カテゴリー別アーカイブ: 絵画・掛軸

茨城県那珂郡東海村にて、掛軸、まくり、印材、壷などの買取。

     

茨城県那珂郡東海村にて、掛軸、まくり、印材、壷などをお売りいただきました。

以前掛軸などの買取でお呼びいただいたお客様から蔵からまた掛軸が出てきたとご連絡いただき、東海村まで再度出張買取へ伺いました。遠距離出張の為、今回もまた水戸駅のビジネスホテルで宿泊し、本日お邪魔させていただきました。本日お売りいただいたお品は、掛け軸や中国のまくり、印材や硯などの書道具、海鼠釉の壺など。掛け軸の中には、松林桂月の扇面山水図などもございました。印材は寿山石、鶏血石、水晶、竹根のものなどございましたが、こちらは次の世代に大切に繋げていかれるとのことでした。時代ある良い印材ですので、大切にされてください。今回もまたお菓子のお土産をご用意していただきました。いつもお気遣いくださり有難うございます。また何か出たときにはお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。
画像は、夜の水戸駅、水戸駅そばにある「わさびの花」さんで食事をしました。かつおの塩たたきがとても美味しかったです。水戸といえば納豆、納豆三種盛、納豆の磯部揚げ、締めには納豆の味噌汁をいただきました。納豆は大好きなので毎日のようにいただいてますが、水戸で食べる納豆は格別美味しかったです。朝の水戸駅はビジネスホテルから撮影しました。買い取りの後に東海村のコンビニへ寄ると道端でカブトムシがひっくり返っておりました。足の関節が一つ折れてしまっており、暑さで死んでしまうと心配していたら、N尾氏が子供たちにプレゼントするというので保護しました。バナナを食べさせたらすぐに元気になりました。前回寄った「なか食堂」さんに今回もよりました。サバの味噌煮定食にサンマの蒲焼、とっても美味しかったです。

東京都東久留米市にて、山口貢史の油彩画「大杉のある家」、掛軸、漆器など。

    

東京都東久留米市にて、山口貢史の油彩画「大杉のある家」、掛軸、漆器などをお売りいただきました。

本日は一件の出張買取、一件の見積もりへ伺いました。一件目は、東京都東久留米市へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、山口貢史の油彩画「大杉のある家」、掛軸、漆器、錫製の酒器セットなどをお売りいただきました。山口貢史(やまぐちこうし)の作品は油彩SM号、タイトルは「大杉のある家」。古民家に長閑な風景が素敵な作品です。若干シミが出てしまっておりましたが、良い作品でしたので買い取らせていただきました。本日は六角堂をご指名いただき有難うございました。二件目は中野区野方へ、不動産業者様のご紹介でお茶道具の見積もりへ伺いました。こちらではたくさんの茶道具を見積りしてまいりました。素敵なお道具が多く、一点一点丁寧に査定し精一杯の査定額を出しましたので、ご縁がありましたらまたお呼びください。
帰りに高円寺駅にある「なんでんかんでん」さんへ寄りました。久々食べる「なんでんかんでん」のラーメンはとても懐かしかったです。今日は社長が不在でしたが、先日見かけたときには一緒に撮影してくれました。スープも濃くてとても美味しかったです。また寄らせてもらいます。

山口貢史(ヤマグチコウシ)
1941年 岐阜県生まれ
1965年 武蔵野美術大学卒業
宮本三郎に師事する
1998年 日本芸術家大賞優秀賞受賞
個展三越、大丸他31回
フランスでの個展は、絶賛を博し、ベルサイユ市名誉市民となる
米国ウィスコン州の中学校教科書に、困難に立ち向かい美の創造に尽くす波乱の人生が紹介される。
日本芸術家大賞展優秀賞など受賞多数
本学芸術情報学部芸術史学科教授

千葉県佐倉市にて中島潔、林静一、ディズニ-のリトグラフ、リュージュのオルゴールなど。

千葉県佐倉市にて中島潔、林静一、ディズニ-のリトグラフ、リュージュのオルゴールなどをお売りいただきました。

本日は二件の出張買取。一件目は千葉県佐倉市へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたのは、絵画、置物、茶道具、リサイクル品など。多数まとめてお売りいただきました。絵画は中島潔のリトグラフ「花の夢」、林静一のリトグラフ「竹取物語」、ディズニ-映画「バンビ」のリトグラフなど。どれも可愛らしい作品でした。REUGE(リュージュ)のオルゴールは72弁のもので、素敵な象嵌入りの箱に収められております。茶道具はお稽古用のものでしたが、全て買い受けさせていただきました。まとめてお売りいただき有難うございました。二件目は東京都板橋区新河岸へ、お片付け整理でお呼びいただきました。こちらではお着物や湯呑などの贈答品を買い取らせていただきました。ウール交じりのお着物でしたが、全てまとめて買い取らせていただきました。ご家族の思い出のお着物、大切に次へと繋げさせていただきます。当社をご指名いただき有難うございました。
本日の昼食は、佐倉市にある「タンメンしょうや」さんへ行きました。テレビにも紹介された地元では有名なお店のようです。わたしは佐倉タンメン、ドンシャリ、どぶづけ餃子をいただきました。佐倉タンメンはもちろん、甘辛いたれにどっぷり浸かったどぶづけ餃子がとても美味しかったです。帰りには京葉道路幕張PA上り線Pasar幕張にあるお店で、木更津市の道の駅「うまくたの里」で有名な「クレイジーピーナッツ」を買いました。クレイジーピーナッツはフレーバーチョコレートにくるまれたポップでカラフルなピーナッツ菓子で、味は全部で16種類はあるようです。以前テレビで見た時に食べたいなと思っていたので、すぐに購入しました。カップに詰め放題なのですが、種類が豊富で結局2パックに全種詰め込みました。帰り道いただきましたが、とても美味しかったです。

中島潔(なかじまきよし)1943年~
郷愁を誘う童画や、儚げな女性画を得意とする画家。「風の画家」として知られております。
現在はパリに長期滞在しての制作、京都・清水寺襖絵の制作など精力的に活動しています。
1943年 満州に生まれる。1歳で両親の故郷、佐賀へ戻る
1961年 高校卒業後上京し、働きながら独学で絵の勉強をする
1964年 広告会社に就職し、アートディレクターとして数々の賞を受賞
1971年 渡欧し、美術学校へ通う
1976年 広告会社を退職し、フリーのイラストレーターとなる
1982年 NHKみんなのうた等のイメージ画を手がけ、一躍注目を浴びる。初個展開催
1987年 ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞
1990年 北京で初の海外展を開催
1998年 画業30年を記念して、7年の歳月をかけて完成させた「源氏物語五十四帖」を発表

林静一(はやしせいいち)1945年(昭和20年)~
イラストレーター、漫画家、アニメーション作家。
満州生まれの東京都育ち。妻は、染色作家の林節子。
なよやかな女性美の表現に定評があり、「現代の竹下夢二」とも称される。
LOTTEの梅味キャンディー『小梅』のキャラクター「小梅ちゃん」のイラストレーションで有名。NHK『みんなのうた』においてアニメーションを多数手掛けたことでも知られる。
画家、実写映画の監督、アニメーション作家として多才な活動を見せている。

東京都世田谷区奥沢にて、中里重利の絵唐津ぐい吞や鳥羽絵(春画)巻物など。

東京都世田谷区奥沢にて、中里重利の絵唐津ぐい吞や鳥羽絵(春画)絵巻物などをお売りいただきました。

本日は一件の見積もり、一件の出張買取となりました。一件目は、練馬区石神井町へ時代箪笥や時代蒔絵香炉、掛軸、アンティークスタンドライトなどの見積りへ行ってまいりました。近日お売りいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。二件目は世田谷区奥沢へ、お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、唐津焼の巨匠中里重利の絵唐津ぐい吞や鳥羽絵(春画)巻物などをお売りいただきました。中里重利は人間国宝・中里無庵氏の三男として生まれ、実力作家として活躍されている。絵唐津・朝鮮唐津・斑唐津、黒唐津・黄唐津など、その仕事は多彩です。熟練された轆轤技術には定評があり、伝統的な古唐津の茶陶を基本に瀟洒で洗練された完成度の高い作陶を展開し、唐津焼の重鎮として高い評価を受けております。叩きの技法を駆使した壷を得意としました。鳥羽絵(春画、戯画)絵巻物は江戸~明治期のもの。印刷ではなく、当時の肉筆のものになります。鳥羽絵(とばえ)とは江戸時代に流行した戯画の一種。《鳥獣戯画》の筆者に擬せられる平安後期の僧、鳥羽僧正(覚猷(かくゆう))にちなんでこう呼ばれております。略画的タッチで人物や動物などを滑稽に描く。大坂の狩野派の大岡春卜筆といわれる《軽筆鳥羽車》3冊本(1720)は古例に属する。鳥羽絵はまず大坂で流行し、《絵本水や空》(1780)や《絵本古鳥図賀比》(1805)の作者松屋耳鳥斎が代表的。江戸でも、鍬形蕙斎(くわがたけいさい)、葛飾北斎、歌川広重などが鳥羽絵を試みています。上下巻の面白い作品でした。良い作品をお売りいただき有難うございました。
仕事帰りに市場の仲間達から連絡が入り、みんなで食事をすることとなりました。前に行ったことのある荻窪駅そばの「さかなや道場」さんへと行きました。T橋さんがご馳走してくれるとのことでしたので、生牡蠣やお鍋などわたしの大好物をたくさん食べさせていただきました。鰺の刺身は食べ終わると骨を唐揚げにしてくれます。これがまた絶品です。T橋さんご馳走様でした!

中里重利(なかざとしげとし)1930(昭和5)年~2015(平成27)年
中里重利は12代中里太郎右衛門(無庵)の三男として佐賀県に生まれました。
1944(昭和19)年より父に師事して作陶に従事しました。
1956(昭和31)年、現代日本陶芸展で松坂屋賞を受賞しました。
1964(昭和39)年にオリンピック協賛日展の入選作品が外務省に買い上げられ、
在外公館に陳列されました。
1965(昭和40)年、日展で「三玄壷」が特選北斗賞を受賞しました。
1966(昭和41)年、日展無鑑査となりました。
日展の出品作品が外務省に買い上げられて在外公館に陳列されました。
1967(昭和42)年、日展委嘱となりました。
1969(昭和44)年、日本現代工芸美術展無鑑査となりました。
現代工芸美術家協会会員、日展委嘱となりました。
1970(昭和45)年、日展委嘱となりました。
1971(昭和46)年、日本現代工芸美術展審査員に就任しました。
1973(昭和48)年、唐津市神田山口に築窯して独立しました。
1975(昭和50)年、日本現代工芸美術展で会員賞と文部大臣賞を受賞しました。
1976(昭和51)年、日展審査員に就任しました。
窯名を「三玄窯」としました。
三玄窯とは自身の作品である三玄壷(橙、赤、黒の三色を施した叩き壷)に由来しており、
三玄とは「天・地・人」のもと「土・技・炎」の三位一体を表現しています。
1977(昭和52)年、日展会員となりました。
現代工芸美術家協会評議員に就任しました。
1980(昭和55)年、日本新工芸展で会員賞と楠部賞を受賞しました。
中日国際陶芸展審査員に就任しました。
1981(昭和56)年、九州・山口陶芸展審査員に就任しました。
1982(昭和57)年、日展審査員に就任しました。
1985(昭和60)年、佐賀県芸術文化功労賞を受賞しました。
日展審査員に就任しました。
1986(昭和61)年、日展評議員に就任しました。
1993(平成5)年、佐賀県教育委員会より表彰を受けました。
1996(平成8)年、県政功労賞を受賞しました。
2002(平成14)年、地域文化功労者表彰(文部科学大臣表彰)を受けました。

東京都国分寺市にて、杉原元人の日本画「上高地」、桐たんす、着物など。

東京都国分寺市にて、杉原元人の日本画「上高地」、桐箪笥、着物などをお売りいただきました。

リサイクル業者様のご紹介で、お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。伝統工芸品泉州桐箪笥、お着物や反物、日本画家杉原元人の作品「上高地」をお売りいただきました。杉原元人は1980年代以降の日本画壇をリードしてきた日本画家で、当社でも数多く取り扱う作家です。皇室に作品を献上したことでも有名な画家です。額に多少の痛みがありましたが、六角堂で買取を強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
六角堂では「杉原元人」の絵画、版画作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(肉筆画、版画も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
杉原元人作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。
仕事帰り、最近はまっている「ゆで太郎」さんへ行きました。このお店のかき揚げ丼は本当に美味しいです。お正月にサービス券をたくさんいただきましたので、しばらく通い詰めます。明日は一日お休みをいただきます。久々の休日ですので、たくさん寝て一日のんびりします。

杉原元人(すぎはらげんじん)1912年(大正元年 )〜 2009年(平成21年) 
1912年 三重県鳥羽市出身 川端画学校卒業
1946年 児玉希望に師事  日展初入選
1969年 日展審査員(同77、84、87、92年)
1970年 日展会員に推拳
1978年 天皇皇后陛下御座所の間に「瀬波の海」献上
1984年 国際芸術文化大賞受賞
1985年 日展評議員に就任
1989年 紺綬褒章受賞
1992年 日展参与に就任
1993年 日展文部大臣賞受賞
1994年 千葉県教育功労者表彰
1996年 勲四等瑞宝章を受章
2005年 画集刊行「杉原元人」(美術年鑑
2009年 逝去。97歳。

東京都世田谷区祖師谷にて、筑後民芸家具の車箪笥、上村松園のリトグラフなど。

  

東京都世田谷区祖師谷にて、筑後民芸家具の車箪笥、上村松園のリトグラフ、外国人画家の油彩画をお売りいただきました。

先月お見積りへ伺ったお客様にお呼びいただき、民芸家具や絵画を買い取らせていただきました。家具は筑後民芸家具の車箪笥。絵画は上村松園のリトグラフ「若葉」、外国人画家の油彩画。車箪笥とは、その名の通り底部に車輪の付いたたんす。江戸時代には火事が多く、火事などの災害時に綱を付けて引張って容易に移動できるように底部に車輪を付けたタンスになります。 筑後民芸家具は九州の北部に位置する筑後川の下流で、1536年頃に榎津久米之介により指物作りが始まったとされます。良質な欅(ケヤキ)材を使用する格調高い民芸家具です。所々傷みがございましたが、買い取らせていただきました。良いお品をお売りいただき有難うございました。
当社では、筑後民芸家具をはじめ、松本民芸家具、北海道民芸家具、神居民芸家具、九州民芸家具、飛騨家具などの民芸家具や古家具、時代箪笥、桐タンスなどの買い取りを行っております。もちろんお見積り無料でお客様の大事な民芸家具を適正価格で査定させてい頂きます。中古民芸家具を当社にお売りください!ご連絡、心よりお待ちしております。
本日の昼食はお見積り時にも寄らせていただいた祖師ヶ谷大蔵駅のそばにある中華料理屋「太陽島」さんへ行きました。前回同様、日替わり定食の麻婆豆腐をいただきました。帰りには、杉並区井草にある「むさしの森珈琲」へ寄り、ピタヤMIXスムージーをいただきました。ピタヤとはドラゴンフルーツのようで栄養満点です。とても美味しいスムージーでした。

上村 松園(うえむら しょうえん)明治8年(1875)4月23日~昭和24年(1949)8月27日没
本名:上村 津禰(つね)常子(つねこ)ともいう。
女性の目を通して「美人画」を描いた日本画家。
同じく日本画家の上村松篁(しょうこう)は息子、上村淳之(あつし)は孫にあたる。
1875年 京都下京四条通御幸町の葉茶屋「ちきり屋」の次女として生まれる
1887年 京都画学校に入学、四条派の鈴木松年に師事
1990年 第3回内国勧業博覧会に「四季美人図」を出品、一等褒状受賞
1893年 幸野楳嶺(こうのばいれい)に師事
1895年 竹内栖鳳に師事
1902年 息子信太郎(松篁)が誕生
1914年 間元町竹屋町に画室竣工。金剛巌に謡曲を習い始める
1941年 帝国芸術院会員
1945年 奈良平城の唳禽荘に疎開
1948年 文化勲章受賞(日本人女性として初)
1949年 8月27日逝去。従四位に序せられる。享年74。寿慶院釈尼松園

東京都目黒区東山にて、日本画家麻田辨自の扇面画「紫」、陽光刻唐銅鍾馗図鍔。

 

東京都目黒区東山にて、総桐箪笥、日本画家麻田辨自の扇面画「紫」、陽光刻唐銅製金銀銅象嵌鍾馗図鍔をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お売りいただいたお品は、総桐箪笥、日本画家麻田辨自の扇面画「紫」、陽光刻唐銅製金銀銅象嵌鍾馗図の鍔(つば)など。お引越し先のマンションが洋室しかないので、和のものを処分されたいとのことでお売りいただきました。麻田辨自の扇面画はタトウ箱の欠品、額に痛みなどがありましたが、作品自体は状態も良く、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。鍔は近代造られたもので、陽光刻と銘がございます。金銀銅の象嵌の入った鍾馗が餓鬼を捕まえる姿はとても迫力がございます。良いお品をお売りいただき有難うございました。
本日も昨日に続き、志木市場の仲間たちと食事をすることとなりました。T橋社長の勧めで、高円寺駅にある「山内牧場」さんへ行きました。しゃぶしゃぶ食べ放題のお店ですが、サラダやカレー、牛丼、らーめんなど種類がとても豊富です。デザートもたくさんございました。もつ鍋とさつまいもがとても美味しく、何度もお代わりしてしまいました。T橋社長、昨日に続き本日もご馳走様でした。引き続きまたよろしくお願い致しまーす!

麻田辨自(あさだべんじ)1900(明治33)年12月14日~1984(昭和59)年10月29日
明治から昭和時代に活躍した日本の日本画家・版画家。
京都府船井郡富本村で父・中西栄治と母・ふじの子として生まれる。旧姓は中西。本名辨次。
上村松園の弟子であった麻田鶴と結婚後、麻田を名乗る。長男は日本画家の麻田鷹司、次男は洋画家の麻田浩。
1900(明治33)年 京都府で生まれる
1914(大正3)年 京都市立美術工芸学校 入学
1921(大正10)年 京都市立美術工芸学校 卒業
第3回帝展に「洋犬哺乳」を出品 初入選
1924(大正13)年 京都市立絵画専門学校卒業 研究科に進級
1927(昭和2)年 麻田ツルと結婚 麻田姓を名乗る
1929(昭和4)年 西村五雲に師事
浅野竹二や徳力富吉郎らと共に京都創作版画協会の結成
1933(昭和8)年 武田新太郎らと雑誌『黄楊』を発刊
1938(昭和13)年 山口華楊らと晨鳥社を創設
1946(昭和21)年 第2回日展に「馬」を出品 入選
1950(昭和25)年 第6回日展に「樹蔭」を出品 特選を受賞
1952(昭和27)年 第8回日展に「群棲」を出品 特選・白寿賞を受賞
1958(昭和33)年 日展評議員
1959(昭和34)年 第2回新日展に「風霜」を出品 文部大臣賞受賞
1965(昭和40)年 第21回日本芸術院賞 受賞
1972(昭和47)年 日展理事
1974(昭和49)年 京都市文化功労者
1975(昭和50)年 京都府美術功労者
1977(昭和52)年 日展参与 晨鳥社顧問
1980(昭和55)年 日展参事
1984(昭和59)年 肝不全のため逝去

 

東京都新宿区中落合にて、塗師祥一郎、小山田典彦、上村松園などの絵画買取。

 

今年度初の出張買取。昨日は、各古物市場へ新年の挨拶準備や出張買取の日程調整、荷物の仕分けなどでバタバタしておりました。本日は二件の予定、一件はお見積り査定、一件は絵画の出張買取となりました。一件目は東京都渋谷区へ遺品整理によるお茶道具のお見積りで伺いました。表千家茶道のの師範をされていた方で、即中斎書付のお道具や茶掛けなどがたくさんございました。良いお道具が多く、目一杯の査定額を提示させていただいております。ゆっくりと処分していきたいとのことでしたので、処分される際にはまたお呼びください。二件目は新宿区中落合へ、処分整理でお呼びいただきました。タンス、絵画の買取でお呼びいただきましたが、残念ながらタンスは現在リサイクルの厳しいものでした。絵画は相見積もりでございましたが、当社にお売りいただくこととなりました。お売りいただいた絵画は、塗師祥一郎の油彩画「木」、小山田典彦の日本画「秋草」、上村松園のリトグラフ「序の舞」など。タトウ箱の欠品、額の痛みなどございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品でしたので、頑張り査定で買い取らせていただきました。絵画の他に、小型家具や弓道の矢筒などもお売りいただきました。新年早々、良いお品をお売りいただき有難うございました。大切に次へと繋げさせていただきます。
倉庫へ戻る途中、新宿区西落合にある「横浜ラーメン山藤家」さんで食事をしました。わたしは味玉ラーメンをいただきましたが、バランスの良い家系ラーメンといった感じです。もやし、ライスのトッピングが無料なのがお得です。美味しかったです。

塗師祥一郎(ぬししょういちろう)1932~2016年
雪景を主題とした写実絵画を追求し、細やかな情感のこもる作風で知られている。
1932年 石川県小松市に生まれる。
1953年 金沢美術工芸大学洋画科を卒業。小糸源太郎に師事。
1952年 第8回日展に「展望」が初入選。翌年には光風会展に初入選。光風会会員となる。
1967年 光風会展退会。日洋展に参加。
1976年 日展会員となる。
1982年 「待春の水辺」が会員賞を受賞。
2003年 日本芸術院賞を受賞し、日本芸術院会員となる。
2008年 旭日中綬章受章。
2015年  埼玉県立近代美術館「未来に遺したい埼玉の風景-塗師祥一郎展」
2016年 84歳死去。

小山田典彦(おやまだのりひこ) 
1946年 宮城県に生まれる。父は日本画家小山田道憲
1969年 武蔵野美術大学日本画科卒業、福田豊四郎に師事
1972年 愛媛県美術展出品・知事賞・松山市長賞・愛媛新聞社賞受賞
1983年 個展開催(今治)
1989年 日仏現代美術展入選
1991年 個展開催(東京)
1994年 東京町田中央ライオンズクラブ旗製作
現在:無所属 埼玉県新座市在住

上村松園(うえむらしょうえん)
1875年 京都府に⽣まれる。
1887年 京都府画学へ⼊学。鈴⽊松年に師事。
1888年 「松園」の号を受ける。京都府画学校を退学。
1890年 第3 回内国勧業博覧会の出品作品の「四季美⼈図」が、⼀等褒状を受ける。
1893年 幸野楳嶺に師事する。
1895年 ⽵内栖鳳に師事する。
1900年 第8 回⽇本絵画協会、⽇本美術連合共進会にて⼆等銀賞受賞。
1940年 ニューヨーク万国博覧会に「鼓の音」を出品。
1941年 帝国芸術会員となる。
1943年 新文展審査員となる。
1946年 第⼀回⽇展審査員となる。
1948年 ⽇本⼈⼥性で初の⽂化勲章を受章。
1949年 逝去。享年74歳。

東京都小平市にて、森誠の油彩画「柳生風景」などの絵画、雑貨など。

東京都小平市にて、森誠の油彩画「柳生風景」などの絵画、雑貨などをお売りいただきました。

出張買取が続き多忙の為、買取事例の更新が遅れてしまってます。徐々に更新させていただきます。本日は三件の出張買取。東京都武蔵野市境南町、世田谷区祖師谷、小平市花小金井の三件を回りました。奥様のご出産でお休みをいただいていたN尾氏が本日から復帰、早々に出張買取に同伴してもらいました。一件目は武蔵野市境南町へ、お着物のお片付け整理でお呼びいただきました。少々古いお着物ではありまししたが、ご実家が呉服屋さんをされておりましたので保管状態も良く、良いお着物が多くございました。和装小物を含め、全て買い取らせていただきました。一点一点が大切な思い出のお着物、大切に次へと橋渡しさせていただきます。ご指名いただき有難うございました。二件目は世田谷区祖師谷へ、お着物、洋食器、掛軸、絵画のお見積り。マンションとトランクルームで見積もりをさせていただきました。洋食器はロイヤルコペンハーゲンなど、絵画は上村松園、上村淳之のリトグラフや藤本東一良の油彩画、外国人作家のものなど多数ございました。本日は見積りのみでしたが、帰りにご連絡いただき年明け一月に買い取らせていただくこととなりました。一月にまた、よろしくお願い致します。三件目は小平市花小金井へ、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物や雑貨、絵画など多数お売りいただきました。絵画は日本の風景を描かれたものが多くあり、たくさん買い取らせていただきました。森誠(もりまこと)は1921 ( 大正10 )生まれ長崎県出身の洋画家。師、赤松麟作。無所属、元創造美術協会会員・委員。 1998 ( 平成10 )に逝去されました。日本の古民家を多く描かれた画家です。他にも海外からのお土産でいただいた陶器や置物などございましたが、こちらはまた次回お呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。遅くまでお付き合い下さり有難うございました。
本日の昼食は祖師ヶ谷大蔵駅のそばにある中華料理屋「太陽島」さんへ寄りました。日替わり定食の麻婆豆腐をいただきました。杏仁豆腐、サラダ、スープが付いてなんと600円。本場中華のお味でとても美味しかったです。本日も帰りが遅くなってしまったので、小平市から倉庫へ戻る途中「魁力屋」さんで食事をしました。野菜味噌らーめんをいただきましたが、とても美味しかったです。寒い時にラーメンは温まります。明日からお休みをいただく予定でしたが、急遽出張買取が決まりましたので、明日も一日頑張ってまいります!

東京都杉並区方南にて、斎藤清の木版画「京都大徳寺孤篷庵」、反物など。

東京都杉並区方南にて、斎藤清の木版画「京都大徳寺孤篷庵」、反物などをお売りいただきました。

本日は三件の出張買取。神奈川県座間市~横浜市西区~杉並区方南を回りました。一件目は神奈川県座間市へお荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。こちらでは、お着物屋お茶道具などをお売りいただきました。とてもお若い女性のお客様で茶道をされているとのこと、頑張り査定で買い受けさせていただきました。近年若者たちの茶道離れが進む中、茶道具を数多く扱っているわたしとしましてはとても嬉しかったです。また、お婆様からいただいたというお着物は多少シミ汚れなどございましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。今後も茶道を頑張ってください。応援しております。二件目は横浜市西区へ出張させていただきました。こちらでは、お茶道具や蓄音機、古時計、雑貨、置物などをお売りいただきました。お茶道具はお稽古用のものですが、茶碗や水指など一式ございました。アンティーク物が数多くあり、多数お売りいただきました。まとめてのご売却、有難うございました。ご家族の思い出のお品々、大切に次へと繋げさせていただきます。三件目は東京都杉並区方南へ、遺品整理でお呼びいただきました。こちらでは斎藤清の木版画「京都大徳寺孤篷庵」、お着物や反物などをお売りいただきました。斎藤清(さいとうきよし)は福島県出身の版画家。国内外で評価されている人気版画家です。作品は京都大徳寺にある孤篷庵(こほうあん)。孤篷庵は京都府京都市北区紫野にある臨済宗の寺院。臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭。境内の最も西、坂の途中に位置しております。江戸時代の大名茶人である小堀遠州(こぼりえんしゅう)が造営し、最晩年の二年余り過ごされました。遠州の隠居寺であり、菩提寺となりました。多少シミ汚れがございましたが、当社で買い取り強化中の人気画家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い取らせていただくことが出来ました。また、お母様が生前茶道をされていたようで、落ち着いたらお道具をお売りいただけるとのこと、お待ちしております。
今日は横浜市から杉並区へ向かう途中の第三京浜都築PAで昼食をしました。いつもはサンマー麺を食べるのですが、本日はアジコロ定食を食べました。アジフライにコロッケが付いて600円と安く、ボリュームたくさんの定食でした。また、杉並区の出張帰りに高円寺駅にある「伝説のすた丼屋」さんへ寄り、とろろすた丼を食べました。疲れがたまってますので、スタミナをたくさんつけました。明日からも出張買取、頑張ります!

斎藤清(さいとうきよし)1907年~1997年
福島県会津市出身の画家・版画家。1932年 白日会展で初入選。
1933年 東光会展で入選。
1935年 国画会展で初入選。
1936年 日本版画協会展で初入選。
1937年 国画会展版画部門で初入選。
1944年 朝日新聞社に入社。
1948年 サロン・ド・プランタン展で1等賞。
1951年 サンパウロ日本人賞受賞。
1954年 朝日新聞社を退社。
1956年 アメリカ合衆国国務省、アジア文化財団の要請でアメリカやメキシコ各地で版画の指導を行なう。
1957年 リュブリャナ国際版画ビエンナーレ、アジア・アフリカ諸国国際美術展で受賞。
1964年 ハワイ大学より招待を受ける。
1969年 カナダ・グレータービクトリア美術館、アメリカ・サンディエゴ美術館で個展開催。
1976年 福島県の県外在住者知事表彰。柳津町名誉町民となる。
1981年 勲四等瑞宝章
1995年 文化功労者。
1997年 福島県柳津町に斎藤清美術館が完成。11月14日逝去。