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saito について

桐箪笥・骨董品・茶道具の高価買取実施中です。お気軽にお問い合わせください。

神奈川県横浜市港南区にて、ジャック デペルトのリトグラフの買い取り、鎌倉市へ、お着物、陶磁器、絵画の見積もり。

      

神奈川県横浜市港南区にて、ジャック デペルトのリトグラフを買取り、鎌倉市へ、お着物、陶磁器、絵画などの見積もりへ行ってまいりました。

本日は早朝より、神奈川県横浜市港南区へ李朝箪笥、リトグラフの買い取りへ行ってきました。お引越し前のお片付け中で、不要になられたとの事、次へと橋渡しさせていただきます。二件目は鎌倉市へと見積もり査定でお伺いしました。お父様、お母様のご遺品の整理、残念ながら陶磁器は箱と中が合わない物が多く、あまり高い査定が出せませんでした。絵画は、棟方志功の工芸版画や福田平八郎、小倉遊亀などの工芸作品を屏風にされたものなどがございました。ご家族に相談されてからご処分されるとの事、ご処分される際にはまたお呼びください。
鎌倉市へ出張へ来たときには必ず生しらす丼を食べると決めておりますので、食べログで検索し、鎌倉市小町、鶴岡八幡宮のそばにある「鎌倉釜飯かまかま本店」さんへと寄りました。残念ながら、生しらす丼は終わってしまったとのこと、釜揚げしらす三色丼をいただきました。さすが食べログ人気店、とても美味しく、おこげに薬味を載せていただくお茶漬けがまた美味しかったです。画像のフライですが、なんと白子と豆腐を混ぜて揚げた白子豆腐揚げ、とっても味がしっかりとしていて絶品でした。鎌倉小町通りをブラブラしながら、手焼き炭火のお煎餅を土産に買ったり、路上で美味しそうな串焼が並んでおりましたので、まぐろのホホ肉、鮎の塩焼きをつまみました。鎌倉はとてもいいところですね。今度は家族を連れて、観光しに来たいと思います。
明日は、長男の運動会。雨が心配ですが、決行するようです。リレーの選手に選ばれておりますので、帰宅後に「焼肉さんあい 」さんへと行き、たくさん栄養を付けさせました。鎌倉帰りでさすがにお腹いっぱいでしたので、わたしは眺めているだけでした。本人は一等賞になる自信があるようですが、とにかく結果が楽しみです。ここ数年間、仕事が忙しく全く子供の運動会に出てませんでした。明日の出張買取はわたしは行けず、N尾氏に託します。明日は久々、父親してきます!

ジャック・デペルト (JACQUES DEPERTHES)
黒を基調としたデリケートな描線と整然としたコンポジション、落ち着いた色調の清麗な画面には、静寂さと孤独感の中に温かさと郷愁が漂う。
ジュネーブ市主催「演劇と演奏」会の舞台装置を制作 。
作品はパリ市立近代美術館、ジュネーブ市立美術史博物館、鎌倉市立近代美術館等に収蔵されている。
1936年  フランス、シューレンヌに生まれる。
サント・エティエンヌ国立芸術大学、およびジュネーブ装飾美術学校に学ぶ。
1960年  ジュネーヴのユニオン・ド・バンク・スイスの壁画制作。
1961年  この頃から、ジュネーブ、パリ、カンヌ、ロンドン、シカゴ、東京などで個展を開催。
国際的に作家活動を展開する。
1965年  フランス政府給費留学生としてイタリアに滞在。
1976年  東京・大阪にて個展。
1984年  11月、ビジョンヌーベルの招きで来日。
1986年  二度目の来日。

埼玉県新座市にて、屏風、お茶道具、県指定無形文化財 十三代坂田泥華造萩焼酒器セット

埼玉県新座市にて、屏風、茶道具、県指定無形文化財 13代坂田泥華造萩焼酒器セットをお譲りいただきました。

お引越し前の片付け整理にてお呼びいただきました。当日のご依頼でしたが、ご近所でしたので即日お伺いさせていただきました。お忙しい中、当社のご指名ありがとうございました。帰宅時に、わたしの大好きなラーメン雷豚 三芳店へ寄り、辛味噌ラーメンをいただきました。辛さを10段階から選ぶことが出来、今日はは4の大辛にしました。おかわり自由のネギをたくさん入れて、美味しくいただきました。辛味噌の辛さ、ネギの辛さがたまらなく癖になってます!!

六角堂では山口県萩市で作られる陶器、萩焼の茶碗や湯呑などの茶器や花瓶など、萩焼の買い取りに力を入れております。三輪休雪の作品でけでなく萩焼のご売却、査定でしたらお気軽にお問い合わせください!萩焼の強化買取り作家は以下となります。
三輪休雪、田原陶兵衛、坂高麗左衛門、坂倉新兵衛、宇田川抱青、坂田泥華、吉賀大眉、兼田昌尚
などの萩焼作家物を強化買取りしております。壺、花瓶、花器 、茶碗、茶器、香合、皿、鉢、酒器、ぐいのみ、徳利など、全て対象となります。萩焼以外にもたくさんの陶磁器を探しております。たくさんの御見積お待ちしております。

十三代 坂田泥華(泥珠) 1915(大正4)年~2010(平成22)年
13代坂田泥華(さかたでいか)は12代坂田泥華の長男として山口県長門市に生まれました。
本名を一平、号を天耳・泥珠といいます。
1933(昭和8)年、山口県立萩商業学校を卒業後、父に師事して家業に従事しました。
1950(昭和25)年、13代坂田泥華を襲名しました。
1962(昭和37)年、加藤土師萌の指導を受ける。
1964(昭和39)年、日本工芸会正会員となりました。
1965(昭和40)年、山口県芸術文化振興奨励賞を受賞しました。
1968(昭和43)年、山口県美術展審査員を委嘱されました。
1970(昭和45)年、中国文化賞を受賞しました。
1972(昭和47)年、山口県指定無形文化財に認定されました。
名古屋オリエンタル中村個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1974(昭和49)年、迎賓館に水指を納入しました。
山口県選奨(芸術文化功労)を受賞しました。
1975(昭和50)年、東京三越個展の出品作品が宮内庁に買い上げられました。
1976(昭和51)年、日本工芸会理事に就任しました。
1981(昭和56)年、紫綬褒章を受章しました。
1987(昭和62)年、勲四等旭日小綬章を受章しました。
1994(平成6)年、全国豊かな海づくり大会の際に山口県より天皇陛下献上の茶碗を制作しました。
2004(平成16)年に長男・慶造が早世した為に15代坂田泥華を追贈し、自らは「泥珠」と号しました。
2010(平成22)年、2月24日肺炎で死去。94歳没
井戸茶碗に深い感銘を受けて研鑽を重ね、他の追随を許さない「泥華井戸」と称される独自の豪快な作風を確立しました。
焼成時に釉薬を剥ぎ取る事により御本風の柔らかい斑文を表現した剥離釉等、新しい技法の開発にも取り組みました。
近代の萩焼を語る上で欠かす事のできない重鎮です。

千葉県市川市真間にて、桐箪笥、お着物、純銀製徳利(カラカラ)、みちのく織 米沢小島織物 男物アンサンブル 亀甲(反物)。

 

千葉県市川市真間にて、桐箪笥、お着物、純銀製徳利(カラカラ)、みちのく織 米沢小島織物 男物アンサンブル 亀甲(反物)をお譲りいただきました。

お引越し前の荷物整理にてお呼びいただきました。お着物や銀製品など多数お売りいただきました。当社が入る前に、リサイクルショップの出張をお願いされたようですが、そちらのお店では和家具や着物、中古の銀製品は取り扱わないとの事で、六角堂をご指名くださりました。当社では、銀製品を強化買取りしており、幅広く取り扱っております。みちのく織の反物は、山形県米沢市で織られたもので、状態も良く、お客様にご満足いただける査定額で全て買い受けさせていただきました。
六角堂では、金・銀製品の置物や酒器(銚子・盃・ちろり)・茶道具(銀瓶・棗・急須・茶托・茶釜)を高価買い取り致します。
価値ある金・銀製茶道具、金・銀細工置物、銀食器などを潰し価格で処分するのは、非常に惜しいです。金瓶、銀瓶などを潰し価格で買取る業者が多く見られますが、当社は潰しではなく商品としての適正価格にて高価買取致しますので、是非六角堂へご相談ください。もちろん、金、プラチナ、銀製のアクセサリーなど、貴金属も買取しておりますので、併せてお問い合わせください。

市川市出張地域
市川、市川南、国府台、新田、平田、真間、菅野、東菅野、南八幡、宮久保、八幡、鬼越、鬼高、北方、高石神、中山、北方町、本北方、若宮、稲越町、北国分、国分、下貝塚、須和田、曽谷、中国分、東国分、堀之内、大町、大野町、柏井町、奉免町、南大野、伊勢宿、入船、大洲、大和田、加藤新田、上妙典、河原、高谷、末広、幸、塩焼、下新宿、下妙典、関ケ島、宝、田尻、稲荷木、富浜、原木、東大和田、日之出、二俣、本行徳、本塩、妙典、二子飛地、本郷飛地、相之川、新井、押切、欠真間、香取、行徳駅前、島尻、新浜、広尾、福栄、湊、湊新田、南行徳、加藤新田、高谷新町、塩浜、高浜町、千鳥町、新浜、本行徳、東浜、二俣新町

埼玉県和光市にて、時代箪笥、掛け軸、お茶道具、中川浄益造唐銅製エフゴ形建水、杏雲堂錫製ぐい吞み。

埼玉県和光市にて、時代箪笥、掛軸、茶道具、中川浄益造唐銅製エフゴ形建水、杏雲堂錫製ぐい吞をお譲りいただきました。

旧家解体前の整理で、解体業者様よりお呼びいただきました。古家具・古道具の残置物があるとのことで、いつもお世話になっている業者様に呼んでいただきました。今回もまたお呼びいただき有難うございます。六角堂では、不動産屋さん、解体業者、お引越し業者、介護関連業者、遺品整理等の業者様より、随時買い取りのご依頼を受け付けてます。残置物が少ない場合でも、何か気になるお品がございましたら、六角堂までメール、またはお電話にてお問い合わせください。当社で、出来る限りの対応をさせていただきます。ご不要になり捨てるつもりだった物や、今まで倉庫や押し入れに眠っているガラクタ同然と思っていたものに意外な価値があるかも知れません。六角堂は、通常では捨てられてしまうような物でも価値のあるお品、埋もれているお宝を見つけ出すことができるのが強みです。時代家具、古道具、骨董・美術品をご処分の際には、是非六角堂までお問い合わせください。
錫は金・銀に次ぐ高価な金属として知られています。 起源は古く、紀元前の3000年頃にはすでに銅と錫との合金である「青銅」が使われるなどし、紀元前1500年頃の中国殷王朝では錫が使用されていたと言われています。 長く日本各地でも採掘されていた錫ですが、昭和40年代を最後に国内での採掘がなくなってしまった為、古い錫製品は希少となっています。当社では、茶器、煎茶器、酒器、花器など、錫製品全般買い受けしてます。錫製品をご処分の際には、是非六角堂までお問い合わせください。
出張帰りに、くるまやラーメン新座野火止店へと寄らせていただきました。ここではいつも野火止店限定のごまみそネギらーめんを頂いております。濃い目の味噌スープがたまらなく美味しく、通い始めてすでに15年。当時からの味で、変わらず美味しいです。

東京都練馬区春日町にて、お着物、博多人形、立花大亀などの茶掛け(軸装)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉。

東京都練馬区春日町にて、着物、博多人形、立花大亀などの茶掛(掛け軸)、人間国宝十四代酒井田柿右衛門の錦 牡丹鳥文 額皿、人間国宝金城次郎の刷毛目魚紋茶碗、西岡小十の斑唐津茶碗、十四代沈寿官造の薩摩香炉をお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お父様、お母様が大事にされていた多くのお道具がございました。茶掛けは茶道をされていたお母様の遺品、お父様の遺品である陶芸作品は人間国宝をはじめ、人気作家のお品が多数ございました。陶芸作品がお好きだったとの事、人間国宝である十四代柿右衛門、島岡達三、中島宏、金城次郎などをはじめ、沈寿官、西岡小十、坂高麗左衛門、大樋長左衛門(大樋長楽)、玉置保夫、伊勢崎満、林正太郎、中里重利などなど、たくさんの名品がございました。一点一点、丁寧に説明し、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。今回は数点のみの買い取りでしたが、また次回お呼びいただけるとの事、楽しみにお待ちしております。お忙しい中、遠路ご実家まで来てくださり有難うございました。また次回もお客様とわたしの故郷、練馬区について思い出話させて下さい。
昨日、わたしと同じ古物商の仲間たちから出張土産をいただきました。茨城県へ出張されたOさんからはスイートポテトタルトケーキ、静岡県へ出張されたYさんからは伊勢えび味噌汁、美味しくいただきます。有難うございました。
六角堂では作家物の陶芸作品の買い取りを強化しております。作家の無いお品でも買い取りしておりますので、ご不要の場合は、ご処分前にご連絡ください。陶芸作品に詳しい鑑定士がお見積りに伺わせていただきます。

立花大亀(たちばな だいき)1899~2005
明治32年12月22日生まれ。臨済(りんざい)宗。大正10年出家。京都大徳寺塔頭(たっちゅう)の徳禅寺住職となる。大徳寺派宗務総長を2期つとめ,昭和38年最高顧問,48年大徳寺内に如意庵を復興して庵主となる。57-61年花園大学長。平成17年8月25日死去。105歳。大阪出身。堺市実業補習学校卒。著作に「度胸の据え方」「利休に帰れ」など。

十四代酒井田柿右衛門(さかいだかきえもん)1934(昭和9) – 2013(平成25)
陶芸家。酒井田家十四代。多摩美大卒。十二代・十三代に師事する。一水会委員。西部工芸会副幹事長。
重要無形文化財保持者(人間国宝、2001年7月12日認定。色絵磁器)、佐賀県陶芸協会会長、日本工芸会副理事長、および九産大大学院芸術研究科専任教授。

金城次郎(きんじょうじろう)1912年~2004年
那覇市生まれの陶芸家。国の重要無形文化財「琉球陶器」保持者(沖縄県で初の人間国宝)。子の須美子、孫の宮城三成も陶芸家。
1912年 沖縄県に生まれる
1925年 新垣栄徳の製陶所に入門、壷屋の製陶に従事
1946年 那覇市壷屋に築窯。浜田庄司、河井寛次郎らに師事
1985年 人間国宝に認定、沖縄県功労賞受賞
1993年 勲四等瑞宝章受賞
2004年 死去

西岡小十(にしおかこじゅう)
1917年 佐賀県唐津市に生まれる
1945年 終戦を迎え日本に帰る
1950年 唐津に帰郷し、友人とともに色唐津の古窯址を訪れる。
1953年 古唐津を再現する為、古窯址の発掘を始める。
1960年 古窯址の発掘が縁となり、小山富士夫氏と知り合う。
1971年 小山冨士夫に指導され、割竹式登窯を唐津衣干山の頂に築いて独立。
1975年 初の個展と古唐津陶片展を姫路のデパートで開催。偶然来館した荒川豊藏に茶碗を求められる。
1981年 絵斑唐津の焼成復元に成功。小十窯を開く。
1983年 梅花皮唐津の復元に成功
1999年 石川県辰之口町に加賀唐津、辰之口窯を開窯。
2006年 逝去

十四代沈壽官(ちんじゅかん)1926(大正15)年生
14代沈壽官は13代沈壽官の長男として鹿児島県に生まれました。
本名を大迫恵吉といいます。
早稲田大学政経学部を卒業後は東京で代議士秘書を務めていましたが、
1961(昭和36)年から作陶生活に入りました。
1964(昭和39)年、14代沈壽官を襲名しました。
1973(昭和48)年、社会教育振興の功労により文化大臣感謝状を受賞しました。
1984(昭和59)年、文部大臣表彰を受賞しました。
1987(昭和62)年、地域文化功労賞文部大臣表彰(文化財保護功労)を受賞しました。
1989(平成元)年、大韓民国名誉総領事に任命されました。
1993(平成5)年、フランス国際陶芸ビエンナーレでフランス政府首相奨励賞を受賞しました。
大韓民国大田世界博覧会組織委員会長より感謝状を受賞しました。
鹿児島県民表彰を受けました。
1996(平成8)年、南日本文化賞を受賞しました。
1998(平成10)年、鹿児島県知事薩摩焼振興功労賞表彰を受賞しました。
1999(平成11)年、大韓民国銀冠文化勲章を受章しました。
名誉博士号を受けました。
2000(平成12)年、早稲田大学より芸術功労賞を受賞しました。
2003(平成15)年、大韓民国国済州道国際自由都市名誉弘報大使に就任しました。
2010(平成22)年、旭日小綬章を受章しました。
優美で気品に満ちた白薩摩、素朴で力強い黒薩摩、辰砂や鉄絵等も幅広く手掛け、
薩摩焼宗家としての名に相応しい創作活動を広く展開しています。
又、日韓の親善交流に果たした努力の数々は枚挙に遑がありません。
司馬遼太郎著『故郷忘じがたく候』のモデルとしても知られています。
司馬遼太郎によって井戸水が光る趣の「井光釉」と命名された独特の黒釉を開発し、
氏の芸術の特質を的確に言い表したものとして世に知られています。

東京都練馬区中村北にて、朱塗金具小箪笥、桐たんす、黒留袖や訪問着、紬などのお着物、丹後ちりめんなどの反物。

 

東京都練馬区中村北にて、朱塗金具小箪笥、桐タンス、黒留袖や訪問着、紬などお着物、丹後ちりめんなどの反物をお売りいただきました。

お引越前の片付け整理にてお呼びいただきました。朱塗に豪華金具が多数装着された小箪笥、コンパクトなサイズで着物のたんすというよりは小引き出しとして使うのにちょうど良いサイズのたんすになります。実際小物入れとして使われていたようです。金具がかっこよく、朱塗にコンパクトサイズが可愛いかっこかわいいタンスです。他にも、状態の良いお着物、古い反物などを買い受けました。残念ながら、お着物は丈が若干短く、反物にはシミが所々出てしまってました。良いものだけに少し残念でした。画像の黒留袖、丹後ちりめんは状態が良く、お客様にご満足いただける査定が出来、結果たんす二竿分全て買い受けすることとなりました。当社は、たんす、お着物、どちらも強化買取りしており、まとめて買い取りすることが出来ますので、併せてご処分される際には是非「たんす・着物の高価買取六角堂」をご指名ください。他にも、お茶道具や骨董品も扱っておりますので、こちらも併せてお問い合わせください。各種専門スタッフがお伺いし、査定・買取りいたします。

丹後ちりめん・・・京都府北部の丹後地方で生産される高級絹織物の総称。丹後地方の地場産業であり、主な産地は京丹後市、宮津市、与謝郡与謝野町。丹後ちりめんとは経糸(たていと)に撚りのない生糸、 緯糸(よこいと)に1mあたり3,000回程度の強い撚りをかけた生糸を交互に織りこんで生地にした後、精練することによって緯糸の撚りがもどり、生地の前面に凹凸状のシボがある織物のことをいいます。シボがあることにより、シワがよりにくく、しなやかな風合いに優れ、凸凹の乱反射によって染め上がりの色合いが、豊かな、しかも深みのある色を醸し出すことができます。丹後ちりめんの歴史は江戸時代中期の享保5年(1720年)、丹後峰山藩(京丹後市峰山町)に住む絹屋佐平治(のちの森田治郎兵衛)らが、京都西陣の機屋に奉公人として入り、糸撚りやシボの出し方など、秘伝の技術を丹後へ持ち帰ったのが、現在の「丹後ちりめん」のはじまりです。

黒留袖(くろとめそで)・・・既婚女性の第一礼装。結婚式で新郎新婦の母、親族の既婚女性、仲人夫人が着用します。生地には濱縮緬や丹後縮緬などの地模様のない縮緬を用い、裾に模様が入れられ、五つ紋が入っている着物です。

練馬区出張地域は、旭丘 旭町 大泉学園町 春日町 上石神井 上石神井南町 向山 小竹町 栄町 桜台 下石神井 石神井台 石神井町 高野台 高松 田柄 立野町 土支田 豊玉上 豊玉中 豊玉南 豊玉北 中村 中村南 中村北 西大泉 西大泉町 錦 貫井 練馬 羽沢 早宮 光が丘 氷川台 東大泉 富士見台 平和台 南大泉 南田中 三原台 谷原

埼玉県熊谷市にて、時代桐箪笥、屏風、長火鉢、古陶磁器、煙草盆、玉印燻銀銅製湯沸、いぶし銀銅製急須。

   

埼玉県熊谷市にて、時代桐箪笥、屏風、長火鉢、古陶磁器、煙草盆、玉印いぶし銀銅製芋頭式藤手銀巻湯沸し、燻銀銅製急須をお譲りいただきました。

旧家、土蔵解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。土蔵からは、古めの伊万里や九谷焼などの陶磁器、煙草盆や煙管、古書、古写真などを、旧家からは花器、煎茶道具などを買い受けさせていただきました。電気が止まっており暗い中での作業でしたので、はじめいぶし銀の煎茶道具を見つけた時には銀瓶、純銀急須かと思っておりました。明るい所でよく見ると、残念ながら燻(いぶし)銀でした。いぶし銀とは硫黄などをかけて表面を灰色に変化させた銀で、艶がなく、その色は渋くて味わいがあります。ゆえに「いぶし銀」という言葉は、華やかさに欠けるが実力はあることとして「ベテラン」的な意味合いに使われるようです。最初見つけ出した時に、お客様に期待させてしまい申し訳ございませんでした。本日は六角堂好みの古家具や古道具をたくさんお譲りいただき有難うございました。ご先祖様が代々使われていたお道具、次へと橋渡しさせていただきます。
六角堂では、今泉堂、金寿堂、尚美堂、竹影堂、松栄堂、金賞堂、天賞堂、金美堂、金晴堂、金匠堂、銀川堂、生秀堂、呉杉堂、雲色堂、青龍堂、祥雲堂、光玉堂、純古堂、金龍堂、泰山堂、三龍堂、純幸堂、精金堂、皆川堂、秀峰堂、玉川堂、松栄堂、山川堂、海玉堂、清雅堂、秀峰堂、金星堂、富貴堂、上彬堂などの茶器(湯沸、水注、急須、茶筒、茶托、茶合)や酒器(銚子、猪口、ぐい呑)、花器(花瓶、一輪生)、皿(菓子器、銘々皿、盆)などの銅製品を探しております。ご不要になられたお品がございましたら、古家具・古道具の高価買取六角堂までお問い合わせください!!

東京都世田谷区世田谷にて、お茶道具、銀製品、人間国宝三代徳田八十吉(正彦銘)碧明釉花生。

 

東京都世田谷区世田谷にて、お茶道具、銀製品、人間国宝三代徳田八十吉(正彦銘)碧明釉鶴首花生をお譲りいただきました。

本日は三件、杉並区下高井戸、世田谷区世田谷、港区三田の出張買取でした。杉並区では、中国の書画、アンティーク家具を買い受けました。次回、中国の掛軸やお着物をお売りいただけるとのこと、お待ちしております。二件目は世田谷区、こちらは同業者のご紹介でお呼びいただきました。人間国宝三代徳田八十吉の襲名前作「碧明釉花生」をお売りいただきました。底裏に九谷正彦の銘がございます。残念ながら共箱などの付属品はありませんでしたが、人気作家で当社でも買取強化している作品ですので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けさせていただきました。他にもカトラリーなどの銀食器をお譲りいただきました。三件目の港区三田へ向かう途中、渋谷区恵比寿にある「光麺 恵比寿店」へと寄り、秘伝焦がし黒ラー油担々麺、2種チャーシュー丼をいただきました。濃厚スープですので麺との絡み具合がとてもいいです。擦り胡麻がたくさん混ぜ込まれており、坦々麺らしい味わいです。ラー油もたっぷり目に入っていますが、決して激辛というわけではなく、ほどよい辛さでした。麺は多加水麺で、ツルっとした食感がいいです。チャーシュー丼もとても美味しかったです。カウンター席がお洒落で、さすが恵比寿ですね。また行きたくなるお店です。港区三田では、掛け軸や煎茶器などを買い受けさせていただきました。本日は三件の買い取りでしたが、東京都内の移動距離は短く、渋滞にさえはまらなければ一日五件くらい回れそうです。今日はいつもより道がすいていたので、夕方には市場や倉庫へ戻ることが出来ました。

六角堂では、人間国宝、作家物の陶芸作品を探しております。
作家のないお品も多数扱っておりますので、ご処分される前に一度お問い合わせください。
たくさんのお問い合わせ、心よりお待ち申し上げます。
陶芸(人間国宝) 色絵磁器 - 富本憲吉、加藤土師萌、藤本能道、十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門 鉄釉陶器 - 石黒宗麿、清水卯一、原清 民芸陶器 - 濱田庄司 志野 - 荒川豊蔵 萩焼 – 三輪休和(十代三輪休雪)、三輪壽雪(十一代三輪休雪) 備前焼 – 金重陶陽、藤原啓、山本陶秀、藤原雄、伊勢崎淳 唐津焼 – 中里無庵 染付 – 近藤悠三 白磁・青白磁 -塚本快示 琉球陶器 - 金城次郎 鉄絵 - 田村耕一 練上手 - 松井康成 白磁 - 井上萬二 三彩 - 加藤卓男 民芸陶器- 島岡達三 青磁 – 三浦小平二、中島宏 彩釉磁器 - 三代徳田八十吉 常滑焼(急須)-三代山田常山 釉裏金彩(ゆうりきんさい)-吉田美統 無名異焼(むみょういやき)-五代伊藤赤水

三代徳田八十吉(とくだやそきち) 1933年(昭和8)~2009年(平成21) 石川県小松市出身
1954年 祖父について絵付けなどの修業をはじめる
1963年 日展初入選
1971年 日本伝統工芸展NHK会長賞
1977年 同展で日本工芸会総裁賞
1986年 日本伝統工芸展で保持者選賞
1986年 三代徳田八十吉を襲名
1991年 日本陶芸展秩父宮賜杯
1993年 紫綬褒章
1994年 日本工芸会理事
1997年 重要無形文化財「彩釉磁器」保持者に認定

東京都足立区千住河原町にて、総桐箪笥、大島紬や結城紬、牛首紬、訪問着、留袖、付け下げ、袋帯、名古屋帯、和装小物など。

東京都足立区千住河原町にて、総桐箪笥、大島紬や結城紬、牛首紬、訪問着、留袖、付け下げ、袋帯、名古屋帯、和装小物などをお譲りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。お母様が大事にされておりました思い出の桐箪笥、お着物をまとめて買い受けさせていただきました。桐たんすは厚みがありとてもしっかりとしたもので、まめに風通しなどされていたというお着物たち、大事にされていたのでしょうとても保管状態が良かったです。お母様の思い出のお品、次へと大事に橋渡しさせていただきます。
当社でお着物を査定する際に注意している点は、産地や作家など、流行のものかどうか、正絹や綿などの素材、十分な裄や丈があるかどうか、そして大事なのが保管状態です。シミや汚れの目立つものはどうしても減額査定になってしまいます。たとえ良い着物であっても状態のひどいものには査定が付かない場合もございます。着物は湿気を嫌いますので、厚みあるしっかりとした桐箪笥に保管されることをお勧め致します。
買い取り先のそばに、稲荷神社がありましたので、寄らせていただきました。この仕事をしているせいか、暇あれば神社へと寄ることが多いです。何するわけでもなく良いお道具たちに出会えるように縁起担ぎにきております。河原町稲荷神社は、明治維新後は千住町中組堤外西耕地の村社、現在は東京都中央卸売市場足立市場(やっちゃば)の鎮守で、千住七福神の福禄寿が祀られています。福禄寿は七福神の一つ。長頭短身鬚髯(しゅぜん)の老人で,つえに経巻を結び鶴を伴う。道教では幸福・富貴・長寿を表し,南極星の化身とされる。なんとも縁起の良い神様ですので、お賽銭もはずんでしまいました・・・明日は三件の出張買取、頑張ります!

埼玉県入間市にて、長火鉢、お茶道具、龍文堂造の六角鉄瓶、田崎昭作の色紙水彩画「菩薩 ホータン壁画」。

埼玉県入間市にて、長火鉢、茶道具、龍文堂造の六角鉄瓶、田崎昭作の色紙水彩画「菩薩 ホータン壁画」をお譲りいただきました。

解体業屋さんのご紹介で、解体前のお片付け整理にてお呼びいただきました。いつもお客様をご紹介くださり有難うございます。炭道具や茶道具、他にも置物などを買い受けさせていただきました。明治期のものと思われる龍文堂の鉄瓶ですが、目立つサビ、摘みの変型などがございました。中国の方がたくさん買われていた一時期のブームは去ったものの、まだまだお値段が付いておりますので、お客様にご満足いただける査定額にて買い受けました。六角堂では、鉄瓶、急須、銀瓶、金瓶を強化買取りしております。強化買取中の鉄瓶は、以下となります。
龍文堂、亀文堂、金龍堂、金寿堂、祥雲堂、瑞雲堂、雲色堂、光玉堂、蔵六造、大国造、日本梅泉造、秦蔵六、畠春斎、 般若勘渓、石黒光南、角谷一圭、鈴木盛久、長野垤志、中川浄益、名越弥五郎、宮崎寒雄、小泉仁左衛門
京鉄瓶の他、南部鉄瓶や砂鉄鉄瓶など探しておりますので、ご不要の際にはお問い合わせください。共箱のないもの、状態の悪いものでも構いません。

友人に第三子が誕生しましたので、お祝いを兼ねて食事に誘いました。所沢市にある「牛たん焼き仙台辺見 新所沢店」さんへとお邪魔しました。わたし自身はあまり牛タンが好きではないのですが、友人が好きなのでこちらにしました。牛タンが苦手だった私ですが、こちらのお店の牛タンは不思議と美味しく、色々なメニューにチャレンジしてしまいました。もしかしたら、今まで食わず嫌いだっただけで牛タンが好きになってしまったかもしれません。とっても美味しかったです。

田崎昭作(たさきしょうさく)
1929年 福岡県八女郡立花町に生まれる。田崎広助と同じ生家。 坂本繁二郎・猪熊弦一郎に師事/ 新制作展・日府展・現展・野火展・現代具象展等出品 (日府賞・記念賞・現展賞・会員賞等受賞)/ 個展(東京・仙台・名古屋・大阪・福岡)57回/ シルクロードを中心に取材(毎年)/ 画業40年展(西日本新聞社主催・テレビ西日本後援)/ 築地本願寺・ハセトン美術館作品収蔵/ 画業45年展「釈尊記」/ 96年 大正寺曼陀羅完成/ 現代美術家協会運営委員・現代具象代表/平成24年逝去。