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saito について

桐箪笥・骨董品・茶道具の高価買取実施中です。お気軽にお問い合わせください。

神奈川県相模原市にて、瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど。

神奈川県相模原市にて、人気陶芸家瀧田項一の白磁酒器、帯や反物、道明の帯締めなど着物、和装小物をお売りいただきました。

遺品整理にてお呼びいただきました。瀧田項一(たきたこういち)は、東京美術学校で出会った陶芸家・富本憲吉の紹介で益子の濱田庄司に入門しました。約3年間の修行を経て福島県会津で独立、以来磁器の制作を追求し続けています。修行時代に日本民藝館で出会った李朝白磁に始まり、中国、朝鮮半島から西アジアまで各地で触れた古今の陶工の仕事を吸収しながら、瀧田は自身の造形と模様を確立していきました。その仕事の根幹には、富本憲吉から教わった文様の本質、濱田庄司から学んだモノづくりの精神が息づいています。お売りいただいた白磁酒器は、徳利にわずかなカケがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、買い受けさせていただきました。お着物は、帯やちりめんの反物、訪問着や紬など。和装小物は、買い取り強化中の道明新兵衛の帯締めなどがあり、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。お着物は、残念ながら多少シミが出てしまっておりましたが、帯や反物は全体的に状態の良いものが多くございました。和装小物は、帯締めの他、帯留め、草履やバッグなどがありましたが、こちらも全て買い取らせていただきました。たくさんのお道具、お着物をお売りいただき有難うございました。
帰り途中、「てんや 相模原星が丘店」さんへと寄り、「初夏の海鮮天丼」をいただきました。「あさり」「煮穴子」「漬けまぐろ(キハダ)」「海老」という4種の海鮮と、「焼き海苔天」「いんげん」と贅沢な組み合わせ。とても美味しかったです。帰宅後に、息子と近所のスーパー銭湯「真名井の湯」へと行きました。最近食べ過ぎでお腹周りが心配でしたので、サウナで頑張ってみました。たくさん汗をかいた後の炭水化物、とても美味しかったです。。。明日は一日仕分け作業の為、出張買取はお休みいただきます。

瀧田項一(たきたこういち)
1927年 栃木県烏山町鍛冶町に生まれる。
1946年 東京美術学校工芸科卒業。富本憲吉に師事、濱田庄司工房に入門。
1953年 日本民藝館新作展にて個人賞を受賞。
1958年 アジア財団によりパキスタン美術大学陶芸科講師として招聘される。
1973年 西独ケルンにて個展、ベルリン博物館買い上げ。
1980年 日本橋三越個展。
1983年 沖縄県立美術大学教授に就任。
1998年 栃木県文化功労者賞受賞。

東京都新宿区中落合にて、時代和家具、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合など煎茶道具。

 

東京都新宿区中落合にて、時代和家具、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合などの煎茶道具をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、解体前のお片付け整理でお呼びいただきました。ご実家を解体されるようで、昔から家で使われていた欄間、屏風、衝立、長火鉢、茶箪笥などの古家具や、煎茶のお道具をお売りいただきました。蜂の盛り蒔絵が可愛い茶合は、南紀静斎造の乾漆蒔絵茶合。こちらは、当社で買い取りを強化しているお道具ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。茶合とは茶壷から茶葉を掬い、適量を量る際に使用されるもの。 古くは竹を適当な大きさに割っただけの簡単なものでしたが、その後は裏面に漢詩を刻む等の細工が流行し、材質も竹製の他に金属製、象牙製のもの等が作られるようになりました。流派によって、仙媒、茶合、茶則、茶量のように様々な呼ばれ方をします。煎茶道具は、近年古物業界で人気があり、六角堂でも買い取りを強化しております。煎茶道具には、煎茶碗、香合、茶合、茶量、仙媒、茶入、茶壺、茶心壷、鉄瓶、銀瓶、湯沸し、ボーフラ、湯さまし、水注、涼炉、火炉、炉台、火箸、宝瓶、急須、建水、瓶掛、瓶敷、罐座、瓶座、結界、硯屏、炉屏、茶箱、器局、提藍、茶櫃、茶籠、茶托、煎茶盆、烏府、炭斗、火斗、羽箒、炉扇、滓盂、洗瓶、巾筒、茶具褥などがございます。朱泥・紫泥の急須や白泥の涼炉、古竹でつくられた茶合や煎茶道具、錫製の茶壷や茶托、鉄瓶や銀瓶などは、近年中国からの人気があり、市場でも高騰しております。六角堂では、煎茶道具でしたら古いものから新しいもの、作家物から名前のないもの、日本のものから中国唐物まで全て買い受けます。ご不要の煎茶道具がございましたら、是非六角堂までお問い合わせください。煎茶道具に詳しいスタッフが一点一点丁寧に査定し、高額査定にて買取させていただきます。
倉庫へ戻る途中、志木市にある中華料理屋「胆沢」さんへ寄り、炒飯をいただきました。志木市場の近くにあるお店で、市場の開催日にはよく寄らせてもらっております。画像の白いお花は、お蕎麦の花。私の住む三芳町では、時折畑がお蕎麦の花で真っ白になります。倉庫近くに咲きますので、倉庫へ向かうのが楽しくなります。

東京都文京区本駒込にて、明治期の仙台箪笥、盛栄堂南部鉄瓶など。

 

東京都文京区本駒込にて、明治期の仙台箪笥、盛栄堂南部鉄瓶や贈答品などをお売りいただきました。

お荷物のお片付け整理でお呼びいただきました。まずは、トランクルームでかいと長い間保管されていた明治期頃の仙台箪笥、チークのセンターテーブルを買い取らせていただきました。欅材に当時の南部鉄金具がとても雰囲気の良いタンスです。鍵の欠品、背板に破損などございましたが、当社で買い取りを強化している時代箪笥ですので、買い取らせていただきました。また、お客様宅の倉庫から、贈答品や鉄瓶などの茶道具をお売りいただきました。なるべく倉庫を片付けたいとのことでしたので、リサイクルできるものは全て買い受けさせていただきました。ご家族の思い出のたんすかと思います。大切に次へと繋げさせていただきます。ありがとうございました。
帰宅は夜となってしまいましたが、倉庫へ戻る途中にある「松屋」さんへ寄り、「ビビン丼」をいただきました。ピリ辛キムチに甘辛のたれが合いますね。とても美味しかったです。明日は出張買取をお休みいただき、一日倉庫で仕分け作業をします。お客様から買い受けしたお品々を掃除、仕分けして、次へと橋渡しできる準備をさせていただきます。また、明後日からの出張買取も頑張ります!
六角堂では、時代箪笥の買取りを強化しております。山形県庄内の庄内箪笥、山形県米沢の米沢箪笥、宮城県仙台の仙台箪笥、長野県地方の松本箪笥、岩手県地方の岩谷堂箪笥、福井県三国の三国箪笥、滋賀県近江の近江水屋箪笥、新潟県佐渡の佐渡箪笥、福島県二本松の二本松箪笥など、産地の時代和箪笥も強化買取りしております。ご不要の時代箪笥がございましたら、六角堂までお問い合わせください。

仙台箪笥の歴史は古く、原型は江戸時代末期にまでさかのぼります。主に武士が刀を入れることを目的として作られた箪笥は野郎型と呼ばれ、刀の鞘や裃(かみしも)を納めることができる幅4尺(約120センチ)、高さ3尺3寸(100センチ)の大きさに作られておりました。素材は主に欅や粟。塗りは木目も美しい「木地呂塗り」に、豪華な鉄の飾り金具が取り入れられているのが特徴です。 仙台簞笥は「指物」「塗り」「金具」、3つの技が一体となって、はじめて生み出されます。それぞれのプロ達が技を極め、ひとつの「仙台箪笥」を丁寧に作り上げていく様は、まさに手しごとのバトンリレー。いずれの作業も、熟練の技が冴える職人が手をかけることで箪笥に魂がこめられております。どっしりしながらも艶やかな佇まいで、実物を見るとその存在感に圧倒されてしまいます。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶茶碗、龍村平蔵の袋帯など。

東京都足立区六月にて、今泉今右衛門造の錦花絵紅茶々碗、龍村平蔵製の双契瑞兆文袋帯などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。お着物や、帯などをたくさんお売りいただきましたが、一点初代龍村平蔵製の帯がございました。初代 龍村平蔵(たつむらへいぞう)は、経糸と緯糸とで構成される織物を、独特の陰影をたたえた立体の造形としてとらえ、新技法を次々と生み出しました。法隆寺、正倉院に伝わる古代裂など伝統的な織物の研究に尽力し、復元の第一人者として織物の地位を「芸術の域」にまで高めました。「いつかは平蔵の帯」というな憧れの的です。シミや汚れなどがございましたが、当社で買い取りを強化している作家作品ですので、お客様にご満足いただける査定額で買い受けさせていただきました。他にも、今泉今右衛門窯の錦花絵紅茶々碗を買い取らせていただきました。今右衛門窯の色絵磁器は、江戸期の美意識と品格を今に伝え、その手仕事による技術は、轆轤、染付の線描き・濃み、柞灰による釉薬、松木の薪による窯焚き、一子相伝の秘法として受け継がれてきた赤絵(赤・黄・緑の上絵)の調合・技術に至り、国の重要無形文化財保持団体として認定され、高い評価を受けています。良いお着物、お道具をお売りいただき有難うございました。
帰宅途中、「中華食堂 日高屋」さんへ寄り、食事をしました。今日は暑さのせいかあまりお腹がすいておりませんでしたので、ワンタンスープにそら豆だけいただきました。中華料理屋にそら豆があるのは意外でした。とても安く、とても美味しかったです。

初代 龍村平蔵 (1876年 – 1962年)
1876年(明治9年)  – 大阪の両替商の長男として生まれる
1887年(明治20年) – 大阪商業学校に進学
1892年(明治25年) – 大阪商業学校を中退し呉服の道へ
1894年(明治27年) – 織物業を創業
1906年(明治39年) – 龍村製織所設立
1956年(昭和31年) – 日本芸術院恩賜賞を受賞
1958年(昭和33年) – 紫綬褒章を受章
1960年(昭和35年) – 財団法人大日本蚕糸会より恩賜賞を受ける
1962年(昭和37年) – 死去(享年86歳)

東京都中野区上高田にて、李方子の高麗焼茶碗、和田美之助の嵌金銀釜環など。

東京都中野区上高田にて、李方子(楽善斎)の高麗焼茶碗、釜師和田美之助の嵌金銀釜環などお茶道具をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。李方子(りまさこ、イ・バンジャ)の高麗焼茶碗、和田美之助の嵌金銀釜環などのお茶道具、掛け軸(茶掛)をお売りいただきました。李方子(1901年~1989年)は、日本の元皇族、梨本宮家に生まれ、旧大韓帝国の元皇太子李垠の妃となられた方です。流転の王妃とも呼ばれテレビドラマ化もされました。韓国の障害児教育に取り組み、施設を設立されましたが、資金集めのため自作の陶磁器、七宝などの販売をしていらしたそうです。きっとこの茶碗もその中の一つでしょう。長い間使わずにしまったままの茶道具たち、今回のお引越しを機会にまとめてご処分されるとのことでお呼びいただきました。思い入れのあるお道具達、大切に次へと繋げさせていただきますね。今度お着物を処分される際にまたお呼びいただけるとのこと、楽しみにお待ちしております。ご指名いただき有難うございました。
今日は市場の上司であるT橋氏が夕食をご馳走してくれるというので、大島屋がってん食堂へ向かいました。奢ってもらえるとの事でしたので、お刺身、馬刺し、天ぷら、ラーメン、デザートなどなど、大食いしてしまいました。会計時にT橋氏もびっくり、ご馳走様でした!!

和田美之助(わだみのすけ)
江戸時代から続く釣鐘鋳造師でその当主が代々受け継ぐ名前です。
初代は京都三条釜座に居を構え、座衆取締役として活躍し、釜や釣鐘を鋳造して天下一釜師の号を拝受されました。
10代の時に茶釜の制作を行うようになり、12代は炉釜・風炉釜・風炉・花入・燗鍋・火箸・釜環・五徳など斬新な作品を手掛け、現在は13代が当主となっています。

東京都杉並区高円寺北にて、掛軸、三味線(子持ち綾杉銅、金細)、贈答品など。

 

東京都杉並区高円寺北にて、掛軸、三味線(子持ち綾杉銅、金細)、贈答品などをお売りいただきました。

本日は、四件の出張買取でした。昨日一日お休みをいただいたので、だいぶ疲れがとれました。一件目は、埼玉県所沢市へ向かいしました。お引越し前のお片付け整理で、灯篭、長火鉢、大壷、花瓶、置物などを買い取らせていただきました。近年灯篭は売れにくくなっておりますが、こちらのような小振りのものでしたらまだまだ買い取りが可能です。古道具などをたくさんお売りいただき有難うございました。二件目は東京都へ移動し、杉並区高円寺北へ旧家解体前のお片付け整理でお伺いしました。こちらは、いつもお客様をご紹介くださる業者様のご紹介で伺いました。こちらでは、掛軸や三味線(子持ち綾杉銅、金細)、贈答品などをお売りいただきました。こちらの三味線は、胴に子持ち綾杉彫りを施してある演奏用の高級三味線になります。胴の内側へ綾杉彫りを施すことで、全体的に音が綾杉に当たりはじかれた音が直行音ではなく微振動となります。微振動であればあるほど、人は良い音を感じるといわれております。今回お売りいただいた三味線は、ケース入りでとても状態の良いものでした。掛軸は、書のものや日本画、仏画など数多くございました。他にも屏風や鉄瓶、くり抜き火鉢、長火鉢、お着物などたくさんございましたので、来月またお呼びいただくこととなりました。お品数が多く、お時間が掛かってしまいましたが、最後までお付き合いくださり有難うございました。また、来月宜しくお願い致します。三件目は、練馬区中村へ茶箪笥や楔の書棚、反物などをお売りいただきました。四件目は練馬区桜台で、お着物、和装小物、桐火鉢などをお売りいただきました。お客様の思い出のお品々、当社で責任を持って次へと橋渡しさせていただきます。休み明けの四件出張はさすがにハードでしたが、たくさんのお客様、お品に出会えて楽しい一日でした。移動途中、吉野屋さんで牛丼休憩をとらせていただきました。忙しい時の牛丼は助かりますね。一件目に灯篭を運んで体がもつか心配でしたが、二件目からは移動距離も短く良いルートで回ることが出来ました。明日も出張買取頑張ります!

金細(きんぼそ)
三味線の棹は通常3つに分割することができますが、その分割した際の突き出た箇所を「ホゾ」呼び、「ホゾ」を受ける側の穴に「金」を埋め込んであるものを「金細」といいます。また、銀を埋め込んであるものを、「銀細」と呼びます。これらが施してある三味線は概して高級なものとなります。

東京都板橋区常盤台にて、和家具、熊谷守一の木版画「なす」。

東京都板橋区常盤台にて、和家具、熊谷守一の木版画「なす」をお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいた木版画は、人気洋画家熊谷守一の「なす」。熊谷守一さんは現在映画でやっている「モリのいる場所」のモデルとなった方。ベテラン俳優の山崎努さんとベテラン女優の樹木希林さんが共演している映画で、今度見に行きたいと思っていた映画であります。熊谷守一氏は、子供の死を体験し、貧困や自身も病魔に侵されるなど波瀾万丈な人生を送った画家。現在でも人気のある画家の一人で、もちろん六角堂でも買い取りを強化しております。こちらの作品は熊谷守一の油彩のタッチが木版のもつ木肌で上手く表現された美しい版画です。白い花を咲かせた茄子の枝は紫に色づき葉の緑との対比が美しいですね。良い絵画をお売りいただき有難うございました。
倉庫へ戻る途中、「小池さんラーメン」へと寄りました。爆弾チャーハン、やはり辛いです。最近この辛さが癖になっております。明日は久々お休みをいただきます。また、明後日からの出張に備えて、明日はゆっくりと休みたいと思います。
六角堂では「熊谷守一」の絵画、版画作品の高価買い取り、査定・鑑定・出張買取りを致します。
ご所蔵の作品(版画、肉筆画も高額買受致します。)がございましたら、
無料にて誠意査定評価のうえ、即金で高価買取りさせていただきます。
熊谷守一作品の正当な評価での売却をご希望の方は、是非六角堂までお問い合わせください!
絵画をお見積りの際には、詳しい鑑定士が査定させていただきます。

熊谷守一(くまがいもりかず)1880年~1977年
1880年 熊谷孫六郎(初代岐阜市市長・衆議院議員)の三男として岐阜県に生まれる
1900年 東京美術学校西洋画家選科入学。長原孝太郎、黒田清輝、藤島武二らの指導をうける
1905年 樺太調査隊に加わる。
1909年 第3回文展出品。褒状を受ける
1916年 二科会会員となる
1947年 二紀会結成と同時に会員となる
1967年 文化勲章受章者に内定したが、「これ以上人が来るようになっては困る」と辞退
1972年 勲三等叙勲の内示があるが辞退する
1976年 岐阜県に熊谷守一記念館開館
1977年 東京で逝去 享年97歳

東京都練馬区石神井台にて、加茂桐箪笥(昇りたんす)。

東京都練馬区石神井台にて、加茂桐箪笥(昇りたんす)をお売りいただきました。

業者様のご紹介で、お片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいた桐箪笥は、新潟県加茂市で作られている伝統工芸品加茂桐箪笥、天丸の昇り箪笥というタイプのものになります。昇り箪笥とは、高さが背丈ぐらいの和箪笥で、引出しが首の高さまで連なり、その上部を引き違い戸にした形状のもの。現在では、整理タンスとも言います。箪笥の形は大きく分けて、開き箪笥(観音開き)と昇り箪笥がありますが、桐たんすは衣類の収納保存が主な目的ですので、気密性が最も高い昇り箪笥がその目的に最適です。多少、ヤケやシミ汚れなどございましたが、当社買取強化中の加茂桐箪笥ですので、買い受けさせていただきました。他にも、お亡くなりになられたご主人が集めていらっしゃった陶磁器、漆器、贈答品などを査定させていただきました。陶磁器には、前作のものでしたが、人間国宝島岡達三さんの作品や、酒井田柿右衛門窯の作品などもございました。精一杯の査定をさせていただきましたので、ご縁がございましたらよろしくお願い致します。
帰宅途中、練馬区関町にある「丸源ラーメン関町店」さんへ寄りました。丸源ラーメンさんは、国分寺市や小平市方面へ出張するときによく寄らせていただいてますが、久々でした。今日はねぎ肉そばをいただきましたが、とっても美味しかったです。

加茂桐箪笥(かもきりたんす)は、新潟県加茂市で作られる最高級の桐たんす。六角堂でも探し求めている桐箪笥の一つになります。加茂市で「桐たんす」が作られるようになったのは、およそ200年以上前(天明年間)と言われており、現在では日本全国の約70%の桐たんすが加茂で作られています。桐たんすと言えば「加茂」と言われるほど、その技術と品質は全国的に高い評価を受けています。数々の逸品を生み出してきたその技は脈々と受け継がれ、その伝統と優れた品質が評価され、1976(昭和51)年、通商産業大臣から伝統的工芸品「加茂桐箪笥」の指定を受けました。木肌のぬくもり、絹に例えられる白い艶や、柾目の色合いは、家具の最高級品の名にふさわしいものです。

東京都葛飾区柴又にて黒漆違い棚、南部総桐箪笥、千代田区三番町にて飾り棚、着物。

東京都葛飾区柴又にて黒漆に玉石嵌違い棚、南部総桐箪笥、千代田区三番町にて富士山画の飾り棚、お着物などをお売りいただきました。

本日は、二件の出張買取。一件目は、先日買い取りへ伺いました葛飾区柴又のお客様。先日は軍隊物のフィギュアやオーディオを買い取りさせていただきましたが、その時に積み残してしまった家具、茶道具、レコードなどを買い取りに伺いました。違い棚は、近年造られた新しいものですが、黒漆に玉石や螺鈿(貝)が嵌め込まれており、雰囲気良いものでした。桐箪笥は、南部総桐箪笥製のもの。下二大洋の四方丸のもの。油単を掛けられておりましたので、大変状態の良いものでした。お茶道具はお稽古用のものでしたが、状態も良くお茶椀など全て買い取らせていただきました。ご家族の思い出のお品たち、大切に次へと繋げさせていただきます。二度にわたりお呼びいただき有難うございました。次の出張も家具との事でしたので、一度倉庫へ戻り仲間と合流し、大きいトラックで向かう事にしました。二件目は業者様のご紹介で、千代田区三番町へお引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。高級マンションで、お客様宅へ向かうのに迷ってしまいましたが、お迎えに来てくださいました。お気遣いくださり有難うございました。こちらでは、富士山画の飾り棚、お着物、和装小物を買い取らせていただきました。唐木でしょうか、とても木目の良い飾り棚でした。良いものをお売りいただき有難うございました。
市場倉庫へ戻ると、仕事仲間たちがおりましたので、みんなでジョナサンへ食事に行きました。最近外食が多いので、必ず野菜を取るよう心掛けております。野菜がない時にはコンビニでスムージーを。健康に気遣って、明日からも出張買取頑張ります!

南部総桐箪笥(なんぶそうきりたんす)
東北地方、青森県の地域ブランド。
三戸郡三戸町で製作されている。総桐箪笥は、南部伝統の技の一つ。嫁入り道具に欠かせない桐箪笥は、昔から青森県内でもつくられておりました。県南地方の南部桐は、柾目が美しく、割れ目ができないという品質のよさに定評がございます。野生の空木を削った木釘のみを遣い、総無垢板などを組み立て完成する。135工程すべてが手づくりされている総桐箪笥は、指物職人の伝統の技法・技術によって生み出される伝統工芸品となっております。青森県伝統工芸品。

東京都港区白金にて、古伊万里、花瓶、大皿、和楽器、銀盃などの買取り。

   

東京都港区白金にて、古伊万里、花瓶、大皿、和楽器、銀盃などをお売りいただきました。

お引越し前のお片付け整理でお呼びいただきました。本日お売りいただいたのは、古伊万里や花瓶大皿などの陶磁器や、三味線、胡などの和楽器など。古伊万里は、鉢や皿、茶碗、蕎麦猪口、燭台などございました。近年古伊万里の人気が落ちてしまい、一時のブームは去ってしまいましたが、まだお値段のつくものもございます。多少、ニュウのあるものなどもございましたが、全て買い受けさせていただきました。他にも、人間国宝金城次郎、島岡達三などの陶磁器、ガンダーラ仏頭、古銅の仏像、掛軸などたくさんの骨董品がございましたので、精一杯の見積もり査定を出させていただきました。こちらは、またのご縁がありましたらよろしくお願い致します。駐車スペースをご用意いただいたり、お気遣いくださり有難うございました。
帰りにららぽーと富士見にあるフードコートへと行き、N尾氏と食事をしました。わたしは「マルハのカルビ丼」さんで、富良野豚丼(特盛)を、N尾氏は「洋食や 三代目 たいめいけん」さんで、オムハヤシをいただきました。ボリュームたっぷりでとても美味しかったです。出張が続いておりますが、明日からも頑張ります!