描いていただかないと、なくなります。京都のあるうちに描いておいてください」と。その後、東山魁夷は「京洛四季」を描かれました。「京洛四季」の一つが「年暮る」。描かれているのは、低く連なる町屋の屋並み。雪がしんしんと降り積もる景色、手前の家に灯る明かりが微かに見えます。年の瀬の京都、その繊細優美な世界です。とても雰囲気の良い作品で、状態も良かったので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。小倉遊亀の木版画は額装のされていないシートの状態で、多少シミが出てしまっておりましたが、当社で買い取り強化中の作家作品でしたので、全て買い受けさせていただきました。大変人気の高い日本画作家作品をまとめてお売りいただき有難うございました。大切に次へと橋渡しさせていただきます。
帰宅途中、志木市場の仲間たちから連絡があり、みんなで食事をしました。朝霞台駅のそばにある「大庄水産」さんへと行きました。ぶっかけ寿司こぼれ盛り、岩ガキ、あんこうの唐揚げがとても美味しかったです。明日は一日お休みさせていただきます。

東山魁夷(ひがしやまかいい)1908-1999
1908年 横浜市に生まれる。
1929年 第10回帝展に「三国の秋」を出品し初入選。
1931年 東京日本美術学校日本画科卒業。結城素明に師事し、魁夷と号する。
1934年 第1回独文化交換学生としてベルリン大学入学。
1939年 第1回日本画院展で「冬日」が日本画院賞第一席となる。
1969年 文化勲章受章。文化功労者として顕彰される。
1979年 「日本東山魁夷絵画展覧会」が開催され訪独。
1980年 「第二期唐招提寺障壁画展」が開催される。
1995年 米寿記念「唐招提寺障壁画と画業60年の歩み、東山魁夷展」開催
1999年 死去。勲一等瑞宝章受章。
2005年 ⾹川県に「東⼭魁夷せとうち美術館」が開館

小倉遊亀(おぐらゆき)1895-2000
小倉遊亀は、身近にあるものに題材に、人物画や静物画を数多く描いた。伝統と創造を重んじた上でその絵は、日常感にあふれる作風が特徴である。
明治28年 小倉遊亀、滋賀県大津市に生まれる
大正6年  奈良女子高等師範学校(現・奈良女子大学)を卒業する
大正9年  安田靫彦に指示する
大正15年 第13回院展、小倉遊亀「胡瓜」初入選する
昭和7年  奥村土牛と共に日本美術院の同人に推挙される
昭和26年 小倉遊亀『少女』が第8回毎日芸術賞を受賞する
昭和37年 小倉遊亀『母子』が第18回日本芸術賞を受賞
昭和48年 勲三等瑞宝章を受章する
昭和50年 神奈川文化賞を受賞
昭和51年 日本芸術院会員に任命される
昭和53年 日本美術院理事に就任する。文化功労者となる
昭和54年 滋賀県文化賞を受賞
昭和55年 文化勲章を受章する。女流画家としては、上村松園以来、小倉遊亀で3人目
昭和56年 大津市名誉市民となる
昭和8年  日本美術院名誉理事長に就任する
平成12年 鎌倉で歿

神奈川県横浜市保土ヶ谷区にて、時代金具箪笥、北川民次のリトグラフなど。

神奈川県横浜市保土ヶ谷区にて、時代金具箪笥、北川民次のリトグラフ「バッタと裸婦」などをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は業者様のご紹介で、横浜市金沢区へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、着物、掛軸、古くミャンマーで買われたという堆朱の置物などを買い取らせていただきました。着物はシミや汚れなどたくさん出てしまっているものが多くございましたが、お客様のご希望で全て買い受けさせていただきました。掛軸は日本画のもので、こちらもまたシミ汚れが多く出てしまっておりましたが、全て買い取らせていただきました。まとめてのご売却、ありがとうございました。二件目は横浜市保土ヶ谷区へ、遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは、明治期の時代金具箪笥、北川民次のリトグラフ「バッタと裸婦」などをお売りいただきました。北川 民次(きたがわ たみじ)は静岡県生の洋画家で、独特なデフォルメによる生命感あふれる作風で知られております。この作風はニューヨークで絵画を学んだ後、遊学した際に見たメキシコ絵画の影響を強く受けているようです。お売りいただいた作品は「バッタと裸婦」、民次らしい作風の作品となっております。裏には日動画廊のシールあり。シミや汚れなどございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただきました。素晴らしい作品をお売りいただき有難うございました。
帰りに第三京浜道路都築PAへ寄り、サンマー麺をいただきました。都築PAへ寄ったときには必ずといってこのサンマー麺を食べます。サンマー麺は横浜発祥と言われるご当地ラーメン。シャキシャキのもやしがどっさり入った野菜炒めを醤油ベースのあんに絡め、ラーメンの上に乗せているので最後までアツアツで食べられます。外食が多く野菜不足のわたしにはもってこいのラーメンです。アツアツでとても美味しかったです。

北川民次(きたがわたみじ)1894~1989
1894 静岡県榛原郡の地主の家に生まれる
1914 早稲田大学予科に進むが、同校を中退し、オレゴン州在住の兄を頼って渡米
1919 ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグの夜学に学ぶ
1931 タスコに野外美術学校を移して校長となる
1936 帰国、翌年の第29回二科展に《タスコの祭》他を出品
1943 愛知県の瀬戸に移住 二科展、日本国際美術展への大作出品が毎回注目を集める
1952 第5回中日文化賞を受賞
1989 愛知県瀬戸で歿

東京都国分寺市にて、山口真功の油彩画「大山・雪の林道」、洋食器。

 

東京都国分寺市にて、山口真功の油彩画「大山・雪の林道」、ロイヤルコペンハーゲンやウェッジウッドなどの洋食器をお売りいただきました。

お片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、山口真功(やまぐち しんこう)の油彩画「大山・雪の林道」、ロイヤルコペンハーゲンやウェッジウッドなどの洋食器など。山口真功は透明感あふれる色彩とマティエールで新しい絵画の可能性を開拓し続ける作家。雪の林道に色彩が奏でる光、山口真功さんらしい作品です。本日は六角堂をご指名、良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日は午前中のみの買取でしたので、午後は倉庫へ戻り仕分け作業をしました。倉庫へ向かう途中「福よし 大井店」へ寄り、もやしあんかけそばをいただきました。サンマー麺のようなお味で、とても美味しかったです。

山口真功(やまぐちしんこう)
1960年 熊本に生まれる
1984年 大阪芸術大学卒業
1988年 渡仏
1989年 大阪現代画廊にて初個展
1991年 ’91国際美術大賞展入選 第1回花の美術大賞展入選
1992年 東京池袋にて新鋭作家5人展出品、大阪ギャラリーアルバで個展 以後毎年開催
1994年 東京、大阪、名古屋、神戸等 各地で個展開催
2002年 渋谷・東急本店にて個展 以後毎年開催
2003年 松屋銀座にて個展 以後毎年開催
現在:無所属

東京都東村山市にて、高木得元の釜、茶道具、掛軸、佐久間竹浦の画帖。

 

東京都東村山市にて、釜師高木得元の四方口釜、茶道具、掛軸、日本画家佐久間竹浦や草刈樵谷などの画帖、置物をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたお品は、釜師高木得元の釜など茶道具、掛軸、日本画家佐久間竹浦や草刈樵谷などの画帖、薩摩焼や九谷焼の置物など。たくさんのお品をお売りいただきました。高木得元は高木治良兵衛と同じ高木家の釜師。高木治良兵衛は京の町のほぼ中央に位置する「釜座(かまんざ)」に現在までに残る1855年創業の釜師が代々襲名する名前で、当代で6代目となっています。 お売りいただいた釜は宗旦好四方口釜。四方口釜(よほうぐちがま)は、茶の湯釜の形状のひとつで、口造りが甑口を四角形にした形の釜です。四方口釜は、宗旦好み、天命作で、釜の底を尾垂(おだれ)に直したものといいます。古いお品ですので錆や共箱の痛みなどございましたが、 大変良い作でしたのでお客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。掛軸は、日本画、書のものなどがございました。画帖は、佐久間竹浦や草刈樵谷など日本画家のものが十点ほど納まっておりました。亡くなられたお爺様やお母様のご遺品とのこと、大切に次へと繋げられるよう頑張らせていただきます。本日は良いお道具をお売りいただき、ありがとうございました。
帰宅途中、「江川亭 東村山店」へ寄り、昼食をいただきました。こちらは15年ほど前、妻と結婚したばかりの頃によく来たお店で、約十年ぶりに寄りました。中華麺をいただきましたが、昔と変わらない味でとても懐かしかったです。いずれまた妻と来てみたいと思います。

佐久間竹浦(さくま ちくほ)
名は資夫、号は竹浦、別に菌浦、五谿と号した。明治9年竹田町で生れ大正14年に没した。幼くして独り祖母に育てられた。亡父純徳医師の遺産が豊かで、大切に育てられた。五つ六つの頃に紙と筆を与えると絵を描いて居たと言う。9歳の春に元岡藩絵師川合石舟の門に入り、後に京都に出て田能村直入の指導を受け南画を学んだ。直入没後は田近竹邨に師事して大いに研鑚を積み、郷里に帰り水石会の中堅として活躍し、多くの作品を遺して居る。初め水石会で竹浦について学び、後京都の竹邨の門に入った画家は草刈樵谷などが幾人か居る。竹浦は小学校の時代に、作曲家瀧廉太郎と親友で、交流が続き廉太郎からの書簡や絵が今も遺っております。また、昭和41年5月から55年3月まで竹田市長を務めた佐久間盛夫は三男にあたる。

草刈樵谷(くさかり しょうこく)
1892-1993 大分県竹田市に生まれる。本名辰生。初め同地の佐久間竹浦に師事して画を修め、大正8年京都に上り田近竹邨の門に入る。昭和20年まで京都在住の間、竹邨の主宰する日本南画院に連続出品。大正13年日本南画院院友となる。昭和3年大禮記念京都大博覧会に「秋山吟節」を出品。昭和12年第一回南画連盟展に「溪夏」を出品し奨励賞を受賞。昭和17年第5回新文展に「奔瀬図」が入選。昭和20年帰郷、翌年竹田荘に入り、以後16年間同荘の経営管理に従事する。かたわら田能村竹田画の研究に情熱を傾け、その画風を慕って南画制作を続けた。また、昭和49年にはそれらの功績が認められ、竹田市在住者で初めて名誉市民に選ばれることになった。平成5年(1993)歿、100才。

東京都練馬区春日町にて、牛島義弘の油彩画「私の温室」、バカラのグラス。

東京都練馬区春日町にて、牛島義弘の油彩画「私の温室」、バカラのグラスやフラワーベースをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日の出張買取は、夕方のご指定でしたので、お客様のご指定時間にお伺いしました。今日は遅い時間の出張でしたので、前日までに買い取らせていただいたお品の掃除や仕分け作業をしておりました。買い取りが続いておりますので、ずいぶんと沢山のお品を仕分けしました。本日お売りいただいたお品は、牛島義弘の油彩画「私の温室」、バカラのグラスやフラワーベースなど。牛島義弘は熊本生まれ、ルドルフ・ハウズナーに師事しウイーン幻想派を流れをくむ画家。作品は1994年の作、画題は「私の温室」です。とても雰囲気良い絵画です。良いお品をお売りいただき有難うございました。
今日は数年ぶりに小・中学校の同級生と食事をすることになりました。練馬区は私の生まれ育った場所で、子供の頃に住んでいた光が丘で会うこととなりました。毎日のように通っていた光が丘IMAにある「韓国名菜 福寿」さんへ行きました。以前わたしが住んでいた頃とは違うお店でしたが、少し歩いてみるとほとんどのお店が変わってしまっておりました。今なお続くお店を懐かしみながら、食事へ向かいました。韓国名菜 福寿さんは高級感ある店内で、食事もとても美味しかったです。焼肉、サムギョプサル、大好物のチジミ、どれも美味しかったです。友人とは昔話で盛り上がりました。また会える日まで、お互いに頑張ろうと語り合いました。K林、また会う日まで!

牛島義弘(うしじまよしひろ)昭和22年 〜 平成22年
昭和22年  12月22日、熊本県人吉市に生まれる。
昭和47年  熊本大学教育学部美術科卒業
昭和49年  京都市立芸術大学美術専攻科修、オーストリア・ウィーン造形美術大学入学
昭和50年  ルドルフ・ハウズナーと弟子達展
昭和52年  オーストリア主権回復25周年記念展(ウィーン)、日本文化センターオープニング(在オーストリア日本国大使館文化センター/ウィーン)
昭和54年  個展(ラーベンシュタイク画廊/ウィーン/日本国大使館作品買上)
昭和57年  ゲーテ生誕記念ファウスト展(ウィーン)、個展(美術協会アルカデ画廊/メードリング/メードリング市作品買上)
昭和62年  日本アートフェア’87(セントラル美術館/東京)
昭和63年  松下電工「Base Light Gatalogue」池上俊郎氏との共作
平成 3年  両洋の眼・現代の絵画展(日本橋三越・京都大丸ミュージアム 他)
平成 8年  「終りなき祝祭」辻井喬著 新潮社(表紙)「鳥が飛んだ日」
平成18年  Ars Kumamoto アルス・クマモト-熊本力の現在(熊本現代美術館/熊本)
平成20年  DOERNERS ERBE デルナーの伝承展(在オーストリア日本国大使館文化センター/ウィーン)
平成22年  6月6日、逝去